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Date: 5月 20th, 2009
Cate: 930st, EMT, LNP2, Mark Levinson, 瀬川冬樹
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930stとLNP2(その1)

中野区白鷺のマンションに住まわれていたとき、
瀬川先生は、EMTの930StとマークレビンソンのLNP2を使われていた。
説明は不要だろうが、どちらにもフォノイコライザーアンプがある。
瀬川先生は、どちらのフォノイコライザーアンプを使われていたのか。

ステレオサウンド 43号では、
「ずいぶん誤解されているらしいので愛用者のひとりとしてぜひとも弁護したいが、
だいたいTSD15というのは、EMTのスタジオプレーヤー930または928stのパーツの一部、みたいな存在で、
本当は、プレーヤー内蔵のヘッドアンプを通したライン送りの音になったものを評価すべきものなのだ。」、
「TSDでさえ、勝手なアダプターを作って適当なアームやトランスと組み合わせて
かえって誤解をまき散らしているというのに、SMEと互換性を持たせたXSDなど作るものだから、
心ない人の非難をいっそう浴びる結果になってしまった。EMTに惚れ込んだ一人として、
こうした見当外れの誤解はとても残念だ。」と、
TSD15、XSD15のコメントに、それぞれ書かれている。

55号でのプレーヤーの試聴記でも、内蔵イコライザーアンプの155stを通さない使い方を、
「異例の使い方」「特殊な試聴」とも書かれている。

これらの記事を読むと、おそらく930stの内蔵イコライザーアンプを使われているんだろうと思える。
その一方で、LNP2のイコライザーアンプを使わないというのも、なんとももったいない、と思う。

それに155stの設計は古い。1970年代においてすら、最新のアンプとはいえない。
LNP2のほうが新しい。そう考えると、どっちだったのかと迷う。

Date: 5月 19th, 2009
Cate: Wilhelm Backhaus, 五味康祐
3 msgs

ケンプだったのかバックハウスだったのか(補足・3)

五味先生がはじめて自分のモノとされたタンノイは、「わがタンノイの歴史(西方の音・所収)」にある。
     *
S氏邸のタンノイを聴かせてもらう度に、タンノイがほしいなあと次第に欲がわいた。当時わたくしたちは家賃千七百円の都営住宅に住んでいたが、週刊の連載がはじまって間もなく、帰国する米人がタンノイを持っており、クリプッシ・ホーンのキャビネットに納めたまま七万円で譲るという話をきいた。天にも昇る心地がした。わたくしたちは夫婦で、くだんの外人宅を訪ね、オート三輪にタンノイを積み込んで、妻は助手席に、わたくしは荷台に突っ立ってキャビネットを揺れぬよう抑えて、目黒から大泉の家まで、寒風の身を刺す冬の東京の夕景の街を帰ったときの、感動とゾクゾクする歓喜を、忘れ得ようか。
 今にして知る、わたくしの泥沼はここにはじまったのである。
     *
このタンノイで最初にかけられたのが、イーヴ・ナットの弾くベートーヴェンの作品111である。
シャルランの録音だ。

結局、このタンノイのクリプッシュ・ホーンは、
当時売られていた「和製の『タンノイ指定の箱』とずさんさにおいて異ならない」ことがわかる。

あといちどナットによる作品111は出てくる。「日本のベートーヴェン」においてである。

Date: 5月 19th, 2009
Cate: 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと

瀬川冬樹氏のこと(その57)

トーレンスの101 Limited (930st)、スチューダーのA727を使ってきた経験、
ドイツ・グラモフォン、フィリップス、デッカ等のレコードを、輸入盤と国内盤との聴き較べ、
国内のコンサートホールで聴いてきた、とくにオーケストラの響き、
そんな私の経験から思うに、ヨーロッパのコンサートホールにおけるクラシックの演奏の音のバランスは、
日本でピラミッドバランスといわれているよりも、ずっと厚みのある低音が、豊かでやわらかく、
聴き手をくるみこむのではないだろうか。

瀬川先生は、そのことに気づいておられたのだろう。
アメリカ、ヨーロッパに行かれているから、おそらく、何度かは向こうのホールで聴かれているはず。

930stやSAE Mark 2500のように、豊かに低音が鳴り響くべきと、
少なくともクラシックに関しては、そうだと思われていたのだろう。

だから930stやMark 2500が低音の量感豊かというよりも、
他の機種の大半を、量感不足と受けとめられていたかもしれない。

Date: 5月 19th, 2009
Cate: Wilhelm Backhaus, 五味康祐

ケンプだったのかバックハウスだったのか(補足・2)

イーヴ・ナットの、EMIから出ているベートーヴェンのピアノ・ソナタを録音したのは、
アンドレ・シャルランのはずだ。

ワンポイント録音で知られるシャルラン・レコードの、シャルラン氏だ。
彼はシャルラン・レコードをつくる前に、
EMIで、あとリリー・クラウスの、モノーラル録音のピアノ・ソナタも行なっていたはず。

ナットのベートーヴェンもおそらくワンポイントかそれに近い録音だろう。

「天の聲」所収の「ステレオ感」に五味先生は、シャルランについて書かれている。
     ※
録音を、音をとるとは奇しくも言ったものだと思うが、確かにステレオ感を出すために多元マイク・セッティングで、あらゆる楽器音を如実に収録する方法は、どれほどそれがステレオ効果をもたらすにせよ、本質的に、”神の声”を聴く方向からは逸脱すること、レコード音楽の本当の鑑賞の仕方ではないことを、たとえばシャルラン・レコードが教えていはしないだろうか。周知の通り、シャルラン氏はワンポイント・マイクセッティングで録音するが、マイクを多く使えば音が活々ととれるぐらいは、今なら子供だって知っている。だがシャルラン氏は頑固にワンポイントを固守する。何かそこに、真に音楽への敬虔な叡知がひそんでいはしないか。
     ※
「神の声を聴く方向から逸脱」しない、
「真に音楽への敬虔な叡知がひそんでいる」であろうシャルラン氏のワンポイント録音によって、
ナットのベートーヴェンの作品111は録られている。

五味先生が、ナットの作品111をどう聴かれていたのか。
「西方の音」のページをくる。

Date: 5月 19th, 2009
Cate: Wilhelm Backhaus, 五味康祐

ケンプだったのかバックハウスだったのか(補足・1)

ケンプの演奏によるベートーヴェンのピアノソナタ第32番が、
五味先生が病室にて最期に聴かれたレコードなのは、すでに書いているが、
タンノイ・オートグラフで愛聴されていたのは、バックハウスの演奏である。

それもスタジオ録音のモノーラル盤、ステレオ盤ではなく、
1954年、アメリカへの入国禁止が解かれ、3月30日、カーネギーホールでのライヴ盤を愛聴されていた。

バックハウスは、このあと来日している。
五味先生は聴きに行かれている。日比谷公会堂での演奏だ。

前年、「喪神」で芥川賞を受賞されていたものの、新潮社の社外校正の仕事を続けられていたときで、
2階席しかとれず、「難聴でない人にこの無念の涙はわからないだろう」と、
「ウィルヘルム・バックハウス 最後の演奏会」の解説に書かれている。

日本でも、バックハウスは、作品111を演奏している。

カーネギーホールでの演奏と、五味先生が聴かれたコンサートがいつなのかはわからないが、
そのあいだは約1ヵ月ほどだろう。
1954年のカーネギーホールのライヴ盤を愛聴されていたのは、単なる偶然なのか。

このレコードについて、「ステレオのすべて No.3」(朝日新聞社)に書かれている。
     ※
作品111のピアノ・ソナタ第32番ハ短調もそんな後期の傑作の1つである。バックハウスのカーネギー・ホールにおける演奏盤(米ロンドLL-1108/9)を今に私は秘蔵し愛聴している。作品111はベートーヴェンの全ピアノ曲中の白眉と私は信じ、入手し得るかぎりのレコードを聴いてきた。印象に残る盤だけを挙げても、ラタイナー、イヴ・ナット、ケンプ、ミケランジェリー、グレン・グールド、シュナーベル、モノーラル及びステレオ盤でのバックハウスと数多くあるが、愛聴するのはカーネギー・ホールに於ける演奏である。
(中略)
ベートーヴェンの〝あえた〟としか表現しようのない諦観、まさに幽玄ともいうべきその心境に綴られる極美の曲趣は、ミケランジェリーの第2楽章が辛うじて私の好む優婉さを聴かせてくれるくらいで、他は、同じバックハウスでも(とりわけモノーラルの演奏は)カーネギーでさり気なく弾いた味わいに及ばない。
     ※
私はCDで愛聴している。

五味先生が書かれていることは、私なりにではあるが、わかる(気がする)。

とはいえ、いま私が聴くのは、作品111よりも、作品110のほうだ。
第30番、31番とつづけて聴くことが多い。作品111の前でとめる。
だからケンプだったり、グールド、内田光子の演奏を聴くことのほうが多くなる。

Date: 5月 19th, 2009
Cate: 真空管アンプ, 長島達夫

真空管アンプの存在(その50)

そういえば、こんなこともあった。
ステレオサウンドで働くようになって、まだそんなに経っていない頃、
ある国産メーカーから、パワーアンプが登場した。
そのメーカー独自の回路を採用しながらも、実験機的な印象は完全に払拭した、
大人の雰囲気を感じさせるアンプで、
編集部のNさんとふたりで、「いい音だなぁ」と盛り上がって聴いていた。

なめらかで純度も高く、パワーを上げていっても、不安定さを感じさせない。
聴いていると、ついついボリュームを上げていることに気がついた。

それにいい音なのに、なぜだか、音楽を聴いた満足感が希薄なことにも気がついた。

翌日も、ひとり試聴室にこもり聴いていた。
それでわかった。
ピアニシモに力が感じられない。だから無意識にボリュームをあげていた。

しばらく経ち、長島先生の試聴があった。
長島先生と会うのは、これが2回目だったと記憶している。
このとき、このアンプが話題になった。
「どう思う?」ときかれた。

Date: 5月 18th, 2009
Cate: 真空管アンプ

真空管アンプの存在(その49)

長島先生が、接点のクリーニング、スピーカーユニットを留めているネジの増し締めについて、
うるさいほど言われるのは、微小な音の明瞭度をすこしでもよくするためである。

長島先生は、試聴レコードに、よくラヴェルを使われた。
モニク・アース(Monique Hass)のレコードは、長島先生に教えてもらい、その魅力を知ることができた。

モニク・アースのレコードは、五味先生の「オーディオ巡礼」の中にも出てくる。
「続オーディオ巡礼(三)」で、ステレオサウンドの原田社長(当時)のリスニングルームを訪問されたとき、
そのとき原田氏がかけられたレコードの1枚が、モニク・アースのラヴェルのパヴァーヌである。

おそらく長島先生が、原田氏に教えられたのだと思う。

「音の色彩がきちんと再現されないと、ラヴェルはつまんなくなるからね」──、
これも、よく言われていた。

長島先生は、よく出来た真空管アンプは「色数が多い」とも言われていたし、
トランジスターアンプは「まだまだ色数が少ない」のが不満だとも、この言葉も何回聞いたことだろう。

Date: 5月 18th, 2009
Cate: 真空管アンプ, 長島達夫

真空管アンプの存在(その48)

最新のコントロールアンプは、フォノイコライザーアンプを搭載していないことも有利に働いて、
マランツ#7よりも、残留ノイズの値は、2桁ほど低いだろう。
最新のアンプのなかでも、残留ノイズの差はあり、1桁くらい異なるときいたことがある。

残留ノイズの測定値が同じアンプが2台あったとしよう。
どちらもノイズフロアー領域でも、微小信号が失われないとしても、
聴こえ方は、聴感上のSN比は差があるように感じられることもある。

微小信号とノイズの聴こえ方の違いが生じているからだ。

消え入るような音にノイズがまとわりついて聴こえるアンプもあれば、
分離して聴こえるアンプもある。
ノイズの分布の仕方も違う。どこかの周波数帯域に集中しているのか、
それともサーッと拡げて薄めたような感じなのか。

長島先生は、前のめりになって聴かれる。
ピアノの余韻が消え入るようなところでは、どこまでも音が続く限り、
音の気配がわずかでも感じられるかぎり、その音にピントを合わせるため、
息をひそめ聴かれている、そんな印象をいつも受けていた。

Date: 5月 18th, 2009
Cate: 真空管アンプ

真空管アンプの存在(その47)

以前書いたように、長島先生は1932年生まれ。菅野先生、山中先生も同年生れ。
岡俊雄先生は1916年、岩崎先生は1928年、井上先生は1931年、瀬川先生は1935年、黒田先生は1938年である。

みなさん、SP時代からレコードで音楽を聴かれている。
SPがモノーラルLPに、そしてステレオLPになり、CD、さらにSACD、DVD-AUDIOと、
それぞれのパッケージメディアを、すべて同時代で経験されてきている。

パッケージメディアの変化は、ノイズの低減の歴史でも有る。
いまでこそSN比といっているが、昔のラジオやSPには、ノイズの方が多くて、
NS比と言いたくなるものもあったと聞いている。
「そんななかで音楽を聴いてきたんだ、ぼくらは」ということを、長島先生からきいたことがあるし、
他の先生から聞いたこともある。

ノイズの中の音楽、弱音に耳をすまして聴き逃すまいと集中してきた経験が、
いまの耳をつくっているとも言われた。

Date: 5月 17th, 2009
Cate: 組合せ

妄想組合せの楽しみ(その12)

オーディオにおける「組合せ」とは、スピーカーにアンプやCDプレーヤー、アナログプレーヤー、
さらにこまかくケーブルを含めたアクセサリーを選択していくことだけにとどまらないと、私は捉えている。

オーディオは、すべて「組合せ」だと考えている。
スピーカーシステムは、スピーカーユニット、クロスオーバーネットワーク、エンクロージュアから、
おもに構成されている。
こまかくあげていけば、吸音材、内部配線材、入力端子なども含まれ、
つまり、これらの集合体(組合せ)がスピーカーシステムである。

さらに構成部品ひとつをこまかく見ていけば、スピーカーユニットは、主な構成部品としては、
振動板、磁気回路、フレームであり、
これらもこまかく見れば、エッジ、ダンパー、ポールピース、ボイスコイル(およびボビン)などがある。

振動板に紙を選択したコーン型ユニットであれば、
どういうエッジを採用し、ダンパーの材質、形状はどうするか、
ボイスコイルはアルミを使うのか銅にするのか、エッジワイズ巻にするのかどうか、
ボビンの素材、厚み、強度は……、など、こまかいパラメーターの組合せであり、
どこかひとつを変えれば、特性も変化し、音も変わっていく。

構成要素の、比較的少ないスピーカーユニットでも、組合せの数は膨大となる。
そのなかから目的に添う組合せを選択するのが、設計ともいえる。

アンプとなると、とくにソリッドステートアンプをディスクリート構成で組むとなると、
その組合せは無数ともいえる。

ありきたりなものを安易に選択して組み合わせていくのか、
それとも細部に至るまで綿密に検討し、
ときに新しい回路(新しい組合せともいえるだろう)を生み出すのか。

回路が決定したとしても、実際にどうレイアウトするのかも,組合せといえるだろう。

こんなふうに書いて行くときりがないので、このへんでやめておくが、
およそ「組合せ」といえないものは、オーディオには存在しないのではないだろうか。

Date: 5月 17th, 2009
Cate: 組合せ

妄想組合せの楽しみ(その11)

マグネシウム振動板のコーン型フルレンジ・ユニットは登場していたが、
なかなかコンプレッションドライバーは登場しなかった。
やっと今年、JBLから、これこそ満を持して、と言いたくなるほど、Series Vから20年以上待って、
4インチ・ダイアフラムのマグネシウム振動板を採用したS9900が登場した。

ここから、妄想は始まる。
マグネシウム振動板を、タンノイが採用してくれたら……、そんなことを想っている。

現行のデュアルコンセントリックのトゥイーター部の振動板は、アルミ・マグネシウム合金とある。
ならばマグネシウム合金振動板の採用もあるのではないだろうか。もう一歩、突き進んでくれればいいのだ。
そのとき、もう一度、オートグラフを復刻してくれたら、と妄想はさらにふくらむばかり。

オートグラフまで、とは言わないものの、エンクロージュアにはフロントショートホーンを採用してほしい。
これまで聴いてきたタンノイのスピーカーから出てきた音色にぐらっと心が大きく揺らいだのは、
いずれもフロントショートホーンつきのモノばかりだった。
オートグラフ、ウェストミンスター、
それにステレオサウンドの特別企画で製作されたコーネッタ・エンクロージュア。

タンノイのデュアルコンセントリックは、ご存じのように、ウーファーのコーン紙が、
トゥイーターのホーンの延長をかねている。
アルテックの同軸型ユニット、604シリーズが一貫してストレートコーンなのに対し、
デュアルコンセントリックは1947年のオリジナルモデルからカーブドコーンである。

そのデュアルコンセントリック・ユニットの前面にフロントショートホーンを設けるということは、
さらにホーンを延長することでもあり、トゥイーターのダイアフラムには、
より大きなアコースティックな負荷がかかっているのではないだろうか。

このくらいの負荷が、実は必要なのではないかと思うほど、
フロントショートホーンつきのタンノイの音色は、まことに美しい。

1986年に、創立60周年を記念して発売されたR.H.R. Limitedのエンクロージュアが
バックロードホーンだったのには、この先もタンノイは、ウェストミンスター以外に、
フロントショートホーンを採用することはないんだろうな、と、
勝手に描いていた夢が打ち砕かれたような気がした。

それでもマグネシウム・ダイアフラムのデュアルコンセントリックに、
フロントショートホーンつきエンクロージュアの、
タンノイ純正のスピーカーシステムが登場してくれることを、あきらめきれずにいる。

Date: 5月 17th, 2009
Cate: 組合せ

妄想組合せの楽しみ(その10)

いまも売られているから、かなりのロングセラーなのが、オーディオテクニカのヘッドシェル、MG10。
型番が示すようにマグネシウム合金を使い、自重が10g。以前は自重の異るモノも用意されていたと記憶している。
写真をみるかぎり、当時のままのつくりのままで、価格も税込みで3780円(私が買ったころは2500円だったか)。
すこし懐かしさも感じるが、音は、というと、その後に買ったオーディオクラフトのAS4PLのほうが、
ずっと好ましかったし、カタチも気にいってたし、指かけの具合が良かった。
そんなことがあったので、実はMG10には、特に悪い印象もないけれど、いい印象も残っていない。

それでもマグネシウムに対する期待だけはずっと持っていて、
やっぱりマグネシウムはスゴイ、と思う日は、SMEのSeries Vの登場まで待つしかなかった。

なにもSeries Vの素晴らしさは、マグネシウムだけでないことは重々承知した上で、
それでも、あの音は、マグネシウムでなければ出ない、と思い込めるほどに、
マグネシウムへの期待は、いまでも大きい。

だから、ずっとコンプレッションドライバーのダイアフラムに、いつ採用されるのか、どこが採用するのかが、
Series Vを聴いてからの期待でもあった。

Date: 5月 17th, 2009
Cate: 組合せ

妄想組合せの楽しみ(その9)

たしか朝日新聞だったと記憶しているが、時期もちょうど1977年ごろだった。
文化面に、オーディオ雑誌の試聴のありかたを問題にした記事が載ったことがある。

カートリッジの試聴記事で、誌面では、その出版社の試聴室において、ふたりの筆者が聴いたことになっていたが、
実際は、スケジュールがうまく調整できず、ひとりは試聴室で、もうひとりは自宅での試聴となったらしい。
そのことを問題として取りあげていた(すこし記憶違いがあるかも)。

自宅で聴いた人が、テスト機種のうち半分は試聴室で聴いて、のこりを自宅でという、
試聴条件がバラバラというのであれば、たしかに問題といえるだろうが、
ひとりが自宅、ひとりが試聴室というのは、新聞紙上で取りあげるほどの問題なのだろうかと思った。

それだけ、当時はオーディオに注目が集まっていたからだろうし、
朝日新聞の文化面の記者のなかに、オーディオマニアの方がいたのかもしれない。

素材の話に戻ろう。
各素材の物性値をながめていると、マグネシウムが、かなり理想に近いように思えてくる。
けれど理科の実験でやったように、マグネシウムは燃えやすいし、加工も難しい。
オーディオにおいて、まず採用されたのはヘッドシェルではなかろうか。

Date: 5月 17th, 2009
Cate: 組合せ

妄想組合せの楽しみ(その8)

1970年代後半のオーディオ雑誌には、よく素材の比較表が掲載されていた。
鉄、アルミ、チタン、マグネシウム、紙などの、それぞれの剛性、内部音速、内部損失といった項目があり、
スピーカーの振動板に求められる条件──、
軽くて内部音速が速く、剛性も高いという難しいバランスを満たしているものは、
そうそうないことがわかった。

それにしても、スピーカーの振動板に求められる条件は、そのまま自転車のフレームにもあてはまる。
鉄全盛時代から、カーボン、アルミ、チタンが登場し、
数年前にマグネシウム、いまはステンレスのフレームもある。

自転車といえば、朝日新聞社が1976年暮、77年夏、77年暮に「世界のステレオ」という、
縦横30cmという、ほぼレコードジャケットサイズのムックを出していたことがある。
77年の No.2と78年のNo.3に、
傅さんが「オーディオ・マニアのための自宅録音のすすめ」という記事を書かれている。

この中で傅さんが着ているのは、ganチームのチームジャージ。
かつてグレッグ・レモンが属していたチームのジャージ。

ステレオサウンドの「レコード演奏家訪問」に傅さんが登場されたとき、
壁に、赤いフレームのロードバイクがかかっていたことに、
自転車好きの方ならば、すぐに気づかれたはず。

あの写真ではわからなかったが、フレームはコルナゴで、パーツはカンパニョーロということだ。
セレッションの輸入元だった成川商会は、1980年代ぐらいまで、コルナゴの輸入元でもあった。

話がずれてきたまま書くと、意外に思われるかもしれないが、
瀬川先生も、実は録音の経験をお持ちだった、ということを1ヵ月ほど前に、友人のKさんに聞いた。
詳細は話されなかったそうだが、それでも「録音は難しい……」と呟かれた、とのこと。

Date: 5月 17th, 2009
Cate: ジャーナリズム
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オーディオにおけるジャーナリズム(その15)

JBLの4341は1974年の登場だから、すでに35年前のスピーカーである。
しかも2年後の76年に4343が登場したため、JBLの、この価格帯のスピーカーとしては異例の短命でもあった。

その4341を、いま鳴らすとしたらどんな組合せがいいか、そんなことを金曜日に早瀬さんと話していた。
すでに製造中止のスピーカーを鳴らすわけだから、アンプも現行製品だけが候補ではない。
4341と同時代の、1975年前後のアンプ、
SAE、GAS、マークレビンソン、スレッショルド、AGI、DBシステムズなどが候補として、すぐにあがってくる。

現行製品だけの組合せを考えるよりも、製造中止になった製品まで対象にすると、
その人なりが、よりはっきりと浮かび上ってくるようにも感じられる。

私だったら、パワーアンプは現行製品にする。
程度のいい、当時のアンプが手に入り、メインテナンスも信頼できるところできちんとやってもらったとしても、
スピーカーを鳴らすことに関しては、現行のすぐれたパワーアンプにしたい。
早瀬さんお気に入りのヘーゲル、クレルもいいたろうし、CHORD、パスもおもしろいだろう。

パワーアンプが決まったら、ペアとなるコントロールアンプを素直に選ぶかというと、
あえてマークレビンソンのLNP2Lをもってきたい(これについては、別項で書くつもり)。

4341とLNP2L、スピーカーとコントロールアンプが同時代の組合せとなる。

そんなことを話しながら思っていたのは、こんなことを話していて楽しいのは、
しかも話が弾んでいくのは、早瀬さんとのあいだに相互理解があるからだということ。
あるレベル以上の相互理解がなかったら、こんな話は、まずしない。

相互理解は、読者と編集者のあいだにもあるもの、求められているもの。
なにも読者とのあいだにあるだけではない。
筆者と編集者のあいだにも、筆者と読者とのあいだにも、
そして広告主と編集者、筆者とのあいだにも、より高い相互理解が求められるし、
ないとしたら、それぞれの関係は成り立たなくなるし、発展も、また、なくなるのではないか。