Archive for 6月, 2017

Date: 6月 24th, 2017
Cate: デザイン

「デザインするのか、されるのか」(その2)

グレン・グールドはピアノを使ったデザイナーだからこそ、
デザイナーの道具として、マイクロフォンとテープレコーダーが不可欠だった。
そう考えることもできる。

つまりグールドというデザイナーにとって必要な道具は、
ピアノ、マイクロフォン、テープレコーダーということになる。

グールドが自身のことをデザイナーと考えていたのかどうかは、なんともいえないが、
私はこの十年ほどは、かなり強く確信するようになっている。

少なくとも、どこかにデザイナーという意識、
デザインという考えを、音楽の演奏の領域に持ち込もうとしていた。

ピアニストという職業に必要なのは、ピアノがあればすむ。
そこにマイクロフォンとテープレコーダーがあれば、
自分の演奏を、演奏会に来られなかった人にも届けることができる。

でも、ここでのマイクロフォンとテープレコーダーという道具は、
レコード会社側の人たちにとっての道具であって、
グレン・グールド以外の大半のピアニストにとっての道具ではない。

もちろんグレン・グールドの場合でも、
マイクロフォンとテープレコーダーは、レコード会社側の人たちの道具であるわけだが、
同時にグールドにとっての道具でもある。

マイクロフォンとテープレコーダーが、
レコード会社側の人たちだけの道具にとどまらずに、
ピアニスト(なにもピアニストだけにかぎらないが)にとっての道具といえるならば、
そのピアニスト(演奏家)は、デザインの領域に少なくとも一歩踏み込んでいよう。

Date: 6月 23rd, 2017
Cate: 五味康祐

avant-garde(その2)

オーディオのスタートが「五味オーディオ教室」との出逢いから、という私は、
コンクリートホーンに憧れたり、夢見たりすることはなかった。

もし「五味オーディオ教室」と出逢っていなければ……、
東京に出て来ずに実家暮らしをしていたら……、
コンクリートホーンに挑戦していたかもしれない。

1970年代後半は、まだコンクリートホーンの挑戦記といえる記事を、
何度か読むことがあった。

ホーン型スピーカーといえば、通常はコンプレッションドライバーを使う。
それでも低音ホーンに関しては、コーン型ウーファーが大半であった。
それでもYL音響から低音ホーン用のコンプレッションドライバーD1250の存在は気になっていた。

重量26kg、直径21.5cm、
ダイアフラムはチタン製で、ボイスコイル径は12.8cmだから5インチ、
再生周波数帯域は16〜500Hzと発表されていた。

1974年当時は180,000円だった、
1983年ごろは330,000円になっていた。

コンクリートホーンに無関心を装っていても、
このD1250だけは、どんな音がするのか、聴いてみたい、と思っていた。
正直、いまもD1250による低音ホーンは聴いてみたい。

そうだからこそ、環境がほんの少し違っていたら……、とおもう。
もうひとつのオーディオ人生があって、コンクリートホーンで聴いていたら……、
五味先生のように
《ついに腹が立ってハンマーで我が家のコンクリート・ホーンを敲き毀し》ただろうか。

これはステレオサウンド 55号「スーパーマニア」を読んでからの自問である。

Date: 6月 22nd, 2017
Cate: スピーカーとのつきあい

ホーン今昔物語(その10)

ステレオサウンド 61号「Best Products 話題の新製品を徹底解剖する」に、
JBLのスタジオモニターの新製品が登場した。

スタジオモニターといっても、4300シリーズではなく、4400シリーズ。
4320の2ウェイから4343、4350の4ウェイへと発展してきた4300シリーズから一転して、
2ウェイのスタジオモニターが4400シリーズである。

2ウェイであることが4400シリーズの特徴ではなく、
だれもが初めて目にする特異な形状の新型ホーンこそが、
4400シリーズの特徴である。

最初4435の写真をみて、また新しいホーンの登場なのか、と早とちりした。
菅野先生による4430、4350の記事の冒頭には、バイラジアルホーンとある。

58号の「ユニット研究」に登場した2360と同じバイラジアルホーンなのである。
そのことに気づいてみても、すぐには同じ理論のホーンとはすぐには理解できなかった。

まずあまりにも大きさが違いすぎる。
4435のクロスオーバー周波数は1kHz。
2360の推奨クロスオーバー周波数は500Hzとはいえ、あまりにも開口部の大きさも、
いちばん気になる奥行きの長さも違う。

4435に搭載されているバイラジアルホーンは、ショートホーンである。
そのかわりというか、半球状の凸部を縦に二分割して左右に振り分け──、
といっても分割面が近接しているのではなく、分割面がホーンの両サイドにくる。

臀部のように見えなくもない、このホーンをよく見ると、
縦に長いスリットがあり、そこから急に開口部がひろがっていることに気づく。

確かにアルテックのマンタレーホーン、JBLの2360に共通するかたちである。

マンタレーホーンは1978年に、2360は1980年のオーディオフェアに登場している。
登場したばかりの定指向性ホーンが、1981年には4400シリーズに搭載されるまでになっている。

定指向性ホーンの理論はそのままであるはずなのに、
そこから導き出されたかたちは、わずかのあいだに変化した。

そしてJBLが、本気でバイラジアルホーンに取り組んでいることを感じていた。

Date: 6月 22nd, 2017
Cate: スピーカーとのつきあい

ホーン今昔物語(その9)

ステレオサウンド 60号を読んでいて、ふと思ったのは、
A4のホーン(マルチセルラホーンの1005Bをマンタレーホーンに換えてみたら……、だ。

マンタレーホーンMR94の大きさを見ていると、
817Aでもバランス的に不釣合いのように感じることがある。

MR94ホーンをA4のホーンにしたら……。
A4のエンクロージュア210は高さ213cmある。
この上にMR94がくると3m近くなる。

通常の部屋ではなんとか収まったとしても、いい結果は期待し難い。
でも60高ではステレオサウンド創刊15周年ということで、
いつものステレオサウンド試聴室から外に飛び出して、
1920年代に建てられた旧宮家邸(90㎡)を試聴室としている。

天井高も210エンクロージュアの上にMR94を置いても、まだ余裕がある。
こういうところでないと試せない組合せである。

アルテックのMR94もJBLの2360も、聴いたことはないけれど、
どちらもダブルウーファーでも、817Aは縦に二発、210は横に二発、
フロントショートホーンの大きさも210の方が大きい。
なんとなくだが、横二発の方がMR94には合うのではないだろうか。

210の奥行きは100cmあるから、MR94+288-16Kの設置も817Aよりも楽であり、
ウーファーとドライバーの音源位置合せも210のほうが容易に行える。

MR94搭載のA4の音を聴く機会は、まずないだろうが、
817Aよりも、いい結果は期待できる、と信じている。

Date: 6月 22nd, 2017
Cate: スピーカーとのつきあい

ホーン今昔物語(その8)

ステレオサウンド 60号では、アルテックのスピーカーシステムは、
A4、A5F、それにMANTARAY Systemの三機種が取り上げられている。

49号の新製品紹介のMANTARAY Systemと60号のMANTARAY Systemは基本的には同じである。
マンタレーホーンはMR94、エンクロージュアは817Aなのだが、
ユニットが49号時点ではアルニコマグネットの515B、288-16Gだったのが、
フェライトマグネットの515E、288-16Kに変更になっている。

ユニット構成に関しては、A4、A5Fも同じである。
A4とMANTARAY Systemは、515Eをダブルで使用している点でも同じで、
A4とMANTARAY Systemの違いはホーンとエンクロージュアということになる。
ネットワークはA4もMANTARAY Systemも、N500FAで同じ。

60号の特集は、岡俊雄、上杉佳郎、菅野沖彦、瀬川冬樹の四氏による試聴と座談会で構成されている。
MANTARAY Systemに関しては、四氏とも、高評価とはいえないところがある。

ここでは菅野先生の発言を引用しておく。
     *
菅野 理屈をこねると、これはやっぱり、トラディショナルなテクノロジーとニューテクノロジーの葛藤から生れた産物だという感じがしますね。
 まずセクトラル・ホーンというのは歪が多い、ということを、このマンタレー・ホーンの設計者が言っています。それから指向性はぜったいにもっとよくしなきゃいけないとも言っています。
 これは、まったくアルテックの伝統を知らない技術者ですね。だから、あたらしいヤング・ジェネレーションの技術者としての立場があって、古いものはひとつの勉強として学んで、それでその上に立って、自分たちで改良しようと、こういうかたちでつくったものだ、と思うんです。事実、そうなんですが……。
 だから、そこにどうしても、新しい技術と、古い伝統的な技術と──古いものをぜんぶ捨てちゃって新しくつくってるなら、まだいいのですが──その二つのあいだに、いろんな葛藤がある。
 それがぜんたいの音として、すくなくとも、まとまりとか完成度とか、さっきから言っているようなアルテック独特の、あの充実した音のまとまりという点ではたしかにくずれているかもしれませんね。
 ただ、これは、これからのアルテックの次のジェネレーションの発展へのひとつの転機になるものだと思うんです。技術的にも非常に興味があります。
 ただ、ここで聴いたかぎりの音では、やっぱり、瀬川さんが言われたように抑制がききすぎています。ほかの二つとくらべてみると、音がとにかく生き生きとしていません、朗々としていませんね。どこか、もうひとつ欲求不満が起きるような鳴り方ですね。その意味で、これは未完成なんだと思います。
 それから、このエンクロージュアは817ですね。A5なんかの828のうえにマンタレー・ホーンをのせて、すごくせまい部屋で、いい音を聴いたことがあるんですよ。8畳ぐらいだったかな。だから、その組合せでも聴いてみたかったな、という気がします。要するに、上と下のつながりがもうひとつしっくりこないんです。
     *
MANTARAY Systemの、上と下のつながりに関しては、
岡先生も《上下の音がバラバラなように》聴こえると指摘されている。

抑制に関しては、瀬川先生はアンプに喩えられている。
《アンプでいえば、特性を一生懸命によくしようとして、NFBをたっぷりかけちゃったみたいな、そういう音みたいな感じがする。ですからおとなしいですね。》
と発言されている。

上杉先生は、抑制がきいた音のため、
《〝聴いた〟という感じのあんまりしない音》と表現されている。

A5の上をマンタレーホーンに換えたオーディオマニアのことは、瀬川先生も話されている。
はっきりとしないが、たぶん同じであろう。

Date: 6月 22nd, 2017
Cate: スピーカーとのつきあい

ホーン今昔物語(その7)

アルテックのマンタレーホーンMR94、MR64、
JBLのバイラジアルホーン2360、2365、2366は分割構造になっている。

これだけ奥行きの長いホーンだから分割構造にするのも当然とまず考えるが、
両社の定指向性ホーンに共通する形状からいえるのは、
スロートアダプターとホーンとが分割できる、とみたほうがいい。

JBLのバイラジアルホーンも縦に細長いスリットで音を絞り込んで、
急に広がる開口部のホーンという形状は、マンタレーホーンと共通だ。

ホーン部がアルテックは金属製で直線で構成されているのに対し、
バイラジアルホーンはFRP製で曲線で構成されているために、
マンタレーホーンに感じる、やや平面的な印象はなく、
むしろ光沢のある黒ということもあって、肉感的ともいえる。
スロートアダプターは、アルテック、JBLともに鋳鉄。

2360の音は、どうだったのか。
ステレオサウンド 58号の「ユニット研究」は園田隆史氏が書かれている。
最近のステレオサウンドにも園田隆史氏の名前をときどきみかけるが、
この「ユニット研究」の園田隆史氏とは別人である。
     *
 音の印象は、2350ラジアルホーンのシステムと比べると、構造、材質の差がそのまま音に出たのか、かなりソフトな聴きやすいウォームトーンだった。しかし、柔らかい中にも微妙なニュアンスを十分再現してくれる音で、同じ075を使っていても、他のホーンよりいっそう繊細な高音が聴けた。いままで聴いてきたシステムの音がハード肌とすれば、これはとてもソフトな音で、E145の中低域の張りと2360の厚みがマッチして、ボリュウムたっぷりの中低域だ。
     *
園田隆史氏の2360の試聴は、別のシステムでも試されている。
ウーファーは同じE145だが、エンクロージュアがこのころ登場したばかりの4508になっている。

バスレフ型で15インチ・ウーファーを二発搭載できる4508エンクロージュアの上に、
2360ホーンの2ウェイシステムは、
4560エンクロージュアとの組合せよりも、視覚的に2360とよくマッチしている。
     *
 4560BKAのシステムの時同様、この組合せでも2360は、高域のレンジこそ広くないものの、ナチュラルな、透明で応答性の高い中高音を聴かせてくれた。ソフトで厚みのある中低域も魅力的だ。ホーンの開口部が大きいので、クロスオーバー(2441との組合せでは500Hzが指定)付近のレスポンスが安定していて、歪が少ないためだろう。また、音像がホーンに集中する傾向があり、ウーファーの帯域の音までが、あたかもホーンから出てくるように聴きとれた。ただし、よく聴き込んでいくと、ホーンの材質(FRP)による固有の振動が音に影響しているようだ。高域が多少不足気味なので、トゥイーターを追加してみたい気もする。
     *
「ユニット研究」は56号から始まっていて、
前号、前々号だけでなく、58号以降もあわせて読むことで、
2360という新しいホーンの性格は多少なりとも浮び上ってくる。

Date: 6月 22nd, 2017
Cate: スピーカーとのつきあい

ホーン今昔物語(その6)

マンタレーホーンを使用したアルテックのシステム、
MANTARAY HORN + 817A Systemは、ステレオサウンド 49号の新製品紹介に登場している。
ただ音に関しては、あまり語られていなかった。
     *
以上の新機種にA5のユニットを、ネットワークを組み合わせた新システムは、A5に比べfレンジはやや狭い感じがあるが、より強力なサウンドサプライが可能だ。
     *
山中先生による記事の最後に、数行あるだけだった。
これだけではものたりないし、マンタレーホーンという、
いままでになかった形状のホーンについての真価も伝わってこなかった。

49号は1978年12月発売、58号は1981年3月発売だから、
定指向性ホーンの試聴記事がステレオサウンドに載るのに、二年以上経っていた。

58号の「ユニット研究」はカラーページだった。
そこに登場したJBLの定指向性ホーン(バイラジアルホーン)2360は、
やはりマンタレーホーンと同じくらいに大きなモノだった。
開口部が大きいだけでなく、奥に長いホーンである。

「ユニット研究」にも、
《この2360、とにかく大きくて長いホーンだ。エンクロージュアの上にセットするのに苦労した》
とある。

ここで使われているエンクロージュアはJBLのフロントショートホーン付きの4560である。
奥行き60.6cmの4560であっても、それ以上に長い2360なのだから、大変だったはずだ。

JBLのバイラジアルホーンは三機種出ていた。
2360、2365、2366である。
2360が、この中では指向特性が広い。
それに小型でもある(あくまでも2366と比較してのことだ)。

2360は水平93°、垂直46°、2365は水平66°、垂直46°、2366は水平47°、垂直27°。
気になるホーンのサイズだが、開口部は三機種とも79.5cmの正方形。
奥行きは2360と2365が81.5cm、2366が139.0cmとなっている。

Date: 6月 22nd, 2017
Cate: スピーカーとのつきあい

ホーン今昔物語(その5)

コンプレッションドライバーの開口部の形状は、円。
一方ホーンの開口部は円もあれば四角もある。

円にも楕円があるし、四角にも縦横の寸法比はいろいろある。
つまりホーンの形状は、円から円、円から楕円、円から四角へと変化していく過程である。

アルテックのマンタレーホーンは、少し違う。
ドライバーは従来のものを使うから、その開口部は円。
マンタレーホーンの開口部は、正方形に近い四角形。
ドライバーからホーン奥行きの約半分までは、縦に細長いスリット状になっている。
スリットのあとは急に広がる。

従来のホーンしか見てこなかった目には、理解に苦しむ形状である。
それに当時はマンタレーホーンについての技術的な解説はなかった、といえる。
いまならば”Constant-Directivity Horn”で検索すれば、
英文ではあっても技術資料がすぐに読めるが、当時はそんな時代ではなかった。

ただただ従来のホーンとの形状の違いから想像・判断していた。

ドライバーから出た音を、縦に細長いスリットで絞り込むわけである。
これが、定指向性ホーンの大きな特徴なのであろうが、
当時の私は、ここまで絞り込む必要があるのだろうか、
ここまで絞り込んでいいものだろうか、という疑問もあったけれど、
マンタレーホーンが、従来のホーンでは無理だった音を聴かせてくれたら……、
という心配もしていた。

マンタレーホーンの音が素晴らしかった、としても、
奥行きが90cm近いものは、たとえ購入できたとしても、どうやって設置するのだろうか、
そんな心配もしていた。

マンタレーホーンがステレオサウンドの誌面に登場したのは、
60号特集「サウンド・オブ・アメリカ」だった。

その前に、JBLの定指向性ホーン(バイラジアルホーン)2360が、
58号「スピーカーユニット研究 JBL篇(その3)」に登場している。

Date: 6月 22nd, 2017
Cate: 再生音, 快感か幸福か

必要とされる音(その5)

ここ数年、私の中でヴァイタヴォックスの存在が少しずつ大きくなっているようだ。
ちょっとしたことがきっかけで、ヴァイタヴォックスのことを思い出すことが増えている。

別項「日本の歌、日本語の歌(アルテックで聴く)」を書いてるから、ということも、
喫茶茶会記でのaudio wednesdayで、アルテックを鳴らすようになったことも、
それに齢をとったことも、そんなことが関係してのことなのだろう。
とにかくヴァイタヴォックスのことが気になる頻度が、今年は増えている。

そうなると思い出すことも増えてくる。
ヴァイタヴォックスに直接関係のないことでも、思い出す。
たとえば、こんなこともだ。
     *
 そこで再びアルテックだが、味生氏の音を聴くまでは、アルテックでまともな音を聴いたことがなかった。アルテックばかりではない。当時愛読していた「ラジオ技術」(オーディオ専門誌というのはまだなくて、技術専門誌かレコード誌にオーディオ記事が載っていた時代。その中で「ラ技」は最もオーディオに力を入れていた)が、海外製品ことにアメリカ製のスピーカーに、概して否定的な態度をとっていたことが私自身にも伝染して、アメリカのスピーカーは、高価なばかりで繊細な美しい音は鳴らせないものだという誤った先入観を抱いていた。
 味生氏の操作でシュアのダイネティックが盤面をトレースして鳴り出した音は、そういう先入観を一瞬に吹き払った。実に味わいの深い滑らかな音だった。それまで聴いてきたさまざまな音の大半が、いかに素人細工の脆弱な、あるいは音楽のバランスを無視した電気技術者の、あるいは一人よがりのクセの強い音であったかを、思い知らされた。それくらい、味生邸のスピーカーシステムは、とびきり質の良い本ものの音がした。
 いまにして思えば、あの音は味生氏の教養と感覚に裏づけられた氏自身の音にほかならなかったわけだが、しかしグッドマンとアルテックの混合編成で、マルチアンプで、そこまでよくこなれた音に仕上げられた氏の技術の確かさにも、私は舌を巻いた。その少し前、会社から氏の運転される車に乗せて頂いたときも、お宅の前の狭い路地を、バックのままものすごいスピードで、ハンドルの切りかえもせずにグァーッとカーブを切って門の中にすべりこませたそれまで見たことのなかった見事な運転に、しばし唖然としたのだが、音を聴いてその驚きをもうひとつ重ねた形になった。
 使い手も素晴らしかったが、アルテックもそれに勝とも劣らず、見事に応えていた。以前聴いたクレデンザのあの響きが、より高忠実度で蘇っていた。最上の御馳走を堪能した気持で帰途についた。
     *
ステレオサウンド別冊「世界のオーディオ」のアルテック号掲載の、
瀬川先生の文章「私のアルテック観」からの引用だ。

瀬川先生が味生氏の音を聴かれたのは、昭和三十年代早々、とある。
モノーラルのころだ。

私が、この文章を思い出したのは、
《以前聴いたクレデンザのあの響きが、より高忠実度で蘇っていた》、
ここのところである。

アルテックがクレデンザならば、
ヴァイタヴォックスはさしずめHMVではないか、
そんなことを思って、である。

Date: 6月 21st, 2017
Cate: スピーカーとのつきあい

ホーン今昔物語(その4)

アルテックの単体のマンタレーホーンMR64とMR94は、1978年に登場している。
開口部は604-8Hのホーンよりも、さらに正方形に近くなっている。

MR94はカットオフ周波数500Hzで、外形寸法W86.4×H61.0×D71.1cm、
MR64g カットオフ周波数は500Hzだが、MR94が水平90°、垂直40°の指向性に対し、
水平60°、垂直40°ということで、横幅が71.1cmと、開口部はほぼ正方形といえる。

MR94とMR64を見て、最初に感じたのは従来のホーンよりもかなり大きく、
しかも奥行きが長い、ということだった。

どちらもマンタレーホーンもスロート径は1.5インチだから、ドライバーは288となる。
288は、アルニコの288-16Gもフェライトの288-16Kも奥行きは14.8cm。
つまりマンタレーホーンと288ドライバーの組合せは、奥行き85.9cmになる。

マンタレーホーンが登場したあとも、アルテックの従来のホーンは残っていた。
811B、511B、311-60、311-90、1501Bなどが現行製品だった。

マンタレーホーンはカットオフ周波数は500Hzで、推奨クロスオーバーは800Hzだった。
811Bが推奨クロスオーバーは800Hzの従来ホーン(セクトラルホーン)で、
こちらの外形寸法はW47.0×H22.0×D34.0cmで、スロート径は1インチだから806、802ドライバーを使う。

806の奥行きは8.4cm、802は9.7cm。
811Bとの組合せで、802を使っても奥行きは43.7cmと、
マンタレーホーンと288ドライバーの組合せのほぼ半分である。

ドライバーが違うのだから、音が同じなわけではないが、
単に800Hzから使えるホーン・ドライバーシステムとしての奥行きの長さをを比較すると、
定指向性ホーンは、従来ホーンとは大きく異る理論で設計されていることは、
当時高校生だった私にも容易に想像できた。

Date: 6月 21st, 2017
Cate: スピーカーとのつきあい

ホーン今昔物語(その3)

アルテックの定指向性ホーン(マンタレーホーン)のことを知ったのは、
604-8Hを搭載した620B Monitorの登場によって、だった。

アルテックの同軸型ユニット604は、一貫してマルチセルラホーンを中高域に採用していた。
604-8Gになってウーファーのフレーム形状が変更になっても、
ホーンに関しては同じままだったのが、604-8Hで大きく変化した。

マルチセルラホーンでは、ひとつひとつのホーンの開口部は大きくない。
小さなホーンの集合体といえるマルチセルラホーンだから、
ホーンが大口を開けているという印象はない。

604-8H以降採用のマンタレーホーンは、ひとつのホーンである。
仕切り板も何もないから、開口部がそのまま大口を開けているようにも見える。

しかもホーンの開口部が、
それまでのマルチセルラホーンよりも大きくなっているから、なおさらだ。
それにマンタレーホーンの開口部はフラットである。
マルチセルラホーンでは両サイドの開口部は角度がついているから、
ユニット全体を斜めからみたとき、
マルチセルラホーンは立体的であり、マンタレーホーンは平面的でもある。

どちらが音がいいのか、ということではなく、
ユニットを眺めた時の印象がずいぶん違ってきたことに、
ホーンに新しい時代が訪れつつある気配を、多くの人が感じとっていただろう。

それに604-8Hはネットワークも、大きな変更が加えられている。
定指向性ホーンは、従来のホーンそのままのネットワークでは良さを活かせない面がある。
それに加えて、604-8Hでは2ウェイにも関わらず、3ウェイ的なレベルコントロールを可能にしている。

604-8Hから少し遅れて、単体のホーンとしてもマンタレー型が登場したことを知った。

Date: 6月 21st, 2017
Cate: バイアス

オーディオとバイアス(ブラインドフォールドテスト・その2)

ステレオサウンド 59号に、瀬川先生によるアキュフェーズのM100の記事が載っている。
M100は出力500Wのモノーラルパワーアンプで、
1981年当時、コンシューマー用アンプで500Wの出力をもつのは、
マッキントッシュのMC2500(こちらはステレオ仕様)ぐらいしかなかった。

だから、瀬川先生のM100の記事は、
《500W? へえ、ほんとに出るのかな。500W出した音って、どんな凄い音がするのかな……と、まず思うだろう》
で始まる。

500Wの出力ときいて、聴く前から、誰もが瀬川先生と同じように思ってしまうだろう。
1981年当時はそうだった、といえる。

M100の記事を読み進むに連れて、
58号でのSMEの3012-R Specialと同じようなことを感じていた。

記事の終り近くに、こう書かれている。
     *
 ともかく、今回の本誌試聴室の場合では、640Wまでを記録した。これ以上の音量は、私にはちょっと耐えられないが、アンプのほうは、もう少し余裕がありそうに思えた。500Wの出力は、十二分に保証されていると判断できた。
 しかし、M100の本領は、むしろ、そういうパワーを楽々と出せる力を保持しながら、日常的な、たとえば1W以下というような小出力のところで、十分に質の高い音質を供給するという面にあるのではないかと思われる。
 そのことは、試聴を一旦終えたあとからむしろ気づかされた。
 というのは、かなり時間をかけてテストしたにもかかわらず、C240+M100(×2)の音は、聴き手を疲れさせるどころか、久々に聴いた質の高い、滑らかな美しい音に、どこか軽い酔い心地に似た快ささえ感じさせるものだから、テストを終えてもすぐにスイッチを切る気持になれずに、そのまま、音量を落として、いろいろなレコードを、ポカンと楽しんでいた。
 その頃になると、もう、パワーディスプレイの存在もほとんど気にならなくなっている。500Wに挑戦する気も、もうなくなっている。ただ、自分の気にいった音量で、レコードを楽しむ気分になっている。
 そうしてみて気がついたことは、このアンプが、0・001Wの最小レンジでもときどきローレベルの表示がスケールアウトするほどの小さな出力で聴き続けてなお、数ある内外のパワーアンプの中でも、十分に印象に残るだけの上質な美しい魅力ある音質を持っている、ということだった。夜更けてどことなくひっそりした気配の漂いはじめた試聴室の中で、M100は実にひっそりと美しい音を聴かせた。まるで、さっきの640Wのあの音の伸びがウソだったように。しかも、この試聴室は都心にあって、実際にはビルの外の自動車の騒音が、かすかに部屋に聴こえてくるような環境であるにもかかわらず、あの夜の音が、妙にひっそりとした印象で耳の底で鳴っている。
     *
アキュフェーズのM100は、瀬川先生が中目黒のマンションで4345を鳴らされたアンプである。

聴く前の思い込み、バイアスは、
そこで鳴った音がいい音であれば、いつのまにか消えてしまっている。

Date: 6月 21st, 2017
Cate: 世代

世代とオーディオ(略称の違い・その1)

オーディオ関係のウェブサイトを見ていて、
時代が違うんだな、とか、世代が違うのか……、と感じるのは、
略称においてである。

見出しには文字数の制約がある。
長いブランド名は略されることが多い。
この略の仕方が、違ってきたな、と感じる。

たとえばマークレビンソン。
私がステレオサウンドにいたころは、略するのであればレビンソンだった。
最近、ウェブサイトでよく目にするのは、マクレビである。
レビンソンとマクレビ、文字数の違いは一文字。

レビンソンのほうが、わかりやすいと思うのだが、いまでは違うのだろうか。

それからオーディオテクニカ。
テクニカと略すことはあった。
それにテクニカといえば、オーディオテクニカのことを指していた。
だからオーディオマニア同士の会話でも、テクニカで通用する。

でもこれも最近ではオーテクである。
テクニカとオーテクでは、どちらも同じ四文字。
なぜ、オーテクと略すのか、正直、理解できない。

世代の違い? センスの違い?
なんなのだろうか。

Date: 6月 21st, 2017
Cate: バイアス

オーディオとバイアス(その2)

CDが登場したころ、よく耳にしたことがある。

LPはジャケットがまずCDよりも大きい。
そのジャケットから内袋に入ったディスクを手稲に取り出す。
さらに内袋から、丁寧にディスクを取り出す。
指紋や手の脂がディスクにつかないように、ディスクの縁とレーベルでディスクを支える。

それからターンテーブルにディスクを置く際も、
レーベルにヒゲ(センタースピンドルの先端でこすった跡)がつかないように、である。

レコードのクリーニング、カートリッジ針先のクリーニングを経て、
ようやくカートリッジをディスクに降ろす。
とうぜん、この作業も慎重に、である。

CDは、というと、片手でケースを開けることもできるし、片手で持ち、
CDプレーヤーのトレイに置く際も、LPのように神経質になることはない。
クリーニングも基本しない。
取り扱いは、ずっと気楽にできる。

そのことをよし、と捉える人もいれば、
LPをかけるときの、一種の儀式的な行為が必要なくなったから、
聴く前の気構えのようなものがなくなってしまった──、
そんなことがよくいわれていた。

LPをかけるときの一種の儀式、
これもバイアスのひとつであり、
バイアスを必要とする聴き手がいる、ということである。

Date: 6月 21st, 2017
Cate: バイアス

オーディオとバイアス(ブラインドフォールドテスト・その1)

その1)を書いて約一年半。
(その2)を書く前に、ふと思いついたことがでてきた。

ステレオサウンド 58号での、瀬川先生によるSMEの3012-R Specialの記事である。
     *
 ホンネを吐けば、試聴の始まる直前までは、心のどこかに、「いまさらSMEなんて」とでもいった気持が、ほんの少しでもなかったといえば嘘になる。近ごろオーディオクラフトにすっかり入れ込んでしまっているものだから、このアームの音が鳴るまでは、それほど過大な期待はしていなかった。それで、組み合わせるターンテーブルには、とりあえず本誌の試聴室に置いてあったマイクロの新型SX8000+HS80にとりつけた。
 たまたま、このアームの試聴は、別項でご報告したように、JBLの新型モニター♯4345の試聴の直後に行なった。試聴のシステム及び結果については、400ページを併せてご参照頂きたいが、プレーヤーシステムはエクスクルーシヴP3を使っていた。そのままの状態で、プレーヤーだけを、P3から、この、マイクロSX8000+SMEに代えた。カートリッジは、まず、オルトフォンMC30を使った。
 音が鳴った瞬間の我々一同の顔つきといったらなかった。この欄担当のS君、野次馬として覗きにきていたM君、それに私、三人が、ものをいわずにまず唖然として互いの顔を見合わせた。あまりにも良い音が鳴ってきたからである。
 えもいわれぬ良い雰囲気が漂いはじめる。テストしている、という気分は、あっという間に忘れ去ってゆく。音のひと粒ひと粒が、生きて、聴き手をグンととらえる。といっても、よくある鮮度鮮度したような、いかにも音の粒立ちがいいぞ、とこけおどかすような、あるいは、いかにも音がたくさん、そして前に出てくるぞ、式のきょうび流行りのおしつけがましい下品な音は正反対。キャラキャラと安っぽい音ではなく、しっとり落ちついて、音の支えがしっかりしていて、十分に腰の坐った、案外太い感じの、といって決して図太いのではなく音の実在感の豊かな、混然と溶け合いながら音のひとつひとつの姿が確かに、悠然と姿を現わしてくる、という印象の音がする。しかも、国産のアーム一般のイメージに対して、出てくる音が何となくバタくさいというのは、アンプやスピーカーならわからないでもないが、アームでそういう差が出るのは、どういう理由なのだろうか。むろん、ステンレスまがいの音など少しもしないし、弦楽器の木質の音が確かに聴こえる。ボウイングが手にとるように、ありありと見えてくるようだ。ヴァイオリンの音が、JBLでもこんなに良く鳴るのか、と驚かされる。ということは、JBLにそういう可能性があったということにもなる。
 S君の提案で、カートリッジを代えてみる。デンオンDL303。あの音が細くなりすぎずほどよい肉付きで鳴ってくる。それならと、こんどはオルトフォンSPUをとりつける。MC30とDL303は、オーディオクラフトのAS4PLヘッドシェルにとりつけてあった。SPUは、オリジナルのGシェルだ。我々一同は、もう十分に楽しくなって、すっかり興に乗っている。次から次と、ほとんど無差別に、誰かがレコードを探し出しては私に渡す。クラシック、ジャズ、フュージョン、録音の新旧にかかわりなく……。
 どのレコードも、実にうまいこと鳴ってくれる。嬉しくなってくる。酒の出てこないのが口惜しいくらい、テストという雰囲気ではなくなっている。ペギー・リーとジョージ・シアリングの1959年のライヴ(ビューティ・アンド・ザ・ビート)が、こんなにたっぷりと、豊かに鳴るのがふしぎに思われてくる。レコードの途中で思わず私が「おい、これがレヴィンソンのアンプの音だと思えるか!」と叫ぶ。レヴィンソンといい、JBLといい、こんなに暖かく豊かでリッチな面を持っていたことを、SMEとマイクロの組合せが教えてくれたことになる。
     *
試聴を始める前にはあった「いまさらSMEなんて」という気持。
それを、出てきた音がきれいさっぱり吹き飛ばしている。

さらに、JBLの4345、マークレビンソンのアンプについての、ある種の思い込みまでも、
吹き飛ばしている。

ほんとうに優れたオーディオ機器は、ブラインドフォールドテストでなくとも、
思い込みを聴き手から排除してくれるものだ、ということを、
この文章を読んで、当時感じていた。

だから無理して、3012-R Specialを買ったのだ。