Archive for category テーマ

Date: 4月 21st, 2016
Cate: audio wednesday

第64回audio sharing例会のお知らせ(muscle audio Boot Camp vol.2)

5月のaudio sharing例会は、4日(水曜日)です。

自分のシステムをチューニングするとき、ほとんどの場合、かけるディスクは一枚である。
CDであってもアナログディスクであっても、かけかえることはほとんどしない。

CDの場合であれば、何かを変更するときはストップボタンは押さずにポーズボタンを押す。
つまりCDはCDプレーヤーの中で回転し続けているわけだ。
アンプのボリュウムも最初に設定したところから動かさない。

一度絞って、元の位置に戻せば同じことじゃないか、
CDにしても何枚かのディスクをかけかえることに不都合はないじゃないか、
そう考える人もいるだろうが、
細かなチューニングになればなるほど、変動要素はできるかぎり減らしたいし、コントロールしたい。

1980年代のステレオサウンドを読み返してもらえれば、なぜそうするのかは載っている。
CDであればストップボタンを押してしまうと、ディスクの回転は止る。
プレイボタンを押しても、すぐにサーボ回路が安定するとは限らない。

それに一度ディスクを取り出してしまうと、
前とまったく同じ状態でディスクがホールドされるとは限らない。

アンプのボリュウムも絞ってしまうと、完全に同じ位置に設定できるとは思わない方がいい。
だいたい同じ位置にはできても、わずかにズレてしまう。
聴感上の音量の変化は判断材料として重要である。
その差はわずかであることが多いからこそ、ボリュウムもそのままにしておく。

他にも注意する点はいくつかある。
そういう注意を払いながら、音を聴いていく。

これを次回のmuscle audio Boot Campで再現しようとは考えていない。
同じディスクの同じところを、しつこく聴くわけだからだ。
やっている本人は楽しくても、隣で聴いている人には苦痛になるだろうし、
しんどいことだと思う。

なのでチューニングをやりながらの音出しであっても、数枚のディスクをかけていくだろうし、
音量に関してもまったくいじらない、ということはやらない予定でいる。
ただし要望があれば、変更の可能性もある。

場所はいつものとおり四谷三丁目のジャズ喫茶・喫茶茶会記のスペースをお借りして行いますので、
1000円、喫茶茶会記にお支払いいただくことになります。ワンドリンク付きです。

Date: 4月 20th, 2016
Cate: マッスルオーディオ

muscle audio Boot Camp(その6)

ステレオサウンド47号「続・五味オーディオ巡礼」を何度も読み返していた高校一年だった私は、
スピーカー内蔵ネットワーク方式で、マルチアンプのよさを出すには……、
反対にマルチアンプ・システムでネットワーク方式のよさも出すには……、
そういうことを考えていた。

多くの人が考えるように、
トゥイーター用のローカットフィルターとウーファー用のハイカットフィルターの干渉を、
どれだけ抑えられるか、について考えていた。

1980年ごろになると国産スピーカーの中に、
ネットワークをエンクロージュア内で分離させているモノが登場してきた。

エンクロージュアの裏側にある入力端子、
この端子の裏側で2ウェイならば二組、3ウェイならば三組のケーブルが、
それぞれのユニットのネットワーク(フィルター)までのびている、というようにだ。

国産のスピーカーシステムで、バイワイヤリングを最初に採用したモデルはどれなのだろうか。
私が見て聴いた範囲では、
ダイヤトーンのフロアー型システムDS5000(JBL・4343と同じ寸法の4ウェイ・システム)だった。

そのころはまだバイワイヤリングという言葉はなかった。
バイワイヤリング方式そのものは、東芝が実用新案をとっていたと、ずいぶんあとになって知った。

エンクロージュア内部でネットワークをそれぞれの帯域ごとに分離させているのであれば、
それをエンクロージュアの外側までのばしていったのが、いわゆるバイワイヤリングの考えである。

バイワイヤリング対応のスピーカーを、
シングルワイヤリングからバイワイヤリングにすれば、ほとんどの場合、音の分離は向上する。
バイワイヤリングでこれだけの効果が得られるのならば、
3ウェイではバイ(二組)ではなく三組に、4ウェイでは四組のスピーカーケーブルで、
アンプと接続できるようにすれば、バイワイヤリングよりもさらに音の分離はよくなる……、
誰もがそう考えるであろう。

私もそう考えた。
JBLの4343のネットワークを回路定数はそのままで、
各帯域ごとに(つまり四つに)分離して、スピーカーケーブルも四組使う、
そんな接続で鳴らしたら……、
4ウェイのマルチアンプ(四組のパワーアンプ使用)とまではいかなくとも、
バイアンプ(二組のパワーアンプ使用)と同等か、
うまくすればもっといい音が得られるのではないか。

そんな都合のいいことを想像していた時期がある。

けれどステレオサウンドの試聴室で、さまざまなバイワイヤリング対応のスピーカーを、
シングルワイヤリングとバイワイヤリングでの音の違いを体験していくうちに、
バイワイヤリングが、シングルワイヤリングよりもすべての面で優れているわけでないことにも気づく。

そのころになって、ようやく直列型ネットワークのことを思い出すにいたる。

Date: 4月 18th, 2016
Cate: オーディオマニア

どちらなのか(その1)

極道という言葉がある。
辞書には、いい意味のことは書いてない。
日常的に、この言葉が使われるのも、いい意味ではない。

極道(ごくどう)とは、悪事や酒色・ばくちにふけること。品行・素行のおさまらないさま。
人をののしっていう語、とある。

極には、きわめる、きわまる、このうえない、という意味をもつ。
だから極意、極地という言葉がある。

その意味でいえば、道を極めるのが極道ということになり、
この極道を否定的な意味ではなく肯定的な意味としてとらえる人もいる。

オーディオだけに限らずマニアと呼ばれる人は、
そういう意味での極道者と自認している人も少ないはずだ。

何かを極めよう、ということは、そういうことであろう、と思ってきたけれど、
このごろになって極めようとしてきたのだろうか、とも思うようになってきた。

修道という言葉がある。
道を修める、と書く。

極めると修める。
オーディオでやってきたことはどちらなのか、
いまやっていることは、これからやろうとしていることはどちらなのか。

Date: 4月 17th, 2016
Cate: ヘッドフォン

優れたコントロールアンプは優れたヘッドフォンアンプなのか(QUADの場合)

パワーアンプにはヘッドフォン端子がついている機種の方が少ない。
プリメインアンプとなると、国産機種に関しては、以前は大半の機種についていた。
コントロールアンプは、となると、ついているモノもあればついていないモノもある、といった感じだった。

国産のコントロールアンプはついている機種が多かった。
海外製も意外と多かった。

それが音質向上を謳い、トーンコントロールやフィルターといった機能を省く機種が増えるに従い、
ヘッドフォン端子も装備しない機種が増えていった。

たとえばマークレビンソンのLNP2やJC2にヘッドフォン端子がないのは、
特に疑問に感じたりはしない。
マークレビンソンの成功に刺戟されてか、1970年代後半に多くの小規模のアンプメーカーが誕生した。
AGI、DBシステムズ……、これらのコントロールアンプにもヘッドフォン端子はついてなかった。
それも当り前のように受けとめていた。

不思議に思うのは、QUADの場合である。
管球式の22、トランジスターになってからの33、44、
いずれにもヘッドフォン端子はついていない。
パワーアンプにも、当然ながらついていない。

これが他のメーカーであれば、その理由を考えたりはしないのだが、
QUADとなると、考えてみたくなる。

QUADのことだから、設計者のピーター・ウォーカーのポリシーゆえなのだろうが、
ついていても不思議でないQUADのコントロールアンプにつけない、その理由となっているのは、
どういうことなのだろうか。

正直、はっきりとした答は見えてこない。
それでもQUADの場合について、考えるのは無意味ではないはずだ。

Date: 4月 16th, 2016
Cate: ヘッドフォン

優れたコントロールアンプは優れたヘッドフォンアンプなのか(その3)

GASからは最初にパワーアンプAmpzillaが登場した。
しばらくしてペアとなるコントロールアンプThaedraが出た。

Thaedraにはヘッドフォン端子が最初のモデルからついていた。
II型になってAmpzillaにもヘッドフォン端子がついたということは、
コントロールアンプとパワーアンプの両方にあることになる。

メーカー側がペアで使ってほしいと思っていても、
セパレートアンプであれば必ずしもペアで使われるとは限らない。

ゆえにコントロールアンプとパワーアンプの両方につけるのだろうか。

GASだけではない。
マッキントッシュのセパレートアンプもそうだった。
C26、C28といったコントロールアンプにヘッドフォン端子はついている。
MC2300にはなかったが、MC2105、MC2205などにはヘッドフォン端子がある。

機能が重複しているわけだ。
もっともマッキントッシュのコントロールアンプを他社のパワーアンプと(もしくはその逆)、
GASのThaedraと他社のパワーアンプ(もしくはその逆)の組合せも考えられるわけだし、
実際にそういう組合せで鳴らしている人もいるのだから、
その場合、機能は重複しないとはいえ、ペアで使う人が多いのもマッキントッシュのアンプの特徴でもあるし、
GASに関しても、ユニークなパネルフェイスはペアで使いたくなるところだし、
実際にボンジョルノ設計のアンプはメーカーがGASとSUMOであっても、驚く音を聴かせてくれる。

マッキントッシュもGASも、ペアでの使用を前提としたうえで、
ヘッドフォン端子をコントロールアンプとパワーアンプに設けることは、
機能の重複ではあっても、性能の重複ではない、と考えているからではないだろうか。

Date: 4月 15th, 2016
Cate: ヘッドフォン

優れたコントロールアンプは優れたヘッドフォンアンプなのか(その2)

1985年12月にSUMOのThe Goldを買った。
すでに製造中止になっていたから、中古である。
アンプ本体のみだった。

当時はステレオサウンドにいたから、輸入元であったエレクトリのKさんに、
回路図と取り扱い説明書をお願いした。

英文と邦訳、両方の取り扱い説明書と回路図、それからカタログもいただいた。

取り扱い説明書を読むと、ヘッドフォンの接続に関して書かれているところがある。
いまでこそ接続端子を交換して左右チャンネルのアースを分離できるようになったが、
ヘッドフォンはヘッドフォン端子を使うかぎりは、左右チャンネルのアースは共通になっている。

SUMOのパワーアンプはブリッジ出力(バランス出力)なので、
左右の出力端子の黒側(マイナス側)はアースではないので、
一般的なパワーアンプと同じやり方ではヘッドフォンは接続できない。
アンプの故障の原因となるからだ。

ていねいにも取り扱い説明書には、ヘッドフォンのアースは、
アンプ本体のシャーシーに接続しろ、と書いてある。

The GoldやThe PowerなどのSUMOのパワーアンプにヘッドフォンを接続するには、
そういうやり方しかないのだが、それにしても……、と感じた。

こういうことを取り扱い説明書に書いてあるということは、
少なくともアメリカでは、これらのパワーアンプの出力端子にヘッドフォンを接続する人たちが、
少なからずいる、ということだろう。

取り扱い説明書はThe GoldとThe Power、共通だった。
The Goldは125W、The Powerは400Wの出力をもつ。
そういうパワーアンプでヘッドフォンを鳴らす。

どういう音がするのだろうか、と思うとともに、
そういえばThe Gold、The Powerのジェームズ・ボンジョルノは、
GAS時代にも、やはりAmpzillaにヘッドフォン端子をつけていたことを思い出した。

初代のAmpzillaにはなかったヘッドフォン端子が、
Ampzilla IIではDYNAMICとELECTROSTATICの二組の端子が、フロントパネルに設けられている。
Ampzillaの出力は200W。

Ampzillaはヘッドフォンを接続しようと思えば、簡単にできる。
だかThe Power、The Goldとなると、リアパネル側にまわらなければできない。

私の感覚ではそうまでしてヘッドフォンをThe Goldで鳴らそうとは考えないけれど、
そこまでやる人がいる、ということでもある。

あきらかにAmpzilla、The Power、The Goldの出力は、数時だけで判断するとヘッドフォンには過剰である。
けれど、それはあくまでも数字の上だけの過剰さなのか、とも思う。

当時でもヘッドフォン端子を切り取って、ヘッドフォンのケーブルの末端をばらしてしまえば、
つまりスピーカーケーブルと同じにしてしまえば、そのままSUMOのアンプに接続できる。
そうすればバランス駆動で鳴らせる。

どんな音がしたのだろうか。

Date: 4月 14th, 2016
Cate: ヘッドフォン

優れたコントロールアンプは優れたヘッドフォンアンプなのか(その1)

1978年にステレオサウンド別冊として出た「Hi-Fiヘッドフォンのすべて」。
ここでの試聴方法を、瀬川先生が書かれている。
     *
 ヘッドフォンのテストというのは初体験であるだけに、テストの方法や使用機材をどうするか、最初のうちはかなり迷って、時間をかけてあれこれ試してみた。アンプその他の性能の限界でヘッドフォンそのものの能力を制限してはいけないと考えて、はじめはプリアンプにマーク・レヴィンソンのLNP2Lを、そしてパワーアンプには国産の100Wクラスでパネル面にヘッドフォン端子のついたのを用意してみたが、このパワーアンプのヘッドフォン端子というのがレヴェルを落しすぎで、もう少し音量を上げたいと思っても音がつぶれてしまう。そんなことから、改めて、ヘッドフォンの鳴らす音というもの、あるいはそのあり方について、メーカー側も相当に不勉強であることを思った。
 結局のところ、なまじの〝高級〟アンプを使うよりも、ごく標準的なプリメインアンプがよさそうだということになり、数機種を比較試聴してみたところ、トリオのKA7300Dのヘッドフォン端子が、最も出力がとり出せて音質も良いことがわかった。ヘッドフォン端子での出力と音質というは、どうやらいま盲点といえそうだ。改めてそうした観点からアンプテストをしてみたいくらいの心境だ。
 また、念のためスピーカー端子に直接フォーンジャックを接続して、ヘッドフォン端子からとスピーカー端子から直接との聴き比べもしてみた。ヘッドフォンによってかなり音質の差の出るものがあった。そのことは試聴記の中にふれてある。
     *
トリオのKA7300Dは78,000円のプリメインアンプ。
約40年前のこととはいえ、KA7300Dは高級機ではなく中級機にあたる。

フロントパネルにヘッドフォン端子がついていて、出力100Wクラスの国産パワーアンプとなると、
あれか、とすぐに特定の機種が浮ぶ。
このころのオーディオに関心のあった人ならば、すぐにどれなのかわかるはず。
コントロールアンプのLNP2(当時118万円)と比較すれば、安価なパワーアンプともいえるが、
KA7300Dよりは高価なモノだ。

そのパワーアンプの、スピーカーを鳴らしての評価は高いほうだった。
スピーカーを鳴らした音は聴いたことがある。けれどヘッドフォンを鳴らした音は聴いたことがない。
だから瀬川先生の文章を読んで、そうなのか……、と思った。

このメーカーはヘッドフォン端子をつけるにあたって、きちんと音を聴いていたのだろうか。
とりあえずつけておけばいいだろう、という安易な考えがあったのか、
それともこのメーカーが試聴用として使用したヘッドフォンならば、十分な音量を得られたのだろうか。

そうだとしても、特定のヘッドフォンにのみ、ということでは汎用アンプとしては、
むしろつけない選択もあったはずだ。

このパワーアンプでも、スピーカー端子にヘッドフォンを接げばいい音がした可能性は高い。
ヘッドフォンを鳴らすのにパワーはそれほど必要としない。
ごくわずかな出力ですむ。

ということは出力段がAB級動作であっても、
ヘッドフォンを鳴らす出力においては、ほぼすべてのアンプがA級動作をしているといってもいい。
それにアンプにとっての負荷としてみても、
ヘッドフォンとしては低い部類のインピーダンスであっても、
スピーカーとくらべれば高い値である。

つまりアンプにとってヘッドフォンを鳴らすのは、
スピーカーを鳴らすよりもずっと簡単なことだ、と思えなくもない。
でも実際のところはそうではない。

Date: 4月 13th, 2016
Cate: ショウ雑感

2016年ショウ雑感(その1)

2016年のインターナショナルオーディオショウの概要が先日発表になった。

9月30日、10月1日、2日に開催される。
そして今年はテクニクスが出展する。

一昨年、昨年とオーディオ・ホームシアター展(音展)に、
テクニクスは出展していた。

一昨年はテクニクス復活のニュース直後ということもあって、
そこでの音出しに不満を感じたけれど、あれこれ言おうとは思わなかった。

でも昨年に関しては違う。
テクニクス復活から一年。
なのにオーディオ・ホームシアター展(音展)での音出しは、一昨年と同様だった。

お茶を濁す、とでもいおうか、逃げ腰の音出しであり、
とりあえず来場者に対して音を聴かせれば、いいわけが立つ──、
そんな印象しか残らないものだった。

会場となった場では満足な音出しはできない、ともいいたいのだろうか。
それとも他に理由があったのか。
ほんとうのところはわからない。

けれど、今年はインターナショナルオーディオショウに移ってくる。
一昨年、昨年のような音出しは、インターナショナルオーディオショウでは、相手にされない。

テクニクスはそのことがわかっていてインターナショナルオーディオショウに来るのか、
それともオーディオ・ホームシアター展(音展)と同じような音出しに終始するのか。

テクニクスの本気度が、ようやくはっきりするのであろう。

Date: 4月 13th, 2016
Cate: マッスルオーディオ

muscle audio Boot Camp(その5)

ステレオサウンド 47号の「続・五味オーディオ巡礼」。
最後まで読めば、4ウェイのバイアンプ(マルチアンプ)による音を認められている。
ほぼ絶賛といってもいい書き方だ。

《仮りに私が指揮を勉強する人間なら、何を措いてもこの再生装置を入手する必要がある、と本気で考えていたことを告白する。》
とまで書かれている。
さらに《エレクトロニクスが技術で到達した現代最高のそれは音だと痛感したことを》
とも書かれている。

しかも、この4ウェイ・システムはJBLのそれだ。
アンプもすべてトランジスターである。

「続・五味オーディオ巡礼」を何度もくり返し読んだのは、
ここのところにもある。

やはり究極的にはマルチウェイ、マルチアンプ・システムなのか……、とも思ったし、
ハーモニーの拡がりにおいても、そうであろう、と。

でも五味先生は最後の最後に書かれている。
《4350が指揮者の位置なら、拙宅のはコンサートホールの最も音のいい席で聴いている感じがする。細部の鮮明さは到底4350にかなわないが、演奏会場の空間にひろがるハーモニイの美は、あやまたず我が家のエンクロージァは響かせている。》

《演奏会場の空間にひろがるハーモニイの美》、
これはオーケストラと指揮者がいるステージ上に拡がるハーモニーと同じとは限らない。

Date: 4月 12th, 2016
Cate: オーディオのプロフェッショナル

モノづくりとオーディオのプロフェッショナル(続ステレオサウンド 47号より)

システムコンポーネントを略してシスコン。
私がオーディオに興味をもちはじめたころ、シスコンという言葉はよく使われていた。

システムコンポーネントはいうまでもなくメーカーによるシステム一式のことだ。
価格的、グレード的に見合ったアナログプレーヤー、プリメインアンプ、チューナー、スピーカーシステム、
いわゆるメーカー推奨の組合せ(システム)である。

これに対してユーザーが自由に選んでコンポーネントシステムをつくる。
そうやってつくられた組合せをバラコン(パラゴンではない)という呼称があった。

バラバラのコンポーネントを組み合わせるから、バラコンである。
ひどい言葉である。

バラコンという言葉を、幸いにしてというべきか、私のまわりにいる人は使っていない。
耳にしたこともなかった。

私がバラコンを耳にしたのは一度だけである。
瀬川先生が使われたときだけである。

瀬川先生は、バラコンという言葉を毛嫌いされていた。

いまバラコンという言葉が使われている。
言葉をざんぞい扱っている。こんな言葉は使いたくないし使うべきではない。

そういった趣旨のことを話された。
このとき、バラコンという言葉があるのを、使われているのを知った。

だからいっさい使っていない。

もう一度引用しておくが、瀬川先生はステレオサウンド 47号にこう書かれている。
     *
 だが、何もここで文章論を展開しようというのではないから話を本すじに戻すが、今しがたも書いたように、言葉の不用意な扱いは、単に表現上の問題にとどまらない。それがひいては物を作る態度にも、いつのまにか反映している。
     *
バラコンは、まさに《不用意な言葉の扱い》であり、
バラコンを使っているメーカーの《物を作る態度にも、いつのまにか反映している》はずだし、
同じことはオーディオマニアが組合せ(コンポーネント)をつくる態度にも、いつのまにか反映しているはずた。

Date: 4月 11th, 2016
Cate: 素材

羽二重(HUBTAE)とオーディオ(その14)

聴覚も触覚だとすれば、音楽の聴こえ方は、聴き手の身体状態と関係してくることになる。
たとえば前のめりになって聴くことがある。
そのとき身体(からだ)の状態はどうだろうか。

身体をこわばらせていないだろうか。
手はどうだろうか。握りこぶしをつくっていないだろうか。

こわばらせるは、強ばらせる、と書く。
文字通り、身体に力がはいっていると肌の感覚はどう変化するだろうか。

力を抜いた状態と強ばらせた状態で、肌の、何かの刺戟に対する反応は果して同じだろうか。

握りこぶしをつくっていたことに気づいた人は、
ためしに手のひらを広げてみたらどうだろうか。

それだけでも音の聴こえ方は変ってくる。
スピーカーから出てくる音は変化していなくとも、
聴き手の身体状態のあり方が変れば、音の受けとめ方が変ってくるのだから、
音が、結果として変って聴こえても不思議ではない。

音の聴き方をたずねられることが増えてきた。
凝視するような聴き方はしないこと、と答えている。

凝視すれば眉間にしわができる。
力を抜いた状態ならば眉間にしわなどできない。

音を耳だけで聴いていると思い込んでいる人には、
こんなことをいってもまるで通じない。

けれど、あきらかに音楽を受けとめているのは、触覚である。

昨夜、あるフルート奏者も同じことを話されていた。
音楽の聴き手側になったときに、身体に力がはいった状態と抜いた状態とでは、
音楽の聴こえ方が違ってくる、ということだった。

Date: 4月 11th, 2016
Cate: 老い

歳を重ねるということ(音楽を聴きついで……)

ようやく五十を過ぎた……、とおもうことがいくつもある。
そのひとつである。

五味先生の「オーディオ人生(10) ラフマニノフ 交響曲第二番」がそのひとつだ。
     *
 若い時分──私の場合でいえば中学四年生のころ──私はベートーヴェンに夢中になった。それはベートーヴェンが偉大な音楽家であると物の本や人の話で聞いていて、さて自分でその音楽を聴き、なるほどベートーヴェンというのはすごいと得心した上で、血道をあげたわけである。もし誰もがベートーヴェンなど褒めなかったら、果して、それでもベートーヴェンに私は熱中したであろうか? つまり絶讚する他者の声とかかわりなしに「気違いじみて大袈裟な音楽だ」とゲーテの眉をしかめたあの『運命』を、本当に素晴しいと私は思ったろうか、という疑問を感じる。むろん紛れもなくハ短調交響曲は傑作だから幾多の人々を感動させたので、ベートーヴェンの作品だからではない。言うまでもなく、感動はベートーヴェンの名前ではなく作品そのものにある。少々早熟な中学生の私が当時興奮して当然だったとは思う。しかし、齢五十を過ぎて今、よく十代の小悴にこの作品がわかったものだと私は自分であきれるのだ。五十をすぎて、ようやく第五交響曲に燃焼させたベートーヴェンの運命のようなものが私には見えてきたから。
 同じ《傑作》でも、チャイコフスキーの『悲愴』は今はつまらない。当時どうしてこんな曲に感激したか不思議なくらいだ。要するに若かったのだろうが、何にせよベートーヴェンの名を抜きにして当時の私のベートーヴェンへの傾倒は考えられない。つまり十代の私には、音楽作品を鑑賞する上で、あるいは夢中になるのに、或る程度の世評は必要不可欠だったのを今にして悟るのである。
 もう一つは、若気のあやまちというべき惹かれ方である。だれにもおぼえがあるだろうとおもう。メンデルスゾーンの『ヴァイオリン協奏曲』に、ドボルザークの『セロ協奏曲』に同じ時期私は聴き惚れ陶酔した。どちらも第一楽章にかぎられてはいたが、メンデルスゾーンとドボルザークはその頃の私にはベートーヴェンと同じ高さに位置する偉大な音楽家であった。敢えていえば夢中になったベートーヴェンでもそのヴァイオリン協奏曲よりラローの『スペイン交響曲』のほうが実は傑作だとひそかに思っていたのだ。シュナーベルによるベートーヴェンのピアノソナタ全集が当時出ていたが、愛聴したのは『月光』や『告別』『熱情』であって、作品一〇六や一〇九、一一〇などまるで面白くなかったことを告白する。ついでにいえば、シュナーベルの『月光』よりパデレフスキーのほうが演奏としては好きだったことを。ひどい話だが、事実である。熱中したベートーヴェンでこの態だった。『ハンマークラヴィーア』や作品一一一の真価──前人未踏ともいうべきその心境を聴き取るにはそれから二十年の歳月が(人生経験がではない)私には必要だったのである。
     *
この文章を、「オーディオ巡礼」が出た時に読んだ。
まだハタチにもなっていなかった。
五十は、遠い遠い未来のこととしかおもえなかったときに読んでいる。

《つまり十代の私には、音楽作品を鑑賞する上で、あるいは夢中になるのに、或る程度の世評は必要不可欠だったのを今にして悟るのである。》
私もそうだった。
十代の私には、まず五味先生の音楽についての文章が必要不可欠だった。
その五味先生が
《五十をすぎて、ようやく第五交響曲に燃焼させたベートーヴェンの運命のようなものが私には見えてきたから》
と書かれているし、
《『ハンマークラヴィーア』や作品一一一の真価──前人未踏ともいうべきその心境を聴き取るにはそれから二十年の歳月が(人生経験がではない)私には必要だったのである》
とも書かれているわけだ。

五十になるまで俟つしかない、と思っていた。

Date: 4月 11th, 2016
Cate: マッスルオーディオ

muscle audio Boot Camp(その4)

オーディオマニアである以上、マルチアンプシステムにできるだけ早く挑戦してみたい、
そんなふうに高校生のころの私は思っていた。

HIGH-TECHNIC SERIES-1は、そんな私に、マルチアンプシステムこそが……、と思わせてくれた。
けれどこのHIGH-TECHNIC SERIES-1から約半年ほど経ってから、ステレオサウンド 47号が出た。

巻頭に「続・五味オーディオ巡礼」が載っている47号である。
     *
 言う迄もなく、ダイレクト録音では、「戴冠式」のような場合、コーラスとオーケストラを別個に録音し、あとでミクシングするといった手はつかえない。それだけ、音響上のハーモニィにとどまらず、出演者一同の熱気といったものも、自ずと溶けこんだ音場空間がつくり出される。ボイデン氏の狙いもここにあるわけで、私が再生音で聴きたいと望むのも亦そういうハーモニィだった。どれほど細部は鮮明にきき分けられようと、マルチ・トラック録音には残響に人工性が感じられるし、音の位相(とりわけ倍音)が不自然だ。不自然な倍音からハーモニィの美が生まれるとは私にはおもえない。4ウェイスピーカーや、マルチ・アンプシステムを頑に却け2ウェイ・スピーカーに私の固執する理由も、申すならボイデン氏のマルチ・トラック毛嫌いと心情は似ていようか。もちろん、最新録音盤には4ウェイやマルチ・アンプ方式が、よりすぐれた再生音を聴かせることはわかりきっている。だがその場合にも、こんどは音像の定位が2ウェイほどハッキリしないという憾みを生じる。高・中・低域の分離がよくてトーン・クォリティもすぐれているのだが、例えばオペラを鳴らした場合、ステージの臨場感が2ウェイ大型エンクロージァで聴くほど、あざやかに浮きあがってこない。家庭でレコードを鑑賞する利点の最たるものは、寝ころがってバイロイト祝祭劇場やミラノ・スカラ座の棧敷に臨んだ心地を味わえる、という点にあるというのが私の持論だから、ぼう漠とした空間から正体のない(つまり舞台に立った歌手の実在感のない)美声が単に聴こえる装置など少しもいいとは思わないし、ステージ——その広がりの感じられぬ声や楽器の響きは、いかに音質的にすぐれていようと電気が作り出した化け物だと頑に私は思いこんでいる人間である。これは私の聴き方だから、他人さまに自説を強いる気は毛頭ないが、マルチ・アンプ・システムをたとえば他家で聴かせてもらって、実際にいいと思ったためしは一度もないのだから、まあ当分は自分流な鳴らせ方で満足するほかはあるまいと思っている。
     *
HIGH-TECHNIC SERIES-1には、瀬川先生の、フルレンジから出発する4ウェイ・システム構想も載っていた。
どのフルレンジユニットから始めて、どう4ウェイまでいくのか、
マルチアンプへの移行はどの時点で行うのか、
そんなことをHI-FI STEREO GUIDEをみながら、あれこれ空想していたころに、
47号の五味先生の、この文章である。

そうなのか……、と思ってしまう。
まだマルチアンプの実際の音を一度も聴いたことのない高校生である。
もし聴いていたとして、その音が優れなかったとしても、
それは調整に不備があってのことで、マルチアンプシステムそのものを疑わなかったであろう、
そんな私も、47号の五味先生の文章によって、考えをあれこれめぐらせるようになった。

Date: 4月 10th, 2016
Cate: audio wednesday

audio sharing例会(今後の予定)

喫茶茶会記には三つの空間がある。
いわゆる喫茶室としての空間、それからアルテックのスピーカーシステムが置いてあるL Room、
その奥にS Roomがある。

L Roomには窓がない。
そのことは以前から知っていたけれど、真っ暗になることは今日まで知らなかった。
照明を落としてしまうと、どんなに目を凝らしても何も見えない。

照明があるところで目を閉じているのとは違う暗さが得られることに、今日やっと気づいた。
このL Roomで、照明を落として真っ暗な状態で、
マーラーの交響曲を聴く、ということをやりたい、と思っている。

各人が聴きたいマーラーの交響曲のCDを持ち寄って、真っ暗な中でかなりの音量で聴く。
一曲目はバーンスタインの第五交響曲(ドイツ・グラモフォン盤)でいきたい、と考えている。
最後にかけるのはジュリーニの第九番。
この二曲だけは決めておいて、あとはリクエストに応じて、という具合に。

いつにするかはまだ決めていない。
候補としては8月3日を考えている。
この日の05時45分は新月である。

「新月に聴くマーラー」である。

Date: 4月 9th, 2016
Cate: マッスルオーディオ

muscle audio Boot Camp(その3)

1977年に出版されたラジオ技術選書「スピーカ・システム(山本武夫 編著)」にも、
直列型ネットワークの記述がある。
そこには、こう書いてあった。
     *
直列型と並列型は2ウェイ構成で、負荷が完全な定抵抗であればおなじ遮断特性が得られます。しかし3ウェイの場合には、中音スピーカ用のバンドパス・フィルタの低域カットと高域カットの二つのクロスオーバ周波数が接近していると、相互の影響が現われ正しい特性が得られません。クロスオーバ周波数を2kHzと5kHzとしたときの特性例を図9−15に示しますが、並列型と直列型では特性が異なります。
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図9-15をみると、直列型と並列型とでは特性に違いがあることが確認できる。
それに「負荷が完全な定抵抗であれば」ともある。
実際にはスピーカーユニットは定抵抗とは呼べないインピーダンス特性をもつ。
ということは、直列型と並列型で同じ遮断特性が得られるわけではないことは、
すでに伝わってくるし、
スピーカーユニットが並列なのか直列なのかによっても、
インピーダンス特性に違いが生じるであろうことは予測できる。
となると、実際のスピーカー動作時の遮断特性は、
並列型と直列型とでは違いが大きくなっている……、そう誰もが考える。

私もそう考えた。
それに「スピーカ・システム」を読んだころは、
ステレオサウンドからHIGH-TECHNIC SERIES-1が出ていた。
マルチアンプをとりあげた一冊だ。

マルチアンプシステムを、ひとつの理想として考えれば、
ネットワークの方式として並列型と直列型とでは、並列型のほうがよく見えてくるというものだ。

この時点では、私の中には、マルチアンプシステムとスピーカー内蔵のネットワークを、
別のものとして考えるという発想が、まだなかった。
だから、よりマルチアンプシステムに近いのはどちらか、という視点でしか、
並列型ネットワークと直列型ネットワークの違いを捉えていなかった。