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Date: 6月 3rd, 2009
Cate: 黒田恭一

黒田恭一氏のこと

1988年5月、黒田先生のお宅に伺ったときのことだ。

「オーディオは趣味ではない。ぼくは命を賭けている」と、
力強い口調で、真剣な顔つきで、そう明言された。

心強かった、なんだか、無性に嬉しかった……。

「黒田恭一」の名前を知ったのは、
1976年暮に出たステレオサウンド別冊「コンポーネントステレオの世界 ’77」の巻頭に載っていた
風見鶏の示す道を」を読んだときだ。
ちょうどオーディオに興味をもちはじめて、そう間もないときのことで、強い衝撃でもあった。

音楽を聴く、ということ、それもレコードによってオーディオを通して聴くということは、どういうことなのか。
その難しさと面白さが伝わってきたように感じていた。

正直、まだ13歳、しかも音楽の聴き手としてもまだ初心者、オーディオのことも知識も経験も少なすぎた私には、
書かれていることをすべてを、真意を理解できなかった。
読んでいて難しい、と思った。ちょうど冬休みだったこともあり、何度も何度も読み返した。
読み返すたびに、すごいと思い、この人の書くものは、すべて読みたい、とまで思っていた。

音楽の聴き手として大切なものが、はっきりと書かれていたわけではないが、
「風見鶏の示す道を」には、ある。

それを感じとっていたから、13歳の私は、「難しい」と感じていたのかもしれない。

とにかく、黒田先生の文章に、早い時期に出会っていてよかった、とはっきりと言える。
出会えてなかったら、音楽の聴き手として心がまえを持ち得なかったかもしれない。
ずいぶん違う音楽への接し方をしていただろう。

黒田先生の、新しい文章を読むことは、もう、できなくなってしまった……。

Date: 6月 2nd, 2009
Cate: 岩崎千明

岩崎千明氏のこと(その14)

ステレオサウンド 39号のカートリッジの試聴に、
井上先生はダイレクトカッティング盤を中心に選ばれている。
岡先生は、とうぜんのことながら、クラシックのみで、ポリーニによるシェーベルクのピアノ作品集、
アルゲリッチのショパン、カラヤンの「オテロ」、
ブレンデルとハイティンクによるブラームスのピアノ協奏曲など7枚。
その他にいくつかのカートリッジでは、さらに別なレコードも使われている。

井上先生も岡先生も、1976年当時の、比較的新しいレコードを中心に使われているが、
岩崎先生は違う。

まずジャズ、ロックを中心で、しかもジャズは、新しいものとステレオ初期とモノーラルの50年代初期もの、
さらに40年代以前の古いものと、録音年代で4種類を試聴レコードとして選ばれている。

レコードについて、次のように語られている。
     ※
最新録音盤は、周波数特性とかスペクトラム的な判断に価値があったとしても、ステレオ感となるとかえって作為的で,良さの判断にはつながらず、苦労の種でしかない。ステレオ初期のレコードはこの点正直だ。50年代のジャズレコードのもつ特色は、そのまま「ジャズサウンドは、いかにあるべきか」を端的に示して、再生音楽におけるジャズ的視点を定めるのに好適といえる。古い録音のナローバンドのSN比の悪いSPリカット盤は、音楽以外の雑音や歪がどれだけ抑えられ、音楽を楽しむのに邪魔されずにすむか、を確かめるのに役立つ。現代的な意味で音の良いカートリッジが必ずしも雑音を抑えてくれるとは限らず歪も目立つ。
     ※
試聴レコードは以下のとおり。
●「ワン・フォー・ザ・デューク」
 エリントン/レイ・ブラウン
 パブロ(英国盤)
●「ヴィレッジヴァンガードのソニー・ロリンズ」
 ブルーノート(アメリカ盤)
●「イン・コンサート」
 クリフォード・ブラウン/マックス・ローチ
 マーキュリー(アメリカ盤)
●「ソロ・フライト」
 チャーリー・クリスチャン
 アメリカ・コロムビア盤
●「ブルー&グレー」
 ローリング・ストーンズ

Date: 5月 31st, 2009
Cate: BBCモニター, D44000 Paragon, JBL, 瀬川冬樹

BBCモニター考(その8)

そういえば瀬川先生が、ステレオサウンド 56号に書かれていたことを思い出す。

JBLのパラゴンのトゥイーター(075)・レベルについて
「最適ポイントは決して1箇所だけではない。指定の(12時の)位置より、少し上げたあたり、少なくとも2箇所に、それぞれ、いずれともきめかねるポイントがある。そして、その位置はおそろしくデリケート、かつクリティカルだ。つまみを指で静かに廻してみると、巻線抵抗の線の一本一本を、スライダーが摺動してゆくのが、手ごたえでわかる。最適ポイント近くでは、その一本を越えたのではもうやりすぎで、巻線と巻線の中間にスライダーが跨った形のところが良かったりする。まあ、体験してみなくては信じられない話かもしれないが。」
という記述だ。

パラゴンと4344というシステムの違いはあるが、巻線抵抗のレベルコントロールは共通している。
その微妙さ(ときには不安定さ)も共通しているといえよう。

さきほどまでの、いい感じで鳴ってくれた音と、もう少しと欲張り、先に戻せなかった音の、
レベルコントロールの位置の差は、
まさに「巻線と巻線の中間にスライダーが跨った」かどうかの違いだったのかもしれない。

そうやって微妙な調整を経て、音はピントが合ってくるもの。
だから、巻線抵抗のレベルコントロールに文句を言っているように感じられるだろうが、
否定しているわけではない。

BBC モニター系列のスピーカーにレベルコントロールがついている機種は、あまりない。
ついていても連続可変ではなく、タップ切替による段階的なものである。

Date: 5月 30th, 2009
Cate: Mark Levinson, 岩崎千明

岩崎千明氏のこと(余談)

2345、つまりツウー、スリー、フォー、ファイブ、というカッコいい型番を与えられているホーンを読者はご存知だろうか。23ナンバーで始まる四ケタ番号は、JBL・プロ用の中高音ホーンだ。そのあらゆるホーンの中で2345という名は、決して偶然につけられたものではなかろう。このナンバーのもつ響きの良さ、語呂のスムーズさは、それだけでも商品としての魅力を持ってしまうに違いない。名前が良くて得をするのはなにも人間だけではない。オーディオファンがJBLにあこがれ、プロフェッショナル・シリーズに目をつけ、そのあげく2345という型番、名前のホーンに魅せられるのは少しも変なところはあるまい。マランツ7と並べるべくして、マッキントッシュのMR77というチューナーを買ってみたり、さらにその横にルボックスのA77を置くのを夢みるマニアだっているのだ(実はこれは僕自身なのだが)。理由はその呼び名の快さだけだが、道楽というのは、そうした遊びが入りやすい。
     ※
「ベスト・サウンドを求めて」で、こんなことを書かれている岩崎先生は、
真空管時代からトランジスターの初期の時代のマランツのモデルナンバーに、
#11と#17が欠けているのを、とても気にされていた、と沼田さんがレコパルに書いている。
#13も欠番なのだが、欧米では凶数だから、なくて当然だろう。

私が気になるのは、マークレビンソンのMLナンバーの欠番である。
レヴィンソンは、型番を順番通りにつけている。
LNP2にしても、その前に4台しかつくられなかったLNP1というモデルが存在しているし、
MLシリーズにしても、JC2からモデルチェンジしたML1からはじまり、ML2、ML3……とつづき、
ML12までラインナップされているが、ML4、ML8が欠番になっている??、
そう思い込んでいただけで、ML8は存在している。

ML8は、Brüel & Kjaerの測定用マイクロフォン・カプセル、4133/2619用につくられたプリアンプである。
ML5の資料に書いてあった。
日本ではあまり知られていないようだが、ML5は、
スチューダーのオープンリールテープレコーダーA80のエレクトロニクス部を、
マークレビンソンでつくりかえたもの。
このML5には、ML5Aという改良モデルがあったようで、これに搭載されているアンプが、L1カードである。
L1カードは、ML7のラインアンプでもある。とうぜん設計者は、トム・コランジェロ。

ただML5の設計者がコランジェロかどうかははっきりとしない。
ジョン・カールの可能性も捨てきれない。
ジョン・カールは、マークレビンソンのアンプを設計する以前は、アンペックスのエンジニアだった。
テープレコーダーの設計にも携わっていた。
だからジョン・カールがML5を設計し、ML5Aに採用されたL1はコランジェロということなのかもしれない。

ML4が存在していたのか、それともほんとうに欠番だったのかは、まだはっきりとしない。
日本が大きな市場だったマークレビンソンにとって、4は日本では嫌われているのを知っていて、避けたのか。
MLシリーズが12で終ってしまったのは、やはり13が凶数だからなのか。

この他にR1というモデルが存在していたこともわかった。
マランツ#10BやセクエラのModel1の設計者と知られるリチャード・セクエラによる
リボン型トゥイーターT1の、マークレビンソンによるモディファイ版である。

HQDシステムに採用されたデッカのリボン型トゥイーターは7kHzからの使用なのに対し、
磁気回路もリボン・ダイアフラムもひとまわり近く大きいT1(R1)は、5kHzから、となっている。

Date: 5月 29th, 2009
Cate: 真空管アンプ, 長島達夫

真空管アンプの存在(その51)

長島先生とは親子ほど歳が違う(父は長島先生よりも2つ下だ)。
だから本音を隠して、当たり障りのない感想を言ってごまかすなんてことも通用しない。
ストレートに、感じたことを言うしかない。

ピアニシモ(ローレベル)において力を感じないことを伝えた。
「どう思った?」ときかれたときは、やや厳しい表情だったのが、にこりとされて、
「やっぱり、そう感じたか。ちゃんと聴いているな」と言ってくださった。

長島先生も、そのアンプに対して、私と同じ不満を感じておられ、そのため、評価はかなり厳しいものだった。
そのときは、正直、なぜそこまで厳しい評価なのかが、完全には理解できていなかった。

たしかにローレベルの力のなさに不満を感じていたが、良さも、いくつももっているアンプであるのだから。

長島先生の試聴に、2回、3回……と回を重ねていくごとに、
「なぜだったのか」が次第に、自然と理解できてくるようになっていた。

Date: 5月 29th, 2009
Cate: D44000 Paragon, JBL, 岩崎千明

岩崎千明氏のこと(その13)

岩崎先生は、またパラゴンのことを、「プライベートなスピーカー」とも語られている(ステレオサウンド 38号)。

パラゴンは使いこなしが難しいスピーカーだと思われている方には、意外だろうが、
「大きな音はもちろん、キュートな小さい音」も鳴らせるパラゴンは融通性があり、
アンプによる音の変化も他のスピーカーよりも小さく「たいへん使いやすいスピーカー」であるとまで言われている。

ただ「レコードの音の違いを細密に聴き比べたいといった使い方には、やや不向き」だと思われていたためだろう、
39号のカートリッジ123機種の聴き比べでは、アルテックの620Aを試聴用のメインスピーカーとして使われている。

39号では、岡俊雄、井上卓也、岩崎千明、3氏によるカートリッジの試聴テストが特集で、
井上先生だけステレオサウンドの試聴室で、岡先生と岩崎先生は、それぞれの自宅で試聴されている。

岩崎先生は620AをクワドエイトLM6200Rとマランツの510の組合せで鳴らされ、
さらにステレオ音像のチェック用として、アルテックの12cm口径のフルレンジ405Aを、
自作のエンクロージュアに収められ、
至近距離1mほどのところに設置するというヘッドフォン的な使い方もされている。

これらのシステムは音をチェックするためのシステムであり、
「もっと総合的に、音楽を確かめる」ためにセカンドシステムでの試聴も行われている。
くり返すが、123機種のカートリッジを2つのシステム計3つのスピーカーで聴かれているわけだ。

まずカートリッジの取りつけをチェックしたうえで、トーンアームに試聴カートリッジを着装し、
ゼロバランスをとり適性針圧をかける。それからインサイドフォースキャンセラーも確かめ、
場合によってはラテラルバランスの再調整も必要となる。
そしてトーンアームの高さの調整。最低でも、これだけのことをカートリッジごとに適確に行なっていかなければ、
カートリッジの試聴は、まずできない。

Date: 5月 28th, 2009
Cate: D44000 Paragon, JBL, 岩崎千明

岩崎千明氏のこと(その12)

岩崎先生は、パラゴンをどう捉えられていたのか。
ステレオサウンド 41号が参考になる。
パラゴンの使い手としての文章でもある。
     ※
 家の中に持ち込んでみてわかったのは、この「パラゴン」ひとつで部屋の中の雰囲気が、まるで変ってしまうということだった。なにせ「幅2m強、高さ1m弱」という大きさからいっても、家具としてこれだけの大きさのものは、少なくとも日本の家具店の中には見当らない見事な仕上げの木製であるとて、この異様とも受けとめられる風貌だ。日本人の感覚の正直さから予備知識がなかったら、それが音を出すための物であると果してどれだけの人が見破るだろうか。何の用途か不明な巨大物体が、でんと室内正面にそなえられていては、雰囲気もすっかり変ってしまうに違いなかろう。「異様」と形容した、この外観のかもし出す雰囲気はしかし、それまでにこの部屋でまったく知るはずもなかった「豪華さ」があふれていて、未知の世界を創り出し新鮮な高級感そのものであることにやがて気づくに違いない。パラゴンのもつもっとも大きな満足感はこうして本番の音に対する期待を、聴く前に胸の破裂するぎりぎりいっばいまでふくらませてくれる点にある。そして音の出たときのスリリングな緊張感。この張りつめた、一触即発の昂ぶりにも、十分応えてくれるだけの充実した音をパラゴンが秘めているのは、ホーンシステムだからだろう。ホーン型システムを手掛けることからスタートした、ジェイムズ・B・ランシングの、その名をいただくシステムにおいて、正式の完全なオールホーンを探すと、現在入手できるのはこのパラゴンのみだ。だから単純に「JBLホーンシステム」ということだけで、もはや他には絶対に得られるべくもない、これ限りのオリジナルシステムたる価値を高らかに謳うことができる。このシステムの外観的特徴ともいえる、左右にぽっかりとあく大きな開口が見るからにホーンシステム然たる見栄えとなっている。むろんその堂々たる低音の響きの豊かさが、ホーン型以外何ものでもないものを示しているが、ただ低音ホーン型システムを使ったことのない平均的ユーザーのブックシェルフ型と大差ない使い方では、その真価を発揮してくれそうもない。パラゴンが、その響きがふてぶてしいとか、ホーン臭くて低い音で鳴らないとかいわれたり、そう思われたりするのも、その鳴らし方の難しさのためであり、また若い音楽ファン達の集る公共の場にあるパラゴンの多くは、確かに良い音とはほど遠いのが通例である。しかしこれは、決して本来のパラゴンの音ではないことを、この場を借り弁解しておこう。優れたスピーカーほどその音を出すのが難しいのはよく言われるところで、パラゴンはその意味で、今日存在するもっとも難しいシステムといっておこう。パラゴンの真価は、オールホーン型のみのもつべき高い水準にある。
 パラゴンは、米国高級スピーカーとしておそらく他に例のないステレオ用である。正面のゆるく湾曲した反射板に、左右の中音ホーンから音楽の主要中音域すべてをぶつけて反射拡散することによりきわめて積極的に優れたステレオ音場を創成する。この技術は、これだけでもう未来指向の、いや理想ともいえるステレオテクニックであろう。常に眼前中央にステージをほうふつとさせるひとつの方法をはっきり示している。

Date: 5月 28th, 2009
Cate: 岩崎千明

岩崎千明氏のこと(その7・補足)

ジャズオーディオにおけるハークネスは、ネットワークはLX5だった、と友人のKさんが教えてくれた。

通常ハークネスのユニット構成は、001と呼ばれるものが、130Aウーファー、175DLHで、ネットワークはN1200。
ウーファーにD130、トゥイーターに075、ネットワークはN2600またはN2400のものが030と呼ばれていた。
ネットワークのNの後につづく数字はクロスオーバー周波数を表している。
N1200は1.2kHz、N2600は2.6kHzというように。

LX5も、LE85、HL91は1960年に登場し、D50S7-1 Olympusに、ウーファー LE15との組合せで使われている。
クロスオーバー周波数は、5が示しているように500Hzとけっこう低い値だ。

LE85は、アルテックの802を範としていると言われている。
その802と組み合わされるホーンは、811Bもしくは511Bで、
こちらも型番が示すように、802のカットオフ周波数を800Hzとするならば811B、
500Hzまで下げるのであれば、ひとまわり大きい511Bということになる。

511Bは、アルテックの代表的なスピーカーシステムA7-500-8にも使われているホーンである。
同じ500Hzから使えるホーンなのに、JBLのHL91とアルテックの511Bとは、
両者の目指す方向性の違いから、とはいえ、形状も大きさも異なる。

JBLの場合、このころのホーンは、どうしても家庭用ということを念頭においていたためだろう、
大きさの制約があったのではないのか。
アルテックのホーンが、ホーンとして素直な形と大きさとなっているのに対し、
JBLのホーンのいくつかは、途中でホーンを切ってしまったかのような印象すらある。

もっともこのホーンの制約があるからこそ、JBL特有のテンションの高い音が生れてきているのかもしれないのだが。

LE85 + HL91は、500Hzでの使用例があるとはいえ、
それはあくまで家庭内での常識的な音量で成り立つことであって、
ジャズオーディオで、岩崎先生が鳴らされていた音量では、
相当にドライバー(ダイアフラム)への負担も大きかっただろう。

でも、そんなことは百も承知で岩崎先生は、あえて500Hzで、使っておられたそうだ。

「JBLのホーンとドライバーのクセを知っているからやれることであり、
そうでない人は勧められない使い方」と言われていた、とKさんから聞いている。

ダイアフラムが、そうなることは承知の上だったのだろう。

ちなみにPAの世界では、ドライバーのダイアフラムが、金属疲労で粉々に散ってしまうことは、割とあることらしい。
でも、ジャズ喫茶とはいえ、日常的な広さの空間で、ダイアフラムを粉々にした人は、
やはり岩崎先生ぐらいだろう、とのことだった。

Date: 5月 27th, 2009
Cate: D44000 Paragon, JBL, 岩崎千明

岩崎千明氏のこと(その11)

ステレオサウンド 38号の取材で、井上先生は、
岩崎千明、瀬川冬樹、菅野沖彦、柳沢巧力、上杉佳郎、長島達夫、山中敬三(掲載順)、
以上7氏のリスニングルームを訪ねられ、それぞれのお宅の「再生装置について」、囲み記事を書かれている。

タイトル通り、オーディオ機器の説明を、井上先生の視点でなされている。
音については、全体的にさらっと触れられている程度なのだが、
岩崎先生のところだけは、違う。
     ※
この部屋で聴くパラゴンは、聴き慣れたパラゴンとはまったく異なる音である。エネルギーが強烈であるだけに、使いこなしには苦労する375や075が、まろやかで艶めいて鳴り、洞窟のなかで轟くようにも思われる低音が、質感を明瞭に表現することに驚かされる。2、3種のカートリッジのなかでは、キース・ジャレットの「ケルン・コンサート」のレコードのときの、ノイマンDST62は、感銘の深い緻密な響きであった。パラゴン独得なステレオのエフェクトが、聴取位置が近いために効果的であったことも考えられるが、アンプの選択もかなり重要なファクターと思われる。やはり、このパラゴンの本質的な資質をいち早く感じとり、かつて本誌上でパラゴンを買う、と公表された岩崎氏ならではの見事な使いっぷりである。
     ※
井上先生に、もっと岩崎先生のことを訊いておけばよかった……、といま思っている。

Date: 5月 27th, 2009
Cate: 岩崎千明

岩崎千明氏のこと(その10)

当時、いろんな本に書かれていたことは、
スピーカー・エンクロージュアの上にアナログプレーヤーを置くなんて、以ての外だった。

部屋のどこに置いても、置き方を工夫してもハウリングマージンが十分にとれなかったとしても、
スピーカーの上は置くことは、やってはいけないことだった。

パラゴンは、一般的なスピーカーとは異る形態をしている。
だからというひらめきが岩崎先生にあったのかもしれないが、それでもスゴイことだと思う。

ただ、だからといって、パラゴンの上部中央に置いて、
いかなる場合でも、もっともハウリングが少なくなるかというと、そうでもないはず。
マイクロのDDX1000は、先に書いたように三本脚。
これがもし通常のアナログプレーヤーのように四本脚だったら、うまくいっただろうか。

パラゴンの天板の振動モードのちょうどいいところに、DDX1000の脚がのっかっているのかもしれない。
それにパラゴンの両端には、620Aが乗っている。
カタログ上の重量は、1本62kgある。これがあるとないとでは、
パラゴンの天板の振動モードもずいぶん変わってくるはず。

だから、ただ見様見真似で、パラゴンの上にアナログプレーヤーを乗せても、うまくいく保証はない。

Date: 5月 27th, 2009
Cate: 岩崎千明

岩崎千明氏のこと(その9)

ステレオサウンド 38号取材時の岩崎先生のメインシステムは、
スピーカーがパラゴン、コントロールアンプはクワドエイトのLM6200R、
パワーアンプはパイオニア・エクスクルーシヴM4、
アナログプレーヤーは、マイクロの三本脚のターンテーブルDDX1000に、
やはりマイクロのトーンアームMA505を組み合わせ、
カートリッジはノイマンのDST62とソナスのグリーン・ラベル。

M4はどこに置かれているのか写真ではわからないが、LM6200Rはパラゴンの上に置いてある。
LM6200Rの上には、さらにJBLのSG520が乗っている。
SG520の上には、ジープの模型が置いてある。

この横に、マイクロのプレーヤーが設置されている。パラゴンの上部中央にあるわけだ。
パラゴンの上には、これらの他に、パイプやら置物やらヘッドホンなど、ところ狭しと乗っている。

大音量の岩崎先生だけに、プレーヤーの置き場所はいろいろと試されたのだろう。
その結果、いちばんハウリングが少なかったのが、パラゴンの上だときいている。

ハウリングはプレーヤーの構造や置き方の工夫によっても多く変わるし、
とうぜん置き場所によっても変化する。床の強度が関係したり、音圧が集まるところは避けたい。

だから部屋によってベストの場所はさまざまだろう。スピーカーの設置場所が変われば、
ハウリングの少ない場所も、また変わる。
試行錯誤して最適の場所をさがすわけだが、岩崎先生以外の人で、
パラゴンの上に試しでもいいから、とプレーヤーを置いてみる人は、まずいないはず。

ハウリングのこと、オーディオのことをまったく知らない人ならば、そこに置く可能性はあるだろう。
でもオーディオの知識がある限り、
しかもパラゴンというスピーカーシステムを買おうという人にとっては、
そこは、試す場所からは、最初から除外される。

Date: 5月 27th, 2009
Cate: 岩崎千明

岩崎千明氏のこと(その8)

ステレオサウンドにいたころ、こんな話もきいたことがある。
Mさんが、むかし岩崎先生の試聴が終った後、ひとりで試聴室にもどり、
まだ試聴がおわったばかりで、アンプの電源も落としてなく、結線もそのままの状態で、
ついさっきまで岩崎先生が鳴らされていたボリュームの位置をおぼえていて、
その位置までボリュームをあげようとしたところ、そのずいぶん手前の位置で、
もうこれ以上は上げられないという感じで飽和してしまったそうだ。

試聴のときと変わった要素といえば、試聴室に入っていた人の数。
人は吸音体と言われているし、服も吸音する。そのせいもあるのかと思ったけど、
それだけの違いでは説明できないくらいの、ボリュームの位置の違いだったとのこと。

Mさんは「不思議なんだよなぁ……」と言っていた。

菅野先生は、岩崎先生の出される音量だと、
「耳の方が飽和した感じで、細かい音の聴き分けは厳しい」と言われていた。
「でも岩崎さんは、ちゃんとあの音量で、実にこまかいところまで聴き分けているんだよ」とも言われ、
「不思議なんだよなぁ」と最後につけ加えられた。

井上先生も岩崎先生の話をされるとき、やはり「不思議なんだ」とよく言われていた。
井上先生は、ステレオサウンド 38号に
「それらは(オーディオ機器のこと)エキゾチックな家具とともどもに、部屋の空間のなかを
自由奔放に遊び回っている子供のように存在しているが、
何とも絶妙なバランスを見せているのは不思議にさえ思われた。」と、
岩崎先生のリスニングルームについて語られている。

ここにも「不思議」が出てくる。
不思議といえば、アナログプレーヤーの置き場所こそ、まさにそうだ。

Date: 5月 26th, 2009
Cate: 岩崎千明

岩崎千明氏のこと(その7)

ジャズオーディオのスピーカーは、もちろんJBL。ここで大音量の逸話がいくつか生れて、
ここから広まっていたともいえよう。
C40ハークネスの上には、LE85+HL91の組合せがセットされていたそうで、
すさまじいばかりの音圧を受けとめていた扉は、終には歪んできた、ときいている。

さらにタフさをほこるJBLのドライバーのダイアフラムが、毎日の長時間の大音量再生による金属疲労で、
文字通りに粉々に散ってしまったのは、単なるうわさ話ではなく、事実である。

山中先生は、そのダイアフラムを実際に見られている。
「いやー、あんなふうになるんだなぁ、最後は」と話してくれことがあった。

沼田さんはレコパルに書かれている。
「数年後、岩崎さんのお宅でハークネスに再会したとき、その上には2397+2440がのっていた。
そして、そこから出てきた音は、あのジャズオーディオで聴いたハークネスよりも、ずっと穏やかで、
感動的な音であった。岩崎サウンドなるいい方が許されるなら、このハークネス+2397+2440こそ、
その中心をなすものかもしれない。」

菅野先生は、こんなふうに書かれている。
「ハークネスは、JBLのキャラクターまるだしの、最も明るく鋭く個性的な、
悪くいえば一種のクセを持った音のスピーカーで、ジャジャ馬的でなみの人には使いこなせないシロモノだ。
が、いかにも氏の好みらしい、また氏だからこそ使いこなせたのだ、と思う。」

Date: 5月 26th, 2009
Cate: 岩崎千明

岩崎千明氏のこと(その6)

レコパルの「岩崎千明のサウンド・ワールド」は扉をふくめて5ページの記事。
岩崎先生が愛用されていたJBLのパラゴン、ハーツフィールド、L71ベロナ、ハークネス、SG520にSE401、
エレクトロボイスのパトリシアンIVとエアリーズ、アルテック620A、ARのAR2、QUADのESL、
アンプではマランツの#7、#2、#16が、
プレーヤー関係は、トーレンスのTD124/II、デュアルの1009、オルトフォンのSPU-AとSPU-G/E、
EMTのTSD15(変換アダプターがついている)、デッカのMark IIらが、載っている。

それぞれにコメントがついている。長くはない文章だが、ポイントを的確におさえてあり、
得られる情報は、なかなか貴重だ。

おそらく、このコメントを書かれたのは沼田さんだろう。
レコパルの仕事を、フリーの編集者/ライターとしてやっておられた。

沼田さんは、一時期、岩崎先生の追っかけみたいなこともやられていたときいている。
また中野で岩崎先生がやられていたジャズオーディオというジャズ喫茶にも入り浸っておられたようだ。
1960年代の後半ごろの話だ。

Date: 5月 26th, 2009
Cate: 岩崎千明

岩崎千明氏のこと(その5)

こうやって書いていて、後悔していることがある。

2002年、インターナショナルオーディオショウの会場で、
朝沼予史宏さん(というよりも、私にとっては沼田さん)と、すこし立ち話をしたときに、
岩崎先生のことについて、「今度を話をきかせてください」とお願いした。

その時期は、オーディオ関係の仕事をしている人にとっては忙しいだけに、
年末にでも、お互いの都合を合わせて、ということになった。

そろそろ沼田さんに連絡しようかと思っていた12月、たしか雪が降っていたように記憶している。
午前中、菅野先生のところに伺っていた。
そのとき、菅野先生から沼田さんが、未明に亡くなられたことをきいた。

菅野先生もショックをうけられていた。

一部の人たちは、誤解している。
菅野先生が、どれだけ朝沼さんの実力を高く評価されていて、期待されていたのかを、
その人たちは知らないのだろう。

何ひとつ確認もせずに、ただ表面的な事実やウワサだけで、口さがない人たちは、あれこれ言う、
ときにはネット上に、匿名で書いている。

このことは、もういいだろう。
沼田さんと、岩崎先生の話をしたかった、話をききたかった……。