Archive for category アナログディスク再生

Date: 7月 12th, 2011
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(その17)

ステレオサウンド 58号に、瀬川先生によるトーレンス・リファレンスとEMT・927Dstの比較試聴記が載っている。
そこで、
ヴァイオリンは「リファレンス」、チェロは927……などと思わず口走りたくなるような気さえする、
と書かれている。

私が感じているベルトドライヴとリムドライヴ、駆動方式による本質的な音の違いも、
まさにこのとおりである。
930st、927Dstなどのリムドライヴでは、ヴァイオリンよりもチェロの方が魅力的に響く。
同じ弦楽器でも、ヴァイオリンとチェロでは大きさが違い、
ヴァイオリンは演奏者が肩に乗せて弾く、チェロはエンドピンによって床に立てて弾く。
このことに起因する音の違いが、ベルトドライヴ、リムドライヴにもある、と感じている。

チェロではエンドピンを交換すると、ずいぶん音が変る、と聞いている。
材質もいくつかの種類がある。
つまりエンドピンによってチェロが発生している振動は床に伝わっている、と考えるべきだろう。
床もチェロという楽器の振動系の一部となる。
だからチェロの振動を床に伝えることになるエンドピンの交換によって響きが変化する。

もしチェロにエンドピンがなかったら、いったいどういう音になってしまうのだろうか。
チェロを再生するときには、だからなのか、実在感が、ヴァイオリンのソロ以上に求めてしまうところがある。
エンドピンによって床に固定され、朗々と響くチェロは、
高トルクのモーターを使ったリムドライヴの優秀なプレーヤーのほうが、すくっと目の前に音像が立ち実在感がある。

低トルク・モーターのベルトドライヴでもチェロの響きは美しい。
でもどこか実在感が、ほんのわずかとはいえ、リムドライヴのプレーヤーと比較すると弱い。
がっしりと床にエンドピンで固定されている感じが薄れる、
というか、エンドピンが細く頼りないものに交換されたような、とでもいおうか、そんな印象を拭えない。

もちろんベルトドライヴだけを聴いていたら、そんなふうには思わないはず。
でも927Dstの音を聴いてしまっている耳には、トーレンスのリファレンスでも、
チェロに関しては不満とまではいかないまでも、
チェロは927……と口走りたくなるという瀬川先生の気持は心情的に理解できる。

Date: 7月 4th, 2011
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(その16)

これまで私がふれてきたベルトドライヴのアナログプレーヤーについてふりかえってみて、
低トルクのモーターによるものが、音が良かった、といえる。
ただし、音が良かったベルトドライヴのプレーヤーは低トルクのモーターばかりだったが、
低トルクのモーターを使っていたら、いい音のするアナログプレーヤーというわけではない。

そして、ここでいう音の良さは、リムドライヴのアナログプレーヤーとベルトドライヴのアナログプレーヤーでは、
性質的に正反対のところにある──、そんな印象も持っている。

そのことが駆動方式の構造の、どういったところに関係していて、そういう差が出るのかは、
正直掴みきれていない。理論的にも、だが、直感的にも、こうじゃないだろうか、ということすらない。
ただ、これまでの経験から、リムドライヴではモーターのトルクはあったほうが、
ベルトドライヴではモーターのトルクはできるだけ小さいほうが、
それぞれの駆動方式ならではの音の特質を発揮してくれるように、私の耳は捉えている。

だから「20世紀の恐竜」として捉えたとき、EMTの927Dstを最後のプレーヤーとして選びたいし、
21世紀にアナログディスク再生を積極的に楽しむためのプレーヤーとしては、
ノッティンガムアナログスタジオのAnna Logを選びたい。

Date: 7月 2nd, 2011
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(その15)

トーレンスがひとつのモデルを開発するのにどれだけの期間をかけているのかはわからない。
それでも、日本のメーカーと較べるとゆっくりしている、と思われる。
そしてTD226は、おそらくリファレンスが完成する前から開発が始まったのではなかろうか。
トーレンスのプレーヤーに搭載されるモーターの変遷をみていくと、そう思えてしまう。

TD126は、TD125のモーターのトルクに小ささによる使い勝手の悪さの反省からモーターを変更したものの、
リファレンスの完成によって得られた成果から、シンクロナス型に戻っていった。
その後、トーレンスから登場しているプレーヤーのモーターにDC型が採用されることはなくなった。

トーレンスはリファレンスの開発によって、
ベルトドライヴに関しては低トルクモーターの音質的な優位性をはっきりとつかんでいた、と考えていいだろう。

トーレンスは1883年の創立だ。
最初はオルゴールの製造からはじまり、1928年に電蓄をつくりはじめ、
1930年に電気式のレコードプレーヤーを発表している。

いまでも、一部のオーディオマニアから高い評価を得て、
現役のプレーヤーとして愛用されているTD124の登場は1957年。
TD124はいうまでもなく、ベルトとアイドラーの組合せによってターンテーブルを廻す。

その後、トーレンスはベルトドライヴだけに絞って製品を開発するが、
最初のベルトドライヴ・プレーヤーのTD150は、1964年もしくは65年に登場している。

リファレンスは1980年に登場しているから、
トーレンス最初の電気式プレーヤーから50年、TD124から23年、TD150から16年(もしくは15年)、
これだけの時間をかけて、トーレンスは低トルク・モーターという答えを出している。

Date: 7月 1st, 2011
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(その14)

そういえばトーレンスは、TD125もモーターのトルクがかなり弱かった。
ターンテーブルの起動には時間がかかっていた、と記憶している。
といっても、私がTD125の動作しているところを見て、音を聴くことができたのは一度きりなのだが。

TD125のモーターは16極シンクロナス型だったのが、後継機のTD126では78極DCモーターになっている。
曖昧な記憶の上で比較だから、なんの参考にもならないだろうが、
TD125よりもTD126のほうがモーターのトルクは強かったようにも思う。

TD125とTD126を比較試聴したことはない。同じ場所・条件で聴いたこともない。
だからこれもまったくあてにならないことになってしまうが、TD125のほうが音は安定していて、
余韻の美しさが耳に残る、そんな印象を持っている。

リンのLP12にヴァルハラをつけたときも、つけないときよりも余韻が美しさがあった。
そしてベルトを外して聴いたとき、さらに余韻の美しさがきわ立つ。

TD126はリファレンスの約1年半ほど前に登場している。
リファレンスのあと(1981年)に登場したTD226はTD126のダブルアーム版ともいえるもので、
モーターはTD126と同じ72極DC型。

1983年に登場した小型のプレーヤーシステム、TD147では、TD126と同じ16極シンクロナス型に戻っている。
1987年のTD520(アームレスのTD521)も、16極シンクロナス型である。。
TD520はロングアーム対応であり、レギュラーサイズのトーンアーム用のTD320(TD321)も、
16極シンクロナス型である。
さらにTD520、TD320では、カタログで小トルク・モーターということを謳っているのに気づく。

Date: 6月 29th, 2011
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(その13)

ベルトドライヴは、モーターの振動をベルトを介することによって
ターンテーブル・プラッターに伝わらないようにできることがメリットとされている。
つまり機械的なフィルターが構成されているからである。

この機械的なフィルターを電気回路に置き換えてみると、
モーターとターンテーブル・プラッターの慣性モーメントはインダクタンスに相当し、
ベルトの弾性はコンデンサーになり、ローパス(ハイカット)フィルターを形成していることになる。

このローパスフィルターのカットオフ周波数(共振周波数)は、
モーター、ターンテーブル・プラッターの慣性モーメント、
ベルトの等価スティフネス、それにモーターのプーリーとターンテーブル・プラッターの半径によって決る。

ローパスフィルターだから、これらの要素によって決定される周波数以上の振動成分は、
ターンテーブル・プラッターには伝わらない、ということになる。
つまり共振周波数(カットオフ周波数)をできるだけ低く設定できれば、それだけSN比を高くすることができる。

実際にはベルトを柔らかくし、モーター、ターンテーブル・プラッターの慣性モーメントをできるだけ大きくして、
モーターのプーリー、ターンテーブル・プラッターを小さくすればいい。
ターンテーブル・プラッターの径はレコードの大きさが決っている以上、30cmよりも小さくするわけにはいかない。

だがリンのLP12、トーレンスのTD125、TD126のように二重ターンテーブル構造にして、
インナーターンテーブルにベルトをかけるという方法で、これは実現できる。

Date: 6月 28th, 2011
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(トーレンス・リファレンスのこと)

リファレンスのフローティングベースのモーター用の穴よりも、もっともっと余裕をとりすぎているのが、
中央、シャフト軸受け用の穴である。

これは、おそらくダイレクトドライヴ用のモーター用のものではないか、とどうしても思ってしまう。

ステレオサウンド 56号に、瀬川先生のトーレンスの訪問記が載っている。
そこには、1929年にダイレクトドライヴ型のフォノモーターの特許をとっている、とある。
テクニクスが開発し、その後主流となったダイレクトドライヴとは違うものだが、
トーレンスもダイレクトドライヴを研究していた事実である。

その後、トーレンスはSN比の向上からベルトドライヴだけに製品をしぼっていくが、
トーレンスと協力関係にあったEMTは、1978年あたりにダイレクトドライヴの950を出している。
当時のトーレンスとEMTは西ドイツにあるラール工場で、両ブランドの製品が作られていた。
この工場は生産部門だけではなく、設計部門も含まれている。

ダイレクトドライヴとは直接関係はないが、TD125でシンクロナスモーターを、
専用の駆動回路を設け電子的にコンロトールするなど、一見保守的にメーカーではあるが、
他社に先駆けている面も持っている。

これらのことを考え合わせると、トーレンスがふたたびダイレクトドライヴを再設計しようとした可能性を、
完全には否定できない。
リファレンスの開発にあたっては、ダイレクトドライヴも再検討されたのではないだろうか。
その名残りが、フローティングベースの中央の大き過ぎる穴である……。

他に納得のいく理由が、なにかあるだろうか。

Date: 6月 28th, 2011
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(その12)

トーレンスのリファレンスのフローティングベースには、
2つの丸い穴がある。ひとつは中心にある軸受けをマウントするためのもの。
この中心の穴を囲む4つのスペースにはアイアン・グレインと称する鉄の細かい粒をオイルで練った上で、
ぎっしりとつめられている。

フローティングベースのもうひとつの穴はモーターのためのものである。
リファレンスのモーターは、すでに書いたように全体の偉容にしては貧弱な印象のものだ。
このモーターのための穴としては大き過ぎるのだ。多少の余裕は必要なのはわかるが、
モーターのサイズからは余裕をもたせすぎている感じがしてしまう。

モーターは、フローティングベースに、
その振動を伝えないようにするためにメインベースに立てられた3本の柱の上に、
かなり厚めのアルミハウジングに収納された上で固定される。

この部分を見ていると、ある仮説が頭に浮かんでくる。
もともとリファレンスのモーターには、EMTの930stのモーターが流用されていたのではないか、と。
930stのモーターの径がどの程度だった正確な寸法はわからないが、
記憶の上では、ちょうど930stのモーターが、すとっとおさまってしまう。

930stのモーターであればトルクも十分だし、プリーナーをレコードに押しあてても回転が止ることはないはずだ。

プレーヤーとしての使い勝手の面からはモーターのトルクは十分にあった方がいい。
けれど、930stのモーターでベルトドライヴでは、
「リファレンス」の名に値するだけの音が得られなかったのではなかろうか。
それでモーターをいくつか試していった結果、
トルクの小さな、930stのモーターからするとずっと小型のものになってしまった。

フローティングベースはもともと930st用のモーターを前提に型をつくってしまっていたので、
結果としてモーターの周りにスペースの余裕ができてしまった。
そう思えてならない。

Date: 6月 27th, 2011
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(その11)

アナログプレーヤーの音を駆動方式で語るのは難しいことではあると充分判っているつもりだが、
それでもベルトドライヴ型のプレーヤーで、私が圧倒的に音がいい、というレベルをこえて凄い! と感じたのは、
やはりトーレンスのリファレンスだけである(Anna Logはまだ聴いていない)。

リファレンスは、1980年に358万円という、おそろしい価格だった。重量は約100kg。
堂々とした、その偉容に反して、モーターは、あれっ? と思うほど小型だった。

リファレンスのシャフトとその軸受けは、EMTの930stのものをそのまま流用した、と思われる。
寸法的にも見た感じも同じである(ただし資料には新開発のもの、とある)。
そのリファレンスのターンテーブル・プラッターの重量は6.6kg。930stよりも2倍以上重くなっている。
このターンテーブル・プラッターの内側には分厚いドーナツ状の合板が、鳴き止めのため打ち込まれている。
外周裾に取りつけられているストロボスコープ用のパターンは、930stのそれとまったく同じ。

930stのよりも物量を投入してつくられているリファレンスなのに、モーターに関してだけは930stの方が上だ。
リファレンスのモーターはハイトルクのシンクロナスモーターとうたっているが、
930stのモーターとの比較でははっきりと、
比較的トルクが弱いといわれていたダイレクトドライヴ型と比較しても、トルクは弱いと思う。

瀬川先生も、ステレオサウンド 56号に書かれているが、
「レコードをのせてプリーナーを押しあてると、回転が停ってしまう」くらいの弱さである。

358万円もするプレーヤーなのに、こんなところでケチることないのに……、1980年の私は思っていた。

Date: 6月 27th, 2011
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(その10)

モーターの駆動回路は、いわばアンプだから、アンプ自体の歪やノイズがわずかとはいえ発生している。
それでもどんな外来ノイズが混入してきて、
ときには正弦波が崩れてしまうこともあるAC電源をそのままモーターに給電するよりも、
モーターにとっては、それでも良好な電源供給となり、モーターの回転は滑らかになっている、と思われる。
その滑らかさが、LP12におけるヴァルハラのある無しの音の違いを生んでいる。

ターンテーブルの回転を眺めていると、じつに滑らかに廻っているように思えるのだが、
見ただけでは感知できない領域で、その回転は実のところぎくしゃくしているのだろう。

そのぎくしゃくを生む原因のひとつが回転のためのエネルギーを生むモーターであり、
そのモーターのエネルギー源である電源の汚れである。

ヴァルハラを取りつけたLP12の音は、まさにそんな汚れを洗い落した感じに聴こえる。
いままで回転のぎくしゃくによって生じていた汚れにマスキングされていた、されかかっていた音が、
姿を現してくれる。

だからといってヴァルハラのようなモーター駆動回路さえありさえすれば、
ターンテーブル・プラッターの駆動源として理想に近いものいえるのかとなると、
モーターそのものが、決して完璧なものではないことが浮き彫りになってくる。
しかもそのことは、モーターのトルクがしっかりとターンテーブル・プラッターに伝わるほどに明瞭になってくる。

マイクロのSX8000IIのモーターユニット(RY5500II)は、
起動時にはトルクが必要なためモーターにかかる電圧は100Vだが、
しばらくするとその電圧を半分の50Vに自動的に切り替わるようにしている。
シンクロナスモーターにかかる電圧が低くなればそれだけトルクは下がり、
モーターそのものが発生する振動も減ることになる。

SX8000IIのターンテーブル・プラッターはステンレス製で重量は28kg。
慣性モーメントは十分に大きい。

Date: 6月 26th, 2011
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(その9)

この先入観が、SX8000IIのベルトテンションを緩めてしまったときの音を、
素直に、これがいい音だ、と認めることができなかったことに影響している。

リンのLP12をベルトを外してターンテーブル・プラッターを廻した音を聴いたとき、
やっと素直に認めることができた。
ベルトドライヴでは、ベルトのテンションをできるかぎり緩くしていった方がいい。

もちろんベルトドライヴならすべての機種についてそういえるわけではない、と思う。
少なくともメカニズムがしっかりと精度高くつくられたもので、
スムーズな回転を実現しているもの。
さらにある程度の慣性モーメントをもつことが、条件となってくる。

慣性モーメントを最大限利用して、回転数がぎりぎり低下しないように最低限の力をベルトによって伝える。
停止しているターンテーブルがモーターの力だけでは回転しはじめないくらいに、
ベルトのテンションを緩く、モーターのトルクを低くしたほうが、音楽がよりみずみずしく表現される。

音楽に含まれている水気が増していき、その水気のもつ味わいがよりなめらかになり、おいしさを増していく。
旬の果実を、それもとりたてのものを口にしたときの美味さに近づいていく。

どうもモーターは、それほど滑らかに廻っていないように思ってしまう。
その不完全な回転がベルトを通じてターンテーブル・プラッターに伝わると、
慣性モーメントを利用して滑らかに廻っているターンテーブルの回転を邪魔することになる。

モーターの回転を滑らかにする方法のひとつが、
シンクロナスモーターならば、トーレンスのTD125、リンLP12のヴァルハラにみられる、
発振器とアンプの組合せによるモーター駆動回路の搭載がある。

ACコンセントからノイズがまったくない、きれいな正弦波が得られるのであれば問題はないはずだが、
実際には、特にいまは、そういう状況ではない。
AC電源の汚れは、そのままモーターの回転を阻害する。
だからそのままAC電源を供給せずに、間に駆動回路を置く。

Date: 6月 26th, 2011
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(その8)

SX8000IIの始まりとなったRX5000+RY5500のころから、
マイクロのこのシリーズは、ターンテーブルとモーター間の距離はユーザーが調整していくことになっている。
音を聴いて、ベルト(RX5000、SX8000は糸)のテンションを調整していく。

SX8000IIになり専用のフローティングベースが用意されたが、ターンテーブルとモーターの位置指定はなかった。
このベルトのテンションをどの程度にするかによって、音はとうぜん変ってくる。
ステレオサウンドのリファレンスプレーヤーはSX8000IIだったから、ここの調整は試してみた。

ベルトがパンパンに張るまでにテンションをかける、
つまりターンテーブル本体とモーターユニットの距離を拡げすぎると、
ターンテーブル・プラッターはうまく回転しない。
少しずつ距離をつめてベルトのテンションを緩めていく。
どこまでも緩めていくと、テンションが足らなくなって、
ターンテーブル・プラッターが静止状態から起動しなくなる。

指で少し勢いをつけてやらないと廻らなくなるほど緩くすることは、
マイクロの設定外の使い方となるだろうが、音は緩くしていった方がよくなっていく。
すくなくともそう私の耳は感じていた。

とはいうものの、この状態では試聴では使えないし、最終的にはSX8000IIが持ち込まれたとき、
マイクロの人によるセッティングと、だいたい同じテンションになるようにしていた。

リムドライヴのEMTのプレーヤーを使っていると、モーターのトルクが大きくて、
そのトルクをしっかりターンテーブルに伝えて回転させることが、音の良さにつながっている──、
実はそう思っていた(リムドライヴに関してはいまもそう思っている)。

だからベルトドライヴもリムドライヴと同じであろう、という先入観があった。

Date: 6月 25th, 2011
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(その7)

1988年の取材で、リンのLP12を聴く機会があった。
ヨーロッパ製の、どちらかといえばコンパクトにまとめられたフローティング型プレーヤーを4機種集めての試聴で、
ステレオサウンド 90号に掲載されている(実は88号掲載予定だったが、ページがとれなくなり延びてしまった)。

試聴が終った後に、井上先生がつぶやかれた。
「LP12のベルトははずしてみな」と。
何をされるのか予測できなかった。
ベルトを外したLP12のターンテーブルの上にLPを乗せ、指で廻し始められた。
しばらく眺めたのちに「針を降ろせ」という指示が出た。

この時、スピーカーから出てきた音は、
LP12にヴァルハラを取り付けたときの音を思いださせてくれた。

再生中には手を下さないから、回転はしばらくすれば遅くなり止る。
33 1/3回転を維持しているわずかな時間しか、この良質な音は聴けない。
でも、このわずかな時間の音は、貴重だ。

すべてのプレーヤーで同じような結果が得られるわけではない。
ターンテーブル・プラッターの加工精度、ダイナミックバランスが優れていて、
軸受けの構造も優れたもので、スムーズな回転を実現しているモノでなければ、この時の音は聴けない。

この時の音を聴いて、思い出した音がある。
マイクロのSX8000IIのベルトのテンションを調整していたときの音だ。

Date: 6月 24th, 2011
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(その6)

ステレオサウンド 65号の新製品の紹介記事に、リンのLP12 Basik Systemが登場している。
傅さんが記事を書かれている。

LP12 Basik Systemは新型のトーンアームと、
LP12本体のグレードアップキット「ヴァルハラ」と「ニルバナ」を搭載したシステムのことだ。

ニルバナは、シリアルナンバー31825以前のLP12のサスペンションを新型にするもの、
ヴァルハラはシンクロナスモーターをより正確にスムーズに動かすための、一種の電源回路である。

ヴァルハラは正弦波をつくり出す発振器とモーターを駆動するだけの電力まで増幅するアンプ部からなるもので、
LP12以前にも、トーレンスのTD125にも同じものが搭載されていた。
当時のオーディオ雑誌では、TD125にはサーボ回路が搭載されている、という記述があったが、
TD125のターンテーブルは速度検出を行なっておらず、それをフィードバックしていたわけではない。

おそらく詳細な技術資料がなかったことと、
シンクロスモーターでありながら50Hz/60Hzの電源周波数の切換えの必要がなかったこと、
それに通常、電子回路は必要としないモーターなのに、モーターのための電子回路基板があったことなどから、
サーボがかけられている、と思われていたのだろう。

このTD125をベースにしたのがEMTの928で、928もシンクロナスモーターを電子回路によって制御している。

この技術がLP12にも搭載されたのが1982年であり、
ヴァルハラありとなしのLP12の音の差は、想像以上に大きかった。

傅さんの文章を引用してみる。
     *
結果は歴然。ローエンドへ1オクターブとはいわぬが、半オクターブは伸びて、しかも従来のLP12は認めていても、文句を言えば低域の解像力、エッジの利きがいまいちだったのがキリッと構築される。
     *
ステレオサウンド 65号は12月発売の号だったから、
「これはLP12のオーナーに朗報であり、良きクリスマスプレゼントである」と傅さんはまとめられている。

Date: 6月 24th, 2011
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(その5)

ノッティンガムアナログスタジオのAnna LogとEMTの927Dstのあいだに、およそ共通点はないといえる。
このふたつで近いものをあえて挙げるならば、重量くらいだろう。
Anna Logは45kg、927Dstは41kg、とカタログ上はほぼ近い値だ。

だがそれ以外の項目となると、このふたつのアナログプレーヤーはそこかしこにはっきりとした違いがある。
Anna Logはベルトドライヴ、927Dstはリムドライブ。
ここにダイレクトドライヴを比較対象にもってくれば、ベルトドライヴもリムドライヴも、近いものとなるだろうが、
ターンテーブル・プラッターを廻すことに対する考え方は大きく違う。

モーターはどちらもシンクロナス型だが、まず大きさに差違がはっきりと現れている。
927Dstのモーターはそうとうな大型で、アイドラーを介してその強力なトルクをしっかりとターンテーブルに伝える。
さらに回転の微調整とモーターの安定化のために、
シャフト中心部にフェルトパッドによるフリクションブレーキをかけるようになっている。

Anna Logのモーターは、927Dstのモーターとは正反対の低トルクのモーターを使っている。
そのためターンテーブルを廻しはじめるにはトルクが足らず、
使い手が指でターンテーブルを廻してやらなければならない。

プロ用として開発されたEMTのプレーヤーシステムでは、絶対に考えられない方法といえる。

だからAnna Logはターンテーブル・プラッターの慣性モーメントを利用する。
Anna Logの総重量の55%はターンテーブル・プラッターが占める(25kg)
927Dstは直径42cmのアルミ製のメイン・プラッターが4.7kg、
その上にのるガラス製の直径44cmのプラッターが2.58kgで、計7.28kg。
総重量に対する割合は約17%。

Date: 6月 23rd, 2011
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(その4)

スピーカーシステムの試聴とはまた少し違う意味あいで、アナログプレーヤーの試聴には、
使いこなし、調整といったことが重要になってくる。

オーディオ機器の中で、もっともプリミティヴな構成なのがアナログプレーヤーは、
ほぼすべての機構が目で捉えることができる。
そこで、試聴の対象となる、その前にあるアナログプレーヤーをどう理解し調整し、使いこなしていくのか。

それができるかできないかはオーディオに対する資質も大事だけれど、
それと同じくらいに、その人の中に、アナログプレーヤーに対する理想像が存在しているかどうか、も関係してくる。

昔ながらオーソドックスなスタイルのアナログプレーヤーにおいてもそうだが、
それ以上にCDが登場し普及した後で登場してきた、
それまでのアナログプレーヤーをつくってきたメーカーとは、ひと味ちがうものをもつ新進メーカーのものを、
正しく評価するためには、評価者に「理想像」がなければ、正しく理解することができない。
つまりこれは優れたアナログプレーヤーの良さを引き出すことができないことであるだけでなく、
能書きだけの製品に騙されてしまう、ということになっていくからだ。

ノッティンガムアナログスタジオのAnna Logは、いわゆるオーソドックスなスタイルのプレーヤーではない。
だから、ステレオサウンド 133号の紹介記事がもしほかの人(あえて名前は出さないけれど)だったら、
そこに書いてあることの大半を素直に信じることはしなかった。

133号当時(1999年暮)にステレオサウンドに執筆していた人の中で、
Anna Logの記事を書くのに、最高の適任者は井上先生である。