Archive for category ワイドレンジ

Date: 12月 25th, 2012
Cate: ワイドレンジ

ワイドレンジ考(ジャズにとって、クラシックにとって・その11)

1980年にはいってからオーディオ雑誌に頻繁に登場するようになった言葉のひとつに、音場と音場感がある。

音場と音場感──、
語尾に「感」がつくかどうかの違いだけで、
意味にも大きな違いはないかのように使われているようにも感じている。
けれど音場と音場感は、決して同じ意味のことではない。

音場とは文字通り、音の場、つまり音の鳴っている場であり、
オーディオは録音された音楽を再生するものであるから、
ここでの音場とは、音楽の鳴っている(鳴っていた)場のことである。

つまり録音された場のことと定義できる。
スタジオであったりホールであったり、ときに個人の家ということもある。
とにかく録音された演奏がなされた場こそが音場であるし、
これはあくまでも「録音の音場」である。

録音に音場があれば、再生側にも音場が存在するわけで、
この再生側の音場の定義は、録音の音場の定義のように簡単ではないところがある。

Date: 12月 22nd, 2012
Cate: ワイドレンジ

ワイドレンジ考(ジャズにとって、クラシックにとって・その10)

いまではそうではなくなっているのだろうが、一時期のジャズ録音での極端なオンマイクのセッティングでは、
マイクロフォンがとらえることができるのは近接する楽器の直接音がほとんどで、
間接音(演奏の場の反響、残響)はまったくといっていいほどとらえられていない。

だから、そんなジャズの録音は不自然だということになるのだけれど、
そこには演奏の場が、クラシックの録音におけるそれと比較するまでもなく、
ほとんど収録されていない、ともいえるわけで、
こういう録音を再生する場合には、場の再生より楽器そのものの再生というふうに考えられる。

場の再生を考えずにすむということは、
録音の場と再生の場のスケールの違いは、無視していいともいえる。

つまり、そういうジャズの録音では、再生の場に置かれているスピーカーを、
録音の場の楽器に相当するものという考えがあるのなら、
さほど編成の大きくないジャズの録音こそ、クラシックの大編成のものよりもずっと自然といえる。

ステレオ初期にジャズの録音では、ステレオ効果を出すために、
中抜けの、いわゆるピンポン録音が行なわれていた。
ステレオフォニックではなくて、モノーラル再生が2チャンネルある、
といった録音だっただけに、このことも不自然な録音という評価に関係していたのたろうが、
それでもスピーカーを楽器に置き換える、という考えでは、このほうがむしろ自然だったのかもしれない。

それにステレオフォニック再生では、基本的には音像は実音源ではなく、虚の音源、仮想音源である。
ステレオ初期の音がどういうものであったのかは聴いたことがないからはっきりしたことはいえないが、
もしかすると……、と思うことはある。

それまでモノーラルで1本のスピーカーでの再生では音像は実音源であり、
実音源だからこその実在感、迫力が感じられたのが、
ステレオフォニックになりそういったことが稀薄になってしまう。

ジャズにおいて、その稀薄さを嫌い、できるだけ実音源に近い形で再生しようと考えれば、
あえて中抜けの録音にして、左右のスピーカーに完全に振り分けるという手法になる。

これが正しい考え方とはいわないものの、
こういう考え方もできるわけだし、
そういう考え方でみれば、不自然と思えた録音が、別の視点からは自然な音を求めてのものだったことになる。

Date: 12月 21st, 2012
Cate: ワイドレンジ

ワイドレンジ考(ジャズにとって、クラシックにとって・その9)

クラシックの録音でも比較的楽器の近くにマイクロフォンを設置するということもあるが、
大編成のオーケストラの録音においては、録音会場となるホールの残響(間接音)を含めての収録となる。

つまり演奏(録音)される場として、ひじょうに広い空間があり、
その広い空間の特質をも録音時にとらえているわけである。

その録音を、われわれは狭い部屋では4.5畳くらいから広い部屋でも20〜30畳くらいか、
よほど恵まれている人であれば、もっと広い部屋での再生ということになるけれど、
それでも録音の場となった大ホールからしてみれば、4.5畳も20畳も50畳の部屋であっても、
そうとうに縮小された空間ということになってしまう。

録音と再生における、このスケールの違いは、
考えようによってははなはだ不自然なことといえる。

しかも100人もの人間が演奏(運動の結果)して出す音をそのまま再生することは、
まだまだ無理があるのが現状であるし、
これから先、どれほど技術が進歩しようとも、
オーケストラの再生を、音量を含めて、サイズの縮小をせずに実現することは、
2チャンネルのステレオ再生(2本のスピーカーシステム)ではかなり困難であるはず。

だからといって伝送系の数を増やす(つまりマルチチャンネル化)していくことで、
再生できるエネルギー量は増す方向に進むものの、
そうなればなるほど、元のスケールとの差がよけいに気になってくるのではなかろうか。
つまり、オーケストラの再生を家庭で行うことそのものが、
不自然な行為であることを強く意識するようになるのではなかろうか。

結局、2チャンネルだから、スピーカーが目の前の2本だけだからこそ、
聴き手は、そこに虚構のオーケストラを聴いている(感じている)のだと思う。

オーケストラの録音・再生は不自然なことという大前提があり、
そのなかで、われわれは、この響きは自然だ、とか、不自然である、とか、いっている、ともいえる。

Date: 12月 15th, 2012
Cate: ワイドレンジ

ワイドレンジ考(ジャズにとって、クラシックにとって・その8)

JBLやアルテックがジャズに向いているスピーカーとして、
タンノイやヨーロッパ系のスピーカーがクラシックに向いているスピーカーとしてとらえられていた、
ずっと昔には、クラシックの録音は自然であり、ジャズの録音は強調されたもの、としても受けとめられていた。

クラシックの録音には、マイクロフォンを一対だけ使ったワンポイント録音があり、
完全なワンポイントではなくともワンポイントを主として、補助マイクロフォンをたてるという手法がある。
そうやって録られた(もちろんうまく録られた)ものを優秀録音、好録音ということになり、
自然な録音という言葉でも表現されることがあった。

ワンポイントでオーケストラを全体の音・響きをとらえようとするわけだから、
当然マイクロフォンの位置は楽器(奏者)の位置からはある程度の距離をおくことになる。

一方、そのころのジャズの録音では、マイクロフォンは楽器のすぐ近くに置かれることが多かった。
耳をそんなところにおいて楽器のエネルギーをもろに聴いてしまったらたえられない、
そういう位置にマイクロフォンをおいて録る。

その位置のマイクロフォンが拾えるのは、楽器からの直接音がほほすべてであり、
間接音はほとんど収音されることはない。
だから、そういうジャズの録音を強調されたもの、としてとらえるわけで、
それは、いわば不自然な録音ということになる。

マイクロフォンの位置を耳の位置として考えれば、
クラシックは自然な録音、ジャズは不自然な録音、といえなくはない。

けれど、録音は録音だけで完結するものではなく、
再生側の都合というものが、密接にからんでくるものである。
そうなってくると、クラシックの方がむしろ不自然なところがあって、
ジャズの方が自然な録音といえるようにもなってくる。

Date: 10月 14th, 2012
Cate: ワイドレンジ

ワイドレンジ考(黄金比)

フィリップスはCDを開発しているときに、
共同開発のソニーが収録時間を延ばすために12cmを提案したとき、
当初のサイズであった11.5cmからの変更をなかなか譲らなかった──、
これはけっこう知られている話で、
傅信幸氏の著書「光を聴く旅」にも、このへんの事情については、もちろん書いてある。

なぜフィリップスは11.5cmに、それほどこだわったのだろうか。
フィリップスがオリジネーターであるコンパクトカセットテープの対角線が11.5cmだから、なのだろうか。

この項の(その72)から(その74)にかけて、
スピーカーユニットの口径比(おもにウーファーとミッドバスについて)について書いている。
それでふと気がついた。

11.5cmは、黄金比なのかもしれない。
だとしたら何に対してだろうか、と考えてすぐに思いつくのはアナログディスクの30cmである。

30cmの黄金比として11.46cmがある。11.5cmには少し足りない。
けれどアナログディスク(LP)の外径は正確には30.1cmである。
30.1cmで計算してみると、ぴったり11.5cmとなる。

そうなのかぁ、とひとりごちる。

Date: 7月 4th, 2012
Cate: ワイドレンジ

ワイドレンジ考(余談・300Bのアンプのこと)

300Bのシングルアンプの出力は、300Bをどう使うかにもよるけれど、
私の場合は、300Bシングルとは伊藤先生の300Bシングルであり、
それはウェスターン・エレクトリックの91型アンプということになるわけで、
そうなると出力は8Wということになる。

伊藤先生の300Bシングルアンプ3130Aはセルフバイアスでカソード抵抗は880Ω、負荷抵抗は2kΩだから、
おそらく出力は10W近く出ているはず。

300Bの定格表をみれば、シングルでももう少し出力を取り出せる。
300Bシングルをアンプを作っている人の中には、ごくごく少数なのだろうが、
20W以上の出力を取り出している──つまり300Bにそれだけ無理をさせている──例もあるときいている。

たしかにウェスターン・エレクトリックが発表している300Bの動作例の中に、17.8Wと数字がある。
ただしこれはMaximum Operating Conditionsとして発表されているもので、
プレート電圧450V、グリッドバイアス-97V、プレート電流80mA、負荷抵抗2kΩでの17.8Wである。

20Wの出力を300Bのシングルで実現するには、これ以上のプレート電圧、プレート電流をかけることである。
又聞きなので、そのアンプの詳細ははっきりしない。
話をしてくれた人も真空管アンプ、さらには300Bに対する深い知識は持ち合わせていない人だったこともある。
その人によると、その動作でも300Bはヘタらない、らしい。

実はいま市場に多く出回っているウェスターン・エレクトリックの300Bのほとんどは
驚くほどタフな真空管でもある。
なぜなのかは、その300Bがどういう用途で造られたのかを知れば納得のいくことだ。
直熱三極管ということで、繊細で無理な動作は絶対にできない球というイメージをもたれている方もいると思うが、
そういうイメージをくつがえすほどに300Bはそうとうにタフである。

ただし、ここに陥し穴があって、だからといってそうそう動作をさせているアンプに、
さらにいい音を求めようとして初期の300B、300Bの刻印のモノ、とか、300Aを挿したら、どうなるか。

その結果については、あえて書かない。
ウェスターン・エレクトリックが発表しているデータシートには、No.300-A & 300-B VACUUM TUBESとある。
これがどういう意味を持っているのかについて考えることが出来れば、
300Bのシングルアンプで20W前後の出力を取り出そうとは思わないはずだ。

300Bという真空管に特別な思いいれを持たずに、
数ある出力管のひとつ、さらにはトランジスターを含めて厖大な数の増幅素子のひとつとしてだけ捉え、
真空管は切れても交換が容易だから、そういう動作をさせて何が悪い、音が良ければいいだろう──。

けれど私は伊藤先生には及ばないものの、300Bには思いいれがある。
だから300Bを、そんな使い方はしない。

それに300Bを並列にして使うことはしたくない。
300Bでできるだけ出力を得たい。
でもプッシュプルにはしたくない、だから300Bを2本並列のシングル動作で出力をかせぐ。
そういう使い方をしている人、アンプがあるのは知っている。

でも私は300Bシングルで出力が足りなければ、プッシュプルにする。
これは考え方の違いだから、並列シングルに文句をつける気はないし、
市販されているアンプでそうしているものに対してとやかくいう気はない。

ただ私自身が300Bのアンプを作るとしたら、シングルかプッシュプルかであって、
並列のシングル、並列のプッシュプルには絶対にしない、ということだ。

トランジスターの並列使用には抵抗感はない。
真空管アンプでも市販品の並列使用のアンプにも特に抵抗感はない。
300Bを4本使い、並列のプッシュプルにすれば定格内の使い方であっても50Wの出力が得られる。
でも、それが自分で作るとなると違ってくる。

それに300Bを使用した市販アンプでまともなモノは、ひとつもない。
つまりは自分で作るしかないのだ。
(そう思うのは300Bへの思いいれがあるためなのはわかっている……)

Date: 7月 3rd, 2012
Cate: ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その82)

どういう音をもとめるかにもよるけれど、
実際にクロスオーバー周波数が100Hzのスピーカーシステムのコイルに空芯タイプを使うことはない。
もっと直流抵抗を低くする必要があるから、Jantzen audioのラインナップから選ぶとすれば、
鉄芯入りの5160ということになる。
5160の直流抵抗は0.83Ω。

0.83Ωという、それでもまだ高い直流抵抗と感じるけれど、
18mHというコイルの大きさからすれば、この直流抵抗はそうとうに低い値といえる。

このコイルがパワーアンプとウーファーのあいだに介在しているわけだ。

しかも18mHはあくまでも12dB/oct.の遮断特性での値であって、
18dB/oct.となるとコイルはさらにもうひとつ増える。これも直列に入る。
このとき19.1mHと6.4mHとなる。
24dB/oct.となると、コイルの値はさらに増す。24.08mHと12nmHである。

しかもネットワークはコイルだけでは成り立たない。
コンデンサーも必要となる。
クロスオーバー周波数が低いと、コンデンサーの容量もやはり大きくなってしまう。
12dB/oct.では141μF、18dB/oct.では265μF、24dB/oct.では316.25μFと69.63μFとなる。
コンデンサーはウーファーの場合(ローパスフィルター)は並列に入る。
そのため直列に入るコイルほどには音質に与える影響は少ないように感じられるが、
アンプの負荷としてネットワークを見た場合には、どうなるのか。

これだけ考えてもKingdomは、そうとうにパワーアンプにとっては厳しい負荷となるスピーカーシステムだろう。
公称インピーダンスは8Ωと、一般的な値であるし、
世の中にはもっと低いインピーダンスのスピーカーシステムは数多い。
けれど、100Hzというクロスオーバー周波数の低さは、
むしろインピーダンスは低くてもクロスオーバー周波数の高いスピーカーシステムよりも、
また違う意味でアンプを選ぶところがある、といっていいだろう。

Kingdomをいくつものアンプで鳴らした経験がないので断言こそできないものの、
私の感覚としては、300Bシングルアンプで鳴らすスピーカーシステムではないわけだ。

Date: 7月 3rd, 2012
Cate: ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その81)

スピーカーを自作した人、
自作していなくてもネットワークを定数を計算したことのある人なら、
クロスオーバー周波数が100Hzということが、
どれだけネットワークの製作(実際にはコイルの製作といっていい)が大変か理解されることだろう。

タンノイのKingdomのネットワークの回路がどうなっているのかわからないので、
一般的な値でいえば、クロスオーバー周波数100Hzで12dB/oct.の場合、
ウーファーに対して直列にはいるコイルの値は18mHとなる。
そうとうに大きな値となってしまう。

実際にどの程度大きなコイルになってしまうのか、を知るには、
スピーカーのネットワーク用のコイルを製造しているメーカー、
デンマークのJantzen audioコイルのカタログをダウンロードしてみれば、すぐにわかる。

Jantzen audioのコイルは0.01mHから700mHまで、実に幅広く、しかも細かく対応している。
インダクタンス値が小さいコイルでは空芯だが、値が大きいものでは空芯と鉄芯入りの両方が、
値がそうとうに大きいものではほとんど鉄芯入りとなっている。

このカタログで18mHのところをみると、6種類のコイルが用意されている。
空芯と鉄芯入れ、それにコイルの巻線の太さが異るからである。

100Hz用のネットワークで使うコイルを空芯でいこうとすると、1699と1717の2つがある。
この2つのコイルの違いは、巻線の太さで1699は0.7mm径、1717は1.2mm径。
重量は1699が440g、1717が1341gと大きな差がある。

巻線の太さ、重量の違いはコイルの直流抵抗の差となっても現れている。
1699の直流抵抗は5.76Ω、1717は2.4Ωで、
1699の5.76Ωは8Ωのウーファーのボイスコイルの直流抵抗値とほぼ同じ値である。

この直流抵抗はアンプの出力インピーダンスにプラスされるわけだから、
その分スピーカー(ウーファーユニット)から見たパワーアンプの出力インピーダンスはその分高くなる。

Date: 6月 27th, 2012
Cate: ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その80)

タンノイのウェストミンスターを300Bのシングルアンプ(それも伊藤先生製作のアンプ)で鳴らしたい、
ということは、この項の追補でもある「ワイドレンジ考(ウェストミンスターとブラームス)」に書いたとおりだ。

ではKingdomを鳴らすアンプとして300Bシングルを持ってくるかといえば、
いちどは興味本位で試してみたい気持はあるけれど、ここで使いたいアンプは新しいパワーアンプである。
それも出力もある程度以上のものであってほしい。

Kingdomの出力音圧レベルは92dB/W/mと発表されている。
オートグラフやウェストミンスターと比較するとけっこう低い値だ。
聴く音楽をかなり限定し、音量もそうとうに控え目であれば300Bシングルでも鳴る、といえても、
その限定された枠内でKingdomがもつ能力が十二分に発揮できるかといえば、
実際に試してみないことにはもちろん言い切れないことではあっても、やはり無理だと思う。

五味先生はオートグラフを鳴らすアンプに、さまざまなアンプを試された上でマッキントッシュのMC275を選ばれ、
カンノアンプの300Bシングルもそうとうに気に入られていた。
オートグラフであれば、ウェストミンスターと組み合わせるのとはすこし違う意味で、
私だって300Bシングルをもってきたい。これはもう興味本位の組合せではない。

けれどKingdomは、私の中ではタンノイにおけるオートグラフの後継機種ではあっても、
スピーカーとしての性格がオートグラフ、ウェストミンスターはラッパと呼びたくなるものであるに対し、
Kingdomはラッパと呼ぶことは、ない。
そういう違いがはっきりとオートグラフとKingdomにはあり、
その違いが組み合わせるアンプの選択に直接関係してくる。

Kingdomのウーファーとミッドバスのクロスオーバー周波数は100Hz。
JBLの4343では300Hzだった。
LCネットワーク式のスピーカーシステムで100Hzという値はそうとうに低い周波数であり、
組み合わせるアンプの範囲の狭さと難しさを、このスピーカーを使おうと思っている者に意識させてしまう。

Date: 4月 16th, 2012
Cate: ワイドレンジ

ワイドレンジ考(続々ウェストミンスターとグールドのブラームス)

ウェストミンスターを6畳で鳴らす人はいないだろう。私だってそんなことはしない。
では、どのくらいの部屋の広さがあればいいのか。
私が働いていたころのステレオサウンドの試聴室は約20畳ほどの広さだった。

私がウェストミンスターに求めるホールの大きさであれば20畳あればいける。
ぎりぎり15畳でも──部屋の形にもよるけれど──いける気もする。

ウェストミンスターを置くにしてはすこし狭い感じのするくらいの部屋で、
ウェストミンスターの濃厚な(というよりも濃密な)響きを身近に感じながらブラームスを聴きたいと思う。

グールドの「間奏曲集」を聴くのであれば、よけいにそうだ。

グールドが「間奏曲集」を録音したのは1960年。
コンサートをドロップアウトしたのは1964年だから、「間奏曲集」のころはまだコンサートを行っていたわけだが、
だからといって、グールドの「間奏曲集」を大ホールで聴くような鳴らし方をしてしまうのは、
間違っている、とまではいわないけれど、そういう聴き方をする演奏ではない。
ウェストミンスターの大きさがまったく気にならないほど広い部屋で、
ウェストミンスターからの距離も十分にとって、という聴き方を、私はとらない。

アンプだって、最新のパワーアンプもいいけれど、
グールドの「間奏曲集」だけにかぎっていえば、真空管アンプの良質なものを組み合わせたい、と思う。
しかもウェストミンスター同様、濃密な響きをもつモノをもってきたい。
そういうアンプが市販されている製品の中にあるのかは、
すべてのアンプを聴いているわけではないからなんともいけないけれど、
心情的にはウェスターン・エレクトリックの300Bのシングルアンプを、
ウェストミンスターのためにつくることになるかもしれない。
(300Bのシングルアンプといっても人によってイメージする音は大きく違っている。
私がいう300Bシングルアンプの音は、伊藤先生の300Bシングルアンプの音である。)

ウェストミンスターは能率は高い。
しかも広くない部屋で聴くわけだし、グールドの「間奏曲集」を鳴らすのだから何の不足はない。
不足を感じる聴き方にこそ疑問をもつべきかもしれない。

Date: 4月 16th, 2012
Cate: ワイドレンジ

ワイドレンジ考(続ウェストミンスターとグールドのブラームス)

菅野先生は、タンノイウェストミンスターの音を評して
「ウェストミンスター・ホールで音楽を聴く」という表現を使われている。

そのとおりだ、と思う。
ウェストミンスターというスピーカーシステムで音楽を聴くことは、
聴く音楽がなんであろうと、ウェストミンスター・ホールという、特有の響きをもつホールで聴く印象が強い。
スピーカーシステムには、どんなモノであろうとそれ固有の音、響きをもっているものだから、
どれひとつとして同じ音のするモノは存在しないし、ステレオ再生で聴き手の前にひろがる音場も同じではない。
だから、すべてのスピーカーシステムにもそういう傾向はある、といえるものの、
ウェストミンスターのその傾向は、ひときわ濃い。

他のスピーカーシステムでは、その固有の音、響きがホールをイメージさせるほどのものではない。
だから、型番のあとにホールをつけたくなるようなスピーカーシステムは、
現行のモノではウェストミンスターだけ、といえるし、過去のモノでもそう多くは存在しない。

ホールというと、どうしても大きな空間をイメージする。
現行のウェストミンスター・ロイヤル/SEの寸法は980(W)×1395(H)×560(D)mm、
内容積は530リットルと発表されている。
そうとうに大型の堂々としたサイズだから、
ウェストミンスター・ホール・イコール・大ホールとイメージされる方は少なくないと思う。
けれど、私の印象では決して大ホールではない。
中ホール、もしくは鳴らし方や組み合わせるアンプなどによっては、小ホールとイメージする。
サイズは小さいけれど、響きは濃密でステージとの距離もそれほど遠くない。
眼前で鳴る、というほど近くはないけれど、遠くない、というよりも近い、ともいえよう。

もちろんウェストミンスターを、たとえば40畳とかそれ以上の部屋に設置して鳴らすのであれば、
ホールの大きさに対するイメージは変ってくるにしても、それにしても大ホールという感じはしない。
そこがウェストミンスターというスピーカーシステムの、このラッパならではの良さだと思っている。

ウェストミンスターは大きなスピーカーシステムではあっても、
意外にも親密な音楽の接し方の出来るラッパであり、
だからこそウェストミンスターに関してはオートグラフほど部屋の広さを要求しないようにも感じている。

Date: 4月 15th, 2012
Cate: ワイドレンジ
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ワイドレンジ考(ウェストミンスターとグールドのブラームス)

グレン・グールドが残した録音で、好きだけど滅多に聴かないようにしているのがブラームスの2枚。
「間奏曲集」と「4つのバラード、2つのラプソディ」の2枚である。

グールドのブラームスは、グールドによって弾かれたほかの作曲家、
バッハでもモーツァルト、ベートーヴェン、シェーンベルク……、
とにかくブラームス以外の作曲家の演奏とは、なにか違うものを感じている。
間奏曲集を最初に聴いたときから、そう感じていて、
グールドの没後に発売になった「4つのバラード、2つのラプソディ」を耳にしたときにも、同じものを感じた。

グールドのブラームスは、グールドの他の作曲家の演奏よりも、なまなましい感じ、印象がある。
なまなましいを生々しい、と表記すると、
私がグールドのブラームスに感じているなまなましい感じとは微妙に違ってくるようにも感じるので、
ひらがなで、なまなましい、としたい。

そのなまなましい感じのためか、グールドのブラームスを聴いていると、
聴いているこちらが頬が紅潮してくる。ひとりなのに赤面してしまう。
だからグールドのブラームスは、絶対にひとりで聴く。
どこか、グールドのなまなましい独白をきいているような気になるからだろうか。

私にとって、そういうなまなましい感じのグールドのブラームスから、
なまなましい感じ、印象を削ぎ落としてしまう音がある、と思う。
グールドのブラームスは、試聴用ディスクとして使ったことがないから、
そんなスピーカーシステムが存在するというのは想像でしかないのだが、間違いなく存在している、といえる。
どれがそんなスピーカーシステムなのか、どのスピーカーシステムのことを思い浮べているのか、
それについては書かない(意外に少なくない、と思っているのも理由のひとつ)。

グールドのブラームスを聴いてみたい数少ないスピーカーシステムのひとつが、タンノイのウェストミンスターだ。
ウェストミンスターでは、「4つのバラード、2つのラプソディ」よりも「間奏曲集」を聴きたい。

とはいえグールドのブラームスは、ひとり聴くものだと決めている。
つまりウェストミンスターでグールドのブラームスを聴くには、
ウェストミンスターを自分のモノとしなければならないわけだから、聴く機会がないのは仕方のないこと。

それでも、こういうふうに鳴ってくれるだろうな、と想像しているだけでも楽しいし、
タンノイのウェストミンスターは、私にとってそういう存在である。

Date: 4月 10th, 2012
Cate: TANNOY, ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その79)

別項の「名器、その解釈」でもオートグラフとウェストミンスターの違いについて触れているところである。

ずっと以前にも書いていることだが、
私にとってオートグラフとウェストミンスターという、
ほぼ同じ形態をもつ、このふたつのスピーカーシステムは、ベートーヴェンでありブラームスである。
オートグラフは私にとってベートーヴェンであり、ウェストミンスターは私にとってブラームスである。

こうやって書いていくことによって、そのことをよりはっきりと感じるようになってきている。

いちばん新しいウェストミンスターの音は聴いていないから、
もしかするとブラームスという印象は感じないかもしれないが、
スピーカーシステムの性格は細部の改良によって大きく変化していくものでもないから、
おそらくはブラームスと感じてしまうことだろう。

ブラームスの音楽には優しい、といいたくなる内面性がある。
その優しいところを、私がいままで聴いてきたスピーカーシステムでは、
ウェストミンスターが最もよく音楽として表現してくれるから聴き惚れる。
いっさいの無理を感じさせずにブラームスの音楽を美しく優しく響かせてくれるスピーカーシステムは、
ウェストミンスターの他になにかあるのだろうか。

私が過去に聴いてきたスピーカーシステムの中にはすくなくともない。
似たようなスピーカーシステムもすぐには思いつかない。
だから、これはウェストミンスターの美点であろう。

けれど、自分のモノとして手もとに置いて鳴らしたいわけではない。
それは、やっぱりウェストミンスターはブラームスであるからだ。

五味先生はオートグラフのことを
「タンノイの folded horn は、誰かがワグナーを聴きたくて発明したのかも分らない。
それほど、わが家で鳴るワグナーはいいのである。」と書かれている(「ワグナー」より。「西方の音」所収)。

五味先生は1980年に亡くなられている。
ウェストミンスターはまだ登場していなかった。これはもう勝手な想像でしかないのだが、
もし五味先生がウェストミンスターを聴かれていたら、同じことを言われたであろうか、と考えてしまう。
ウェストミンスターの音を思いだしながら考えていると、
そういわれないであろう、という可能性を捨て切れないでいる。

結局のところ、ウェストミンスターの響き(本質)は優しい、だからだと思っている。

そうはいいながらも、ウェストミンスターを年に1回でいい、聴いていきたい、とも思う。
ウェストミンスターの音・響きにストレスにはまったく似合わない。
ストレス・フリーでウェストミンスターをうまく歌わせることができる人のところで、
ブラームスのレコードを1枚でいいから聴きたい。
いまはそう思っている。

けれど齢をとっていけば、変っていくのかもしれない。
ウェストミンスターを自分のモノとして鳴らしたいと思うようになるのだろうか……。

Date: 4月 9th, 2012
Cate: Kingdom, TANNOY, ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その78)

ウェストミンスターをオートグラフの後継機種、
つまりは現代版のオートグラフという認識でウェストミンスターを使っておられる方も少なくないと思う。
私もウェストミンスターが登場したときは、そう思っていた。
オートグラフのコーナー型を、
一般的な日本の住環境でも設置しやすいレクタンギュラー型とした現代版オートグラフだと受けとめていた。

ウェストミンスターが登場したころはユニットはフェライトマグネットであり、
この点には不満を感じたものの、それでものちにマイナーチェンジを重ねるごとにアルニコマグネットになり、
ネットワークにも手が加えられエンクロージュアの寸法にも変化があり、
風格を増していったウェストミンスターに対して、
ほんとうにオートグラフの後継機種だろうか、という疑問を持ちはじめたころにKingdomが登場した。

Kingdomを紹介記事をステレオサウンドで読んで思い出していたのは、
1978年に登場したバッキンガムとウィンザーである。

このふたつのスピーカーシステムに関しては、この項の(その30)から(その36)にかけて書いているし、
さらに(その56)と(その57)でも触れている。

(その30)から(その36)を書いたのは2009年の7月、
(その56)と(その57)は2011年の5月。

すこしあいだを開けすぎたと反省して書いているのだが、
バッキンガムは25cm口径の同軸型ユニットに30cm口径のウーファーをダブルで足している3ウェイ・システム。
ウィンザーはシングルウーファー仕様。

当時はタンノイはハーマン傘下にあった。
主力となっていたのは、いわゆるABCシリーズと呼ばれていた、アーデン(Arden)、バークレー(Berkeley)、
チェビオット(Cheviot)、デボン(Devon)、イートン(Eaton)であった。
オートグラフとG.R.F.はタンノイの承認を得てティアックによる国産エンクロージュアとなっていた。

往年のタンノイを知る者にとっては、やや物足りなさをおぼえていたところに、
バッキンガムとウィンザーが登場し、
このふたつのスピーカーシステムについて、(その56)でも引用しているように、
タンノイのリビングストンは、こう述べている。
「オートグラフとGRFを開発した時と全く同じ思想をバッキンガム、ウィンザーにあてはめている」と。

リビングストンは1938年にタンノイに入社した、いわばタンノイの生き字引ともいえる人物であり、
彼が、このように語っているのだ。

ならばKingdomもオートグラフを開発した時と全く同じ思想をあてはめている、といってもおかしくはないはず。
むしろ、バッキンガム、ウィンザーよりも、
より徹底した、その思想をあてはめて開発されたのがKingdomといえよう。

Date: 4月 8th, 2012
Cate: Kingdom, TANNOY, ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その77)

また書いているのか、と思われても、
くり返し書くことになるけれど、「五味オーディオ教室」からオーディオの世界へとはいっていった私には、
タンノイのオートグラフは、そのときからずっと、
そして(おそらく)死ぬまで憧れのスピーカーシステムでありつづける。

タンノイの前身であるTulsemere Manufacturing Companyは1926年の創立だから、
あと14年で創立100年の歴史をもつタンノイのスピーカーシステムの中でいちばん欲しいのはオートグラフであり、
これから先どんなに大金を手にしようと、オートグラフを迎えるにふさわしい部屋を用意できようと、
おそらく手に入れずにいるであろうスピーカーシステムもオートグラフである。

特別な存在であるオートグラフを除くと、
私が欲しいと思うタンノイのスピーカーシステムは、
タンノイ純正ではないから、いささか反則的な存在ではあるけれど、
ステレオサウンドが井上先生監修のもとで製作したコーネッタがある。
現行製品の中ではヨークミンスター/SEはいい出来だと思っている。

このふたつのスピーカーシステムを欲しいと思う気持とはすこし違った気持で「欲しい」と思うのは、
やはりKingdomである(それも最初に登場した18インチ・ウーファーのモノ)。

このKingdomこそが、オートグラフの後継機種だと考えているからだ。

オートグラフの後継機種はウェストミンスターではないか、と思われるだろう。
たしかにウェストミンスターは、オートグラフの形態的な後継機種とは呼べるものの、
オートグラフが1953年に登場したとき実現としようとしていたもの、目指していたもの、
こういったものの方向性は、オートグラフとウェストミンスターとではやや違うように感じているからだ。

オートグラフは1953年の時点で行き着けるであろう最高のところを目指していた。
そのための手段としてバックロードホーンとフロントショートホーンの複合ホーン、
さらにコーナー型という複雑なエンクロージュアを採用することになったのではないか。

菅野先生が以前からいわれているように、
スピーカーシステムは同時代の録音と同水準のものをそなえることが理想的条件のひとつである。

周波数特性(振幅特性だけでなく位相特性もふくめての周波数特性)、ダイナミックレンジ、リニアリティ、
S/N比……、こういったことをベースとしての音色、音触などいったことを含めての、
つねに同時代の録音に対するタンノイの答が、
1953年はオートグラフであり、それから約40年後はKingdomである。
ウェストミンスターは、オートグラフと同じ要求に対する答ではない──、
私はそう考えている。

だからオートグラフの後継機種といえるのは、ウェストミンスターではなくKingdomであり、
私がKingdomを「欲しい」と思っている理由は、まさにここにある。