Date: 12月 29th, 2022
Cate: German Physiks

ジャーマン・フィジックス Troubadour 40のこと(その11)

無指向性のスピーカーは部屋の影響を大きく受ける、とか、
設置場所が難しい、とか、そんなことが昔からいわれている。

ほんとうにそうだろうか。
ここでの無指向性スピーカーとは、
ジャーマン・フィジックスのDDD型ドライバーのような無指向性スピーカーではなく、
複数のスピーカーユニットを多方向に取りつけて放射する多指向性のことであり、
多指向性スピーカーの場合、確かに部屋の影響は受けやすい、といえる。

だからといって、真に無指向性、それも直接放射型の無指向性スピーカーを、
そんなふうに最初から捉えてしまうのは、思い込みでしかない。

ジャーマン・フィジックスのDDD型ユニットは、実際どうなのか。
これまで聴いてきた経験から断言できるのは、
むしろ一般的なスピーカーシステムよりも、部屋の影響は受け難い。

このことを意外! と受け止めるか、
反対にベンディングウェーヴの動作方式を理解すれば、むしろその通り! となるか。

私は2002年のインターナショナルオーディオショウで、
Unicornの音を聴いた時から、そうではないのか、と感じていた。

タイムロードのブースでは、後の壁から十分な距離をとってのセッティングだったから、
そのことを確かめることはできなかったが、
2008年、菅野先生のリスニングルームでTroubadour 40を聴いたときに、
このことは確信へと変った。

そして、知人宅でTroubadour 40のセッティングをあれこれやって、
その確信は深まっていった。

Date: 12月 28th, 2022
Cate: German Physiks

ジャーマン・フィジックス Troubadour 40のこと(その10)

多指向性だけでなく、無指向性のスピーカーは古くからある。
ただし昔からある無指向性のスピーカーは、
コーン型ユニットを上向きにして取りつけ、円錐状のディフューザーがコーン紙前面にある。

こうすることで一つのスピーカーユニットで、無指向性にしているわけで、
ビクターのGB1などに代表されるスピーカーユニットを複数個使う多指向性とは違う。

この手の無指向性スピーカーでは、
スピーカーユニットの中心と円錐状ディフューザーの中心は一致させる。
いわゆる同軸上に並ぶように配置されるが、
以前見たフランスのスピーカーメーカーは、
あえてスピーカーユニットとディフューザーの中心軸をずらして配置するというのがあった。

四十年ほど前のことだから記憶が曖昧だが、こうすることで、
この種の無指向性スピーカーの欠点を抑えられる、らしい。
それで特許を取得した、ともあった。

一般的なピストニックモーションのスピーカーユニットを使っての無指向性は、
ディフューザーがあってこそだったし、その意味では間接放射型の無指向性といえる。

直接放射型の無指向性スピーカーは、DDD型の原型であるウォルシュドライバーが最初のはずだ。
とはいえ、私が初めて聴くことができたオーム・アコースティックスのモデルは、
ウォルシュドライバーを保護するカバーが取りつけられていた。

この円筒状の保護カバーの内側には、部分的に吸音材が貼られていた、と記憶している。
指向特性をある程度コントロールしようとしていた。
いま思うと、あの保護カバーを外したオーム・アコースティックスの音は、
どんなだったのだろうか、である。

つまり、私が聴いた範囲では、直接放射型の無指向性スピーカーは、
ジャーマン・フィジックスのモデルが最初ということだ。

聴きたいと思っているものの、
MBLのスピーカーシステムを聴く機会は私にはなかった。

直接放射型の無指向性スピーカーについて語る上で、
MBLは外せない存在であるし、それ以上の興味ももっている。

Date: 12月 27th, 2022
Cate: 1年の終りに……

2022年をふりかえって(その15)

今年は、オーディオ機器がやって来た一年ともいえる。

春にヤフオク!でGASのTHAEDRAを手に入れた。
今年は、ここから始まったといえる。

いくつかはここでも書いたが、書いていないモノもいくつかある。
ひさしぶりに真空管アンプもやって来た。
三十数年ぶりか。

そして終のスピーカーもやって来た。
終のスピーカーといっしょにやって来たモノがいくつかある。

CDトランスポート、コントロールアンプ、パワーアンプ、
それにグラフィックイコライザーとデヴァイダーである。

すべてを使う予定はないので、コントロールアンプとグラフィックイコライザーは、
友人のところに、残りは私のところに、となった。

ここに書いていない、けっこう大型のモノもある。
これは友人に預ってもらっている。
置く場所もないし、使う予定もない。

とにかく、いろんなオーディオ機器がやって来た。
こんなに多くのオーディオ機器がやって来た年は、初めてである。

そんなふうにして今年は終ってゆくし、
これらをきちんとセッティングすることから来年は始まる。

Date: 12月 26th, 2022
Cate: 1年の終りに……

2022年をふりかえって(その14)

別項で「岩崎千明と瀬川冬樹がいない時代」を書いている。
そう、いまは、これからはずっと「岩崎千明と瀬川冬樹がいない時代」が続いている。

その「岩崎千明と瀬川冬樹がいない時代」に、
私はジャーマン・フィジックスのTroubadour 40で音楽を聴いていく。

そのことを意識した2022年12月だ。

Date: 12月 26th, 2022
Cate: ディスク/ブック

Sibelius: Complete Symphonies, Paavo Järvi | Orchestre de Paris

シベリウスの熱心な聴き手とはいえない。
聴いていないわけではないけれど、
ある一時期、集中してシベリウスばかり聴いていた、ということが私にはない。

そんな私が昨晩は、シベリウスの交響曲を三曲続けて聴いていた。
パーヴォ・ヤルヴィ/パリ管弦楽団によるシベリウスの交響曲全集である。

2018年にSACDで発売になっている。
2012年録音の第一番からはじまって、2016年録音の第四番で終っているから、
最新録音というわけでもない。

シベリウスの熱心な聴き手とはいえない私は、いまごろ聴いて驚いていた。
これもTIDALにあったからだ。
96kHz、24ビットのMQA Studioで聴ける。

音の生々しさとあいまって、シベリウスの交響曲を聴いて昂奮していた。
リンク先には、《パーヴォ・ヤルヴィ渾身の》とある。
そのとおりだと感じていた。

Date: 12月 25th, 2022
Cate: 1年の終りに……

2022年をふりかえって(その13)

オーディオ評論家の領域を超えたところでの仕事、
オーディオ評論家の領域を逸脱してしまった行為。

前者をめざしていたはずなのに、気づいたら後者であった──。
それが朝沼予史宏氏が、Components of the yearの選考委員ではなくなった理由だ。

具体的ないくつかのことは、
菅野先生からではなく、他のオーディオ業界の人らから聞いている。

オーディオ業界にいない私の耳に、そのことは伝わってきたくらいなのだから、
業界の人たちは、もっと具体的なことをもっと多く知っていたであろう。
どんなことなのかもいくつか知っている。
けれど、その具体的なことは書かない。

菅野先生が、あの日「朝沼くんは、やりすぎたんだよ」といわれた。
朝沼予史宏さんを慮ってのことばである。

菅野先生が朝沼予史宏氏を追い出したと思い込んでいる人たちは、
そうは思えないだろうが、慮って、である。

菅野先生はComponents of the yearの選考委員長として、
朝沼予史宏氏を選考委員から外されたのは、
苦渋の決断である。

菅野先生は、こう続けられた。
「朝沼くんならば、きっとやり直せる、はい上がってくるはずだ」と。

そのころの朝沼予史宏氏の行為は、オーディオ評論家の領域を逸脱してしまった行為だ。
オーディオ評論家の領域を超えたところでの仕事ではなかった。

逸脱した行為を続けていては、朝沼予史宏という一人のオーディオ評論家をつぶしてしまうことになる、
朝沼予史宏という才能を殺してしまうことになる。

そんなことになる前に──、なんとかするために──。
菅野先生は選考委員から朝沼予史宏氏を外された。
そのことによる影響の大きさは、菅野先生がいちばんわかっておられたはずだ。

そのことによってしんどい時期があっても、
朝沼予史宏氏ならば、はい上がってくれる、と信じておられた。

時間はかかるだろうが、
腐らずにオーディオ評論という仕事を全うしていけば、
再びComponents of the yearの選考委員になれたのである。

なのに朝沼予史宏氏が、突然逝ってしまわれた。
こんなことになろうとは、菅野先生もまったく予想されていなかった。

だから、あの日の菅野先生は落ち込まれていた。

昨晩、今晩と続けて書いてきたことは、
以前、別項で書いていることのくり返しでもある。

いまも菅野先生が朝沼予史宏氏を追い出した、と信じている人がいる。
だから、また書くことにした。

Date: 12月 24th, 2022
Cate: 1年の終りに……

2022年をふりかえって(その12)

今年は2022年。
2002年12月から二十年が経った。

2002年12月8日の午前中、私は菅野先生のお宅に伺っていた。
ドアのチャイムを押すと、菅野先生がドアを開けてくださったのだが、
その時の菅野先生の顔は、いつも違っていた。

体調を崩されたのか、と最初思ったし、日を改めた方がいいかも──、
そんなことを思いもしたけれど、そんな感じではなかった。
沈痛な面持ちとは、このときの菅野先生の表情をいうのだと、思った。
そういう表情だった。

そして「朝沼くんを知っているか」ときかれた。
朝沼予史宏氏のことだ。
もちろん知っていた。

朝沼予史宏氏はペンネームである。

「沼田さん(本名)は知っています」と答えた。
「そうか……」とぼそりといわれた、と記憶している。

そして「朝沼くんが亡くなったんだよ」と続けられた。

このころ、朝沼予史宏氏は、
Stereo Sound Grand Prixの前のComponents of the yearの選考委員の一人だった。
けれど降ろされていた。

そのこともあって、一部のオーディオマニアは、
菅野先生が朝沼予史宏氏の才能をつぶそうとして、
選考委員から外した──、そんなことをいっている人がいたし、
インターネットの掲示板に匿名で書きこむ人もいた。

そんなことを聞いた人、読んだ人は、どう思ったのか。
それを事実だとおもってしまったのかもしれない。

そんなことは絶対にない。
あの日の、菅野先生の表情を、私ははっきりと思い出せるし、
菅野先生から、この件について聞いてもいるから、そう断言できる。

Date: 12月 23rd, 2022
Cate: ジャーナリズム, ステレオサウンド,

オーディオの殿堂(続・感じていること・その3)

《過去を大きな物語として語れる》と
過去を物語として語れると決して同じではない。

大きな物語なのか、物語なのか。
「大きな」がつくかどうかの違いは、小さな違いではない。

Date: 12月 23rd, 2022
Cate: ディスク/ブック

緑の歌(補足)

緑の歌」を読めば、
グレン・グールドの「感覚として、録音は未来で、演奏会の舞台は過去だった」の、
「録音は未来」の意味するところが感じられるはずだ。

Date: 12月 23rd, 2022
Cate: audio wednesday

第五回audio wednesday (next decade)

第五回audio wednesday (next decade)は1月4日ではなく、2月1日。

参加する人は少ないだろうから、詳細はfacebookで。
開始時間、場所等は参加人数によって決める予定。

Date: 12月 23rd, 2022
Cate: ジャーナリズム, ステレオサウンド,

オーディオの殿堂(続・感じていること・その2)

その1)で、
《過去を大きな物語として語れる》編集者だけでなく、
《過去を大きな物語として語れる》オーディオ評論家も消滅した。
私は、そう感じている。

そう書いた。
このことは、編集者、オーディオ評論家側だけの問題ではない。

《過去を大きな物語》とした語られたものを、読み手側は求めていない、
そういう読み手が増えたことも関係してのことだ。

Date: 12月 23rd, 2022
Cate: ディスク/ブック

緑の歌

ジャケ買い。
この本「緑の歌」はジャケ買いだった。

最寄りの書店に平積みされていた。
その表紙をみて、ためらわずレジに持っていった。

表紙の絵だけではない。
帯には、松本隆氏の推薦文がある。
     *
ねえ「細野」さん、
ぼくらの歌が
異国の少女の
「イヤフォン」を通して、
繊細な「孤独」を
抱きしめたら。
それって
「素敵」だよね?
     *
表紙に惹かれない人でも、これを読めば手にとる人もいるはずだ。

Date: 12月 22nd, 2022
Cate: 1年の終りに……

2022年をふりかえって(その11)

今年は、例年以上にステレオサウンドにがっかりした一年だった。
今年もステレオサウンドは面白かったよ、という人が少なからずいるだろうが、
私にとっては──、というと、
年四冊のうち、二冊がオーディオの殿堂、ステレオサウンド・グランプリ、ベストバイ。
残り二冊の特集の企画に期待したいところだったが、それもかなわなかった。

そもそも期待していたわけでもなかったので、がっかりしているわけでもない。
ただそれにしても──、と例年以上に思うだけだ。

ステレオサウンドはそんなぐあいだった。
オーディオアクセサリーも同じ感じなのだが、
同じ音元出版のanalogは、別項でも触れているように期待がもてるところを、
少しは感じることができる。

だからといって、これから先ますます期待に応えてくれるようになっていくのか、
それとも反対方向へと進んでいくのか。
そのへんはまだなんともいえないが、期待できないオーディオ雑誌ばかりでは、
やはりつまらない。

期待したいのだ、本音は。
オーディオ雑誌を楽しみにしたいのだ。

ステレオも期待できるかな、と思わせながらも、
別項でリンクしている動画をみるかぎりは、大丈夫だろうか、と心配になってくる。

馬脚をあらわすのか、それともよくなっていくのか。
2023年の十二冊が楽しみだ。

Date: 12月 21st, 2022
Cate: ジャーナリズム, ステレオサウンド,

オーディオの殿堂(続・感じていること・その1)

《過去を大きな物語として語れる編集者は消滅しました》
七年前、川崎先生が語られていたことばだ。

ステレオサウンドの「オーディオの殿堂」を眺めていると、
川崎先生の、このことばが浮んでくる。

《過去を大きな物語として語れる》編集者だけでなく、
《過去を大きな物語として語れる》オーディオ評論家も消滅した。
私は、そう感じている。

Date: 12月 21st, 2022
Cate: 訃報

大野松雄氏のこと

大野松雄氏の訃報を、facebookで知った。

大野松雄氏といっても、誰? という人が少なからずいると思う。

2020年6月のaudio wednesdayで、「鉄腕アトム・音の世界」をかけた。
「鉄腕アトム・音の世界」に収録されている音、
この音たちは、それまで世の中に存在しなかった音であり、
この存在しなかった音たちを生み出したのが、大野松雄氏である。

大野松雄氏は音響デザイナーである。
大野松雄氏の名前を知らなくても、
大野松雄氏によってうみだされた音たちは、どこかで耳にしているはずだ。