Date: 2月 10th, 2013
Cate: 4343, 4350, JBL

4343と4350(その5)

オーディオは、音こそがすべて、である。
だから、どんなに理屈の上ではこちらのほうがいいはず、ということでも、
実際に音として聴いたときには、必ずしもそうでないこと起り得る。

そういうときは、どこかに見落しがある。
見落しは、理屈側にあることもある。
正しそうに思えた理屈でも、どこかに見落しがあれば、結果としての音は良くなるとは限らない。
一方で、理屈は正しくても、実際のオーディオ側に不備があって、
その不備をあからさまにしたための結果としての、音が良くならなかった、のかもしれない。

どちらにしろ見落しが、どこかにひそんでいる。

どんなにオーディオのことを、自分は知悉していると豪語している人にも見落しがある。
本人が、それに気がついていないだけのことであって、
まったく見落しのない人には、これまでお目にかかったことがない。

私にだって、どこかに見落しがある。
大事なのは、見落しがある、ということを自覚しているかどうかであろう。
見落しなんてないと豪語していては、そこまでである。

JBLの4ウェイのスピーカーシステムのウーファーとミッドバスのクロスオーバー周波数の件も、
どこかに私が見落している点(こと)があるのだと思う。

JBLは、4350、4343の前に数多くのスピーカーシステムを開発してきている。
そのJBLが、4ウェイのシステムにおいて、
ウーファーとミッドバスのクロスオーバー周波数を300Hz近辺にしている。
ここには、なんらかの理由がきっとある。

Date: 2月 10th, 2013
Cate: 4343, 4350, JBL

4343と4350(その4)

JBLの4343と4350のウーファーとミッドバスのクロスオーバー周波数が、300Hz、250Hzなのには、
以前から疑問も感じていた。
もう少し低くしたほうが、ウーファーに採用されている2231Aというユニットの性質からいっても、
あまり高い周波数までは使いたくない。
300Hzといえば、オーディオ的には中低音ということになるけれど、
音楽的には中域の低いほうといえるだけに、ウーファーはやはり低音と呼べる帯域だけを受け持たせたい──、
そんなふうに考えてもいた。

これは4350を鳴らされている人ならば一度は考えられることではなかろうか。
4343は内蔵のLC型ネットワークだからクロスオーバー周波数を変えるのは困難であっても、
バイアンプ駆動の4350であれば、クロスオーバー周波数の変更はたやすく行える。

250Hzよりも低い周波数──、200Hz、180Hz、150Hz、100Hz、
このあたりまでは試されたことだろう。

私自身は、こういう実験をしたことがないので、実際に4350でクロスオーバー周波数を低くしていったときに、
はたして頭のなかで想像しているように音はよくなっていくのかについては、なんともいえない。
けれど、昨年、4350Bを鳴らされている方から、少しだけこのことに関する話をきいている。

彼も私と同じようなことを考えられていたようで、
クロスオーバー周波数を100Hzまで、段階的に下げてみられたそうだ。

結果は……、というと、予想と反して250Hzがいちばんまとまりが良かった、とのこと。

この話をききながら、そうなのか、と納得しながらも、
一方ではミッドバスの2202用のバックキャビティの容積をもっと増やせれば、
結果である音もまた大きく変ってきて、
やはりクロスオーバー周波数は低くしたほうがいい、という可能性も残されている、とも考えていた。

Date: 2月 9th, 2013
Cate: ロングラン(ロングライフ)

ロングランであるために(続々続サンスイの場合)

アクアオーディオラボはサンスイ出身の方たちが集まっている。

日本にはいくつものオーディオメーカーがあった(ある)。
アクアオーディオラボを始められたサンスイ出身の方たちと同じように、
いまはオーディオメーカーを離れているOBの方たちは大勢おられることと思う。

アクアオーディオラボに触発されて、
もしかするとほかのメーカーのOBの方たちが集まって、
アクアオーディオラボと同じことを始められることだってあるだろう。
その可能性は、決して低くはないとおもっているし、
アクアオーディオラボだけではなく、他にもいくつも、こういう会社が現れてきてほしい、と願う。

そうなったときに、それぞれが独立して業務を行なうよりも、
同じ場所に集まって業務を行うほうが、効率がいいだろうし、メリットもあるはず。

アンプの開発には測定器が必要になる。
測定器は修理のときにも、当然必要になる。

それぞれが独立していれば、各自で測定器を用意しなければならないが、
ひとつ所で集まっていれば、測定器の数も、その他の設備も少なくて済む。

修理には部品のストックも必要となる。
この面でもメリットはある。

現役のときにそれぞれがライバル同士であっても、
会社を辞め、アクアオーディオラボのような会社で働くことになったら、
もうライバルではなく、ともに日本のオーディオ界を築いてきた同志なのではなかろうか。

この種のことには旗振り役が必要となるだろう。
オーディオ協会、もしくはステレオサウンドが、その旗振り役になってくれれば……、とおもっている。

Date: 2月 8th, 2013
Cate: ロングラン(ロングライフ)

ロングランであるために(続々サンスイの場合)

アクアオーディオラボのことが、こうやって記事になるのは、サンスイが破綻したからであって、
破綻しなければ、アクアオーディオラボのような存在は必要ない──、
ということには決してならない、と私は思っている。

1970年代のオーディオブームには、いくつもの会社がオーディオに参入した。
専業メーカー以外もいくつもあり、いまもオーディオ機器を開発・製造しているメーカーはあるけれど、
かなりの数のメーカーがオーディオからは撤退した、ともいえる。

そのころの製品、そのあとの製品でもいい、
製造終了後、10年以上経過した製品の修理をきちんと対応してくれるメーカーが、
どれだけあるのだろうか。

経営破綻しなかったオーディオメーカーは、ある。
その会社の製品がこわれて修理が必要になったとき、どこまで対応してくれるのか。
旧い機種であれば、相当数の機種が修理をことわられることが多いはず。

大きな会社だから修理をしてくれる、とか、反対にしてくれない、とか、
そういうことではなく、会社の体質としての問題であろう。

アクアオーディオラボについては朝日新聞のウェブサイトの記事を読めばわかるように、
サンスイでアンプの開発・製造に携わってこられた方たちによる会社である。

この方たちが、こうやって、いま集まってサンスイのアンプの修理を継続されているのは、
やはりサンスイという会社の、修理に対する意識の高さがあったからのようにもおもえてくる。

朝日新聞の記事では5分ほどの動画もみられる。
見ていて、AU-D907 Limitedの修理のことを、私は思い出していた。

サンスイという会社につとめられていたからこそ、この方たちは集まった、とおもえてならない。
サンスイがまったく違う体質の会社であったなら、この方たちは集まらなかったのかもしれない。

こういうメーカーの製品は、ひとつ手もとに置いておきたい。
いまになって、AU-D907 Limitedを手離したことをひどく後悔している。

Date: 2月 8th, 2013
Cate: ロングラン(ロングライフ)

ロングランであるために(続サンスイの場合)

東京での初の住まいは寮だった。
AU-D907 Limitedを、同じ寮のほかの部屋に持ち込んで音を鳴らしたときに、故障してしまった。
すごいショックだった。

寮は三鷹にあった。
自転車の荷台にAU-D907 Limitedをしばりつけて、
落さないように手で抑えながら、つまり自転車を台車の代りとして押して、
同じ三鷹にあったサンスイのサービスセンターにまで持ち込んだ。

こまかなことは、もう忘れてしまったけれど、サンスイの修理の対応はよかった、とだけ記憶に残っている。
修理から戻ってきたAU-D907 Limitedに、だからより愛着を感じるようになった。

とはいいつつも、どうしても欲しいという人が身近にいて、結局は手離すことになったけれど……。

サンスイは2012年4月に破綻した、というニュースがあった。
破綻した、ということに驚いたというよりも、まだ活動をしていたことにすこし驚いたのだから、
私の中ではサンスイは、オーディオマニアを魅了した、あのころのサンスイとしては終っていたわけだが、
私にとってサンスイは、AU-D907 Limitedとその修理の件以外にも、思い入れのあるメーカーである。

数年前にサンスイのアンプの修理を請け負っているところがある、ときいた。
そのときは、それ以上のことを調べようとは思っていなかった。

今日、朝日新聞のウェブサイトに「サンスイの音色、OBが守る 修理依頼絶えぬ埼玉の工場」という記事をみつけた。

埼玉県入間市にあるアクアオーディオラボのことである。

Date: 2月 8th, 2013
Cate: ロングラン(ロングライフ)

ロングランであるために(サンスイの場合)

大事に使っていても、こわれることがある。
修理に出す。そのときのメーカーの対応で、修理が済み戻ってきたオーディオ機器に、
より愛着を感じるか、愛着が薄れてしまうかになってしまうことだってある。

高校の時にサンスイのAU-D907 Limitedを購入した。
それまでつかっていたプリメインアンプよりもずっと価格的にも、
アンプとしてのグレードも高いプリメインアンプ、
しかも型番の末尾に”Limited”がつくように限定品。

さらにステレオサウンドのState of the Art賞に選ばれている。
53号に、AU-D907 Limitedが載っている。
菅野先生が書かれている。

そこにもあるように、プリメインアンプで”State of the Art”賞に選ばれた最初のモデルでもある。
欲しかった。どうしても欲しかった。
だから修学旅行に行かず、そのための積立金が戻ってきたときに、
アルバイトをして貯めた小遣いと足して、なんとか、このプリメインアンプを買えた。

家にAU-D907 Limitedが届いたときに感じた重さは、
それまでのプリメインアンプとは違う、中味のぎっしりとつまった密度の高い重さがうれしかった。

大事につかってきた。
東京に出てきたときにも、このアンプだけは持ってきた。
とにかく手もとに置いときたかったからだ。

Date: 2月 7th, 2013
Cate: 4343, 4350, JBL

4343と4350(その3)

JBLによる4ウェイのスピーカーシステムは4350が最初であり、
そのスケールをひとまわり(いやふたまわり)小さくまとめたのが4343の原型といえる4341である。

4350Aは4343(4341)と同じ15インチ口径ウーファー2231Aを搭載している。
4350はダブルウーファー仕様、4343はシングルウーファーという違いがあり、
さらにミッドバスに、4350は12インチ口径の2202、4343は10インチ口径の2121という違うもある。

4343(4341)は内蔵のLC型ネットワークで鳴らされるスピーカーシステムであること、
ミッドバスのバックキャビティがエンクロージュア全体の大きさからしてもそれほど容積が確保できないだろうから、
ウーファーとミッドバスのクロスオーバー周波数が300Hzになっているのは、
きわめて妥当な数字といえる。

4350はカタログ上は250Hzである。
4350はミッドバスの口径も大きいし、エンクロージュア全体のサイズも大きい。
およそサイズ的な考慮かなされた設計とはおもえないスピーカーシステムだけに、
ミッドバスのバックキャビティも確保しようと思えば、かなりの容積まで確保できよう。

そうすればウーファーとミッドバスのクロスオーバー周波数も、
4343と近似の250Hzよりももっと低い値、
たとえば150Hz、100Hzといったところまで下げることもまったく無理なことではないはず。
しかもバイアンプ駆動だから、
クロスオーバー周波数が低くなることにより直列にはいるコイルの巨大化による弊害も関係ない。

ミッドバスの口径は12インチ。
ブックシェルフ型スピーカーシステムでは、ウーファーのサイズとしても大きな口径ともいえるもの。
JBLのカタログでは2202のf0は50Hzで、再生周波数帯域は60〜4000Hzとなっている。

ミッドバスの2202の特性から考えてもクロスオーバー周波数はもっと低くしたほうがいいように思えるし、
ウーファーが横に2本並ぶという構成からしても、やはり低いほうが有利なように思えるのに、
なぜJBLは250Hzをクロスオーバー周波数としたのか。

Date: 2月 7th, 2013
Cate: オリジナル, 瀬川冬樹

オリジナルとは(余談・チャートウェルのLS3/5A)

LS3/5Aは、日本ではロジャースの製品が最初に入ってきて、知られることになったことから、
私も最初に聴いたLS3/5Aはロジャースの15Ω型だった。
購入したのも、そうだった。

1970年代の終りごろになって、イギリスのスピーカーメーカー数社からLS3/5Aが登場した。
チャートウェルからも出てきた。

このチャートウェル製のLS3/5Aは数が少ないこともあって、
これをいくつもあるLS3/5Aのなかで、高く評価される人もいる。
私は聴く機会がなかったから、そのことについてはなにもいえない。

実際、どうなのだろうか。
LS3/5Aは、いまでも人気のあるスピーカーシステムだから、
各社LS3/5Aの比較試聴は、オーディオ雑誌の記事にもなったりするが、
試聴している人に関心が個人的にないため、本文を読もうという気にはなれなかった。

まったく違うタイプのスピーカーシステムを集めての試聴であればまだしも、
同じ規格のもとでつくられているLS3/5Aの、製造メーカーによる音の違いは微妙なものであるだけに、
ほんとうに信頼できる人が試聴をしているのであれば、興味深く読むのだが、
そうでない場合には、読む気はおきない。

瀬川先生はチャートウェルのLS3/5Aについて、どういわれているのか。
ステレオサウンド別冊「コンポーネントステレオの世界 ’79」で、わずかではあるがふれられている。
     *
このふたつのLS3/5Aについて、30万円の予算の組合せのところでは、その違いをあまり細かくふれないで、どちらでもいいといったようないいかたをしたけれど、アンプがこのぐらいのクラスになると聴きこむにつれて違いがはっきりしてくるんです。で、ひとことでいえば、チャートウェルのほうが、全体の音の暖かさ、豊かさというものが、ほんのわずかですけれどもまさっているように思えるので、ぼくはチャートウェルのほうをもってきたわけです。もっともやせ型が好きなひとのなかには、ロジャースのほうが好ましいとお感じになる方もいらっしゃるかもしれませんね。
     *
「コンポーネントステレオの世界 ’79」は1978年12月にでている。
つまり瀬川先生は、この時点で暖かさ、豊かさを、自分の音に求めはじめられていることがわかる。

Date: 2月 6th, 2013
Cate: D130, JBL

D130とアンプのこと(続々続々・音量のこと)

伊藤アンプで鳴らすJBLのハイエフィシェンシー・スピーカーの鳴り方は、
4343に代表されるスタジオモニター系のスピーカーを
ハイパワーのトランジスターアンプで鳴らしたときの鳴り方とは、
同じ音量で鳴らしたとしてもそれは当然のこととはいえ、まったく違う。
周波数レンジの広さが違うとか、指向特性の違いとか、そういった違いではない、
もっとスピーカーにとって本質的なことが、そこにはある。
きっとある、と私は感じている。

ハイパワーアンプだから大音量で聴くとは限らない。
ひっそりと鳴らすことだってある。
D130ほどの能率があれば、最大音圧レベルでJBLのスタジオモニターをハイパワーアンプで鳴らすのと、
差はない、といえる。
D130、2200にはスピーカーユニット側に、スタジオモニターではアンプ側にそれぞれ余裕があるからだ。

ひっそりとした音量で鳴らされるJBLのスタジオモニターと、
伊藤アンプで鳴らされた高能率のJBLとのあいだに存在する「差」とは、
いったいなんなのだろうか。

考えてもしかたのないことかもしれない。
それが、スピーカーの違いといってしまえば、そうなのではあるのはわかっていても、
やはり考えてしまう。

そんなふうに考えてしまうのは、ここにランシングがD130を、
どんな音量で鳴らしていたかの手がかりがあると感じているからなのかもしれない。

それに時代が違う。

Date: 2月 5th, 2013
Cate: plus / unplus

plus(その6・補足)

「だから井戸を掘って……、と考える人が昔からいる」というのは、
ターンテーブルをモーターを使わずに回転させるために、
深い井戸を掘ってオモリが落下するエネルギーを使ってターンテーブルを廻そうというものである。

LP片面分(約25分程度)の時間、ターンテーブルが定速回転してくれればいいわけで、
オモリが井戸の底についたらモーターで巻上げて、
また落下させてレコードを聴く(ターンテーブルを回転させる)というものだ。

ただ自然落下のオモリの速度はv=gt、重力と時間の積だから落下速度は速くなっていく。
だから33 1/3rpmを25分程度維持するには、なんらかの仕組みが必要となる。
それに25分間の自然落下が可能な井戸となると、いったいどのくらいの深さとなるのだろうか。

重力を利用したターンテーブルの回転方法は、実現しようとすれば、
考えれば考えるほど、そうとうに大変なことではあることがわかる。

でも、手廻しの音を聴いた直後は、
すくなくとも一度は「井戸を掘って……」というバカげたことを真剣に考える人は少なくないと思う。

Date: 2月 5th, 2013
Cate: plus / unplus

plus(その6)

思い返してみると、あのときの井上先生の手つきはやりなれた人の手つきだった。
おそらく昔から何度も手廻しターンテーブルの音を確認されていたのかもしれない。

リンのLP12の手廻しの音(といっても、その音が聴けるのはターンテーブルが慣性モーメントで廻るわずか時間)に
驚いた顔を(たぶん)していたのだと思う、
井上先生は「だから井戸を掘って……、と考える人が昔からいる」、
そんなことをいわれたのも憶えている。

それから察するに、手廻しターンテーブルの音のよさは、
古くからのオーディオマニアの方々のあいだでは、すくなからず知られていたことのようだ。

どんなにモーターにいいものをもってきても、
駆動方式を工夫したり、細心の注意をはらったとしても、
モーターに頼らない回転時の音の良さには、遠く及ばない。

しかも、(おそらくではあるが)ターンテーブルの回転精度が高ければ高いほど、
手廻しの音が優れているはず。

音の表現は人によって異ることがある。
同じ表現を使っていても、場合によっては、そうとうに意味合いが違っていることもある。
なかなか、そういう意味では共通認識が成り立ちにくいのが音の世界ではあるが、
すくなくともLP12を、ベルトを外し手廻ししたときの音は、
モーター駆動の音にくらべて、はっきりと滑らかな音、といえる。
それだけでなく、聴感上のS/N比のよい音とは、実にこの音のことである、とも言い切れる。

もしLP12を使われているのであれば、
もしくは友人でLP12を使われている人がいるのであれば、
LP12に限らない、
加工精度の高い(ダイナミックバランスが確保されている)ターンテーブルプラッターをもつプレーヤーで、
いちど手廻しの音を聴いてほしい。

Date: 2月 4th, 2013
Cate: plus / unplus

plus(その5)

ヴァルハラ・キットが登場して数年後、
フローティング型ばかりを集めたアナログプレーヤーの試聴が終った後、
井上先生がリンのLP12のベルトを外してみろ、と指示された。

何をされるのか? とそのときはまだわからなかった。
ベルトを外しアウターターンテーブルをセットする。
この状態で井上先生はLP12のターンテーブルを指で廻された。
すこしのあいだレコードの回転の具合をみながら、
「このへんかな」とつぶやいてカートリッジを盤面に降ろされた。

そのとき鳴ってきた音は、これまで聴いたことのない、と口走りたくなるくらい滑らかな音だった。
このときのことは別項ですでに書いているので記憶されている方もおられるだろうが、
あえてもう一度書いておく。

従来のLP12にヴァルハラ・キットを取り付けたときの音の変化よりも、
このときの音の違いは大きかった。
ヴァルハラ・キットはたしかに効果がある。
あるけれど、このときの手廻しの音を聴いた後では、電気仕掛けの音であることが感じられてしまう。

高速回転するモーターの回転数を、プーリーの径とインナーターンテーブルの径の違いによって、
低速回転とし、ゴムベルトという伝達物で、モーターの振動を極力ターンテーブルに伝えないようにする、
しかもターンテーブルの加工精度を高くし、ダイナミックバランスもとり、
とにかくスムーズに回転するようにつくられたLP12であっても、
回転の源がモーターであるかぎり、微視的に見たときの滑らかな回転は得られていないのではないか、
そんなことを考えてしまうほど、手廻しの音は見事だった。

Date: 2月 3rd, 2013
Cate: plus / unplus

plus(その4)

新製品の試聴で、LP12にヴァルハラ・キットを取り付けたものと、
従来からのなしのものを比較試聴する機会もあった。

LP12のシンクロナスモーターを使っている。
AC電源は電源スイッチを介しただけでモーターへとつながっている。
これ以上なにも省略することのできないシンプルな構造でもある。

けれどシンクロナスモーターの回転を滑らかにするには、
正確なサインウェーヴをモーターの駆動エネルギーとすることがいいわけで、
そのためには発振器で正確な50Hz(もしくは60Hz)のサインウェーヴをつくり、
モーターを駆動するに必要なパワーまでアンプで増幅すればいいわけで、
同じことをトーレンスのTD125は行っていた。

LP12用のヴァルハラ・キットは、そのための基板であり、
LP12内部に取り付けることでシンクロナスモーターを、より滑らかに(つまり振動も少なくなる)回転させる。

試聴室でのヴァルハラ・キットのあり・なしの音の差は歴然だった。
はっきりとヴァルハラ・キットがあったほうが、すーっと音楽の姿を見えてくるような感じがある。
ヴァルハラ・キットなしの、従来のLP12だと、
ヴァルハラ・キットありのLP12を聴くまでは魅力的な音だったのに、とたんに色褪て聴こえてしまう。

電気仕掛けが加わり、それがいい方向に作用した好例である。
けれど、これには続きがある。

Date: 2月 3rd, 2013
Cate: plus / unplus

plus(その3)

アナログディスク・プレーヤーも、基本的には機械仕掛けが主であるオーディオ機器である。
ここにも、さまざまな電気仕掛けが、これまで試みられてきた。

こんな体験をしたことを、電気仕掛け、機械仕掛けで思い出した。
リンのLP12について、である。

LP12はいまではひじょうに高価なプレーヤーになってしまったけれど、
発売当時は安価なプレーヤーであった。
EMTのプレーヤーが欲しくてもまったく手が届かなかった学生時代、
リンのLP12は魅力的な存在だった。

トーンアームなし、カートリッジもなしのターンテーブル本体のみとはいえ、930stの約1/10の価格。
930stの内容の割にはコンパクトにまとめられているけれど、
LP12はもっと、ずっとコンパクトで、930stがリムドライヴに対しベルトドライヴなのも、よかった。

LP12ならば930stを購入したあとでも、別の魅力をもつプレーヤーとして使い続けられるであろう──、
そんなことを考えてきたこともある。

結局LP12を買うことなく、930st(101 Limited)にいってしまったわけだが、
だからといってLP12の魅力が薄れたわけではない。

国産のトーンアームだとダストカバーがしまらない、という使い勝手の問題は、
SMEの3009を使うか、潔くダストカバーの使用をあきらめるかで対処できるし、
930stがカートリッジが固定されるから、
こちらはあれこれカートリッジを交換するためにもオーディオクラフトのAC3000MCがいいな……、と
そんなことを思っていた。

LP12は何度かステレオサウンドの試聴室で聴く機会にめぐまれた。

Date: 2月 3rd, 2013
Cate: plus / unplus

plus(その2)

そのときの変化を1963年生まれの私は体験していたわけではないけれど、
それでもアクースティック蓄音器から電気蓄音器への変化、
つまり電気というエネルギーが加わったことは、
オーディオの歴史の中でもっとも大きな「もの」の加わりであるとともに、
機械仕掛けに電気仕掛けが加わった、ということでもある。

アクースティック蓄音器はいうまでもなく純粋な機械仕掛けによる音を出す器械だった。
そこに電気が加わるということは、エネルギーとともに電気による仕掛けが加わり、
ときには機械仕掛けを電気仕掛けに置き換えることになり、
電気仕掛けが機械仕掛けを侵略していった侵蝕していった、といういいかたもできよう。

いまやオーディオは機械仕掛けよりも電気仕掛けのほうが主である。

おそらく最後の機械仕掛けとしてのこるであろうスピーカーシステムにしても、
いまどきのスピーカーシステムのネットワークの複雑さ、規模の大きさをみていると、
スピーカーシステムの電気仕掛けのしめる割合が増してきているわけで、
最少限の電気仕掛けだけしかもたないスピーカーシステムは、
旧い時代のスピーカーシステムであるのか、
それともこれから先スピーカーそのものが進歩していったとき、
最少限の電気仕掛けになっていくのか。

そのときには、なにか新しい機械仕掛けが加わるのだろうか。