Archive for 8月, 2013

Date: 8月 18th, 2013
Cate: ジャーナリズム

オーディオにおけるジャーナリズム(編集部とは・その4)

2011年からステレオサウンドの編集長は新しい人になっている。
新編集長になり、すでに10冊のステレオサウンドが出ている。
二週間たらずで、新編集長による11冊目のステレオサウンドが出る。

新編集長が誌面を変えよう、としているのは誰の目にも明らかなことだ。

「最近のステレオサウンド、変ってきてますよね、良くなってますよね?」という声をきいた。
変ってはきている。
だが、良くなっているかどうかは、人によって判断が分れる。
私は、ここでも厳しいことを書いてしまうが、
変ってはいるけれど良くなっているとはいえない、と受けとめている。

それは、前編集長の時から気になっていたことだが、
いいかげんなところ、だらしないところが、以前本づくりに携わってきた者としては気になる点があった。
それは誤植といったことではなく、今回のことのような問題が、
それは多くの人は気がつかずに通りすぎてしまうようなことなのだが、
細部を疎かにしていることが気になっていた。

編集長が変ってのステレオサウンドに、私がまず期待していたのは、その点だった。
それは地味なことである。
気がつかない人の多いともいえることを、きちんとプロの編集者として、
そのプロの編集者の集合体としての編集部として仕上げていってほしい──、
そう思い、期待していたわけである。

無理に誌面を変えようとしなくてもいい、
そういう点を見逃さずにきちんとしていくようになれば、誌面は変るのではなく、自然と良くなっていく。

本を良くしていく、とは、そういうことである。
だが実際のステレオサウンドは違った。

Date: 8月 18th, 2013
Cate: audio wednesday

公開対談について(その11)

とにかくインターネットから離れたところで、なにかをやらなければ、と思い始めていた。
それは、この項の(その1)ですこし触れていることがきっかけだった。

三年以上前の夢に長島先生が出てこられた。
そのとき「こんなところにいていいのか!」といわれた。
それで目が覚めた。

「こんなところ」とはどこかを長島先生ははっきりといわれたわけではなかった。
けれど、「こんなところ」がインターネットだけにとどまっていることだ、ということはすぐにわかった。

とにかくインターネットから離れて、つまり外に出てなにかをやろう。
サンスイがショールームでやっていことをいまやれればいいな、と思いはしたが、
そういう時代ではなくなっている。

それにサンスイは、オーディオ御三家と呼ばれていた会社であり、
1970年代は岩崎先生、瀬川先生も健在だった。あのころとは何もかも違いすぎる。

個人が、インターネットを離れてオーディオに関することをやろうとしたら、
まず場所の問題がある。
これは私の場合、問題なかった。
四谷三丁目にあるジャズ喫茶・喫茶茶会記の店主、福地さんが協力してくださるからだ。

ではなにをやるのか。
オーディオ機器を集めて、試聴会ができれば、楽しい。
だが最初からそんなことができるとは思っていない。
とにかくできることは何かと考えた。

対談がある、と思った。
そこで、ある人に、こういう場所で、毎月一度、オーディオと音楽をテーマに対談しませんか、と話した。
相手は乗る気になってくれた。

しばらくして、具体的に話を進めようとしたら、もう面倒臭くなった、という返事だった。
実は、この人がこういう返事をしてくるのはある程度予想していた。
毎度のことである。

彼の性格からして、自分から言い出したことも、私から言い出したことも、
最初のうちはすごい乗る気なのだが、ほんのわずかの間に、まったく正反対のことを言う人なのは、
長いつき合いでわかっていた。

わかっていたことだから、落胆もない。
他の人を探すだけである。

そうして、とにかく毎月第一水曜日の夜七時から、
四谷三丁目・喫茶茶会記での、公開対談を始めることになった。

Date: 8月 18th, 2013
Cate: 組合せ

妄想組合せの楽しみ(その49・続々続番外)

上杉先生は、とにかく刺激的な音を嫌われていた。
そういうところも含めて、フォステクスのGX250MGとウエスギのU·BROS2011Pには、
まったく同じとはいえないまでも、共通した良さはある、と私は見ている。

となると、共通した良さをもつコントロールアンプとスピーカーシステムの間に位置するパワーアンプは、
何を、どういう基準で選ぶのかとなる。

U·BROS2011Pは560000円。
GX250MGも一本あたり476000円。
そうなると、パワーアンプも50万円前後のモノから選びたい。

U·BROS2011PとペアとなるU·BROS2011Mはモノーラル使用で、640000円(ペア)。
コントロールアンプもウエスギなのだから、同じウエスギ同士の組合せは、
いわゆる筋が通るようなところがあり、これは他のメーカーでも、
良くできたセパレートアンプであれば、共通する良さともいえる。

けれどあえてウエスギ以外を選びたい。
とくに、これという理由はないのだけれど、
わたしのこれまでの経験から、
良くできた真空管のコントロールアンプと優秀なソリッドステートのパワーアンプとの組合せは、
なかなかに魅力的な音を聴かせてくれることがある。

例えば聴感上のS/N比。
真空管のコントロールアンプとソリッドステートのパワーアンプの場合、
しなやかな聴感上のS/N比の良さがあるように感じている。
とぎすまされた、洗練さたと表現できる聴感上のS/N比も良さよりも、
ここではしなやかな聴感上のS/N比の良さが合うような気がするからこそ、
純正のペアではなく、他社製のソリッドステートのパワーアンプをもってくる。

Date: 8月 18th, 2013
Cate: ジャーナリズム

オーディオにおけるジャーナリズム(編集部とは・その3)

今回のことは、間違いを書いてしまった筆者に全責任があるんじゃないか、
そのことで編集部を責めるのはおかしいんじゃないか、と思われるかもしれない。

編集者、その集合体である編集部はなぜ必要なのか。
いまの時代、電子書籍による出版が、やろうと思えば個人でもできるようになってきている。
そういう時代になってきたからこそ、
編集者、その集合体である編集部の役割がクローズアップされてくる、ともいえる。

たとえば今回のことがポッと出の新人筆者によることだとしたら、
次号から、その筆者を切ってしまえば、それで済むといえば済む。
だが今回のことは、そんな新人筆者によることではなく、少なくともベテラン筆者と呼べる人によることである。

だから、今回のことが起った、ともいえるだろう。
この人が書いていることだから、ずっとステレオサウンドに書いている人だから、
そんなことを理由にして、編集者は「読む」ことを放棄してしまったのではないのか。

とにかく今回のことが活字になり世の中に出廻った。
私が問題としている箇所を読んだ人、
それらの人の中でメーカーの技術者、読者の中でも基礎知識をきちんと持っている人ならば、
すぐに、そこにはでたらめが書かれていることに気づいている。

気づいた人は、どう思い、どう考えるだろうか。
そのことを編集者、その集合体である編集部は、どう受けとめるのか。

Date: 8月 18th, 2013
Cate: ジャーナリズム

オーディオにおけるジャーナリズム(編集部とは・その2)

オーディオに関心のある人で、ステレオサウンドを読んでいない、買っていない人はいても、
ステレオサウンドの存在を知らない人はまずいない。

そういう存在のステレオサウンドで、
A級動作のパワーアンプの発熱量は、
数Wの出力時には皆無に等しい、というまったくのでたらめを載せてしまうということは、
それをそのまま信じてしまう人が出てくる、ということでもあり、
このでたらめが、ステレオサウンドに書いてあった、ということで、
事実として広まっていくことだってないわけではない。

最新技術や特殊な技術について、ときに誤りを書いてしまうことはないわけではない。
でも、A級動作のパワーアンプの発熱に関してはずっと古くからの、
いわば一般常識といえる類のことである。

なぜ、こういう初歩的なこと誤りが誌面に出てしまうのか。
理由は、ひとつではないはずだ。

それでもあえてひとつだけ、大きな理由として考えられることを挙げれば、
それは編集部が筆者の原稿を「読んでいない」からだろう。

校正作業はやっている。
でもそのとき、本来の意味での「読む」ことをやっているとは思えない。
ただ文字を見ているにすぎないのだと感じてしまう。

正しく読んでいれば、今回私が取り上げていることは、
すくなくともオーディオ雑誌の編集者ならすぐに気がつくことである。
それが、できていない。できなくなってしまったのか。

Date: 8月 17th, 2013
Cate: ジャーナリズム

オーディオにおけるジャーナリズム(編集部とは・その1)

こんなことを書くと、
また古巣のステレオサウンド批判(叩き)をやっていると受けとめられる人がいるのはわかっていても、
見過せないことは、やはりあって、それについては何といわれようが書いていく。

誰が、とか、いつの号、とか、どの機種についてはあえて書かない。
個人攻撃をしたいわけではなく、こういう一見些細なことと思われがちなところまで、
編集部が手を抜くことなく、しっかりと本づくりをやってほしい、と思うから、である。

一年ほど前のステレオサウンドに、あるブランドの新製品のパワーアンプの記事が載っている。
出力の具体的な数値を書くと特定されやすくなるから書かないが、
現在のパワーアンプとしては一般的な値の、そのパワーアンプはA級ということらしい。

それにしてもヒートシンクがさほど大きくない。
このパワーアンプの紹介記事を書いた筆者は、そのことに疑問をもたれたのか、
発熱に関して、手で触れないような熱さにはならない、ということを書かれている。

その人は、なぜか、ということについては書かれていない。
これについては私は何かをいいたいわけではない。
おそらく、この筆者は、発熱の少なさに疑問をもたれたのだと思う。
でも、それがなぜなのかまではわからなかった。
だから、あえて発熱について、さらっと書かれている──、
そう私は理解した。

この記事が載った数号あとに出たステレオサウンドに、
別の筆者が、このパワーアンプの発熱について書かれている。

そこには、こんなことを書かれていた。

このパワーアンプの発熱がA級の、ある程度の出力をもったアンプとして多くないのは、
最大出力は大きくても、出力音圧レベルの高い、同じブランドのスピーカーシステムと組み合わせると、
その場合の出力は数W程度だから、発熱は皆無に等しい、とあった。

出力音圧レベルの高いスピーカーシステムと組み合わせれば、確かに出力は大きくとも数Wにおさまる。
だが、それで発熱が皆無に等しい、ということは技術的に間違った説明である。

B級アンプならば、出力の値と発熱量はある程度比例関係にある。
だが、このパワーアンプはA級動作を謳っている。

A級動作のパワーアンプの発熱量どういうものであるのかは、
オーディオの技術的な知識としては、ごく基本的なことである。
それを、正反対のことを、まるで正しいこととして書いている。

でも、この筆者を攻めたいわけではない。
誰だって不得手なことはある。勘違いもある。
オーディオ評論で喰っているのだから、プロとしての文章を書いてほしい、とは思うけれど、
もう、現場をみて、そこまでいまのオーディオ評論家といわれる人たちに要求するのは酷なのかもしれない。

でも編集者はそうであってはいけない。
編集者が、たったひとりならば……、そこまでいまの編集者に求めるのは酷だと思う。
けれど編集者はひとりではない。何人もの編集者がいて、誰もこのあきらかな間違いに気がついていない。

編集部というのは、本をつくっていく組織のはずだ。
そのことが稀薄になっているのではないのか。

Date: 8月 17th, 2013
Cate: Mark Levinson

「スティーブ・ジョブズ」という本

いま書店にヤマザキマリ氏の「スティーブ・ジョブズ」が一巻が並んでいる。

今年は映画も公開されている。

ジョブズが亡くなって約二年。
前から思っていたことだが、
なぜマーク・レヴィンソンは、スティーブ・ジョブズになれなかったのか、ということがある。

どちらも自宅のガレージを改造した場所からスタートしている。
レヴィンソンはオーディオ、ジョブズはコンピューターというジャンルの違いはあるが、
どちらもエレクトロニクスの分野という共通項があるし、
さらにふたりともエンジニアではないが、周りに優秀なエンジニアがいたところも共通している。

年齢的にもふたりは近い。
会社創立もそれほど離れていない。
場所はアメリカの東海岸と西海岸と離れてはいるけれども。

レヴィンソンがジョブズになれなかったのは、
オーディオという、それも高級オーディオという狭い世界を相手にしていたということも理由としては大きい。
それでも、レヴィンソンがジョブズになれなかったのは、決してそれだけではなかった、と思う。

Date: 8月 17th, 2013
Cate: 現代スピーカー

現代スピーカー考(その32)

ピストニックモーションだけがスピーカーの目指すところではないことは知ってはいた。
そういうスピーカーが過去にあったことも知識としては知ってはいた。

ヤマハの不思議な形状をしたスピーカーユニットが、いわゆる非ピストニックモーションの原理であることは、
あくまでも知識の上でのことでしかなかった。

このヤマハのスピーカーユニットのことは写真で知っていたのと、
そういうスピーカーがあったという話だけだった。
ヤマハ自身がやめてしまったぐらいだから……、というふうに捉えてしまったこともある。

1980年ごろから国内メーカーからはピストニックモーションを、より理想的に追求・実現しようと、
平面振動板スピーカーがいくつも登場した。
そういう流れの中にいて、非ピストニックモーションでも音は出せる、ということは、
傍流の技術のように見えてしまっていた。

それに1980年代に聴くことができた非ピストニックモーションのスピーカーシステム、
BESのシステムにしても、オームのウォルッシュドライバーにしても、完成度の低さがあり、
それまで国内外のスピーカーメーカーが追求してきて、あるレベルに達していた剛の世界からすれば、
非ピストニックモーションの柔の世界は、
生れたばかりの、まだ立てるか立てないか、というレベルだった、ともいえよう。

それに聞くところによると、
ウォルッシュ・ドライバーの考案者でウォルッシュ博士も、
最初はピストニックモーションでの考えだったらしい。
けれど実際に製品化し研究を進めていく上で、
ピストニックモーションではウォルッシュ・ドライバーはうまく動作しないことに気づき、
ベンディングウェーヴへと考えを変えていったそうだ。

当時は、ベンディングウェーヴという言葉さえ、知らなかったのだ。

Date: 8月 17th, 2013
Cate: 組合せ

妄想組合せの楽しみ(その49・続々番外)

フォステクスのスピーカーシステムGX250MGを鳴らす組合せとしては、
海外製品ではなく、できればすべて日本のモノだけで揃えたい、という気持がある。

GX250MGは952000円(ペア)だから、価格的にも見合った組合せにしたい。
もともとの目的が、音楽を聴くのを億劫がっているときに、音楽を聴くためのシステムなのだから、
億劫がる気持をさらに億劫にしてしまうようなシステムにはしたくない。

電源をいれれば、いつでも安定している。故障もしにくいもの。
本来の音が鳴ってくるまでウォームアップに時間がかかりすぎるものも、ここでは除外する。

アンプで、まず浮んだのは、ウエスギのU·BROS2011Pである。
パワーアンプでなく、コントロールアンプがまず浮んできた。

真空管アンプは、私にとってまずふたつに大きくわけられるところがある。
それは季節感と音に密接な関係を感じさせるかそうでないか、である。

秋から冬にかけて聴きたくなる音をもつ真空管アンプは、
ますます暑くなっていっているように感じる日本の真夏には、聴きたいとは思わない。
そういう真空管アンプの音がある。

その反対に、そういった季節感とはほとんど関係のない音を聴かせる真空管アンプもある。

どちらの真空管アンプが優秀か、ということではなく、
私には、大きく、そういうふたつの真空管アンプの音があるように感じているし、
一般的に、真空管アンプの音として認識されているのは、季節感を感じさせる音のほうかもしれない。

U·BROS2011Pがその点どうなのかというと、おそらく季節感とは関係のない音の真空管アンプだと思う。
U·BROS2011Pはまだ聴いていないけれど、ウエスギ・アンプはこれまでいくつも聴く機会があった。

上杉先生はもうこの世にはおられない。
けれど、上杉先生の真空管アンプに対する考えは、しっかりと継承されているようだし、
そうであるならばU·BROS2011Pの音は、そうなのだと思う。

Date: 8月 16th, 2013
Cate: 訃報

青空文庫のこと

audio sharingは、2000年の今日から始まった。

audio sharingよりも前に、青空文庫はあった。
青空文庫の存在は、私にとっていい刺戟だった。
著作権の壁は50年という長さにある。

青空文庫が公開している作品にとっての50年と、
オーディオ・音楽に関する文章にとっての50年は、
同じ50年とはいえないところがある。

青空文庫には多くのボランティアの人たちがいて、
実に多くの作品が公開されていて、増えている。

けれど青空文庫で、オーディオの書籍が公開されることがあったとしても、
ずっとずっと先のことだ。
そんな先まで、私は待てなかった。
だからaudio sharingをつくった。

audio sharingは今日から14年目を迎える。
もうすぐ14年目の最初の一日も終ろうとしている。

今日のブログも書いた。
これから風呂に入ろうと思い、その前にちょっとニュース系のサイトを、と思って、
ふとGIGAZINEのサイトにアクセスした。そんな気分でのアクセスだっただけに、
そのトップには、【訃報】「青空文庫」の創始者である富田倫生さんが死去、とあったのは、驚愕といえた。

記事には、8月16日、午後12時8分に死去された、とある。

富田氏が亡くなったことは驚きだ。
しかも、8月16日という、私にとってはきわめてプライヴェートな意味をもつ日に、だ。
それはたまたまの偶然でしかないことはわかっていても、
私にとっては、単なる偶然とはどうしても思えないところがある。

本当に突然すぎる……。

Date: 8月 16th, 2013
Cate: 組合せ

妄想組合せの楽しみ(その49・続番外)

最近、フォステクスのスピーカーシステムがよくなった、ということう耳にしたり目にしたすることが増えてきた。
数年前から、フォステクスは良くなってきた、という話を聞くようになっていた。

2005年のステレオサウンドの二冊、155号と156号で、ひさしぶりにスピーカーシステムの測定が行われている。
測定器があればアンプの測定はステレオサウンド車内でも行えるが、
スピーカーシステムの測定となると、無響室が最低でも必要になり、
測定には国内メーカーの協力が不可欠である。

155号と156号での測定はフォステクスで行われている。
記事には周波数特性、インピーダンス特性、歪率、指向特性といった基本的なデータのみが掲載されていた。
けれと実際にはそれ以外の項目についても測定を行った、とある。
そうだろうと思う。

これだけの国内外のスピーカーシステムを一度に同条件で測定できることは、
フォステクスにとって、決して小さくはない財産となったであろう、と私は思っている。

このときから、フォステクスのスピーカーシステムは良くなってくるんじゃないか──、
そういう予測は、私だけでなく少なからぬ人がしていたのではないだろうか。

この測定だけがきっかけというわけではないはず。
それでも、その後のフォステクスのスピーカーシステムをみていくと、
この測定がフォステクスにもたらしたものは大きいか小さいかよりも、多岐にわたっているのではないのか。

音楽を聴くのを億劫がっているときに、フォステクスのスピーカーシステムは向いているんじゃないか、
とステレオサウンドをぱらぱらとめくっていて、そう思えた。

ステレオサウンド 185号の特集・ベストバイの記事で、
フォステクスのGX250MGについて、黛さんが
「誰にでも好かれるフレンドリーな音で心を和ませてくれる」と書かれている。
そういえば、このスピーカーシステム、ステレオサウンドグランプリでも選ばれている。

そこにはこうある。
     *
小野寺 メーカーの方に、「仕事に疲れて家に帰ってきて、ふっと音楽を聴くのにいいスピーカーですね」といったら、「それが狙いです」とおっしゃいましたし。
     *
フォステクス GX250MGの音を、まだ聴いていない。
けれど、黛さんの書かれた者と小野寺氏の発言からすれば、
億劫がっているときに、音楽を聴き始めるのに好適なスピーカーシステムのように思えてくる。

実際のところ、どうなんだろうか。

Date: 8月 16th, 2013
Cate: 組合せ

妄想組合せの楽しみ(その49・番外)

妄想組合せの楽しみ」の前回は、そういえば暑い夏の日だったな、と思い出した。
思い出して、続きをかこうと以前のものを読みなおした。
二年前の夏だった。

二年は短いけれど、その間の変化だけをみれば、決して短いとはいえない期間である。
二年前書こうと思っていたことは、多少の変更を加えなければならないかも……、と思いながら、
自分の書いたものをいくつか溯って読んでいた。

その49)を読んでいて、ひっかかった。
黒田先生の
「あきらかに、頭の半分では、音楽をききたがっていて、もう一方の半分では、音楽をきくことを億劫がっていた」
を引用して書いている。

こういうことはたしかに私も経験がある。
こういうときには音楽の選択も難しいし、重要でもあるのと同じように、
レコードで音楽を聴く者にとっては、どういうスピーカーシステムでいうことも同じウェイトをもつことになる。

レコードの聴き手に強いテンションを要求するような音は、億劫な気持をさらに億劫にすることだってある。
しかも暑い夏であれば、よけいにそうかもしれない。

とはいえ、一度聴き始めれば没頭できるのかもしれないが、
とにかく、気持が億劫がっているときに大事なのは、聴き始めることである。
この「聴き始める」を億劫がらずにできるのであれば、それがいい。

そんな気持の時に向いているスピーカーシステムは、いまの時代にあるのだろうか。

Date: 8月 16th, 2013
Cate: チューナー・デザイン

チューナー・デザイン考(パイオニア Exclusive F3・その8)

パイオニアにとってExclusiveシリーズは特別な存在であった。
TADもそうなのだろうが、私にとってはExclusiveのほうが、ずっと「特別なパイオニア」という印象が強い。

この「特別なパイオニア」であるExclusiveは、いつごろ、どうやって生れたのだろうか。
そのことについてほとんど知らないことに気づいた。
ステレオサウンドでも、Exclusiveの製品についての記事はいくつも読んできたけれど、
Exclusiveそのものについての記事を読んだ記憶がない。

この項を書き始めて、
そしてExclusive F3の私のところにやって来て、
はじめてExclusiveの成り立ちについて、知りたいと思うようになった。
かなり遅すぎるとは自分でも思っているけど、
とにかくExclusiveについての記事が載っているものはないか、と書棚を見ていたら、あった。

ステレオサウンドがシリーズ刊行していた「世界のオーディオ」のパイオニアの号である。
このパイオニアの号は、数年前にもらった本だ。
なのにそのままにしていた。

ステレオサウンドにいたころも、「世界のオーディオ」の海外ブランドの号は読んでいたし、
自分でも持っているけれど、国内メーカーの号に関しては、さらっと目を通していただけだった。

これにはきっと載っているはず、これに載っていなければ、他の本には載っていないはず、である。
パイオニアの号には、三井啓氏による「エクスクルーシヴの秘密をさぐる」が36ページにわたり載っている。

この記事でまず知りたかったのは、F3は、C3、M3、M4と同時期に開発が始まったのかどうかである。

Date: 8月 15th, 2013
Cate: 現代スピーカー

現代スピーカー考(その31)

ステレオサウンドは以前、HI-FI STEREO GUIDEを年二回出していた。
そのとき日本市場で発売されているオーディオ機器を、アクセサリーをふくめて網羅した便利な本だった。

しかも70年代の、この本の巻頭には、沢村亨氏による「カタログデータの読み方」というページがあり、
その中にウォルッシュ・ドライバーの解説もあった。

そのおかげで大ざっぱにはどういうものか知っていたけれど、
それだけではやはり不充分だったし、オームのスピーカーシステムを、
すこし変った無指向性スピーカーというぐらいの認識のところでとまっていた。

このころアメリカ(だったと記憶している)からBESというメーカーのスピーカーシステムが入ってきていた。
これもステレオサウンドの新製品紹介のページで取り上げている。
薄型のパネル状の外観のスピーカーシステムだった。

外観からはマグネパンと同類のスピーカーなんだろう、という理解だった。
ただ輸入元からの資料を読むと、どうもそうではないことはわかったものの、
それでも、それがどういうことなのかを理解できていたわけではない。

このBESのスピーカーシステムも、ステレオサウンドの試聴室で聴いている。
でも、記憶を溯っても、ほとんど思い出せない。

BESのスピーカーシステムもベンディングウェーヴのひとつだったのか、と気づくのは、
もっとずっと後、ジャーマン・フィジックスのDDD型ユニットを聴いたあとだった。

それほどスピーカーの理想動作は、ピストニックモーションである──、
このことから離れることができずに、ものごとを捉えていたのである。

Date: 8月 15th, 2013
Cate: チューナー・デザイン

チューナー・デザイン考(ラジオのこと・その4)

NHK-FMの女性ヴォーカル特集だった一週間を録音して、
そのあとレコードを買い、いまも聴き続けているのはケイト・ブッシュだけである。

チューナーとカセットデッキとNHK-FMの番組のおかげで、ケイト・ブッシュを聴かず嫌いのままにならずにすんだ。

それまで聴いたことのない音楽、
それまで聴いたことのない人を知るには、
レコードを買ってきて聴くか、こうやってラジオによって知るか、のどちらかだった。

買いたい(聴きたい)レコードは、新譜も次々出てくるし、
それ以前の旧譜には、もっともっと多くの買いたい(聴きたい)レコードがあった。
それらすべてのレコードを、学生に買えるわけがない。

優先順位が決ってくるし、
東京のような大都市で大型のレコード店がいくつもあれば、
その優先順位にレコードを買っていけるだろうが、
田舎の、小さなレコード店しかない環境では、
優先順位通りに買えるわけではない。

売っているレコードしか買えないのだから。
いまのようにインターネットがあり通販で簡単に購入できる時代とは大きく違っていた。

ケイト・ブッシュのレコードは、優先順位の上位だった。
ほんとうはイギリス盤で買いたかったけれど、
英語が嘆能であるわけでもなし、ケイト・ブッシュによる歌詞の意味を知りたかったから、
あとでイギリス盤を買っても、日本語訳は役に立つから、と、日本盤を買っていた。