瀬川冬樹氏のこと(バッハ 無伴奏チェロ組曲・その1)
ステレオサウンド 56号、
瀬川先生はロジャースのPM510のところで、書かれている。
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JBLが、どこまでも再生音の限界をきわめてゆく音とすれば、その一方に、ひとつの限定された枠の中で、美しい響きを追求してゆく、こういう音があっていい。組合せをあれこれと変えてゆくうちに、結局、EMT927、レヴィンソンLNP2L、スチューダーA68、それにPM510という形になって(ほんとうはここでルボックスA740をぜひとも比較したいところだが)、一応のまとまりをみせた。とくにチェロの音色の何という快さ。胴の豊かな響きと倍音のたっぷりした艶やかさに、久々に、バッハの「無伴奏」を、ぼんやり聴きふけってしまった。
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ここでのバッハの無伴奏チェロ組曲については、
誰の演奏なのか、それすら書かれていない。
ステレオサウンド 58号。
EMT・927Dstとトーレンスのリファレンスの比較試聴で、書かれている。
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しかし、PM510にしたときに、明らかに印象に残るのは、やはり弦楽器の音の美しさだ。ことにこのスピーカーは、チェロの音がいい。わけても、チェロ特有の豊かで温かい低音に支えられてあくまでも艶っぽく唱う倍音の色あい。「リファレンス」では、その倍音の透明感、ひろがり、漂い、消えてゆく余韻のデリカシーに、思わず聴き惚れるような雰囲気の良さがある。しかし反面、チェロという楽器がまさしく眼の前で演奏されているかのような実在感、あの大きな木の胴体が朗々と響くところから得られる中低音域のふくよかさ。あたたかさ。その部分にこそ、927Dstの素晴らしさが如才なく発揮される。
そのことから、ヴァイオリンは「リファレンス」、チェロは927……などと思わず口走りたくなるような気さえする。
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ここにもチェロが出てくる。
この記事では試聴機材について表記があるが、
試聴レコードについては一切ない。
ここでのチェロも、バッハの無伴奏なのだろうか。
そうだとも思える。
だとしたら、瀬川先生はPM510でぼんやり聴きふけってしまった、というバッハは、
いったい誰の演奏だったのかが、気になってくる。
59号は1979年に出ている。
なのである程度限られてくる。
カザルス、フルニエ、シュタルケル、ナヴァラといったところ。
瀬川先生が、これらすべてをもっておられたとして、
どの演奏を聴かれたのだろうか。
カザルスではないように思える。
シュタルケルも、PM510の音の性格からすると、少し違う気もする。
なるとフルニエかナヴァラか。
フルニエかな、と思う……、
けれどナヴァラかもしれない、という気持もかなり強い。
誰の無伴奏チェロ組曲に、ぼんやり聴きふけられたのだろうか。