快感か幸福か(その11)
この日がいつだったのか、正確には思い出せないけれど、
すくなくともまだCDがメインのプログラムソースとして山中先生のリスニングルームに定着していなかったころ。
このとき聴いたのはすべてアナログディスクで、アナログプレーヤーはEMTの927Dstだった。
そのころ私はといえば、トーレンスの101 Limitedを購入してそれほど経っていないときで、
101 Limitedを使っていることは、山中先生もご存知だった。
だから「使い方はわかるだろう」と言い残して山中先生はリスニングルームから出ていかれた。
コントロールアンプはマークレビンソンのML6AL(ブラックパネルの方)、
パワーアンプはマークレビンソンのML2だった(はず)。
927Dstにさわるのは初めてではなかったし、101 Limitedは930stなのだから、基本操作はまったく同じ。
操作に不安はない、というものの、やはり山中先生の927Dstに、山中先生のアナログディスクをのせるのも、
TSD15を盤面に降ろすのも、まったくの緊張なし、というわけではなかった。
こわしてしまったらどうしよう、という不安はまったくなかった。
音が出た。
ML6ALは左右チャンネルでボリュウムが独立しているから、レベル調整に少し気を使う。
はじめて聴く山中先生の音(といっていいのだろうか)だった。
椅子にゆったり坐っていた。
この状態では、正直、これが山中先生の音とは思えない、そんな印象を抱かせる。
これはもう、山中先生の聴き方を形の上だけでも真似るしかない、と思い立ち、
いつも試聴室で山中先生の、音に聴き入られているときの坐り方、前のめりの聴き方を試しにやってみた。
目を閉じて、片方の手でもう片方のこぶしをつつむようにして、親指で下あごをささえる。
耳の位置は臍よりもずっと前にもってくる。
そして意識を集中していく。
すると不思議なことに、ピントが急にあってきた。