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Date: 11月 4th, 2019
Cate: 孤独、孤高

ただ、なんとなく……けれど(その3)

今日は、夕方、友人のAさんと秋葉原で会っていた。
いつもと同じように、オーディオの話もしたし、それ以外の話もした。

以前は、大型のフロアー型スピーカーシステムに、
アンプもかなり大型のモノで、専用のリスニングルームで鳴らされていたAさんも、
いまはブックシェルフ型スピーカーをプリメインアンプという組合せである。

以前鳴らしていたシステムからは、ずいぶんスケールダウンしているのだから、
こういうことを書くと、あれこれいう人、
いわなくても心の中であれこれ思う人がいるだろう。

Aさんの話をきいていて、
Aさんは、いま本筋の音を鳴らされているんだな、と思った。

Aさんも、音楽を聴いていて、周りに誰もいない──、
そんなことを感じている、ということだった。

ハイエンドオーディオに変に偏っている人は、
その程度のシステムなんて、たいした音はしない──、というであろう。

でも、ハイエンドオーディオのシステムで聴いていても、
そういう気持になれないのであれば、
それは本筋の音といえるのだろうか、と返したくなる。

瀬川先生がステレオサウンド 56号に書かれていた「本筋の音」とは、
どういう音なのか。
そのことについての説明はなかった。

56号を読んだ時は、まだ10代だった。
本筋の音がどういう音なのか、はっきりと何もわかっていなかった、といまではいえる。

本筋の音とは、独りになれる音だ、といまならいえる。

だからこそ、スミ・ラジ・グラップのことば、
「人は孤独なものである。一人で生まれ、一人で死んでいく。
その孤独な人間にむかって、僕がここにいる、というもの。それが音楽である。」
を実感できる。

Date: 11月 4th, 2019
Cate: Digital Integration

Digital Integration(roonのこと・その3)

パイオニアのCDチェンジャーが、どのモデルなのかは、はっきりしない。
ソニーの200枚のCDチェンジャーは一機種だけのはずだからよかったが、
パイオニアの6枚のCDチェンジャーは、いくつものモデルが発売されていた。

ソニーのCDP-CX200Fは、200枚のCDをCDプレーヤー本体にすべて収納できた。
パイオニアのCDチェンジャーは専用のカセットマガジンにCDを入れ、
マガジンを交換すれば、6枚ごとCDの入れ替えができる。

私が知りたいのは、パイオニアのCDチェンジャーには、
CD-TEXTに対応していたのかどうかである。

そしてCDP-CX200Fにはディスクジャケットアルバムが付属していたが、
パイオニアのCDチェンジャーには、それに相当するものが付属していたのかどうかだ。

ソニーとパイオニアのCDチェンジャーの違いは、
収納できるディスク枚数、200枚と6枚だけではない。

CD-TEXTに対応せず、ディスクジャケットアルバムも付属していなかったとしたら、
CDプレーヤーとしてみた場合には、それほどの違いではなくても、
いまroonという存在を通してみた場合には、
これらの違いは、Danny Dulai氏の音楽鑑賞体験に大きく影響している、といえる。

ただ音楽を聴くだけでなく、パッケージメディア(LPやCD)にはジャケットがついてくる。
CDチェンジャーの場合、ディスクを収納したあと、ジャケットをどう扱うのか。

ソニーは考えていたからこそ、ディスクジャケットアルバムをつけ、CD-TEXTに対応している。

これこそが、roonのユーザーインターフェースにつながっている。

Date: 11月 4th, 2019
Cate: Digital Integration

Digital Integration(roonのこと・その2)

1996年にソニーが発売したCDプレーヤー、CDP-CX200Fというモデルがある。
型番の200が示すように、CD200枚をおさめられるCDチェンジャーである。

ディスプレイには、CD-TEXTに対応していて、
英数字で曲名、演奏者名を表示できた。
また別売のテキストディスプレイユニットでは漢字も表示できるようになっている。

これらの機能は文字情報がCDに入っている場合のみだが、
そうでないCDでもメモリー機能を利用して、曲名、アルバム名などを入力・記憶できた。

付属品としてリモコンだけでなく、ディスクジャケットアルバムがついていて、
ここにCDのブックレットをおさめられた。

オーディオマニアはおそらく見向きもしなかったCDP-CX200Fこそが、
roonの出発点といえる。

1996年ごろ、Danny Dulai氏はハタチぐらいで、
友人とニューヨークに住んでいた、とのこと。

その友人が持っていたのがCDP-CX200Fで、
彼らは二人がもつCD(約200枚)を、CDP-CX200Fにすべて収納して楽しんでいた。
けれど同居は解消になり、Danny Dulai氏の元には、
彼が所有するパイオニアのCDチェンジャー(6枚式)と、彼のCDだけとなる。

同居が終るまでに、なんとか200枚のCDを別の方法で聴けるようにしたい。
そしてCDP-CX200Fでの音楽鑑賞の体験こそが、roonにつながっている。

Date: 11月 3rd, 2019
Cate: High Resolution

MQAのこと、カセットテープのこと(その7)

その6)で、モーツァルトのレクィエムのことをたとえとして書いた。
書いていて、ステレオサウンド 54号の特集での座談会のことを思い出していた。

「いまいちばんいいスピーカーを選ぶ・最新の45機種テスト」の冒頭に、
黒田恭一、菅野沖彦、瀬川冬樹、三氏の座談会が載っている。
そこで菅野先生が、こんなことを話されている。
     *
菅野 特に私が使ったレコードの、シェリングとヘブラーによるモーツァルトのヴァイオリン・ソナタは、ヘブラーのピアノがスピーカーによって全然違って聴こえた。だいたいヘブラーという人はダメなピアニスト的な要素が強いのですが(笑い)、下手なお嬢様芸に毛の生えた程度のピアノにしか聴こえないスピーカーと、非常に優美に歌って素晴らしく鳴るスピーカーとがありました。そして日本のスピーカーは、概して下手なピアニストに聴こえましたね。ひどいのは、本当におさらい会じゃないかと思うようなピアノの鳴り方をしたスピーカーがあった。バランスとか、解像力、力に対する対応というようなもの以前というか、以外というか、音楽の響かせ方、歌わせ方に、何か根本的な違いがあるような気がします。
     *
興味深い、オーディオならではの現象だといえる。
レコードに刻まれている演奏そのものは、なんら変らない。

そこにはヘンリック・シェリングとイングリット・ヘブラーの、
モーツァルトのヴァイオリン・ソナタの演奏が録音されている。

ヘブラーは、私はほとんど聴かないが、
シェリングには、ヘブラー的要素はない。

シェリングとヘブラーが組んで、フィリップスに録音している。
ということは、少なくともヘブラーは、お嬢様芸に毛の生えた程度ではないことは確かなはずだ。

にも関らず、スピーカーによっては、そんなふうに聴こえてしまう。

スピーカーもD/Aコンバーターも、
日本語では、どちらも変換器である。

英語ではスピーカーはtransducerであり、コンバーターはconverterである。
でも、どちらも変換器である。

Date: 11月 3rd, 2019
Cate: High Resolution

MQAのこと、roonのこと(その1)

roonはMQAも扱える。
roonにはDSPを使った信号処理が可能である。

アップサンプリング、イコライザー、ヘッドフォン用補整などのいくつかの機能があり、
プラグイン式になっているようで、将来的には追加可能のようだ。

ここで疑問が生じる。
MQAの場合、弟子足る信号の送り出しが側で、なんらかの信号処理をした場合、
D/AコンバーターがMQA対応であっても、MQA再生はできない。

別項「メリディアン ULTRA DACを聴いた(トランスポートとのこと)」でも、
その点について書いている。

トランスポートをスチューダーのD731にした際に、
MQA-CDを再生しているにも関らず、
メリディアンのULTREA DACのディスプレイには、MQAの表示が出なかった。

D731のデジタル出力は44.1kHzを48kHzにアップサンプリングしていた。
わずかこれだけの信号処理にも関らず、それだけでMQA再生はできなくなる。

この時は、D731のジャンパーを差し替えることで、44.1kHzに変更でき、
無事MQA-CDの再生が可能になった。

roonのDSP機能で、なんらかの信号処理をしたとしよう。
イコライザーでもいい、ほんのちょっとでもいじってしまうと、
D731のデジタル出力と同じことになってしまう。

これではMQA再生ができないし、
それでMQA対応は謳えない。

roonは巧妙な手法で、信号処理も可能とし、
MQA再生としての条件も維持している。

Date: 11月 3rd, 2019
Cate: Digital Integration

Digital Integration(roonのこと・その1)

別項「ショウ雑感」で昨日書いたように、
roonはデジタルインテグレーションを近い、目指している、ということを、
今日もroonのDanny Dulai氏をきいていて確信した。

パソコンやサーバーを使って、
つまりCDプレーヤーを使わずにデジタル化された音源を聴くためのアプリケーションは、
世の中にはいくつもある。

無料のモノもあるし、有料のモノもある。
どれがいいのかはすべてを試したわけではないし、
使い勝手も含めて、ともなると、評価はバラバラになるような気もする。

ただ、いずれもアプリケーションも、
基本的には音楽を聴くアプリケーションである。

そんなこと当り前じゃないか、といわれそうだが、
roonは、Danny Dulai氏がいっているように、
listen、browse、learnのためのモノである。

roon以外のアプリケーションに、それらの要素がまったくないとはいわないが、
はっきりと打ち出して、そこを目指しているのは、いまのところroonだけだ、と思う。

そしてDanny Dulai氏の話にも、
integrate、integrated、integrationが、何度か出てきた。

Date: 11月 3rd, 2019
Cate: ショウ雑感

2019年ショウ雑感(その15)

今日(3日)もヘッドフォン祭に行ってきた。
朝10時30分の会場から、17時30分までいた。
ずっとRoonのイベントをきくためである。

こんなに長い時間、ヘッドフォン祭の会場にいたことはなかった。
たいてい二時間ほどで帰っていた。

といっても会場に長くはいたけれど、ほとんど15階のRoonのイベントが行われる部屋にいたので、
会場をじっくり見ていたとはいえない。

それでも感じたのは、
ヘッドフォン/イヤフォンのブームも一段落したのか、ということだ。
あきらかに来場者は少なくなっている。

初めてヘッドフォン祭に行った時に感じた猥雑な活気は、
まったくないとはいわないまでも、ずいぶん希薄になったと感じた。

来場者に関しては波もあるとも思う。
今回は少なかったはずだが、次回はどうなるかはなんともいえない。
盛り返すかもしれない。

私として、今回のRoonのイベントのようなことを、次回以降も企画してほしい、と思っている。
昨日が二時間が二回、今日は一時間が四回、
計八時間、Roonについて知ることができた。

こういう企画は、インターナショナルオーディオショウにはない。
残念ながらない、と書いておく。

今回のRoonの企画の主催は、iFi Audioの輸入元のトップウイングと音元出版である。
10月末に音元出版から出たNet Audio最新号では、
Roonの記事が載っている。
そのへんの関係もあるのだろうが、音元出版には、
ステレオサウンドには感じられない積極性がある。

その積極性には、ここでははっきりと書かないことも含まれているが、
それでも、今回の企画をやってくれたことは高く評価したい。

Date: 11月 2nd, 2019
Cate: ショウ雑感

2019年ショウ雑感(その14)

Roon LabsからはCEOのEnno Vandermeer氏、COOのDanny Dulai氏が来日されていた。

Danny Dulai氏は開発者である。
とはいえ、これまでのハードウェアのエンジニア(開発者)とは、
そうとうにタイプの違う人である。

耳にはピアス。
ピアスといっても、かわいいものではなく、
異物挿入といったほうがいいくらいのすごさである。
耳だけではない、手の甲もそうである。

けれど、Danny Dulai氏の話は、誠実である。
こういう人がRoonを開発しているのか──、
人によって受け止め方は違ってこようが、私はいい方に受け止めている。

Danny Dulai氏が、
Roonはオーディオのスイスだ、と言った。

スイスのように中立である、という意味である。
Roonは、PCM、DSD、MQAのどれかに片寄ることなく、
すべてを平等に扱えるように開発している、ということだ。

Roonのユーザーそれぞれが、
オレはMQAは絶対に認めない──、
DSDこそが最高のフォーマットだ──、
PCMのハイレゾこそが──、
などと主張するのは自由だし、勝手でもあるが、
Roonはすべてのフォーマットを、それらがもつクォリティを損うことなく扱う。

Roonは、このフォーマットこそがベストです、ということは主張しない。

それにしても、MQA否定の人は、みっともないのか、と今日も感じた。
今日、何があったのかは詳しくは書かないが、
MQAのことが話題になると、否定こそが正義だ、とばかりに声をあげる。

MQAを個人的に否定するのは勝手にやればいい。
自分でブログでもつくって、そこでやればいいことであって、
今日のような場でやることではない。

それにRoonの人たちも、MQAに誠実に対応した、ということを説明されているだけで、
MQAこそがベストだ、といわれていたのではない。

Date: 11月 2nd, 2019
Cate: ヘッドフォン

ヘッドフォン考(終のリスニングルームなのだろうか・その12)

AKGのK1000は、私にとって理想に近いヘッドフォンである。
K1000が現行製品だったころ、ろくに仕事をしていなかったから、
あきらめるしかなかった。

いつかは買えるだろう、と思っていたら、製造中止になった。
しばらくは忘れていた。

でも、あるきっかけがあってK1000のことをおもいだしてしまうと、
どうしても欲しくなる。

といっても製造中止になってからでもずいぶんの月日が経っている。
中古をみかけないわけではない。

手を出しそうに何度かなった。
でも、あと何年使えるのか……、とどうしても思う。

AKGが修理に応じてくれれば、中古を買ってもいい。
確かめたわけではないが、K1000の修理を、現在のAKGがやってくれそうにはない。
私が勝手にそう思っているだけで、実際は違うのかもしれない。

AKGがK1000の後継機を出してくれないのか。
ヘッドフォンがこれだけブームになっているのだから──、
そんな期待もしているのだが、何年待っても、そんな気配はない。

もうあきらめかけていた。
今日、ヘッドフォン祭に行ってきた。

Roonのイベントが始まるまでのわずかなあいだ、
いくつかのブースを見ていた。

11階のフューレンコーディネイトのところに、
Brodmann Acousticsのヘッドフォンがあった。

プロトタイプとのことで、それ以上の情報は、いまのところない、との説明だった。
すでに会場に手にされた方は気づかれているだろうが、
K1000のBrodmann Acoustics版といえるヘッドフォンだ。

Date: 11月 2nd, 2019
Cate: 情景

富士山は見飽きないのか(その3)

高層ビルをいっぱい描く。
どこかの大都市の絵を描いた、とする。

絵のうまいへたは関係ない。
実際の景色を見て、とか、写真を見て、とかではなく、
何も見ずに、高層ビルが立ち並ぶ絵を描く。

その絵を見て、どこの都市だと思うのか。
東京、大阪、それともニューヨーク、どこか外国の大都市か。

でも、その絵の背景に富士山が描かれていれば、
誰がみても、その絵は東京を描いたものだと、すぐにわかる。

ビルの絵がへたでも、
富士山の描写も拙くても、
なんとなくの富士山の形をしていれば、
それは東京であって、大阪でも、ニューヨークでもないことははっきりする。

富士山は東京にあるわけではない。
けれど、熊本で生まれ育ってきた私にとって、
富士山は、東京の高層ビルのずっーと後に、
堂々としている、そして神々しく存在している山である。

もちろん山梨に行ったことはある。
そこからの富士山を見ている。
静岡にも行っている。
そこでの富士山も何回も見ている。

それでも私にとっての富士山は、
高層ビルとともに描かれることで東京を象徴する存在である。

Date: 11月 2nd, 2019
Cate: ショウ雑感

2019年ショウ雑感(余談)

これまでずっとヘッドフォン祭を、「へっどふぉんまつり」と言っていた。
私の周りの人たちも、そう言っていた。

今日、会場に行きエレベーターを待っていたところ、
スタッフの一人が、
「ヘッドフォン祭(さい)にお越しの方はこちらに一列にお並びください」
と言っていた。

ヘッドフォン祭は、「へっどふぉんさい」だということに今回初めて気がついた。

Date: 11月 2nd, 2019
Cate: ショウ雑感

2019年ショウ雑感(その13)

PCオーディオもネットワークオーディオも、
ステレオサウンドがいっているデジタルファイル・ミュージックも、
どれもピンとこない。

だから別項で「Digital Integration」を書いている。
なので私のなかでは、デジタルインテグレーションオーディオということになるわけだが、
別にこれが広まるとは思っていない。

あくまでも私のなかでのものであればいい。

このデジタルインテグレーションオーディオに近い、と思うのが、
Roonである。

私はRoonを推す。
こんなことを書くと、
いや、○○というアプリケーションの方が音がいい、という人があらわれる。

そうなのかもしれない。
Roonよりも、音がいいアプリケーションはあっても不思議ではない。
凝る人は、タグがあると音が悪くなる、という。

そうなのかもしれない。
タグを削除して聴きたい人は聴けばいい。

私だって、この一曲だけ、ということであれば、タグを削除するかもしれない。
それでも日常的に聴くのであれば、そうではない。

そういうことを含めて、Roonはデジタルインテグレーションに近い。

そのRoonを開発した人の話を、今回のヘッドフォン祭ではじっくりきける。
こういう機会はそうそうない。

だから明日も行き、三回ともきく。

Date: 11月 2nd, 2019
Cate: ショウ雑感

2019年ショウ雑感(その12)

ヘッドフォン祭に行ってきた。
毎回、これといった目的はなく行っていた。
でも今回は違う。

15Fの奥のブースにて、Roonのイベントが行われる。
今日(2日)が、「Roonとは何か?」と「Roonを使うメリットって何?」で、
明日(3日)が、「Roon Nucleusってなんだ?」、
「テクニカルプレゼンテーション part 1 ―なぜここまで便利なの?」、
「テクニカルプレゼンテーション part 2 ―Roonのサウンドの秘密」、
「Roonの現地点とこれからを聞く!」というテーマで行われる。

とにかく今日行ってきた。
計四時間Roonの話をきいてきた。
明日も行くことに決めた。

オーディオマニアのなかには、
あくまでもパッケージメディアで音楽を聴くことにこだわる人がいる。
それはそれで、その人のスタイルなのだから、
第三者がとやかくいうことではない。

たとえばステレオサウンドの筆者では、小野寺弘滋氏がそうだと思っている。
試聴ディスク欄を見ても、小野寺弘滋はLP、CD、SACDと、
とにかくディスクで聴くことにこだわりがあるように感じる。

その気持はわからないではない。
パッケージメディアではなく、そうではないメディアで音楽を聴くことを、
どういうのか。

PCオーディオが一般的なようだが、
ネットワークオーディオもよく使われている。
どちらにしても、語感がよくないのでは、私は使いたくないし、
別項でも書いているようにWindowsでは聴きたくない、という気持はある。

それでも音を聴くと、無視できない。
Windowsでは聴きたくないが、それ以外の環境ではなんとかしたい。

それにMQAの音に魅了されているのだから、
どうしても、なんらかの方法でパッケージメディアに頼らない再生環境が必要となる。

そうなると、Ronnが第一候補となる。

Date: 11月 1st, 2019
Cate: 書く

オーディオにおけるスケッチとは(その4)

スケッチは、描くのが上手になるため、ということの前に、
観察力を身につける、高めることが第一目的だ、と聞いている。

ならばオーディオにおけるスケッチとは、
耳の観察力を高めることが第一目的であり、
そのためにはどうすればいいのかを、まず考えなければならない。

Date: 11月 1st, 2019
Cate: 書く

毎日書くということ(有料か無料か)

IT技術者ロードバイク日記」というブログがある。
頻繁にアクセスしているほどではないが、
ほぼ定期的にアクセスして読んでいる。

10月30日のブログのタイトルは、
「ブログを書き始めて11年、有料化するか悩んだ結果。」となっていた。

2008年から始められている。
私も、2008年9月からブログを始めたから、11年経った。

私も有料化を考えたことはある。
少なくとも10,000本書くまでは無料で、
そこから先は有料にしようかと考えたこともある。

「IT技術者ロードバイク日記」の主宰者が、どういう結論に辿りつかれたのかは、
リンク先の記事を読んでほしいが、
主宰者が、これまで無料で公開されている理由と、
私も無料で公開している理由は、ほぼ同じといっていい。

このブログを始めるにあたって、想定した読み手は一人だけである。
オーディオに興味を持ち始めたばかりの13歳の私である。
「五味オーディオ教室」と出逢ったばかりの私こそが、想定読者だ。

だから無料にした。
なので10,001本からも、このままで行こう、と思っている。