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Date: 5月 11th, 2009
Cate: 930st, EMT, 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと

瀬川冬樹氏のこと(その54)

「全く上質の肉の味がする」EMT・930stは、
「バスドラムの重低音の量感」と「皮のたるんでブルンと空気の振動する感じの低音」を聴かせてくれる、
「他に思いつかない」鳴り方を提示する930stは、「まさにピラミッド型の」のオーケストラのバランスで、
「低音の量感というものを確かに聴かせて」くれる。

ピラミッド型の音のバランスときくと、多くの人は正三角形を思い浮かべるのではないだろうか。
瀬川先生にとってのピラミッド型のバランスは、頂上から途中までは正三角形なのが、
ふもとにいくにしたがい、富士山の姿のように裾野が広がっていく、そういう感じのように思える。

こういう音のバランスを、低音過多だと表現される方もおられるだろう。
だが、ほんとうに低音過多なのだろうか。
むしろ、このくらいの豊かさがあってこそ、美しいピラミッド型のバランスなのではないのか。

サーロジックのサブウーファー、SPD-SW1600を導入して、
1年と数ヵ月、あれこれいじってきて、このことを実感している。

Date: 5月 10th, 2009
Cate: 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと

瀬川冬樹氏のこと(その53)

瀬川先生の文章を読みはじめたのは、ステレオサウンドの41号から。
それからは、他のオーディオ誌に書かれているものも、できるだけすべて読むようにしてきた。

ステレオサウンドの52号、セパレートアンプ特集の巻頭エッセイ、
このあたりから瀬川先生の文章が変わりはじめたような気がする。
それまで以上に的確に、音をイメージしやすくなってきた。

52号での、マークレビンソンのML6Lの音についてのこと、
マッキントッシュとQUADをまとめて語られていたこと、など、
読みごたえが増していて、何度となく読み返した。

読み返すたびに、発見があった。

55号の「ハイクォリティプレーヤーの実力診断」の個々の機種の試聴記、「テストを終えて」もそうだ。
以下に書き写しておく。
いちど読んでいただきたい。
     ※
 良くできた製品とそうでない製品の聴かせる音質は、果物や魚の鮮度とうまさに似ているだろうか。例えばケンウッドL07Dは、限りなく新鮮という印象でズバ抜けているが、果物でいえばもうひと息熟成度が足りない。また魚でいえばもうひとつ脂の乗りが足りない、とでもいいたい音がした。
 その点、鮮度の良さではL07Dに及ばないが、よく熟した十分のうま味で堪能させてくれたのがエクスクルーシヴP3だ。だが、鮮度が生命の魚や果物と違って、適度に寝かせたほうが味わいの良くなる肉のように、そう、全くの上質の肉の味のするのがEMTだ。トーレンスをベストに調整したときの味もこれに一脈通じるが、肉の質は一〜二ランク落ちる。それにしてもトーレンスも十分においしい。リン・ソンデックは、熟成よりも鮮度で売る味、というところか。
 マイクロの二機種は、ドリップコーヒーの豆と器具を与えられた感じで、本当に注意深くいれたコーヒーは、まるで夢のような味わいの深さと香りの良さがあるものだが、そういう味を出すには、使い手のほうにそれにトライしてみようという積極的な意志が要求される。プレーヤーシステム自体のチューニングも大切だが、各社のトーンアームを試してみて、オーディオクラフトのMCタイプのアームでなくては、マイクロの糸ドライブの味わいは生かされにくいと思う。SAECやFRやスタックスやデンオンその他、アーム単体としては優れていても、マイクロとは必ずしも合わないと、私は思う。そして今回は、マイクロの新開発のアームコード(MLC128)に交換すると一層良いことがわかった。
 単に見た目の印象としての「デザイン」なら、好き嫌いの問題でしかないが、もっと本質的に、人間工学に立脚した真の操作性の向上、という点に目を向けると、これはほとんどの機種に及第点をつけかねる。ひとことでいえば、メカニズムおよび意匠の設計担当者のひとりよがりが多すぎる。どんなに複雑な、あるいはユニークな、操作機能でも、使い馴れれば使いやすく思われる、というのは詭弁で、たとえばEMTのレバーは、一見ひどく個性的だが、馴れれば目をつむっていても扱えるほど、人間の生理機能をよく考えて作られている。人間には、機械の扱いにひとりひとり手くせがあり、個人差が大きい。そういういろいろな手くせのすべてに、対応できるのが良い設計というもので、特性の約束ごとやきまった手くせを扱い手に強いる設計は、欠陥設計といえる。その意味で、及第点をつけられないと私は思う。適当にピカピカ光らせてみたり、ボタンをもっともらしく並べてみたりというのがデザインだと思っているのではないか。まさか当事者はそうは思っていないだろうが、本当によく消化された設計なら、こちらにそういうことを思わせたりしない。
 そういうわけで、音質も含めた完成度の高さではP3。今回のように特注ヘッドシェルをつけたり、内蔵ヘッドアンプを使わないために引出コードも特製したりという異例の使い方で参考にしたという点で同列の比較は無理としてもEMT。この二機種の音質が一頭地を抜いていた。しかし一方で、操作性やデザインの具合悪さを無理してもいいと思わせるほど、隔絶した音を聴かせたマイクロ5000の二重ドライブを調整し込んだときの音質の凄さは、いまのところ比較の対象がない。とはいってもやはり、この組合せ(マイクロ5000二重ドライブ+AC4000または3000MC)は、よほどのマニアにしかおすすめしない。
 これほどの価格でないグループの中では、リン・ソンデックの、もうひと息味わいは不足しているが骨組のしっかりした音。それと対照的にソフトムードだがトーレンス+AC3000MCの音もよかった。またケンウッドの恐ろしく鮮明な音も印象に深く残る。

Date: 5月 9th, 2009
Cate: 930st, EMT, 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと

瀬川冬樹氏のこと(その52)

(その23)での冒頭で引用した、瀬川先生によるEMT 930stの試聴記。

この文章こそ、瀬川先生の音の好みを知る上で好適と言えよう。
     ※
中音域から低音にかけて、ふっくらと豊かで、これほど低音の量感というものを確かに聴かせてくれた音は、今回これを除いてほかに一機種もなかった。しいていえばその低音はいくぶんしまり不足。その上で豊かに鳴るのだから、乱暴に聴けば中〜高音域がめり込んでしまったように聴こえかねないが、しかし明らかにそうでないことが、聴き続けるうちにはっきりしてくる。ことに優れているのが、例えばオーケストラのバランスと響きの良さ。まさにピラミッド型の、低音から高音にかけて安定に音が積み上げられた見事さ。そしてヴァイオリン。試聴に使ったフォーレのソナタの、まさにフォーレ的世界。あるいはクラヴサンの胴鳴りが弦の鋭い響きをやわらかく豊かにくるみ込んで鳴る美しさ。反面、ポップスのもっと鋭いタッチを要求する曲では、ときとしてL07Dのあの鮮鋭さにあこがれるが、しかし一見ソフトにくるみ込まれていて気づきにくいが、打音も意外にフレッシュだし、何よりもバスドラムの重低音の量感と、皮のたるんでブルンと空気の振動する感じの低音は、こんな鳴り方をするプレーヤーが他に思いつかない。
なお、試聴には本機専用のインシュレーター930−900を使用したが、もし930stをインシュレーターなしで聴いておられるなら、だまされたと思って(決して安いとはいえない)この専用台を併用してごらんになるよう、おすすめする。というより、これなしでは930stの音の良さは全く生かされないと断言してもよい。内蔵アンプをパスするという今回の特殊な試聴だが、オリジナルの形のままでもこのことだけは言える。
     ※
「ハイクォリティプレーヤーの実力診断」の記事の冒頭、「テストを終えて」という文章が掲載されている。

ここで「良くできた製品とそうでない製品」の音を、「果物や魚の鮮度とうまさ」に例えられている。

Date: 5月 8th, 2009
Cate: 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと

瀬川冬樹氏のこと(その51)

ステレオサウンド 55号の「ハイクォリティプレーヤーの実力診断」の記事中で、
トーレンスのTD126MKIIICのところで、こんなことを、瀬川先生は書かれている。
     ※
今回の試聴盤の中でもなかなか本来の味わいの出にくいフォーレのVnソナタなどが、とても優雅に、音楽の流れの中にスッと溶け込んでゆけるような自然さで鳴る。反面、ポップス系では、同席していた編集の若いS君、M君らは、何となく物足りないと言う。その言い方もわからないではない。
     ※
SさんとMさんは、ステレオサウンド 56号での、
トーレンスのリファレンスの新製品紹介記事(これも瀬川先生が書かれている)でも登場する。

リファレンスは、TD126同様、フローティングプレーヤーではあるが、その機構はまったくの別物。
TD126がコイル状のバネで、比較的十慮の軽いフローティングボードを支えているのに対し、
リファレンスでは、ベースの四隅に支柱を建て、板バネと金属ワイヤーによる吊下げ式となり、
プレーヤー本体の重量も、TD126が14kg、リファレンスは90kgと、
構造、素材の使い方、まとめ方など、異る代物といえる。

リファレンスは、ワイヤーの共振点を変えられるようになっていた。
瀬川先生は、試聴記のなかで、いちばん低い周波数に設定したときが好ましかったが、
ここでも編集部のSさんとMさんは、その音だと、ポップスでは低音がゆるむから、と、
高い周波数にしたときの音の方がいい、と言っていた、と書かれていた(はず)。

ここでも、瀬川先生は、やわらかく、くるみ込むような低音を好まれていることが、はっきりとわかる。

Date: 5月 5th, 2009
Cate: 井上卓也

井上卓也氏のこと(その25)

井上先生は黙っておられた。

だからというわけではないが、つい反論が口から出ていた。
「逆でしょう。アナログのほうがすべての現象が目や耳で確認できるし、
きちっと使いこなしができればコントロールできる。
CDプレーヤーは、トレイが引っ込んでしまうと、もう中の動作に対してはいっさい手が出さない。
何がどうなっているのかも直接確認することはできない。出てくる音も、つねに同じわけじゃない。」

こんなことを一気に言ってしまった。
真っ向から否定したわけだから、Hさんは、私を、失礼なヤツだな、と思われていただろう。

すると井上先生が、「うん、宮﨑の言う通りだよ。CDプレーヤーはブラックボックスだし、
アナログプレーヤーはコツ、ツボがわかっていれば、きちんとコントロールできるもの」と、
井上先生と会われた方ならわかってくださるだろう、あの口調で言われた。

嬉しかった。
井上先生に認められたようで、嬉しかった。

Date: 5月 4th, 2009
Cate: 井上卓也

井上卓也氏のこと(その24)

1982年10月1日に登場したCDとCDプレーヤーを、
自分の装置に導入したのは、1984年の後半だったと記憶している。

アナログプレーヤーに、トーレンスの101 Limitedを無理して買って、それほど時間も経っていなかったことで、
正直、金銭的にCDプレーヤーまで手が回らなかった。
一方、ステレオサウンドでの取材では、確実にCDに、使用プログラムソースは移行していた。

私が最初に使ったCDプレーヤーは、京セラのデビュー作のひとつである、DA910。
といっても自分で購入したものではなく、まだCDプレーヤーを導入していない私を見兼ねて、
傅さんが貸してくださったから、なんとかCDを聴くことができるようになった。

自宅で使いはじめて、ステレオサウンドの試聴でもなんとなく感じはじめていたことを確認できた。
意外にも、CDは再現性が低いということで、これは、この項の(その14)で述べている再現性である。

CDをトレイにセットして、プレイ・ボタンを押せば、つねに同じ音がする、そんなイメージがあったと思うし、
事実、井上先生とある筆者の方(Hさん)の取材のとき、Hさんが
「CDになって試聴が楽になりましたね。再現性が高いから。アナログディスクのような不安定要素がないから」と、
井上先生に同意を求めるように言われたことがあった(Hさんは早瀬さんのことではない。念のため)。

85年ごろのことだ。確かにCDの音に手ごたえを感じられるようになってきていた。
だから余計に、CDの再現性の低さも感じとれるようになってきてもいたと言えよう。

正直、Hさんの発言を聞いて、「えっ?」と思った。

Date: 5月 3rd, 2009
Cate: 五味康祐

五味康祐氏のこと(その8・補足)

五味先生がお使いだったヤマハ製のラックは、BLC103シリーズで、
イタリアのデザイナー、マリオ・ベリーニによるもの。

BLC103は、縦型タイプ(下段がレコード収納用、その上にアンプ、チューナー類を収められるように3段)、
スクエア型タイプ(下段はレコード収納用で、その上に小物入れの引出しが2段)、
このふたつを連結する天板をデスクタイプと分類し、かなり自由に組み合わせることが可能だった。

ヤマハでは、単なるラックとは呼ばず、コンポーネントファニチャーと名付けていた。

モダンなラックだと、中学生の頃、思っていたし、
そのころは五味先生が使われていたことは知らなかったけど、BLC103が欲しかった、使いたかった。

でも基本セットで、8万円ほどしていたラックは、学生には高すぎた。
そんなこともあって、ステレオサウンド 55号の五味先生の追悼記事中の写真に、
このラックを見つけたときは、なんとなく嬉しかった。

練馬区役所で、五味先生のマッキントッシュやEMTが収められているラックは、
盗難防止のため扉と鍵が必要なのは理解できるけど、なんと武骨なだけなんだろうか。

余談だが、1970年代のヤマハは、
このラックとカセットデッキのTC800GL、ヘッドフォンのHPシリーズは、マリオ・ベリーニに、
アンプやチューナーなどは、日本のGKデザインに依頼していた。

瀬川先生は、GKデザインのヤマハの製品についてひと言、
「B&Oコンプレックス」と言われていたのを思い出す。

TC800GLは1975年、コントロールアンプのC2は翌76年に、
イタリア・ミラノHiFiショーで、トップフォルム賞を受賞している。

Date: 5月 2nd, 2009
Cate: 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと
2 msgs

瀬川冬樹氏のこと(その50)

フェログラフはイギリスのオーディオメーカーで、日本に紹介されたのは、スピーカーシステムのS1と、
オープンリールデッキのStudio 8(本格的なコンソール型で、価格は1980000円)ぐらいだけだろうか。

S1は、価格的にはスペンドールのBCIIと同クラスのスピーカーシステムで、
ユニット構成は、ウーファーにKEFの楕円型ユニットB139、スコーカーは12cm口径のプラスチックコーン型、
トゥイーターはドーム型で、クロスオーバー周波数は、400Hzと3.5kHz。
縦にラインのはいったサランネットと、白く塗装された一本脚のスタンドが外観上の特徴となっている。

S1の音について、瀬川先生は、「ステレオのすべて ’73」では、
低音のうんと低いところがふくらみ、そのため、他のスピーカーと並べて聴くと、
S1だけ低音が別に出てくる。だぶついているという受け取り方もあるくらい、と述べられている。

さらに中域については、うまく押えられている、と言われ、
それに対し菅野先生は、押えられているというよりも足りない、と指摘され、
具体例として、ソニー・ロリンズのテナーサックスが、アルトになるという感じがある、
図太い音楽があきらかに痩せてしまう、と。

その点は瀬川先生も認められている。
高いほうもややしゃくれ上った、いわゆるドンシャリの高級なやつというふうに、
S1の全体のイメージを表現されている。

そんなS1の、中域の薄さを補う意味で、ダイナコとオルトフォンを選択されている。
つまりS1の組合せにおいて、低音のふくらみに関して、どうにかしようとは考えておられないことがわかる。

おそらく傅さんだけでなく、クラシック好きのひとでも、
S1とダイナコの組合せの低音を「ゆるい」と感じられる方がいても不思議ではない。

Date: 5月 1st, 2009
Cate: 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと

瀬川冬樹氏のこと(その49)

この項の(その35)を読まれた傅さんから、すぐにメールをいただいている。

傅さんが、マークレビンソンのML7Lの購入のために手放されたオーディオ機器がリストアップされていた。
そのなかにフェログラフのS1があった。
「例のスピーカーですね」というコメントがついていた。
その下には、ダイナコの管球式のモノーラルパワーアンプのMark IIIがあり、
「これはS1との組合せを瀬川先生が推薦されていましたが、ポップスでは低音が緩かったです」
と書き加えられていた。

フェログラフのS1にダイナコのMark IIIとは、意外な感じがして、
何に掲載されていたんだろうか……、と思っていたら、
実は、この組合せも、「ステレオのすべて ’73」で紹介されていたものだった。

コントロールアンプには、やはり管球式のラックスのCL35/IIを使われている。
プレーヤーは、トーレンスにオルトフォンの組合せだ。

参考までに書いておく。
フェログラフ S1(135000円×2)
ラックス CL35/II(98000円)
ダイナコ Mark III(56000円×2)
トーレンス TD125(88000円)
オルトフォン SPU-GT/E(27500円)
オルトフォン RS212(26000円)

傅さんも、これに近い組合せで、鳴らされていたわけだ。

「ステレオのすべて ’73」は、25年ほど前にいただいた本、
それをいまになって、きちんと読み、知りたいと思っていたことが、そこに書いてある。
まさに「灯台下暗し」だし、当時は、いただいた本が、いまこんなにも役立つことになろうとは、
当然だけど、まったく想像できなかった。
伊藤喜多男先生からいただいた本だから、ずっととっておいていたわけだ。
自分で購入したものだったら、かなり以前に処分していただろう。

そう思うと、本一冊のことではあるが、縁の不思議さを感じている。

Date: 4月 30th, 2009
Cate: 伊藤喜多男, 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと

瀬川冬樹氏のこと(その48)

「ステレオのすべて ’73」は、伊藤アンプに関心のある人にとっては、特別な号であるはず。

私が持っている「ステレオのすべて ’73」は伊藤先生からいただいたもの。
伊藤先生の「ステレオアンプ逸品料理論」が載っている。
シーメンスのオイロダイン用に製作されたウェスタン・エレクトリックの300Bのシングルアンプ、
それにコントロールアンプが発表された号だからだ。
(記事の扉には、伊藤先生のサインもいただいている。)

うれしくて、伊藤先生の記事は何度も読み返したのに、
我ながら不思議なのだが、他の記事はほとんど読んでなかった。

他のことで調べものをしたくてひっぱり出してきた「ステレオのすべて ’73」に、
瀬川先生のことで確認したかった発言が載っているとは、まったく思っていなかった。
だから本をぱっと開いたところに、引用した言葉を見つけたとき、
何がどこでどうつながっているのか、まったく予測できないと思った次第である。

「ステレオのすべて ’73」は、私のところにあるオーディオの雑誌のなかでは、いちばん古い。
まだ、マッキントッシュのC22とMC275が現役なのにも、すこし驚く。
記事によると、アメリカでは数年前に製造中止になっているが、日本からの要望で注文生産しているとある。

参考までに価格を書いておくと、C22が286000円、MC275が349000円。
すでにC28とMC2105も販売されていて、こちらは336000円と434000円となっている。
広告を見ていくと、タンノイの輸入元はシュリロ貿易だし、
クライスラー電気のページには、リビングオーディオの文字があり、
「リビングオーディオ」がクライスラーのブランド名だったこともわかった。

Date: 4月 29th, 2009
Cate: 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと

瀬川冬樹氏のこと(その47)

瀬川先生の音の好みについて、どうしても確かめておきたいことがあった。
低音に関して、である。

低音に関しては、それが下品にならなければ、洗練されているのであれば、
ふくらんでも良しとされる、というよりも、どちらかというと、量感豊かでふくらむのも、
もしかしたら好まれているのではないか、と思ってきた。

愛用されてきたEMTの930st、SAEのMark2500だけでなく、
瀬川先生が好まれるオーディオ機器のなかには、スリムという一言では片付けられないモノがいくつもある。

だから、ずっと低音のふくらみについて発言されていないのか、さがしていた。

1972年暮に、音楽之友社から出た「ステレオのすべて ’73」で、
瀬川先生と菅野先生、それに長岡鉄男氏の鼎談が載っている。
そこで「ふくらみ方が、低音のうんと低いところでふくらむのはかまわない。
中域でふくらむのはいやなんだ」と語られている。

この発言のすこし前には、さらに
「いい方によってはふくらむというような鳴り方、あれはむしろぼくにとっては非常に快い」とまで言われている。

やっと見つけた、と思っている。
同時に、灯台下暗しだった、とも思っている。

Mark Levinsonというブランドの特異性(その40)

瀬川先生が、病室で飲まれたホワイト&マッケイの話を、
当時オーデックスに勤められていたYさんから聞いたとき、
そして、そのことを「瀬川冬樹氏のこと(その16)」に書いたとき、
この水こそが、瀬川先生にとってのコントロールアンプなのではないか、と思っていた。

長い間寝ていた酒を起こす水の役割──、
レコードやテープに収められている(寝ている)音楽を、すくっと起こす役割を担っているのが、
コントロールアンプの存在意義のように感じはじめていた。

Date: 4月 27th, 2009
Cate: Mark Levinson, 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと

瀬川冬樹氏のこと(その46)

瀬川先生が、ベストバイのマイベスト3に、マークレビンソンのML2Lを選ばれていないことについては、
「思い出した疑問」にも書いている。

ML2Lの音は、それまでのA級動作のアンプの音が、やわらかく素直で透明な音というイメージを覆してしまった。
それほどスピーカーとの結合が密になった感じで、全体的な音の形は、贅肉をまったく感じさせないスリムさで、
スピーカーに起因するユルさまでもタイトに締め上げているような、強烈な印象を持っている。

線が細く、スリムでタイト。なめからで透明であることを徹底して追求し、
音が下品にふくらむことを拒否したところは、そのまま瀬川先生の音の好みともいえるし、
4350や4343をML2Lを6台用意して、低域をブリッジ接続にしてバイアンプで鳴らした音が、まさにそうであろう。

なのにML2Lを選ばれていないのは、なぜなのか。

瀬川先生がML2Lを導入される前に使われていたパワーアンプは、SAEのMark2500である。
そのときのアナログプレーヤーは、EMTの930st。
どちらも低域の豊かさは、他の機種からはなかなか得られないよさであり、
ピラミッド型の、安定した音のバランスは、聴き手をくるみ込む。

ステレオサウンド 55号のアナログプレーヤーの試聴記事で、
瀬川先生は、930stの低音を「いくぶんしまり不足」と表現されている。
55号のマイベスト3に挙げられているパイオニア/エクスクルーシヴP3についても、
「ひとつひとつの音にほどよい肉付き感じられ、弾力的で、素晴らしく豊かな気分を与える」と、
930stとともに高く評価されている。

パワーアンプのマイベスト3は、ルボックスのA740、マイケルソン&オースチンのTVA1、
アキュフェーズのP400で、
ML2Lの、タイトで無駄な肉付きのない音は反対の、
エクスクルーシヴP3に通じる、美しい響きをもつモノを選ばれている。

Mark Levinsonというブランドの特異性(余談・続×十一 825Ω)

MM型カートリッジで負荷抵抗(アンプの入力インピーダンス)を高くしていくと、
高域のピークの周波数が高くなるとともに、ピークの山そのものも高くなることは、以前書いたとおりだ。

MC型カートリッジでも、この点に関しては同じであり、ヘッドアンプで受ける場合は、
入力インピーダンスを高くしていけば、高域にピークが生じる。
ヘッドアンプの入力インピーダンスを実質的に決める、アンプの入力に並行に接続されている抵抗は、
カートリッジの高域共振をダンプするためのものだと考えられているため、
カートリッジのインピーダンスに合わせるとされている。

実際に測定した場合、MC型カートリッジの周波数特性がどのように変化するのか。
手もとにデンオンのDL103Sの測定データが載っている本がある。
無線と実験別冊の「プレーヤー・システムとその活きた使い方」(井上敏也氏・監修)だ。

余談だが、この本は、岩崎先生がお読みになっていたものを、ご家族から譲り受けたもの。
私のところにある、数冊のステレオサウンド──
38、39、41、42号、コンポーネントステレオの世界 ’77、世界のオーディオ・サンスイも、
岩崎先生がお読みになっていたそのものである。

DL103Sのデータは、39Ω、33kΩ、100kΩ負荷時の周波数特性だ。
DL103Sの負荷インピーダンスは、40Ωと発表されている。
デンオンから同時期に発売されていたヘッドアンプ、HA500、HA1000の入力インピーダンスは、
どちらも100Ωで固定。ゲインのみ切替え可能。

実測データでは、39Ωでも高域にピークが生じている。
33k、100kという、推奨負荷インピーダンスからすると、ひじょうに高い値で受けた場合も、
やはりピークは発生している。
ピークが、39Ω負荷時よりも大きいかというと、ほとんど変わらない。
多少大きいかな、という程度の違いでしかない。

それよりも注目すべきことは、全帯域のレベルの変化である。

Date: 4月 24th, 2009
Cate: ジャーナリズム, 傅信幸

「光を聴く旅」

いま「光を聴く旅」を読み返している。
サブタイトルは、MY CD STORY。傅さんのCDストーリーである。1987年に出ている。

背表紙に、黒田先生の文章が綴られている。
     *
傅信幸は細い綱を渡った。一方には音楽という渓谷がひろがり、
一方にはオーディオという岩山がせまっていた。
傅信幸の渡った綱の先には、虹色の小さな盤があった。
彼は、コンパクトディスクのきかせてくれる
音楽に耳を傾けつつ、
持って生まれた,まるで子供のような好奇心と実行力で、
西に飛び、東に走った。

コンパクトディスクは
オーディオの最新技術がうみだした製品である。
しかし、傅信幸にとって、
それは、新しく登場した単なる道具ではありえず、
彼が愛してやまない音楽を刻んだ盤であった。
コンパクトディスクを物と考え、
その技術的解説に終始するところでとどまることも、
傅信幸にはできただろう。
しかし、傅信幸は、あまりにも音楽が好きだった。
そのために、彼は、
音楽を収納するコンパクトディスクのむこうに、
その誕生にかかわった人たちのドラマをみようとした。
そして、見事、彼は、細い綱を渡りきって、
その過程を、人懐っこさの感じられる、
達意の文章で綴った。
     *
20年前に読んだときも、この黒田先生の文章にふかく頷いた。
そして、いま、もっとふかく頷いている。

SACD、DVD、Blu-Ray DVD、HD-DVDなど、直径12cmの光学ディスクが、いまある。
これらは、すべてCDから生まれてきた、といえるだろう。
そのCDは、どうやって、1982年10月1日に生まれてきたのか。
「光を聴く旅」は、出版されたのが早すぎたのかもしれない。
というよりも、絶版になっているのが、惜しい本である。

当時、読んだ人も、手もとにあれば、読み返してみてほしい。
面白さが、きっと増しているはずだ。

そして、「光を聴く旅」には、オーディオ・ジャーナリズムが、はっきりとある。