Archive for category テーマ

Date: 2月 23rd, 2020
Cate: 「ネットワーク」

オーディオと「ネットワーク」(SNSの選択・その8)

別項「オーディオにおけるジャーナリズム(ウィルソン・ブライアン・キイの著書・その4)」で、
情報というよりメディアがBGM化していると捉えるならば、
background mediaだから、もうひとつのBGMとなる──、と書いた。

同じく(その3)では、情報の垂れ流しについて書いた。

私がSNSへのマルチポスト、
そしてマルチポストを平気でする人に対して嫌悪感をいだくのは、
ここである。

それは情報の垂れ流しであり、BGM(background media)であるからだ。

垂れ流しとは、辞書には、未処理の廃棄物などをたれ流すこと、とある。
未処理の情報もどきも、未処理の老廃物と同じように感じるからだ。

Date: 2月 23rd, 2020
Cate: ジャーナリズム

オーディオにおけるジャーナリズム(オーディオアクセサリー 176号)

オーディオアクセサリーの最新号が書店に並んでいる。
176号のページによれば、《編集部入魂の1冊》だそうだ。

この号で興味を惹くのは、巻頭企画②「新春座談会2020年 これからのオーディオを語る」である。
記事の紹介文を引用しておく。
     *
2020年最初の刊行となる176号では、本誌で健筆をふるう評論家陣が大集合。福田雅光氏がオーディオ界でいまもっとも勢いのあるオピニオンリーダー達を自宅の新試聴室に招集。もともとは福田氏が単に新年会を企画していただけのことだったのですが、この錚々たるメンバーが一堂に会する機会などめったにない。そこで編集部はこの機会を逃すまいと、この新年会に潜入。新春座談会という形で、しばしの間(!?)、オーディオの未来や、アナログ再生の現状、オーディオ雑誌の問題点等々のお話をしていただいた。編集部からの要望はひとつだけ。「立派な話はしないでくださいね」。これを受けて“正論”無しのバトルが火を噴いた。掲載できるギリギリの内容までつめた、評論家陣のぶっちゃけトークをぜひともお楽しみください。
     *
福田雅光氏監修とある。
これだけを読んでいると、期待できそうな感じもしないでもない。
とはいってもオーディオアクセサリーだから……、
それほど期待はしていなかったが本音でもある。

おもしろければ、つまりほんとうに紹介文通りの内容であれば買うつもりだった。
これだけ、いわば煽っているのだから、
ボリュウム的にも最低でも8ページくらいあるんだろうな、とも勝手に想像していた。

書店に手にとって、がっかりした。
わずか4ページしかない。

《掲載できるギリギリの内容までつめた、評論家陣のぶっちゃけトーク》が、
ほんとうに読めるのであれば、それでもかまわない。

でもページをめくって4ページ目にある見出しを見て、
もう期待できない、と確信した。

福田雅光氏の発言が見出しになっていた。
買わなかったので、正確な引用ではないが、こんなことだった。

書き方を変えた、
持論を加えるようになった

そんなことだった。
これをどう受け止めるのだろうか。
ほとんどの人が、それではいままで持論を語ってこなかったのか、と驚くのではないのか。

Date: 2月 21st, 2020
Cate: 世代

とんかつと昭和とオーディオ(余談・その3)

いま書店に並んでいるおとなの週末の最新号の特集は、とんかつ。

そこに西荻窪のけい太という店が、高く評価されている。

西荻窪は以前住んでいたし、いまは途中の駅である。
途中下車して行ってみた。

駅からはとても近いビルの地下一階にある。
そこは昭和のころは、別のとんかつ店だった。
二三度行ったことがある。

令和に、新しいとんかつ店になっている(開店は2019年11月とのこと)。
夕方早い時間に、一人だったこともあり、並ぶこともなく入れた。

でも次々と客が入ってくる。
電話もかかってきていた。予約の電話のようだった。
おとなの週末であれほど高い評価なのだから、だろう。
私もおとなの週末を見て来ているのだから。

まず、なにもつけずにそのまま食べてほしい、とあった。
それから塩、わさび醤油、ソースをお好みで、とあった。

そのとおりに食べた。
感じたのは、刺し身的ということだった。

とんかつはソース! という私でも、
けい太のとんかつはわさび醤油がいい、と感じていた。

残念なこと、というか、不思議なこと、というべきか、
ソースをつけたのがいちばん少なかった。

ソースも、スパイシーなウスターソースであったならば、と思いもしたが、
ないものはしかたない。

食べていて、昭和のころのおいしいとんかつとは違ってきたことを感じていた。
どちらも私は好きなのだが、
ちょっとおもうところもある。

それは刺し身的に感じられたこととも関連してくるのだが、
このとんかつならば、白いご飯よりも、他にもっと合うものがあるのではないか。
けい太のご飯もおいしかった。

ケチをつけるようなことではないのだが、
昭和のおいしいとんかつ、
つまり白いご飯とよく合うとんかつに親しんできた者は、
そんなことをつい思ってしまう。

もっとも、このことも、
昭和のそういうとんかつに慣れ親しんだことでつくられた感覚にすぎないのかもしれない。

Date: 2月 21st, 2020
Cate: audio wednesday

第110回audio wednesdayのお知らせ(ピアノ録音を聴こう)

3月4日のaudio wednesdayには、
ポリーニとアバド/シカゴ交響楽団によるバルトークも持っていく。

2016年1月のaudio wednesdayから音を鳴らすようになった。
この時、来られた方の一人が、ポリーニとアバドのバルトークをもってこられた。
鳴らしている。

四年以上が経ち、
喫茶茶会記のシステムも変化していっている。
スピーカーはおおまかには変っていないといえるが、
それでも変化はある。

それ以上に音は変化している。
だから、いまここで鳴らしたい、という気持が強い。

場所はいつものとおり四谷三丁目のジャズ喫茶・喫茶茶会記のスペースをお借りして行いますので、
1000円、喫茶茶会記にお支払いいただくことになります。ワンドリンク付きです。

Date: 2月 20th, 2020
Cate: 「ネットワーク」

オーディオと「ネットワーク」(SNSの選択・その7)

表現のインフレーションとSNSへのマルチポスト。
ここに共通してくるのは、殊更という感覚なのではないだろうか。

殊更は、2月のaudio wednesdayに来られたデザイナーの坂野さんが、
facebbokにくれたコメントにあったことばだ。

『殊更』とあった。
ふだん、ほとんど意識せずに使っている「ことさら」ではあるが、
『殊更』を見て、今年一年の私にとってのキーワードになっていく予感がした。

オーディオのアクセサリー類を、
屋上屋を重ねるような使い方をしている人はけっこう多い。
私もハタチぐらいのころは、似たようなことをしてきた。

屋上屋を重ねることをやっていたときは、
音がよくなった、と思っていた。

なのにしばらくして、屋上屋を重ねる的なことをすべて取っ払ってしまった音を聴くと、
何をしていたのだろうか、何を聴いていたんだろうか、というおもいにとらわれることもしばしばあった。

これは、殊更感を増すためにやっていたのではないだろうか。

別項で「時代の軽量化」を書いている。
殊更感が増すほどに、時代の軽量化も進んでいくような気もしている。

その3)で、SNSを眺めていると、
この人は、いったいどういう音を鳴らしているのか、と思ってしまうことを書いた。

オーディオマニアならば、スピーカーとかアンプを交換したときの音の違い、
それもたいていはグレードアップなのだから、音が良くなっているはずなのだから、
そこでの音の良さについて誰かに伝えたくなる気持はある。

そういう文章を読んで、素直に喜びが伝わってくる、と感じるよりも、
最近では、この人は、いったい、どんなにすごい音を出しているのか──、
そんな疑問が先にたつことが増えてきた。

つい先日もtwitterを眺めていて、そうだった。

Date: 2月 20th, 2020
Cate: オーディオ評論

オーディオ雑誌考(その6)

オーディオ評論は、どうだろうか。
マンガと違い、オーディオ評論用のスマートフォンのアプリはいまのところない。

これから先もまずない、だろう。
なので、掲載誌という概念はまだ残っていくのか、といえば、
どうなのだろうか、と考え込むところもある。

一冊の書籍でも書き下ろしでなければ、巻末に初出誌一覧がある。
岩崎先生の「オーディオ彷徨」、瀬川先生の「虚構世界の狩人」、
菅野先生の「音の素描」などにも、初出一覧がある。

けれど初出一覧をじっくり見ている人はどのくらいいるのか。
意外と少ないようにも感じている。

「オーディオ彷徨」だとステレオサウンドとスウイングジャーナルで大半をしめ、
あとはレコード芸術、オーディオ・ジャーナル、ジャズ、ジャズランド、サプリーム、FMレコパル、
サウンド、レアリテなどがある。

私は「オーディオ彷徨」を最初に読んだ時、
読み終ってから初出一覧を見て、
あの文章はやはりスイングジャーナルに書かれたものなのか、
レアリテって、どういう雑誌? と思い、冒頭を読み返したりもした。

「虚構世界の狩人」でも同じことをやったし、
黒田先生の「レコード・トライアングル」、菅野先生の「音の素描」のときもそうだった。

おもしろいと感じた文章ほど、どこに書かれたなのなのかが気になる。
自分がそうだから、ほかの人も同じ、と思い込まない方がいいのはこの件でも同じで、
初出一覧なんて、まったく気にしない、という人がいるのも知っている。

そこに書かれた内容をしっかりと読んでいさえすれば、
初出がどの雑誌なのか、なんてことは気にする必要はない、
といいきれないところが私にはある。

この感覚は、性格的なものでもあろうし、マンガを読んできていたからなのか、とも思う。

Date: 2月 19th, 2020
Cate: オーディオ評論

オーディオ雑誌考(その5)

スマートフォンでマンガを読む人がけっこう多くなったように感じている。
電車に乗っていると、男の人だけでなく、女の人もスマートフォンで読んでいる。

女の人だから、女性向けのマンガを必ずしも読んでいるわけでもなく、
男性向けのマンガを読んでいる人も増えているようだ。

私もマンガ好きなので、iPhoneにはいくつかのマンガ用アプリを入れている。
一時期は、新しいマンガ用アプリが出ればインストールしていた。
けっこうな数使って、いまは四つだけに絞っている。

マンガ用アプリで読んでいて気づくことは、
人気の高いマンガは、一つのアプリだけでなく、
複数のアプリで読むことができる、ということだ。

このことは紙の本では絶対に、といっていいくらいありえないことである。
どんなに人気があるマンガであっても、
掲載誌が複数ということはこれまでなかった(はずだ)。

だからこそ、このマンガを読みたいから、このマンガ誌(掲載誌)を買っていたわけだ。
つまりマンガという作品は、掲載誌とつねに関連づけられていた。

けれど、いまはどうだろうか。
スマートフォンでマンガを読む人が増えれば増えるほど、
掲載誌という概念はなくなりつつあるわけだ。

そうだから、女の人でも、いまでは男性向けのマンガを読む機会、接する機会が、
紙の本だけの時代よりもずっとずっと多くなっている。

おそらくマンガ雑誌の編集者の人たちは、
掲載誌という概念が希薄になっている、
すでに失われつつある──、ということを以前から感じとっていた、と思う。

Date: 2月 18th, 2020
Cate: High Resolution

MQAで聴けるミケランジェリのドビュッシー(e-onkyoの価格)

ミケランジェリのドビュッシーが、e-onkyoで配信が始まったのが1月3日。
約一ヵ月後の2月7日には、ミケランジェリのドビュッシー集が、
CD(二枚)+Blu-Ray Audio(一枚)で、ドイツ・グラモフォンから発売になった。

CDとBlu-Ray Audioの組合せは、これまでもドイツ・グラモフォンは積極的だった。
すべてをチェックしたわけではないが、
Blu-Ray Audioはほぼすべて96kHz、24ビットである。

今回のミケランジェリのドビュッシーは192kHz、24ビットである。
しかも収録内容は、
「前奏曲集」の第一巻と第二巻、
「映像」第一集と第二集、
「子供の領分」である。

この内容で、タワーレコードなどでは三千円を切る価格になっている。

e-onkyoでの価格は、というと、
それぞれ分売で、四千円を超える。
「前奏曲集」は第一巻のみである。
二タイトル購入すれば、九千円近く、と、CD+Blu-Ray Audioの組合せの三倍。

それでも「前奏曲集」第二巻は含まれていない。

e-onkyoでの価格は、どうやって決定されるのかは知らない。
レコード会社の意向が強いのかもしれない。
それにしても……、とどうしても思ってしまう。

私の場合は、MQAで購入している。
Blu-Ray Audioは、MQAではない。
なのでしかたないといえばそうなのか、納得するしかないのか……、と思いつつも、
flacで購入する人は、CD+Blu-Ray Audioの組合せのほうが、お買い得である。

e-onkyoがMQAに積極的であるのは高く評価したい。
でも、一部のタイトルの価格には、納得できなかったりする。

Date: 2月 18th, 2020
Cate: High Resolution,

MQAで聴けるバルバラ(その4)

「コンポーネントステレオの世界 ’77」でのそれぞれの組合せの記事中には、
すべての組合せではないが、試聴風景の写真が使われている。

写真の下にはネーム(説明文)がある。
たとえば、
《少し古いレコードを聴くためにはタンノイのレベルコントロールも活用する。調整中の瀬川氏》、
《ソニー、タンノイ、ヤマハの3機種のスピーカーを慎重に試聴する岡氏》、
《アンプの音の違いを真剣に聴き入る菅野氏》、
たいていはこんな感じのネームである。

井上先生の組合せ、
山崎ハコ、ジャニス・イアン、絵夢などのレコードをしんみり聴くための組合せでは、
《山崎ハコなど人前で聴くとやはりテレるのです》とある。

あきらかに、ほかの組合せとは違う。

オーディオのことはまだ何もわかっていないといえた中学二年の私でも、
この写真のネームの違いにはすぐに気づいた。

それだけに、キャバスのBrigantinかロジャースのLS3/5Aの組合せには、
ほかの組合せとは違うなにかを感じたものだった。

そういうことがあったからこそ、
バルバラを、いまMQA-CDで聴いていると、LS3/5Aのこととか、
井上先生のこととかをおもい出すことになる。

Date: 2月 17th, 2020
Cate: High Resolution

MQAのこと、知名度と普及ということ

先日、ほぼ十年ぶりくらいに、ある人と電話で話した。
オーディオ好きの人である。
熱心にオーディオをやっている人である。

私より少し上の世代の人である。
もうステレオサウンドをはじめオーディオ雑誌は何も読んでいない人である。
インターネットはやっているけれど、それほど情報収集に熱心でもない人である。

そういう人と三十分ほど話していた。
以前はよく話していた。
久しぶりということもあって、
それにMQAのエヴァンジェリストを自認しているわけだから、
話の途中で「MQA、いいですよ」と切り出した。

その人は「MQA?」という感じだった。
MQAのことをまったく知らない様子だった。

私だって、MQAが登場したのと同時に知ってはいたけれど、
知ってはいた──、にとどまるレベルでしかなかった。

MQAの音を聴いたのは、2018年9月のaudio wednesdayにおいて、だ。
それに、いまのところメリディアンのULTRA DACと218でしか聴いていない。

オーディオ雑誌も読まず、インターネットも熱心でなければ、
「MQA?」という反応も当然かもしれない。

私が熱心に、audio wednesdayでMQAを鳴らすようになったから、
audio wednesdayに来てくれる人たちはMQAのことを知っているし、
その良さも感じとっているわけだが、
冷静にながめてみれば、MQAの知名度、普及はまだまだなのかもしれない。

Date: 2月 17th, 2020
Cate: 欲する

何を欲しているのか(サンダーバード秘密基地・その3)

デアゴスティーニ版サンダーバード秘密基地にまったく関心ない、
という人もけっこういることだろう。

今回のサンダーバード秘密基地は、私と同世代、それより上の世代をターゲットした企画だろう。
子供のころ、サンダーバードを夢中になって見ていた世代、
サンダーバード秘密基地のプラモデルのころ、子供だった世代を狙ったものであり、
サンダーバード? という世代で、
サンダーバード秘密基地に興味をもつ人はあまりいない、と思う。

つまりは、世代特有の飢えと渇きを分析しての企画ともいえよう。
だからといって、同世代の人たちみなが、同じ飢えと渇きをもっているわけでもないのだが、
それでも共通する飢えと渇きをもった人は少なくないのだろう。

それに加えて、その人だけの飢えと渇きもある。
この飢えと渇きは、他のモノではいやすことはほぼ無理なようだ。

ヤフオク!や中古オーディオ店を眺めていると、
衝動に負けそうになることがある。

このスピーカーを、このアンプを、このカートリッジを、
自分の手で鳴らしてみたい、という衝動をおさえるのがたいへんなこともある。

もう一度聴きたい、ではなくて、
一度自分の手で鳴らしてみたい、という気持が圧倒的に強い。

オーディオ店の店頭、
それだけでなく瀬川先生が定期的に来られていた試聴会、
それらの機会に聴くことができ、いい音だな、と思ったオーディオ機器、
これらを自分の手で鳴らしてみたいのだ。

Date: 2月 16th, 2020
Cate: オーディオマニア

最後のオーディオマニア(その3)

CDプレーヤーが登場したとき、まず思ったことがいくつある。
その一つが、デジタル機器に関してはブラックボックスとして捉えよう、だった。

つまりいじること、手を加えることは、デジタルオーディオ機器にしないでおこう、である。
そう決めたものの、ステレオサウンドで働いていると、
CDプレーヤーは、こんなことでこんなに音が変化するのか──、
そういうことを数えきれないほど体験してきた。

初期のCDプレーヤーのなかには、リアパネルにヒートシンクが出ていたモデルがあった。
マランツやソニーの製品がそうだった。

さほど大きくないヒートシンクなのだが、ここの鳴きをほんのちょっと抑えるだけで、
音はよい方向へと変化していく。

それから国産CDプレーヤーに多かったのが、フロントパネルのヘッドフォン端子への配線が、
プリント基板のパターンではなく、ワイヤーでの配線だった。

ほとんどの製品が両端にコネクターがついているので、簡単に取り外しができる。
井上先生の指摘で、外した音を聴いて驚いた。
三本(左右チャンネル一本ずつとアース)一組の10数cmほどのケーブルを抜くだけで、
音場の見通しがはっきりとよくなる。

その他にも長島先生の指摘でやったこともある。
どれもハンダゴテを使わずに、すぐに実行できることで、
音の変化は決して小さくない。

こんなことが積み重なってきて、
CDプレーヤーを含めてデジタルオーディオ機器をブラッグボックスとして、
手を加えるのはしない、という自分で決めたことをあっさりと捨ててしまった。

Date: 2月 16th, 2020
Cate: ジャーナリズム, ステレオサウンド

編集者の悪意とは(その22)

スピーカーシステムの試聴、
それも数十機種集めての試聴ともなると、難しい面が出てくる。

スピーカーシステムが一本(一組)であれば、
じっくりと時間をかけて、スピーカーの設置位置、設置方法をあれこれ試してみて、
さらにアンプやスピーカーケーブルも交換して、という聴き方が可能だ。

だがスピーカーの数が増えていけば、そんなことをやる時間的余裕は、
スピーカーの数に比例して削られていく。

結局、ステレオサウンドにおけるスピーカーシステムの総テストでは、
リファレンススピーカーの設置位置が、すべてのスピーカーの設置場所になる。

スピーカーによって、もう少し後の壁に近づけたり、逆に離したりした方が、
それから左右との壁との距離も変えてみたほうが、いい結果が得られるのは十分考えられる。

それでも時間が問題となり、
その試聴室において、これまで、さまざまな試聴をしているオーディオ評論家の、
それまでの経験の積み重ねを信じての、スピーカーの設置位置となる。

ステレオサウンド 54号のスピーカーシステムの総テストでは、
黒田恭一、菅野沖彦、瀬川冬樹、三氏による試聴が行われている。

しかも合同試聴ではなく、三人別々の試聴であり、
さらに瀬川先生はスピーカーのセッティングをそうとう試されているのが、
試聴の方法、試聴後記、試聴記からもわかる。

以前のステレオサウンドがやれていたことを、なぜできないのか。
このことは、また別項で考えていきたい。

87号のスピーカーシステムの総テストでは、
マッキントッシュのXRT18を、そういうセッティングで聴くことをやってしまったら、
試聴の方法そのものが間違っている、ということになる。

けれど、一方では、XRT18だけ特別扱いになるのか、という意見もある。
ただXRT20、XRT18にしても、マッキントッシュ側から、
こういうふうに設置しろ、という条件が最初からある。
それに従ったまで、という考えもある。

他社製のスピーカーシステムにも、そんなふうにセッティングについて条件が出されていたら、
それに従っての試聴となるはずだ。

なので87号において、XRT18を特別扱いしたのかどうかは、微妙なところでもあるし、
特別扱いをしたということになるならば、
それは編集見習いのKHさんに、ヴォイシングに立ち合ってもらったところにある。

くり返しになるが、KHさんはXRT20ユーザーであり、
マッキントッシュにつよい思い入れをもっている人であり、
KHさんには、XRT18をよく鳴らしたい、という善意の気持があったのではないのか。

この善意の気持が強いほど、それに見合う実力が伴わなければ、
結果として悪意となってしまうことだってあるではないのか。

Date: 2月 15th, 2020
Cate: Noise Control/Noise Design

Noise Control/Noise Designという手法(鼓童 1985年シアターアプル公演・その2)

一発目の音は、力強く叩いた音だ。
二発目の音は、軽く叩いた音だ。

音量の違いが、まずある。
これが面白い、といおうか、興味深い、とでもいおうか、
冒頭のノイズの鳴り方が良くなってくると、
二発目の音は、より小さく聴こえる。

つまり一発目と二発目の音量差が大きくなって聴こえてくる。
こういうふうに鳴ってくるようになると、この録音の面白さがわかってくる。

鼓童のCDは、私がステレオサウンドにいたころ、
井上先生がパワーアンプの試聴に使われたことがある。
ここで取り上げているのと別の録音で、
太鼓が連打されている箇所になると、
パワーアンプによっては、急によたよた、といった感じに陥ってしまう。

連続するエネルギーをスピーカーに供給しきれなくなりつつある、という感じになる。
井上先生は、気絶気味になる、と表現されていた。
その意味では、おもしろいくらいにパワーアンプの力量を丸裸にする。

でも、この時は、鼓童の、音楽としての面白さを感じていたわけではなかった。
こういう試聴には向くソフトではあっても、購入して聴きたいとはまったく思わなかった。
だから買っていない。

e-onkyoで無料サンプルとして用意されていたので、興味半分でダウンロードしただけだった。
初めに聴いたときも、それほど面白いとは感じなかった。

けれど昨年の大晦日の夜、
D/Dコンバーターに手を加えたあとに試しに聴いてみた。
その変化は大きかっただけでなく、
鼓童を音楽として、初めて面白いかも、と思い始めた。
そして最後まで聴いた。

Date: 2月 15th, 2020
Cate: High Resolution,

MQAで聴けるバルバラ(その3)

MQA-CDでバルバラを聴いていると、
ふとLS3/5Aで聴いたら、どんな雰囲気でバルバラが歌ってくれるのだろうか、と思った。

20代の一時期、ロジャースのLS3/5A(15Ω)を持っていた。
狭い部屋だったこともあって、メインとして鳴らしていたわけではなかったこともあって、
通常は部屋の片隅に置いていて、聴きたい時だけ設置してという聴き方だった。

譲ってくれ、という友人がいて、手離した。
なのでバルバラをLS3/5Aでは聴いていない。

MQA-CDで聴いていると、LS3/5Aだったら、
インティメイトな感じがより濃く鳴ってくれそうな気がする。

それは、きっとぞくぞくするような鳴り方のはずだ。

LS3/5Aといえば、私にとっては井上先生がまず思い浮ぶ。
1976年12月のステレオサウンド別冊「コンポーネントステレオの世界 ’77」で、
井上先生がLS3/5Aの組合せをつくられている。

カートリッジはAKGのP8ES、
コントロールアンプはAGIの511、パワーアンプはQUADの405だった。

当時は、この組合せで聴いてみたい、と思うだけだった。
でも、いまはこの組合せの記事は、井上先生の素の部分が出たものだと思う。

井上先生に確認したわけではない。
でも、井上先生はLS3/5Aをもっておられたはずだ。