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Date: 9月 10th, 2018
Cate: MERIDIAN, ULTRA DAC

メリディアン ULTRA DACを聴いた(その11)

「アドロ・サバの女王」の一曲目は「アドロ」。
「サバの女王」はLPならばA面の最後、CDならば7トラック目である。

まず「アドロ」を聴いた。
「アドロ」もよく知られている曲だ。
私より若い人にはそうでないかもしれないが、私よりも上の世代には懐しい曲のはずだ。
通常のCDと比較するまでもなく、かなり違うのがわかる。
それでも比較試聴はやっている。

特にグラシェラ・スサーナの歌が違うだけでなく、
その肉体を感じられるような錯覚すらある。

歌手や演奏者の肉体が感じられるかどうか。
「五味オーディオ教室」からオーディオの世界に足を踏み入れた私にとって、
重要なことであり、それは「五味オーディオ教室」にあった
《いま、空気が無形のピアノを、ヴァイオリンを、フルートを鳴らす。 これこそは真にレコード音楽というものであろう》
この一節こそ、私のオーディオの始まりでもある。

五味先生も書かれているように、
録音の過程、再生の過程に、肉体の入りこむ隙間はない。
けれど聴き手は、歌い手の肉体を、ピアニストの肉体を、そこで鳴っている音に感じることがある。

メリディアンのULTRA DACは、いままで喫茶茶会記で聴いた、どのCDプレーヤー、D/Aコンバーターよりも、
肉体の復活を感じられた。
望む形で、とまではいわないが、それでも肉体の復活が感じられた。

もうこれ以上を肉体の復活を求めるのならば、細かく丹念に鳴らし込んでいくしかないだろう。
肉体の復活の気配を感じとれる音とそうでない音とがある。

私が聴きたいと望むのは、感じとれる音である。
それが錯覚であるとわかっていても、である。

「アドロ」を聴いた、次に「雪が降る」、「サバの女王」を聴いて、
最後の曲「希望」、それからひとつ戻って「爪」を聴いた。

聴いていて、こんなにあっさりと求めていた音が鳴ってくるのか、と思っていた。
というより、この音を無意識に求めていたことに気づかされた。

Date: 9月 10th, 2018
Cate: ディスク/ブック

JUSTICE LEAGUE(その1)

サウンドトラックはあまり買わない、というか、ほとんど買わない。
これまでに買ったサウンドトラック盤は十枚に満たない。

映画はよく観ていると思うし、
いまよりもずっと観ていた時期もあった。

それでもサウンドトラックを買うことは、ほぼなかった。
その頃渋谷にはサウンドトラック専門のレコード店があった。
何度か行った。
それでも買うことは稀だった。

自分でも不思議に思う。
なぜ、買わないのか、と。

JUSTICE LEAGUE(ジャスティス・リーグ)は、2017年11月に公開された映画であり、
今回久しぶりに買ったサウンドトラックである。

映画「ジャスティス・リーグ」は、
前作「バットマンVSスーパーマン ジャスティスの誕生」の数ヵ月後を描いている。

スーパーマンに少年たちがスマートフォンでインタヴューするシーンから始まる。
この直後に流れたのが、“EVERYBODY KNOWS”だった。
歌っているのはレナード・コーエンではなく、女性だった。
SIGRIDというノルウェー出身の歌手だ、ということを映画が終ってから知る。

エンディングでかかるのは、“COME TOGETHER”である。
こちらもビートルズではなく、歌っているのは、Gary Clark Jr. and Junkie XLである。

どちらも、いい。
もう一度聴きたい、と思った。
だから、ひさしぶりにJUSTICE LEAGUEのサウンドトラック盤を買ってしまった。

Date: 9月 10th, 2018
Cate: MERIDIAN, ULTRA DAC

メリディアン ULTRA DACを聴いた(その10)

「アドロ・サバの女王」は、百万枚をこえたグラシェラ・スサーナのアルバム。
グラシェラ・スサーナの名前を知らない人でも、
私よりも上の世代の人ならば、どこかで耳にされているかと思う。

熊本のオーディオ店に定期的に来られていた瀬川先生も、
一度「アドロ・サバの女王」のLPを持ってこられた。

「サバの女王」の試聴のポイントについても話された。
グラシェラ・スサーナの歌が、どれだけ情感豊かに鳴ってくれるか、
左チャンネルで、チッチッとリズムをきざむ音がどれだけ明瞭に聴きとれるか、
かといって耳障りに聴こえてはダメだ、とか。そんなことを話された。

そういうふうに、既に聴いていただけに嬉しかったこと思い出す。

私にとってグラシェラ・スサーナの歌は、LPで聴いてきた音でもある。
これまで、さまざなCDプレーヤー、D/Aコンバーターで、グラシェラ・スサーナの歌を聴いている。
いいなぁ、と思うこともあったが、
アナログディスクで聴いていた質感を思い出させてくれるモノ(音)は、なかった。

私は、アナログディスクの音こそが最高だとは思っていない。
アナログディスクには特有の欠点があるし、
CDも同じである。
それぞれに良さもあれば悪さもある。

私がメリディアンのULTRA DACについて、ここまで書いているのは、
初めて、デジタルで聴くグラシェラ・スサーナの歌の質感が、
LPで熱心に聴いていたころの質感を思い出させてくれた。

まったく同じとはいわない。
けれど同質である、と感じていた。

何がそう感じさせるのかは、いまのところははっきりと掴めていないが、
とにかくグラシェラ・スサーナの歌声がよみがえった、といえる。

CDで聴いても、MQAディスクで聴いても、
ULTRA DACが再生する声は、実に見事だ。
歌が好きな人ならば、愛聴盤をもってULTRA DACを聴いてほしい、と思うほどだ。

Date: 9月 9th, 2018
Cate: MERIDIAN, ULTRA DAC

メリディアン ULTRA DACを聴いた(その9)

ULTRA DACと組み合わせるトランスポートについて書き始めると、
それだけでけっこうな文量になるし、なかなか先に進めなくなるので、このへんにしておく。

書きたいのは、CDトランスポートでかかるということは、
MQAディスクそのものは、CDと同じ規格だということである。

今回のaudio wednesdayでは、
ハイレス・ミュージックの鈴木秀一郎さんが持ってきてくださったMQAディスクには、
すでに市販されているディスクだけでなく、9月19日発売のディスクもあった。
グラシェラ・スサーナの「アドロ・サバの女王」も、そうである。

鈴木秀一郎さんがユニバーサルミュージックの担当の方に、
こういうことだから、と話をしてくださって、今回発売前のMQAディスクを聴くことができた。
感謝しかない。

しかもグラシェラ・スサーナだけでなく、同時発売の他のMQAディスク、
小椋佳、テレサ・テン、高中正義のディスクもあった。

これらのディスクは、プレスされたものではなく、CD-Rに焼かれたものだった。
このことも私には、ちょっとした驚きだった。

これに、DSDマスターを352.8kHz、24ビットのPCM信号に変換してのMQAディスクである。
それだけの情報量が、DVDやSACDではなく、CDそのものに収まっている。

9月19日に市販される邦楽30タイトルは、UHQCDでのプレスであるから、
今回聴いた音とはまったく同じとはいえないが、
それでもMQA方式のもつ良さは、感じとれた。

それにすでに市販されているMQAディスクは、当然ながらUHQCDだし、
それらのディスクのなかには、サンプラーも含まれていた。

このサンプラー(クラシックジャズポップス)も市販されている。
もちろん邦楽のサンプラーも発売される。

通常のCDとMQAディスクの二枚組にもかかわらず、価格は1,080円(税込)である。
こういうサンプラーを、この価格で発売したくなる気持は、MQA再生をいちど聴けば理解できる。
一人でも多くの人に聴いてもらいたい、という気持の表れのはすだ。

Date: 9月 9th, 2018
Cate: MERIDIAN, ULTRA DAC

メリディアン ULTRA DACを聴いた(その8)

グラシェラ・スサーナのベスト盤は、他の曲も聴きたかったが、
時間は限られているし、MQAでの音も早く聴いてみたい気持は高まってくる。

ここでMQAディスクを聴くことにするわけだが、
だからといってなにかシステムの一部を変更する必要があったわけではない。
そのままMQAディスクを、メリディアンのCDプレーヤー508にセットし、PLAYボタンを押すだけである。

トランスポートに関しては、従来のモノでいい。
つまりSPDIF出力を持っていればいい。

SACDのように対応トランスポートが必要になるわけではない。
必要なのはMQA対応のD/Aコンバーターであり、今回はそれがULTRA DACである。

このことは文字情報で知ってはいた。
それでもほんとうにそれだけでいいのか、とも思っていた。
MQAディスクとMQA対応D/Aコンバーターがあれば、MQAの再生はできる──、
というのは、実際に体験してみるまでは、なかなか信じにくいかもしれない。

頭でわかっていても半信半疑のまま、508のトレイに、
グラシェラ・スサーナの「アドロ・サバの女王」のMQAディスクをセットする。
再生すれば、ULTRA DACのディスプレイに、MQAと表示される。

確かに、拍子抜けするほどあっけなくMQAディスクの再生である。
MQAのメリットのひとつは、トランスポートの選択肢が増える、というか、
圧倒的に多い、ということが挙げられる。
SPDIF出力をもっているCDプレーヤー、CDトランスポートであればいい。

だからこそ508という、1990年代のCDプレーヤーであっても、すんなりMQAディスクがかかる。
508をトランスポートした音に、特に不満があったわけでない。
それでもオーディオマニアは欲深いところがある。
私もそうだ。

508で、これだけの音が鳴るのならば、
例えはスチューダーのA730だったら、どんな音がしてくるのか、と思ったし、
メトロノームのKalistaならば(高価すぎるトランスポートだけど)、
いったいどういう音が鳴ってくるのか、想像をこえた音がしてくるのかもしれない。

私がULTRA DACと、最も組み合わせたいトランスポートは、
47研究所の4704/04 “PiTracer”である。

Date: 9月 9th, 2018
Cate: 複雑な幼稚性

「複雑な幼稚性」が生む「物分りのいい人」(その59)

ステレオサウンド 208号では柳沢功力氏の「オーディオファイル訪問記」が始まっている。
柳沢功力氏には、すでに「ぼくのオーディオ回想」という連載がある。
そこに今号からもう一本連載が加わるわけだ。

一人の筆者が二本の連載は、あまりなかった、と記憶している。
しかもどちらもカラーページである。異例といえる。

和田博巳氏。
「続・ニアフィールドリスニングの快楽」と、
音楽欄の「SS NEW MUSIC GUIDE & ESSAY for audiophiles」とで、
二本の連載といえば確かにそうなのだが、
「SS NEW MUSIC GUIDE & ESSAY for audiophiles」はご存知のように五人の筆者による連載でもある。

ステレオサウンドの読み手は、ステレオサウンドが面白ければそれでいい──、
そのことはわかっているけれど、どうしても勘ぐりたくなる、というか、
勘ぐらせようと編集部がしているのか、(その58で書いたことを含めて)何も隠そうしていないのか、
何かの伏線のように感じてしまう。

もしかすると次号(209号)の「オーディオファイル訪問記」に登場するのは、
avcat氏なのではないか、と思ってしまう。
avcat氏はYGアコースティクスのスピーカーを鳴らされているはずだ。

だからこそ一回目の「オーディオファイル訪問記」には、
柳沢功力氏にとって対照的なスピーカーの鳴らし手の訪問だったのか。
そんな見方もできなくはない。

そうだとしたら、209号は期待できる。
209号は冬号だから、毎年恒例の企画で、私にとっては一年四冊のなかで、
もっともつまらなく感じる号だけれども、avcat氏が「オーディオファイル訪問記」に登場するのであれば、
全体のページ数からすればわずかであっても、ぴりっとさせる存在になる可能性もある。

209号の「オーディオファイル訪問記」、どんな人が登場するのか。

Date: 9月 8th, 2018
Cate: MERIDIAN, ULTRA DAC

メリディアン ULTRA DACを聴いた(その7)

中学生のころは、あれだけ鮮明に、その歌が示すところの情景が、
グラシェラ・スサーナの日本語の歌を聴けば浮んできていたのに、
いつしかぼやけてきていた。

あのころはラジカセの貧弱な音であり、
ステレオサウンドで働くようになってから鳴らすようになった音とは比較しようのない音でも、
情景は鮮明だった。

あのころから四十年ちょっと経っている。
浮ばなくなったのも老化なのか、と思いはじめてもいた。

十代のころと、五十代では同じに聴けるはずがない──、
といってしまえば、少しは楽になるのかもしれないが、
そんなふうには思いたくないという気持も残っている。

あのころはカセットテープにLPだった。
アナログ録音されたものを、アナログのパッケージメディアで聴いていた。
いまはデジタル(CD)である。

その違いもあるのか。
実際に聴いて確かめればいいのに、やってこなかった。
LPで聴いて、情景が何も浮んでこなかったら……、
そういう怖れがなかった、とはいえないからだ。

音を聴きすぎているのかもしれない、とも思う。
音を聴く術を、ステレオサウンドにいたころに学び鍛えられた。
それはいいことでもあるが、そうでないことでもある。

メリディアンのULTRA DACでグラシェラ・スサーナの日本語の歌を聴いた。
アップサンプリングのフィルターを変えることによる音の変化が、
ふたつの「情景」を浮ばせたことは(その6)に書いたとおり。

浮ぶ、そうおもえて安堵した。

Date: 9月 8th, 2018
Cate: 「ネットワーク」

ネットワークの試み(その15)

毎月第一水曜日に四谷三丁目のジャズ喫茶・喫茶茶会記で行っているaudio wednesdayでは、
ネットワークは、私が作った直列型6dBスロープである。
この日以外は、コイズミ無線製の12dBスロープ(並列型)で鳴っている。

ここ数回、この自作ネットワークで鳴らしてきて、いい感じだと思っている。
それでも、9月のaudio wednesdayは、まったく不安がないわけでもなかった。

メリディアンのULTRA DACを持ってきたら、どうなるのか。
たぶん、自作ネットワークがいいとは思っていても、
音ばかりは実際に聴いてみないことにはわからないところがある。

ULTRA DACを組み込んだシステムは、一点豪華主義となる。
ULTRA DACの価格と、喫茶茶会記のシステムのトータル価格は、前者の方が高い。

いわゆる情報量において、ULTRA DACは優れている。
メリディアンはDSP内蔵のアクティヴ型スピーカーシステムの開発にも積極的である。

そこにホーン型、直列型ネットワークといった組合せのスピーカーである。
予測できないことが起きても不思議ではない。

こればかりは、最初の音が鳴ってくるまで、内心ドキドキしている。
結果は別項「メリディアン ULTRA DACを聴いた」で書いている。
(その13)で書いているように、一部を銀線にしていることもよかったのかもしれない。
少なくとも、入力機器を最新のモノとしても、直列型ネットワークの良さは活きている。

むしろULTRA DACの前に、直列型にしておいてよかった、とさえ思いはじめている。

Date: 9月 8th, 2018
Cate: 複雑な幼稚性

「複雑な幼稚性」が生む「物分りのいい人」(その58)

ステレオサウンド 208号は、まだ読んでいない。
書店で手にとって、サッと眺めただけだ。

表紙は、オーディオリサーチの新製品、Reference 160Mである。
208号から始まった「オーディオファイル訪問記」に登場する酒井敏行氏のスピーカー、
特集記事のあとだったか、アナログディスクのテストレコードの広告がある。
読んだ人のなかには、記事だと勘違いしている人もいるようだが、
ノンブルの位置にPRとあるから、広告である。

これらに共通していることに気づいている人は、どれだけいるだろうか。
すべて同じ輸入元である(あえてどこかは書かない)。

Date: 9月 8th, 2018
Cate: MERIDIAN, ULTRA DAC

メリディアン ULTRA DACを聴いた(その6)

グラシェラ・スサーナは、中学二年のころから聴いている。
グラシェラ・スサーナの日本語の歌を聴いてきたのは、
そのころの私にとって、情景が浮んでくる、唯一人の歌い手だったからである。

日本語の歌なら、日本人の歌い手ではないか、という意見がある。
グラシェラ・スサーナの日本語は完璧といえないところがあるのはわかっている。

うまい日本人の歌い手がいるのはわかっている。
それでも、中学二年のころまで、その歌を聴いて情景が浮ぶということはまったくなかった。
グラシェラ・スサーナの日本語の歌を聴いて、初めて、その歌で歌われている情景が浮んだ。

だから夢中になって聴いてきた。
なにも立派なシステムで聴いていたわけではない。
ラジカセで聴いていた。

メリディアンのULTRA DACでのグラシェラ・スサーナの情景は、
ふたつの意味をもつ。

shortでの音は、まさに録音している、その場の情景が浮ぶ。
ULTRA DACのフィルターをmedium、longにすると、
録音の場に居合わせたかのような雰囲気は薄れるが、
今度は、中学のころに浮んだ情景があらわれる。

他の人がどうなのかはわからない。
少なくとも私には、ULTRA DACのフィルターの違いは、
グラシェラ・スサーナの歌においては、そう聴こえた。

medium、longにすると、グラシェラ・スサーナが歌っている歌が表現している情景が浮ぶ。
これも私がグラシェラ・スサーナの歌に求めている、大事なところであるし、
大切にしているところである。

その意味で、私にとってULTRA DACは、「情景」を表現してくれるD/Aコンバーターである。

Date: 9月 8th, 2018
Cate: MERIDIAN, ULTRA DAC

メリディアン ULTRA DACを聴いた(その5)

グラシェラ・スサーナの「仕方ないわ」の前に聴いた松田聖子の「ボン・ボヤージュ」でも、
松田聖子の歌を録るためのマイクロフォンのクォリティが、
それまで喫茶茶会記で聴いてきたCDプレーヤー(ラックス、パイオニア、マッキントッシュ)よりも、
一段上であるように感じていた。

もっといえばクォリティの高いコンデンサー型マイクロフォンのようにも思えた。
実際のところ、どのマイクロフォンなのかは知らないが、
少なくともそれまでの再生では、そんなふうに感じたことは一度もなかった。

このときもULTRA DACのフィルターはshortである。
グラシェラ・スサーナの「仕方ないわ」の音は、
録音の現場に居合わせたかのような鳴り方だった。

モニタースピーカーというモノがあるが、
メリディアンのULTRA DACはモニターD/Aコンバーターといえる性能を持っている、ともいえる。

けれど、一般的なモニタースピーカーに対する印象で鳴ってくるわけではない。
即物的な鳴り方、アラ探し的な鳴り方ではない。

「仕方ないわ」で、フィルターをmediumにしてみる。
この音も魅力的ではあったが、私にはshortの印象のほうが強かっただけに、
mediumの音を聴きながらも、shortの音の印象を思い出してもいた。

longでも、さらに音は変る。

short、medium、long、
三つのフィルターのどれがいいか、といえば、
グラシェラ・スサーナの「仕方ないわ」に関するかぎり、私はshortだと言い切る。

けれど一緒に聴いていた人は、mediumの音も捨て難い、とのこと。
それもわかる。

ここでのフィルターによる音の違いは、絶対的ではない。
かけるディスクが変れば、評価は違ってくる。

shortがもっともよかったのは、グラシェラ・スサーナの「仕方ないわ」においてである。
ただし、それも別の聴き方、別の面を求めれば、また変ってくる。

Date: 9月 8th, 2018
Cate: MERIDIAN, ULTRA DAC

メリディアン ULTRA DACを聴いた(その4)

グラシェラ・スサーナのベスト盤は、CDである。
一般的なCDだから、44.1kHz、16ビットである。

メリディアンのULTRA DACは、自動的にアップサンプリングしてD/A変換を行う。
アップサンプリング機能をOFFにはできない。

アップサンプリング時に、フィルターがshort、medium、longのどれか選択できる。
「仕方ないわ」を聴いたときはshortだった。
次にmediumにし、longをした。

これの機能については、輸入元のハイレス・ミュージックのサイトを参照してほしい。
ここでは細かなことは述べない。
書きたいのは、その音の変化について、である。

「仕方ないわ」でのshortの音は、圧倒的に感じた。
ここまで再生できるのか、と思いながら聴いていた。

これまでグラシェラ・スサーナのCDは、今回のベスト盤を含めて、ほぼすべてを聴いている。
多くがアナログ録音であり、CD化にあたり、どれだけ丁寧な仕事がなされているのか、といえば、
あまりそんな感じを受けたことはなかった。

唯一、ここまでやれるのか、と感じたのは、「アドロ・サバの女王」の限定盤だった。
それまで売られていた「アドロ・サバの女王」と比較するまでもなく、
丁寧な仕事をしてくれたな、と感じる出来だった。

グラシェラ・スサーナのCDが、ひどい出来とはいわない。
ようするに一般的な、平均的な出来としか受け止めてなかった。

「アドロ・サバの女王」の限定盤のクォリティでCDを出してくれれば……、と思っていた。
でも、ULTRA DACでの「仕方ないわ」は、くり返すが、ここまで再生できるのか、と感じていた。

Date: 9月 8th, 2018
Cate: 複雑な幼稚性

「複雑な幼稚性」が生む「物分りのいい人」(その57)

書店に、ステレオサウンド 208号が置かれている。
買おうかな、と思ったけれど、買わなかった。

avcat氏に謝罪したことについては、何も載っていなかった。
そうだろうな、と思っていたから、意外でもない。

208号は9月4日発売だった。
買わなくなってしまった雑誌の発売日は、なんとなくでしかなく、
その日も、帰りの電車の中でfacebookを眺めていて、今日、発売日なんだ、と気づいた。

駅を出たら、途中にある書店に寄って……、と思っていたら、
乗っていた電車は台風の影響による強風のせいで、
通常なら30分程度の乗車ですむのに、二時間ほどかかってしまい、
書店も早じまいしていた。

今回の台風の怖ろしさは、直撃しなかった東京にいても感じた。
熊本に住んでいたから、夏は台風の季節でもあった。
それでも、ここまでの台風は、記憶にない。

約二時間の電車の中でも、帰宅してからも台風のニュースを読んでいた。
その凄まじさで思い出すことがあった。

ステレオサウンド 178号の発売日は2011年3月11日だったことだ。
染谷一氏が編集長になって最初のステレオサウンドが、178号である。
今号も、末尾の数字は8である。

偶然なのだろう。
それでも怖い偶然である。

Date: 9月 7th, 2018
Cate: MERIDIAN, ULTRA DAC

メリディアン ULTRA DACを聴いた(その3)

何から書き始めるか、といえば、やはりグラシェラ・スサーナのことから始めたい。
全体の構成的には別のことから書き始めた方がいいかな、と思いながらも、
MQAで聴いたグラシェラ・スサーナのこと、メリディアンのULTRA DACで聴いたグラシェラ・スサーナのことだ。

9月5日の音出しは、いつものラインナップからである。
マッキントッシュのMCD350を数枚のディスクをかけて、まずは音の確認。
それからメリディアンの206にする。

MCD350でかけたディスクの一枚だけを206で聴く。
そのディスクのまま、508で聴く。

508にはアンバランス出力とバランス出力があり、
両方の音を聴いて、バランス接続のまま、ULTRA DACを、このラインナップに加える。

508をCDトランスポートとして使う。
508のD/Aコンバーターを、ULTRA DACに変更した、ともいえる。
ULTRA DACもバランス出力をもつので、マッキントッシュMA7900とはバランス接続。

508とULTRA DACは準備の段階から電源をいれてディスク再生にしてのウォームアップをしていた。

カルロス・クライバーの「トリスタンとイゾルデ」を、
MCD350、206、508、508+ULTRA DACで聴いた。
エソテリックから発売になったSACDだから、
MCD350での再生はSACDで、メリディアンではCDレイヤーの再生である。

その次に、常連のKさんのリクエストで松田聖子のCDをかけ、
グラシェラ・スサーナのCDをかけた。
ベスト盤の「仕方ないわ」を聴く。
いつも鳴らしている曲である。

松田聖子(これもいつも聴いている「ボン・ボヤージュ」)を鳴らしたときよりも、
少し鳴り方が変ったように感じた。

時間的には十分なウォームアップのはずだし、実際にディスクを再生していたのだから、
理屈としては、ウォームアップ完了のはずなのだが、
それでも実際にアンプが接続されての状態と無負荷では、違うのだろうか。

それともULTRA DACを加えたことによる変化にスピーカーが対応してきたことによる変化なのか、
そのへんははっきりしないが、
とにかくグラシェラ・スサーナの「仕方ないわ」はよかった。

よかった、だけだと素っ気なさすぎのように受け止められるかもしれないが、
「よかった」という以外、ぴったりの言葉はない。

Date: 9月 6th, 2018
Cate: MERIDIAN, ULTRA DAC

メリディアン ULTRA DACを聴いた(その2)

メリディアンのULTRA DACで聴いたグラシェラ・スサーナの素晴らしかったこと。
これも忘れず書いておく。

ULTRA DAC、MQAに否定的な人がいるのは知っている。
技術的な面からMQAを否定している人いるようだが、
どんなに技術的なことを詳しく述べてMQAを否定しようとも、
結局、技術的なことというのは、
ほんとうのところのごく一部しか語っていないことを、
ULTRA DACの音を聴けば、思い知ることになるだろうこと。

このことは(その1)に書いたハイレゾ(ハイスペック)にも関係してくる。

ULTRA DACには、どのトランスポートがいいのか、ということ。
MQAについての解説を読んで知ってはいても、
現実に目の当りにすると、こんなに簡単に! と驚く。

ということは、あのトランスポートも、別のあれもこれも……、と、
ぜひULTRA DACと組み合わせてみたいモデルのこと。

ULTRA DACを、瀬川先生、山中先生が聴かれたら……、
こんなことも想像してしまうほどの音だった。

ここまでは備忘録である。
おそらく書き始めると、書きたいことがさらに出てくるだろうが、
これらのことは必ず書く(予定)。