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Date: 7月 24th, 2016
Cate: 世代

世代とオーディオ(ロゴはかわる・その3)

マークレビンソンの初期のモデルは、LNP2、JC2、JC1などである。
これらのアンプの内部はモジュールユニットが使われている。
これが当時のマークレビンソンのアンプの特徴でもあった。

マークレビンソンのロゴ上段には、三角形の記号がある。
回路図でアンプを表す記号である。
しかもNFBをかけていることを表すように、出力から入力へのフィードバックも描かれている。

細かいことをいえば、この記号は反転アンプを表しているともいえ、
LNP2やJCのモジュール内部がどうなっているのか、まったく情報がなかったあのころ、
私はもしかすると反転アンプになっているのかもしれない、と思ったこともある。

現在のマークレビンソンのロゴは下段のLevinsonが、
従来のロゴよりも横に長くなったため、この記号も横に長くなっている。

現在のマークレビンソンには、創始者のマーク・レヴィンソンはとっくにいないし、
アンプ内部も密閉モジュールは採用していない。

LNP2やJC2が現役モデルだったころ、
マークレビンソンのロゴは、アンプの記号を含めて、うまいな、と思ったことがある。
マーク・レヴィンソンが次につくった会社チェロ(Cello)のロゴよりも、うまくいっている。

そのロゴをいまも使っている。
けれど私の目には、どう見ても改悪されたとしか映らない。
中途半端な変更を加えるぐらいなら、まったく別のロゴをつくればいいのに、と思う。
その方が、いまのマークレビンソンのアンプに似合うはずだ。

Date: 7月 24th, 2016
Cate: 「オーディオ」考

額縁の存在と選択(その2)

このブログを始めたときから、このことは書こう、と決めていることがいくつかある。
でもすべてを書いているわけではなく、まだ手つかずのことがいくつも残っている。
そのひとつが、ステレオサウンド別冊HIGH-TECHNIC SERIES 4にある。

HIGH-TECHNIC SERIES 4をフルレンジを取り上げている。
岡俊雄、菅野沖彦、瀬川冬樹の三氏による試聴が行われ、
座談会形式で試聴記が載っている。

タンノイのユニットももちろん登場している。
HPD295A、HPD315A、HPD385Aの三機種があり、
HPD295Aのところで、岡先生が次のように発言されている。
     *
 私は音響機器の持っている性格とプログラムソースのかかわりあいやマッチングをいつも気にしながら聴いているのですが、タンノイの場合、タンノイという一種の額縁にプログラムソースをはめるような感じがするわけです。しかも、それは非常に絵を引き立てる額縁なんですね。
     *
岡先生はHPD295Aよりも口径の大きなHPD315Aについては、
額縁的な性格が一番薄い、といわれ、最上級機のHPD385Aについては、こう語られている。
     *
 また額縁説を持ち出して恐縮ですが、抽象でも具象でも合う額縁というのがありますね。このユニットはそういう感じがするんです。とにかくこのユニットは、特性を追いかけて作ったのではなくて、ある音楽を聴く目的のためにまとめられ、それが非常にうまくいった稀なケースの一つではないかという気がするんです。
     *
スピーカーは、というより、オーディオの再生音は額縁にたとえられることは、
かなり以前からあった。
タブローという表現が、音の世界に使われたりもしていた。

だから岡先生の発言は目新しいことではなかったけれど、
それでもHPD385Aのところでの発言──、
抽象でも具象でも合う額縁、こういうたとえは岡先生ならではだと感心していた。

この発言は頭のどこかに常にあって、ブログで取り上げようと思っていた。
でも、今日まで取り上げずにいたのだが、Pokémon GOがきっかけとなった。

Date: 7月 24th, 2016
Cate: 「オーディオ」考

額縁の存在と選択(その1)

7月22日に日本でも配信が開始されたPokémon GO(ポケモンGO)。
いい年した大人が……、といわれようと、早速ダウンロードして遊んでみた。

すでに遊んでいる人ならばわかるように、AR(Augmented Reality、拡張現実)のON/OFFができる。
ARをONにしたiPhoneの画面にポケットモンスターが表れる。
この表示を見た瞬間、これがARならば、この感覚は以前にも体験している、と思い出した。

Google翻訳というアプリケーションである。
何度目かのヴァージョンアップのときに、カメラで捉えたものを翻訳する機能が搭載された。
新機能は日本語には対応していなかったけれど、
例えば印刷物のドイツ語にiPhoneのカメラを向けると、
瞬時のうちに英語に翻訳されて表示される。
しかも似たようなフォントで表示されるため、目の錯覚か、と思ったことがある。

目で直接見るのと、iPhoneのカメラと画面を通して見るのとで、
書かれている文字が翻訳されて、似ているけれど違うものになる。

Pokémon GOのAR機能をONにしてやっていて、
あのGoogle翻訳の機能もARの一種といえるのか、と思った。

Augmented Realityの専門家からすれば、拡張現実とはそういうものではない、といわれそうだが、
専門家でないわれわれが体験できる、現時点での拡張現実には、
枠というかフレームというか、そういうものがある。

Pokémon GOにしてもGoogle翻訳にしても、
自分の手のひらにあるiPhoneの画面でのことであり、
そこにはiPhoneという枠(額縁)があるわけだ。

このことがオーディオと関係して、いくつかのことを考えるヒントを与えてくれる。

Date: 7月 24th, 2016
Cate: アナログディスク再生

ダイレクトドライヴへの疑問(その21)

数ヵ月前だった、facebookでダイレクトドライヴについての議論のようなものが目に留った。
肯定派、否定派による議論であれば読んで得られるものがあるが、
そこでは議論にはならずに議論のようなものの段階で留っていた。

ダイレクトドライヴはダメだ、と主張する人も、
ダイレクトドライヴは優れていると主張する人も、
なぜ、そこだけしか見ていない? と思えるほど微視的な視点での、
それも相手の言い分を聞かずに(読まずに)、一方的に主張するだけに終始していた。

アナログプレーヤーがLPをのせて回転するだけで事足りるモノであれば、
そこでの議論のようなものも議論にもう少し近くなろうが、
アナログプレーヤーはそういうモノではない。

回転機器として十分な性能を持っていたとしても、
オーディオ機器として充分かというと、そうではない。

テクニクスの新しいダイレクトドライヴを見ていると、
まさにそうである。回転機器としては、あのつくりでも問題はないであろうが、
オーディオ機器として見た場合には、問題が残ってしまう。

ああいうつくりにしてしまうのは、大量生産と安定した品質を得るためであることはわかるが、
それではオーディオ機器とはいえないのである。

オーディオエンジニアリングの不在が、SL1200の最新モデルからみてとれる。
何もSL1200の最新モデルだけがそうだというわけではない。

だがダイレクトドライヴを生み出したのは、テクニクスである。
だから、つい厳しいことを書きたくなる。

Date: 7月 24th, 2016
Cate: 世代

世代とオーディオ(JBL SE408S・附録)

JBLのSG520、SE400S、SA600は当時どのくらい高価だったのか。
ステレオサウンド 3号を開いてみると、
SA600は200,100円とある。ラックスのSQ38Dsが54,500円のころである。

SG520は248,000円。マッキントッシュのC22は172,000円、マランツのModei 7Tが160,000円、
QUADの22が44,000円、ラックスのPL45が72,000円だった。

SE400Sは143,500円。マッキントッシュのMC275が274,000円、マランツのModei 15が195,000円、
QUADのIIが41,000円(一台)、ラックスのMQ36が128,000円だ。

ステレオサウンド 38号「クラフツマンシップの粋(2)」の中でもSG520の価格について出ている。
アメリカで450ドルで、日本で25万円とあり、いま(1976年)のマークレビンソンみたいなものでしょう、とも。

輸入元・山水電気の1967年の広告を見ると、
SE400Sは156,800円、SE408Sが148,500円とある。他のモデルはステレオサウンド 3号掲載の価格のまま。

1968年の広告では、SG520以外は多少高くなっている。
SA600が247,500円、SE400Sが173,000円、SE408Sが159,500円である。

ステレオサウンド 3号は580円だ。

Date: 7月 24th, 2016
Cate: アクセサリー, 四季

夏の終りに(その4)

2016年のツール・ド・フランスも日曜日に最終ステージである。
今年のツール・ド・フランスに合せたかのように、映画「疑惑のチャンピオン」が上映されている。

癌から生還し、ツール・ド・フランスを七連覇しながらも、
ドーピングの発覚ですべての優勝が取り消されたランス・アームストロングの映画である。

薬物によるドーピングが絶対的悪だとは私は考えていない。
最近では自転車のフレームの中に電動モーターを内蔵した機材ドーピングもある。
こちらは、もう自転車競技ではなくなってしまうから、絶対に認められないドーピングではあるが、
薬物ドーピングに関しては、あれこれ考えさせられるところがある。

そのひとつにオーディオ関係のアクセサリーとドーピングは、
実のところ同じ性質を持っているとも思える。

全体的な傾向としてとして、日本のケーブルメーカーは、
ケーブルそのものが存在しないのを理想としてそこに近づけようとしている。
導体の純度の追求がまさにそうだし、ケーブルの存在(固有の音)をできるだけなくそうとしている。
もちろんそうでないケーブルもあるから、あくまでも全体的な傾向として、ではあるが。

海外の、特にアメリカのケーブルメーカーとなると、
ケーブルもオーディオコンポーネントのひとつとしての存在理由を、
その音づくりにこめているように思える。

日本のケーブルが主張しない方向とすれば、主張する方向とでもいおうか、
ケーブルの存在をなくすことはできないのだから、
ならば発想を転換して積極的に……、とでもいおうか、そういう傾向がある。

そういうケーブルは、どこか薬物ドーピングのように感じてしまう。
ケーブルに限らない、オーディオ・アクセサリーの中には、いわゆる主張するモノがけっこうある。
そして新しいとアピールするアクセサリーが、登場してくる。
そういうのを見ていると、どこが薬物ドーピングと違うのか、と思うのだ。

オーディオのアクセサリーではなく、装飾物としてのアクセサリーを、
これでもかと身に纏っている人もいる。
なぜ、そこまで……、と思うこともあるが、これもドーピングとして捉えれば、
そういうことなのかも……、と思えてくる。

Date: 7月 23rd, 2016
Cate: 世代

世代とオーディオ(ロゴはかわる・その2)

マークレビンソンのロゴも、いつのまにかかわっていた。
いまのロゴにかえた理由は、わからないわけではない。
おそらくレビンソン(Levinson)のLを、目立たせたいからであろう。

1989年ごろ、リッスン・ヴュー(Listen View)というオーディオ雑誌が創刊された。
ステレオサウンドと同じで季刊誌で、途中でサウンドステージという誌名に変更された。

リッスン・ヴューのロゴは上下二段だった。
ListenのLを大きくし下段にまで及んでいた。
そのせいなのだが「L」をアルファベットではなく括弧として捉えられることがあったそうだ。
Listen Viewがisten Viewと認識される。
リッスン・ヴューではなく、イステン・ヴューと読む人が少なからずいた、と聞いている。

Listen Viewのロゴが優れたデザインであったとはいわないが、
Listen Viewときちんと読めた。これを「L」なしのisten Viewと読む人がいるとは信じられなかった。

けれどマークレビンソンのロゴが変更されて、
これも同じ理由(似た理由)なのだろう、と思うとともに、
そういう人がいるということも認識を新たにした。

マークレビンソン(mark levinson)のロゴは基本的にはすべて小文字で、
Lのみが大文字で、上下二段になっている。
つまり最初のmの左端とLがつながっている。
mとLで上下を挟まれるようなかっこうでeがある。
そのため、Lが、ここでも括弧として認識されたのだろう。
そうなるとマークレビンソン(mark levinson)がマークエビンソン(mark evinson)になってしまう。

それでLとeの位置関係が大きく変更され、
下段のLevinsonの横幅が、以前よりも長くなっている。
これに伴い、もうひとつの変更が加えられている。
上段のmarkのあとに続く記号である。

Date: 7月 23rd, 2016
Cate: アナログディスク再生

ダイレクトドライヴへの疑問(その20)

メーカーに余裕があった時代は、カットモデルが各社から発表されていた。
スピーカーシステムふアナログプレーヤーの内部をわかりやすく提示するために、
完成品を文字通りカットしたモノである。

中学生、高校生だったころ、カットモデルをつくるのに必要な完成品は一台だけだと思っていた。
完成品をなんらかの方法でうまくカットすれば、カットモデルはできあがるものだと思っていたのだ。

実際にはそう簡単につくれるモノではない、と知った。
複数台をカットして組み合わせて、一台のカットモデルができるそうだ。
お金も手間もかかることを、あのころのメーカーはやってくれていた。

ダイレクトドライヴ型のプレーヤーのカットモデルもけっこう多かった。
各社のカタログ、広告にはカットモデルのカラー写真が大きな扱いで使われていた。
カットモデルを一方向から見ただけで、構造のすべてが把握できるわけではないが、
カットモデルを、内部はこうなっていたのか、と感心しながら見ていた。

数年もすれば、見方は変化していく。
構造体としてカットモデルを見た場合に、気になることが目につくようになった。
どこのメーカーのカットモデルも見ても、
ダイレクトドライヴ型プレーヤーのほとんどに共通していえることがある。

これではいい音が出せるはずがない、といえる構造的な問題である。
デンオンのDP100Mは、その点に気づいてたのではないかと思う。
具体的なことはここでは書かないが、DP100Mの構造をすぐに思い浮べられる人ならば、
私が問題点と考えていることはすぐにわかるはずだ。

意外にもこの問題点は、いまのダイレクトドライヴ型プレーヤーには残ったままである。
テクニクスが昨年発表したプロトタイプのターンテーブルの内部を見ても、
この問題点にはまったく気づいていないとしか思えないつくりだった。

この問題が解消されていないつくりはそのままSL1200の最新モデルにも受け継がれている。

Date: 7月 22nd, 2016
Cate: 世代

世代とオーディオ(JBL SE408S・その11)

JBLの一連のアンプの音といえば、私にとっては、瀬川先生の文章が浮ばないことは絶対にない。
1981年のステレオサウンド別冊の巻頭「いま、いい音のアンプがほしい」に書かれていること、
そのことがそのままJBLの音と直結している、といってもいい。
     *
 昭和41年の暮に本誌第一号が創刊され、そのほんの少しあとに、前記のプリメインSA600を、サンスイの新宿ショールーム(伊勢丹の裏、いまダイナミックオーディオの店になっている)の当時の所長だった伊藤瞭介氏のご厚意で、たぶん一週間足らず、自宅に借りたのだった。そのときの驚きは、本誌第9号にも書いたが、なにしろ、聴き馴れたレコードの世界がオーバーに言えば一変して、いままで聴こえたことのなかったこまかな音のひと粒ひと粒が、くっきりと、確かにしかし繊細に、浮かび上り、しかもそれが、はじめのところにも書いたようにおそろしく鮮度の高い感じで蘇り息づいて、ぐいぐいと引込まれるような感じで私は昂奮の極に投げ込まれた。全く誇張でなしに、三日三晩というもの、仕事を放り出し、寝食も切りつめて、思いつくレコードを片端から聴き耽った。マランツ♯7にはじめて驚かされたときでも、これほど夢中にレコードを聴きはしなかったし、それからあと、すでに十五年を経たこんにちまで、およそあれほど無我の境地でレコードを続けざまに聴かせてくれたオーディオ機器は、ほかに思い浮かばない。今になってそのことに思い当ってみると、いままで気がつかなかったが、どうやら私にとって最大のオーディオ体験は、意外なことに、JBLのSA600ということになるのかもしれない。
 たしかに、永い時間をかけて、じわりと本ものに接した満足感を味わったという実感を与えてくれた製品は、ほかにもっとあるし、本ものという意味では、たとえばJBLのスピーカーは言うに及ばず、BBCのモニタースピーカーや、EMTのプレーヤーシステムなどのほうが、本格派であるだろう。そして、SA600に遭遇したのが、たまたまオーディオに火がついたまっ最中であったために、印象が強かったのかもしれないが、少なくとも、そのときまでスピーカー第一義で来た私のオーディオ体験の中で、アンプにもまたここまでスピーカーに働きかける力のあることを驚きと共に教えてくれたのが、SA600であったということになる。
     *
本誌第9号にも書いた、とある。
ステレオサウンド 9号(1968年12月発売)は創刊3周年記念号で、
特集は「現代オーディオ人群像」で、16人の読者が登場されている。
続いて「再生装置拝見」で、
瀬川冬樹、菅野沖彦、上杉佳郎、山中敬三、四氏のリスニングルームが紹介されている。

ここでも瀬川先生はJBLのアンプ(SA600)について書かれている。
一部重なるところはあるものの、こちらもぜひ読んでほしい。
     *
 JBLのアンプが大変優れたものらしいとは、外誌などで承知していたが、むろんまだ聴かない音の真価が想像できるものではない。ひょんなことから、サンスイのショールームにサンプルで置いてあったSA600を借りられることになった。
 あのときの音の驚きは決して忘れない。大げさに云えば驚天動地だった。突然、スピーカーの音が一変したのだったから。接続を終えて音が出たのは深夜だった。小さな音量なのに、聴き馴れたレコードが様相を一変して、まるで、精密にピントの合った写真を拡大鏡でなめるようにのぞいて行くみたいに、楽器のディテールが、オーケストラのパートパートが、演奏家の息づかいが、気配が、眼前に展開しはじめたのだ。いったいこれはどういうことなのだろう。いままでのアンプがどうかしていたのだろうか。我を忘れて、思いつくレコードを息つく間もなくかけかえて、耳を澄ました。
 わたくしは緊張してものを言っているのだろうか。決してそうではない。あの驚きは、どんな書き方をしたところで、とうてい言い尽くせるものではない。まる三日というもの、ほとんどスピーカーの前に坐りこんだまま、そしてそば狗奴驚きの命ずるままに、あとからあとからレコードを聴き続けた。明らかに、わたくしの中でひとつの価値感が変って行ったのだった。
     *
まだまだ書き写していきたいが、このへんにしておく。
《明らかに、わたくしの中でひとつの価値感が変って行ったのだった》
まことそうだったのだと思う。

SA600はSE408Sをベースに、コントロールアンプ機能を取り付け、プリメインアンプ化したモノ。
SA600のリアパネルは、SE408Sのダイキャストフレームがそのまま使われている。
そのため入力端子はリアパネルには取り付けられず、アンプ底部にまとめられている。

このSA600の存在があるから、私にとってのJBLのパワーアンプといえば、
SE401ではなく、SE408S(SE400S)ということになる。

Date: 7月 22nd, 2016
Cate: 世代

世代とオーディオ(JBL SE408S・その10)

最初、この項のタイトルは「世代とオーディオ(JBL SE408S)」ではなく、
「世代とオーディオ(JBL SE401)」だった。
公開して一時間ほどして、SE401をSE408Sに変えた。

一度公開したタイトルを変えるのはあまり気がすすまないから、
そのままにしておこうかと思ったが、
SE401の音を私は聴いたことがないし、
私にとって、この時代のJBLのアンプの音は、SE408Sになってからのものであるから、
SE408Sに変えてしまった。

SE401の音はどんなだったのだろうか。
ステレオサウンド 38号「クラフツマンシップの粋(2)」の中で、
岩崎先生は次のように語られている。
     *
 僕が最初にSG520を入手した時に一緒だったのがトランス付きのSE401だったのですよ。いまにして思うと残念だったのだけれども、その頃にすれば、入力トランスが付いているということだけで、割と古い設計の暗譜なんだなと思って、かなり抵抗があったわけですよ。その上、二、三回トラブルをおこしたものだから、手離してしまったわけですけれども、非常におとなしい音だった記憶があるのです。わりとおっとりした音でしたね。低音の感じも高音の感じも、SG520にみられるように、いわゆるワイドレンジという雰囲気ではなくて、相当ナロウレンジだという意識をいまだに持っているのですよ。
     *
山中先生も《音の感じは全くその通りでしょうね》と語られている。
おもしろいのは、SG520も、最初はSE401の音に近かったということだ。
このことも「クラフツマンシップの粋(2)」の中に出てくる。
     *
山中 しかし一番最初の頃のSG520はあまり広帯域な感じではなかったでしょう。
岩崎 そうですね。いわゆるウォームトーンという感じ、高い方がダラ下りになっているような音でしたね。
山中 それが、実際に製品が売られるようになってからすぐに、ワイドレンジで非常にフラットな感じの音に変わりましたね。
岩崎 おそらく、使っているトランジスターが少し変わったのだと思いますよ。
     *
ということはごく初期のSG520とSE401のペアが聴かせる音と、
その後のSG520とSE408Sのペアが聴かせる音は、ずいぶん違っていたことになる。

Date: 7月 20th, 2016
Cate: 世代

世代とオーディオ(JBL SE408S・その9)

「JBL 60th Anniversary」の192ページに、それは記してある。
少々長くなるが、引用しておこう。
     *
 1960年に、アルテック・ランシングのマーケティング組織に重大な変革が加えられた。それまでアルテック製品の国内向けのディストリビューターは、グレイバー社という1社のみで、プロ用サウンド関連会社へのセールスもすべてグレイバー社を通していた。
 ところが、この年にアルテックは、国内向けのディストリビューター網を自社で立ち上げることを決定した。その結果、グレイバー社の製品カタログには大きな穴があいてしまった。そこで、グレイバー社の代理人たちがJBL社と接触し、グレイバー社がこれから取り扱うべき新たなプロ用機器のフルラインナップの開発と、それに関する契約についての提案をしたのである。
 JBL社は、広範囲にわたる製品ラインナップの開発という今回の提案について、ゴーサインを出した。このラインナップには、一連のアンプをはじめ、トランス、ミキサー、さらにはJBLスピーカーユニットのプロ用ヴァージョン化も含まれていた。そのため、家庭用のスピーカーユニットと、そのプロ用ヴァージョンが明確に区別できるよう、すべての新しいプロ用ユニットに使用するための新規鋳造による壺型ヨークも作られた。しかしながら、家庭用製品もプロ用製品も、機械的・電気的に同一であったことは明記しておくべきだろう。
 製品開発は順調に進み、JBLが一般に向けて公式発表を行ったとき、信じ難いことが起きた。理由はいまだに明確ではないが、グレイバー社とJBL社との合意が破棄されたのである。その結果、生産ラインは破棄され、製品は1機種たりとも市場には出なかった。
     *
こういうことがあったのを、「JBL 60th Anniversary」が出るまでまったく知らなかった。
JBLが一般に向けて公式発表を行った、とあるが、これはいつなのだろうか。
1960年以降であることは確かだが、’61年なのか’62年なのか。
そして、ここでの公式発表の内容はどういうものだったのかも、わからない。

けれど思うのは、SE401に採用されたダイキャストフレームは、
この時点でその原型が作られていたのではないだろうか。
だとすれば、私がSE401、SE408Sに感じた、SG520、SA600とは違う血のようなものは説明がつく。

違うのかもしれない、ほんとうのところはわからないけれど、
少なくとも私のなかでは納得がいく。

「JBL 60th Anniversary」の190ページには、
アーノルド・ウォルフが介入し、
ダイキャストフレームに《外観上の美的中心とすべく意匠デザインのメスが入れられた》とある。

Date: 7月 20th, 2016
Cate: 世代

世代とオーディオ(JBL SE408S・その8)

JBLのSG520はハタチのころ、使っていた。
極上美品といえるほど程度のいい個体ではなかったけれど、
程度はいいモノで、付いていた価格も安く感じられたから、衝動買いに近い感じで自分のモノとした。

SA600は、いまも欲しいと思っているプリメインアンプのひとつであり、
もっとも欲しいプリメインアンプでもある。

SE400S、SE408Sは、この二機種ほど欲しい、と思ったことがこれまではなかった。
特にSE408Sは、まったく欲しいとは思っていなかった。
買うのであれば、中身は同じでもSE400Sだ、と思っていた。

けれどつい先日SE408Sを聴いて、このへんの気持が大きく変ってしまった。

SE401、SE408Sに、あまり興味を持てなかったのは、そのアピアランスにある。
エナジャイザーとしてのアピアランスだから、それでいいのは理解できても、
自分のモノとするのであれば、外装パーツつきのSE400Sということになる。

同時に、JBLのパワーアンプには、SG520、SA600とは少し血が違うようにも感じていた。
SG520、SA600はコンシューマー用としてのアンプである。
それに対して、SE401、SE408Sはどこか業務用機器的なところを感じさせるところが、
なぜか気になっていて、それほど欲しいとは思わせない理由になっていた。

もともとSE401はコンシューマー用アンプとしてではなく、
プロフェッショナル用アンプとして開発が始まったものではないのか──、
そう感じるところがあった。
ただそう感じるだけで、なにか根拠があるわけではなかったが、
ステレオサウンド別冊「JBL 60th Anniversary」に非常に興味深いことが書かれている。

Date: 7月 19th, 2016
Cate: 世代

世代とオーディオ(JBL SE408S・その7)

JBLはSE401の前に、PL100という真空管のパワーアンプを試作している。
出力管にビーム管6973を使い、低域用が40W、高域用が20Wで、
シャーシー内にはエレクトリッククロスオーバーが内蔵されていた。

PL100はハーツフィールド専用アンプとして開発されたもので、
ハーツフィールドをバイアンプ駆動するためのシステムということになる。

PL100の時点でバイアンプ駆動を考えていたJBLなのだから、
SE408Sでイコライザーボードを左右チャンネル別々にしたのは、
将来的にバイアンプ駆動をも可能にするためであるのではないか。

SE408Sのシャーシー内に、デヴァイダーを内蔵する必要はない。
低域用のイコライザーボードには、ウーファーの補正カーヴ用とハイカットフィルターの部品を、
高域用のイコライザーボードには、
スコーカー、トゥイーターの補正カーヴ用(場合によっては不要かもしれない)と、
ローカットフィルターの部品を搭載・構成すればすむ。

レベルコントロールは、入力端子横にあるポテンショメーターを使えばすむ。
あとは入力信号が左右チャンネルに分配されるようにするだけだ。

実にスマートなやり方でバイアンプ駆動のエナジャイザーへと発展できる。

JBLがハーマンインターナショナルに買収された1969年には、
アーノルド・ウォルフが新社長に就任している。

いうまでもなく、この時代のJBLのアンプのデザインを手がけていたのは、
アーノルド・ウォルフ自身であり、
彼はアンプ製造ラインの中止要請と圧力に対し、全力で抵抗した、と、
ステレオサウンド別冊「JBL 60th Anniversary」には書いてある。

そうだろう、と思う。
アーノルド・ウォルフの中には、次の段階へのプランがあったはずだ。
だが、1971年に同意せざるを得なかった。

Date: 7月 17th, 2016
Cate: 世代

世代とオーディオ(JBL SE408S・その6)

パラゴンのユニット変更と同時に、メトロゴンも同じユニット変更がなされている。
メトロゴンもパラゴン同様、エナジャイザーが組み込めるようになっている。

スピーカーシステムのウーファーまでも変更させてしまうエナジャイザー方式を、
JBLはその後、どう展開させていきたかったのかはわからない。
1971年にアンプの製造を中止してしまっているから、想像するしかない。

JBLのこの時代のアンプを少し整理しておく。
1963年にパワーアンプSE401が出ている。
出力35W+35Wで、ゲルマニウムトランジスターを使っている。
SE402というモデルもあるが、
これはJBLのスピーカーシステムに組み込みSE401のもうひとつの型番であるから、
SE402にはなんらかのイコライザーボードがついてくる。

SE401とSE402は組み込み型のため外装パーツはなく、
SE401に外装パーツがついたモデルがSE400である。

1964年にコントロールアンプのSG520が登場。
1965年にバート・ロカンシー考案のTサーキット採用のパワーアンプSE408SとSE400Sが出る。
出力は40W+40W。
型番末尾のSは、シリコントランジスター採用を表している。
SE400SとはSE408Sの外装パーツ付きモデルで、
SE400があったためSが付けられ、SE408にもSが付けられた、と受けとめていいだろう。
だからSE408という、Sなしのモデルは存在しない。

1965年にはプリメインアンプのSA600が登場。出力40W+40W。
1968年に出力60W+60WのSA660にモデルチェンジ。フロントパネルブラックに変更される。

1970年にSE400Sも、60W+60Wに出力アップしたSE460になる。
FM専用チューナーのST860も発売になっている。

ここでJBLのコンシューマー用アンプの歴史は、一旦閉じる。
その理由について、ステレオサウンド 38号「クラフツマンシップの粋(2)」では、
はっきりとはわからない、と述べられているが、
JBLは1969年に、ジャーヴィス社のシドニー・ハーマンに買収されている。
つまりハーマンインターナショナルの傘下になっている。

ハーマンインターナショナルにはハーマンカードンがある。
ハーマンインターナショナルは、ハーマンカードンのアンプをJBLのアンプよりも重視したようで、
ハーマンインターナショナルからJBLに、アンプをやめるように圧力がかかる。

アンプ部門は、それほど利益があがっていないことも、大きな理由になっていたようだ。
ステレオサウンド別冊「JBL 60th Anniversary」掲載の「JBLの歴史と遺産」には、
一機種売るごとに、最大50ドルの赤字が出ると推測された、とある。

俄に信じられないが、
おそらくこの赤字の金額は修理にかかる費用を含めての算出のような気がする。
私もSG520は一時期使っていたが、このアンプを自分でメインテナンスしようとしたら、
かなり面倒だな、と思ってしまうほどのつくりである。

岩崎先生が「クラフツマンシップの粋(2)」で、
SG520の修理を、輸入元の山水電気に出そうとしたら、
修理期間を一ヵ月くれ、と返事があった、と述べられている。

一ヵ月は長いが、わかる気がする。
山中先生も《自分でやってみるとよくわかりますけれど、たいへんなのですね》と言われている。

Date: 7月 17th, 2016
Cate: 世代

世代とオーディオ(JBL SE408S・その5)

JBLがエナジャイザーを搭載したのは、おそらくパラゴンが最初だろう、と(その3)に書いた。

パラゴンは1957年に登場している。
この時のユニット構成はウーファーが150-4Cである。
1964年に150-4CからLE15Aに変更され、それに伴いネットワークもN500HからLX5へと。

パラゴンは1980年にも変更を受けている。
アルニコマグネットのLE15AからフェライトマグネットのLE15Hへ、375が376へと。

この時点で150-4Cが製造中止になったのかと思いがちだが、そうではない。
パラゴンのユニット変更と同時期にハーツフィールドも仕様変更されている。
075が追加されている。ウーファーは150-4Cのままである。

JBLが150-4CからLE15Aにした理由は、理解し難いところがある。
150-4Cが製造中止になっていたとしても、JBLには130Aがあった。
150-4Cに近いのは、LE15Aよりも130Aであるにも関わらず、
ウーファーとしての設計がJBLとしては対極にあるLE15Aへの変更には、どういう意図があるのか。

パラゴンの弟分ともいえるメトロゴンは、1958年に登場している。
ユニット構成は150-4Cに375+H5041、ネットワークはN400の2ウェイで、
パラゴンのユニット構成を基本的に受け継いでいる。

メトロゴンにはヴァリエーションモデルとして、
130Aと175+H5040、130Aと275+H5040、D130のみなど、他にもいくつか用意されていた。
メトロゴンのユニット構成を見ると、
コンシューマー用ウーファーとして、150-4Cよりも130Aは一ランク下であったことがうかがえる。

130Aと375の組合せは、JBLとしては考えていなかったのか。
だとしたらパラゴンに130AではなくLE15Aにしたのはわからないわけではないが、
くり返すが150-4Cは1968年まで製造されているにも関わらず、
1964年にパラゴンのウーファーはLE15Aになっているのは、
スピーカーだけで考えていては、答は見えてこない。

エナジャイザーの登場と、
エナジャイザーを含めたトータルシステムとしてのパラゴンという完成像があっての、
ウーファーの大きな変更であり、
その意味ではLE15A搭載のパラゴンは、エナジャイザー搭載のアンプで、
その音を一度は聴いておくべきものだった、といえる。