「菅野録音の神髄」(その18)
(その10)で引用した
青山ホールの《響きをとったわけじゃない》という菅野先生の発言。
ホールの響きをとらないのに、スタジオではなくホールなのか。
ステレオサウンド 49号で、そのことについて語られている。
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菅野 ただね、エコーがなくても、空間感というのは、必要なんですよ。よくジャズだから、エコーいらないのだから、そんな広いホールでやる必要ないという人がいますが、実はそうではないのてす。やはり、ホールの持っている容積は、そこで出る音を決定的に左右するわけなんです。必ずしもエコーだけのためでなく、ある空間の中でのびのびした音というようなことから使うわけです。
保柳 のびのびというのかな。
菅野 要するに、音の抜けがよくなる。そんな意味からも使う。デッドであっても、容積の大きなホールは、音が抜けるということもあるし、逆に小さなところであれば、抜けが悪く飽和して、モヤモヤになってしまう。まあ、音楽の性格を考えたとき、必ずしもエコーを必要としなくても、ある容積を持ったホールを使うことになります。
保柳 よくいうんですけれど、アコースティック楽器というのは、ある空間を初めから、計算に入れて作られていますね。
菅野 そうそう、だから大きすぎるのも困る。
保柳 ヴァイオリン一つにしても、スタジオでとると、これはという音がなかなかとれない。確かにある水準はとれる、いいスタジオであれば。しかし、どこか違う。抜けというか、ほんとうのヴァイオリンの音になってこない。その同じヴァイオリンがホールへ持っていくと不思議とヴァイオリンの音になってくるんですね。
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ここでのエコーは、その前の発言で、
保柳健氏がいわゆるエコーをつけることを語られているため、
電気的なエコーと録音空間の残響とが一緒くたになっているようだ。
空間の大きさと空気の硬さとの関係は、何も録音の現場だけでの話ではなく、
再生の場、つまり家庭での空間についても、ひとしく同じことがあてはまる。
昔から、小さな空間は空気が硬い、といわれていた。