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Date: 8月 9th, 2011
Cate: BBCモニター

BBCモニター考(余談・続×十九 K+Hのこと)

30年近く前に読んだ記事の中に、新時代の戦闘機はコンピューターによる制御を組み込むことで、
それまでは腕のいいベテランパイロットにしかできなかったアクロバット飛行が、
ふつうの技倆のパイロットでも安全に可能になる、とあった。

つまりアクロバット飛行は、わざと不安定な飛行状態をつくりだすことによって可能になるもので、
安定に飛行するように設計されているのを、そういう不安定な状態にもっていき制御することの難しさがある。
だからあえて不安定な飛行をする設計をしたうえで、コンピューター制御によって安定な飛行状態にする。
そんな内容だったと記憶している。

それが実現されているのかどうかは、わからないが、
少なくともこの記事は、より高性能を求め実現するためにはハードウェアの進歩だけでは限界があり、
ハードウェアとソフトウェアがひとつになることで進化できる、と、いまだったらそう読み取れる。

私がK+HのO500Cについて触れてきたのは、実のはこのことを、
非常に高いレベルで実現したスピーカーシステムだとみているからだ。

これまでにもアンプをスピーカーシステム内に組込み、それだけでなく電気的な補整を行っているものはあった。
けれど、それらがO500Cのレベルにまで達していたかというと、私の目にはそうは見えない。
多くがハードウェアのみであったり、ソフトウェアでのコントロールを導入していても、
ハードウェアとソフトウェアの融合とまでいえるところには達していなかったのではないか。

私が知らないだけで、他にもO500Cと同じレベルに達しているスピーカーシステムがある可能性はある。
でも、まだごく少ないはずだし、おそらくそれはプロ用のスピーカーシステムであろう、O500Cがそうであるように。

ここまでお読みくださって、なぜドイツのメーカーのK+Hのことを書いているのに、
タイトルは「BBCモニター考」なのか疑問に思われただろう。

あえてこのタイトルにしたのは、O500Cを生み出すに至った測定方法は元をたどれば、
BBCの研究開発にいくつくからだ。
「現代スピーカー考」に書いたこととダブるからこれ以上は書かないが、
BBCに在籍していたショーターが実現を夢見ていたスピーカーシステム像が、
K+HのO500Cによって実現された、と私はそう思っているからだ。

Date: 8月 9th, 2011
Cate: BBCモニター

BBCモニター考(余談・続×十八 K+Hのこと)

部屋に残響特性がなかったとしたら、
ようするに無響室で聴くのと同じことだから部屋とスピーカーシステムとの相性は存在しなくなる。
でも、誰ひとりとして無響室でスピーカーと向き合って音楽を聴きたいと思っている人はいない。

スピーカーシステムの累積スペクトラムは、スピーカーシステム残響特性だと書いた。
あるスピーカーシステムの累積スペクトラムで、
たとえば100Hzあたりの減衰がなかなかおさまらずに、しかもうねったような感じになっていたら、
そしてそのスピーカーシステムを設置した部屋に100Hzの強烈な定在波が発生していたら……。
部屋の悪いところ、スピーカーシステムのそういう悪いところが一致したら、どうなるかは容易に想像がつく。

ならばスピーカーシステムの累積スペクトラムが、K+HのO500Cのように見事な特性だったら、
部屋のクセがスピーカーのクセを強調するということはなくなる。
それで、その部屋固有の響きが消えてなくなるわけではないけれど、
部屋の悪さがスピーカーシステムによってことさら強調されることはなくなるはずだ。

結局、音が鳴り止んでも、つまりアンプからの入力がゼロになっても、
どんなスピーカーシステムでも、ほんのわずかとはいえ、ユニットからエンクロージュアから音が出ている。
この音が尾を引くようなスピーカーシステムは、部屋の影響を受ける、というか、
部屋の悪さと相乗効果を起しやすいため、場合によっては手がつけられなくなる。
この問題点は、グラフィックイコライザーで、
その問題となっている周波数をぐっとレベルをさげたところで解消されることはない。

グラフィックイコライザーだけでなく、パラメトリックイコライザー、トーンコントロールも含めて、
電気的に周波数特性を変化させることで解消できることはあるし、うまく作用するところもある。
けれどそうでないところも確実にある。
どんなにいじっても電気的には解消できない問題点がひどく発生することもあるし、
そういう電気的な周波数変化でいじってはいけないところがある。

Date: 7月 19th, 2011
Cate: BBCモニター

BBCモニター考(余談・続×十七 K+Hのこと)

平行面が存在していたら、定在波が発生する。
物理現象である定在波は、律義なことに、どんなに狭い面積であっても平行面があれば、そこに発生する。
このくらいのごく小さな平行面ぐらい見逃してよ、といったことは通用しない。

この定在波が、スピーカーからの音に悪影響を与える。
無響室でどれだけフラットな周波数特性を誇っていたスピーカーシステムでも、
定在波がひどく発生している部屋にもちこみ、聴取位置で周波数特性を測れば低域にピーク・ディップを生じる。
このピーク・ディップを、電気的に、つまりグラフィックイコライザーによる補整で抑え込むというのは、
ひとつの手法ではあるけれども、音響的なピーク・ディップを電気的に完全に補整することはまず無理だと思う。
とくに音響的なディップは、電気的に補整することはまず無理だと思っていい。
グラフィックイコライザーの使いこなしをきちんと身につけて、じっくりと取り組むことで、
定在波による音の癖をある程度抑え込む、というよりも、うまくごまかすことはできても、解消できるとはいえない。

グラフィックイコライザーにできること、と、できないことがある、ということ。
使いこなせれば万能というわけではない、ということ。
でも、そのことを踏まえて使いこなせれば、グラフィックイコライザーは有効な手段でもある。
グラフィックイコライザーの有効性を唱える人の中には、
グラフィックイコライザーに頼り過ぎではないか、と思われる人もいる。

グラフィックイコライザーに頼り過ぎる前に、いろいろやることはある。
そうやっていくうちに気がつくのは、ひどく癖のある部屋なのに、
スピーカーシステムによって癖の感じ方に差がある、ということだ。

部屋の癖の影響をもろに受けてしまって精彩を欠く鳴り方しかできないスピーカーシステムがある一方で、
不思議なことに、それほど癖の影響を受けていないかのように鳴ってくれるスピーカーシステムがある。

これを部屋とスピーカーシステムの相性という一言で片づけてしまっていいのだろうか。
以前は指向特性の狭いスピーカーシステムのほうが部屋の影響を受けにくい、などといわれていた。
だけど、私の経験では指向特性と部屋の影響、特に定在波の悪影響を受けやすい、受けにくいは関係ない、といえる。

関係してくるのは、スピーカーシステムの累積スペクトラムとインパルス応答だと思う。

Date: 6月 11th, 2011
Cate: BBCモニター

BBCモニター考(余談・続×十六 K+Hのこと)

累積スペクトラムを、私はスピーカーシステムの残響特性と捉えている。
いうまでもなく、そのスピーカーシステムを設置して鳴らす実際の部屋にも、
それぞれの部屋固有の、千差万別の残響特性がある。

残響特性が、スピーカーシステムにも、部屋にも存在しているために、互いに影響しあい、
部屋が変れば同じスピーカーシステムがまったく別物のように響くことだってある。

オーディオ・コンポーネントの間にも、相性はある。
それは使いこなしでどうにかある領域もあれば、やはりそれぞれの機器同士の相性は、
これからどんなにオーディオ機器が進歩していったとしても、
スピーカーの発音原理がいまのままである以上、スピーカーとアンプとのあいだには相性は残り続ける。

そういう相性とすこし性格の異るところで、部屋とスピーカーシステムの相性がある。
スピーカーシステム選びの難しさの要因のひとつが、ここにある、ともいえる。

極端な話、無響室で聴くのであれば、無響室とスピーカーシステムとの相性は存在しない。
だが、そんなところで音楽を聴くわけではない。
恵まれた環境であったとしても、部屋の広さは有限であり、有限である以上残響が生じる。

残響はその部屋の固有音であり、
累積スペクトラムで表示される音が鳴り止んだときのスピーカーシステムの固有音があり、
このふたつがどういうふうに干渉しているのか、くわしく知りたいところでもある。

置き場所を変えてみる、向きをこまかく調整していく──、そういったスピーカーシステムの調整とは、
スピーカーシステムの残響特性と部屋との残響特性との折り合えるポイントを見つけていくことでもある気がする。

相性のいい部屋とスピーカーシステムであればそれほど苦労しなくてもすむことを、
相性の悪い部屋とスピーカーシステムであれば、たいへんな苦労となっていく。

でも、どちらかがほぼ理想的な残響特性をもっている(実現できている)としたら、
この部屋とスピーカーのシステムの相性の問題は、ずっと軽減されるはずだ。

Date: 6月 11th, 2011
Cate: BBCモニター

BBCモニター考(余談・続×十五 K+Hのこと)

アナログ技術だけだった時代のオーディオよりも、
デジタル技術をとりいれることによってオーディオは、
ハードウェアとソフトウェアの融合が一歩も二歩も先に進んだ、
そしてK+HのO500Cは、その成功例のひとつだ、と私は思っている。

技術は進歩していても、2000年の時点で、O500Cがあれだけの特性を実現できたのは、
ハードウェアの進歩だけではなくて、
スピーカーのコントロール/マネージメントというソフトウェアがあってこそもののはずだ。

今日現在、O500Cの後継機種の情報はなにもない。それでも必ず出てくるはずだと思っている。
なぜかといえば、O500Cが、1976年に登場したO92からつづくFollow-up modelであるからだ。
しかもO500Cはフラッグシップモデルでもある。
そしてハードウェアとソフトウェアが、もっとも緊密に融合したスピーカーシステムでもあるからだ。
このO500Cが、このまま消えてしまうのは、なんとももったいないことであり、大きな損失ではないだろうか。

O500Cは実物を見たこともないから音も聴いたわけではない。
それでもひとついえることは、従来のスピーカーシステムよりも部屋の影響を受けにくい、
部屋との相性をそれほど問題にしなくてもすむスピーカーシステムだと予想する。

それはO500Cのインパルスレスポンスと累積スペクトラムの特性の見事な優秀さ、からである。

Date: 5月 23rd, 2011
Cate: BBCモニター

BBCモニター考(余談・続×十四 K+Hのこと)

C-AX10の資料を眺めていると、C-AX10は、1999年のデジタル信号処理によって、思いつく信号処理のなかで、
できうるかぎり、やれることはやってみようというコンセプトから生れてきたように感じる。
そのために、どうしてもハードウェアが、ソフトウェアよりも前面にきている印象につながってしまう。

汎用のデジタル・コントロールアンプという形態を考えると理解できることというものの、
そのことがC-AX10の寿命に短さと関係している気もする。

K+HのO500Cはスタジオモニターとして開発されている。
O500Cに採用されたデジタル信号処理はそのために使われている。
ソフトウェアによって使用目的を特化することによるハードウェアの積極的活用例が、O500Cだと思う。

コントロールアンプとアクティヴスピーカーシステムという、異る形態ゆえに果してしかたのないことだろうか。
C-AX10のFIR型デジタルフィルターは、いわばパイオニアのスピーカーシステム専用といえるものだ。
なのに汎用性をどこかに残してしまっている印象が拭えないところがある。
O500Cのように踏み込んでパイオニアのスピーカーシステムの特性を積極的にコントロールすることで、
O500Cと同等の特性を得ることはけっして無理なことではなかった、と思ってしまう。

ハードウェアは文明で、ソフトウェアは文化である、という喩えをきく。
デジタルの技術が進歩し浸透すればするほど、オーディオ機器というハードウェアの寿命を左右するのは、
ソフトウェアなのではないだろうか。

Date: 5月 23rd, 2011
Cate: BBCモニター

BBCモニター考(余談・続×十三 K+Hのこと)

今日の時点では、まだO500Cの後継機種はでてくるのかどうかはわからない。
O500Cがなくなり、このまま後継機種がもし出てこなかったとしたら、
O500Cに投入されたデジタル信号処理技術は、そこでストップしてしまうことにつながる。
それはもったいないことである。

IIR型とFIR型デジタルフィルターを切替えられるパイオニアのC-AX10の登場は1999年、
IIR型フィルターとFIR型フィルター組み合わせたK+HのO500Cの登場は2000年、ほぼ同じ時期に出ている。

アンプとアクティヴスピーカーシステムというジャンルの違いはあるから、
C-AX10とO500Cの比較はしがたいところがあるけれど、このふたつのオーディオ機器の違いはなんだろうか、
どこにあるのだろうか、と考えてしまう。

C-AX10はコンシューマー用、O500Cはプロフェッショナル用、としてそれぞれ開発されている。
C-AX10の寿命はそれほど長くはなかったと記憶している。
製造中止になったのが、いつなのか正確には調べていないが、
ステレオサウンド誌でもその後あまり取り上げられることはなかったはずだ。

デジタル関係の技術の進歩は速い。
去年、最速の信号処理速度を誇っていたものが、今年はもうそうではなくなっていたりする。
同じ価格のものであれば、より速度は増していき、同じものであれば価格は安くなる。

C-AX10のようにデジタル技術を積極的にとりいれたハードウェアであればあるほど、
それこそコンピューターのように毎年ヴァージョンアップが必要になってくるのかもしれない。

O500Cのその点では同じのはずだ。なのにO500Cは2000年から2011年まで現役だった。
ほぼ同時期に世に出たC-AX10とO500Cのハードウェア的内容は、それほど大きくは違っていないと思う。
C-AX10とO500Cの大きな違いは、ソフトウェアにあるように思えてくる。

Date: 5月 23rd, 2011
Cate: BBCモニター

BBCモニター考(余談・続×十二 K+Hのこと)

O500Cのスペックで、ほかの機種との違いで目につくのは、インパルスレスポンスである。
このインパルスレスポンスは、ほかの機種で表示はない。
累積スペクトラムを表示しているほかの機種、O300、KH120、OL110のインパルスレスポンスはない。

O500Cのインパルスレスポンスが優れていることは、
累積スペクトラムの優秀性からもある程度推測できるとはいうものの、実際のそのグラフをみると、
やはり、これも累積スペクトラムのグラフ同様、驚く。

インパルスレスポンスは、ステレオサウンド 47号でも掲載されている。
理想のインパルスレスポンスは、パルスが1波すっと垂直に立っているだけで、
そのパルスの前後は完全に0dBでフラットというものだが、
スピーカーの発音原理が現状のままでは絶対に無理である。

コイルがあり、磁石があり、振動板があって、
フレミングの左手の法則にしたがいコイルに加えられた電気信号の強弱による前後運動で空気の疎密波をつくりだす。

コイルには質量があり、コイルをまいてあるボイスコイルボビンにも質量はある。
それに振動板にもとうぜん質量があり、空気にもある。
静止しているものはすぐには動かない。動いているものも急には静止できない。
だからパルスがボイスコイルに加わっても、ただちに振動板が前に動くわけではないし、
パルスがなくなったからといって、すぐに振動板が元の位置で静止するわけでもない。

O500Cのインパルスレスポンスは、そういうスピーカーとしては、理想的にもっとも近いといえるくらいに、
見事な特性を実現している。

この見事な特性をもつスピーカーシステムが、2000年には実現されていたこと、に正直驚いている。
ただ残念なことに、昨日まではK+Hのサイトでは現行製品のページに表示されていたO500Cは、
今日確認のためにK+Hのサイトをみたところ、現行製品ではなくなっている。
Historical Productsのページに移動している。つまり製造中止になっている。

それでも、O400、O100がそれぞれO410、O110となって現行製品にラインナップされているから、
O510Cというモデルが近いうちに登場してくるのかもしれない。

Date: 5月 22nd, 2011
Cate: BBCモニター

BBCモニター考(余談・続×十一 K+Hのこと)

新しい測定方法が開発されたときに市場に出ているオーディオ機器を測定した場合、
ステレオサウンド 47号の測定結果の累積スペクトラムの項目のように、決して良好な結果を示すものは少ない。
累積スペクトラムに関しては、ステレオサウンド誌上に載ることはなかったと記憶しているが、
スピーカーシステムの測定方法としては確実に浸透していっていたはずだ。

ときおり海外の雑誌でみかける累積スペクトラムのグラフは47号(1978年)とくらべ、
向上しているものが出てきていた。
測定方法が確立されれば、そこにメスが入り、確実に改良されていく。
オーディオ機器が工業製品である証しともいえよう。

ここ数年は不勉強で、最新のスピーカーシステムの累積スペクトラムがどのレベルなのかを知らないが、
それでもO500Cの結果は見事なレベルにあるといえるはずだ。

同じK+Hのスピーカーシステムをみてみると、
すぐ下のモデルのO410のスペックには、累積スペクトラムのグラフは残念なことにない。
さらに小型になるO300、KH120、O110はある。
これらのモデルは、いずれもエンクロージュア内部にディバイディングネットワークとパワーアンプをもつ。
構成上O500Cとの大きく異なるのは、デジタル信号処理をもつかもたないか、である。

O300、KH120、O110の累積スペクトラムは、O500Cと較べると劣る。
特に低域において、それは顕著に現れている。
とはいうものの30年前の特性とくらべると、格段の向上である。

O500CとO300のユニットを見比べる(といってもネットで得られる情報だけだが)と、
ウーファーの口径が12インチと8インチという差はあるが、
スコーカーは3インチ、トゥイーターは1インチと同じだ。
ユニットの詳細については不明だが、スコーカーとトゥイーターは同じものが使われている、とみていいだろう。
ウーファーに関しても、口径は異るものの設計方針は、O500Cに使われているものも、
O300に使われているものも同じのはずだ。

これらのことを念頭において、もういちどO500CとO300の累積スペクトラムを見較べれば、
この差を生み出している大きな要因は、O500Cに搭載されているデジタル信号処理と言い切ってしまいたくなる。

Date: 5月 18th, 2011
Cate: BBCモニター

BBCモニター考(余談・続×十 K+Hのこと)

ステレオサウンドに載っていた累積スペクトラムの測定結果は、
いうまでもなく無響室でスピーカーシステムの正面の特性である。

累積スペクトラムは、いわばスピーカーシステムの「残響特性」だから、
エンクロージュアからの輻射、それに実際のリスニングルームに設置されたときのことなどを考慮すると、
水平方向30度、60度の位置にマイクをおいた累積スペクトラムも測定してほしいところだ。
正面の特性にくらべるとエンクロージュアからの輻射の比率が高くなるから、
累積スペクトラムのグラフは、減衰はさらに遅くなり、うねり、乱れが多くみられることだろう。

スピーカーシステムに入力される音楽信号は、つねに変化している。
その変化に忠実に対応・追従していくのがスピーカーシステムとすれば、
累積スペクトラムはもっと重視されるべき測定項目だと思う。
でも、累積スペクトラムの測定結果が、理想的なものになるには、いったいどれだけの時間がかかるのだろうか……。
こんなことを、ステレオサウンド 47号の測定結果をみながら思っていた。

そのことを、K+HのO500Cの累積スペクトラムのグラフをみていて思い出した。
O500Cの累積スペクトラムのグラフは、この30年間の技術進歩をはっきりとみせてくれる。

ステレオサウンド 47号には、インパルスレスポンスの結果も載っている。
これもO500Cと47号に登場している10機種のスピーカーシステムの間には、隔世の感がはっきりとある。

O500Cの測定結果をみていると、これがスピーカーの特性なのか、とも思う。
なにかアンプの特性でもみているような気にもなる。
もちろん最新のアンプの特性に近い、とはいわないけれど、
ソリッドステート化される以前の真空管全盛時代のアンプなみの特性に近い、とはいっていいような気がする。

Date: 5月 18th, 2011
Cate: BBCモニター

BBCモニター考(余談・続×九 K+Hのこと)

累積スペクトラムが一般に知られるようになったのは1970年代の後半だろう。
ステレオサウンドでも1978年夏号の47号で、46号で取り上げたモニタースピーカーを測定しており、
測定項目の中に、累積スペクトラムがある。
累積スペクトラムの測定結果がステレオサウンドに載ったのは、この号は最初だ。

累積スペクトラムとは、パルスを一波加えた後のスピーカーシステムから出る音の減衰していく様を、
立体的なグラフで表示したもの。
パルスが加わり振動板が動くことで音がスピーカーから放射される。
パルスはすぐになくなるが、スピーカーの振動板はすぐに動きが止るわけではない。
さらに振動板が動くことによって、さまざまな振動がフレームからエンクロージュアに伝わり、
これらからの輻射音も放射される。
さらにエンクロージュア内部にはウーファーの裏側から放射された音がある。
これも時間差をともなって放射される。

ステレオサウンド 47号の説明にもあるが、累積スペクトラムはスピーカーの残響特性ともいえる。
だから理想はパルスが加わった瞬間はフラットな音圧で、
次の瞬間からはすっとすべての帯域において音が消えてなくなっていることだが、
47号に掲載されているグラフを見ると、かなり長い残響特性を、どのスピーカーも持っている。
しかもその残響特性がきれいに減衰していくものはすくなく、うねりや乱れが生じている。

47号には、アルテック620A、キャバス・ブリガンタン、ダイヤトーンのMonitor1、
JBLの4333Aと4343、K+HのO92とOL10、スペンドールBCIII、UREI・813、ヤマハNS1000M、
計10機種の特定結果が載っている。
このなかではNS1000Mが減衰が早いほうだが、それでも低い周波数では減衰が遅いし、
時間軸ごとの周波数のカーヴにはうねりが生じている。

ひどい特性ものについては……、いわないでおく。

Date: 5月 18th, 2011
Cate: BBCモニター

BBCモニター考(余談・続×八 K+Hのこと)

スピーカーの物理特性は、オーディオ機器のなかでいちばん遅れている、というのが古くからの認識である。
アンプの周波数特性が定規で直線を引いたようにまっすぐなのに対して、
スピーカーの周波数特性はフリーハンドで描いた直線もどきにとどまる。
同じ変換系のオーディオ機器でも、振動系の質量が小さなカートリッジはスピーカーよりもいい特性だった。

スピーカーの物理特性は確実によくなっている。
それでもオーディオ機器のなかでは、やはりその進歩の歩みは遅く、
スピーカーの発音原理がなにか画期的なものに変りでもしないかぎり、
飛躍的な向上は無理だろうな、と実のところ思いこんでいた。

K+Hのサイトを探したのは、単にOL10の資料探しがおもな目的だった。
これは結局なにも得られなかった。
かわりにO500Cの存在を知った。

写真をみたときは、それほど興味はわかなかった。
英文の説明に”FIR”の文字を見つけた。
ほーっ、と思った。それですこし興味がわいてきた。
それで実測データ(Measurements)をみた。

周波数特性(Frequency Response)、高調波歪率(Harmonic Distortion at 100dB SPL)、
累積スペクトラム(Cumulative Spectral Decay)、インパルスレスポンス(Impulse Response)などがある。

周波数特性も、いまやここまでフラットにできるのか、と思う。
周波数特性のフラットさにかけては、ジェネレックの、やはりDSPを搭載したアクティヴ型の新シリーズも見事だ。
周波数特性に関しては、数ヵ月に前にジェネレックの特性を見ていたから、見事だと思っても、
O500Cの周波数特性には、驚きはなかった。

私が驚いたのは、インパルスレスポンスと累積スペクトラムだ。

Date: 5月 17th, 2011
Cate: BBCモニター

BBCモニター考(余談・続×七 K+Hのこと)

K+HのO500Cは、アナログとデジタルの入力に対応している。
デジタル信号は24ビット、48kHzに対応、アナログ信号はすぐさまA/D変換される。
O500Cの内部ではデジタルによって、当然行われている。

Acoustical Controlsは名づけられているセクションはふたつにわけられていて、
ひとつはIIR型、もうひとつはFIR型デジタルフィルターによって行われている。
そのあとにDSP Crossover(-48dB/oct.のスロープ特性)を経てパワーアンプ、スピーカーユニットとなっている。
詳細を知りたい方は、K+Hのサイトから資料がダウンロードできるので参照していただきたい。

K+Hのサイトには、Integrated digital controller with the latest FIR Filter technology という表記がある。

デジタルディバイディングネットワーク(DSP Crossover)は3ウェイではなく、4ウェイ仕様となっている。
専用のサブウーファーO900と推奨パワーアンプのKPA2220による拡張を行なえるようになっていて、
O500C単独では27Hz(-3dB)だったのが、15Hz(-3dB)と約1オクターヴ近く延びている。

O500CはW400×H750×D447mm。ヤマハのNS1000MがW375×H675×D326mmだから、
ほんの少し大きいだけだが、内容積はO500Cはデジタル回路やパワーアンプ、電源回路を搭載しているだけに、
NS1000Mとほとんど同じぐらいだろう。
ただ重量はNS1000Mは31kgだが、O500Cは65kgとかなり重い。

とはいえサイズ的にはO500Cは、国産3ウェイ・ブックシェルフ型とほぼ同じである。
ウーファーの口径も30cm、スコーカー、トゥイーターはドーム型は、構成、規模も似ている。

けれど、O500Cの特性は、3ウェイ・ブックシェルフ型というイメージからは遠いところにまで達している。

Date: 5月 17th, 2011
Cate: BBCモニター

BBCモニター考(余談・続×六 K+Hのこと)

コンシューマー用オーディオ機器で、FIR型デジタルフィルターの搭載をはっきりと謳ったのは、
パイオニアのC-AX10が最初、だと思う。

けれど最初に搭載していたオーディオ機器は、
おそらくNECの最初のCDプレーヤーだったCD803ではないだろうか。
マランツ、ソニー、オーレックス、トリオ、Lo-Dといったメーカーから少し遅れて登場してきたCD803は、
音の面で話題になった。
お世辞にもスマートとはいえない武骨な外観で、遅れて登場してきたとは思えないCD803は、
でも音を聴いてみると、遅れて登場してきただけの違いを聴かせてくれた。
CD803の音には、少なからず驚いたことを憶えている。

でも動作にはやや不安定なところもあった。
ディスクをセットして最初から再生するのはよかった、
スキップキーで次の曲を再生するのにも問題はなかったけれど、
10キーによる操作をすると、パソコンでいうフリーズみたいに、たびたび固まってしまうことがあった。
そうなるとどうにもできずに、電源スイッチを切ってもういちど入れると問題なく動作した。
そういう使い勝手の未消化な部分はあったものの、井上先生は、当時CD803を試聴に使われていた。

CD803はデジタルフィルターを搭載していることを謳っていた。
とはいえ、デジタルフィルターを搭載した最初のCDプレーヤーではない。
デジタルフィルターを最初に搭載したのは、マランツ(フィリップス)のCD63である。
このときすでに4倍オーバーサンプリングのデジタルフィルターSAA7210を搭載し、
ここでノイズシェーピングを行い、
16ビットのデジタル信号を14ビット動作のD/AコンバーターTDA1540で処理できるようにしていた。

CD63のデジタルフィルターはIIR型だったはずだ。
CD803のデジタルフィルターを、NECはND(ノン・ディレイ)フィルターと呼んでいた。
当時はどんなことをやっていたのかまったくわからなかったが、
10年くらい前に、どこかでCD803のデジタルフィルターはFIR型だった、と読んだ記憶がある。

CD803の次にFIR型のデジタルフィルターを搭載したCDプレーヤーには、
Lo-Dの初のセパレート型のDAD001がある。

Date: 5月 16th, 2011
Cate: BBCモニター

BBCモニター考(余談・続×五 K+Hのこと)

C-AX10のデジタルディバイディングネットワークにおけるIIR型とFIR型の音を比較するためには、
だからパイオニアのスピーカーシステム、たとえばExclusive 2404を用意しなければならない。
どれだけの人が、デジタルフィルターのふたつの方式の違いを比較試聴できたかというと、わずかかもしれない。
私も聴けなかった。

だからステレオサウンド 133号に載っている井上先生と朝沼さんの対談による記事を参考にするしかない。
朝沼さんはFIR型にしたときの音をこう語られている。
     *
非常に静かなんです。それから、音像定位と音場感がもっと精密になって、明確に録音の意図が分かる。未体験ゾーンを味わったという感じですね。
     *
井上先生はというと、
     *
これは今までにない音ですよ。デジタルで初めて体験できる音。だから、どう捉えたらいいか……。
録音側も、このリニアフェイズの FIRでモニターしてくれないと、録音モニターと再生モニターの相関性がなくなってしまうんです。そこまで考えないと簡単には言いきれない、何かとてつもないものを持っているんですよ。
(中略)この音を聴くと、そういう問題を提起させながら、これからオーディオは、また面白くなりそうな感じがしますね。
     *
この記事は書き原稿ではなく対談のまとめだから、断言はしにくいけれど、
私の編集経験からすると、井上先生がこれだけのことを発言されているということは、
C-AX10の可能性、つまりFIR型のデジタルディバイディングネットワークの可能性、それがもたらしてくれる、
これから先のオーディオの楽しみ、おもしろさについて感じとっておられることは伝わってくる。