Archive for category テーマ

Date: 4月 21st, 2019
Cate: オーディオ評論

オーディオ評論家の「役割」、そして「役目」(サービス業なのか・その3)

facebookへのコメントは三人の方からあった。
二人目のかたは、「わかりやすさ」を求める読者へのサービスもあるのではないか──、
そう書いてあった。

わかりやすさについて、以前書いているし、
読者が求める「わかりやすさ」とは、答でもある。
けれど、私がオーディオ雑誌に、というか、
オーディオ評論に求めているのは、
そして、こうやって毎日書いているのは、
最終的な問いを求めて、である。

このことは別項「毎日書くということ(答えではなく……)」で書いている。

三人目のかたは、海外オーディオ雑誌は客観性を担保するために測定データを載せている──、
そんなことが某匿名掲示板にあったと書かれていた。
測定データがすべてとは思わないけれど、面白い話だと思った、とも。

このことはかなり以前からいわれているし、
なぜ日本のオーディオ雑誌は測定をやらない(やめたのか)にもつながっていく。

測定データは客観性を担保するのか。
客観性を担保するために、海外のオーディオ雑誌は測定をやるのか。

そうともいえるし、そうではないと考えることもできる。
特にアメリカの場合は、
客観性の担保というよりも、ある種の保険的意味あいが強いようにも考えることができる。
訴えられないために、である。

Date: 4月 21st, 2019
Cate: オーディオ評論

オーディオ評論家の「役割」、そして「役目」(サービス業なのか・その2)

facebookでのコメントを読んでいて、続きを書く気になったので、
タイトルも少し変更している。

(その1)で、オーディオ評論家はサービス業なのか、と書いた。
facebookでのコメントには、誰にとってのサービス業なのか? とあった。

消費者に対してのサービス業なのか、それともオーディオメーカーや輸入元といったクライアント、
それともオーディオ雑誌の編集部に対してなのか、ともあった。

ステレオサウンド 210号の特集でも、五人のオーディオ評論家の写真が載っている。
Net Audioのvol.34の、私がサービス業なのか、と感じた人の写真とは、対照的である。

Net Audioはカラー、ステレオサウンドはモノクロという違い以上に、
ステレオサウンドの写真は、まったく楽しそうに見えないのだ。

試聴中の写真が楽しそうでなければならない──、とは思っていない。
たとえばアンプやスピーカーの総テストの場合だと、
楽しそうな顔しての試聴中の写真だと、真剣に聴いていないのでは……、と思わせてしまうだろうし、
総テストはけっこうしんどいものである。

けれど210号の特集は、総テストではない。
特集の前書きのところに
《お好みのスピーカーシステムを、制約を設けずに、思う存分鳴らしてもらうことにしたのである》
とある。

ならば、もっと楽しそう、嬉しそうな表情を見せてもいいではないか。
誰とはいわないが、どんよりした空気を漂わせている写真もある。

オーディオの楽しさが伝わってくる写真とはいえない。

Date: 4月 20th, 2019
Cate: オーディオ評論
2 msgs

オーディオ評論家の「役割」、そして「役目」(サービス業なのか・その1)

音元出版のNet Audioのvol.34を買った。
たまにはオーディオ雑誌を買って読みたくなる。

買ってからの帰り道、
音元出版のオーディオ雑誌を買うって、これが初めて? とふり返っていた。
買った記憶はない。

Net Audioのvol.34の内容についてはふれない。
書きたいのは、Net Audioのvol.34を眺めていて、
オーディオ評論家はサービス業なのか、と思ったからだ。

そう感じたのは、Net Audioのvol.34に登場されている人の写真を見て、である。

オーディオ評論家のやっていることに、
サービス業的な要素がまったくないとはいわないが、
それがあまりにもあからさまに視覚的に表れてしまうと、
いつからこんなふうになってしまったのか、とどうしても思う。

編集者が要求してのことなのかもしれないし、そうでないのかもしれない。
本人が意識してやっていることなのかそうでないのかもわからない。

けれど写真を見ていると、今日も改めて見直していたけれど、
やっぱりサービス業感が漂っている。

Date: 4月 20th, 2019
Cate: atmosphere design

atmosphere design(その6)

オーディオのデザイン、オーディオとデザイン(atmosphere design)」で、
リスニングルーム内の空気のデザインを考えていく必要がある──、
と書いたのが四年前。

四年経ったからといって、何か具体的なことを考えついたわけではないが、
空気のデザイン(atmosphere design)とは、
別項の「Noise Control/Noise Design」に深く関係してくることのはずだ。

Date: 4月 19th, 2019
Cate: High Resolution

MQAのこと、349Aプッシュプルアンプのこと

別項「Western Electric 300-B(その14)」で、
伊藤先生による349Aプッシュプルアンプの、
音楽がデクレッシェンドしていくときの美しさについてふれた。

このデクレッシェンドしていく音の美しさは、その後、一度も聴いていない。
伊藤先生の349Aアンプだけの音だったのか──、
もうそう思うしかなかった。

349Aプッシュプルアンプを聴いて三十年以上経った。
やっと出逢えた。

すべてが違うシステムであったにも関らず、
あのときの音、デクレッシェンドしていく音の美しさにはっとした。

それが2018年9月のaudio wednesdayで、初めてULTRA DACでMQA-CDを聴いた音である。
すべてのディスクがそんなふうに鳴ってくれたわけではない。
あるディスクの、あるところだけがそう鳴ってくれた。

私は、それで充分である。
鳴らせるという確信が得られたのだから。

Date: 4月 19th, 2019
Cate: High Resolution

MQAのこと、正確な音と正しい音のこと

オーディオの世界には、昔から潔癖症といえる人たちがいる。
増えているのか減っているのか、それははっきりとわからないが、
感覚的には増えている気がする。

潔癖症といえる人たちは、MQAの非可逆圧縮に関して不寛容である。
なぜそこまで? といいたくなるほどだが、
潔癖症といえる人たちは、つまるところ正確な音を求めているのだろう。

私が求めているのは正確な音ではなく、正しい音である。

正確な音と正しい音との違いとは、
正確な音と正しい音(美しい音)の違いである。

Date: 4月 19th, 2019
Cate: ディスク/ブック

ブラームス 弦楽六重奏曲第一番 第二番(その8)

目標を立てて、そこを目指していく。
しかもいつまでに実現するかという期限を決めて目標に向っていく。
実現したら、次の目標……、
それが成功の秘訣らしい。

菅野先生からも同じ話をきいたことがある。
菅野先生の友人で、アメリカ人がまさにそうだった、ときいている。

目標を立てて、しかもいつまでに実現する、ということも一緒に決めての行動なのだそうだ。
実際、その友人はとんでもなく成功している人だそうだ。

M君もT君も、目標をそれぞれ立てていた。
しかもどちらも期限つきである。

A君は、M君やT君のような具体的な目標は持っていなかった(はずだ)。
A君は、信ずる道を歩んでいっているように、私の目には映る。

20代のころ、A君と会った時に、きこうとしたことがある。
別の道を選ぼうとは考えなかったのか、と。

立ち居振る舞いの物静かなA君である。
そんなことをストレートにきいていたら、どんな表情をしたのか。
表情を変えることなく答えてくれたかもしれない。

私は「五味オーディオ教室」と出逢うまでは、
中学の理科の先生になろうと、思っていた。
中学のころは喘息の発作もほとんどなかったから、こんなことを考えるようになってもいた。
父が中学の英語の教師だったことも影響していた。

「五味オーディオ教室」と出逢ってからも、
一年くらいは、中学の先生っていいなぁ、とけっこう真剣に思っていた。
とはいっても、具体的な目標だったわけではなかった。

Date: 4月 19th, 2019
Cate: 「オーディオ」考

時代の軽量化(その12)

修羅場の経験を持たぬ者と持つ者の二人がいれば、
その二人がオーディオマニアであるならば、
鍛えられているのは、修羅場の経験を持つ者のはずだ。

オーディオは趣味である。
音楽は嗜好品である。
そこにおいて修羅場とは、なんと大仰な、大袈裟な、といわれようと、
修羅場の経験を持たぬ者と持つ者とは、常にいたはずだ。

けれど、いまでは持たぬ者ばかりになってしまってきているのかもしれない。

オーディオは確かに趣味であるのかもしれない、
音楽には嗜好品という一面も確かにある。
でも、それだけだったら、私はここまでオーディオに夢中になっていない。

元来飽きっぽい性格である。
そんな私が四十年以上つきあってきている。

死ぬまでオーディオマニアのはずだ。

オーディオで修羅場なんて──、
そんなことを書く者は時代錯誤者といわれる時代なのかもしれない。

こう書きながらも、世の中そんなには変っていないのかもしれない、というおもいももつ。
ただ数人のオーディオの修羅場の経験を持つ人が、もういないだけであって……

Date: 4月 19th, 2019
Cate: 真空管アンプ

Western Electric 300-B(その15・追補)

(その15)を読んでくれた友人のOさんからメールがあった。
伊藤先生の349Aプッシュプルアンプの記事は、1973年5月号に載っている、ということだった。

国会図書館が雑誌の電子化を始めていて、
記事そのものは公開されていないけれども、目次はインターネットで検索できるようになっている。

1973年5月号に伊藤先生以外の製作記事も載っている。
それらの記事のタイトルは、真空管の型番と、
アンプの形式のあとに「設計と製作」とついている。

伊藤先生の349Aのアンプも基本的には同じだが、
「WE-349App8Wパワー・アンプの設計と製作の心得」というように、
製作のあとに「心得」とついている。

Date: 4月 18th, 2019
Cate: オーディオマニア

平成をふり返って(その3)

スマートフォンが普及し出したのは、いまから十年も経っていないころからである。
なので平成の終りの三分の一ほどのことではあり、
スマートフォンがなかった平成のほうが長かったのは頭ではわかっていても、
平成という元号の三十年は、電話のパーソナル化の時代だったように感じる。

昭和の終りごろに登場した携帯電話は、肩から下げるタイプで、大きく重かった。
高価だったから触ったことはないが、
一度だけ駅のホームで話している人をみかけたことがある。

料金は高かったはずだ。
その人は「これから帰ります」と手短に話して通話を切っていた。
これが昭和の携帯電話だった。

昭和の時代、電話は一人一台というモノではなかった。
一家に一台というモノだった。

それがいまでは掌におさまるサイズで、
この進歩は真空管式ラジオがトランジスター式ラジオにかわり、
さらにIC化されカードサイズになっていったのをはるかに超えている。

私が通っていた小学校には、教室に真空管式のラジオがあった。
もちろん飾りではなく、いちおう動作していた。

私が通っていたころに創立百周年をむかえるくらい古くからの学校だから、
設備も、このラジオの例のように部分部分で古かった。

なにか特別な放送だったのだろう、
皆でラジオを聞こうということになったが、ほとんど使っていない古いラジオゆえに、
うまく受信できない。

誰かがラジオから出ているアース線の先端を口にくわえた。
するとそれまでノイズに音声が埋もれていたような受信状態がかなりよくなって、
音声が聞き取れるようになった。

そんなこともあった。
それがいまやスマートフォンで、そんなことをせずにノイズなく聞ける。

携帯電話とともにインターネットもパーソナル化されていった結果といえよう。
インターネットのパーソナル化で思い出すのは、
1999年の、東芝クレーマー事件と呼ばれる出来事だ。

Date: 4月 18th, 2019
Cate: 真空管アンプ

Western Electric 300-B(その15)

伊藤先生の349Aのプッシュプルアンプの製作記事は、
1973年の無線と実験に載っている。

私が持っているのは記事をコピーしたものをさらにコピーしたもので、
何月号なのかははっきりしない。

記事の冒頭に《昭和48年の御代》と書かれているから、
1973年であることは間違いない。
251ページから255ページにわたって掲載されている。

回路図には出力トランスの一次側インピーダンスは8kΩとなっているが、
実際のアンプは10kΩである。

出力トランスはラックスのCSZである。
この10kΩ(カタログには載っていないはず)という値が、
最終的にはネックとなり、片チャンネル、出力トランスが断線してしまい、
修理が非常に困難になってしまっていた。

そんなわけで伊藤先生の349Aプッシュプルアンプを聴いたのは一度きりである。
けれど、その一度きりはじっくりと聴くことができた。

アナログプレーヤーはEMTの927Dstで、
イコライザーアンプの出力をアッテネーターと通して349Aのアンプに入力。
スピーカーはJBLの2ウェイで、
ウーファーが2220、ドライバーは2440(2441ではなかったはず)でホーンは2397。

エンクロージュアはステレオサウンド 51号で、細谷信二氏担当の記事、
ジェンセン型のモノである。

この構成からわかるように、スピーカーはナロウレンジ、高能率である。
349Aプッシュプルアンプも、実はナロウレンジといえる。

製作記事の最後のページには、測定結果が載っている。
周波数特性グラフをみると、低域特性は、-3dBポイントがおおよそ70Hzである。

349Aは五極管で、出力段は三極管接続でもUL接続でもなく、
五極管接続で、出力トランスの二次側からのNFBはかけられていないのは、既に書いてる通り。

それに位相反転段と出力段とのあいだのカップリングコンデンサーの容量からいっても、
低域特性が最低域までフラットになるわけがない。

些細なことだが、回路図では0.05μFとなっているが、
使われいてるのは0.047μFである。

回路図と実際のアンプを比較していくと、コンデンサーの容量は、わずかだが違うところがある。
もっとも特性的にはほとんど差違はないといっていいくらいの違いである。

ナロウなスピーカーにナロウなアンプ。
カートリッジもまだSFLは登場していなかったから、こちらもワイドレンジとはいえない。
EMTのイコライザーアンプも、入力と出力にトランスがあるし、
トランジスター式とはいえ、古い回路構成である。

なのにまったくナロウレンジとは感じなかった。

Date: 4月 18th, 2019
Cate: 書く

毎日書くということ(仕舞っていくために)

こうやって毎日書いているわけだが、
最近になって、こうやって書くことで、
私にとって大切なことをきちんと仕舞っていこうとしているのだということに気づいた。

ここで読んでいる人のなかには、
どうでもいいこまかなことにこだわって……とか、
独断過ぎる……、とか、
そんなふうに感じている人もいようが、
案外、それが正しい受け止め方なのかもしれない。

私にとって大切なことを仕舞っていくために書いているのだから、
ほかの人にはどうでもいいことが私にとっては大切なことであったり、
ほかの人にとって大切なことが私にはさほど重要ではなかったりして、当然だろう。

それに大切なことを持っていない人もいるのかもしれない。

Date: 4月 17th, 2019
Cate: オーディオマニア

平成をふり返って(その2)

西荻窪にはつねというラーメン店がある。
良く知られている店だ。

ステレオサウンドにいたころ、西荻窪に住んでいた。
会社の帰りや行きに、
オーディオ評論家のところに資料を届けたり、原稿を受けとったりするのに便利ということもあっての、
西荻窪という選択だった。

私がいたころのステレオサウンドは10時出社18時退社だった。
忙しい時期は無理だけど、残業のない時期は、18時ぴったりに会社を出れる。

そのころのはつねは19時閉店だった(いまは17時閉店)。
寄り道することなくまっすぐ西荻窪を目指せば、19時の閉店に間に合う。
それに、いまのように行列もなかった。

はつねの閉店に間に合う時期には、週二回は行っていた。
三回の時もあったほどに気に入っていた。

西荻窪を離れてからは足が遠のいた。
それに行列店になってしまったし、閉店の時間も早まった。

ここ数年、思い出して行っている。
今日も17時になんとか間に合った。
最後から二人目の客になった。

店の雰囲気は、昔とほとんど変らない。
以前は七席あったと記憶していたが、いまは六席である。

私の分が出来上るまでの待ち時間、気づいたことがある。
満席だった客、誰もスマートフォンを触っていないことに気づいた。

食べている人はもちろんだが、待っている人誰もスマートフォンを触っていない。
私は昔と同じように店主がつくるのを眺めていた。

途中で、私のあとに入ってきた本日最後の客となった人がスマートフォンを取り出すまで、
はつねの店内は昭和のようだった。

Date: 4月 17th, 2019
Cate: audio wednesday

第100回audio wednesdayのお知らせ(メリディアン 218を聴く)

あと二週間で、令和になる。
二週間後の水曜日、audio wednesday。
ちょうど100回目である。

100回だからといって、特別なことをやるわけではない。
いつものようにやっていくだけではある。

それでも新元号の最初の日が、ちょうど100回目という偶然は、
これまで欠かさずやってきた者としては、ちょっぴり嬉しい。

しかもメリディアンの218を聴ける。
これまで三回聴いてきたメリディアンのULTRA DACは素晴らしい。
ずっと聴き続けていたい、と毎回思う。

それでもすぐに手を出せる価格ではない。
ULTRA DACを聴いた人は、
ポンと買える人を除けば、皆、もう少し手の出しやすい価格で──、と思っているはず。
私だってそう思う。

218の存在は気になっていた。
まだ聴いていない。
5月1日のaudio wednesdayで初めて聴く。

少し実験的な使いこなしをやってみようと考えている。

場所はいつものとおり四谷三丁目のジャズ喫茶・喫茶茶会記のスペースをお借りして行いますので、
1000円、喫茶茶会記にお支払いいただくことになります。ワンドリンク付きです。
19時からです。

Date: 4月 17th, 2019
Cate: ディスク/ブック

ブラームス 弦楽六重奏曲第一番 第二番(その7)

M君は東大に、
T君は航空自衛隊に、
それぞれ明確な目標を持っていた。

この二人とは違うけれど、忘れられない友人にA君がいる。
彼は東京から、小学五年のときに転校してきた。

20代まで私はガリガリだった。
A君もまた痩せていた。
二人とも、青瓢箪といわれてもいた。

それだからなのか、不思議と仲がよかった。
A君とは中学一年まで、約三年間同じクラスだった。

A君が東京から、熊本の片田舎に引っ越してきた理由は、
布教活動だった。

A君の一家はみなエホバの証人の信者だった。
だからといって、私にエホバの証人のことをすすめたりはしなかった。

けれど中学に入ると、体育の授業で柔道の時間がある。
A君は、エホバの証人の教えに反するという理由で、柔道のときには見学していた。

A君は、いろんなことに真面目だった。
勉強もよくできた。

けれどA君は高校進学をしなかった。
仕事に就き、布教活動に専念していた。

中学二年からは別々のクラスだったし、
そういうわけでA君は高校にいかなかったけれど、つき合いは続いた。
私が上京してからも、手紙のやりとりを何度かしていた。

当時はインターネットもスマートフォンもなかったし、
電話代も、東京と熊本とでは高かった。

A君はわりと早くに結婚した。
エホバの証人の女性と、である。

A君ならば、いい高校に行けたはずだし、大学もかなりのところに合格したと思う。
エホバの証人の信者でなければ、
信者であっても、不真面目な信者であったならば、
就職先にしても条件のいいところに入れただろうし、
ずっと裕福な生活を送っていただろうに……、と思ったことがある。

そんなことは彼に言ったことはないし、
もう会わなくなってけっこう経つ(単に私が帰省していないだけなのだが)。

以前は成人してからも、帰省したときに会っていた。

T君もM君も、自らの夢(目標)に向っていた。
A君は、そうではない(と私の目には映っていた)。

親が決めた、もしくはエホバの証人が決めた道を歩んでいる。
でもA君の口から、愚痴めいたことはいままで聞いたことがないし、
A君は幸せそうである。