598のスピーカーという存在(その17)
オーディオはメカトロニクスであり、
スピーカー、プレーヤーだけではなくアンプも振動による音の変化が生じることを的確に指摘され、
実際にどう音に影響していくのかを示してくれたのは井上先生だった。
ある試聴の時、訊ねたことがある。
このアンプの天板、ここにネジを一本追加するだけでずいぶん天板の鳴りが抑えられるはずなのに……、と。
井上先生はいわれた。
「10万円のアンプでもネジを一本増やすには稟議書がいるんだよ。」
ネジといっても、天板をとめているネジの径は大きなものではない。
値段はごくわずか。しかも小売りと違い、メーカーが大量に注文・購入するのであれば、
さらに安くなるはず。
なのに10万円のアンプでも、一本増やすために稟議書が必要になるとは。
この井上先生の話をきいたときは、私自身、若かったこともあり、
すぐには、このことがどういうことを表しているのか、すぐには理解できなかった。
国内メーカーにとって10万円のアンプは、売れ筋の商品ということになろう。
となると生産台数は少なくないわけがない。
正確な生産台数を知っているわけではないから、ここで出す数字はあくまでも例えである。
1万台、10万円のアンプを生産するのであれば、ネジを一本増やすことは総数で一万本増えることになる。
しかもネジを増やすだけですむわけではなく、
そのネジのための穴を開け、ネジが締るように加工しなければならない。
当然1万個の穴を開け加工することになる。
そしてネジを締る作業もある。
これも生産台数的に考えれば、一万箇所のネジをよけいに締ることになるわけだ。
ユーザー側は一台のコストで考える。
メーカー側は生産台数のコストで考える。
その違いに気づいて、ネジ一本に稟議書ということが理解はできた。