Archive for category audio wednesday

Date: 1月 4th, 2012
Cate: audio wednesday

公開対談について(その8)

1970年代のスイングジャーナルのオーディオのページを読んでいて、
そして岩崎先生、菅野先生、それにときどき瀬川先生が参加される座談会を読み、
facebookページ「オーディオ彷徨」のための入力作業を行っているときに思っているのは、
菅野先生の著書「音の素描」の入力作業のときと同じことを感じて、思っている、ということだ。

これはほんとうに20年前、30年前、40年前に書かれた文章、行われた座談会なのだろうか、
と多くの人が思うのではなかろうか。
そこで問題提起されたことは、示唆的なことは、じつはそのまま現在にもほぼ(というよりもそっくり)あてはまる。
オーディオが抱えてきた問題は、じつのところ、なにひとつ変っていない、どころか、
むしろ昔はそういうことがきちんと語られていたのに、いまはどうだろう……。

問題は解決した、という認識なのだろうか、それともただ目をそむけているのか。
もしかするとただ気づいていないだけなのかも……。

すべてがそうだといっているのではない。
明らかに古いと感じさせるところもある。
それにしても、そうでない、むしろいまこそ多くの人に読んでほしいと思えるところが随所にある。
そして密度が濃い。

読み終れば、必ずいくつか心に刻まれる言葉と出くわすはず。
そして考えさせられることにも出会える。

つまり、おもしろい。
そのおもしろさは、つまりは人に通じる。
オーディオのおもしろさは、オーディオ機器のおもしろさだけだろうか。
オーディオ機器のおもしろさは認める。
だが、ほんとうにおもしろいのは、つねに人でしかない。

だから岩崎千明がいなくなり、スイングジャーナルはおわった。

Date: 1月 4th, 2012
Cate: audio wednesday

公開対談について(その7)

1982年以降、ステレオサウンドで働くようになってからは、
編集部で毎号購入していたのか、それともスイングジャーナル社から届いていたのか、
そのへんは曖昧になってしまったが、毎号読むことはできた。
といっても、しっかり読むというよりも、目を通す、という感じだった。

岩崎先生は1977年3月に亡くなられている。
瀬川先生は1981年11月に亡くなられている。

1982年以降のスイングジャーナルには、岩崎先生も瀬川先生も登場しない。
私がスイングジャーナルの熱心な読者でなかったのは、そういうことも関係している。

スイングジャーナルに対して、そういう読み方(というより接し方)しかしてこなかった私に、
オーディオブームの頃のスイングジャーナルはオーディオ業界に対してステレオサウンドよりも影響力があった、
と会うたびに力説するKさんがいる(ここ2年ほど会っていないけれど)。

Kさんはスイングジャーナル編集部に在籍していた人であるから、
正直なところ、彼がその話をするときは話半分で聞いていた。
私にとって、オーディオ雑誌はステレオサウンドが、ほぼすべてという10代をおくってきたから、
そこでスイングジャーナルのほうが凄かった、と力説されても、素直に頷けない。
それだけステレオサウンドには思い入れがあって読んでいたし、
スイングジャーナルに対しては、上に書いたような読者でしかなかったのだから、
Kさんと私とでは、スイングジャーナルに対する想いには大きなギャップがあって当然のことだ。

Kさんがスイングジャーナル自慢をするたびに、また始まった、と思っていた私でも、
この1年、スイングジャーナルのバックナンバー、
つまり岩崎先生が健在だったころのスイングジャーナルをまとめて読んできて、
Kさんが言っていたことは、多少オーバーなところはあったとしても、
確かにステレオサウンドよりも影響力があった部分は、確実にあっただろう、と思っている。

私がそう思うようになったのは、facebookページの「オーディオ彷徨」で公開している座談会を、
どれでもいい、数本読んでみてもらえばおわかりいただけるはず。

Date: 1月 3rd, 2012
Cate: audio wednesday

第12回公開対談のお知らせ

明日(1月4日)は今年最初の公開対談(といっても今回はひとりですけど)であると同時に、
昨年2月2日から始めた、この公開対談の12回目である。つまり1クールの最後となる。
1年やりとげられたな、と新年最初の回に思っているわけだ。

前回ひとりで話したときは11月ということで、瀬川先生について語った。
今回は、まだテーマを決めかねている。
何について語ろうか、テーマがまったく思い浮ばないわけではない。
あれについて話そうか、それともこれについて語ろうか、と迷っている。

そういう状態ですけど、
明日夜7時、四谷三丁目の喫茶茶会記でお待ちしております。

Date: 12月 29th, 2011
Cate: audio wednesday

第12回公開対談のお知らせ

毎月第1水曜日に行っています公開対談は、新年4日(水)です。
三が日があけて仕事始めの方もいらっしゃるでしょうが、新年早々ということを考えると、
何人の方が来て下さるのか、まったく予想できず、対談をお願いするのもすこし気が引けるということもあって、
11月につづいて、また私ひとりで行います。

夜7時から、始めます。
場所はいつものとおり四谷三丁目の喫茶茶会記のスペースをお借りして行ないますので、
1000円、喫茶茶会記にお支払いいただくことになります。ワンドリンク付きです。

Date: 12月 17th, 2011
Cate: audio wednesday

公開対談について(その6)

オーディオ彷徨」というfacebookページで、
何を公開しているのかはアクセスしてもらえばわかることなので書かない。
facebookページは、facebookのアカウントがなくても見ることはできる。

facebookページの「オーディオ彷徨」のための作業をやっている。
手にする本はスイングジャーナルのバックナンバーがほとんどだ。
それも1970年代のものが、その大半である。
1977年3月に岩崎先生は亡くなっているから、facebookページ「オーディオ彷徨」にとって必要となるのは、
それ以前のスイングジャーナルということになり、バックナンバーによってはすでに40年前の本となっている。
上質紙でないページはすでに変色している。
ノリが硬化してしまってときにはページがごっそり抜け落ちてしまう号もある。
古い本特有の匂いもある。
そんなスイングジャーナルを手にとると、正直「古いな」と感じてしまう。

でもそう感じているのは作業に取りかかる前までのことで、
入力作業を少しでもやっていくと、
そのスイングジャーナルが30数年前、40年前のバックナンバーとは、もう思っていない。
それは、おもしろいからだ。

当時のスイングジャーナルにはほぼ毎号座談会が載っている。
オーディオ評論家による座談会もあれば、
メーカーの技術者を呼んで、オーディオ評論家との座談会もある。

座談会の中には、オーディオ機器の型番が出てくる。
そういう型番は、当時は新製品であってもいまからすると古いモノになってしまっているから、
時代を、そういうときは感じさせるもののの、それはごく一部であり、内容のおもしろさとは直接関係のないことだ。

何度も書いているように私がオーディオに関心をもったのは1976年だから、
それ以前のスイングジャーナルの記事はまったく読んでいなかったし、
1976年以降のスイングジャーナルに関しても、
ジャズの雑誌という認識だったので、ほとんど読んだことはなかった。

だからfacebookページ「オーディオ彷徨」で公開している座談会のほぼすべては初めて読むものばかり、である。

Date: 12月 17th, 2011
Cate: audio wednesday

公開対談について(その5)

「過去は変えられない」──。
確かに過ぎ去った「こと」は変えることはできない。
どんなに後悔していてもすでに起ったことに対して手を出すことはできない。
もうすでに起ってしまった「こと」なのだから。

でも、だからといって、過去を振り返る必要がないわけでもないはずだ。
過去は変えられないが、過去の意味あいは変っていくものだし、またある意味変えることもできる。

起ってしまったことはどうしようもならない、だからさっさと忘れて先に進もう。
悪い思い出に対して、よく語られる、このこと。
前向きな考えかた・発言のように受け取られているようだが、これはほんとうに前向きなんであろうか。

さっさと忘れてしまっていいものだろうか。

「昔は良かった」──。
それは良かった過去を思い出して、そこから先に進もうとしていないだけ、という見方ができる。
たしかに、そういう面があるのは否定しない。
でも、早く忘れてしまいたい悪い過去も、できるだけ憶えていたい良かった過去も、
どちらもその人にとっては大きな出来事だったはず。
だとしたら、どちらの過去もそんなに簡単に忘れたり振り払ったりして、いいものだろうか、と思う。

大事なのは、忘れたり振り払ったりして先に進むことなのだろうか。
そうやって先に進むことは、ほんとうに先へ進むことなのだろうか。

大事なのは、悪かった過去も良かった過去もきちんと解釈することのはずだ。
それも1回解釈すればそれで済むこともあれば、また時を経てさらに解釈し直すことも要求される。
生きていればそれだけ過去は溜まっていく。
そうやって溜まっていった過去という「こと」を解釈していくことは時間の無駄だと思う人はそれでいい。

私は解釈しなおすことで「こと」の意味あいが変ってくると考えているし、
つまりはそれは私にとって過去が変ることにもつながっていく。
もちろんすべての過去の意味あいが変ってくるのか、それとも変らない過去の意味あいもあるのか、
それはわからないからこそ、しつこく解釈していくしかない、といまは思っている。

Date: 12月 15th, 2011
Cate: audio wednesday

公開対談について(その4)

「昔は良かった」──、
これを口にするとき、その良かった昔を自分は体験してきている、と自慢したい人もいるかもしれないが、
私は「昔は良かった」を口にするとき、
とくに、そのときの相手がその良かった昔を体験していない人に対してであるならば、
「昔は良かった……、だから今を良くしたい」という気持をこめているつもりだ。

そのためにはどう昔は良かったのかを、きちんと解釈する必要がある。
それをやらずに「昔は良かった」というつもりはないし、
また解釈もせずに「昔は良かった」なんていうのは後向きの発言でしかない、という人に対して反撥もある。

私が体験してきた昔は1976年以降でしかない。
それ以前のオーディオに関しては人に聞いたり本を読んだりして知っているだけである。
それであっても、「昔は良かった」と断言できる。

1976年からは、ずっとオーディオの変化を見てきている。
なぜそうなったのかについて、いちどきちんと書いていきたいと思っている。

私がaudio sharingをつくった理由のひとつが「昔は良かった」からであり、
それをなんとか今の時代にも、あの時私が感じていた良さ、そしていま振り返って感じている良さを、
少しでも、今感じてほしい、と思ったから、ということがある。

今年になりfacebookを始めた。
最初は放ったらかしたままにしていたが夏から利用し始めた。
facebookの機能であるページとグループを利用して、
オーディオ彷徨」というページと「audio sharing」という非公開のグループをつくった。

先日の町田さんとの公開対談のとき、この「オーディオ彷徨」のことが話に出た。

Date: 12月 11th, 2011
Cate: audio wednesday

公開対談について(その3)

なにもサンスイばかりが積極的にショールームを活用していたのではない。
サンスイ以外のオーディオメーカーも、それぞれにやっていた。
サンスイの「チャレンジオーディオ」が私のいちばん行きたかった「場所」だった、ということだ。

とにかく活気はあった。
それはオーディオブームだったから、ともいえるし、
当時のオーディオブームが異状なのであって、
むしろいまの、この状況──オーディオ好きの人だけが残っている──が、
正常な在り方、だという人もいる。
もっともだ、と首肯く人がいるだろうが、私はそうは思っていない。

オーディオブームに否定的な、こんなことを言う人の理屈はこうだ。
ブームがあったからオーディオに関心・興味をもった人たちは根っからのオーディオマニアではない、
単にブームにのっかっただけである──、そういうことだ。

とにかくブームは全面悪的な受けとめ方だ。
たしかにブームには弊害がある。
けれどブームがもたらすものも、また大きい。

それはなにもオーディオの受けとり手側だけでなく、
オーディオの送り手側にもいえることだ。

もしオーディオブームがなかったら、
もしくは私がオーディオに関心・興味をもつ1976年以前に完全に終熄していたら、
オーディオにいずれ関心・興味を持つことになったであろうが、数年先に、なったかもしれない。
それが5年先になっていたら、
私は瀬川先生に会うことはできなかったし、
五味先生のオーディオ巡礼の再開を、ステレオサウンド掲載時にわくわくしながら読むことはできなかった。

そして「出発点」も大きく変っていたはずだ。

私の出発点である「五味オーディオ教室」は、オーディオブームだからこそ出版された本だと思うからだ。
この本と出合ったからこそ、いまがある。
この「五味オーディオ教室」がなかったら、ずいぶん違ったオーディオマニアになっていた可能性もる。

Date: 12月 9th, 2011
Cate: audio wednesday

公開対談について(その2)

「昔は良かった」──、
そんなのは後向きの考えで、何も生み出さない、
そんなふうに一刀両断される方がいる。果してそうだろうか。

「昔は良かった」を口にした人が、どういうものの見方・考え方をしているかによっても、
それに「昔は良かった」を受けとめる人によっても、
「昔は良かった」の意味あいは変化してくる。

オーディオに関していえば、「昔は良かった」は事実である。
だからといって、すべてが良かったわけではない。
そして昔といってもどのくらい前のことかは人によって違ってこよう。

まだオーディオをやり始めたばかりの人にとっての昔は数年前のこととなるし、
アクースティック蓄音器の時代から、という人にとっては、
電気をいっさい使わない、その時代が昔となるかもしれない。

最初に買ったレコードがCDだという人に
とっては、アナログディスク全盛時代が昔となり、
トランジスターしか知らない人にとっては、真空管しかなかった時代が昔かもしれない。

そして同じひとりの人間の中にも、いくつもの「昔」があって当然だ。
私にとっての大事な「昔」は、やはり私がオーディオに興味をもち始めた1976年以降の数年間になる。

1970年代は、まだオーディオブームが続いていた。
だから書店に行けばさまざまなオーディオ雑誌、オーディオ書籍がいくつもあった。
それだけではない、業界に活気があった、といま思っている。

その頃、私が住んでいたのは九州の片田舎。
そんなところでも書店ではオーディオの本があれこれ選べたし、
バスで約1時間ゆられて熊本市まで出ればオーディオ専門店があり、
何度か書いているようにオーディオ評論家によるイベントが行なわれていた。
それは瀬川先生だけでなく、他の方々も来られた。
長岡鉄男氏も熊本のオーディオ店に来られたことがあった。
菅野先生も一度、瀬川先生と一緒に来られたこともあった。
せは「オーディオ・ティーチイン」という定期的なイベントのために何度も来られた。

地方においても、こんな感じだった。
それでも、オーディオ雑誌をみて強く憧れていたのは、東京だった。

東京に住んでいれば、毎月、瀬川先生のイベントに行ける、
西新宿のサンスイのショールームに行けば、瀬川先生によって鳴らされる4343が聴ける。
他にも行きたいと思っていたのはいくつかあるけれど、
とにかくサンスイのショールームで毎月第二金曜日の夜開かれる「チャレンジオーディオ」にいきたかった。

Date: 12月 8th, 2011
Cate: audio wednesday

公開対談について(その1)

2010年の1月30日のブログ「夢の中で……」に書いたことが、
じつは公開対談をやろう、ということにつながっている。

「夢の中で……」を読まれた方のなかには、
私を「おかしなやつだ」と思われた人もいよう。
夢の中で長島先生に言われたことが、昨年はずっと頭の中にあった。
公開対談は、だから2010年の夏ごろに始められないかな、と、そんなつもりでいた。

場所は、ときどき店主との対話を楽しむためと、
そこに来られる方たち(彼らもまた店主との対話を楽しみにして来られているように思える)と話すこともある、
そういう場所として、四谷三丁目に喫茶茶会記がある。

喫茶茶会記の店主・福地さんは、
私が2003年にはじめたaudio sharingのメーリングリストに
最初から参加してくれた、私よりも10ほど若い人。
そのころは会社勤めだった彼は、
しばらくしたら会社を辞め、音の隠れ家というオーディオ店の一角に喫茶茶会記を開いた。
喫茶茶会記が、福地さんがどういう店を、どういう場を目ざしているかは、
私がここで説明するより喫茶茶会記のサイトを読んだほうがいいし、
それよりも実際に行かれたほうが、はっきりする。

最初の頃は喫茶のスペースしかなかったが音の隠れ家が閉店したため、
そこも喫茶茶会記のスペースとなり、いろいろなイベントが開かれるようになっていっている。

一昨年ぐらいから、ときどき「なにかやりませんか」と言われていた。
いわれはじめのころは「なにか、といわれても……」、そんなふうに受けとめていた。
それでもオーディオのイベントが定期的にやれればいいなぁ、でもどこか他人事のようにも考えていた。

そんなやりとりが数回続いたあとに、長島先生が夢に出て来られた……。

Date: 12月 4th, 2011
Cate: audio wednesday

第11回公開対談のお知らせ(もう一度再掲)

今週水曜に行います「幻聴日記」の町田秀夫さんとの対談のテーマは、スピーカーについて、です。

12月1日の「幻聴日記」に町田さんが書かれているように、
「スピーカー」というテーマでは、広すぎて、ということですから、
「スピーカーとは何か、何モノ・何者なのか」ということにします。
それでも、まだ広すぎる……。

今回は町田さんによるアトラクションとして「PC AUDIOで聴くSP盤再生の現場」が行われる予定です。
喫茶茶会記には卓上型の蓄音器もあります。

時間はこれまでと同じ夜7時からです。
場所もいつものとおり四谷三丁目の喫茶茶会記のスペースをお借りして行ないますので、
1000円、喫茶茶会記にお支払いいただくことになります。ワンドリンク付きです。

Date: 12月 3rd, 2011
Cate: audio wednesday

第11回公開対談のお知らせ(再度)

毎月第1水曜日に行っています公開対談、今月は来週の7日(水)です。
今回は、「幻聴日記」の町田秀夫さんとの対談の二回目です。

対談のテーマはいまのところ決っていませんので、自由テーマになるかもしれません。
今年最後の公開対談です。
2月から始めて、なんとか今年1年やり通せました。
facebookグループの非公開の「audio sharing」では、関西でもやってほしい、という声があるので、
来年は一度は関西でやれれば、と思っています。

時間はこれまでと同じ夜7時からです。
場所もいつものとおり四谷三丁目の喫茶茶会記のスペースをお借りして行ないますので、
1000円、喫茶茶会記にお支払いいただくことになります。ワンドリンク付きです。

Date: 11月 23rd, 2011
Cate: audio wednesday

第11回公開対談のお知らせ

毎月第1水曜日に行っています公開対談の次回は、12月7日(水)です。
今回は、「幻聴日記」の町田秀夫さんとの対談の二回目です。

時間はこれまでと同じ夜7時からです。
場所もいつものとおり四谷三丁目の喫茶茶会記のスペースをお借りして行ないますので、
1000円、喫茶茶会記にお支払いいただくことになります。ワンドリンク付きです。

Date: 10月 31st, 2011
Cate: audio wednesday

第10回公開対談のお知らせ(瀬川冬樹を語る)

11月2日の公開対談は、都合により私ひとりで、瀬川先生について話すわけだが、
「古人の跡を求めず、古人の求めたる所を求めよ」、
この松尾芭蕉のことばを念頭におき話していければと思っている。

Date: 10月 26th, 2011
Cate: audio wednesday

第10回公開対談のお知らせ(今回は対談ではありません)

毎月第1水曜日に行っています公開対談は、11月2日です。
前々回は「幻聴日記」の町田秀夫さんと、前回は工業デザイナーの坂野博行さんと行いましたが、
今回はおふたりともご都合が悪く、私ひとりで行うことにします。なので公開対談ではありません。

今年の11月7日で、瀬川先生が亡くなられて30年経ったことになります。
私ひとりで、しかも11月7日を目前にしているわけですから、
瀬川先生について語ります。

時間はこれまでと同じ夜7時からです。
場所もいつものとおり四谷三丁目の喫茶茶会記のスペースをおかりして行いますので、
1000円、喫茶茶会記にお支払いいただくことになります。ワンドリンク付きです。