リモート試聴の可能性(その9)
五味先生の「オーディオ巡礼」に「HiFiへの疑問」がある。
そこに、こんなことが書かれている。
*
ところで、たとえばここに二つのスピーカーがある。Aは理想的に平坦な周波数特性をもち、Bは周波数帯域に小さな谷や山をずいぶんもっている。山はピークだから、その周波数附近の音は(楽器は)Aに比して、何か強く強調されたようにきこえる、もしくは歪んでひびく。谷の周辺の音は弱く、小さい。
さて現実に、まったき周波数特性の平坦なスピーカーはまだのぞめないだろう。じつに大小さまざまな山や、谷の特性をもつスピーカーしかない。しかも周波数特性がまったく同じスピーカーなど存在しない。厳密にはだから、レコードにきざまれた音を、大小差異のある音に増幅してぼくらは聴いている。しかもぼくらが家庭で聴くスピーカーは一台である。私の家で鳴っている音と、B君の家とでは或る音域に微少でも必ず差があるわけで、どちらの音がいいかは、厳密には誰にも断言できまい。
スピーカー一つを例にとってこうである。アンプ、カートリッジ、テープデッキ、ひとつとして同じ鳴り方をするものはない。つまり演奏の同じレコードなど、それが再生される限り、一枚もない理屈になる。ハイフェッツのレコードが五十万枚売れたとすれば、五十万のハイフェッツの演奏がある理屈だ。ことわっておくが、私は理屈をこねているのではない。何十万という異なる再生装置で、異なる演奏を聴きながらレコード愛好家が良否を識別する、その不思議さをおもうのである。肯綮に当っている不思議さを。
*
(その7)で触れた「PLAYBACK in JAZZ KISSA BASIE」を、どう聴くかは、
これと同じことだろう。
「PLAYBACK in JAZZ KISSA BASIE」を再生することで、
ジャズ喫茶ベイシーの音を、自分のリスニングルームに完全に再現しよう、
と考える人はおそらくいない、と思う。
五味先生が、これを書かれたころからすれば、
スピーカーの周波数特性ひとつとっても、かなり平坦になってきている。
スピーカーの物理特性は変換効率以外は明らかに向上している。
それでも、いまだ一つとして同じ音のするスピーカーは存在しない。
似ている音のスピーカーは存在するようになってきたけれども。
ベイシーの再生システムとまったく同じシステムを揃えている人がいても不思議ではない。
でも、その再生システムで「PLAYBACK in JAZZ KISSA BASIE」を鳴らしても、
ジャズ喫茶ベイシーの音を再現できるわけではない。
「PLAYBACK in JAZZ KISSA BASIE」が何枚売れたのかは知らないが、
仮に一万枚としよう。
そうすれば、一万の「PLAYBACK in JAZZ KISSA BASIE」の演奏がある理屈になる。
そう「PLAYBACK in JAZZ KISSA BASIE」を、
ベイシーの店主・菅原正二氏のレコード演奏として捉えるのであれば、
そうなる道理だ。