ブラームス 弦楽六重奏曲第一番 第二番(その7)
M君は東大に、
T君は航空自衛隊に、
それぞれ明確な目標を持っていた。
この二人とは違うけれど、忘れられない友人にA君がいる。
彼は東京から、小学五年のときに転校してきた。
20代まで私はガリガリだった。
A君もまた痩せていた。
二人とも、青瓢箪といわれてもいた。
それだからなのか、不思議と仲がよかった。
A君とは中学一年まで、約三年間同じクラスだった。
A君が東京から、熊本の片田舎に引っ越してきた理由は、
布教活動だった。
A君の一家はみなエホバの証人の信者だった。
だからといって、私にエホバの証人のことをすすめたりはしなかった。
けれど中学に入ると、体育の授業で柔道の時間がある。
A君は、エホバの証人の教えに反するという理由で、柔道のときには見学していた。
A君は、いろんなことに真面目だった。
勉強もよくできた。
けれどA君は高校進学をしなかった。
仕事に就き、布教活動に専念していた。
中学二年からは別々のクラスだったし、
そういうわけでA君は高校にいかなかったけれど、つき合いは続いた。
私が上京してからも、手紙のやりとりを何度かしていた。
当時はインターネットもスマートフォンもなかったし、
電話代も、東京と熊本とでは高かった。
A君はわりと早くに結婚した。
エホバの証人の女性と、である。
A君ならば、いい高校に行けたはずだし、大学もかなりのところに合格したと思う。
エホバの証人の信者でなければ、
信者であっても、不真面目な信者であったならば、
就職先にしても条件のいいところに入れただろうし、
ずっと裕福な生活を送っていただろうに……、と思ったことがある。
そんなことは彼に言ったことはないし、
もう会わなくなってけっこう経つ(単に私が帰省していないだけなのだが)。
以前は成人してからも、帰省したときに会っていた。
T君もM君も、自らの夢(目標)に向っていた。
A君は、そうではない(と私の目には映っていた)。
親が決めた、もしくはエホバの証人が決めた道を歩んでいる。
でもA君の口から、愚痴めいたことはいままで聞いたことがないし、
A君は幸せそうである。