時代の軽量化(その2)
時代の軽量化。
それは残心なき時代のことのようにも感じている。
[残心]
武道における心構え。一つの動作が終わってもなお緊張を解かないこと。剣道では打ち込んだあとの相手の反撃にそなえる心の構え、弓道では矢を射たあとその到達点を見極める心の構えをいう。
(大辞林より)
時代の軽量化。
それは残心なき時代のことのようにも感じている。
[残心]
武道における心構え。一つの動作が終わってもなお緊張を解かないこと。剣道では打ち込んだあとの相手の反撃にそなえる心の構え、弓道では矢を射たあとその到達点を見極める心の構えをいう。
(大辞林より)
「時代の軽量化」。
二ヵ月ほど前に、ふと思いついた。
思いついたけれど、ふつうに考えれば「時代の軽量化」よりも「軽量化の時代」だろう。
そう思いつつも、「時代の軽量化」が、頭に残っていた。
タイトルにしよう、とその時に思ったものの、
何を書くのか、まったく思いついていない。
「時代の軽量化」が思いついたものだから。
それでも書き始めないことには、「時代の軽量化」は頭の中に眠ってしまうことになる。
ぼんやりとではあっても考え続けていれば、なんとなくつかめそうなことがあるのに気づく。
まだはっきりとは捉えきれていないが、「時代の軽量化」かもしれないと感じてもいる。
仮にオーディオ雑誌からオーディオマニア訪問記事がなくなったとしても、
いまはインターネットがあるから、
さまざまなオーディオマニアのリスニングルームの写真を見ようと思えばいくらでも見られる。
オーディオマニアの数だけのリスニングルームがある。
中には、どれだけの資産があれば、これだけのリスニングルームとオーディオ機器を揃えられるのか、
そんなことを考えてしまうほどの部屋もある。
非常に高額なオーディオ機器が、いくつも並んでいる。
よく所狭し、という表現をするが、
そういうところは、所狭しとは無縁だ。
多くのオーディオ機器が整然と並んでいる。
そこに、憧れを抱くか、といえばそうでもない。
そういう部屋と対照的だったのが、岩崎先生の部屋だ。
ステレオサウンド 38号に載っている。
JBLのパラゴンが正面にあり、その両端にはアルテックの620Aが上下逆さまで置かれている。
パラゴンの上に620Aが乗っている。
パラゴンのほぼ中央にはマイクロのアナログプレーヤー。
コントロールアンプのクワドエイトLM6200Rもある。
パラゴンの隣にはJBLのハークネスが隠れるようにある。
パラゴンの対面にもスピーカーがあり、部屋の両サイドにはさまざまなオーディオ機器が積み上げられている。
それこそ所狭しとオーディオ機器がある。
岩崎先生の部屋に行かれた方の話だと、ほんとうに足の踏み場がない、とのこと。
床にもアンプがいくつも置かれていて、アンプとアンプの間のわずかなすきまを歩いていく。
岩崎先生の部屋の写真を見ていると、いいな、と素直に思う。
こういう雰囲気は出せないな、とも思う。
私は、岩崎先生の部屋に、オーディオを感じてしまう。
「オーディオがオーディオでなくなるとき」は、
吉田健一氏の「文学が文学でなくるとき」にならってのものであり、
しかも永井潤氏が1982年に、ステレオサウンド別冊Sound Connoisseurで使われている。
オーディオがオーディオでなくなるとは、どういうことなのか。
まずそのことについて書いていかなければならないのだが、
同時に「ステレオサウンドがステレオサウンドでなくなるとき」とか、
「オーディオ評論家がオーディオ評論家でなくなるとき」とか、
他にもいくつか「文学が文学でなくなるとき」にならって考えている。
すぐに答が出せそうでいて出せないもどかしさを感じている。
まだはっきりと言葉に変換できないから、
「ステレオサウンドがステレオサウンドでなくなるとき」といったことを考えている。
昨夜、友人でオーディオ仲間のAさんと数年ぶりに会って、あれこれ話していた。
オーディオの話もしたし、海外ドラマの話、同世代だけにゴジラやガメラの話などをしていた。
Aさんが以前訪れたことのあるあオーディオマニアのことが話に出てきた。
そのオーディオマニアのことを聴きながら、
その人はオーディオマニアなんだろうか、と思っていた。
そのオーディオマニアの方とは面識がない。
会ったことのない人について書いていることは承知している。
そのうえで、世間一般から見れば、その人はすごいオーディオマニアということになるけれど、
私にはどうにもそう思えない何か、Aさんの話から感じていた。
そんなことがあったので、ふと「文学が文学でなくなるとき」を思い出したし、
「オーディオがオーディオでなくなるとき」について考えてみようと思っているところだ。
カスリーン・フェリアーのバッハ/ヘンデルのアリア集を聴きたい、とも、
デコラを聴いた時に思っていた。
いまもデコラで、この愛聴盤を聴きたい、と思う。
フェリアーのこの録音はモノーラル録音であり、
ずっとモノーラル録音の盤を聴いてきた。
けれどフェリアーのアリア集は、
バックのオーケストラのみをステレオ録音にしたレコードも出ている。
デッカともあろうものが、なんと阿呆なことをするものだと、
そのレコードの存在を知ったときには思っていた。
だから手にすることもなかった。聴いてもいない。
けれど、ひさしぶりに、或るところでデコラと対面した。
ターンテーブルが不調でレコードを聴くことはできなかったけれど、
丁寧に磨き上げられた、そのデコラを眺めているうちに、
そうなのか、デッカは、もしかするとデコラでフェリアーを鳴らすために、
わざわざオーケストラをステレオ録音に差し替えて出したのか……、と思っていた。
デッカのデコラは、最初はモノーラルだった。
その後、1959年に、ここでデコラと書いているステレオ・デコラが登場した。
だから本来ならばデコラと書いた場合は、モノーラルのデコラであり、
ステレオのほうはステレオ・デコラとするべきである。
にも関わらず私にとってデコラは、ステレオ・デコラであり、
モノーラルのデコラについて話すときは、モノのデコラと言ったりしてしまう。
本末転倒だな、とわかっていても、
そのくらい、私にとってデコラとはステレオ・デコラのことであり、
それはデッカの人たちにとってもそうだったのかもしれない、
と気づかせてくれたのが、フェリアーのオーケストラ差し替え盤だった。
金が欲しい!
私もデコラの音に触れたときに、そう思っていた。
デコラを買えるお金だけではなく、デコラを置ける部屋をも用意するだけのお金が欲しい!、
と思った。
五味先生は
《デッカ本社の応接室で、あの時ほどわたくしは(金が欲しい!)と思ったことはない。》
と書かれている。
これまでに数々のオーディオ機器を聴いてきて、欲しいとおもったことはある。
その欲しいと思ったオーディオ機器を手に入れるために、金が欲しい! と思ったこともある。
でも、デコラを聴いたときほど、金が欲しい! と思ったことはない。
初めて聴くことができたデコラは、満足のいく感興ではなかったにもかかわらず、
私にそう思わせた。
同時に、S氏(新潮社の齋藤十一氏)は、デコラだったからあの方法、
コレクションから追放していくレコードを決めていけることに気がついた。
文字の上では、齋藤十一氏がデコラだということは知ってはいた。
デコラの音がどういう音であるのかも文字の上では或る程度は知っていたし、想像していた。
それでも、哀しいかな、そこでとまっていた。
それ以上は、実際にデコラの音に触れて、気づいたわけだ。
五十嵐一郎氏の「デコラにお辞儀する」から、
デコラの音についてのところを拾っていこう。
*
新潮社のS氏が、多分、五味康祐氏の英国本社での試聴報告をうけて買われた。西条卓夫氏が聴きに行かれたのでその結果をお訊ねすると、「君、あれはつくった音だよ」とおっしゃる。もうこれは買おうと思いました。人為的というのは文明のあかしです。
(中略)
アウトプット・トランスといっても、ごく小さなものですし、回路図なども若い技術屋さんにお見せすれば、多分失望すると思います。ただ、私はちょっと考えが別でして、やはりそれなりに考えていると感じているんです。というのは、カートリッジがデッカ以外にかかりませんから、例えばゲインコントロールの位置一つとっても、プリアンプの最後に設けてあったりする。ですからSN比がいいですし、途中の適当なところで絞るというのじゃありませんから、他の装置で聴いてて具合が悪いようなレコードをかけても、振動系のよさもあってスッと通してしまう。このへんは見事です。
(中略)
そういえば、モノーラルやSPの復刻盤、こういったソースをいま流の周波数レンジの広い装置で聴くと、ぼけてしまって、造形性というか彫りがなくなってしまんですね。ところがこのデコラですと、ひじょうにカチッとしている。まったくへたらないでいて、決してかたくはない。冬の日だまりで聴いているみたいな、ホワッとした感じがあります。
池田圭氏曰く、「ハイもローも出ないけど諦観に徹している」、大木忠嗣さん曰く、「これは長生きできる音だなぁ」。まさにその通りの音だと思います。
いま流の装置で、たとえばジャック・ティボーの復刻盤などを聴くと、何か、一つ楽興がそがれるようなところがある。デコラの音を一種楽器的な要素があるというむきもありますが、米ビクトローラWV8−30とか英HMV♯202や♯203のような手巻き蓄音器のティボーの音色とデコラの音ははひじょうに近い。
(中略)
じゃ、いい、いいっていったって、一体どんな音なんだといわれますと、表現がちょっと難しいんです。再生装置の音を表現するのに五味康祐氏はよく「音の姿」だとおっしゃいましたね。やはり亡くなった野口晴哉氏は、口ぐせで「何も説明しなくてよいのに。黙って聴かせてくれればいいのに」など、テクニカル・タームを一切まじえずに表現され、「まじめな音」がいいとおっしゃった。
デコラを言葉でなにか慎重に選ぶとすると、「風景」ということばを使いたいですね。ぼくは聴いていて「風景」が見えるような感じがするんですよ。ラウンド・スコープといいますか、決して洞窟的な鳴り方ではない。強いて人称格でいえば、やはり男性格じゃなくて、これは女性格だと思います。それ若くはない、少し臈たけた感じの女性……。
冬に聴いていますと、夜など、雪がしんしんと降り積もっている様子が頭にうかびます。夏に聴けば、風がすーっと川面を渡っていくような感じ、春聴けば春うららっていうような感じ。自分の気持のもちようとか四季のうつりかわりに、わりと反応する気がする。
池田圭氏も夏に聴きにこられて「庭をあけたら景色とよく合う、こんなのはめずらしい」といわれましたんで、ぼくだけがそう感じるというのじゃないと思います。
レコードを聴きながら、いつも景色を見せてもらっている。逆にいうと音から季節感のようなものが感じとれる。それがデコラのよさでしょうね。音の細さとか肉がのっているとか、姿がいいとかいえないわけじゃなりませんが、「風景がみえる」というのが、やはりぼくは最もふさわしい表現だと思います。
*
こういう音を聴かせてくれるデコラに、
五十嵐一郎氏は《聴いたあと、一人で拍手をしたり電蓄に向っておじぎを》される。
ステレオサウンド別冊Sound Connoisseurには、
五十嵐一郎氏の「デコラにお辞儀する」が載っている。
カラーページを含めて10ページの、デコラだけのページである。
デコラに関して知りたい人がいまもいるならば、まずこの記事を読むことをすすめる。
こんな書き出しで始まる。
*
コンポーネント全盛のこの時勢に、やれ電蓄だの蓄音器が欲しいといって、いささか回りの人たち顰蹙を買っているんですが、レコード音楽を聴き込めば聴き込むほど、装置全体の忠実度の高さとかリスナーとの整合性とは全然関係ない、つまり自分の体験した出来事に基づいた想い、を知らず知らずのうちに聴いていることにある日気づいたんです。やはり、「音がいいだけじゃ、つまらぬ」といいたいなぁ。私がまた、「音楽を聴くのに、何よりもシチュエーションが大事」と痛感するようになってきたことも、名器なるものを意識するようになった動機の一つだと思います。
*
いまもコンポーネント全盛の時代である。
電蓄の時代よりも、コンポーネント全盛の時代のほうが、ずっと長い。
これからもしばらくはコンポーネント全盛の時代が続いていくはずだ。
21世紀の電蓄は、たとえばリンが目指している方向もそのひとつといえるようが、
リンの人たちは、いま彼らが取り組んでいることを「21世紀の電蓄」と呼ばれたいのか、とも思うし、
個人的にも、あの方向を電蓄とは呼びたくない。
デコラはS氏のところに到着したときに、三台輸入されている。
このことは五味先生も書かれているし、五十嵐氏も書かれている。
そのうちの一台は毀れていた。
一台はS氏(新潮社の齋藤十一氏)のところに、
もう一台の行方を五十嵐氏は探され見つけだし、入手されている。
シリアルナンバー11番のデコラである。
となると齋藤十一氏のデコラもシリアルナンバーは近いのか。
「デコラにお辞儀する」によると、
デコラは、デッカ・スペシャル・プロダクト部門によって百台作られたとのこと。
何台現存しているのか。
そのうち何台が日本で鳴っているのだろうか。
「五味オーディオ教室」の次に読んだのは、
「オーディオ巡礼」におさめられている「英国デッカ社の《デコラ》」だった。
*
英国デッカ社に《デコラ》というコンソール型のステレオ電蓄がある。
今の若い人はデンチクとは呼ぶまいが、他の呼称をわたくしは知らないから電蓄としておく。数年前、ロンドンのデッカ本社を訪ねた時に、応接室で、はじめてこの《デコラ》を聴いた。忘れもしない、バックハウスとウィーンフィルによるベートーヴェン『ピアノ協奏曲第四番』だった。
周知のとおり、あの第二楽章は、いきなり弦楽器群がフォルテで主題を呈示する。そのユニゾンがわたくしは好きで、希望して掛けてもらったわけだが鳴り出しておどろいた。オーケストラのメンバーが、壁一面に浮かびあがったからだ。
応接室は、五十畳くらいな広さで、正面の壁の中央に《デコラ》が据えてあった。日本の建物とちがって天井は高い。それにしてもコンソール型のステレオ電蓄から出る音が、壁面にオケのフルメンバーを彷彿させるあんな見事な音の魔術を私は曾て経験したことがない。蓄音機が鳴っているのではなくて、無数の楽器群に相当するスピーカーが、壁に嵌めこまれ、壁全体が音を出しているみたいだった。わたくしは茫然とし、これがステレオというものか、プレゼンスとはこれかとおもった。
弦のユニゾンは、冒頭で、約十五秒間ほど鳴って、あとに独奏のピアノが答える。ここは楽譜にモルト・カンタービレと指定してあり、弱音ペダルを押しっぱなしだが、その音色の、ふかぶかと美しかったことよ。聴いていてからだが震えた。
私事になるが、わたくしは、《デコラ》が聴きたくてロンドンへ渡った。それまでのわたくしの関心は西独にあった。シーメンスかテレフンケン工場を見学すること、出来ればテレフンケンへステレオ装置をオーダーすることであった。工場は見学できたがオーダーの希望は果せなかった。そのかわり、「テレフンケンがベンツならサーバ(SABA)はロールスロイス」と噂に高いSABAの最高ステレオ(コンソール型)を買った。おかげで、パリに着いたときは無一文で、Y紙の特派員に金を借りてロンドンへ飛んだのである。
《デコラ》が英グラモフォン誌に新発売の広告を出したのは、一九五九年四月号だったとおもう。カタログには「将来FM放送がステレオになった時、ステレオで受信することが可能である」と書かれてあったので、是非とも購入したいと銀座の日本楽器に頼んでみたが手に入らなかったのだ。それで渡欧したとき(一九六三年秋)《デコラ》を試聴することも目的の一つだった。
(SABAなんぞ買うんではなかった……)
デッカ本社の応接室で、あの時ほどわたくしは(金が欲しい!)と思ったことはない。
ところで《デコラ》には、楕円型のウーファー(8×12インチ)のほかに1.5インチの小型スピーカー十二個がそれぞれ向きを変えておさめてある。EMIのスピーカーらしい。方向を変えてあるのは指向性を考えたからだろう。クロスオーバーは何サイクルか分らないが、周波数特性は三〇から三〇、〇〇〇サイクルとなっている。アンプは出力各チャンネル十二ワット、歪率一%、レスポンス四〇〜二五、〇〇〇サイクルでプラスマイナス一dB。けっして特に優秀なアンプとは言えない。カートリッジもデッカのMI型を使用してあり、レンジが四〇〜一六、〇〇〇サイクルでプラスマイナス一dBだという。
ターンテーブルはガラードの三〇一型で、現在なら、この程度の部品はオーディオ専門店にごろごろしている。しかも壁面にオーケストラ・メンバーが居並ぶ臨場感で音を出す装置にお目にかかったことはない。
これはどういうことか。
*
これを読んで、ますます聴きたくなった。
デッカのデコラは、いったいどんな音を聴かせてくれるのか。
想いは募るばかりだった。
五味先生は、デッカがデコラを発表したことは、渡英の前からご存知で、
《一九五九年春に、英国デッカが〝デコラ〟を発売した。英グラモフォン誌でこの広告を見て、わたくしは買わねばなるまいと思った》
と「わがタンノイの歴史(「西方の音」所収)」で書かれている。
日本楽器に取り寄せてくれるよう依頼されている。
けれど日本楽器はなかなか輸入してくれない。カートリッジやアンプなどと違って、
一台の完成品として電蓄の輸入は、当時はそうとうに難しいことだったようだ。
《三年余がむなしく過ぎた》と「わがタンノイの歴史」に書かれている。
もし当時の輸入に関する状況が違っていたら、
1959年には五味先生のところにデコラが到着していたことだろう。
結局そうはならなかった。
日本に最初に入ってきたデコラは、S氏のところに到着している。
「わがタンノイの歴史」を読んで、(その1)に書いたS氏の方法は、
デコラだったからこそ……、ということに思い到った。
「五味オーディオ教室」に、デッカのデコラのことが出ている。
デッカにデコラという電蓄があったことは、オーディオに興味を持つと同時に知っていた。
とはいえ、いまならインターネットですぐに検索てきることでも、
当時はそうはいかなかった。
デコラがどういう電蓄なのかを知るのには、そこそこの時間を必要とした。
デコラのことは16箇条目に書かれている。
大見出しは「専門家の言うとおりに器械を改良しても、音はよくならない。」
*
音づくりは、優秀な部品を組合わせればできるというほど単純ではない
よく、金にあかせてオーディオ誌上などで最高と推称されるパーツを揃え、カッコいい応接間に飾りつけて、ステレオはもうわかったような顔をしている成金趣味がいる。そんな輩を見ると、私は横っ面をハリ倒したくなる。貴様に、音の何がわかるのかと思う。
こんなのは本でいえば、豪奢な全集ものを揃え、いわゆるツン読で、読みもしないたぐいだ。全集は欠けたっていいのである。中の一冊を読んで何を感じるか、それがその人の生き方にどう関わりを持ったか、それを私はきいてみたい。
オーディオでも、その人の血のかよった音を、私は聴きたい。部品の良否なんて、本来、問うところではない。どんな装置だっていいのである。あなたの収入と、あなたのおかれた環境で選ばれた、あなたの愛好するソリストの音楽を、あなたの部屋で聴きたまえ。
私はキカイの専門家ではないし、音楽家でもない。私自身、迷える羊だ。その体験で、ある程度、音の改良にサゼッションはできるだろう。しかし、アンプの特性がどうの、混変調歪がどうのと専門的な診断は私にはできないが、そういう専門家のもっともらしい見解に従って改良をやり、じつは音のよくなったためしは私の場合、あまりなかった。
音づくりというものは、測定器の上で優秀な部品さえ組合わせればすむような単純なものではないらしい。メーカーは、私たちが、または街のエンジニアが、もっともらしい理屈で割り切るようなところで音を作ってはいない。英国デッカでMIII型のカートリッジが完成していたころでさえ、そのコンソール型のステレオ装置〈デコラ〉にはMI型カートリッジしかついていなかったのがいい証拠である。
ショルティが話題の〝ワルキューレ〟を録音したとき、それを試聴している宣伝写真がレコード雑誌に載っていたが、そのときの装置は〈デコラ〉だった。〝ワルキューレ〟を指揮した当人が〈デコラ〉の音で満足している、これは本当だと思う。
先年、バイロイト音楽祭が大阪で催されたときのことだ。私は二度聴きに行ったが、前奏曲の鳴り出したとき、ナマのその音は(スケールではない、音質だ)〈デコラ〉の音だったのにおどろいた。わが家のタンノイでもパラゴンの音でもなく、じつに〈デコラ〉の弦の音だったことに。
満足しなくてはならないのは、音のまとまり
くり返して言うが、ステレオ感やスケールそのものは、〈デコラ〉もわが家のマッキントッシュで鳴らすオーグラフにかなわない。クォードで鳴らしたときの音質に及ばない。しかし、三十畳のわがリスニング・ルームで味わう臨場感なんぞ、フェスティバル・ホールの広さに較べれば箱庭みたいなものだろう。どれほど超大型のコンクリート・ホーンを羅列したって、家庭でコンサート・ホールのスケールのあの広がりはひき出せるものではない。
——なら、私たちは何に満足すればいいのか。
音のまとまりだと、私は思う。ハーモニィである。低音が伸びているとか、ハイが抜けているなどと言ったところで、実演のスケールにはかないっこない。音量は、比較になるまい。ましてレンジは。
しだかって、メーカーが腐心するのはしょせん音質と調和だろう。その音づくりだ。私がFMを楽しんだテレフンケンS8型も、コンソールだが、キャビネットの底に、下向けに右へウーファー一つをはめ、左に小さな孔九つと大穴ひとつだけが開けてあった。それでコンクリート・ホーン(ジムランのウーファー二個使用)などクソ喰えという低音が鳴った。キャビネットの共振を利用した低音にきまっているが、そういう共振を響かせるようテレフンケン技術陣はアンプをつくり、スピーカーの配置を考えたわけだ。しかも、スピーカーへのソケットに、またコードに、配線図にはない豆粒ほどのチョークやコンデンサーが幾つかつけてあった。音づくりとはそんなものだろうと思う。
〈デコラ〉も同様に違いない。〈デコラ〉は高さ約一メートル、幅一・五メートル。それが、五十畳の応接室の正面に据えてある。壁の面積に較べれば、小さなものである。その小さなキャビネットから出る音が、まるで壁全体にオーケストラメンバーがならんだようにきこえるから不思議だ。フォルテになると、忽然とフルメンバーが現われる。マジックとしか言いようがない。
考えればしかし、測定上では原音そのままを再生するはずのない、そういう意味ではすでに答の出てしまっているアンプやらスピーカーを組み合わせ、あるいは組み替え、カートリッジをあれこれ変えて、何とか臨場感、迫力を出そうと苦心する私たちの努力も、つまりは音づくりはほかなるまい。時に無惨な失敗に終わることはあっても、一応、各パーツの限界まで愛好家は音をひき出していると思う。武士はあい身たがいと言うが、お互い、そういう努力が明日はよりよい音を私たちにもたらしてくれると信じようではないか。
*
デコラは聴いてみたい、というよりも聴かなければならない、と読んで思っていた。
でもデコラのことを知るにつれて、聴くのがなかなか難しいことがわかってくる。
デコラがどういう恰好のモノなのかを知ったのは、なんだったろうか。
はっきりと思い出せない。
デコラのカラー写真を見たのは、ステレオサウンド別冊Sound Connoisseur(サウンドコニサー)だったはず。
デコラについての情報は、昔はそのくらい少少なかった。
「五味オーディオ教室」のまえがきには、
《音を知り、音を創り、音を聴くための必要最少限の心得四十箇条を立て》とある。
40箇条目は、
「重要なのは、レコードを何枚持っているかではなく、何を持っているかである。」
と大見出しがつけられている。
*
ロクでもないレコードを何百枚も持つのは、よほどの暇人だ
私にかぎらず、何百枚かのレコードを所持する人は多いと思うが、市販されたおびただしい同一曲の演奏や、指揮者の中から、ベストレコードを一組——それを自分自身で選ぶとなると、容易ではない。
再生装置によっては、微妙な音色の違いでA盤よりB盤が——少々演奏に不満はあっても——捨て難いといった例は、しばしば見受けられることである。そのレコードを購入するにあたって(もしくは曲そのものをつよく印象づけられた意味で)、レコードとわかち難くむすびついた思い出があれば、その一枚は秘蔵されねばならないだろうし、時には、再生装置が変わることで選択の異なってしまうケースもある。
言ってみれば、どのレコードを、誰の演奏で買うかは、何を買わないかに他ならないわけだが、こう玉石混淆でレコードの発売数が多くなると、コレクションに何枚所蔵しているかより、何枚しか持っていないかを問うほうが、その人の音楽的教養・趣味性の高さを証することになる。つまりロクでもないレコードを何百枚も持つ手合いは、よほどの暇人か、阿呆ということになる。(再生装置でもこれは言えるので、カートリッジを使い分けるのは別として、グレード・アップ以前のアンプや、スピーカーまで仰々しく部屋に並べている連中——鳴らしもしないのに——に、まず音のわかった人がいたためしはない。選択は、かくて教養そのものを語ってゆく——)
私の知人の優れた音楽愛好家は、くり返しくり返し、選びぬかれた秘蔵盤を聴かれているが、いちど詳細に見せてもらったら、驚くほど枚数は少なかった。百曲に満たなかった。そのくせ、月々シュワンのカタログで新譜を取り寄せる量はけっして少なくない。容赦なく、凡庸なのは捨てられるわけである。
昨今では、もう、あらかた名曲は出つくしていて、ブルックナーあたりを最後に、レコード会社のほうもプレスする曲がなく困っているらしいから、〝幻想〟や〝新世界〟がこれでもか、これでもかと指揮者・オーケストラを変えて出る仕儀となるが、ベートーヴェンのも例外ではなくて、試みに〝皇帝〟を総目録でしらべたら昭和五十一年八月現在で五十二枚出ていた。
〝幻想〟〝新世界〟〝皇帝〟あたりはポピュラーなわりにはつまらぬ曲で、むしろ洟たれ小僧向きだ。私自身がかつて、洟たれ小僧時代にこれらの曲にうつつをぬかしたから分るのだが、百曲のコレクションにこんなものはまずはいらない。それでも〝皇帝〟のカデンツァを、たとえばグレン・グールドはどんなふうに弾いているか、グールドに興味のある私などは、ちょっと聴いてみたい気もして、新譜が出れば、まあ一枚取ってみる。そして捨てる。バッハを弾いたグールドの素晴らしさには及ぶべくもないし、モーツァルトの、たとえば〝トルコ行進曲〟の目をみはる清新さにほどとおいからだ。
感動を失わないためには、あまり数多く聴かないこと
こうして、新譜を取り寄せては聴きくらべ捨てていって、百曲残ればたいしたものだろう。残る百曲の中には、当然、〝平均律クラヴィーア曲集〟や〝トリスタンとイゾルデ〟もはいるだろうから、実数は百枚を越えるが、かりに一日かならず一枚を聴くとしようか、ほぼ四カ月目にふたたびその盤にめぐりあう勘定で、多忙な日常を余儀なくされるわれわれの生活で毎日欠かさず一枚、ほぼ一時間を、レコード鑑賞についやすのはよほどの人だろうと思う。それが二百枚ともなれば、だから、半年に一度出会うか出会わぬか——つまり年に二度ぐらいしか聴けぬ勘定になる。
曲の中には、もちろん、年に一度聴けば足りるものはある。反面、毎日聴いて倦まぬ曲もある。それらを含めて五百枚以上持っているのは、平均すれば二年に一度程度しか聴けぬわけで、誰のでもない自分のレコードでありながら、二年目にしか聴けぬような枚数を誇って何になるだろう。コレクションを自慢する輩は、クラシックたるとジャズ、フォークたるを問わず、阿呆だというゆえんである。
昔、まだ若く貧しいころに、私はほしいレコードを入手すると、日に何度もくり返し鳴らさずにいられなかった。私はその曲を聴きたくてレコードを買った。——今、感動を失わぬため、めったにそれを聴かぬようレコードを集めているのに気がつくのだ。そして、コレクションにはそういうもう一つの意義があったことに。
いわゆる名曲にも、前に言ったように、年に一度か二度聴けば充分というのがある。それ以上の回数では白けてしまう。かと思うと十日に一度聴いて、聴くたびに感動の失われぬことに思い当る作品があり、真の名曲とは後者と、私はきめていたが、感動? と、しょせんは記憶力との兼ね合いによるので、こちらの記憶が耄碌すればその分だけ感動はまた新鮮な道理とわかった。
要するにいかなる名曲といえどもおぼえこんでしまえば、感性に沁みこめば、当初のころの感激なぞそう湧くものではない。感激を新たにするのには、忘却の期間が必要で、音楽のもつ啓示を保つにはだから聴かずにいることのほうが大切になってくる。レコード音楽を鑑賞して三十年余、ようやくここに想い到ったわけだが、考えればこれは奇妙な咄ではないか?
いいレコードは、結局いつ聴いてもいい
そこでS氏の方法を私も模倣したことがあった。S氏は戦前からずいぶんすぐれたレコードを聴き込んでこられた人で、その造詣の深さは私のおよぶところではない。LPの出はじめたころは、月々、二十枚前後の新譜をアメリカから取り寄せ、今でも気に入りそうな新譜はあらかた手に入れて聴かれているらしいから、購入されたレコードは総計すれば莫大な数になる。
でも現在そうたくさんなレコードは残っていないのはどんどん放逐されるからで、こちらが貧乏なころは放逐されたそんな何十枚かを狂喜して頂戴したものである。さてS氏の方法だが、任意に、サイコロをふった数字にしたがいケースにおさめたレコードを出して聴かれる。所蔵のすべてを順次そうして聴いているうち、気に入らぬものはどしどし排除されるわけだが、新譜のとき一応鑑賞にそれは耐えるものとして、残されたものばかりで、そうつまらぬ盤があるはずはないのだが、一クール(?)おわるころには追放分がどっと出るそうだ。
レコードは、聴くこちらのコンディションでよし悪しが左右されることがある。私など、S氏のこの方法を模倣して排除した分も、そのまま残しておき、後日、聴きなおした。結局そうして未練ののこった盤はまたのこしておいた。二年ほど経って、あらためてこの方法で聴いてゆくと、やっぱり前に追放しようとした分は保存に値しないのを思い知るのがほとんどだったから、演奏への鑑賞能力、また曲への好みといったものは、聴くこちらのコンディションでそう左右されはしないこと、いいものは結局いつ聴いてもいいのをあらためて痛感したしだいだが、いずれにせよ、こうしてS氏は厳選のすえ残ったものを愛聴されている。その数はおどろくほど少ないのである。
私の場合、曲種はS氏ほど多彩でないし、好き嫌いがはげしいから相当かたよっているとは思うが、それでも、こんど数えてみたら九十曲ないのにはわれながら愕いた。レコードの場合、再生装置がグレード・アップされると、こんないい音ではいっていたか、またこんな面白い曲だったかと認識を新たにすることがしばしばある。現代音楽ほどこの傾向は顕著なようで、グレード・アップによって所蔵するレコードのすべてが、極言すれば新生命をふき込まれる。このへんがオーディオ・マニアの醍醐味——じつにこたえられんところであろうが、このごろでは、アンプ、スピーカーに一応見切りをつけ、久しく新品と取り替えていないから、再生音の改良にともなう新発見もなく、それだけ、飽きの来た盤も多い。追放分がふえる理由もこの辺にあるらしい。
だいたい近ごろでは、聴きたいような新譜はまるで出ないのだから、減る一方なのも当然とは思うが、それにしても、秘蔵しておきたい盤がこうも減ってゆくのは、年を喰ってこちらの感受性がにぶくなったせいではあるまいかと、ふと考え、うろたえる思いもある。
名盤は、聴き込んでみずからつくるもの
もちろん、S氏が二人いても同じレコードが残されるとは限らないだろう。人にはそれぞれ異なる人生があり、生き方とわかち難く結びついた各人各様の忘れがたいレコードがあるべきだ。同じレコードでさえ、当然、違う鳴り方をすることにもなる。再生装置でもこれは言える。部屋の残響、スピーカーを据えた位置の違いによって音は変わる。どうかすれば別物にきこえるのは可聴空間の反響の差だと、専門家は言うが、なに、人生そのものが違うせいだと私は思っている。
何を残し何を捨てるかは、その意味では彼の生き方の答になるだろう。それでも、自らに省みて言えば、貧乏なころ街の技術屋さんに作ってもらったアンプでグッドマンの12インチを鳴らした時分——現在わが家で鳴っているのとは比較にならぬそれは歪を伴った音だったが——そういう装置で鳴らしていい演奏と判断したものは、今聴いても、素晴らしい。人間の聴覚は、歪を超越して演奏の核心を案外的確に聴き分けるものなのにあらためて感心するくらいだ。
だから、少々、低音がこもりがちだからといって、他人の装置にケチをつけるのは僭越だと思うようにもなった。当然、彼のコレクションを一概に軽視するのも。
だが一方、S氏の、きびしい上にもきびしいレコードの愛蔵ぶりを見ていると、何か、陶冶されている感じがある。単にいいレコードだから残っているのではなくて、くり返し聴くことでその盤はいっそう名品になってゆき、えらび抜かれた名品の真価をあらわしてゆくように。
レコードは、いかに名演名録音だろうと、ケースにほうりこんでおくだけではただの(凡庸な)一枚とかわらない。くり返し聴き込んではじめて、光彩を放つ。たとえ枚数はわずかであろうと、それがレコード音楽鑑賞の精華というものだろう。S氏に比べれば、私などまだ怠け者で聴き込みが足りない。それでも九十曲に減ったのだ。諸君はどうだろうか。購入するだけでなく、聴き込むことで名盤にしたレコードを何枚持っているだろうか?
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S氏がどういう人なのかも知らなかった。
S氏がどういう装置で聴いているのかもわからなかった。
世の中にはすごい人がいるものだと思っていた。
五味先生がS氏の方法を模倣されたように、
私もそのころの年齢になったら模倣してみよう、とも思っていた。
S氏のことはしばらくわからなかった。
「五味オーディオ教室」を読んで何年か経ったころに、ようやくS氏が誰なのかを知った。
そしてデッカ・デコラで聴かれていることも知った。
2014年に映画「アルゲリッチ 私こそ、音楽!」が公開された。
DVDも発売されていて、今年になってやっと観た。
オーディオマニアを揶揄するのに、絶対音感がないのに……、というのがある。
そう多くみかけるわけではないが、これまでに数度目にしたことがあるし、耳にしたこともある。
菅野先生が提唱されたレコード演奏、レコード演奏家が広まるにつれて、
演奏、演奏家とついているのに、絶対音感もないのか。
それでよく演奏(演奏家)といえるな──、そういう声も見たことがある。
演奏家にとって絶対音感は絶対必要なことなのだろうか。
そう問えば、オーディオマニア、レコード演奏を揶揄する演奏家は、
絶対に必要というであろう。
マルタ・アルゲリッチは、ピアニスト(ピアノ演奏家)だ。
「アルゲリッチ 私こそ、音楽!」で、アルゲリッチは絶対音感を持っていないを知った。
VR(仮想現実、Virtual Reality)という言葉が広まったのは、
どのくらい前になるのだろうか。十年は優に過ぎている。二十年いくかいかないかだろうか。
オーディオは仮想現実なのだろうか、とある知人が問いかけてきた。
彼はそう思いたがっていたようだが、私は違う、といった。
彼はくいさがる。オーディオはなんらかの現実ではないのか、と。
それはそう思う、と答えたけれど、ではどういう現実なのか、とは答えられなかった。
いまならば、拡張現実のひとつだろう、と答えるところだろう。
そして、瀬川先生の、この発言、
《荒唐無稽なたとえですが、自分がガリバーになって、小人の国のオーケストラの演奏を聴いているというようにはお考えになりませんか。》
を言った後で、LS3/5Aでの再生を例に出す。
LS3/5Aを、左右の間隔をあまり開けすぎず、しかも近距離で正三角形の頂点で聴く。
音量もあまりあげない。ひっそりとした音量で聴くLS3/5Aの世界は、
井上先生は「見えるような臨場感」、「音を聴くというよりは音像が見えるようにクッキリとしている」と、
瀬川先生は「精巧な縮尺模型を眺める驚きに緻密な音場再現」、
「眼前に広々としたステレオの空間が現出し、その中で楽器や歌手の位置が薄気味悪いほどシャープに定位する」、
と表現されている、そのものの世界を聴かせてくれる。
井上先生も瀬川先生も、視覚的イメージにつながる書き方をされている。
そう、ごく至近距離に小人のオーケストラが現出したかのような錯覚をおぼえるわけだ。
左右のスピーカーのあいだ(それはLS3/5Aの場合1mほどだ)に、
小人のオーケストラがいると感じられるのは、拡張現実といっていいのではないだろうか。
私はPokémon GOをやっていて、
iPhoneが表示するまわりの景色の中にポケットモンスターが現れるのを見て、
まず感じたのは、LS3/5Aのことと小人のオーケストラのことだった。
HIGH-TECHNIC SERIES 4の巻頭には、
「フルレンジスピーカーの魅力をさぐる」という座談会が載っている。
この座談会の中で、瀬川先生がこんな発言をされている。
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瀬川 ぼくはレンジ切りかえといういい方をしましたが、タンノイのHPD385Aやアルテックの604−8Gのところで、岡先生がしきりに強調されていた額縁というものを具体的なイメージとしてとらないで、一つの枠の中でといういい方に受け取ってもらえれば、その説明になっていると思います。
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604-8Gの試聴記でも、岡先生は額縁説を出されていると読めるわけだが、
604-8Gのページでの岡先生の発言に「額縁」は一言も出てこない。
おそらく実際は、額縁にたとえられて604-8Gの音を語られたのだろう。
けれど巻頭座談会のまとめをした編集者と、
個々の試聴記のまとめをした編集者が違っていたためと、
最終的なすり合せがおこなわれなかったため、こういうちぐはぐなことになってしまったのだろう。
HIGH-TECHNIC SERIES 4を最初に読んだ時も、このことは気になっていた。
いまは、その時以上に気になっている。
岡先生は604-8Gをどういう額縁と表現されたのだろうか。
同じ2ウェイ同軸型であっても、アルテックとタンノイはアメリカとイギリスという国の違いだけでなく、
違いはいくつもあり、その違いを「額縁」はうまく伝えてくれたかもしれない。
活字になっていない以上、ないものねだりになってしまう。
それに書きたいのは、「コンポーネントステレオの世界 ’75」の巻頭座談会につながっていくからだ。
この座談会で、瀬川先生は、
《荒唐無稽なたとえですが、自分がガリバーになって、小人の国のオーケストラの演奏を聴いているというようにはお考えになりませんか。》
と発言されている。
これに対し、岡先生は「そういうことは夢にも思わなかった」と答えられ、
そこから岡先生との議論が続く。
このブログを始めたときから、このことは書こう、と決めていることがいくつかある。
でもすべてを書いているわけではなく、まだ手つかずのことがいくつも残っている。
そのひとつが、ステレオサウンド別冊HIGH-TECHNIC SERIES 4にある。
HIGH-TECHNIC SERIES 4をフルレンジを取り上げている。
岡俊雄、菅野沖彦、瀬川冬樹の三氏による試聴が行われ、
座談会形式で試聴記が載っている。
タンノイのユニットももちろん登場している。
HPD295A、HPD315A、HPD385Aの三機種があり、
HPD295Aのところで、岡先生が次のように発言されている。
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岡 私は音響機器の持っている性格とプログラムソースのかかわりあいやマッチングをいつも気にしながら聴いているのですが、タンノイの場合、タンノイという一種の額縁にプログラムソースをはめるような感じがするわけです。しかも、それは非常に絵を引き立てる額縁なんですね。
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岡先生はHPD295Aよりも口径の大きなHPD315Aについては、
額縁的な性格が一番薄い、といわれ、最上級機のHPD385Aについては、こう語られている。
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岡 また額縁説を持ち出して恐縮ですが、抽象でも具象でも合う額縁というのがありますね。このユニットはそういう感じがするんです。とにかくこのユニットは、特性を追いかけて作ったのではなくて、ある音楽を聴く目的のためにまとめられ、それが非常にうまくいった稀なケースの一つではないかという気がするんです。
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スピーカーは、というより、オーディオの再生音は額縁にたとえられることは、
かなり以前からあった。
タブローという表現が、音の世界に使われたりもしていた。
だから岡先生の発言は目新しいことではなかったけれど、
それでもHPD385Aのところでの発言──、
抽象でも具象でも合う額縁、こういうたとえは岡先生ならではだと感心していた。
この発言は頭のどこかに常にあって、ブログで取り上げようと思っていた。
でも、今日まで取り上げずにいたのだが、Pokémon GOがきっかけとなった。