Archive for category 戻っていく感覚

Date: 1月 18th, 2026
Cate: 戻っていく感覚

早瀬文雄氏の文章を入力していて(その3)

本当に気の迷いだったのか──、
そう思うようになったのは、ずいぶん経ってからのことだった。

少なくとも十数年は経っていた。ある晩、早瀬文雄(舘 一男)さんから電話があった。
スピーカーを買おうと思っているけど、何がいいか、という内容だった。

舘さんとは、いろんなことを話してきたけれど、どのスピーカーを買ったらいいか、いう話はそれまで一度もなかったし、その後もなかった。
この時、一度きりだった。

その時、鳴らしているスピーカーとは別に買うことを考えていて、
そのスピーカーは好きなスピーカーではなくて、オーディオ評論家として自宅で鳴らしておくべきスピーカーとして、であった。

なのでスピーカーの好き嫌いは関係なく、オーディオ雑誌の編集部が試聴室のリファレンススピーカー選びに近いともいえる。

候補はいくつかに絞ってはいたけれど、どれにしたらいいですかね……、と舘さんは電話越しに話していた。

そういう目的ならばB&Wでしょう、が二人の一致した答ではあったが、
舘さんも私も、消去法での選択であることは言わなくてもわかっていたし、
B&Wですよね……、これから先がなかなか盛り上がらなかった。

結局、舘さんは買わなかった。それでよかった、と思ったが、同時に、
舘さんがティールのスピーカーを買ったのも、同じような動機からだったのではないか、と思うようになった。

アメリカのハイエンドオーディオ業界で高い評価を得ているティール。
でもオーディオ雑誌の試聴室などで聴く限りは、優れたスピーカーとは思えないどころか、ひどいスピーカーのように感じられる。

ならば自分のモノとして買って鳴らしてみよう──、そういうところからの購入だったような気がする。

Date: 1月 17th, 2026
Cate: 戻っていく感覚

My Favorite Things(チューナー篇・その5)

筐体は大きいのに、中身はスカスカ──、
そんなふうに揶揄されていたオーディオ機器がいくつかあったけれど、
こんなことを言っていた人たちは、昔のチューナーを知らないのだろうな、と思っていた。

1970年代、’80年代の国産プリメインアンプとペアとなるチューナーは、
普及クラスのモノは、中身はスカスカだった。

プリメインアンプと大きさ、デザインを揃えるためだということはわかっていても、
これらのチューナーの中身はスカスカだった。
チューナーにはダイヤルスケールがあるから、大きい方が見やすいと理由があるのはわかっていても、
無理に見た目を合わせるよりも、小型で粋なデザインのチューナーであってほしい、とも思っていた。

でも国産のチューナーにはそういう発想はなかったようで、国産チューナーで小型のモノが登場するのは、小型コンポーネントシステムのチューナーとして、であった。

パイオニアが、それまでのコンポーネントよりも小さなサイズを出してきた。
続いてテクニクス、ダイヤトーン、ビクター、オーレックスなどから、パイオニアよりもさらに小型にしたコンポーネントが出てきた。

テクニクスのコンポーネントはコンサイスコンポと呼ばれ、積極的にその後も製品展開していた。

ウーヘルも、その動きに刺激されたのかはなんともいえないが、ウーヘルからも小型コンポーネントが登場した。
それまでは小型のテープデッキだけだったところに、
CR210、240と同サイズのアンプ、チューナーを出してきた。
EG740はそうやって登場した。

ウーヘルは西ドイツのメーカーだっただけに、国産の小型コンポーネントとは違うまとめ方で出してきた。

当時、小型の海外製のチューナーといえば、QUADのFM3があった。
FM3は、ペアとなるコントロールアンプ33と木製スリーブに収めた姿は、実に魅力的で、
いまでも手に入れたいと思いながらも、FM3はその型番が示すようにFM専用チューナーだった。

Date: 1月 9th, 2026
Cate: 戻っていく感覚

My Favorite Things(チューナー篇・その4)

ラジオとしてのチューナー、通信機としてのチューナー。
オーディオマニアとして、モノマニアとして心惹かれるのは後者であり、
マランツのModel 10BとセクエラのModel 1、この二機種がそこに当てはまる。

それでは他のチューナーは、どうなのか。
以前、別項「チューナー・デザイン考」で、手に入れたいチューナーとして、
ヤマハのCT7000、ウーヘルのEG740、アキュフェーズのT104などを挙げている。

ここでは、一切の制約なしに、いまも手に入れたいオーディオ機器について書いているので、
これらのチューナーも、手に入れたい気持はある。

でもその気持は、マランツやセクエラと同じかというと、違うところもある。

マランツ、セクエラは隔絶したモノとして欲しい。
けれど、上に挙げた機種はそうではない。

EG740は小型のチューナーで、CT7000とT104を欲しいという気持とは、これまたすこし違うところでの欲しい、である。

チューナーは、どうあってほしいのか。
通信機として最高性能を有するチューナーも欲しいし、
ラジオとして高性能なチューナー、もっと手軽にラジオ感覚で使えるチューナーも、また欲しい。

私にとって「ラジオ」は、FM専用ではなく、AMもいい音で聴けるモノとしてのチューナーである。

ウーヘルのEG740は、同社のポータブルカセットデッキと同じサイズで、デザインもパッと見て、何も知らない人はチューナーには見えないだろうし、
そこが魅力だし、上記の機種中、EG740だけがAMも受信できる。

Date: 1月 6th, 2026
Cate: 戻っていく感覚

My Favorite Things(チューナー篇・その3)

マランツのModel 10Bに続くのは、やはりセクエラのModel 1である。
Model 10Bが管球式チューナーにおける通信機レベルのモノ、ソリッドステートのチューナーではModel 1である。

Model 10Bの開発者であったリチャード・セクエラが自身の名をブランドとし、チューナーだけを会社を興した。

これまでに、さまざまなオーディオのブランドが誕生してきたけれど、チューナーだけで勝負というのはセクエラだけだろう。

セクエラのModel 1は高かった。
マークレビンソンのLNP2が1,080,000円だった時に、1,280,000円していた。それから1,480,000円になった。

Model 10Bは前回書いているように、聴く機会はあったが、Model 1の音は聴いたことがない。
何度か見てはいるものの、音は聴けず、である。

セクエラの音を聴いたことがある人は、どのくらいいるのだろうか。
おそらくなのだが、Model 10Bを聴いたことのある人よりも少ないのではないのか。

聴いたことがある、という人が、私の周りにはいない。

これだけ高価なチューナーなのだから、きちんとアンテナを建てることができる人のみが買うのだろう。
お金があってもマンション住まいで、FM用のアンテナを用意できなければ、宝の持ち腐れでしかない。

それはModel 10Bだってそうだ。
アンテナは、アナログプレーヤーシステムにおけるカートリッジ的存在だ。
どんなに優れたトーンアーム、ターンテーブルであっても、カートリッジがそれらに見合ったモノでなければ──、と同じことだ。

もちろん安価なカートリッジでも、価格的にも性能的にも音質的にも釣り合わないプレーヤーシステムに取り付ければ、
このカートリッジは、こんな音で鳴ってくれるのか、という驚きはあるだろうが、そこまで留まりでしかない。

そんなことはわかっている。
いまコンディションのいいModel 10Bと Model 1があったら、そして買えるだけの余裕があれば、欲しい。

どちらも欲しい、が本音だ。
何を聴くのか。なんだろうなぁ……、と自分でも思う。

いまコンサートのライヴ中継は、どのくらいあるのか。いま手元に二台のチューナーがあるのに、そんなことも調べていない。
期待できない、と思い込んでいるからだ。

もしかするとNHKのアナウンサーの話を聴くようになるのかもしれない。
生々しい声だな、と思いながら。

Date: 1月 4th, 2026
Cate: 戻っていく感覚

My Favorite Things(チューナー篇・その2)

あるエンジニアの方いわく、
マランツのModel 10Bは通信機の造りだが、マッキントッシュはラジオだ、と。

Model 10Bと同時代のマッキントッシュの管球式チューナーを比較すると、確かにそうだと頷きたくなる。
マッキントッシュだけではなかった。
この時代のすべてのチューナーは、いわゆるラジオだった。

チューナーなのだからラジオでいいだろう、
そのラジオの中で普及機、高級機があって、マッキントッシュは高級ラジオ(チューナー)だった。

けれどModel 10Bは、そこにはいなくて通信機レベルのチューナーだった。

今の中古相場しか知らない人は信じられないだろうが、1970年代、’80年代はModel 7よりもModel 10Bの方が、明らかに高価だった。

それに当時のオーディオ誌では、マランツがスーパースコープに身売りするきっかけとなったのが、
Model 10の開発に予算と時間をかけすぎたため、というのが載っていた。

そういうすごいチューナーだが、Model 10Bの音を聴いているのといえば、聴いていない、というしかない。

まったく聴いたことがないわけではない。Model 10Bが受信したFMの音は、一回だけ聴いている。
とはいえ同じ条件で、他のチューナーと比較試聴したわけではない。

もっともチューナーの比較試聴は、まず無理である。チューナーの音について語るには、一ヵ月ほど自宅で使用して、次の月には別のチューナーにしてみる。
そんなふうにじっくり時間かけて使ってみないことには、チューナーの音を語ることはできない。

それでもModel 10Bは、いまでも欲しいのは「五味オーディオ教室」から、私のオーディオは始まっているからだ。

Date: 1月 3rd, 2026
Cate: 戻っていく感覚

My Favorite Things(チューナー篇・その1)

出逢ったのは秋なのでもう少し先になるのだが、今年は「五味オーディオ教室」から始まった私のオーディオ歴は五十年になる。

一つの節目なので、私が欲しい、欲しかったと思ったオーディオ機器について書いていく。

チューナーからにしたのは、たまたま。すぐ目につくところにあったステレオサウンド別冊の表紙が、セクエラだったからだ。

TIDALやQobuzがなかった時代、チューナーの存在は大きかった。
18まで住んでいた熊本は、その頃は民放のFM局はなく、NHKのみ。
それでもケイト・ブッシュの歌と出逢えたのは、夕方の番組だった。
ケイト・ブッシュと出逢えたことだけでも、チューナーを持っていてよかった、
エアチェックしておいてよかった、といまでも思っているくらいだ。

五味先生は、FMのエアチェックに熱心だったことは「五味オーディオ教室」からも伝わってきた。

年末に放送されるバイロイト音楽祭、それから日本で行われるコンサートの生中継のエアチェックのために、
マランツのModel 10Bを使われていた。

当然、最初に憧れたチューナーはModel 10Bだ。

Date: 9月 7th, 2024
Cate: 戻っていく感覚

アキュフェーズがやって来た(その7)

昨年、私の元にやって来たアキュフェーズは、
今年2月に、audio wednesdayで使うために移動していた。

その後、6月に引越し。
いまのところでは、アキュフェーズがないままだった。
そろそろ、今のところでも、その音を聴いてみたくなったので、
先日のaudio wednesdayで使った後に持って帰ってきた。

audio wednesdayでDP100は、メリディアンと組み合わせもしたし、
A20Vは、何度も使っているので、
持って帰ってきたからといって、久しぶりといった気持はないが、
今の部屋でどう設置するかは、引っ越ししたときから、あれこれ考えていたけれど、
やはり実物を実際に置いて、入れ換えてみたりしていると、音は鳴らさずとも嬉しくなってくる。

それから電源の取り方。
今の部屋は、少しばかり広くなって、壁も床までかなりしっかりしているけれど、
ACコンセントの数が、ちょっと少ない。

このこともわかっていたことだが、セッティングしてみると、こうした方がいいな、と思いついたりする。

そんなこと置く前からわかることだろうといえば、確かにそうなのだが、
実際やってみると、小さな気づきがあるものだ。

Date: 6月 4th, 2024
Cate: 戻っていく感覚

戻っていく感覚(ひさしぶりの3012-R Special・その2)

別項「ヴィンテージとなっていくモノ(マランツ Model 7)」の(その1)で、
クラシックスタンダードについて、少しだけ書いている。

山中先生が、ステレオサウンド 50号の特集で、
クラシックスタンダードを使われていた。

今回、SMEの3012-R Specialをひさしぶりにさわったことで、
戻っていく感覚を意識したわけだが、
こういう感覚を味わわせてくれるモノこそ、クラシックスタンダードなのかもしれない。

Date: 6月 3rd, 2024
Cate: 戻っていく感覚

戻っていく感覚(ひさしぶりの3012-R Special・その1)

ステレオサウンドを辞めてからSNEの3012-R Specialに触れる機会はまったくなかった。
なので、今回の野口晴哉記念音楽室レコード鑑賞会では、
三十数年ぶりに3012-R Specialに触れたことになる。

あまりにもひさしぶりすぎるので、腕がなまっているかも──、
そんな心配も少しはあったけれど、いざ3012-R Specialに触れれば、
そんな不安は消えてしまっていた。

これも「戻っていく感覚」なのだと、おもっていた。

Date: 3月 28th, 2024
Cate: 戻っていく感覚

戻っていく感覚(「風見鶏の示す道を」その20)

黒田先生の「風見鶏の示す道を」は、不思議とずっと印象深く残っている。
そして、なにかあるごとに思い出す。

「風見鶏の示す道を」に登場する乗客は、目的地を駅員に尋ねる。
彼が持っているのはレコードだけ。
そのレコードだけが行き先を告げている。

いま思うのは、そのレコードの中の一枚は、
その人にとっての故郷ともいうべき一枚だということ。

そういう一枚があるからこそ、レコードが告げるところに旅することができる。

Date: 2月 9th, 2024
Cate: 戻っていく感覚

戻っていく感覚(「風見鶏の示す道を」その19)

2月7日のaudio wednesday (next decade) では、
1月では横長で使ったけれど、スピーカーの性質が大きく違うこともあって、
縦長でのセッティングとなった。

聴いていて、ふと気づいたことがある。
この部屋のプロポーションは、どこか列車(電車)の車輌のようだ、と。

そして私を含めて、その場で聴いている人は、同じ車輌に乗り合わせた乗客だ、と。

現実の電車がそうであるように、乗っている人たちはほぼ見知らぬ人ばかりである。
偶然、その電車(車輌)に乗り合わせた人たちといえる。

そんなことを考えていた。
そして、その行き先は鳴らしている音楽が示していることも。

そんなふうに感じてしまうのは、黒田先生の「風見鶏の示す道を」を読んでいるからだ。

Date: 7月 6th, 2023
Cate: 戻っていく感覚

戻っていく感覚(ひさしぶりの喘息)

小学生のころは、とにかく喘息の発作から解放されたい──、
ただそれだけだったところがある。

中学三年のときが、前回の発作である。
もうずいぶん喘息とは離れての生活だったのが、
ここにきての発作。

薬のおかげで、かなり楽になっているものの、まだまだである。
それで思い出しているのが、この喘息の発作も、
ある意味、私にとっての「戻っていく感覚」だな、ということ。

小学生のころとくらべると、
中学生になってからの喘息の発作は、かなり少なくなっていた。
そういう時期に「五味オーディオ教室」と出逢っている。

そのことを含めての私にとっての「戻っていく感覚」であるわけだ。

Date: 1月 27th, 2023
Cate: 戻っていく感覚

アキュフェーズがやって来る(その4・続余談)

友人の倉庫で預ってもらっているゴトウユニットのSG505TTとホーン。
ユニット単体で見るのは、実は初めてのことだ。

ゴトウユニットのことは、五味先生の書かれたもので知ったし、
高城重躬氏の「音の遍歴」も読んでいるから、
いままで縁のなかったモノだけれども、まったく知らないわけではなかった。

それまでゴトウユニットでシステムを組んでいる人のお宅に伺ったことはあるから、
ゴトウユニットを見ていないわけでもない。
もちろん音も聴いている。

けれど、それはシステムとしてまとめられていて、
ユニット単体を見るという意識は、こちらにはなかった。

今回、ゴトウユニットをユニット単体で眺めて、
もしこのドライバーとホーンを自分で使うとなったら、
このホーンは、どうやって固定するのだろうか──、
そんなことをおもっていた。

カットオフ周波数150Hzのホーンは長いだけでなく、
開口部の直径も大きい。

アルミ製なので重量は想像よりも軽かった。
とはいえ、これだけのホーンとドライバーを組み合わせた状態で、どう固定(設置)するのか。
特にホーンの開口部を、どう固定するのか。

ホーンの開口部には、取りつけやすくするためのなんらかの加工はなされていない。
そのことに今回初めて気づいた。

しかも開口部は丸だから、そのままエンクロージュアの上に置くということはできない。
そんなゴトウユニットを見ていると、
スピーカーユニットというよりも、もっと素材に近いモノという気がしてきた。

そういうことは、すべて自分で工夫しなさい、ということなのか。
そういう仕様だから、ゴトウユニットに惹かれた人はよけいにのめり込むのか。

そこのところを確かめるために、自分で鳴らすのか──と、そういうことではない。

Date: 1月 26th, 2023
Cate: 戻っていく感覚

アキュフェーズがやって来た(その6)

瀬川先生が、《国産の水準を知る最新の標準尺》として、
ヤマハのC2とB3を捉えられていたのは、その音についてであるわけなのだが、
はたして音だけのことなのか、と、
アキュフェーズの2000年ごろの製品四機種を毎日眺めていると、そう思ってしまう。

C2とB3の組合せを《国産の水準を知る最新の標準尺》と評されたのは、
ヤマハのデザインを抜きにしては語れないように、いまは思っている。

私が、二十年ほど前のアキュフェーズの製品を前にして、
《国産の水準を知る最新の標準尺》ということを考えているのは、
そのデザインを抜きにすることはできない。

はっきりいえば、いまのアキュフェーズのデザインを少しもいいとは感じていない。
音だけでいえば、いまのアキュフェーズは、私のところにやって来た二十年ほど前の製品よりも、
ずっと高性能だし、音の優秀なことに違いない。

それでも個人的に、いまのアキュフェーズを《国産の水準を知る最新の標準尺》として見ること、
そして聴くことができるのか、と自問すると、
ここでもくり返しになるが、ステレオサウンドの試聴室という空間ではそうであっても、
自身のリスニング空間においては、無理かも……、としかいえない。

Date: 1月 24th, 2023
Cate: 戻っていく感覚

アキュフェーズがやって来た(その5)

1月19日夜にアキュフェーズがやって来て、今日で五日。
毎日、そのパネルフェイスを眺めているわけだが、
このころのアキュフェーズのデザインが、個人的にはいちばん気に入っている。

木目調に仕上げなかったことはもちろんだが、フロントパネルの処理も悪くない。
フロントパネル下部を傾斜させているのは、
いまのアキュフェーズにつながる処理の仕方なのだが、
同じ手法であっても、このころのアキュフェーズは控えめだ。

いまは違う。かなり傾斜させている。
なぜ、そこまで? と個人的には感じるだけでなく、
エソテリックほどではないにしても、奇妙なデザインとしか思えない。

アキュフェーズは、どうしてウッドパネルや木目調の仕上げを復活させたのか。
おそらくユーザー側からの要求に応じてなのではないだろうか。

以前、そうした仕上げをとってきたブランドが、それをやめてしまっても、
いつのまにかまた以前のやり方に戻ってしまうのは、
それだけそのブランドの人気があること、それだけユーザーの声が強いのかもしれない。

私は何度も書いているように、基本的に木目調仕上げを好まない。
そういう仕上げやパネルはオプションで用意してほしい、と思うほうなのだが、
これまでアキュフェーズを支えてきたユーザーの声は無視できないのは、わかっている。

私なんて、これまで一台もアキュフェーズの製品を購入していない。
アキュフェーズにはなんにも貢献していないオーディオマニアでしかない。

そんな私のいうことはアキュフェーズにとって、どうでもいいことでしかない。
それでもDC330、DP100、A20Vなどの時代のアキュフェーズのデザインを好む者もいる、
そのことだけは忘れないでほしい……。