Archive for category テーマ

Date: 7月 6th, 2015
Cate: 試聴/試聴曲/試聴ディスク

ブラインドフォールドテスト(音の尺度)

ブラインドフォールドテストのみが信用できる試聴である、と主張する人に聞きたいことがある。
それは音の尺度(聴き方の尺度)をどう捉えて考えているかである。

三月に別項で音の尺度について書いた。
人は意識的に、無意識的に尺度を切り替えて聴いている。
まったく切り替えずに、常に不変の尺度で聴いている人はいるのだろうか。

もしかするとブラインドフォールドテストのみが……と主張(言い張る)人は、
尺度を切り替えたりはしない、というのかもしれない。

そういう聴き方が不可能だとはいわない。
けれど、そういう尺度を常に一定にしたままで聴くことが、
音の美しさを受け取る行為といえるだろうか。
この疑問があるから、私はブラインドフォールドテストのみが……と主張する人に、
あなたは尺度を切り替えているのか、つねに一定にしているのか、と聞きたい。

Date: 7月 6th, 2015
Cate: ロマン

ダブルウーファーはロマンといえるのか(その3)

ごく初期のJBLの4435のように、ダブルウーファーでも、
片側は2234H、もう片方は2234Hにマスコントロールリングを装着した仕様の2235Hであり、
2235Hは2234Hよもf0が低く、
この場合、シングルウーファーよりもダブルウーファーとすることで低域の再生下限はのびる。

低域の再生下限をのばしたければ、
同口径でもよりf0の低いウーファーを使うか、より大口径のウーファーを用意した方がいい。

ではなぜダブルウーファーとするのか。
単純に同じユニットを二発使えば音圧は3dB上昇する。
これはメリットではあるものの、
最大出力音圧レベルに不足を感じていない、
パワーアンプにより出力の大きなモノをもってこれるのであれば、さほどメリットとはいえなくなる。

そんなことはわかっていても、ダブルウーファーにする人がいるし、ダブルウーファーに憧れる人がいる。
その理由は頭で考えるよりも、ダブルウーファーがよく鳴っている音を一度でも体験してみればわかる。

ダブルウーファーがうまくいけば、エネルギーの再生において、あきらかなものがある。
低域の再生において、エネルギー的にシングルウーファーとダブルウーファーは、
音圧の3dB上昇以上に、感覚的には6dBほどの違いがあるといえる。

この低域のエネルギーは、音のリアリティと直結しているようにも、
ダブルウーファーのシステムを聴けば、そう感じられる。

ナマより生々しい音──。
ナマの楽器の実体感、リアリティが、シングルウーファーよりもグンと増すというよりも、
シングルウーファーでは越えられなかった領域を聴かせてくれる。

Date: 7月 6th, 2015
Cate: オーディオマニア

つきあいの長い音(その12)

つきあいの長い音が、オーディオマニアとしての「純度」を高めていくのかもしれない。

Date: 7月 6th, 2015
Cate: オーディオマニア

つきあいの長い音(その11)

つきあいの長い音は、そうやって聴き手を育てていく。

Date: 7月 6th, 2015
Cate: 試聴/試聴曲/試聴ディスク

ブラインドフォールドテスト(その4)

オーディオ機器の評価の難しさは、それ単体では音が出せない(出ない)というところにある。
パワーアンプの試聴をするにも、
パワーアンプだけを用意すれば試聴が可能になるわけではない。

必ずアナログプレーヤーなりCDプレーヤーが必要になり、
コントロールアンプ、スピーカーシステムも用意しなければならない。
そしてこれらの機器を接続するためのケーブルも、である。

パワーアンプの音を聴くといっても、
実際にはそこでのトータルの音を聴いているわけである。
いうまでもなく、そこでのトータルの音には、オーディオ機器だけでなく部屋も含まれる。

だからこそ馴染んだ環境がなければ、実のところ試聴は成立しない。
ステレオサウンドの筆者にとっては、ステレオサウンドの試聴室がそういうことになる。

同じ場所で、その試聴室のリファレンス機器での音を何度も聴いて知っているからこそ、
試聴は成り立つといえる。

つまりパワーアンプの試聴は、
同じ場所での同じ機器での音の一部(パワーアンプ)を交換した音を聴いているわけで、
交換した一部以外は、いっさい変更してはならない。
そして交換する一部は、すべての機種を可能なかぎり同条件のセッティングが前提となる。

つまり置き場所、置き方、電源のとり方、その場所、
コントロールアンプとの接続ケーブルの引き回し、スピーカーケーブルの這わせ方など、
すべての機種で同じになるように注意しなければならない。

パワーアンプにはステレオ仕様とモノーラル仕様がある。
注意したいのはモノーラル仕様の場合である。
たいていの壁コンセントには挿込み口が二つある。

私がいたころはステレオサウンドの試聴室では、
ステレオアンプは上の挿込み口から、
モノーラルアンプの場合は、左チャンネルを上、右チャンネルを下の挿込み口からとるようにしていた。

左チャンネルを上、右チャンネルを下にしていたのは、
これがすべての場合において音が良いから、ということではなく、
常に同じセッティングをどの機種に対しても行うための、いわばルールである。
いうまでもないが、電源の極性は合せている。

Date: 7月 5th, 2015
Cate: 純度

オーディオマニアとしての「純度」(その13)

硬度と書いて気づいたことがある。
水のことだ。

スーパーに行けば、いろいろなミネラルウォーターが並んでいる。
日本のミネラルウォーターだけでなく、世界各国のミネラルウォーターが並んでいる。

どのミネラルウォーターにも硬度が表示されている。
一般的に日本の水の硬度は低い。
いわゆる軟水である。

フランスの水は硬度が高い。硬水である。
エビアンも日本の水よりも硬いけれど、
ヴィッテルはもっと硬いし、コントレックスはさらに硬い。

ミネラル成分の違いによって、水の硬度が違ってくる。

ということは、いわゆる純水は不純物(ミネラルも不純物である)を含まないのだから、
日本のミネラルウォーターよりも、もっと軟水ということになるのだろうか。

だとすれば、水に関しては純度が高くなればなるほど硬度は低くなる。

水の純度とオーディオマニアとしての「純度」は同じには語れないことはわかっている。
それでも純度と硬度の関係について考えていると、
ミネラルにあたるものはなんなのか、となる。

Date: 7月 5th, 2015
Cate: 黄金の組合せ

黄金の組合せ(その23)

AGIのコントロールアンプ511とQUADのパワーアンプの405の組合せ。
このふたつが、ある時期、良好な組合せ、うまい組合せと評価されてきたのは、
それぞれがもっている枠がうまく合さった結果のような気もする。

どちらのアンプにも枠がある。
ただしQUADの枠は意図的、意識的な枠なのかもしれないし、
AGIの枠は若さゆえに生じた枠だったのかもしれない。

このふたつの枠は、どちらも比較的初期の段階ではうまく合さっていた。
でもどちらのアンプも何度か小改良が施されている。
そのことによって枠に変化が生じる。

QUADの枠は、その枠自体が魅力となっていても、
405の改良、405-2への変更によって枠は少しとはいえ大きくなっている。

AGIの枠は、大きくしようという改良ではなく枠そのものをなくしていこうという改良のようでもある。

ふたつのアンプの枠は方向性にわずかとはいえ違いが出てきた。
AGIのデヴィッド・スピーゲルは20代の若いエンジニア、
QUADのピーター・ウォーカーは老獪といえるエンジニアである。
違いがあって当然であろう。
そのため、ある時期から511と405の組合せは、ステレオサウンドの誌面にも登場してこなくなっていった。

タンノイのIIILZとラックスのSQ38Fの組合せは、黄金の組合せと呼ばれていた。
けれど、IILZの後継機Eaton、SQ38Fの後継機 SQ38FD/IIの組合せは、誰も黄金の組合せとは呼ばなかった。
この理由も、改良にともなう枠の変化だったのではないだろうか。

Date: 7月 5th, 2015
Cate: 純度

オーディオマニアとしての「純度」(その12)

その1)の冒頭に書いているように、
書きたい内容があって書き始めたわけではない。

オーディオマニアとしての「純度」というタイトルが思い浮んで書き始めた。
それだけに、ここから先、どんなことを書いていくのかまだ見えてきていない。

それでもオーディオマニアとしての「純度」とは、
どこまでオーディオマニアとしてのわがままを貫き通せるかどうかではないだろうか。

そして、この「純度」とは、オーディオマニアに共通するものなのか、
共通する何かがあるものだろうか、
オーディオマニアひとりひとりまったく違うものなのか。

オーディオを趣味として長くやっているから、
オーディオマニアとしての「純度」が高いということになるのだろうか。

オーディオマニアとしての「純度」が高いとは、そもそもどういうことなのか。
音は人なりというのだから、
オーディオマニアとしての「純度」が高くなれば、純度の高い音を鳴らしているのか。

純度の高い音は透明度の高い音とイコールではないはず。

純潔という言葉がある。
純潔なオーディオマニアとはどういうことなのか。

ただひとつのスピーカーだけ、他のスピーカーにはまったく関心をもたずに、
そのスピーカー一筋で鳴らしてきた人を純潔なオーディオマニアと呼べるのか。
呼べるとしたら、その人はオーディオマニアとしての「純度」が高いのか──、
私にはそうは思えない。

オーディオマニアとしての「純度」とは、なんなのか。
「わがまま」なのだろうか。

純度が増すということは硬度が増すということでもある。
ならばオーディオマニアとしての「硬度」が増すということは、
やはり「わがまま」ということなのか、硬度があるから「わがまま」を貫き通せるのか。

Date: 7月 5th, 2015
Cate: pure audio

ピュアオーディオという表現(バラストなのか)

アキュフェーズの創業者である春日二郎氏の「オーディオ 匠のこころを求めて」、
この本の中に、ピュアオーディオについて書かれているところがある。

「オーディオはバラスト」とつけられた短い文章だ。
     *
 船舶は、転覆をしないように重心を低くするため、船底に重いバラスト(底荷)を積んでいる。これは直接的な利潤を生まない「お荷物」ではあるが、極めて重要なものである。
 歌人の上田三四一(みよじ)氏は、「短歌は高い磨かれた言葉で的確に物をとらえ、思いを述べる、日本語のバラスト(底荷)だと思い、そういう覚悟でいる。活気はあるが猥雑な現代の日本語を転覆から救う、見えない力となっているのではないか」、このように書かれている。

純粋オーディオも、人類にとって大切なオーディオ文化を守る重要なバラストの役目をしているのではないだろうか。
     *
オーディオはバラストといえる、と思う。
けれど、それはオーディオ文化を守るバラストというよりも、音楽文化を守るバラストのように思っている。

「オーディオはバラスト」について、
そして「オーディオのバラスト」についても、いずれ書いていく。

Date: 7月 4th, 2015
Cate: アナログディスク再生

電子制御という夢(その32)

テクニクスがもしSL10、SL15といったLPジャケットサイズのアナログプレーヤーを開発していなければ、
ビクター、ソニー、デンオンと同じように、電子制御のトーンアームを出していただろうか。

SL10はリニアトラッキング方式で、電子制御である。
ただし一般的なリニアトラッキング方式では、
ストレートのトーンアームパイプがある。

SL10とほぼ同時代の他社のリニアトラッキングアームのプレーヤー、
ヤマハのPX1、パイオニアのPL-L1のように。

テクニクスのジャケットサイズでは、
同じリニアトラッキング方式ではあっても、このパイプはない。

テクニクスがSP10との組合せを前提としたリニアトラッキングアームを開発したとしたら、
どんな形になっていただろうか。
パイプのないリニアトラッキングになっていたのだろうか。

パイプがなかったとしたら、
パイプに起因する問題もなくなる。
つまり低域共振の問題もほとんど無視できるはずであり、
そうなると他社の電子制御のトーンアームで行っていた低域共振の制御は不要となる。

Date: 7月 4th, 2015
Cate: 試聴/試聴曲/試聴ディスク

ブラインドフォールドテスト(その3)

ブラインドフォールドテストを絶対視し、
いわゆるオープンテストは信用できないと主張している人の多くは、
ステレオサウンドがやってきた試聴というものを一度も体験したことのない人なのだろう。

試聴というものは、オーディオ雑誌を読んでいた時と、
実際に試聴室という現場で仕事をするようになってからでは、認識がそうとうに変ってくる。

これはいくら言葉で説明しても伝わりにくいものであるようで、
私も読者だった時代、
ステレオサウンドの特集記事のテストの方法は毎回きちんと読んでいた。
それでも、試聴という仕事をあまく捉えていたことを、
ステレオサウンドで働くようになって気づいた。

試聴の方法として、どういうやり方がいいのか。
ブラインドフォールドテストがいちばんいいやり方ではない。
そのことははっきりしている。
他のやり方すべてに問題点があることもわかっている。

これはすべてのテスト(試聴)方法に共通していえることだが、
いったい何をテストしているのかを明確にしていかなければならない。

何をバカなことをいっているんだ、と思われた方は、
試聴というものがよくわかっていないといえる。

例えばパワーアンプのテスト。
試聴順(ステレオサウンドの場合、価格順が多い)にアンプを聴いていく。
CDプレーヤー、コントロールアンプ、スピーカーシステムは試聴の間、変更はしない。
変っていくのはパワーアンプのみである。

そうやってかなりの数のパワーアンプを聴く。
果して、この試聴はパワーアンプの試聴とはっきりといえるだろうか。
パワーアンプの試聴だといえるには、どういうことが条件となってくるのか。

Date: 7月 4th, 2015
Cate: モニタースピーカー

モニタースピーカー論(APM8とAPM6・その7)

実際に試したわけではないが、テクニクスのSB-M1から把手を外して、
レベルコントロールの凹みを良質の自然素材(たとえばウール)で埋める。

これだけで聴感上のS/N比はそうとうに高くなるはずだ。
凹み部分からの不要輻射を吸音し、把手部分の共鳴もなくしてしまえるからだ。
この手の実験はステレオサウンドの試聴室でかなりやってきた。
だから確実に、そうなると断言できる。

聴感上のS/N比が高くなることは、多くの人の耳が認めることだろう。
けれど、その音をいいと判断するかどうかは、また違ってくる。

聴感上のS/N比は確実に良くなっているのだから、
音は良くなっている──、とはいえる。
それでもメーカーは、把手込み、レベルコントロールの凹み込みで音を追い込んでいたのであれば、
聴感上のS/N比が高くなったかわりとして、音のバランスが若干変化するし、
音のアクセントといえるものがなくなり、印象としてもの足りなさをおぼえてしまうことも考えられる。

いわゆるノイズも音のうち、ということだ。

この点が、SB-M1とAPM6の大きな違いである。
スピーカーシステムにおける聴感上のS/N比の向上は、
SB-M1、APM6登場以降のスピーカーにおける潮流となっていく。

この視点からみれば、
SB-M1は1970年代までのスピーカーシステムのひとつとしての登場であり、
APM6は1980年代のスピーカーシステムのはじまりとしての登場といえる。

同じエスプリのAPM8は、SB-M1と同じといえる。

Date: 7月 4th, 2015
Cate: 新製品

新製品(その14)

あのころは新製品が出るたびに、かなりわくわくしていた。
まだ学生で自由になるお金はほとんどなかった。
それでも目標だけは大きかった。

社会人になれば、そう遠くないうちに買えると思っていたからだし、
実際に当時憧れていたオーディオ機器は、頑張れば買えない価格ではなかった。

ステレオサウンドの新製品紹介のページを読んでは、
目標が少し変ったり、また元に戻ったりということがあった。

そんなふうに読んできた申請非紹介のページだったが、
いつのころからか、こちらの読み方が変ってきた。

変ってきた理由のひとつには、ステレオサウンドで働いていたことも関係している。
でもそれだけではない。

すべての新製品をそういう視点で見ているわけではないが、
いわゆる話題の新製品、そのブランドのトップクラスの新製品、
それから超高額といえる新製品が出た時には、
これらはいったい何年使えるのだろうか、とふと思ってしまうようになっていた。

スピーカーシステムで、ペアで一千万円前後するモノがある。
そういったスピーカーが、仮にいい音を聴かせてくれたとしよう。
けれど、それはいったい何年使えるのか。

ここで使えるのか、という意味は、
新製品として登場した時点での最先端にあったであろう音は、
数年後には最先端ではなくなっていることが多い。
それは仕方のないことなのだが、毎日、そのスピーカーで音を聴いてきて、
10年、20年、30年……と使っていけるのだろうか、という意味でだ。

この新製品のモノとしての「耐久性」はいったいどの程度なのか。
このことを、高額なオーディオ機器に対しては冷静に判断するようになっていた。

Date: 7月 3rd, 2015
Cate: 試聴/試聴曲/試聴ディスク

ブラインドフォールドテスト(その2)

2ちゃんねるのステレオサウンドのスレッドでリンクされていた個人のサイトには、
ステレオサウンドは172号で初めてブラインドフォールドテストを行った、と書いてあった。

172号のアンプの試聴が、ステレオサウンド初めてのブラインドフォールドテストではない。
それ以前にも数回行ってきている。
調べればすぐにわかることなのに、調べもせずに書く。

その1)で書いた、
172号のブラインドフォールドテストに参加しなかったから小野寺弘滋氏は信用できないという人、
この人も調べればすぐに分ることなのに調べもせずに書いている。

このふたりが同じ人なのか違う人なのか、
2ちゃんねるは匿名の掲示板だからわからない。
おそらく違う人だろうが、
ブラインドフォールドテストが絶対で、
ブラインドフォールドテスト以外の試聴は信用できない、と主張する人たちの中に、
このふたりのような人がいるのだろうか、と思ってしまう。

わずかなサンプルだから、
ブラインドフォールドテストを支持する人、もっといえば絶対視している人が、
すべてそうだとはいえないことはわかっている。

けれどブラインドフォールドテストにはブラインドフォールドテストゆえの問題点もあり、
通常の試聴(オープンテスト)よりも、その結果が信頼できるわけではない決してない。

ブラインドフォールドテストは、何をテストしているのか、誰をテストしているのか、
この点が曖昧になってしまう。

Date: 7月 3rd, 2015
Cate: オーディオの「美」

美事であること(50年・その1)

50年を半世紀ともいう。
私も半世紀ちょっと生きている。

ステレオサウンドも来年秋、50年(半世紀)を迎える。
このことはステレオサウンドが創刊されたころ、
すでに世の中に登場していたオーディオ機器も半世紀を迎えるということでもある。

例えばマランツのコントロールアンプ、Model 7も登場して50年以上経っている。
いまもModel 7で聴いている人は少なからずいる。

いまもコンディションのいいModel 7は高値で取り引きされている。
高値で取り引きされているからコンディションがいいわけでは決してないのだが、
そういうコンディションのModel 7も高値がついていたりする。

50年(半世紀)経っているわけだから、
新品を購入し、どれだけ大事に使ってきたとしても、メンテナンスは必要である。
どんなメンテナンスを施されてきたのかでも、コンディションは変ってくる。

いま現在、どれだけきちんとしたコンディションのModel 7があるのか、
はっきりとしたことはわからないけれど、
そういう状態にあるModel 7が、その語、登場した数多くのコントロールアンプよりも、
優れているところを持っているからこそ、いまも愛用する人がいるわけだ。

つまりModel 7は50年生き残っている。
Model 7だけではない、他にも50年生き残っているオーディオ機器がある。