何を欲しているのか(その13)
井上先生は、使いこなしの達人のように受けとめられている読者の方も多いことだろう。
私がまだステレオサウンドの読者だったときは、使いこなしに関しては、瀬川先生というイメージがあった。
岡先生が、たしか「ソフトウェア(使いこなし)の達人」と呼ばれていたからだ。
読者だったころの井上先生のイメージは、正直掴みにくかった。
黒田先生の書かれたものを読むと、井上先生は「鬼の耳」の持主だということはわかる。
とにかく耳がいい、ということだ。
毎年12月に出るステレオサウンドの別冊「コンポーネントステレオの世界」でも、
他の評論家の方たちとは少し違う何かがあるのは、なんとなくは感じていたものの、
あくまでもなんとなくであり、それ以上になることは、読者のままでいたらなかった、と思う。
ステレオサウンド編集部で働くようになり、
井上先生の使いこなしの目のあたり(耳のあたり、と書くべきか)にして、
そこで井上先生がやられたことを自分なりに見様見真似で最初は試して、
少しずつ身につけていったうえで、井上先生の書かれたものを読んでいくと、多くのことが得られるようになった。
井上先生はシステマティックな使いこなしの達人である。
音を聴き、ほほ即座に的確に判断をくだし、次の段階に進み、
そこでもさっと音を聴き分け、さらに次の段階へ……ということを、階段を駆け足であがっていくように、
ほぼ無駄なく、迷うことなく、音を磨きあげられる。
その様子を、初めてみる人ならば、なぜ、そんなことで音がこれだけ変るのか理解できないまま、
気がつくと、鳴らしはじめた音との違いの大きさと、そこにかかった時間の少なさに驚き、
井上マジックだ、と思われるかもしれない。