Date: 12月 12th, 2025
Cate: ディスク/ブック

A MUSICAL JOURNEY WITH ALICE ADER

“A MUSICAL JOURNEY WITH ALICE ADER”、
34枚組CDが、2026年1月に発売になる。

アリス・アデールの録音全集といえる内容。
スタジオ録音、ライヴ録音だけでなく自宅録音まで、という徹底したもの。

TIDAL、Qobuzで聴くようになってからCDの購入枚数は大きく減った。
映画を映画館に観に行かない月はほとんどないけれど、CDを買わない月は増えていっている。

来年、最初に購入するCDは、間違いなく、このアリス・アデールの録音全集だ。

Date: 12月 12th, 2025
Cate: 1年の終りに……

2025年をふりかえって(その9)

ベスト・オーディオファイルに続いて、「読者参加による人気実力派スピーカーの使いこなしテスト」、
それからチェロのAudio Suiteについてのエッセーあたりまでは、
本名の舘 一男で登場されている。

その後、ペンネームの早瀬文雄を使われるようになったわけだが、舘さんは、ステレオサウンドから二回離れている。

一度目は1991年ごろ、
それから十年ほど経って、ステレオサウンドに復帰。
けれど数年でまた離れられたのは、「怒り」だと私は受け止めている。

一回目の時は、かなり細かなことまで聞いている。
私がステレオサウンドを辞めても、つきあいは変らなかった。
変えなかった人が舘さんだった。

ここでは書けないことをかなり聞いている。
ずいぶん怒りが溜まっているな、と感じながら聞いていた。
誰に、何に対しての怒りなのか、一つひとつ具体的に明かしたりはしないが、
ステレオサウンド編集部への怒りもあったわけだ。

積もり積もった怒りが臨界点を超えた感じだった。

ステレオサウンドに復帰しても、結局は同じだったようだ。
この時もけっこう聞いていたけれど、
舘さん自身、一回目の時よりも歳を重ねていたわけで、
怒りだけというより、諦めも強くあったように感じた。

この「怒り」を、管球王国が休刊になって嘆いている人たちは、どうなのだろうか、と思ってしまう。

「怒り」なんていっさい持つことなく、ステレオサウンドを、管球王国をずっと読んできているのだろうか。

Date: 12月 11th, 2025
Cate: 1年の終りに……

2025年をふりかえって(その8)

(その7)で書いたことを読んだ人の中には、お前よりも私の方がつきあいは長かった、とか、つきあいは深かった、と思う(言う)人はいるはず。

私は、何も早瀬文雄(舘 一男)さんの一番のオーディオの仲間だったとか、仲が良かったとか、そんなことは全く思っていない。

ぶつかったことは何度かあるし、舘さんに向かって、他の人だったら言わないであろう本音をぶつけたこともある。
どちらも大人気ないところがあった。

私は医者としての舘さんに敬意を持っていた。
聖人君子なんて、私の周りにはいない。舘さんも聖人君子ではなかった。

それでも医者としての舘さんは立派だったと思っている。
少しばかりきれいごとすぎるな、と感じなかったわけではないが、僻地医療にも取り組まれていたし、
とにかく真面目だった。

舘さんの医者としての側面を見ていなければ、私の性格からして、とっととつきあいに見切りをつけていたはず。

(その7)で触れているように、舘さんと出逢いは1985年。
井上先生の使いこなしの記事、
ステレオサウンド 76号に掲載されている「読者参加による人気実力派スピーカーの使いこなしテスト」に、
舘さんは読者として登場された。

それ以前にも菅野先生のベスト・オーディオファイルにも登場されている。

それから四十年経つ。
こうしてふりかえって思うのは、舘さんとのつきあいが、途中疎遠になりながらも続いたのは、二人ともオーディオ業界への怒りを持っていたからであり、
舘さんは医療業界にも怒りを持っていた──、そう思えてならない。

Date: 12月 11th, 2025
Cate: スピーカーの述懐

スピーカーの述懐(その67)

スピーカーのアプローチは、本来いくつもあるものだ。
なのに時代とともにシグナル・トランスデューサーに収斂していっている。

間違っているわけではないが、他のアプローチを切り捨てていくことは、間違っていないのか。

Date: 12月 10th, 2025
Cate: audio wednesday

audio wednesday (next decade) –第二十二夜(再開)

一週間後の水曜日に、audio wednesday 二十二夜を行う。
前回書いているように、スペース的に大勢入れるわけではないので、非公開に近いかたちでの開催となる。
それでも楽しみにしてくれている人がいる。

私もこんなに早く再開できるようになるとは思っていなかったので、嬉しい。

今回は顔見知りの人たちばかりなので、少しばかり細かいことをやっていこうかな、と考えている。
audio teach-in的なこともやっていきたいし、話す時間も増やそうと考えている。

毎月開催できるかどうかはいまのところなんとも言えないが、それでもできる場があり、手を貸してくださる人がいる。

ありがたいことだ。

Date: 12月 9th, 2025
Cate: ステレオサウンド

管球王国の休刊(その6)

管球王国が10月発売の号で休刊となった。
タムラが管球式アンプ用のトランスの製造をやめることが発表されている。
秋葉原の万世書房も、年内で閉店する。

これらのことは偶然重なっているだけなのだろうが、
これからの日本のオーディオの行く末を暗示しているように捉えることもできなくはない。

だから暗澹たる思いになってしまう人がいてもおかしくない。
けれど、こうなることはずっと以前から予想できていたことだ。

管球王国は、この中でも顕著だった。
以前書いているように創刊当時の編集方針は劣化していった。

実名は出さないが、メインの書き手の一人の、管球王国周辺の癒着(そう言っていいと思っている)は、
誌面からも伝わってくるほどだった。

それを隠そうともしていなかった。読者をバカにしていたのか、と思うほどだ。

真空管アンプ作りが好きな友人からも、あの人の癒着ぶりはすごいですね……、と言われたことがある。
彼はそれほど熱心に読んでいなかったはずなのに、誌面からそのことを感じとっていた。

それを長年継続してきた。
管球王国という雑誌を楽しみにしていた人たちは、このことをどう思っていたのか。

癒着ぶりを全く感じてなかったのか。だとしたら、オメデタイとしか言いようがない。
気づいていたとしたら、なぜ、問題視しなかったのか。管球王国の編集部に、なんらかのアクションを起こそうとしなかったのか。

Date: 12月 8th, 2025
Cate: Noise Control/Noise Design

Noise Control/Noise Design(無防備な音)

ここでのテーマであるNoise Control/Noise Designについてあれこれ考えていて、ふと浮んできたのが「無防備な音」だった。

「無防備な音」で何か書こうとしたまま、半年が過ぎた。
そうだと思い、試しに生成AIで「無防備な音」とだけ入力して作文させてみた。
     *
無防備な音——それは、静寂の中に不意に現れ、こちらの心をゆさぶるもの。例えば、夜の街に響く遠くの電車の音、誰もいない部屋で落ちる水滴の音、森の奥から聞こえる小さな枝の折れる音。それらは、意図もなく、飾りもなく、ただ世界の中に存在している。耳を澄ませると、無防備な音は日常をそっと揺らし、私たちの心に柔らかな隙間を作る。
     *
ChatGPTによる「無防備な音」は、偶然にもここでのテーマに沿う。

Date: 12月 8th, 2025
Cate: 「オーディオ」考

時代の軽量化(その23)

何かを教わることの恍惚感。

スピーカーを通して音楽を聴く行為、それを長いこと続けられるのは、何かを教わることの恍惚感があったことだろう。

それは教わるでもあり、学ぶでもあり、
新たな景色に触れる歓びなのかもしれない。

知らなかった扉が開く。
その扉は、ずっと目の前にあったにも関わらず、それまで気づかずにいた。

そういう扉が開く瞬間に訪れるのが恍惚感なのか。
この恍惚感なしに教養が身につくことはないだろう。

Date: 12月 7th, 2025
Cate: PM510, Rogers, 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと

瀬川冬樹氏のこと(ロジャース PM510・その9)

BBCモニター系列のスピーカーの音に惹かれることは、すでに書いてきているが、
ここでBBCモニターの音と書いても、それがあまり意味を持たないこともわかっている。

私にとってのBBCモニター系列のスピーカーを挙げると、もちろんロジャースのPM510、それからロジャースのLS3/5A(15Ω)、
スペンドールのBCII、あとハーベスのMonitor HLあたりとなる。

LS3/5Aはいまでも人気の高いスピーカーだし、ロジャース以外にも製造していたメーカーはいくつかあったし、
いまも復刻モデルが手に入るから、上に挙げたスピーカーの中では最も聴かれているといっていい。

オーディオショウでも何度も聴いているし、個人宅でも聴く機会は複数回あった。
どれも同じ音で鳴っていたわけではない。同じ音で鳴っていることを期待していたわけではないし、オーディオとはそういうものではない。

けれど、それらで聴けたLS3/5Aの音に、私が惹かれるBBCモニターの音を感じたことはなかった。

私が初めて聴いたBBCモニターのスピーカーは、BCIIだった。
瀬川先生が熊本のオーディオ店に来られた時に鳴らされたBCIIの音だ。

Date: 12月 6th, 2025
Cate: ジャーナリズム

レコード芸術ONLINE(その3)

レコード芸術が休刊になり、レコード芸術ONLINEに移行して一年。
有料会員は増えているのかどうかはわからないし、関心もない。

関心があったのは、紙の本からインターネットになっても、レコード・アカデミー賞を続けるのかどうかだった。

新レコード・アカデミー賞として、またやるという。

これを聞いて、有料会員になろうという人がいるのだろう。
でも私は、有料会員になろうとは、もう思わない。

Date: 12月 5th, 2025
Cate: 音影

音影と陰翳礼讃(その3)

優れたワンポイント録音こそ、ここでのテーマの実証例なのだが、
世の中にはワンポイントであれば優れた録音になると思い込んでいる人もいて、
そういう人たちによるワンポイント録音をいくつか聴いたことが、ずいぶん前にある。

だからこそ「優れたワンポイント録音」と書くしかない。

Date: 12月 5th, 2025
Cate: オーディオ評論

評論と評価/「表」論と「表」価(その3)

別項「時代の軽量化(その22)で、知識だけでは教養を持てるわけではない、と書いた。

評論が「表」論に、評価が「表」価に成り下ったのも、そこに教養が存在しなくなったからだろう。

Date: 12月 4th, 2025
Cate: 1年の終りに……

2025年をふりかえって(その7)

別項で何度か書いたことを、ここでも書く。

「私のオーディオの才能は、私のためだけに使う。」

三十年ほど前の私は、こんなことをいっていた。
そんな私に、
「せっかくの才能なんだからオーディオの仕事をしたらどうですか」
「何か書いたらどうですか」、「書いてくださいよ」
そういってくれていた。
しつこいくらい言われていた。

それでも「私のオーディオの才能は、私のためだけに使う。」と返していた。嘯いていたのかもしれない、といまは思う。

くり返しそう言ってくれたのは早瀬文雄(舘 一男)さんだ。

1985年からのつきあいの中で、疎遠となった時期もある。お互いに、なんだ、こいつは、とおもったこともある。
それでも舘さんは、私のオーディオの才能を認めてくれていた。

今頃になって、そのありがたさを噛み締めている。
今年10月から、the re:View (in the past)で、早瀬さんの文章を、だから公開している。

Date: 12月 3rd, 2025
Cate: オーディオの「美」

人工知能が聴く音とは……(その11)

生成AIで、画像も動画もつくれる時代。
私が知らないだけかもしれないが、オーディオ機器の試聴用音源も、生成AIによるものが出てくるのか。

すでに出ていてもおかしくないと思っている。
高音質音源として生成AIがつくり出すだけでなく、
オーディオ機器のそれぞれの違いが、誰の耳でもはっきりわかるような音源もつくれるはず。

そんな音源が登場したとしよう。
その音源で高い評価を得るオーディオ機器が、
市販されている音源(録音された音楽)を聴いて、どう評価されるのか。

同じ評価となるのか、まったく違ってくるのか。
違ってきたとしても、なぜ違いが生じるのかをフィードバックしていくことで、
生成AIがつくり出す音源は改良されていくだろうし、音質評価の深いところに光が当てられていくかもしれない。

Date: 12月 2nd, 2025
Cate: きく

音楽をきく(その8)

「東島丹三郎は仮面ライダーになりたい」というマンガがある。ことしからアニメも放送されている。

主人公の東島丹三郎だけでなく、彼の周りの人たちの仮面ライダーへの愛情は、はっきりと異常である。

いい歳した大人が仮面ライダー、それも昭和の初期の仮面ライダーに夢中になって、それを引きずったまま生きている──、滑稽だと笑う以前に、
なぜ、そこまで仮面ライダーなのか、と若い世代の人は疑問に思うだろう。

仮面ライダーは、シリーズとしてずっと続いている。
昭和の仮面ライダー・シリーズがあり、平成の仮面ライダー・シリーズがあり、
いまは令和の仮面ライダー・シリーズがある。

世代によって子供の頃、見ていた仮面ライダーは、それぞれ違う。

仮面ライダーの最初の放送は、1971年。私は8歳、小学生だった。

前回書いたように、当時の熊本の民放テレビ局はわずかだった。
そんな状況での仮面ライダーだけに、クラスの男子はほぼ全員見ていたといってもいい。
カード付きの仮面ライダー・スナックも売り出されていて、こちらもほぼみんな集めていた。

当たりのカードが出ると、専用のカードアルバムがもらえた。みんな夢中だった。

そんな時代の小学生だったからこそ、「東島丹三郎は仮面ライダーになりたい」の主人公たちの気持がわかる、と言いたくなる。

もし、あの時代、テレビのチャンネルが東京のようにいくつもあったら、どうだったろうか。
仮面ライダーはそれでも人気番組だったろうが、クラスの男子ほぼ全員が見ていたとはならなかったはずだ。