Archive for category スピーカーとのつきあい

Date: 6月 22nd, 2017
Cate: スピーカーとのつきあい

ホーン今昔物語(その8)

ステレオサウンド 60号では、アルテックのスピーカーシステムは、
A4、A5F、それにMANTARAY Systemの三機種が取り上げられている。

49号の新製品紹介のMANTARAY Systemと60号のMANTARAY Systemは基本的には同じである。
マンタレーホーンはMR94、エンクロージュアは817Aなのだが、
ユニットが49号時点ではアルニコマグネットの515B、288-16Gだったのが、
フェライトマグネットの515E、288-16Kに変更になっている。

ユニット構成に関しては、A4、A5Fも同じである。
A4とMANTARAY Systemは、515Eをダブルで使用している点でも同じで、
A4とMANTARAY Systemの違いはホーンとエンクロージュアということになる。
ネットワークはA4もMANTARAY Systemも、N500FAで同じ。

60号の特集は、岡俊雄、上杉佳郎、菅野沖彦、瀬川冬樹の四氏による試聴と座談会で構成されている。
MANTARAY Systemに関しては、四氏とも、高評価とはいえないところがある。

ここでは菅野先生の発言を引用しておく。
     *
菅野 理屈をこねると、これはやっぱり、トラディショナルなテクノロジーとニューテクノロジーの葛藤から生れた産物だという感じがしますね。
 まずセクトラル・ホーンというのは歪が多い、ということを、このマンタレー・ホーンの設計者が言っています。それから指向性はぜったいにもっとよくしなきゃいけないとも言っています。
 これは、まったくアルテックの伝統を知らない技術者ですね。だから、あたらしいヤング・ジェネレーションの技術者としての立場があって、古いものはひとつの勉強として学んで、それでその上に立って、自分たちで改良しようと、こういうかたちでつくったものだ、と思うんです。事実、そうなんですが……。
 だから、そこにどうしても、新しい技術と、古い伝統的な技術と──古いものをぜんぶ捨てちゃって新しくつくってるなら、まだいいのですが──その二つのあいだに、いろんな葛藤がある。
 それがぜんたいの音として、すくなくとも、まとまりとか完成度とか、さっきから言っているようなアルテック独特の、あの充実した音のまとまりという点ではたしかにくずれているかもしれませんね。
 ただ、これは、これからのアルテックの次のジェネレーションの発展へのひとつの転機になるものだと思うんです。技術的にも非常に興味があります。
 ただ、ここで聴いたかぎりの音では、やっぱり、瀬川さんが言われたように抑制がききすぎています。ほかの二つとくらべてみると、音がとにかく生き生きとしていません、朗々としていませんね。どこか、もうひとつ欲求不満が起きるような鳴り方ですね。その意味で、これは未完成なんだと思います。
 それから、このエンクロージュアは817ですね。A5なんかの828のうえにマンタレー・ホーンをのせて、すごくせまい部屋で、いい音を聴いたことがあるんですよ。8畳ぐらいだったかな。だから、その組合せでも聴いてみたかったな、という気がします。要するに、上と下のつながりがもうひとつしっくりこないんです。
     *
MANTARAY Systemの、上と下のつながりに関しては、
岡先生も《上下の音がバラバラなように》聴こえると指摘されている。

抑制に関しては、瀬川先生はアンプに喩えられている。
《アンプでいえば、特性を一生懸命によくしようとして、NFBをたっぷりかけちゃったみたいな、そういう音みたいな感じがする。ですからおとなしいですね。》
と発言されている。

上杉先生は、抑制がきいた音のため、
《〝聴いた〟という感じのあんまりしない音》と表現されている。

A5の上をマンタレーホーンに換えたオーディオマニアのことは、瀬川先生も話されている。
はっきりとしないが、たぶん同じであろう。

Date: 6月 22nd, 2017
Cate: スピーカーとのつきあい

ホーン今昔物語(その7)

アルテックのマンタレーホーンMR94、MR64、
JBLのバイラジアルホーン2360、2365、2366は分割構造になっている。

これだけ奥行きの長いホーンだから分割構造にするのも当然とまず考えるが、
両社の定指向性ホーンに共通する形状からいえるのは、
スロートアダプターとホーンとが分割できる、とみたほうがいい。

JBLのバイラジアルホーンも縦に細長いスリットで音を絞り込んで、
急に広がる開口部のホーンという形状は、マンタレーホーンと共通だ。

ホーン部がアルテックは金属製で直線で構成されているのに対し、
バイラジアルホーンはFRP製で曲線で構成されているために、
マンタレーホーンに感じる、やや平面的な印象はなく、
むしろ光沢のある黒ということもあって、肉感的ともいえる。
スロートアダプターは、アルテック、JBLともに鋳鉄。

2360の音は、どうだったのか。
ステレオサウンド 58号の「ユニット研究」は園田隆史氏が書かれている。
最近のステレオサウンドにも園田隆史氏の名前をときどきみかけるが、
この「ユニット研究」の園田隆史氏とは別人である。
     *
 音の印象は、2350ラジアルホーンのシステムと比べると、構造、材質の差がそのまま音に出たのか、かなりソフトな聴きやすいウォームトーンだった。しかし、柔らかい中にも微妙なニュアンスを十分再現してくれる音で、同じ075を使っていても、他のホーンよりいっそう繊細な高音が聴けた。いままで聴いてきたシステムの音がハード肌とすれば、これはとてもソフトな音で、E145の中低域の張りと2360の厚みがマッチして、ボリュウムたっぷりの中低域だ。
     *
園田隆史氏の2360の試聴は、別のシステムでも試されている。
ウーファーは同じE145だが、エンクロージュアがこのころ登場したばかりの4508になっている。

バスレフ型で15インチ・ウーファーを二発搭載できる4508エンクロージュアの上に、
2360ホーンの2ウェイシステムは、
4560エンクロージュアとの組合せよりも、視覚的に2360とよくマッチしている。
     *
 4560BKAのシステムの時同様、この組合せでも2360は、高域のレンジこそ広くないものの、ナチュラルな、透明で応答性の高い中高音を聴かせてくれた。ソフトで厚みのある中低域も魅力的だ。ホーンの開口部が大きいので、クロスオーバー(2441との組合せでは500Hzが指定)付近のレスポンスが安定していて、歪が少ないためだろう。また、音像がホーンに集中する傾向があり、ウーファーの帯域の音までが、あたかもホーンから出てくるように聴きとれた。ただし、よく聴き込んでいくと、ホーンの材質(FRP)による固有の振動が音に影響しているようだ。高域が多少不足気味なので、トゥイーターを追加してみたい気もする。
     *
「ユニット研究」は56号から始まっていて、
前号、前々号だけでなく、58号以降もあわせて読むことで、
2360という新しいホーンの性格は多少なりとも浮び上ってくる。

Date: 6月 22nd, 2017
Cate: スピーカーとのつきあい

ホーン今昔物語(その6)

マンタレーホーンを使用したアルテックのシステム、
MANTARAY HORN + 817A Systemは、ステレオサウンド 49号の新製品紹介に登場している。
ただ音に関しては、あまり語られていなかった。
     *
以上の新機種にA5のユニットを、ネットワークを組み合わせた新システムは、A5に比べfレンジはやや狭い感じがあるが、より強力なサウンドサプライが可能だ。
     *
山中先生による記事の最後に、数行あるだけだった。
これだけではものたりないし、マンタレーホーンという、
いままでになかった形状のホーンについての真価も伝わってこなかった。

49号は1978年12月発売、58号は1981年3月発売だから、
定指向性ホーンの試聴記事がステレオサウンドに載るのに、二年以上経っていた。

58号の「ユニット研究」はカラーページだった。
そこに登場したJBLの定指向性ホーン(バイラジアルホーン)2360は、
やはりマンタレーホーンと同じくらいに大きなモノだった。
開口部が大きいだけでなく、奥に長いホーンである。

「ユニット研究」にも、
《この2360、とにかく大きくて長いホーンだ。エンクロージュアの上にセットするのに苦労した》
とある。

ここで使われているエンクロージュアはJBLのフロントショートホーン付きの4560である。
奥行き60.6cmの4560であっても、それ以上に長い2360なのだから、大変だったはずだ。

JBLのバイラジアルホーンは三機種出ていた。
2360、2365、2366である。
2360が、この中では指向特性が広い。
それに小型でもある(あくまでも2366と比較してのことだ)。

2360は水平93°、垂直46°、2365は水平66°、垂直46°、2366は水平47°、垂直27°。
気になるホーンのサイズだが、開口部は三機種とも79.5cmの正方形。
奥行きは2360と2365が81.5cm、2366が139.0cmとなっている。

Date: 6月 22nd, 2017
Cate: スピーカーとのつきあい

ホーン今昔物語(その5)

コンプレッションドライバーの開口部の形状は、円。
一方ホーンの開口部は円もあれば四角もある。

円にも楕円があるし、四角にも縦横の寸法比はいろいろある。
つまりホーンの形状は、円から円、円から楕円、円から四角へと変化していく過程である。

アルテックのマンタレーホーンは、少し違う。
ドライバーは従来のものを使うから、その開口部は円。
マンタレーホーンの開口部は、正方形に近い四角形。
ドライバーからホーン奥行きの約半分までは、縦に細長いスリット状になっている。
スリットのあとは急に広がる。

従来のホーンしか見てこなかった目には、理解に苦しむ形状である。
それに当時はマンタレーホーンについての技術的な解説はなかった、といえる。
いまならば”Constant-Directivity Horn”で検索すれば、
英文ではあっても技術資料がすぐに読めるが、当時はそんな時代ではなかった。

ただただ従来のホーンとの形状の違いから想像・判断していた。

ドライバーから出た音を、縦に細長いスリットで絞り込むわけである。
これが、定指向性ホーンの大きな特徴なのであろうが、
当時の私は、ここまで絞り込む必要があるのだろうか、
ここまで絞り込んでいいものだろうか、という疑問もあったけれど、
マンタレーホーンが、従来のホーンでは無理だった音を聴かせてくれたら……、
という心配もしていた。

マンタレーホーンの音が素晴らしかった、としても、
奥行きが90cm近いものは、たとえ購入できたとしても、どうやって設置するのだろうか、
そんな心配もしていた。

マンタレーホーンがステレオサウンドの誌面に登場したのは、
60号特集「サウンド・オブ・アメリカ」だった。

その前に、JBLの定指向性ホーン(バイラジアルホーン)2360が、
58号「スピーカーユニット研究 JBL篇(その3)」に登場している。

Date: 6月 21st, 2017
Cate: スピーカーとのつきあい

ホーン今昔物語(その4)

アルテックの単体のマンタレーホーンMR64とMR94は、1978年に登場している。
開口部は604-8Hのホーンよりも、さらに正方形に近くなっている。

MR94はカットオフ周波数500Hzで、外形寸法W86.4×H61.0×D71.1cm、
MR64g カットオフ周波数は500Hzだが、MR94が水平90°、垂直40°の指向性に対し、
水平60°、垂直40°ということで、横幅が71.1cmと、開口部はほぼ正方形といえる。

MR94とMR64を見て、最初に感じたのは従来のホーンよりもかなり大きく、
しかも奥行きが長い、ということだった。

どちらもマンタレーホーンもスロート径は1.5インチだから、ドライバーは288となる。
288は、アルニコの288-16Gもフェライトの288-16Kも奥行きは14.8cm。
つまりマンタレーホーンと288ドライバーの組合せは、奥行き85.9cmになる。

マンタレーホーンが登場したあとも、アルテックの従来のホーンは残っていた。
811B、511B、311-60、311-90、1501Bなどが現行製品だった。

マンタレーホーンはカットオフ周波数は500Hzで、推奨クロスオーバーは800Hzだった。
811Bが推奨クロスオーバーは800Hzの従来ホーン(セクトラルホーン)で、
こちらの外形寸法はW47.0×H22.0×D34.0cmで、スロート径は1インチだから806、802ドライバーを使う。

806の奥行きは8.4cm、802は9.7cm。
811Bとの組合せで、802を使っても奥行きは43.7cmと、
マンタレーホーンと288ドライバーの組合せのほぼ半分である。

ドライバーが違うのだから、音が同じなわけではないが、
単に800Hzから使えるホーン・ドライバーシステムとしての奥行きの長さをを比較すると、
定指向性ホーンは、従来ホーンとは大きく異る理論で設計されていることは、
当時高校生だった私にも容易に想像できた。

Date: 6月 21st, 2017
Cate: スピーカーとのつきあい

ホーン今昔物語(その3)

アルテックの定指向性ホーン(マンタレーホーン)のことを知ったのは、
604-8Hを搭載した620B Monitorの登場によって、だった。

アルテックの同軸型ユニット604は、一貫してマルチセルラホーンを中高域に採用していた。
604-8Gになってウーファーのフレーム形状が変更になっても、
ホーンに関しては同じままだったのが、604-8Hで大きく変化した。

マルチセルラホーンでは、ひとつひとつのホーンの開口部は大きくない。
小さなホーンの集合体といえるマルチセルラホーンだから、
ホーンが大口を開けているという印象はない。

604-8H以降採用のマンタレーホーンは、ひとつのホーンである。
仕切り板も何もないから、開口部がそのまま大口を開けているようにも見える。

しかもホーンの開口部が、
それまでのマルチセルラホーンよりも大きくなっているから、なおさらだ。
それにマンタレーホーンの開口部はフラットである。
マルチセルラホーンでは両サイドの開口部は角度がついているから、
ユニット全体を斜めからみたとき、
マルチセルラホーンは立体的であり、マンタレーホーンは平面的でもある。

どちらが音がいいのか、ということではなく、
ユニットを眺めた時の印象がずいぶん違ってきたことに、
ホーンに新しい時代が訪れつつある気配を、多くの人が感じとっていただろう。

それに604-8Hはネットワークも、大きな変更が加えられている。
定指向性ホーンは、従来のホーンそのままのネットワークでは良さを活かせない面がある。
それに加えて、604-8Hでは2ウェイにも関わらず、3ウェイ的なレベルコントロールを可能にしている。

604-8Hから少し遅れて、単体のホーンとしてもマンタレー型が登場したことを知った。

Date: 6月 19th, 2017
Cate: スピーカーとのつきあい

ホーン今昔物語(その2)

audio wednesdayでやろうと考えているホーンの比較試聴。
JBLの537-500と2397の比較。
どちらのホーンも、いまや古い世代のホーンになってしまった。

537-500はウェスターン・エレクトリック時代からある。そうとうに古い。
2397にしても、実のところ、けっこう古いホーンである。

岩崎先生がスイングジャーナル増刊「モダン・ジャズ読本 ’76」掲載の
「理想のジャズ・サウンドを追求するベスト・コンポ・ステレオ25選」に書かれている。
     *
 使い慣れたJBLをシステムとして生かすべく考えたのがこの2397ホーンと375ユニットの中高音用を組込んだシステムだ。52年発行の米国のあるオーディオ文献に掲載してあったウェスターン・エレクトリック社無響室の写真で、技術者の横に置いてあるスピーカー・システムが眼に止った。この、小型フロアー型とも思えるシステムに、大きさといい、形状といい、JBLの木製ラジアル中高音用ホーン2397をそっくりの高音ユニットが使われているではないか!
     *
当時、JBLのホーンで2397だけが木製だった。
しかももっとも薄いホーンでもあった。
家庭用ホーンとして、2397がいちばん適しているように思えた。

その2397でも、古いのだ。
ホーン型スピーカーには、その構造からくる特有のクセがどうしてもある。
それは古い世代のホーンのほうが、より強い、ともいえる。

そんな古いホーンの比較試聴をしようというのだから、
ホーン型そのものを認めていない人からみれば、バカなことをやろうとしている、とうつろう。

現在のJBLのホーンは、バイラジアルホーンと呼ばれる、
定指向性ホーン(Constant-Directivity Horn)である。

CDホーンと呼ばれることもあるし、アルテックはマンタレーホーンとも呼んでいた。

Date: 6月 19th, 2017
Cate: スピーカーとのつきあい

ホーン今昔物語(その1)

1976年に登場したJBLの4343は、
ペアで100万円をこえるスピーカーシステムにも関わらず、驚くほどの数が売れている。

当時の輸入元の山水電気が正確な数を発表していないが、
伝聞では、ほんとうに驚く数である。
それに当時は並行輸入もけっこうあった。

今後、もしオーディオブームが来たとしても、
4343のような売行きをするモノは、もう現れないであろう。

でも、夢よ、もう一度、と思うわけだ。
JBLの輸入元がハーマンインターナショナルになってから、
4343に匹敵する売行きのモノはなかった。

ハーマンインターナショナルには、山水電気でJBLの担当だった人たちが移っている。
彼らにとって、夢よ、もう一度は、4343の新ヴァージョンだったのかもしれない。

これも伝聞ではある(とはいっても確度の高い)。
日本のハーマンインターナショナルは、JBLに、4343をもう一度と要求した、ときいている。
4343の新ヴァージョンである。

日本のハーマンインターナショナルの、その要求には音響レンズ付きのホーンの採用があったそうだ。
つまり4343のデザインそのままで、リファインされたモデルというわけだ。

JBLからは、音響レンズといった時代遅れのモノは採用しない、という返答だった(そうだ)。
そのはずだ。

JBLのホーンは、1981年登場のバイラジアルホーンから、新しい時代に突入している。
スピーカーの測定にコンピューターが導入され、
それまでは見えてこなかった様々な現象が可視化されている。

ホーンの開口部を塞ぐようなモノの存在は、
もうメリットよりもデメリットの方が大きい、という判断は正しいし、
それが時代の流れでもある。

おそらく4348は、日本のハーマンインターナショナルの要望に応えてのモデルのはずだ。
だからこそ、4343と4348を比較することで、JBLのホーンに対するポリシーがうかがえる。

Date: 1月 23rd, 2015
Cate: スピーカーとのつきあい

複数のスピーカーシステムを鳴らすということ(その21)

私は早い時期からスピーカーを擬人化してとらえていた。
ステレオサウンドで働くようになってからのある一時期、あえて擬人化しない捉え方を意識的にするようにしていた。
そして、いまは、というと擬人化して捉えるようになっている。

とはいえ、その擬人化に変化がある。
役者として捉えるようになってきた。

役者には主役もいれば、いわば脇役とよばれる人もいる。
主役ばかりでは映画もドラマも成りたたない。
アカデミー賞には、主演男優賞、主演女優賞もあれば、助演男優賞、助演女優賞もある。

主役だけが映画・ドラマの中で光っているわけではない。
光っていても、主役の力だけではない。

スピーカーも同じだと最近思うようになってきた。
部屋にひとつのスピーカーシステム。
それが理想的な鳴らし方のように、昔は思っていた。
かなり長いこと、そう思ってきた。

けれど菅野先生のリスニングルームに行き、その音をきいたことのある人ならば、
あの空間に、都合三つのシステムがある。
どれも見事に鳴っている。

菅野先生の音を聴いていて、あのスピーカーがあそこになければ……、といったことは一度も思ったことがない。
私がスピーカーを擬人化の延長として役者として捉えるようになったのは、
菅野先生の音を聴いたからである。

Date: 11月 15th, 2014
Cate: スピーカーとのつきあい

emotion

感情はemotion。
emotionは、外(ex)と持ち出す(motion)から成っている。

いまの時代、メール(mail)にeがついてe-mail、EMAILとなり、電子メールのことである。
電子ブックがePubであったりする。

この場合のeは電子のことであり、emotionのe(ex)とは違うのはわかっている。
わかったうえで、オーディオのこと、
スピーカーの鳴らし方について考えると、
ここでのemotionのeは、外(ex)だけでなく、電子でもあるような気がしてくる。
もちろんこじつけである。

別項「理由」の(その20)に、こう書いた。

音楽は「感性的」なもの。オーディオを通して、その「感性的な」音楽を聴くときに、
スピーカーには「感情」を、私は、いまは求めようとしています。

スピーカーは電気・電子によって動くもの。
ゆえにemotionだと思えるし、まさにemotionでもあるといえる。

Date: 10月 13th, 2014
Cate: スピーカーとのつきあい

複数のスピーカーシステムを鳴らすということ(その20)

たとえば100畳のスペースが与えられたとしよう。
オーディオ機器も好きなモノ、使いたいモノを選び放題、という夢の話があったとして、
100畳のスペースをどう使うか。

100畳の床面積の部屋をつくるのか、
それとも100畳をいくつかに分割して、50畳の部屋をふたつつくるか、
それとも50畳の部屋と25畳の部屋をふたつ、計三つの部屋にするのか、
もっと分割して大中小、さまざまな大きさの部屋をつくるのか。

そしてそこにスピーカーシステムをどう配置するのか。

100畳の部屋に一組のスピーカーシステムだけ、もある。
100畳の部屋に複数のスピーカーシステムというのもある。
分割した部屋にそれぞれ一組のスピーカーシステム、
分割した部屋にそれぞれ複数のスピーカーシステム、ということだって考えられる。

同じ空間に複数のスピーカーシステムを入れれば、
鳴らしていないスピーカーシステムが、鳴っている音に影響する。
これはどうやっても抑えられない。
だからひとつの部屋には一組のスピーカーシステム、という人がいる。

20代のころの私は、そうだった。
一組のスピーカーシステムだけを置く。
複数のスピーカーシステムを使いたければ、スピーカーの数だけの部屋を用意するか、
そんなことはほんとうに大変だから、
あくまでもサブスピーカー(セカンドスピーカー)としてメインスピーカーの邪魔にならないような、
そんなサイズの小さなスピーカーにする──、そういう考え方だった。

けれど、いまは変ってきた。
スピーカーシステムを役者としてとらえるようになってきたからだ。

Date: 9月 21st, 2014
Cate: スピーカーとのつきあい

複数のスピーカーシステムを鳴らすということ(その19)

O君はダイヤトーンのDS9Zに惚れ込んでいた。
「愛い奴だ」という、DS9Zに対する彼の言葉をきいたことがある。

O君は決してオーディオにのめり込んでいた男ではなかった。
スピーカーを擬人化するなんてことは、彼はまったく知らなかったはず。
その彼が、自然と「愛い奴だ」と口にするということは、DS9Zを擬人化している、とみていいと思う。

その意味でいえば、(その18)でふれたSL600を購入して、
「うちのSL600は日本でいちばんいい音で鳴っている」と平気で口にしてしまう知人よりも、
ずっとスピーカーというモノの本質を見ていたのではないだろうか。

「うちのSL600は日本でいちばんいい音で鳴っている」の知人は、オーディオ歴はO君よりもずっと長い。
オーディオに投じてきた金額もO君とは比較にならないほどである。

一般的には「うちのSL600は日本でいちばんいい音で鳴っている」の知人は、
すごいオーディオマニアということになる。

けれど、彼はスピーカーというモノの本質を見ていたとは思えないところもある。
はっきりとしたことは、私は彼ではないからいえないけれど、
長いつきあいで、そんなふうに感じることが何度かあった。
言葉ではなんとでも語れる……、と。

そんな知人のことはどうでもいいわけで、ここで語りたいのは、私は擬人化して捉えているし、
ここ10年近く、スピーカーシステムは役者だ、と考えるようになってきたことである。

Date: 9月 15th, 2013
Cate: スピーカーとのつきあい

複数のスピーカーシステムを鳴らすということ(その18)

友人だったり、知人だったり、仕事関係の人だったり、
とにかく身近の人が、欲しいと思っていたスピーカーシステムを先に買ったとする。

そういう場合、その人よりも、そのスピーカーシステムに惚れ込んでいると自信をもっていえるのであれば、
同じスピーカーシステムを購入して鳴らすことに、とやかくいうことはない。

けれど惚れ込んで購入した、身近な人がいて、
同じスピーカーシステムを、惚れ込んでいない者が買う行為はやるべきではない。

だから、私はダイヤトーンのDS9Zの購入は、やめにした。

このことを書いていて思い出したことがある。
私がセレッションのSL600を鳴らしていたころの話だ。

オーディオのことで頻繁に会うことの多かった、ある人がSL600を購入した。
彼がSL600に惚れ込んでいないことはわかっていたけれど、
私自身は、身近な人がそういうことをしても気にするタイプではない。

あっ、そうなんだ、ぐらいの気持でしかない。

その彼がしばらくして、「うちのSL600は日本でいちばんいい音で鳴っている」という。
確かに彼が組み合わせていたアンプは、非常に高価なモノで、
ほんとうに日本でいちばんかどうかは断言できないものの、
日本でいちばん高価なアンプで鳴らしている、という意味ではそういえなくもなかった。

それにしても……、と思った。
こんなことを真顔でいう人なんだ、と。
このおもいは、消え去ることはなく、
それから後の、その人の言動によってますます確固たるものになっていった。

私以外にSL600を鳴らしている人がいたら、
きっとその人にも、同じことをいうのだろう。
私はこういう性格だからいいものの、私と違う性格の人ならば、
「うちのSL600は日本でいちばんいい音で鳴っている」といわれたら……、とおもう。

このことがDS9Zのことよりも先にあって、よかった。

Date: 9月 14th, 2013
Cate: スピーカーとのつきあい

複数のスピーカーシステムを鳴らすということ(その17)

この時点で、O君がダイヤトーンのDS9Zに惚れ込んでいることには、
なぜか気がつかなかった。
結局、その後、O君の部屋でDS9Zを見つけて、やっと、そうだったんだ、と思った次第。

私はDS9Zに惚れ込んで、欲しい、と思っていたわけではなかった。
DS1000がスペースに的に無理、メインスピーカーとして迎えるのではなく、
あくまでもサブのスピーカーとして、であったからこそ、
部屋の空きスペースとの関係は何にもまして重要だった。

DS1000と同じ流れの設計方針で、小型の2ウェイを、だから望んでいた。
このころにはスピーカーエンクロージュアの横幅は、
できれば人間の耳の間隔と同じか、できればそれよりも狭くすることで、音場感の再現に有利である、
と、いわれはじめていた。きっかけはセレッションの小型スピーカーシステム、SL6(およびSL600)からだった。

それが本当だとすれば、フロントバッフルの形状は、トゥイーターはウーファーよりも小口径なのだから、
上にいくにしたがって狭まっていく、つまり正面からみて台形型、そして両サイドのエッジは丸く仕上げる。
いわゆるラウンドバッフルとすることで、理屈では一層音場感の再現には有利になるはず。

そんなことを考えながら、こういう小型2ウェイ・スピーカーシステムが出ないものか、
と勝手にあれこれ考えていたところにDS9Zが出たから、それで欲しい、と思っただけだった。

DS9ZをO君とふたりで鳴らしたときの音は、たしかに良かった。
でも、その音に惚れ込んだわけでもなかった。
DS9Zそのものに、惚れ込んでいたわけではなかった。

ただ、そのころ考えていたスピーカーシステムに近いモノが出てきたから、と理由だった。
O君がDS9Zに惚れ込んでいるのを見て、買わなくてよかった、と思った。

Date: 9月 13th, 2013
Cate: スピーカーとのつきあい

複数のスピーカーシステムを鳴らすということ(その16)

O君は遅刻はしないものの、いつもぎりぎりに出勤していた。
ダイヤトーンの取材の日は休日出勤だから、早く来ることはないな、と思っていた。

けれど、彼はずいぶんと早く出社した。

なぜなのかはすぐにわかった。
彼は少しでも早くて来て、試聴が始まるまでの時間、
彼の好きなCDをDS9ZとマッキントッシュのMC2500の組合せで聴くためであった。
彼の手には、彼の好きなCDが数枚あった。

いそいそと試聴室のある三階に降りていくO君。
CDプレーヤーとアンプの電源を入れる。
それで、昨夜の音とまったく同じ音が出てくれれば、
オーディオは、ある意味、楽なのだが、
多くの人が体験しているように、一度電源を落し、聴き手が寝てしまった翌朝の音は、
どこもいじっていないにも関わらず、昨夜の音は、たいていの場合出てこない。

それがオーディオであり、
もう一度、あの夜の音を、ということでふたたび調整していく……。
そして、あの夜の音とまったく同じとはいかないものの、
また違った良さの音が出てくる。
けれど、その音も一夜明けてしまえば、どこかに行ってしまう。

そういうことをオーディオマニアはくり返して、一年、二年……十年、
それ以上の月日を経ていく。

O君は、音楽好きではあっても、いわゆるオーディオマニアではなかった。
だから、この日、彼ははじめて、多くのオーディオマニアが体験していることを味わったわけであり、
オーディオマニアへの道を歩みはじめた、ともいえる。