ステレオサウンドについて(その14)
出している、と変換したいのに、ときおり「堕している」と出る。
このまま「堕している」にしておこうかと、その度に思う。
AppleのPowerBook G4と親指シフトキーボードで、このブログを書いている。
最近PowerBook G4の液晶ディスプレイの具合が悪いことが頻繁で、
iMacでローマ字入力で書くことも増えてきたが、
このブログのほとんどはPowerBook G4と親指シフトキーボードの組合せで書いてきた。
つきあいの長いPowerBook G4と親指シフトキーボードの組合せだから、
私がステレオサウンドを、どう思っているのか、わかっていて「堕している」と変換候補を出しているような気さえする。
私は、ステレオサウンドがおもしろくない、と感じているわけでも、考えているわけでもない。
「堕している」があらわしているように、ダメになってしまった、と感じているし考えている。
「オーディスト」のことに関しても、そうである。
そういう私に、いまのステレオサウンドはおもしろいという人(一人ではない)がいる。
もうそういう問題ではなくなっている、と感じている。
そういう人たちから感じられるのは、自分こそがステレオサウンドの良き理解者だ、という、
安っぽい正義感とでも言おうか、なんとも表現しにくい気持悪さである。