オーディオの「本」(その3)
このブログを書いていくにあたって、想定している読者が、ひとりいる。
13歳のころの、オーディオに関心をもちはじめたばかりの「私」だ。
1976年、このころは、読むオーディオの楽しみが、それこそあふれていた。
五味先生の「五味オーディオ教室」は、まさしくオーディオを読む楽しみそのものだった。
いまあのころの私がいたとして、その私に「オーディオを読む楽しみ」を体験してほしい、と思うからだ。
このブログを書いていくにあたって、想定している読者が、ひとりいる。
13歳のころの、オーディオに関心をもちはじめたばかりの「私」だ。
1976年、このころは、読むオーディオの楽しみが、それこそあふれていた。
五味先生の「五味オーディオ教室」は、まさしくオーディオを読む楽しみそのものだった。
いまあのころの私がいたとして、その私に「オーディオを読む楽しみ」を体験してほしい、と思うからだ。
CDが附録としてついてくる雑誌は、もうめずらしくも何ともなくなってしまったが、
CDが登場し普及しはじめたころ、1980年代の半ば、新しいオーディオ雑誌が創刊され、
CDがついてきていた。おそらくもっともはやくCDをつけた雑誌のひとつだろう。
もしかすると世界初だったのかもしれない。
このオーディオ雑誌(誌名を忘れてしまった)は、試聴室で鳴っていた音を録音し、
それをそのままCDに収録して、いわば音の出る本として売り出してきた、と記憶している。
この本が出た時は、まだステレオサウンド編集部に在籍しており、
編集部内でも、無視できないものとして発売日に購入していたはずだ。
このオーディオ雑誌は、結局成功しなかったようだ。
理由はいくつかあろうが、オーディオには「読む楽しみ」があるということを、
再認識させてくれたように思う。
オーディオの楽しみには、いくつもある。
いい音を出す楽しみ、いい音で好きな音楽を聴く楽しみ、それらに負けないくらいの魅力を、
「オーディオ(音)を読む楽しみ」はもっている。
紙の本、ということにこだわってきたところがある。
そのためか、本の理想としても、紙の本がそうであるように考えてきたところが、どうしてもある。
紙の本の延長線上に、理想の本の形態があるようにも思ってきた。
だから電子書籍、というよりも、電子紙(電子ペーパーとはあまりいいたくないので)の実現を、
あれこれ妄想し、理想の電子紙から電子書籍について考えをめぐらしていた。
いまのところ、電子書籍のなかに、パソコンで読むことも含まれているだろう。
ページをめくるという感覚ではなく、巻紙のようにスクロールしていく感覚。
パソコンで文章を読むことに、抵抗は特にもってはいないが、
それでもじっくり読みたいものは、それこそ紙の本で、という想いは、誰しもお持ちだろう。
でもオーディオの本として、紙の本からは、
昔からくり返し──それこそどれだけ言われてきたかわからないくらいだが──、
誌面から、音は出ない。音が直に伝わってくるわけではない。
そこからオーディオ評論が生れてきた、ともいえる。
S-F1を発売当時見たときには思わなかったことだが、
なぜ振動板を円にしなかったのだろうか。
S-F1の各ユニットの口径は、ウーファーが40cm角、スコーカーが15cm角、
トゥイーターが6cm角、スーパートゥイーターが2.6cm角となっている。
クロスオーバー周波数は500、2.5k、8kHzなので、ウーファー、ミッドバス、
ミッドハイ、トゥイーターと呼べないことはないが、
パイオニアの表記にしたがって呼ぶことにする。
S-F1のウーファーとスコーカーは振動板、ボイスコイルの形状ともに角型であるが、
アルミハニカムにベリリウムスキンを貼り、
よりいっそうの軽量化をはかっているトゥイーターと
スーパートゥイーターのボイスコイルの形状は円型となっている。
なぜここだけ円なのか。
S-F1の振動板を円型にしなかったのは、同軸型構造としたために、
ウーファー部分の面積が減り、すこしでも面積を稼ぐために、
同じ幅ならば、円よりも矩形型のほうが面積をめいいっぱい利用できる。
おそらく、理由はこのへんにあると思うけれど、もしかすると開発者の方は、
「回」の字から、S-F1を発想されたのかもしれない。
S-F1の写真を見れば見るほど、そう思えてくる。
そのくらい、S-F1は、「回」そのものではないだろうか。
もしそうだとしたら、日本人だからこその発想から生れてきたスピーカーといえるわけだ。
カメラの三脚のいいものになると、しっかりしたつくりで、当然三点支持なので、ガタつきなくセッティングできる。
高さをかえるのも簡単だし、スピーカーの振りも水平方向だけでなく垂直方向にも自在に変えられる。
だから、以前、瀬川先生が目の前でやってくださったように、
KEFの105の中高音域ユニットを調整することで、音のピントを見事に合わせられたことを、
他の小型スピーカーでもできるようになる。
導入を真剣に考えて、カタログを見ていた時期があったが、結局、試すことはなかった。
試聴室で、たとえば数時間という制限時間の中で、あれこれレコードをかけかえながら、
レコードに応じて(というよりも録音に応じて)、
スピーカーのセッティングをこまかく調整していくということは、けっこう楽しんでやれるものだ。
けれど、仕事を終えて自宅で聴くときには、さすがにそういうことをしたい気持には、なかなかならないものだ。
もちろんいじるときには集中して行なっても、一段落したら、あまり細かいところは、
そうしょっちゅういじりたいわけではない。
曲によって、身をのり出して聴くことはある。椅子の背にもたれかかって聴くこともある。
だから、多少は、いつものリスニングポジションにいても、耳の位置は前後している。
けれど、より積極的に、スピーカーシステムとリスニングポジションの関係を変えている人は、
ほんとうにいるんだろうか。
スピーカーシステムの位置は、ある程度決まったら、微調整していく。
音を聴いて、また少し動かして、音を聴く。これを何度となくくり返し、スピーカーのセッティングを詰めていく。
その過程では、ほんのわずかな差で、一挙に音のピントが合うこともあり、
そういう位置をさぐり当てたのならば、本音では、もう動かしたくはない。
まして曲によって、大胆にスピーカーシステムを前に出したり、左右にひろげたり、
振り角も変えたり、ということは、能動的な音楽の聴き方といえるだろうが、
実際にはなかなかやろうという気にはなれなかったりする。
以前セレッションのSL600を使っていた時、スタンドにカメラの三脚を使うのはどうだろう、と考えたことがある。
曲によって、録音によって、カメラをのピントを合わせるかのように、
スピーカーシステムのセッティングを合わせていく。そういう聴き方を、いちど考えたことがある。
まだ23歳、若かった時のことだ。
身近というくらいだから、己の身体の近くにあること、
それに、つね日ごろ慣れ親しんでいるという意味もあるだろう。
そうなると、やはりメインシステムこそ、「いい音を身近に」ということになり、
先に進めなくなってしまう。
手軽でもなく、気楽でもなく、あくまでも「身近」である。
「身近」は距離をあらわしてもいる。
オーディオにおいては、物理的な距離、心理的な距離だろう。
まず考えていきたいのは、物理的な距離、からである。
短絡的に、スピーカーと聴き手の距離が短い関係こそ、
いわゆるニアフィールドリスニングが「いい音を身近に」であるはずがない。
われわれは、オーディオで音楽を聴くときに、聴きたい曲に応じて音量を変える。
同じ曲でも、聴く時間帯、心理状態によっても音量を変える。
こまめに音量を変える人もいれば、あまりいじらない人もいるだろうが、
まったくいじらない人は、まずいないだろう。
音量は変える。
さらに人によってはトーンコントロールやグラフィックイコライザー、パラメトリックイコライザーをいじって、
もっと積極的に音を変えていく人もいるだろう。
そういう人でも、リスニングポジションを、聴く曲に応じて変える人は、そうはいないだろう。
一般雑誌が「いい音を身近に」というテーマで記事を作るのであれば、
なんとなく、その内容については想像がつくし、納得がいく。
けれどオーディオ雑誌であるステレオサウンドが「いい音を身近に」ということになると、
一般雑誌と同じものでは、意味がないだろう。
一般雑誌の読者は、ことさらオーディオにはつよい関心のない人たちに向けての記事であるだろう。
ステレオサウンドを購入して読む人は、すでにそれなりの装置をそろえ、
納得いくまで、音を追い込んでいっている人たちであるし、
たとえ初心者であっても、同じタイトルの記事がそれぞれの載っていたとしても、
一般雑誌のほうを参考にする人ではないはずだ。
そういう人たちにむけての「いい音を身近に」ということであるならば、
これは意外に難しいテーマのように思えてくる。
ステレオサウンドが、どういう答えを提示しているかは、私は知らない。
ステレオサウンドを読んでいないから、ステレオサウンドの記事について、あれこれ書くつもりはない。
ここから先、書いていくのは、あくまでも「いい音を身近に」を、
私ならこう考える、についてである。
「いい音を手軽に」だったら、即理解できる。
けれど、あくまでも「身近に」であって、身近に置く、ということが、
サイトの説明文ではくりかえされている。
価格、大きさ、重さもほどほどのものが、果して「身近」なのだろうか。
そして、高価で、大きく、重いものは、身近ではない存在なのだろうか。
すくなくとも、私にとって、いま部屋にあるオーディオこそが、身近な存在である。
文字通り、身近に置いて音楽を楽しんでいる。
これは、なにも私だけではないはず。オーディオに真剣に取り組んでこられた人にとって、
メインのシステムこそ、もっとも身近な存在であり、音楽を楽しめる存在でもあるはずだ。
手塩にかけたメインシステム意外に、もうひとつ別のシステム、
よく言われるサブシステムも所有していて、そちらで聴く時間のほうが、
メインシステムで聴くよりも圧倒的に長いというのであれば、「身近」なシステムは、
サブシステムの方となる。
それでも、やはり私の頭から「手軽」という言葉は消えない。
「いい音を身近に」──、
いま書店に並んでいるステレオサウンド 174号の特集のテーマとなっている。
174号を購入していない。川崎先生の連載が終ってから、ステレオサウンドを購入するのは、すっぱりやめた。
なので、174号も読んではいない。
なのに、あえて「いい音を身近に」を、テーマとしてたてたのは、
いましがた早瀬さんと話して、共通のテーマで書こう、ということになったからである。
正直なところ、このテーマが、よく理解できない。
「身近に」のところに、「?」がつく。考えるほど「?」は大きくなる気がする。
ステレオサウンドのサイトには、次の文章が載っている。
この特集は、オーディオ愛好家のみならず、多くの音楽愛好家の皆さんに、いい音のオーディオシステムを身近に置いて音楽を楽しんでいただきたいという願いを込めて企画したものです。ここで紹介・推薦しているオーディオ機器は50万円以下が中心となっており、最高でも100万円まで。また、大きさと重さもほどほどで、すべてのモデルが身近に置きやすい機器です。
やはり、よくわからない。
どこが「身近」なのかが。
4343の公称出力音圧レベルは、93dB/W/m。
ウーファーとミッドハイの、800〜900Hzにあるクロスオーバーポイントの音圧は、72dBぐらい。その差は約21dB。
意外に高い値だと思うし、800〜900Hzはミッドバスの受持帯域にかかっている。
つまり4343において、ミッドバスの帯域は、2121の音だけでなく、
2231Aと2420、これら3つのユニットの音が混ざり合ったものであると、グラフは示している。
ステレオサウンドに掲載されているクロスオーバー特性を見ると、
ミッドバスだけ、他の帯域(ユニット)にくらべ、5dBほど音圧レベルが低い。
測定条件については書かれていないが、とうぜんレベルコントロールは、
ミッドバス、ミッドハイ、トゥイーターすべて「0」のところにあわせてあるはずだ。
4343の周波数特性で、ミッドバスの帯域がひっこんでいるということはない。
ウーファーとミッドハイの干渉分も見込んでの、ミッドバスのレベル設定なのだろう。
2ウェイ構成のスピーカーシステムの場合、クロスオーバーポイントはひとつ。
3ウェイになると二つ、4ウェイでは三つだが、
実際には、2ウェイ以外のスピーカーシステムでは、クロスオーバーポイントは、増えることがある。
ネットワークの遮断特性、スピーカーユニットの周波数特性によっては、
となりあう帯域のユニットとのあいだではなく、
ひとつとんだ帯域のユニットとのクロスオーバーポイントがでてくる。
そのクロスオーバーポイントの-3dBや-6dBではなく、-20dBちかく減衰しているとはいうものの、
帯域分割をすればするほど、第二のクロスオーバーポイントは発生しやすくなる。
このことは以前からときおり指摘されていたことだが、実際の製品で、
個々の帯域の周波数特性を測定してデータが発表されることがほとんどなかったこともあって、
実際にグラフで確認する機会はなかったはずだ。
ステレオサウンド 52号に掲載されている4343のクロスオーバー特性グラフをみると、
ウーファーとミッドバス、ミッドバスとミッドハイ、
ミッドハイとトゥイーターのクロスオーバーポイントのほかに、
ウーファー(2231A)とミッドハイ(2420)のクロスオーバーポイントが、
800〜900Hzのあいだにあることがわかる。
ミッドバス(2121)とトゥイーター(2405)はどうかというと、
2121の、ネットワーク込みの周波数特性が、3kHzあたりから急激に減衰しているのことと、
2405も、8kHzあたりから下の帯域での減衰が急激なこともあって、
3.5kHzあたりでクロスしているかしていない、かといった感じである。
2121のレベルをいくらかあげれば、わずかにクロスするはずといった感じで、
2231Aと2420のクロスオーバーポイントよりも、さらに20dBほど低いレベルである。
1980年代のオーディオ機器に詳しい方ならば、私と同じモノを思い浮べられるだろう。
パイオニアのS-F1である。
矩形の平面振動板を採用し、4ウェイの同軸型を実現したスピーカーは、
あとにもさきにもこれだけである。
大半の同軸型スピーカーは2ウェイである。
ジェンセンのG610はたしかに3ウェイだが、トゥイーターの中心軸が、
ウーファーとスコーカーの中心軸とぴったり揃っているわけでなく、
真横から見た場合、上に少しズレている。
S-F1は平面型振動板のメリットを活かし、4ウェイすべての振動板の位置をそろえることにも成功し、
同軸型のメリットを最大限に活かせる構造ともいえよう。
S-F1の同軸型ユニットを正面から見れば、まさに「回」である。
「回」がトーラスならば、S-F1の同軸型ユニットもトーラスなのかもしれない。
川崎先生の3月9日のブログ「デザイン解としての回答、その強度」を読んでいたら、
回答の「回」の字が目に飛び込んできて、瞬間、トーラスに見えた。
じっと見れば見るほど、これはトーラスだ、と思えてきた。
それですぐさまTwitterに、
“回答の「回」が、ドーナツ(トーラス)とだぶって見えました。”
とつぶやいたところ、
“当たりです! トーラスってホントにすごい形態です。”
という返事をいただいた。
回がトーラスである、そう思った瞬間、頭に浮かんできたスピーカーシステムがあった。
コメント欄は、いままで、書きこんでいただいたものはすべて自動的に公開とする、設定にしてきましたが、
ある方のコメントに対して、読むのが不愉快だというメールを、一通だけですけど、いただきました。
そう思われる方が他にもいらっしゃるかも、と判断し、今後、承認制へと変更いたしました。
基本的には、これまで通り、ほとんどすべてのコメントを公開していきます。
このブログや私に対して、批判的なコメントであろうと、公開いたします。
ただし、同じような文面を、ただくり返すのみのコメント、
立場を勘違いされている方のコメント、どす黒い感情をぶちまけているようなコメントは、公開いたしません。
どん吉さんの一連のコメントの件で、不愉快な思いをされたみなさまに、お詫びいたします。