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Date: 6月 5th, 2022
Cate: きく

音楽をきく(その4)

私が生れた田舎は、さほど人口も多くない。
それでも当時は書店は何軒もあった。
いま思い出してみると、少なくとも六軒はあった。
すべて個人経営の書店である。

いま住んでいるところは書店の数が減ってきている。
人口は私の田舎よりも多いにも関わらずだ。

昔は、そのくらいあたりまえのように身近に書店がいくつもあった。
それでも田舎の書店は大きいわけではなかった。

その田舎からバスで一時間、熊本市内には大きな書店があった。
数ヵ月に一度、その書店に行くのが楽しみだった。

往復のバス代だけで二千円ほどかかるから、
読みたい本がすべて買えるわけではなかった。
書籍代よりもバス代のほうが高いのだから。

東京で暮すようになって、まず行ったのは三省堂書店だった。
ウワサには聞いていた。
実際に行ってみて、こんなに大きいのか、とその規模に驚いたものだ。

熊本市内の大きな書店よりもはるかに大きい。
しかも新宿には紀伊國屋書店もある。
東京のすごさを感じていたものだが、
それでもレコード店に関しては、三省堂書店、紀伊國屋書店に匹敵する規模のところは、
東京といえどまだなかった。

六本木にWAVEができるまでは、なかった、といっていいだろう。
秋葉原には石丸電気のレコード専門のビルがあったけれど、
それでも三省堂書店、紀伊國屋書店の規模かといえば、そうとはいえなかった。

私の田舎では、レコード店は少なかった。
書店は私が住んでいる時代に新しい店が二軒できたけれど、
レコード店はそうではなかった。

そういう環境で18まで育った。
東京に来て、それからステレオサウンドで働くようになって、
10代のうちに聴けた音楽の量に関して、同世代であっても、
田舎暮しと都会暮しではそうとうな差があったし、
さらにまわりに音楽好きな人たちがいる、という環境の人とは、
その差がさらに広がる。

Date: 6月 4th, 2022
Cate: ワーグナー, 映画

ワグナーとオーディオ(とIMAX 3D)

6月1日に「トップガン マーヴェリック」を観てきた。
IMAXで観てきた。

今年観た映画のなかで、ダントツに楽しかった。
映画って、いいなぁ、と素直におもえるほどよかった。

映画館で観てよかった映画だ、とも思っていた。
この十年くらいか、映画館が輝きを取り戻したような感じを受けている。

私が、再び積極的に映画館で映画を観るようになったきっかけは、
ドルビー・アトモスの登場である。

別項「トーキー用スピーカーとは(Dolby Atmos・その1)」で書いているように、
2013年12月1日、船橋まででかけて観に行った。

その時観たのは「スタートレック イントゥ・ダークネス」で、
ドルビーアトモスと3Dによる上映だった(IMAX 3Dではない)。

船橋まででかけたのは、
Dolby Atoms(ドルビーアトモス)を日本で初めて導入した映画館で、
まだ船橋にしかなかったからだ。

船橋からの帰りの電車のなかでおもっていたことは、(その3)に書いている。

ジョン・カルショウがいま生きていたら、
3D映像とドルビーアトモスを与えられたら、
どんな「ニーベルングの指環」をわれわれに提示してくれるであろうか──。
そんなことをぼんやりとではあるが考えていた。

それから九年ほど経って、IMAX 3Dが登場した。
別項「Doctor Strange in the Multiverse of Madness(その1)」で、
「Avatar: The Way of Water」の予告編を観た、と書いた。
この予告編もIMAX 3Dで、そのクォリティの高さは、また一つ時代が変った、
そう思わせるほどのものだ。

「ニーベルングの指環」。
最新のCGによる制作とIMAX 3Dでの上映。
観たい。

Date: 6月 4th, 2022
Cate: Jacqueline du Pré

Jacqueline du Pré(その4)

6月3日に、ジャクリーヌ・デュ=プレのリマスターCDボックスが発売になった。
TIDALでも聴けるようになるだろう、と予想していた。
昨日から、TIDALでも、かなりのアルバムが新しいリマスターで、
しかもMQA Studio(196kHz)で聴けるようになった。

CDボックスを買っても、MQAでは聴くことはできない。
CDのスペックでの音でしか聴けない。

ストリーミングで音楽を聴くなんて……、という人は、
このことをどう受け止めているのだろうか。

昨晩は、TIDALに入っていてほんとうによかった、と、
ひとりで首肯いていた。

もしTIDALで入っていなかったとしても、
今回のデュ=プレのことは、入る大きなきっかけとなったはずだ。

Date: 6月 4th, 2022
Cate: 4343, JBL, ジャーナリズム

40年目の4343(オーディオの殿堂・その4)

ステレオサウンド 223号「オーディオの殿堂」の4343の件に関して、
三浦孝仁氏を責めようとは思っていない。

三浦孝仁氏の4343の文章は、
三浦孝仁氏ならば、こんなことを書くだろうという予想通りのものだった。
それはいい悪いということではなく、
ステレオサウンドの編集部も予想していたことであろうし、
その予想通りの出来(どう評価するかは個人の自由)なのだからだ。

なので責めたいのは、なぜ三浦孝仁氏にしたのか、である。
消去的選択で三浦孝仁氏になったわけではないはずだ。
その1)で書いているように、黛 健司氏がいる。

4341、4343と鳴らしてきた黛 健司氏がいるにも関わらず、
あえて三浦孝仁氏にしなければならなかったのか、その理由がわからない。

黛 健司氏よりも三浦孝仁氏のほうが、
4343についてより面白い、よりよい原稿が書けるという判断だったのか。
それはおかしい、というか間違っている、といいたい。

それとも「名作4343を現代に甦らせる」で、
あの無様な、そして無惨な姿に変り果てた4343もどきの試聴記を書いた人だからなのか。

私は、223号の4343のところだけを立読みしただけなのだが、
きちんと買って読んだ友人によれば、「オーディオの殿堂」での黛 健司氏の文章は、
よかった、とのこと。

黒田先生が亡くなられた時も、そうだった。
なぜ、あの時、黛 健司氏にも追悼文を依頼しなかったのか。

4343のことだけでも、おもうところはある。
おそらく223号をきちんと読めば、もっとおもうところが多々あるだろう。

facebookにコメントをくれた方は、
223号を買ったけれど、これを餞別(香典代り)にして、
終りにします、ということだった。

(その3)で、和田博巳氏のことに触れた。
facebookへのコメント、メールが数人の方からあった。
編集後記に、体調を崩されている、とあるとのこと。

Date: 6月 3rd, 2022
Cate: 4343, JBL, ジャーナリズム

40年目の4343(オーディオの殿堂・その3)

今回、三浦孝仁氏に4343について書いてもらおう、と決めたのは、
誰なのだろうか。

編集会議で、この機種はこの人に、というふうに決めていったのだろうか。
それとも編集長が一人で決めたことなのだろうか。

どちらにしても4343については、最悪の選択と言い切ってしまう。
それに4343は1ページの掲載だった。

なんだろう、4343の扱いの雑さは。

「オーディオの殿堂」巻頭の座談会の見出しには、
読者が選んだこと、読者の思い、そんなことが書いてあった。

1970年代後半、そのころのステレオサウンドの読者の想いは無視なのか。
そういえば、223号には「読者の思い」とあった。「読者の想い」ではなかった。

そういうところのズレから生れてきたことなのだろうか。

「オーディオの殿堂」での4343の三浦孝仁氏は最悪の選択なのだが、
すべての機種について、そうなのではない。

4343以外に関してはパラッと眺めただけなのだが、
EMTの927Dstとトーレンスのリファレンス、
この二機種を黛 健司氏に担当させているのは、いい選択である。

どちらか片方だけではなく、二機種とも黛 健司氏であるから、いい。
こういう選択もできるのに、4343に関しては違う。
だから、雑な扱いをしている、といいたくなる。

4343とは関係ないのだが、
特集をパラッと眺めただけなので、私が見落しているのかもしれないが、
和田博巳氏が登場されていなかった。

あれっ? と思い、Kindle UnlimitedでHiViのベストバイの号を見てみた。
そこにも和田博巳は登場されていない。

体調を崩されているのだろうか。

Date: 6月 3rd, 2022
Cate: 4343, JBL, ジャーナリズム

40年目の4343(オーディオの殿堂・その2)

昨晩、友人が教えてくれた。
ステレオサウンド 223号の特集「オーディオの殿堂」で、
4343を担当しているのは三浦孝仁氏だ、と。

105機種が、オーディオの殿堂入りを果たしている、とのこと。
それぞれのモデルについて、誰かが担当しているわけなのだが、
まさか4343のことを三浦孝仁氏に書かせるとは、
ステレオサウンド編集部は「名作4343を現代に甦らせる」をどう捉えているのだろうか、
と詰問したくなる。

あの記事で無様に変容してしまった4343を、
ステレオサウンド編集部は、4343だと認めているのか。
そうだとしたら、呆れるとはるかにとおりこして、すごい、としかいいようがない。

でも認めているのだろう。
だからこそ三浦孝仁氏に4343を担当させたのだろう。

他に適任がいないというのならば、わからなくもないが、
黛 健司氏がいるにもかかわらず三浦孝仁氏である。

それでも、4343についてどういうことを書いているのか、
肝心なのはその内容である。
それが素晴らしければ、それでいい、とも思っているのだが、
残念なことに、当り障りない内容でしかなかった。

今日、三浦孝仁氏の4343のところだけ立読みしてきた。
素晴らしければ、ひさしぶりにステレオサウンドを買おう、ぐらいには思っていたのだが、
失望ではなく、やっぱりな……、というのが、私の本音だ。

失望はこちらが期待するから起ることなのだが、
期待もしていなければ失望はないわけで、やっぱりな……、ということになる。

Date: 6月 2nd, 2022
Cate: 4343, JBL, ジャーナリズム

40年目の4343(オーディオの殿堂・その1)

その8)を書いたのは、2015年2月。
ひさしぶりに書こうと思ったのは、今日がステレオサウンド 223号の発売日だからだ。

223号の特集は、「オーディオの殿堂」。
今日は一歩も外出していないので、
「オーディオの殿堂」で、どんなモデルが選ばれているのかはまったく知らないが、
それでもJBLの4343は、きっと殿堂入りしているはずだ。

4343に関しては、殿堂入りしているかどうかではなく、
4343について、誰が担当しているのかに興味がある。

私がステレオサウンドの編集者だったら、
黛 健司氏に依頼する。

間違っても三浦孝仁氏には依頼しない。

十数年前のステレオサウンドに、「名作4343を現代に甦らせる」という連載があった。
佐伯多門氏が担当された記事である。
別項で触れているから、ここでこの記事について、どう思ったのかはくり返さないが、
「名作4343を現代に甦らせる」の最後、
無様になってしまった4343の試聴記を担当したのが、三浦孝仁氏であるからだ。

この人は、4343というスピーカーシステムをまったく理解していない──、
私はそう感じた。いまもそう思っているからだ。

Date: 6月 2nd, 2022
Cate: 朦朧体

ボンジョルノのこと、ジャーマン・フィジックスのこと(その74)

オーディオに興味をもち、スピーカーの原理を知ったばかりのころ、
いまから四十数年前のことになるが、
正直なところ、振動板のピストニックモーション(前後運動)だけで、
音楽が再現できるとは、すぐには信じられなかった、というか理解もできていなかった。

たとえば1kHzのサインウェーヴであれば、
確かにピストニックモーションでも再生(再現)できるのはすぐに理解できる。
サインウェーヴが二波になったら、どうなるのか。

たとえば1kHzと100Hzである。
再生するスピーカーシステムが2ウェイで、
100Hzはウーファーが受け持ち、1kHzはトゥイーターが受け持つというのならば、
これも理解できる。

けれどフルレンジだったら、どうなるのか。
もちろん理屈としてはわかっていても、直観的に理解できていたわけではなかった。

ましてスピーカーから聴く(鳴らす)のは、音楽である。
一つの楽器のこともあれば、複数の楽器の音が、そこ(スピーカー)から鳴ってくる。

それをスピーカーは、基本的には振動板の前後運動だけで再現しようとしている。
しかもスピーカーの振動板は紙や絹であったり、アルミニュウムやチタンだったりする。

楽器に使われている素材とはそうとうに違う素材が使われていて、
しかも一つのユニットから、複数の楽器の音が出てくる。

なのに、それらの楽器の音が聴きわけられる。
理屈としてはわかっていても、考えれば考えるほど不思議な感じは、
いまも残っている。

と同時に考えるのは、アクースティックの蓄音器のことである。
ここにはピストニックモーションは、一つもないからだ。

Date: 6月 1st, 2022
Cate: 電源

ACアダプターという電源(GaN採用のアダプター・その3)

バッテリーは化学反応によって電気を起している。
それが直流であるから、連続した化学反応が起っていると捉えがちだが、
ほんとうにバッテリー内での化学反応は、一つの化学反応が連続しているのだろうか。

実際のところは、無数に近い一瞬一瞬の化学反応が起っているために、
一つの連続した長い時間の化学反応と捉えているだけではないのだろうか。

電子の移動によって電気が起るのだから、
電子の数だけの化学反応が起っていると捉えれば、
スイッチング電源の動作周波数が高くなっていくほどに、
バッテリー内の化学反応の状態に近くなっていくのではないだろうか。

実際のところ、動作周波数がどれだけ高くなれば、そういえるのかはよくわかっていない。
少なくとも20kHzとか50kHzではないだろう。
もっと高い周波数、私はなんの根拠もなしに1MHzあたりを超えたあたりから、
そういえるようになるのではないか──、
そんなふうにスイッチング電源について、ある程度の知識を得たころから、
そう考えるようになっていた。

GaN採用のACアダプター(スイッチング電源)は、1MHzくらいの動作周波数のようだ。
もっと動作周波数は高くなっていくのかもしれない。
2MHz、5MHz、そして10MHzとなっていったとしよう。

どこかにさらに大きく音が変るポイントがあるような気がする。

GaN採用のACアダプターが、理想の電源というつもりはないが、
かなり可能性を感じているし、
リニア電源が必ずしもスイッチング電源よりも優れているとも考えていない。

優れたリニア電源もあるし、優れたスイッチング電源もある。
これからスイッチング電源は、さらに優れたモノが出てくる可能性がある。

Date: 5月 31st, 2022
Cate: 朦朧体

ボンジョルノのこと、ジャーマン・フィジックスのこと(その73)

まったくの仮説である。
科学的根拠が少しでもある、というわけでもない。

ただそれでも、これまでいろんなスピーカーを聴いてきて感じているのは、
ピストニックモーションを追求していけばいくほど、
血の通った音と感じられる音からは遠くなっていく──、
そういう仮説である。

分割共振を完全に排除して、
完全なピストニックモーションの実現を目指す。
そして同時にピストニックモーションしている振動板以外からの輻射も一切排除する。

科学技術の産物としてスピーカーシステムを捉えるのならば、
この方向が間違っているとは思わない。

けれど、そうやって開発されたスピーカーの音を、
血の通った、というふうに感じられない。
まったくないとはいわないけれど、
そういうスピーカーの理想により近づいていると思われるスピーカーの音は、
私の耳には、血の通った、という感じが稀薄になってきているように聴こえる。

これはもしかすると不気味の谷と呼ばれることなのだろうか。
もっともっと完全なピストニックモーションの実現、
それが可能になれば、不気味の谷をこえて、血の通った音と感じられるのかもしれない。

そう思うところはあるももの、ピストニックモーションの追求と実現では、
音に血が通うことはない──、
このことのほうが私の中では大きいままである。

Date: 5月 30th, 2022
Cate: トランス, フルレンジユニット

シングルボイスコイル型フルレンジユニットのいまにおける魅力(パワーアンプは真空管で・その19)

初めて直列型ネットワークで音出ししたとき、
バイワイヤリングのスピーカーをシングルワイヤリングで鳴らす感覚で、
ウーファーを優先(上側)にした結線だった。

以前、書いているように6dB/oct.ならば、
並列型と直列型のコイルとコンデンサーの値は同じになるから、
直列型、並列型の組替えはすぐに行える。

そうやって並列型と比較試聴したうえで直列型を採用したわけなのだが、
しばらくはウーファーを上側にしたままだった。

パワーアンプの出力(プラス側)がまずウーファーに入り、
そのあとにトゥイーター(アース側)という結線である。

でも、やはり試してみないことには、ということで、
ウーファーとトゥイーターを逆にしてみた。
トゥイーターを上側(プラス側)、ウーファーを下側(アース側)である。

あくまでも試しにやってみただけであった。
聴く前から、バイワイヤリングのシングルワイヤリングでの音のような変化だろう──、
そんなふうに高を括っていたところがなかったとはいえない。

だから、鳴ってきた音にびっくりすることになる。
ウーファーが下側のほうが、より表現力が増す。

直列型ネットワークにおいては、トゥイーターを優先する結線がいいのか。
最初はそう考えた。

けれどどう聴いても、ウーファーがうまく鳴っている。
ということは、この結線(ウーファーがアース側)こそが、
ウーファー優先なのだとしたら──、
そんなふうに見方をかえてみると、
直列型ネットワークにおいて、アース側にウーファーをもってくることこそが、
ウーファー優先となること。

このことはアースに対して、ウーファーが直結されていること。
このことが大事なのだろう。

Date: 5月 30th, 2022
Cate: トランス, フルレンジユニット

シングルボイスコイル型フルレンジユニットのいまにおける魅力(パワーアンプは真空管で・その18)

バイワイヤリングのスピーカーシステムがある。
スピーカーケーブルが二組あれば、バイワイヤリングで接続するけれど、
一組しかなければ、まずは上下どちらかの端子に接いで聴くことになる。

下側(ウーファー側)に接続するのか、
上側(トゥイーター側)に接続するのか。

これは人によって、違う。
私の感覚では、まずはウーファー側に接続した音を聴いた上で、
トゥイーター側の音を聴き、どちらにするのか判断するわけだが、
人によっては、トゥイーター側にまず接続して──、だったりする。

バイワイヤリングのスピーカーシステムをシングルワイヤリングで鳴らすさい、
どちらを優先するのか。
こういうところでも、その人の音の聴き方がなんとなく感じられるわけなのだが、
直列型ネットワークを採用すると、
この選択は、もっとはっきりした音の違いとなって出てくる。

バイワイヤリングのスピーカーの場合、
スピーカーケーブルを二組用意できれば、
どちらを優先するのか、という問題はなくなるけれど、
直列型ネットワークの場合は、そうはいかない。

ウーファーとトゥイーターが直列に接続されているわけだから、
ウーファーを上側(プラス側)にしてトゥイーターを下側(アース側)にするのか、
その逆にするのか。

パワーアンプが完全なバランス出力なのであれば、
ここでの音の差はかなり小さくなるのだろうが、
大半のパワーアンプはアンバランス出力なのだから、
直列型ネットワーク使用におけるウーファーとトゥイーターの接続の順番は、
あとまわしにせず、最初に試聴して決めておくべきことといえる。

Date: 5月 29th, 2022
Cate: 朦朧体
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ボンジョルノのこと、ジャーマン・フィジックスのこと(その72)

その71)で、
輪郭線に頼らない音像の描写。
そこに肉体の復活を感じられるかどうかは、その骨格にあると感じているからだ、
と書いたが、それだけでなく、
血が通っているか、と感じられるかどうかも、とても大事なことである。

音像は、どこまでいっても虚像でしかない。
その虚像に肉体の復活を感じるのは、ようするに錯覚でしかない。

骨格うんぬんも錯覚でしかない、といえるし、
血が通っているも、同じことである。

わかっている。
それでも、やはりそう感じられる音とそうでない音とがある。

Date: 5月 29th, 2022
Cate: 「オーディオ」考

時代の軽量化(その17)

不遜な人たちを叱れる人がいなくなってしまったのも、
時代の軽量化なのだろうし、
叱る(叱られる)と怒る(怒られる)を同じに捉えてしまう人がいるのも、
そうなのかもしれない。

倫理がどこまでも曖昧になっていくのだろうか。

Date: 5月 29th, 2022
Cate: 電源

ACアダプターという電源(GaN採用のアダプター・その2)

別項「スイッチング電源のこと(その1)」で書いているように、
私が聴いたアンプのなかでスイッチング電源を搭載したアンプは、
ビクターのパワーアンプ、M7070が最初だった。

いまでは小型軽量化のためにスイッチング電源を使われることが多いが、
M7070はそうではなく、理想の電源を追求した結果としてのスイッチング電源の採用、
少なくともビクターは当時、そう謳っていた。

M7070は、瀬川先生が定期的に来られていた熊本のオーディオ店で聴いている。
国内・海外のいくつかのセパレートアンプとの比較試聴でなかで聴いたM7070。
瀬川先生は、そのとき「THE DIALOGUE」を鳴らされたのだが、
他のアンプでは聴けない、と思わせるほど、パルシヴな音の鋭さは見事だった。

それは聴く快感といえた。
M7070の音でクラシックを聴きたいとはまったく思わなかったけれど、
スイッチング電源というのは、すごい技術なのかも──、と高校生の私に思わせるほど、
強烈な音の印象を残してくれた。

M7070のスイッチング電源の動作周波数は35kHzであった。
同時代のソニーのTA-N86、N88、TA-N9もスイッチング電源搭載だった。
これら三機種の動作周波数は20kHzだったことからも、
当時、このあたりが動作周波数の上限だったのだろう。

より高速な半導体素子が登場すれば、動作周波数は高くできる。
高くなれば電源として高効率となる。

こういう考え方もできる。
スイッチング電源の動作周波数が高くなるということは、
ある意味、バッテリー的動作に近くなっていくのではないのか、である。