Date: 12月 11th, 2022
Cate: 世代

世代とオーディオ(老害、独断と分断・その4)

老害と若害。
最近、そんなことを考える。

若害というのは私の勝手な造語だ。
けれど若害がないといえるだろうか。

ことオーディオにかぎってのことでも若害はあるように感じている。
オーディオにおいての老害については、
インターネットの普及、ソーシャルメディアの普及によって、
ひどいものだな、と感じることを目にすることがある。

けれどなかにはあまりにも短絡的に老害だ、
と切って捨てている人がいるのも見かける。

匿名の掲示板などには、聴力の衰える高齢者はオーディオは無理──、
そんなことすら目にしたことがある。

そんなことを書いている本人も、いずれ高齢者になってゆくのに──、
と思うわけだが、たしかに歳をとれば高い音は聞き取り難くなる。
ただし、これは正弦波に関して、である。

このことはここでは触れないが、老害も若害も対称的であり対照的な事象のような気がする。

老害は独断と分断へとつながっていくが、
若害もまた同じだ。独断と分断へとつながっていく。

怒ると叱る。
怒られると叱られる。

この違いがわからない人もまた増えてきているように感じる。
そのこともまた老害と若害を生んでいるのではないだろうか。

老害も若害も、一部のオーディオマニアのことだけだろうけれど、
そういう人の方が声高に叫ぶし、目立つ。

Date: 12月 10th, 2022
Cate: 1年の終りに……

2022年をふりかえって(その10)

今年は、オーディオ機器の値上りがいくつもあった。
値上りしているのはいうまでもなくオーディオ機器だけではなく、
おそらく来年も値上げが発表されるであろう。

特に海外製品は為替相場も関係してくる。
定価をつけることが難しくなってきたから、
オープン価格にせざるをえない──、といっているところもあるときいている。

来週には、ステレオサウンド 225号が出る。
特集は、いうまでもなくステレオサウンド・グランプリとベストバイ。

ステレオサウンドの定番企画でベストバイは35号が一回目で、
つづく43号、47号の三回は価格帯を設けずの選定だった。

四回目の51号から価格帯を分けての選択となっていった。
そして、それがずっと続いている。
どこで価格帯を分けるのかは、時代によって違ってきているが、
果たして価格帯を設けることの意味はあるのか、とずっと思っている。

225号はまだ見ていないが、価格帯を分けてのベストバイであろう。
どの価格で線引きするのか。
線引きした価格近辺の製品は、来年には値上りして上の価格帯に、ということだって、
今の状況なら十分ありうる。

ベストバイという定義によっては、
価格帯を分けるのはおかしいということだっていえる。
私は、価格帯を分けるべきではないと考える。

ステレオサウンド編集部は、それぞれの製品ジャンルのどこで価格帯を分けたのか。

Date: 12月 10th, 2022
Cate: ディスク/ブック

Walking In The Dark

“Walking In The Dark”。
ジュリア・ブロックのノンサッチからのアルバムである。

ジュリア・ブロックについては何も知らなかった。
TIDALのニューアルバムのところに表示されていたから、
興味本位で聴いただけなのだが、いいアルバムだけでなく、いい歌手だ。

すでに12月。
オーディオ機器は、年内に素晴らしいモデルが登場する可能性は時間的に少ない。
まずない、といっていい。

けれどレコード(録音物)は違う。
あと三週間ほどで今年は終るけれど、まだまだ素晴らしいアルバムと出合える可能性は、
オーディオ機器よりもずっとずっと高い。

ノンサッチはMQAに積極的である。
44.1kHzのデジタル録音もMQAにしている。
このアルバムももちろんMQA Studio(192kHz)で聴ける。

“Walking In The Dark”はe-onkyoにもある。
けれど、こちらはflacのみで、96kHzだけである。

ジュリア・ブロックの声は、MQAで聴いてもらいたい。

Date: 12月 10th, 2022
Cate: 1年の終りに……

2022年をふりかえって(その9)

メリディアンの210だけでなく、
MQAのコアデコードに対応しているストリーマーには、SPDIFのデジタル入力はない。

MQAのコアデコードに関係なく、ストリーマーと呼ばれる製品には、
SPDIFのデジタル入力は必要ないと考えるのだが、
実際のところ、つまり日本の現在ということに関しては、
SPDIFのデジタル入力があってほしい、とおもってしまう。

TIDALやe-onkyoを活用している人にとっては、特に必要ないといえるが、
パッケージメディア、つまりCDだけという人にとっては、
MQA-CDを買っても、D/Aコンバーターが対応していない、
けれどMQAのコアデコード対応のストリーマーを買ってきても、
SPDIFのデジタル入力がないから接続できない──、
そんな状況になってしまうからだ。

もうこれは日本だけの特殊事情といえる。

Date: 12月 9th, 2022
Cate: ジャーナリズム

オーディオにおけるジャーナリズム(技術用語の乱れ・その8)

技術用語の乱れをそのまま放置しているオーディオ雑誌の編集者。
乱れていること、間違っていることにすら気づいていないから、そのまま放置なのか。

好きなことをやるためには、やりたいことをやるためには、
やりたくないこと、面倒だと感じることをもやっていなければならない。

オーディオの勉強を、技術用語の乱れに気づいていないオーディオ雑誌の編集者は、
好きなこと、やりたいことのみをやろうとしているのか。

これから先もそのままなのだとしたら、
この人たちも、おさなオーディオでしかない。

Date: 12月 9th, 2022
Cate: ジャーナリズム

オーディオの想像力の欠如が生むもの(その83)

オーディオの想像力の欠如した者は、どんなにお金と時間を費やしても、
おさなオーディオから脱することはできない。

Date: 12月 9th, 2022
Cate: 1年の終りに……

2022年をふりかえって(その8)

メリディアンの210は、210 Streamerである。
製品ジャンルとしては、ストリーマーということになる。

ストリーマーは、今後製品が活発に登場してくるであろう製品ジャンルであり、
今年いくつか登場したストリーマーのなかには、
210と同じくMQAのコアデコード機能をもつモデルがある。

私が聴いているのは210だけなのだから、
それらのモデルの音がどうなのかについては何も語れないのだが、
メリディアン以外からのMQAコアデコード機能をもつストリーマーの登場は、
MQAのエヴァンジェリストを自認する私としては、嬉しい一年だったといえる。

来年もそういうモデルが登場してほしいし、
そしてなによりもTIDALの日本でのサービスが開始されてほしい。

Date: 12月 8th, 2022
Cate: German Physiks

ジャーマン・フィジックス Troubadour 40のこと(試してみたいこと)

ジャーマン・フィジックスのTroubadour 40を手に入れたら──、
以前からおもっていたことがある。

Troubadour 40はマイクロフォンとして使ったら、どういう結果になるのか。
いうまでもなくスピーカーとマイクロフォンは、
どちらもフレミングの法則からの動作である。

ならばTroubadour 40もマイクロフォンとして動作するであろう。
もちろんマイクロフォンとしてはダイアフラムが大きすぎるという問題があるかもしれない。

けれどTroubadour 40のチタン振動板は、メーカー発表値だと3gである。
まったくマイクロフォンとして機能しないということはないように思う。

そんなバカなことはやらなくてもいいじゃないか、とは思わないのは、
ベンディングウェーヴ型スピーカーの動作を理解するには、必要なことだと考えるからだ。

Date: 12月 8th, 2022
Cate: 「本」

オーディオの「本」(古賀書店の閉店・その2)

書店のない市町村が全国で、26.2%とあるニュースを今日みかけた。
出版文化産業振興財団の調べで、
全国1,741市区町村のうち456市町村に書店がない、とのこと。

その456市町村の人口がどのくらいなのかは、記事にはなかった。
とはいえ、身近に書店がない市町村が、これだけある。

以前、書いているように、書店が身近にあったから、オーディオという世界があることを知った。
その世界が、ステレオサウンドだけではなく、さまざまなオーディオ雑誌があったように、
オーディオの世界もさまざまだった。

書店が身近になくても、コンビニエンスストアがある。
そこで本を取寄せてもらえるし、インターネット通販もある──、
けれど、それは知っている本を買うこと、定期購読している本を買うには困らないが、
見知らぬ世界を教えてくれる本との出合いは、やはり書店である。

Date: 12月 7th, 2022
Cate: 朦朧体

ボンジョルノのこと、ジャーマン・フィジックスのこと(その77)

ジャーマン・フィジックスのDDD型ユニット、
同じくドイツのマンガーの独自のユニット、
これらの他にもベンディングウェーヴ方式のスピーカーは、数少ないながらもある(あった)。

ほんとうに数は少ない。
世の中の九割以上のスピーカーは、ピストニックモーションによるモノだ。
ピストニックモーションを追求していくことは間違っているわけではない。
それでもピストニックモーションの追求だけでいいのだろうか、と考える。

ジャーマン・フィジックスのDDD型ユニットの音を、
2002年のインターナショナルオーディオショウでのタイムロードのブースで始めて聴いて以来、
オーディオマニアはピストニックモーションの音に慣れすぎてしまっているのではないか──、
そんなふうに考えるようになっていった。

けれどそうでない赤ん坊はどうなのだろうか。
ピストニックモーションの再生音と、生身の人間が発している声、
実際の楽器が響かせている音とをはっきりと区別しているのかもしれない。

しかもこのことは、ピストニックモーションが追求され、
ピストニックモーションの領域が拡大されるにしたがって、より顕著になっていくのではないのか。

Date: 12月 7th, 2022
Cate:

賞からの離脱(オーディオの殿堂・その4)

「オーディオの殿堂」が特集だったステレオサウンド 223号。
さきほどステレオサウンドのウェブサイトを見ていたら、売り切れになっていた。

その他の号はまだ購入できるのに、223号は売り切れ、つまりそれだけ売れた、ということだ。
そうか、やっぱり、こういう特集が売れるのか──、
そうおもうだけだった。

Date: 12月 7th, 2022
Cate: ジャーナリズム

オーディオの想像力の欠如が生むもの(その83)

オーディオの想像力の欠如した者は、《優しさを装って肯定してくれる》音に癒されるのか。

Date: 12月 7th, 2022
Cate: 「本」

オーディオの「本」(古賀書店の閉店・その1)

神保町にある古賀書店が、今月24日で閉店するとのこと。
音楽関係の書籍の古書店の、古賀書店が閉店になる。

私も昔は利用していた。
でもインターネットが普及して、古書も簡単にすぐさま検索できるようになってから、
神保町に行ったおりに、気が向いたらのぞいてみるくらいになっていた。

コロナ禍になってからは一度も行っていないし、
最後に行ったのはいつだったのかも思い出せない。

古賀書店がなくなってもとくに困らない──、
そうともいえるのだが、実店舗に行くと、こういう本があったのか、と知ることもあったりする。

インターネットの検索は、知っている本の検索には役立つけれど、
こういった偶然の出合いに関しては、まだまだだ。

いま古賀書店では閉店セールをやっている、そうだ。
定休日は、日、月、木、祝日で、営業時間は11時から17時30分まで。

いまはどうなのかは知らないけれど、オーディオ関係の雑誌のバックナンバーも、
以前はけっこう揃っていた。

Date: 12月 6th, 2022
Cate: 老い

老いとオーディオ(若さとは・その18)

むき出しの才能、
むき出しの情熱、
むき出しの感情、
これらをひとつにしたむき出しの勢いを──、
といったことを(その2)で書いて、六年以上が経ち、
ひとつにしたむき出しの勢いを洗練させていくことが老いていくことだと思うようになった。

Date: 12月 6th, 2022
Cate: German Physiks

ジャーマン・フィジックス Troubadour 40のこと(Troubadour 80のこと)

Troubadour 40は、残念なことにすでに製造中止になっている。
German Physiksのウェブサイトをみると、
PQS100というモデルがある。さらにPQS100 Plusもある。

PQS100がTroubadour 40の後継機ということになるのだろうか。
後継機である、と言い切りたいところなのだが、少しばかり微妙なところも感じて、
なかなか言い切れないのだが、それでもTroubadour 40の代りになるモデルを手に入れたければ、
現時点ではPQS100かPQS100 Plusになる。

PQS100は外観上は、PQS100以上にTroubadour 40に近いけれど、
6インチ口径のウーファーを下向きに取りつけられたモデルだ。
このウーファーを使わないのであれば、
PQS100 PlusはかなりTroubadour 40に近くなる。

ジャーマン・フィジックスの現行ラインナップには、
このようにTroubadour 40に近いモデルは存在するが、
Troubadour 80の後継機、近いモデルはいまのところない。

Troubadour 80はTroubadour 40を上下にスタックしたモデルであり、
菅野先生はTroubadour 40をまず導入され、それからTroubadour 80にされている。

Troubadour 40かTroubadour 80か。
どちらがいいのか、おまえならばどちらをとるのか、と問われれば、
どちらでもいい、と答えてしまう。

私のところにやって来たのはTroubadour 40だが、
もしTroubadour 80がやって来ても、同じように喜んでいたはずだ。

ユッカ=ペッカ・サラステ/トロント交響楽団によるシベリウスのレンミンカイネン組曲。
この曲を菅野先生のリスニングルームでTroubadour 40で聴いた時の、
聴き手であるこちらの腕をさわさわと響きが、音の波が伝わってくるのが、
はっきりと感じられて、こういうデリカシーの再現性の高さは、
Troubadour 40の独擅場といえる。

ならばTroubadour 40ではないか、とまた問われそうなのだが、
Troubadour 80で菅野先生が聴かせてくれたベートーヴェンのピアノ協奏曲。
ケント・ナガノと児玉麻里による演奏における動的平衡の音の構築物、
それが聴き手の眼前に展開されていくさまは、Troubadour 80の独擅場と思っている。

なので、どちらがやって来たとしても、私はそれでよかったわけだ。
そして妄想はここでも頭をもたげてくる。

Troubadour 80において、下側のDDD型ユニットはカーボンで、
上側のDDD型ユニットはチタンという仕様にしたら、いったいどういう音が鳴ってくるのか。