「菅野録音の神髄」(その10)
(その9)での引用の続きを書き写しおく。
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保柳 実をいうと、菅野氏録音をですね、最近ちょっとやってみたのですけれど自分の音じゃないと思うんです。
菅野 そうでしょう。だからそこを聞きたい。
保柳 オーケストラを、LPで13枚作らされたわけです。オーケストラは変る、ホールは変る。ところが、シリーズとして出すんだから、一つの統一された音色がなければならない。私のやり方だと普通はそうじゃないわけです。そのホールとオーケストラのムードを出さなければならないわけです。たとえば、その使ったホールが、聴いた人にイメージアップするようなホールを使っていこうとするわけです。この13枚が一つのシリーズとなって出てくるんですね。再生される音は同じじゃなきゃ困るわけです。そのため、全部オンマイクになっているわけです。気分的に落ち着かないですよ。名古屋、東京、埼玉でとったのですが、それを同じ音にしていく。自分でいつも使っている反対の手法でいくわけです。非常に落ち着かなかった。しようがないので、実をいうと、最後の整音段階で、自分のイメージの中にある、一番きれいなホールをイメージアップする。好きな席に坐って聴いたその音を頭の中に入れておいて、全部その音に統一していくというやり方をするわけです。
菅野 私には、そのホールの響きを計るなど、そんな考えは頭からないんです。今思い出したのですが、私は盛んに青山タワーホールを使う。あれまでは、誰も使いませんでした。使うことを決めたときも、ずいぶんと反対意見が出ました。マイクロフォンのためには、あのホールを利用できるのです。ホールの響きをとったわけじゃない。つまり利用して、ある程度、自分の意図通りに成功したわけです。それから、あのホールがやたらと使われはじめた。そして、中には、実に変な録音があるんです。つまり、あのホールの音をとろうとして、アプローチしたのは全部失敗しているのですよ。
保柳 そうでしょうね。あのホールは、決していい音のホールではない。そこなんだな。あるホールでは、リサイタルを仕方がなくとったことはあるが、決して録音のために使おうという気はしないですね。
菅野 だから、あのホールでとったものは、中には非常に成功したものもありますが、失敗したものも多いですね。もし私と同じようなアプローチでいけば、あのホールも使えますよ。
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40年前に読んだときも、上に引用した箇所は強く印象に残っている。
40年前はまだ高一だった。
音楽の録音をやったことはなかった。
録音の基礎的な知識を、文字だけで知っていたころであっても、
この箇所は大事なところだな、と思っていた。
菅野先生の《ホールの響きをとったわけじゃない》と、
ピアノ録音におけるマイクロフォンの向きとが、
同じことを語っているように感じられる。