Archive for category テーマ

Date: 6月 16th, 2016
Cate: audio wednesday, LNP2, Mark Levinson

LNP2になぜこだわるのか(その10)

ステレオサウンド別冊 Sound Connoisseur(サウンドコニサー)で、
黒田先生は”Friday Night In San Francisco”について、こう語られている。
     *
このレコードの聴こえ方というのも凄かった。演奏途中であれほど拍手や会場ノイズが絡んでいたとは思いませんでしたからね。拍手は演奏が終って最後に聴こえてくるだけかと思っていたのですが、レコードに針を降ろしたとたんに、会場のざわめく響きがパッと眼の前一杯に広がって、がやがやした感じの中から、ギターの音が弾丸のごとく左右のスピーカー間を飛び交う。このスペクタキュラスなライヴの感じというのは、うちの4343からは聴きとりにくいですね。
     *
まさしく、この通りの音がアクースタットのコンデンサー型スピーカーから鳴ってきた。
《会場のざわめく響き》が拡がる。
もうこの時点で耳が奪われる。
そのざわめきの中から、ギターの音が、まさしく《弾丸のごとく》飛び交う。

私は黒田先生とは逆にアクースタットで聴いた後に、JBLのスピーカーで聴いた。
確かにスペクタキュラスな感じは、聴きとりにくかった。

アクースタットの音は、新しい時代の音だ、といえた。
では、全面的にJBLのスピーカーよりも優れているのかといえば、そうではない。
いつの時代も、どのオーディオ機器であれ、すべての点で優れている、ということはまずありえない。

アクースタットの音は、黒田先生も指摘されているように、
かなり内向きな音である。
それこそ自分の臍ばかりを見つめて聴いている──、
そんなふうになってしまいそうな音である。

いわゆるコンデンサー型スピーカーというイメージにつきまといがちな、
パーカッシヴな音への反応の苦手さ、ということはアクースタットからはほとんど感じられなかった。

けれど《三人のプレーヤーの指先からとびだす鉄砲玉のような、鋭く力にみちた音》かというと、
ここには疑問符がつかないわけではない。

黒田先生は「コンポーネントステレオの世界 ’82」で、
パコ・デ・ルシアがきわだってすばらしく、
ジョン・マクラフリンはちょっと弱いかな、と書かれているが、
その後、このディスクを手に入れて自分で鳴らしてみると、
アクースタットでの、あの時の音は、パコ・デ・ルシアの音がちょっと弱いかな、
と思わせてしまうところがあったことに気がつく。

順番が変るわけではないから、
ジョン・マクラフリンはちょっと弱いかな、が、もう少し弱くなる。

こんなことを書いているが、
アクースタットで初めて聴いた”Friday Night In San Francisco”の音は、
私にとって、このディスクの鳴らし方のひとつのリファレンスになっている。

Date: 6月 15th, 2016
Cate: オーディオマニア

オーディオマニアの覚悟(その3)

別項で、気が違うからこその「気違い」と書いた。
わかったつもりで留まらず、わかろうと進んでいくのが、結局はマニアということだ。

気が違うからこそマニアであり、
その「気」は、いつしか「鬼(き)」となっていくのではないだろうか。

Date: 6月 15th, 2016
Cate: オーディオ評論

ミソモクソモイッショにしたのは誰なのか、何なのか(その13)

ここまで書いてきて思い出すことがある。
「五味オーディオ教室」にこう書いてある。
     *
 よくステレオ雑誌でヒアリング・テストと称して、さまざまな聴き比べをやっている。その結果、AはBより断然優秀だなどとまことしやかに書かれているが、うかつに信じてはならない。少なくとも私は、もうそういうものを参考にしようとは思わない。
 あるステレオ・メーカーの音響技術所長が、私に言ったことがあった。
「われわれのつくるキカイは、畢竟は売れねばなりません。商業ベースに乗せねばならない。百貨店や、電気製品の小売店には、各社のステレオ装置が並べられている。そこで、お客さんは聴き比べをやる。そうして、よくきこえたと思える音を買う。当然な話です。でもそうすると、聴き比べたときによくきこえるような、そんな音のつくり方をする必要があるのです。
 人間の耳というのは、その時々の条件にひじょうに左右されやすい。他社のキカイが鳴って、つぎにわが社の音が鳴ったときに、他社よりよい音にきこえるということ(むろんかけるレコードにもよりますが)は、かならずしも音質自体が優れているからではない場合が多いのです。ときには、レンジを狭くしたほうが音がイキイキときこえる場合があります。自社の製品を売るためには、あの騒々しい百貨店やステレオ屋さんの店頭で、しかも他社の音が鳴ったあとで、美しく感じられねばならないのです。いわば、家庭におさまるまでが勝負です。さまざまな高級品を自家に持ち込んで比較のできる五味さんのような人は、限られています。あなたはキチガイだ。キチガイ相手にショーバイはできませんよ」
 要するに、聴き比べほど、即座に答が出ているようでじつは、頼りにならぬ識別法はない、ということだろう。
 テストで比較できるのは、音の差なのである。和ではない。だが、和を抜きにして、私たちの耳は、音の美を享受できない。ヒアリング・テストを私が信じない理由がここにある。
     *
あるステレオ・メーカーの音響技術所長の
「畢竟は売れねばなりません。商業ベースに乗せねばならない」は、そうであろう。
商売であるのだから、売れて利益が出ないことには、あとが続かない。
商売であれば、できれば効率よく稼ぎたい、とも思うだろう。

だとしたら、誰を相手にすれば効率よく商売ができるのか、となると、
いうまでもなく「わかったつもり」の人相手である。

あるステレオ・メーカーの音響技術所長はだから、
五味先生のことを「あなたはキチガイだ。キチガイ相手にショーバイはできませんよ」という。

キチガイは気違い、と書く。
気が違う人である。
この意味でなら、五味先生は確かに「気違い」といえる。

五味先生は自身のことを
「私はキカイの専門家ではないし、音楽家でもない。私自身、迷える羊だ」と書かれている。
五味先生は、わかったつもりの人ではない。

だから、私にとってはわかったつもりの人と五味先生とでは、気が違う、ということになる。
五味先生はわかったつもりのところで留まっていない。

私もわかったつもりのところで留まる気は毛頭ない。
そのことで気違いと呼ばれるのならば、なんら気にしない。
むしろ誇らしく思う。

Date: 6月 15th, 2016
Cate: オーディオ評論

ミソモクソモイッショにしたのは誰なのか、何なのか(その12)

わかったつもりの人がやらかすことは、他にもある。
とあるオーディオ店でのことだ。

どういう店なのか、少しでも書くとすぐにでも特定されてしまうそうなだけに、
店に関してはこれ以上書かないが、
そこでの試聴会に参加した人から直接話を聞いている。

そこであるスピーカー(4ウェイのマルチアンプシステム)が鳴らされた。
私にこの話をしてくれた人も、そのスピーカーを鳴らしている人である。
だからこそ、音が出た瞬間に、片チャンネルのミッドバスが逆相になっていることがわかった。

その人は、そのことを指摘した。
けれどその店の人は、そんなことはない、と確認もせずにそのまま試聴をすすめていったそうだ。
結局、最後ではミッドバスが片チャンネルのみ逆相だということがはっきりした、とのこと。

誰にでも間違いはあるのだから、指摘された時点で確かめればいいことだ、と思う。
けれどそのオーディオ店の人は、それをやらなかった。
プライドがそれを許さなかったのか。

私は、その同じところで、左右チャンネルが反対に接続されている音を聴いたことがある。
左のスピーカーから右チャンネルの音が鳴ってきた。
これは、ミッドバスが片チャンネル逆相よりもすぐにわかることである。

けれど、このスピーカーは、
それまでずっと左右チャンネルが反対に接続されたまま鳴らされていた、ということだった。
笑い話というよりも、もうおそろしい話というべきである。

ペアで数百万円するスピーカーが、そんな状態で鳴らされている。
このスピーカーの輸入元の人たちが知ったら、どんな気持になるだろうか。

Date: 6月 15th, 2016
Cate: audio wednesday, LNP2, Mark Levinson

LNP2になぜこだわるのか(その9)

”Friday Night In San Francisco”のことを、まったく知らないわけではなかった。
1981年12月に出たステレオサウンド別冊「コンポーネントステレオの世界 ’82」の巻末に、
「オーディオ・ファンに捧げるNEW DISC GUIDE」というページがある。

黒田恭一、歌崎和彦、坂清也、安原顕、行方洋一の五氏が、
1981年に発売された新譜レコードから、演奏だけでなく、録音・音質の優れたものを選ぶ、という記事。

黒田先生が挙げられていたのは、まずカラヤンの「パルジファル」。
そうだろうと思いながら読んだ。
ステレオサウンド 59号でも、この「パルジファル」について書かれていたからだ。

この他に六枚のディスクを挙げられていて、
その中に”Friday Night In San Francisco”があった。
     *
「スーパー・ギター・トリオ・ライヴ」(CBSソニー30AP2136)をとりあげておこう。ノーマルプライスの盤(25AP2035)でもわるくないが、とりわけ音の力という点で、やはりひとあじちがう。一応500円の差はあるようである。それで「マスターサウンド」シリーズの方のレコードをあげておく。
 アル・ディ・メオラ、パコ・デ・ルシア、それにジョン・マクラフリンがひいている、ライヴ・レコーディングによるギター・バトルである。ライヴ・レコーディングならではの雰囲気を伝え、しかも三人のプレーヤーの指先からとびだす鉄砲玉のような、鋭く力にみちた音がみごとにとらえられている。パコ・デ・ルシアがきわだってすばらしく、アル・ディ・メオラがそれにつづき、ジョン・マクラフリンはちょっと弱いかなといった印象である。
 冒頭の「地中海の舞踏/広い河」などは、きいていると、しらずしらずのうちに身体から汗がにじみでてくるといった感じである。このトラックはパコ・デ・ルシアとアル・ディ・メオラによって演奏されているが、まさに火花をちらすようなと形容されてしかるべき快演である。音楽もいいし、音もいい。最近は、とかくむしゃくしゃしたときにはきまって、このレコードをとりだしてかけることにしている。
     *
読んではいたけれど、その日まで”Friday Night In San Francisco”のことは忘れていた。
アクースタットのModel 3から鳴ってきたパコ・デ・ルシアとアル・ディ・メオラ、
このふたりのギターの音に衝撃を受けて、聴き終ったころに、そういえばと思い出していた。

Date: 6月 15th, 2016
Cate: audio wednesday

第66回audio sharing例会のお知らせ(今年前半をふりかえって)

7月のaudio sharing例会は、6日(水曜日)です。

今年は1月、3月、4月、5月、6月と音を出してきた。
途中でセッティングを変えたり、チューニングを施したりもした。
音を聴いている人が先入観をもたないように、ということで、
どんなことをやっているのかは詳しくは説明しなかった。

なので聴いていた人たちにはやや不親切な内容だった、とも思っている。
今回は今年行なった五回の音出しで何をやってきたのかを詳細に話す予定である。

セッティング、チューニングの参考になれば、と考えている。
今回は音なし、である。

場所はいつものとおり四谷三丁目のジャズ喫茶・喫茶茶会記のスペースをお借りして行いますので、
1000円、喫茶茶会記にお支払いいただくことになります。ワンドリンク付きです。

Date: 6月 14th, 2016
Cate: オーディオ評論

ミソモクソモイッショにしたのは誰なのか、何なのか(その11)

その10)を、もし当の本人、
つまり片チャンネルが逆相で鳴っていた音で試聴したまま気づかなかった人が読んだとしても、
本人が、ここでも気づかないであろう。
こんなヤツが同業者なのか、と思うのかもしれない。

誰かに、「これ先生のことでは?」と指摘されても、
もともと逆相で鳴っていたことに気づいていないのだから、本人には心当たりがないわけだから、
「ぼくじゃないよ。それにしてもひどいヤツがいるものだね」と答えても不思議ではない。

本人には嘘をついているという自覚はまったくないのだから。
気づかないのは本人である。

同じことは、別項「オーディオにおけるジャーナリズム(余談・編集者の存在とは)」にも書いている。

ここに登場するオーディオ評論家と呼ばれている人は、
あるオーディオ雑誌の特集記事で、シェーンベルクに触れながらオーディオのことを書いている。

シェーンベルクだから、12音技法のことが、その文章にも出てくる。
そしてシェーンベルクのある作品のことについて言及している。

ところが、その作品が12音技法以前のものだったのである。
これは致命的なミスである。

実は編集者も気づいていた。
けれど作品名だけを訂正するというわけにはいかなかった。
構成からいって、すべてを書き直してもらうしかない。
しかも特集記事なので、かなりの文章。
時間的な余裕がまったくないという状況で、編集者はそのまま掲載することを決めた。

この時の編集者の心境を考えてほしい。
発売日がずらせるものならば、そうしたいところであったはずだ。

結局、そのオーディオ雑誌はそのまま掲載している。
読んだ人の中には、クラシックに関心のない人もいるだろうから、
この致命的なミスに気づかない人もいる。

その一方でクラシックの聴き手でありながら、このミスに気づかない人もいる。
その文章を書いた本人も、実はここにいる、といえる。
おそらく彼もまた、そういうミスをおかした文章を読んでも、何も思わないであろう。

わかったつもりの人だからである。
わかったつもりの人は彼だけではない。
片チャンネルが逆相で鳴っていたのに気づかなかった人も、わかったつもりの人である。

Date: 6月 12th, 2016
Cate: オーディオ評論

ミソモクソモイッショにしたのは誰なのか、何なのか(その10)

船木文宏氏のブログ「もういちどオーディオ」。
更新は数年前で終ってしまっているが、現在も公開されている。

その中に「オーディオは奥が深い~“純粋オーディオ音”志向(2)」がある。
この文章の終りに近いところに「●耳の感度」という中見出しがつけられている。

ここのところに登場する「あるオーディオのライター」、
いわゆるオーディオ評論家と呼ばれている人のことが書かれている。

詳細はリンク先を読んでほしいが、
この「あるオーディオのライター」は、
片チャンネルのスピーカーが逆相になっていることに最後まで気づかずに試聴していた。
にも関わらず試聴が終って、編集者に向って
「このスピーカー、なかなかいいよ。値段の割りにいい音をしてる。」と言う。

船木さんはこの「あるオーディオのライター」が誰なのかは書かれていない。
いまも現役のオーディオ評論家と呼ばれている人だからだ。

それでもヒントは書かれている。
     *
この方はもうかなり年配で、若いときからなぜか威張った態度と物言いで知られています。先生と呼ばなくては叱られそうですが、親しくなると○○さん、と呼ぶとにっこりする無邪気さもあります。
     *
私は、この話を船木さんの「知り合いの若いライター」から直接聞いていた。
仮に聞いていなくとも、ヒントを読めば、すぐに誰なのかはわかる。

スピーカーが片チャンネル逆相で鳴っていることに気がつかなかった人は、
いまもオーディオ評論家と呼ばれて仕事をしているし、
オーディオ業界関係者は「先生」と呼ぶ。
読者も先生とつけて呼ぶ人の方が多いかもしれない。

スピーカーが片チャンネル逆相で鳴っていることに気づかなくとも、
この業界では仕事をやっていけることに疑問を感じない人が多い、ということなのかもしれない。

Date: 6月 12th, 2016
Cate: 訃報

宇野功芳氏のこと

音楽評論家の宇野功芳氏が亡くなられたことを、
朝、インターネットを見ていて知った。

20代のころは、宇野功芳氏の書かれたものをけっこう読んでいた。
著書も何冊か買って読んでいた。

けれどしばらくすると、ぱたっと読まなくなってしまった。
だから、宇野功芳氏の音楽評論について何か書けるわけではない。

宇野功芳氏は、音に頓着しない人が多い音楽評論の世界にいて、
オーディオにこだわりを持っていた人である。

いつだったか、宇野功芳氏のシステムが何かの雑誌に載っていた。
レコード芸術だったと思う。
そこにはマランツのModel 7が写っていた。

アナログプレーヤー、スピーカー、パワーアンプも写っていたはずだが、
いまは記憶に残っていない。
ただマランツのModel 7だけがはっきりと記憶に残っているのは、
宇野功芳氏のレコード(録音物)による音楽の聴き方と、
マランツModel 7の音の描写とが、私の中では合致していたからだ。

もちろんコントロールアンプだけで、そこで鳴っている音がすべて決ってしまうわけではない。
それでも、この人の音楽の聴き方にぴったりと合うコントロールアンプといえば、
マランツのModel 7しかないだろう、と思っている。

宇野功芳氏がいつごろからModel 7を使われているのかも知らない。
どうやってModel 7と出合われたのかも知らない。
そういうことを知ろうとは思っていない。

ただ宇野功芳氏がマランツ Model 7で聴かれていた、ということが、
私にとっては記憶に残ることであった、というだけである。

Date: 6月 11th, 2016
Cate: 世代

世代とオーディオ(続・赤坂工芸のこと)

赤坂工芸のホーンが、ステレオサウンドで取り上げられたことはなかった。
1980年ごろからステレオサウンドでユニット研究が始まった。
JBL篇とアルテック篇があった。

JBL篇で赤坂工芸のホーンが登場してほしい、とひそかに期待していた。
けれどアルテック篇にしてもJBL篇にしても、そこに登場するユニット、ホーン、エンクロージュアは、
すべてアルテック、JBLのモノで統一されていた。

当然といえばそうなのだが、一読者としては少し寂しい気もしていた。
実際のユーザーは、JBLのドライバーに赤坂工芸のホーンを組み合わせることを考えていたとも思う。
JBLの、それぞれのホーンの特色はユニット研究の連載記事を読めば,ある程度掴めるけれど、
JBLのドライバーと他社製のホーンとの組合せでは、どういう音が得られるのか。

オーディオ店に行っても、アンプやスピーカーの比較試聴はできても、
こういう試聴はまずできない。
だからこそ、赤坂工芸のホーンが、ユニット研究の中で取り上げられるのを期待していた。

ステレオサウンド別冊のHIGH-TECHNIC SERIESが四冊で終ることなく、
もう少し続いていたら……、赤坂工芸のホーンも取り上げられていた、と思う。
読んでみたかった。

2441と2397の組合せに大きな不満があるわけではないが、
2397はいかにもアメリカのホーンという感じが細部に残っている。
写真で見るのとは違い、けっこう雑なつくりなのだ。

ドライバーのつくりに比較すると、
どうしてもこの時代のJBLのホーンは、やや雑な印象がつきまとう。
ホーンがもっと精度の高いつくりであるならば、同じドライバーでももっといい音が出せる、
そう思うし、それと2397に2441を取り付けて感じることに、
重量のアンバランスさもある。
あまりにもドライバーが重過ぎる、というか、ホーンが軽過ぎる。

重けれど重いほどいいとは決して考えないが、
重量バランスをとるためにの重量は必要と考える。

精度の高さと重量バランスの点からも、
いまこそ赤坂工芸のホーンで2441を聴いてみたい気持が強くなってくる。

Date: 6月 11th, 2016
Cate: 世代

世代とオーディオ(赤坂工芸のこと)

赤坂工芸ときいても、いまでは知らない世代の方が多くなったのかもしれない。
私と同世代、上の世代でも、
ホーン型スピーカーに関心のなかった人にとっても、あまり記憶に残っていないようだ。

私がオーディオの世界に関心を持ち始めたころには、すでに赤坂工芸はあった。
木製のディフラクションホーンの専門メーカーとして、はじめのうちは認識していた。

1978年秋のステレオサウンド別冊HI-FI STEREO GUIDEには、
赤坂工芸のホーンは四種類載っている。

PH8008T1、PH5005MKIIT1、PH8005MKIIT2、PH9005MKIIT2である。
型番末尾のT1とT2はホーンのふちの断面の形状の違いをあらわしており、
T1は角形、T2は丸型であり、T1使用時にはJBLのスロートアダプター2328が必要となる。
T2には専用のスロートアダプターが付属していた。

赤坂工芸のホーンは、JBLの2397と基本的には同じだが、
同じ木製ホーンでも2397が4.4kgに対して、ほぼ同寸法のPH8008T1は8.0kgと倍近い。
PH8005MKIIT2とPH9005MKIIT2はさらに重く、14.0kgとなっている。

赤坂工芸のホーンに、当時は憧れていた。
JBLのホーンで使いたかったのは、いわゆる蜂の巣の537-500(HL88)と2397だったのだが、
2397よりも精度が高そうに感じられた赤坂工芸のホーンは、なんとも魅力的だった。

けれど高かった。
1978年当時で、PH8008T1は98000円、PH9005MKIIT2は173000円していた。
2397は38000円だった。

1980年にはPH8008MKIIT1は138000円に、PH9005MKIIT2は216000円になっている。
2397も少し値上がりして48000円である。

余談だが当時赤坂工芸のホーンとほぼ同価格だったのが、
アコルトのディフラクションホーンMD501だった。
2397とほぼ同寸法のこのホーンは大理石でできていた。
価格は1978年の時点で200000円していた。重量は20.0kgである。

聴く機会はなかった。
いまでも聴いてみたいホーンであることは、当時から変らぬままである。

いまも赤坂工芸はある。
残念ながらというへきか、当然というべきか、
スピーカー作りはやめてしまわれている。
現在はCD制作をされていることがわかる。

ウェストレックスのRA1775は赤坂工芸のPHG5000の型番で市場に出ていたようだ。
ステレオサウンド 60号の写真とはレベルコントロールのパネルとフロントバッフルの色が違うが、
基本的には同一仕様である。

Date: 6月 11th, 2016
Cate: 世代

世代とオーディオ(ガウスのこと・余談)

ガウスのユニットがウェストレックスのスピーカーシステムに採用されたことは、
すでに書いている。

このニュースを知ったのは無線と実験だったが、
ステレオサウンドにも、ガウス搭載のウェストレックスのスピーカーシステムが載ったことがある。

ここまでは憶えていたけれど、
その記事が何だったのか、どの号だったのかを正確に思い出せずにいた。

ステレオサウンド 60号の「サウンド・スペースへの招待」に、
ガウス搭載のウェストレックスのスピーカーシステム、RA1775が出ている。

写真をみればすぐに気づかれると思うが、赤坂工芸のホーンが使われている。
隣に置かれている4343よりも少し背が低く、横幅は広い。
少しずんぐりしたプロポーションのエンクロージュアをもつシステムについて、
記事中では、次のように説明されている。
     *
 ところで、4343の隣に置いてある見慣れないスピーカーは、ウェストレックス(オリエント)の試作品でRA1775というものです。小泉さんの子供の時から親友が近所に居られ、現在ウェストレックスの取締役をされていて、しょっちゅう一緒に音楽を聴いているのですが、今度ガウスのユニットを使って新しいスピーカーを試作したから聴いてみようということで、タンノイを一時2階に片付けて、数日前からここに置いて試聴しているのだそうです。
 エンクロージュアは赤坂工芸の製作によるものですが、ガウスの4583Aウーファーを鳴らすための大型のしっかりした箱とHF4000ドライバーのための木製ホーンが特色です。一番上に1502トゥイーターが乗って、800Hz、8kHzのクロスオーバーによる3ウェイ構成となっています。まだ試作品ですし、この部屋に擱いたばかりで、部屋との調整ができていない段階ではありますが、人の声などがとても自然で、今後の鳴らしこみが期待されるということでした。ガウスといえば、ロックコンサートなどのPA用のスピーカーだと思いこんでいたのですが、ここで聴くとなかなか渋いちょっとドイツ的な音がするようですとの小泉さんの感想です。
     *
RA1775。
型番は完全にウェストレックスである。
あまり鮮明でない写真をみると、ネットワークも赤坂工芸製のようである。

赤坂工芸はガウスのユニットを採用した3ウェイのスピーカーシステムを出している。
RA1775よりも大容積のエンクロージュアをもつモノだった。

RA1775がその後どうなったのか詳細はわからない。
でも、RA1775が完成し、少量でも市販されていたら……、と考えてしまう。
ガウスの評価はもう少し変っていただろうし、もう少し広く認知されていたのではないだろうか。

Date: 6月 10th, 2016
Cate: Noise Control/Noise Design

聴感上のS/N比と聴感上のfレンジ(その6)

聴感上のS/N比と聴感上のfレンジについて語る上で見過してはならなのは、
JBLの2441というコンプレッションドライバーは、
基本的にS/N比の良いユニットである、ということ。

この金属の塊といえるユニットは、どこを叩いても雜共振などしない。
しっかりとどっしりと、かっちりとしている。
こういうユニットこそ、S/N比の良いユニットである。

往年の高能率のスピーカーユニットを、
S/N比が悪いと思っている人が少なからずいるようだが、むしろ逆だといいたい。

往年の高能率のスピーカーユニットすべてがS/N比が良いとはいえないけれど、
総じてS/N比の良いモノが多い。

ただ高能率であるがためにアンプの残留ノイズは目立つことになるし、
エンクロージュア、ホーン、ネットワークを含めたユニット周辺のつくりによって、
スピーカーシステムとして仕上がった場合のS/N比は左右されるのだから、
誤解が生れるのもやむなし、とは思う。

JBLのコンプレッションドライバーはS/N比の良いユニットである。
2441だけでなく、375(376)もそうだし、LE175、2420(2421)などもそうだ。
S/N比に関しては、アルテックのコンプレッションドライバーよりもJBLの方が少しばかり上だともいえる。

2441は高能率で高S/N比なユニットである。
このユニットで、しかもトゥイーターをつけずに鳴らしたからこそ、
聴感上のS/N比と聴感上のfレンジの関係がはっきりと浮びあがってきた、ともいえよう。

Date: 6月 10th, 2016
Cate: audio wednesday

LNP2になぜこだわるのか(参加された方の感想を読んで)

先週行なったaudio sharing例会(LNP2になぜこだわるのか)に参加して下さった方が、
自身のブログに感想を書かれている。

名古屋から参加されている。
audio sharing例会が終るのはいつも23時過ぎだから、
名古屋へ戻る便はもう終っている。
東京に一泊されて翌日戻られる。

前々回も来て下さった。
つまんないと、その時感じられたのならば、今回は来られなかったはず。

とはいえ、そうやって来てくれた方に、
どれだけのことを提供できているのだろうか、とは思ってしまう。

東京の方と遠距離の方とを区別しているわけではないけれど、
それでも東京や神奈川からと、名古屋からとでは大きく違う。

しかも今回はマークレビンソンのLNP2の比較試聴であり、
ただひたすら聴いていた、ともいえる進行だった。

細かな解説はしなかった。
二台のLNP2を聴き較べしながら、いくつか調整しただけである。

二台のLNP2の音ははっきりと違うし、
音を出しはじめたときの音と、最後に鳴っていた音も違う。

そこから何を得るのかは、人によって違う。
私も得るところはいくつかあった。

名古屋から来られたHさんのブログを読むと、
何かを得て帰られたことがわかる。
今回の企画はやってよかった、と思っている。

ブログの終りに、こう書かれている。
     *
自分自身の立ち位置、音の輪郭、ギリギリのライン、声に対する
楽器の音の位置、大きさなどを感じて、それぞれを考えている
ときにグールドのピアノでしたので、その音はとても美しく、
一つひとつの音が円形に広がっていくようにも感じられました。

今回の体験で感じたこと、考えたことはもう一度しっかりと考え、
美しいかたちづくりにつなげていきたいと考えています。
     *
今回のaudio sharing例会での一曲目は、
チャック・マンジョーネの「サンチェスの子供たち」をかけた。
最後にかけたのがグレン・グールドのブラームスの間奏曲集である。

グールドのブラームスがうまく鳴ってくれる予感はあった。
ピアノの音が聴こえてきた瞬間、Hさんが「きれいだぁ」ともらされた。
この「きれいだぁ」は「美しい」と、私は受けとっていた。

ブログを読んで、やはりそうだったとわかった。
最後にグールドのブラームスをもってきて、よかったと思っている。

Date: 6月 9th, 2016
Cate: Noise Control/Noise Design

聴感上のS/N比と聴感上のfレンジ(その5)

聴感上のS/N比を良くしていくと、聴感上のダイナミックレンジは広くなる。
フォルテシモでの大きさは物理的には同じであっても、
ピアニシモがより小さな音まで聴こえてくるようになってくるために、
聴感上のダイナミックレンジは広くなる。

と同時にピアニシモの音が基準となるため、相対的にフォルテシモの音がより大きく聴こえてくる。
つまりボリュウムはまったく同じままであっても、
聴感上のS/N比の良くなれば、聴感上の音量は増して聴こえるようになる。

これは聴感上のS/N比を判断する上でのひとつの目安となる。

このことは以前からわかっていたことである。
このことと同時に、聴感上のfレンジものびて聴こえるようになるのではないか。
そんなふうに感じたことがなかったわけではない。

でも確信が持てなかった。
それまで聴いてきたスピーカーシステムは、
今回のaudio sharing例会で使ったような構成ではなかった。
トゥイーターと呼べるユニットがついていて、
少なくともカタログスペック上では20kHzまで出ている。

いわゆるワイドレンジ志向のスピーカーで聴いている分には、
聴感上のS/N比が良くなると聴感上のfレンジがのびて聴こえることに確信が持てなかったのだ。

今回のスピーカー、お世辞にもワイドレンジとは呼べないスピーカーで聴いて、
あれこれやってみて、ようやく確信が持てた。
聴感上のS/N比の良し悪しによって聴感上のfレンジははっきりと影響を受ける。

聴感上のS/N比を良くしていくと聴感上のfレンジがのびて聴こえる、と書いているが、
正確には聴感上のS/N比が劣化すると聴感上のfレンジが狭く聴こえる、だ。