Archive for category アナログディスク再生

Date: 8月 7th, 2011
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(その20)

ノイマンのDSTに、エンパイアの4000D/III……、
どちらも旧製品ではないか、現行製品にはないのか、と思われる人もいるだろうな、と思いながらも、
それでも思い浮んできたのは、このふたつの旧製品のカートリッジだった。

現行製品で使ってみたいカートリッジがないわけではない。
数は少ないけれどある。
けれど、ステレオサウンドのベストバリュー(以前のベストバイ)に選ばれているカートリッジの中にはない。
177号に載っているカートリッジは写真付きコメント付きで紹介されているのが12機種。
ブランドと型番、価格、それに点数だけが載っているのが17機種。
これらの価格を眺めていると、わかっていることとはいえ、
改めて50万円超えのカートリッジが複数機種あるのには、なんともいえない感情を抱いてしまう。
そうかと思えば、デンオン(いまはデノンなのはわかっいても、やっぱりデンオン)のDL103R、DL-A100、
オーディオテクニカのAT-OC9/III、AT33PTG/IIに対する感情は、以前とは違ったものになってくる。

カートリッジの市場規模を考えれば、以前と較べて価格が上昇してしまうことは理解できる。
理解はできる、と書いたものの、それにはやはり限度というものが、それぞれ受け取る側にある。
限度は人によって違う。だから50万円のカートリッジをあたりまえのこととして受けとめる人がいるし、
疑問に思う人もいて、当然のことだ。

物価も変動している。だから以前と較べて、どのくらいがカートリッジの適正価格なのかを決めるのは困難だし、
無理なことなのかもしれない。
それでもひとつの目安として、デンオンのDL103Rの価格は33,000円(税込み)。
このDL103RはDL103をベースにしていて、変更点は発電コイルの線材を6N銅線にしただけである。
つまり以前のDL103とほぼ同じモノといえる。

1977年当時、DL103は19,000円していた。
33年経ち、約1.73倍の価格になっている。以前は消費税はなかったから税抜きの価格では約1.65倍。
大ざっぱに言って、30数年前のカートリッジの価格は、
いま1.6倍から2倍程度には上昇しているとみていいように思うし、それが目安となるだろう。

Date: 8月 6th, 2011
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(その19)

ここまで書いてやっと、この項の(その1)で紹介した高橋氏の問いかけに答えられる。

「死ぬまでに一度、聞いてみたいアナログ・カートリッジか、プリアンプはありますか?」

これを見たときに真先に浮んだモノは、実はふたつあった。
ひとつはすでに書いているように927DstとDSTの組合せ。
もうひとつは、これもすでに製造中止になってしまっているカートリッジではあるが、
エンパイアの4000D/IIIである。

DSTはいま中古の状態のいいものを買おうとすれば、数十万必要となるようだが、
4000D/IIIはDSTのような存在ではない。
当時の価格は58000円(1977年)。
同じころ、オルトフォンのSPU-G/Eが34000円、MC20が33000円。
EMTのTSD15が65000円で、XSD15が69000円だったから、1970年代の高級カートリッジのひとつではあったが、
特別高価というわけでもない。

4000D/IIIの音を聴いたのは、当時住んでいた熊本の販売店に瀬川先生が来られたときだった。
4000D/III以外にオルトフォン、ピカリングのXSV/3000、XUV/4500Q、
エレクトロ・アクースティック(エラック)STS455E、EMTのXSD15など10機種ほどの、
ご自身でお使いのカートリッジを持参されての試聴会だった。

とにかく、このときの4000D/IIIの音は、いまでも耳に残っている。
クラシックやヴォーカルをかけたときにはまったく魅力を感じなかった4000D/IIIだったのに、
ジャズ(記憶に間違いがなければ、菅野先生録音の「ザ・ダイアログ」)で一変した、その音は、
ヨーロッパ系のカートリッジでは絶対に鳴らせない領域ようにも感じていた。

レコードで、スピーカーから鳴ってくるドラムスの音が、こんなに気持ちいいのか、
湿り気のまったくない乾いた、というよりも乾ききった明るい音は、音を決めていく。
そう、音が決る、という感じで、目の前にストッストッストーン、と音が展開していった。

日常的に聴きたい音ではなかったけれど、「ザ・ダイアログ」のためだけに欲しい、と思ったことは、
いつまでたっても忘れようがないほど、刻みつけられている。

Date: 8月 4th, 2011
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(その18)

トーレンス・リファレンスとEMT・927Dstを例にあげたが、
理想は、トーレンスの良さも927Dstの良さも、ふたつとも兼ね備えているアナログプレーヤーではあるけれど、
いままでそういうモノには出合えていない。これから先も出合えるとは思えない。

だから私の中には、アナログディスク再生に対しては、
927Dstによる「20世紀の恐竜」といえる求め方と、
ノッティンガムアナログスタジオのAnna Logということになる。
なぜトーレンスのリファレンスではないのか──。

リファレンスは確かにいいプレーヤーである。
Anna Logが存在していなければ、リファレンスは、私のなかでは927Dstの対極に位置することになるわけだが、
Anna Logという、リファレンスよりも、もっと927Dstよりも、より明確に対極に位置するプレーヤーがある。
となると、どうしても興味はAnna Logへと傾く。

927DstにはノイマンのDSTと組み合わせて使いたい、と書いた。
927DstにDSTは、ノスタルジー的な意味あいでない。
どちらもヴィンテージと呼ばれるモノだが、
この組合せは、私にとっては、この項の(その1)に書いた意味と位置をもつものであり、
ノスタルジーとはまったく無縁のところのモノである。

Anna Logは、そういう927DstとDSTでは再生できない世界を、このプレーヤーで聴いてみたい、と思う。
Anna Logにはカートリッジは、これひとつ、というふうに固定はしたくない。
Anna Logのトーンアームはシェル一体型なので、カートリッジの交換はすこし面倒とはいえるけれど、
交換が億劫になるほどのものではない(少なくとも私にとっては)。

だからAnna Logでは、現行製品のカートリッジだけではなく、
過去に聴いて印象に残っているカートリッジのいくつかを、このAnna Logで鳴らすことによって、
最初に聴いたときの印象をより鮮明にすることもあるだろうし、新たな魅力を発見することできるように思う。

こういう感じは、927Dstには──このプレーヤーの性格上──まったくない。

Date: 7月 12th, 2011
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(その17)

ステレオサウンド 58号に、瀬川先生によるトーレンス・リファレンスとEMT・927Dstの比較試聴記が載っている。
そこで、
ヴァイオリンは「リファレンス」、チェロは927……などと思わず口走りたくなるような気さえする、
と書かれている。

私が感じているベルトドライヴとリムドライヴ、駆動方式による本質的な音の違いも、
まさにこのとおりである。
930st、927Dstなどのリムドライヴでは、ヴァイオリンよりもチェロの方が魅力的に響く。
同じ弦楽器でも、ヴァイオリンとチェロでは大きさが違い、
ヴァイオリンは演奏者が肩に乗せて弾く、チェロはエンドピンによって床に立てて弾く。
このことに起因する音の違いが、ベルトドライヴ、リムドライヴにもある、と感じている。

チェロではエンドピンを交換すると、ずいぶん音が変る、と聞いている。
材質もいくつかの種類がある。
つまりエンドピンによってチェロが発生している振動は床に伝わっている、と考えるべきだろう。
床もチェロという楽器の振動系の一部となる。
だからチェロの振動を床に伝えることになるエンドピンの交換によって響きが変化する。

もしチェロにエンドピンがなかったら、いったいどういう音になってしまうのだろうか。
チェロを再生するときには、だからなのか、実在感が、ヴァイオリンのソロ以上に求めてしまうところがある。
エンドピンによって床に固定され、朗々と響くチェロは、
高トルクのモーターを使ったリムドライヴの優秀なプレーヤーのほうが、すくっと目の前に音像が立ち実在感がある。

低トルク・モーターのベルトドライヴでもチェロの響きは美しい。
でもどこか実在感が、ほんのわずかとはいえ、リムドライヴのプレーヤーと比較すると弱い。
がっしりと床にエンドピンで固定されている感じが薄れる、
というか、エンドピンが細く頼りないものに交換されたような、とでもいおうか、そんな印象を拭えない。

もちろんベルトドライヴだけを聴いていたら、そんなふうには思わないはず。
でも927Dstの音を聴いてしまっている耳には、トーレンスのリファレンスでも、
チェロに関しては不満とまではいかないまでも、
チェロは927……と口走りたくなるという瀬川先生の気持は心情的に理解できる。

Date: 7月 4th, 2011
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(その16)

これまで私がふれてきたベルトドライヴのアナログプレーヤーについてふりかえってみて、
低トルクのモーターによるものが、音が良かった、といえる。
ただし、音が良かったベルトドライヴのプレーヤーは低トルクのモーターばかりだったが、
低トルクのモーターを使っていたら、いい音のするアナログプレーヤーというわけではない。

そして、ここでいう音の良さは、リムドライヴのアナログプレーヤーとベルトドライヴのアナログプレーヤーでは、
性質的に正反対のところにある──、そんな印象も持っている。

そのことが駆動方式の構造の、どういったところに関係していて、そういう差が出るのかは、
正直掴みきれていない。理論的にも、だが、直感的にも、こうじゃないだろうか、ということすらない。
ただ、これまでの経験から、リムドライヴではモーターのトルクはあったほうが、
ベルトドライヴではモーターのトルクはできるだけ小さいほうが、
それぞれの駆動方式ならではの音の特質を発揮してくれるように、私の耳は捉えている。

だから「20世紀の恐竜」として捉えたとき、EMTの927Dstを最後のプレーヤーとして選びたいし、
21世紀にアナログディスク再生を積極的に楽しむためのプレーヤーとしては、
ノッティンガムアナログスタジオのAnna Logを選びたい。

Date: 7月 2nd, 2011
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(その15)

トーレンスがひとつのモデルを開発するのにどれだけの期間をかけているのかはわからない。
それでも、日本のメーカーと較べるとゆっくりしている、と思われる。
そしてTD226は、おそらくリファレンスが完成する前から開発が始まったのではなかろうか。
トーレンスのプレーヤーに搭載されるモーターの変遷をみていくと、そう思えてしまう。

TD126は、TD125のモーターのトルクに小ささによる使い勝手の悪さの反省からモーターを変更したものの、
リファレンスの完成によって得られた成果から、シンクロナス型に戻っていった。
その後、トーレンスから登場しているプレーヤーのモーターにDC型が採用されることはなくなった。

トーレンスはリファレンスの開発によって、
ベルトドライヴに関しては低トルクモーターの音質的な優位性をはっきりとつかんでいた、と考えていいだろう。

トーレンスは1883年の創立だ。
最初はオルゴールの製造からはじまり、1928年に電蓄をつくりはじめ、
1930年に電気式のレコードプレーヤーを発表している。

いまでも、一部のオーディオマニアから高い評価を得て、
現役のプレーヤーとして愛用されているTD124の登場は1957年。
TD124はいうまでもなく、ベルトとアイドラーの組合せによってターンテーブルを廻す。

その後、トーレンスはベルトドライヴだけに絞って製品を開発するが、
最初のベルトドライヴ・プレーヤーのTD150は、1964年もしくは65年に登場している。

リファレンスは1980年に登場しているから、
トーレンス最初の電気式プレーヤーから50年、TD124から23年、TD150から16年(もしくは15年)、
これだけの時間をかけて、トーレンスは低トルク・モーターという答えを出している。

Date: 7月 1st, 2011
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(その14)

そういえばトーレンスは、TD125もモーターのトルクがかなり弱かった。
ターンテーブルの起動には時間がかかっていた、と記憶している。
といっても、私がTD125の動作しているところを見て、音を聴くことができたのは一度きりなのだが。

TD125のモーターは16極シンクロナス型だったのが、後継機のTD126では78極DCモーターになっている。
曖昧な記憶の上で比較だから、なんの参考にもならないだろうが、
TD125よりもTD126のほうがモーターのトルクは強かったようにも思う。

TD125とTD126を比較試聴したことはない。同じ場所・条件で聴いたこともない。
だからこれもまったくあてにならないことになってしまうが、TD125のほうが音は安定していて、
余韻の美しさが耳に残る、そんな印象を持っている。

リンのLP12にヴァルハラをつけたときも、つけないときよりも余韻が美しさがあった。
そしてベルトを外して聴いたとき、さらに余韻の美しさがきわ立つ。

TD126はリファレンスの約1年半ほど前に登場している。
リファレンスのあと(1981年)に登場したTD226はTD126のダブルアーム版ともいえるもので、
モーターはTD126と同じ72極DC型。

1983年に登場した小型のプレーヤーシステム、TD147では、TD126と同じ16極シンクロナス型に戻っている。
1987年のTD520(アームレスのTD521)も、16極シンクロナス型である。。
TD520はロングアーム対応であり、レギュラーサイズのトーンアーム用のTD320(TD321)も、
16極シンクロナス型である。
さらにTD520、TD320では、カタログで小トルク・モーターということを謳っているのに気づく。

Date: 6月 29th, 2011
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(その13)

ベルトドライヴは、モーターの振動をベルトを介することによって
ターンテーブル・プラッターに伝わらないようにできることがメリットとされている。
つまり機械的なフィルターが構成されているからである。

この機械的なフィルターを電気回路に置き換えてみると、
モーターとターンテーブル・プラッターの慣性モーメントはインダクタンスに相当し、
ベルトの弾性はコンデンサーになり、ローパス(ハイカット)フィルターを形成していることになる。

このローパスフィルターのカットオフ周波数(共振周波数)は、
モーター、ターンテーブル・プラッターの慣性モーメント、
ベルトの等価スティフネス、それにモーターのプーリーとターンテーブル・プラッターの半径によって決る。

ローパスフィルターだから、これらの要素によって決定される周波数以上の振動成分は、
ターンテーブル・プラッターには伝わらない、ということになる。
つまり共振周波数(カットオフ周波数)をできるだけ低く設定できれば、それだけSN比を高くすることができる。

実際にはベルトを柔らかくし、モーター、ターンテーブル・プラッターの慣性モーメントをできるだけ大きくして、
モーターのプーリー、ターンテーブル・プラッターを小さくすればいい。
ターンテーブル・プラッターの径はレコードの大きさが決っている以上、30cmよりも小さくするわけにはいかない。

だがリンのLP12、トーレンスのTD125、TD126のように二重ターンテーブル構造にして、
インナーターンテーブルにベルトをかけるという方法で、これは実現できる。

Date: 6月 28th, 2011
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(トーレンス・リファレンスのこと)

リファレンスのフローティングベースのモーター用の穴よりも、もっともっと余裕をとりすぎているのが、
中央、シャフト軸受け用の穴である。

これは、おそらくダイレクトドライヴ用のモーター用のものではないか、とどうしても思ってしまう。

ステレオサウンド 56号に、瀬川先生のトーレンスの訪問記が載っている。
そこには、1929年にダイレクトドライヴ型のフォノモーターの特許をとっている、とある。
テクニクスが開発し、その後主流となったダイレクトドライヴとは違うものだが、
トーレンスもダイレクトドライヴを研究していた事実である。

その後、トーレンスはSN比の向上からベルトドライヴだけに製品をしぼっていくが、
トーレンスと協力関係にあったEMTは、1978年あたりにダイレクトドライヴの950を出している。
当時のトーレンスとEMTは西ドイツにあるラール工場で、両ブランドの製品が作られていた。
この工場は生産部門だけではなく、設計部門も含まれている。

ダイレクトドライヴとは直接関係はないが、TD125でシンクロナスモーターを、
専用の駆動回路を設け電子的にコンロトールするなど、一見保守的にメーカーではあるが、
他社に先駆けている面も持っている。

これらのことを考え合わせると、トーレンスがふたたびダイレクトドライヴを再設計しようとした可能性を、
完全には否定できない。
リファレンスの開発にあたっては、ダイレクトドライヴも再検討されたのではないだろうか。
その名残りが、フローティングベースの中央の大き過ぎる穴である……。

他に納得のいく理由が、なにかあるだろうか。

Date: 6月 28th, 2011
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(その12)

トーレンスのリファレンスのフローティングベースには、
2つの丸い穴がある。ひとつは中心にある軸受けをマウントするためのもの。
この中心の穴を囲む4つのスペースにはアイアン・グレインと称する鉄の細かい粒をオイルで練った上で、
ぎっしりとつめられている。

フローティングベースのもうひとつの穴はモーターのためのものである。
リファレンスのモーターは、すでに書いたように全体の偉容にしては貧弱な印象のものだ。
このモーターのための穴としては大き過ぎるのだ。多少の余裕は必要なのはわかるが、
モーターのサイズからは余裕をもたせすぎている感じがしてしまう。

モーターは、フローティングベースに、
その振動を伝えないようにするためにメインベースに立てられた3本の柱の上に、
かなり厚めのアルミハウジングに収納された上で固定される。

この部分を見ていると、ある仮説が頭に浮かんでくる。
もともとリファレンスのモーターには、EMTの930stのモーターが流用されていたのではないか、と。
930stのモーターの径がどの程度だった正確な寸法はわからないが、
記憶の上では、ちょうど930stのモーターが、すとっとおさまってしまう。

930stのモーターであればトルクも十分だし、プリーナーをレコードに押しあてても回転が止ることはないはずだ。

プレーヤーとしての使い勝手の面からはモーターのトルクは十分にあった方がいい。
けれど、930stのモーターでベルトドライヴでは、
「リファレンス」の名に値するだけの音が得られなかったのではなかろうか。
それでモーターをいくつか試していった結果、
トルクの小さな、930stのモーターからするとずっと小型のものになってしまった。

フローティングベースはもともと930st用のモーターを前提に型をつくってしまっていたので、
結果としてモーターの周りにスペースの余裕ができてしまった。
そう思えてならない。

Date: 6月 27th, 2011
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(その11)

アナログプレーヤーの音を駆動方式で語るのは難しいことではあると充分判っているつもりだが、
それでもベルトドライヴ型のプレーヤーで、私が圧倒的に音がいい、というレベルをこえて凄い! と感じたのは、
やはりトーレンスのリファレンスだけである(Anna Logはまだ聴いていない)。

リファレンスは、1980年に358万円という、おそろしい価格だった。重量は約100kg。
堂々とした、その偉容に反して、モーターは、あれっ? と思うほど小型だった。

リファレンスのシャフトとその軸受けは、EMTの930stのものをそのまま流用した、と思われる。
寸法的にも見た感じも同じである(ただし資料には新開発のもの、とある)。
そのリファレンスのターンテーブル・プラッターの重量は6.6kg。930stよりも2倍以上重くなっている。
このターンテーブル・プラッターの内側には分厚いドーナツ状の合板が、鳴き止めのため打ち込まれている。
外周裾に取りつけられているストロボスコープ用のパターンは、930stのそれとまったく同じ。

930stのよりも物量を投入してつくられているリファレンスなのに、モーターに関してだけは930stの方が上だ。
リファレンスのモーターはハイトルクのシンクロナスモーターとうたっているが、
930stのモーターとの比較でははっきりと、
比較的トルクが弱いといわれていたダイレクトドライヴ型と比較しても、トルクは弱いと思う。

瀬川先生も、ステレオサウンド 56号に書かれているが、
「レコードをのせてプリーナーを押しあてると、回転が停ってしまう」くらいの弱さである。

358万円もするプレーヤーなのに、こんなところでケチることないのに……、1980年の私は思っていた。

Date: 6月 27th, 2011
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(その10)

モーターの駆動回路は、いわばアンプだから、アンプ自体の歪やノイズがわずかとはいえ発生している。
それでもどんな外来ノイズが混入してきて、
ときには正弦波が崩れてしまうこともあるAC電源をそのままモーターに給電するよりも、
モーターにとっては、それでも良好な電源供給となり、モーターの回転は滑らかになっている、と思われる。
その滑らかさが、LP12におけるヴァルハラのある無しの音の違いを生んでいる。

ターンテーブルの回転を眺めていると、じつに滑らかに廻っているように思えるのだが、
見ただけでは感知できない領域で、その回転は実のところぎくしゃくしているのだろう。

そのぎくしゃくを生む原因のひとつが回転のためのエネルギーを生むモーターであり、
そのモーターのエネルギー源である電源の汚れである。

ヴァルハラを取りつけたLP12の音は、まさにそんな汚れを洗い落した感じに聴こえる。
いままで回転のぎくしゃくによって生じていた汚れにマスキングされていた、されかかっていた音が、
姿を現してくれる。

だからといってヴァルハラのようなモーター駆動回路さえありさえすれば、
ターンテーブル・プラッターの駆動源として理想に近いものいえるのかとなると、
モーターそのものが、決して完璧なものではないことが浮き彫りになってくる。
しかもそのことは、モーターのトルクがしっかりとターンテーブル・プラッターに伝わるほどに明瞭になってくる。

マイクロのSX8000IIのモーターユニット(RY5500II)は、
起動時にはトルクが必要なためモーターにかかる電圧は100Vだが、
しばらくするとその電圧を半分の50Vに自動的に切り替わるようにしている。
シンクロナスモーターにかかる電圧が低くなればそれだけトルクは下がり、
モーターそのものが発生する振動も減ることになる。

SX8000IIのターンテーブル・プラッターはステンレス製で重量は28kg。
慣性モーメントは十分に大きい。

Date: 6月 26th, 2011
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(その9)

この先入観が、SX8000IIのベルトテンションを緩めてしまったときの音を、
素直に、これがいい音だ、と認めることができなかったことに影響している。

リンのLP12をベルトを外してターンテーブル・プラッターを廻した音を聴いたとき、
やっと素直に認めることができた。
ベルトドライヴでは、ベルトのテンションをできるかぎり緩くしていった方がいい。

もちろんベルトドライヴならすべての機種についてそういえるわけではない、と思う。
少なくともメカニズムがしっかりと精度高くつくられたもので、
スムーズな回転を実現しているもの。
さらにある程度の慣性モーメントをもつことが、条件となってくる。

慣性モーメントを最大限利用して、回転数がぎりぎり低下しないように最低限の力をベルトによって伝える。
停止しているターンテーブルがモーターの力だけでは回転しはじめないくらいに、
ベルトのテンションを緩く、モーターのトルクを低くしたほうが、音楽がよりみずみずしく表現される。

音楽に含まれている水気が増していき、その水気のもつ味わいがよりなめらかになり、おいしさを増していく。
旬の果実を、それもとりたてのものを口にしたときの美味さに近づいていく。

どうもモーターは、それほど滑らかに廻っていないように思ってしまう。
その不完全な回転がベルトを通じてターンテーブル・プラッターに伝わると、
慣性モーメントを利用して滑らかに廻っているターンテーブルの回転を邪魔することになる。

モーターの回転を滑らかにする方法のひとつが、
シンクロナスモーターならば、トーレンスのTD125、リンLP12のヴァルハラにみられる、
発振器とアンプの組合せによるモーター駆動回路の搭載がある。

ACコンセントからノイズがまったくない、きれいな正弦波が得られるのであれば問題はないはずだが、
実際には、特にいまは、そういう状況ではない。
AC電源の汚れは、そのままモーターの回転を阻害する。
だからそのままAC電源を供給せずに、間に駆動回路を置く。

Date: 6月 26th, 2011
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(その8)

SX8000IIの始まりとなったRX5000+RY5500のころから、
マイクロのこのシリーズは、ターンテーブルとモーター間の距離はユーザーが調整していくことになっている。
音を聴いて、ベルト(RX5000、SX8000は糸)のテンションを調整していく。

SX8000IIになり専用のフローティングベースが用意されたが、ターンテーブルとモーターの位置指定はなかった。
このベルトのテンションをどの程度にするかによって、音はとうぜん変ってくる。
ステレオサウンドのリファレンスプレーヤーはSX8000IIだったから、ここの調整は試してみた。

ベルトがパンパンに張るまでにテンションをかける、
つまりターンテーブル本体とモーターユニットの距離を拡げすぎると、
ターンテーブル・プラッターはうまく回転しない。
少しずつ距離をつめてベルトのテンションを緩めていく。
どこまでも緩めていくと、テンションが足らなくなって、
ターンテーブル・プラッターが静止状態から起動しなくなる。

指で少し勢いをつけてやらないと廻らなくなるほど緩くすることは、
マイクロの設定外の使い方となるだろうが、音は緩くしていった方がよくなっていく。
すくなくともそう私の耳は感じていた。

とはいうものの、この状態では試聴では使えないし、最終的にはSX8000IIが持ち込まれたとき、
マイクロの人によるセッティングと、だいたい同じテンションになるようにしていた。

リムドライヴのEMTのプレーヤーを使っていると、モーターのトルクが大きくて、
そのトルクをしっかりターンテーブルに伝えて回転させることが、音の良さにつながっている──、
実はそう思っていた(リムドライヴに関してはいまもそう思っている)。

だからベルトドライヴもリムドライヴと同じであろう、という先入観があった。

Date: 6月 25th, 2011
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(その7)

1988年の取材で、リンのLP12を聴く機会があった。
ヨーロッパ製の、どちらかといえばコンパクトにまとめられたフローティング型プレーヤーを4機種集めての試聴で、
ステレオサウンド 90号に掲載されている(実は88号掲載予定だったが、ページがとれなくなり延びてしまった)。

試聴が終った後に、井上先生がつぶやかれた。
「LP12のベルトははずしてみな」と。
何をされるのか予測できなかった。
ベルトを外したLP12のターンテーブルの上にLPを乗せ、指で廻し始められた。
しばらく眺めたのちに「針を降ろせ」という指示が出た。

この時、スピーカーから出てきた音は、
LP12にヴァルハラを取り付けたときの音を思いださせてくれた。

再生中には手を下さないから、回転はしばらくすれば遅くなり止る。
33 1/3回転を維持しているわずかな時間しか、この良質な音は聴けない。
でも、このわずかな時間の音は、貴重だ。

すべてのプレーヤーで同じような結果が得られるわけではない。
ターンテーブル・プラッターの加工精度、ダイナミックバランスが優れていて、
軸受けの構造も優れたもので、スムーズな回転を実現しているモノでなければ、この時の音は聴けない。

この時の音を聴いて、思い出した音がある。
マイクロのSX8000IIのベルトのテンションを調整していたときの音だ。