公開対談について(その2)
「昔は良かった」──、
そんなのは後向きの考えで、何も生み出さない、
そんなふうに一刀両断される方がいる。果してそうだろうか。
「昔は良かった」を口にした人が、どういうものの見方・考え方をしているかによっても、
それに「昔は良かった」を受けとめる人によっても、
「昔は良かった」の意味あいは変化してくる。
オーディオに関していえば、「昔は良かった」は事実である。
だからといって、すべてが良かったわけではない。
そして昔といってもどのくらい前のことかは人によって違ってこよう。
まだオーディオをやり始めたばかりの人にとっての昔は数年前のこととなるし、
アクースティック蓄音器の時代から、という人にとっては、
電気をいっさい使わない、その時代が昔となるかもしれない。
最初に買ったレコードがCDだという人に
とっては、アナログディスク全盛時代が昔となり、
トランジスターしか知らない人にとっては、真空管しかなかった時代が昔かもしれない。
そして同じひとりの人間の中にも、いくつもの「昔」があって当然だ。
私にとっての大事な「昔」は、やはり私がオーディオに興味をもち始めた1976年以降の数年間になる。
1970年代は、まだオーディオブームが続いていた。
だから書店に行けばさまざまなオーディオ雑誌、オーディオ書籍がいくつもあった。
それだけではない、業界に活気があった、といま思っている。
その頃、私が住んでいたのは九州の片田舎。
そんなところでも書店ではオーディオの本があれこれ選べたし、
バスで約1時間ゆられて熊本市まで出ればオーディオ専門店があり、
何度か書いているようにオーディオ評論家によるイベントが行なわれていた。
それは瀬川先生だけでなく、他の方々も来られた。
長岡鉄男氏も熊本のオーディオ店に来られたことがあった。
菅野先生も一度、瀬川先生と一緒に来られたこともあった。
せは「オーディオ・ティーチイン」という定期的なイベントのために何度も来られた。
地方においても、こんな感じだった。
それでも、オーディオ雑誌をみて強く憧れていたのは、東京だった。
東京に住んでいれば、毎月、瀬川先生のイベントに行ける、
西新宿のサンスイのショールームに行けば、瀬川先生によって鳴らされる4343が聴ける。
他にも行きたいと思っていたのはいくつかあるけれど、
とにかくサンスイのショールームで毎月第二金曜日の夜開かれる「チャレンジオーディオ」にいきたかった。