Archive for category テーマ

Date: 5月 9th, 2016
Cate: 日本のオーディオ

日本のオーディオ、これから(AT-ART1000・その2)

Phile-webの記事には、こうも書かれている。
     *
前述のような方式のためにコイルの適正な位置が極めて重要になるAT-ART1000において、針圧は非常にクリティカルな要素だ。そこで本機では、ひとつひとつの個体を測定・調整することで、2~2.5gの間で最適な針圧を個体ごとに割り出して明記。ユーザーはその針圧に合わせてセッティングすることで、最良の音質を楽しむことが可能となる。
     *
《コイルの適正な位置が極めて重要になる》のはそのとおりである。
だからといって、《2~2.5gの間で最適な針圧を個体ごとに割り出して明記》する必要があるだろうか。
そのことが意味することを、オーディオテクニカはどう考えているのだろうか。

オーディオテクニカは、どこまで最適針圧を明記するのか。
小数点一桁までか、それとも小数点二桁までなのか。

たとえば購入したAT-ART1000の最適針圧が2.1gだったとしよう。
購入した人は針圧計を取り出して、ぴったり2.1gになるように調整するはずだ。
2.11gと明記してあったら、小数点二桁まで測定できる針圧計を用意して2.11gに合わせる。

これでほんとうにコイルの位置がオーディオテクニカが意図した位置にくるといえるだろうか。

オーディオテクニカがAT-ART1000の測定しているのとまったく同じトーンアームの高さであれば、
そういえなくもない。
けれどトーンアームの水平がどこまできちんと出せているかは、使い手によって違ってくる。
それに聴感上完全に水平にするよりも少し上げ気味にしている人もいる。

アナログプレーヤーの調整のレベルは、実にバラバラである。
きちんと調整できている人もいれば、そうでない人も多い。

オーディオのキャリアが長いから、きちんと調整てきているとは限らない。
高級なアナログプレーヤーを所有しているから、調整も万全とはとてもいえない。

そのことは別項「アナログプレーヤーの設置・調整」で書いている。

そういう状況で使われるのがカートリッジであり、
そこに最適針圧を明記したとしても、針圧だけはきちんと調整されたとしても、
オーバーハング、トラッキングアングル、インサイドフォース・キャンセラー、水平(左右の傾き)などが、
きちんと調整されているという保証は、どこにもない、といえる。

トラッキングアングルがずれていたら……、
インサイドフォースのキャンセル量が多かったり少なかったりしたら……、
カートリッジの水平がきちんと出ていなかったりしたら……。

そこに針圧だけをこまかく指定することを、オーディオテクニカはどう考えているのだろうか。
この針圧の明記にも、カートリッジに対する認識不足が感じられる。

Date: 5月 8th, 2016
Cate: 日本のオーディオ

日本のオーディオ、これから(AT-ART1000・その1)

High End 2016でオーディオテクニカがAT-ART1000を発表した。

AT-ART1000の最大の特徴は、オーディオテクニカがダイレクトパワーシステムと呼ぶ構造にある。
簡単にいえば針先の真上に発電コイルがあるわけだ、

古くはウェストレックスの10A、ノイマンのDSTがあり、
日本でもノイマンのコピーといえるモノ、
MC型ながら針交換が可能なサテン、ビクターからはプリントコイルを採用したシリーズ、
池田勇氏によるIkeda 9などがある。

カートリッジの歴史の中で、このタイプのカートリッジは登場すれば話題になる。
つまり誰もがカートリッジの理想形として描くものでありながら、
いくつかの問題をどう解決するのか、その難しさと、
使い手にも技倆が求められるということもあって、主流とはならなかった。

そういうカートリッジに、いまオーディオテクニカが挑戦した、ということで、
期待したい、という気持は強い。
けれどこのカートリッジの紹介記事(音元出版のPhile-web)を読むと、気になることがいくつかある。

書かずにおくことがいいとは思わないし、
期待しているだけに書いておく。

記事中に、
《なお、AT-ART1000の開発を担当した一人である小泉洋介氏によれば、本機に近い方式を採用していた他社製品が1980年代にあったというが、今回のAT-ART1000では、スタイラスチップ上にコイルを配置することを可能としたため、インピーダンスを3Ωとすることができたのが大きなポイントのひとつとのことだ。》
とある。

具体的なブランド、製品名は書かれていないが、ビクターのカートリッジを指している。
ビクターのMC1は、多くのMC型がカンチレバーの奥(支点近く)に発電コイルを配してるのに対し、
軽量のプリントコイルを採用することで、針先からごくわずかのところに配している。

ビクターはこの方式を改良していく。
MC1から始まったシリーズの最終モデルMC-L1000では、文字通りダイレクトカップルといえる構造を実現している。

MC-L1000の構造こそ、針先の真上に発電コイルがあるカートリッジである。
カンチレバーの先端に針先がある、
この針先はカンチレバーを貫通している。カンチレバーの上部に少し出っ張る。
この出っ張り部分にプリントコイルを接着したのがMC-L1000である。

AT-ART1000の紹介記事の担当者は、MC-L1000のことを知らないのだろうか。
調べようともしなかったのか、Phile-webの、他の編集者も誰も知らなかったのか。

AT-ART1000の紹介記事の担当者は、オーディオテクニカの開発担当の小泉洋介氏の言葉をそのまま記事にしたのだろう。
つまり小泉洋介氏もMC-L1000の存在を知らなかったということになる。

どちらの担当者も認識不足といえる。
この認識不足が、AT-ART1000の完成度に影響していないのであれば、わざわざ書いたりしない。

Phile-webに掲載されている内部構造の写真を見ると、かなり気になる点がすぐに目につく。
AT-ART1000はこのまま製品化されるのか。
その点の処理のまずさは、カートリッジの歴史に詳しい人であれば気づくことである。
この点に関しては、AT-ART1000は未処理といっていい(写真をみるかぎりは)。

気になっていることは、まだある。

Date: 5月 7th, 2016
Cate: フィッティング

フィッティング(その2)

昨年(2015年)は、映画「Back to the Future Part II」で描かれた未来だった。
2015年は前作「Back to the Future」から30年後の未来という設定で、
そこで描かれた未来の服は自動的に着ている人の体格に応じてフィットし、
ナイキのスニーカーは自動で靴ひもがしまるモノだった。

まさにフィッティング技術の、ひとつの未来形だったと思う。

オーディオ機器で身につけるモノといえば、ヘッドフォン、イヤフォンがある。
ヘッドフォンよりイヤフォンは、自分にフィットするモノであってほしい。

知人の女性は耳穴が小さく、
ほとんどのイヤフォンは痛いというし、カナル型でイヤーピースを一番小さなタイプにしても無理だという。
彼女の子供も母親譲りでやはり耳穴が小さく、イヤフォンは無理とのこと。

耳の各部のサイズや形状は人によって相当に違うようで、
指紋と同じくらい違うものである、ときく。

しかも左右の耳穴の形・大きさが違うことは珍しいことでもないそうだ。

そういう耳の形だから、
NECは人間の耳穴の形状によって決まる音の反響を用いた新たなバイオメトリクス個人認証技術を開発している。

ということは既製品のイヤフォンの中から、自分にぴったりのモノを選ぶのは、
音をふくめての選択となるわけだから、かなり困難なことである。

だからカスタムメイドのイヤフォンが登場してきたし、この種のサービスを提供するところもある。
この手のものが、もっときめ細かいサービスを提供するようになっても、
解消されるのはサイズ・形状に関することであり、
ヘッドフォン、イヤフォンのとってもっとも大事なフィッティングは、いまのところ見落とされているのか、
あるいは無視されているのか、わからないがまだである。

けれどヘッドフォン、イヤフォンの世界から少し離れたところ(補聴器においては)、
すでに電子的コントロールによるフィッティング技術がある。

Date: 5月 6th, 2016
Cate: オーディオ入門

オーディオ入門・考(その12)

オーディオの入門用として最適の組合せとは、どういうことなのか。

BBCモニター、復権か(その15)」で書いたことを、ここでも考えている。

菅野先生が、ステレオサウンド 70号の特集の座談会でいわれたことである。
特集・Components of the yearの座談会で、ダイヤトーンのDS1000について発言されている。

《スピーカーというのは、ものすごく未完成ではあるけれど、
ものすごく完結していなくては困るものだと思うんです。》

スピーカーをオーディオコンポーネント(組合せ)と置き換えてみる。
《組合せというのは、ものすごく未完成ではあるけれど、
ものすごく完結していなくては困るものだと思うんです。》

音の入口から出口まで、ひとつのブランドで統一することはできても、
オーディオマニアは、いわゆるワンブランドシステムに、どこかお仕着せ的なものを感じてしまうのかもしれない。

出てくる音が大事なのだから、誰かとまったく同じになるワンブランドシステムでも、
他の人には出せない音を出せれば、それが求める音であればけっこうなことのはずなのに、
そうは思えない人種がオーディオマニアだとすれば、私はまさにそうである。

ワンブランドシステムと、他社製品を組み合わせたシステムとであれば、
前者のほうが完成度は高い、といえることがある。
音だけでなく、アピアランスも揃うだけに視覚的なまとまりという点でも、
ワンブランドシステムには、そこにしかない良さを持っている。

この項で書いている瀬川先生が、ステレオサウンド 56号で提案された組合せ。
KEFのModel 303(スピーカーシステム)に、サンスイのAU-D607(プリメインアンプ)、
パイオニアのアナログプレーヤーにデンオンのカートリッジ。

組合せの価格は約30万円。
このクラスは、力のあるメーカーがワンブランドシステムをつくりあげれば、有利な価格帯のような気がする。
にもかかわらず、瀬川先生の組合せに感じた(いまも感じている)魅力は難しい、と思ってしまう。

《組合せというのは、ものすごく未完成ではあるけれど、
ものすごく完結していなくては困るものだと思うんです。》

瀬川先生の組合せは、まさにそうだと思う。

Date: 5月 5th, 2016
Cate: audio wednesday

audio sharing例会(今後の予定)

今年のaudio sharing例会は、できるかぎり音を出していこうと考えている。
今年は2月以外は音を出している。

来月もできればそうしたい。
今後の予定としては一ヵ月ほど前に書いた「新月に聴くマーラー」のほかに、
マークレビンソンのLNP2を、いま改めて聴くことを考えている。

例会常連のKさんは、バウエン製モジュールとマークレビンソン製モジュール、
両方のLNP2を所有されている。
昨夜のaudio sharing例会が終ったあと、
「 LNP2だったら持ってきましょうか」といってくださった。

私は何度かバウエン製モジュールのLNP2の音を聴いているが、
噂だけはきくものの、実際に聴かれたことのある人はそう多くないはずだ。

KさんがLNP2を二台とも持ってきてくれれば、LNP2の比較試聴ができる。
なんだかんだいってもLNP2は1970年代後半、もっとも注目されていたコントロールアンプであり、
マークレビンソンの成功は、オーディオ界に多くのアンプメーカーが誕生するきっかけのひとつにもなった。

AGIもそのころ登場してきたアンプメーカーだ。
私のところにはブラックパネルの511がある。

いまから30年以上前、これらのアンプが現役だったころ、
瀬川先生が熊本のオーディオ店でアンプの試聴のイベントをやられた。
LNP2もあった、ブラックパネルの511もあった。
他にDBシステムズ、マッキントッシュ、パイオニア(Exclusive)、SAEなどがあった。

1970年台後半のアンプがいくつか集まれば……、と思っている。

Date: 5月 5th, 2016
Cate: フィッティング

フィッティング(その1)

以前のグラフィックイコライザーの素子数は少なかった。
もちろん素子数の多いプロ用機器はあったけれど、
コンシューマー用とくらべると価格がずいぶんと違っていた。

そのころは10バンド、11バンドという素子数が標準だった。
可聴帯域は20Hzから20kHzまでの10オクターヴだから、
10バンドであれば1バンドあたり1オクターヴということになる。

いまでは1/3オクターヴが当り前の時代である。
つまりグラフィックイコライザーの精度は三倍になったと考えることができる。

精度が三倍になるということは、どういうことなのか。
使い馴れていない人にとっては、
どこから手をつけていいのかとまどうことにつながるかもしれないが、
グラフィックイコライザーの精度があがるということは、フィッティングの精度のあがることである。

そのプログラムソースが録音された現場で再生できるのであれば、
音響的なフィッティングを考慮する必要はなくなるのかもしれないが、
現実にはそういうことはないのだから、音響的なフィッティングを考える必要がある。

グラフィックイコライザーをどう捉えるかは人によって違ってくるし、
どういう状況によって使うかによっても変ってきたとしても、
オーディオマニアがグラフィックイコライザーを導入するということは、
電子的コントロールで、音響特性の補整を行う意味においてである。

適切に使えれば、多素子のグラフィックイコライザーは、よりフィットした補整カーヴをつくれる。
グラフィックイコライザーの調整を自動化することは、dbxの20/20から始まった、といえる。

いまではずいぶんと進歩しているし、精度も高くなってきている。

グラフィックイコライザーは電子的に処理する者だが、
音響特性を音響的に補整するアクセサリーも市場にはいくつも登場している。

グラフィックイコライザーや音響アクセサリーだけであく、
ケーブルやインシュレーターといったアクセサリーも、
自分の部屋によりフィットする状態をつくりあげていくためのモノ、という見方もできる。

結局のところ、自分がおかれている環境にどフィットさせるかを、
オーディオマニアは違う表現で行ってきているともいえよう。

アクセサリーやイコライザーを導入しなくとも、
スピーカーの置き位置を変えていくことも、
その部屋にフィットする位置をさがしての行為であり、
理想のリスニングルームを実現できない以上、なんらかのフィッティングの手法は必要となり、
その手法を導入し、使いこなしていくことになる。

Date: 5月 4th, 2016
Cate: 「うつ・」

うつ・し、うつ・す(その7)

内(うち)の古形は[うつ]で、[空(うつ)]の意である。
──物の本にはそうある。

研ぐために必要な水をどう持ってくるのか。
なにか器がなければ、水を必要とする場所まで持ってこれない。

器は空でなければ、水を運ぶ道具として機能しない。
空(うつ)であるから、水を運べる(移せる)。

Date: 5月 4th, 2016
Cate: audio wednesday

第64回audio sharing例会のお知らせ(muscle audio Boot Camp vol.2)

0時を過ぎてしまったから、今日(5月4日)は第一水曜日で、audio sharing例会である。
テーマはmuscle audio Boot Camp vol.2、
喫茶茶会記のスピーカーシステムのチューニングを行う予定だ。

すでに昨日(5月3日)になってしまったが、
夜10時ごろに喫茶茶会記に向っていた。
audio sharing例会の準備の一部をやっておくためだ(当日は時間の余裕があまりないため)。

具体的にはネットワークを12dB/oct.の並列型から、6dB/oct.の直列型に変更してきた。
前回使用したコイルをほどき、800Hzのクロスオーバー周波数になるように、
コンデンサーも並列接続で容量を合わせてきた。

部品の準備が済んだので、とりあえず音を出してきた。
スピーカーの後ろに回り込んでの作業だったためスピーカーの位置は左右で少し違ったままでの音出しだった。
どんな感じに変るのかをおおまかに把握しておきたかったし、細かな調整は当日行うのだから、
音をとにかく出すことを優先した。

今回も直列型ネットワークの音に驚いた。
喫茶茶会記の店主、福地さにも驚き、喜んでくれた。
たまたま来店されていた若い方(オーディオには特に関心はないようだった)も、驚いていた。

ガチガチのオーディオマニアの反応よりも、こういう人の反応が興味深かったり、面白かったりすることがある。
今回もそうだった。

そして思うのは、オーディオは裏切らない、ということだ。
きちんとしたことをやれば、きちんと反応して音として出してくるからだ。

場所はいつものとおり四谷三丁目のジャズ喫茶・喫茶茶会記のスペースをお借りして行いますので、
1000円、喫茶茶会記にお支払いいただくことになります。ワンドリンク付きです。

Date: 5月 3rd, 2016
Cate: 録音

録音は未来/recoding = studio product(吉野朔実の死)

うたたねから起き、手にしたiPhoneで目にしたニュースは、かなり衝撃だった。
「漫画家の吉野朔実さんが死去」とあったからだ。

人は必ず死ぬものである。
こうやって書いているあいだにも、世界のどこかで誰が亡くなっている。
その人のことを、その人の名前も何も、私が知らないというだけで、
誰かがつねに、世界のどこかで亡くなっている。

今年も少なからぬ著名人が亡くなっている。
音楽関係において、もだ。

衝撃を受けることもあれば、それほどでもないときもある。
ただどちらにしても、喪失感はそれほど感じていない。

他の人はどうなのかわからないが、
私は、熱心に聴いてきた演奏家が亡くなっても、衝撃をうわまわるような喪失感は感じてこなかった。

けれど吉野朔実の死には、衝撃だけでなく喪失感が強かった。
手塚治虫のときもそうだった。

音楽もマンガも同じところがある。
オリジナルとなるものがあり、それの大量複製を手にしている、という点だ。

違いもある。
本はそのまま読める。
読むための特別な機器を必要とはしない。
視力がかなり悪い人は補うものを必要とするが、それは複雑なものではない。

レコード(録音物)はそうではない。
オーディオという、かなり複雑なシステムを介在させなければ聴くことはできない。

この決定的な違いが、私にとって喪失感につながるかどうかに大きく関係しているように、
吉野朔実の死を知って、考えたことだった。

あらためて「録音は未来」だと思う……

Date: 5月 2nd, 2016
Cate: ショウ雑感

2016年ショウ雑感(その2)

正式名称は何というのだろうか。
宴会場の扉のところに用意されているもの。
その宴会場を利用している客の名前が書かれているもののことだ。

先日、ヘッドフォン祭に行ってきた。
それぞれのブースの入口には、そこの会社名が書かれたそれがあった。
いわゆる案内板の一種だ。

オーディオテクニカのブースにも、それはあった。
けれどそれには「オーディオテクニカブース」と本来あるはずなのに、
「オーディオテク二カブース」と書いてあった。

テクニカの「ニ」が漢字の「二」になっていた。

些細なことじゃないか、そんなこと書くようなことじゃないだろうと思う人もいるであろう。
でも、この間違いは些細なことであり、どうでもいいことなのだろうか。

それを用意したのは、おそらく会場である中野サンプラザだと思う。
間違いは誰にでもある。
問題なのは、誰も気づかないのか、だ。

ヘッドフォン祭の朱際者であるFUJIYA AVICの担当者は気がつかなかったのか。
こういう間違いをされたオーディオテクニカの人たちはどうだったのか。
気づいていたけれど、そのままにしていたのか。

「オーディオテクニカブース」であっても「オーディオテク二カブース」であっても、
「おーでぃおてくにかぶーす」と読める。
読めれば案内板として機能しているといえるのか。

「オーディオテクニカブース」を「オーディオテク二カブース」のままにしておくことと、
オーディオという趣味(行為)とのあいだに、なにも違和感を感じないのだろうか。

Date: 5月 1st, 2016
Cate: High Fidelity, 再生音

ハイ・フィデリティ再考(現象であるならば……)

High Fidelity Reproductionは高忠実度再生であり、
何に対して高忠実度なのかというこで、原音に、というこで原音再生でもある。

ここでの原音の定義は人により違うこともある。
高忠実度再生とは原音に高忠実度であることを目指しているわけだが、
高忠実度再生とは原音の追求なのだろうか、それとも原音を模しているだけなのか。

そんなことを考える。
原音を高忠実度に模す──、
高忠実度再生ではない、とはいえない。

ならば……、と考える。
音楽の理想形ということを。

音楽の理想形を追求しているのか、それとも模しているのか。
音楽の理想形を模すこともまた高忠実度再生といえるのではないのか。

このブログを始めたころに「再生音とは……」を書いた。
そこに「生の音(原音)は存在、再生音は現象」とした。
直感による結論であり、この結論が間違っていなければ、
再生音は現象であり、それは模すことのはずだ。

Date: 5月 1st, 2016
Cate: Jazz Spirit

「これからのジャズ喫茶を考えるシンポジウム」

私が読みはじめたころの無線と実験には、毎号、見開き二ページで、
全国のジャズ喫茶の訪問記事が載っていた。

ここはぜひ行ってみたい、と思った店、
機会があれば……、と思った店、あまりピンとこなかった店……、
そんなふうにして眺めながら読んでいた。

その時代のジャズ喫茶のスピーカーといえば、JBLとアルテックが圧倒的だった(と記憶している)。
パラゴンが当り前のように登場していた。そんな時代だった。

私が育った田舎にはジャズ喫茶はなかった。
あっとしても、中学生、高校生が一人で行けるとは思っていなかった。

東京、大阪といった大都市では、
中学生ひとりでジャズ喫茶に行く、ということは実際にあったかもしれない。

でも田舎にはそんな雰囲気はみじんもなかった。
ふつうの喫茶店でも中学生、高校生がひとり、もしくは友人といっしょに、ということはなかった。

そういう環境で育ったものだから、東京に出て来たからといって、
すぐにジャズ喫茶に行けなかった。
行きたい気持はあったけれど、どこかしり込みする気持があり、強かった。
それに学生で余裕があったわけでもなく、それを言い訳のひとつにしていたところもある。

そうこうしているうちに、ジャズ喫茶全盛時代は静かに終りに向っていた(と感じた)。
昭和から平成にうつり、ジャズ喫茶は昭和の遺物的な空気をまとっていたようにも感じたのかもしれない。

きちんと数えたわけではないが、東京においてジャズ喫茶は少なくなっていった。
でも、その空気が十年ほど前から静かに変って来つつあるようにも感じている。

ぽつぽつとジャズ喫茶が開店している。
あの当時のように繁盛ぶりはないようだが、継続している。

昭和が終り平成が始まり、
20世紀が終り21世紀が始まり、
ジャズ喫茶のありかたも、それぞれの店主が模索しながら変化しているはずだ。

私が毎月第一水曜日にaudio sharing例会を行っている喫茶茶会記は、
私の中ではジャズ喫茶という認識である。

喫茶茶会記の常連でも、ジャズ喫茶と認識している人はそう多くはないのかもしれない。
それでも、私はジャズ喫茶と認識しているから、
必ず「四谷三丁目のジャズ喫茶、喫茶茶会記」と書くようにしている。

喫茶茶会記の店主は福地さん、という。
私よりひとまわり若い世代だ。

その彼が、7月30日に四谷のいーぐるで「これからのジャズ喫茶を考えるシンポジウム」を行う。

老舗のジャズ喫茶で、若い世代のジャズ喫茶の店主が「これからのジャズ喫茶」について語る。

Date: 5月 1st, 2016
Cate: マッスルオーディオ

muscle audio Boot Camp(余談・その2)

JBL・4311のネットワークを並列型から直列型に変えるとしたら……。
スピーカーの教科書に載っているとおりにやる方法がまずある。

もうひとつウーファーだけを別に考える手もある。
4311のウーファーはネットワーク・スルーなのだから、
ネットワークを介しているスコーカーとトゥイーターを直列型にして、
ウーファーは、上ふたつのユニットと並列に接続する、というものだ。

どちらがいい結果を得られるかは、やってみないことにはわからないが、
スピーカーシステムのネットワークを考えていくのであれば、
並列型、直列型の優劣を決めてかかってしまうのではなく、
ふたつの方式を、うまく融合できるのであれば、そういう手もある、ということだ。

4ウェイのスピーカーシステムがあるとする。
このシステムのネットワークを、すべて直列型にしてしまう手もあるが、
直感的に思うのは、直列型の良さは2ウェイのときほど発揮されないような気もする。

もちろん試していないのだから、4ウェイ直列型ネットワークもいい結果を生む可能性はある。
それでも4ウェイのような大がかりなシステムとなると、
システムそのもののまとめ方も柔軟に対処していくことが求められるのではないだろうか。

例えば4ウェイのスピーカーシステムの代名詞といえば、
やはりJBLの4343である。

4343のネットワークを自分で設計するのであれば、どうしたいのか(試してみたいのか)。
4311のユニットはすべてコーン型だった。
4343は上のふたつの帯域はホーン型、下ふたつはコーン型。
振動板の材質も上ふたつはアルミ、下ふたつは紙。

こういうユニット構成だからこそミッドバスが重要なポイントであり、
コーン型ウーファーとホーン型とのあいだをとりもつ、ともいえる。

だからミッドハイとミッドバス、このふたつのユニットのネットワークを直列型とする。
ウーファーとトゥイーターは並列型ネットワーク。

つまりミッドハイ、ミッドバスをひとつのユニット(スコーカー)とみなして、
そこにウーファーとトゥイーターを並列型ネットワークで加え、レンジを拡大する。
こういうやり方も考えられる。

もうひとつ、ミッドハイとミッドバスの直列型は変えずに、
ウーファーとトゥイーターの関係を変えた上で、加える。

ウーファーとトゥイーターを直列型ネットワークでつなぐ。
ウーファーは300Hz、トゥイーターは9.5kHzをそれぞれのカットオフ周波数とする。
当然中抜けの、変則的な2ウェイである。

この中抜けを直列型ネットワークのミッドハイとミッドバスを受け持つ。
つまりミッドハイとミッドバスの直列型、
ウーファーとトゥイーターの直列型、
このふたつの2ウェイを並列にして接続する、というものだ。

Date: 4月 30th, 2016
Cate: オプティマムレンジ

オプティマムレンジ考(その10)

オプティマムレンジはなにも周波数レンジのことだけではない。
ダイナミックレンジに関しても、オプティマムレンジはあるのではないだろうか。

ハイレゾリューションはサンプリング周波数を上げ、ビット数も増やしていく。
周波数特性はのび、ダイナミックレンジも広くなる。
何も問題が発生しなければけっこうなことなのだろうか。

カルロス・クライバーの「トリスタンとイゾルデ」が出た時のことを思い出す。
LPで買った。
このレコードは、やややっかいともいえた。
弱音で音量を設定すると、フォルティシモではかなりの音量となる。
いわゆるダイナミックレンジの広い録音ということになるわけだが、
そのことを手放しで喜べるかというと、そうとは思えなかった。

家庭でレコードで音楽を聴くことは、
いい音を求める(出す)ための技術の進歩と比例して喜びが増していくものだろうか。

クライバーの「トリスタンとイゾルデ」には、その疑問を持っていた。
そのことを黒田先生に話したことがある。
黒田先生も同意見だった。

黒田先生のリスニングルームは、当時の私のリスニングルームよりもずっとめぐまれた環境だった。
音量だって周囲を気にすることなく出せたであろう。
それでも黒田先生も同じように感じられていた。

この問題はクライバーの「トリスタンとイゾルデ」以前からあった。
朝日新聞社がオーディオブームだったころに、
LPジャケットサイズのムック「世界のステレオ」を出していた。

そのNo.3に「カラヤンが振ったベートーヴェンの音と音楽」という対談がある。
黒田先生と瀬川先生が、レコードのダイナミックレンジについて語られている。
     *
黒田 今度の『ベートーヴェン全集』に限って言うと、これは当然楽器編成そのものが古典派の楽器編成になっているわけで、ダイナミックスも「第9」になればすごく大きくなることは大きくなるわけですが、まだあそこまでは何とか部屋の中で聴けるのではないかという気がするんですがね。
瀬川 ええ、聴けます。
黒田 いま瀬川さんがおっしゃっている真意というのは、アバドのシカゴのマーラーですね。あれの終楽章で大太鼓が遠くのほうでゴロゴロいっていて、あとになってオルガンが入る、ソリストが入る、コーラスが入るという、ものすごいクライマックスにいきますでしょ。
 ぼくの家でやってみたんですけれど、あの大太鼓のドロドロいうのが入っているから聴きたいわけです。マーラーが書き残した音でレコードに入っている以上は聴き手としては聴くべきであると思って、そこまでアッテネーターを上げてきく。すると、最後のところになるととても聴けないんです。窓ガラスはビリビリいうし、茶わんはビリビリ、ものすごい音が出ちゃう。
 そこまでレコードに音が入るようになった。これはたいへんけっこうなことです。しかしその結果、家庭のワク、少なくとも日本家屋のワクをはるかに越えちゃった音が飛び出してくるということですね。
 そうすると、録音技術、再生技術、それに関するいろいろな器材の開発というのは、もしかするとわれわれはバベルの塔を築いていたことになるのか、バベルの塔を築くことをわれわれは憧れ、望んでいたのだろうかという気はぼくはするんですよ。
瀬川 ぼくが言いたかったのは実はそこでしてね。オーディオサイドから、レコードの録音の限界を拡大しろ、周波数レンジが狭い、ノイズが多い、歪みが大きい、とくにダイナミック・レンジが狭いとさんざん言い続けてきた。ということはつまりその裏返しが欲しかった。欲しかったけれども、ダイナミック・レンジをああ拡大されてみて、俟てよ、家庭で再生するような場合に、ダイナミック・レンジというのはここまで拡大していいのかしらというひとつ恐れが、ぼくには今、あるんです。
     *
この対談は1977年に行われている。
ハイレゾというバベルの塔は、このころのバベルの塔よりもずっとずっと高いものになろうとしている。

Date: 4月 29th, 2016
Cate: マッスルオーディオ

muscle audio Boot Camp(余談・その1)

実際に同じ部品、同じ定数で、並列型と直列型ネットワークの音を聴き、
こうやってそのことについて書いていると、
あのスピーカーのネットワークを直列型にしたら……、となんてことを夢想している。

なにもすべてのユニット構成において直列型ネットワークが、
いい結果を得られるとは考えていない。
そのうえで、あのスピーカーだったら、どのように直列型にしていくのか。
そういった細かなことも夢想している。

たとえばJBLの4311。
このスピーカーはよく知られるように、
ネットワークの部品点数をこれ以上減らせないところまで省略している。

ウーファーはネットワーク・スルー、
スコーカーはコンデンサーだけのローカット、ハイカットは省略している。
トゥイーターもスコーカー同様、コンデンサーだけのローカット。

ネットワークの部品点数はコンデンサー二つとレベルコントロールだけである。

この4311のネットワークを並列型ではなく直列型にしたら、
どういう音がしてくるのか。

こんなことを夢想しているとけっこう楽しいものであるし、
4311は特に楽しい。