続・聴きたいのは……
フルトヴェングラーがいっている。
《感動とは人間の中にではなく、人と人の間にあるものだ。》と。
五味先生が、音の肉体にあれほどこだわられた、その理由は、
このフルトヴェングラーの言葉が語っている。
そういうことだとおもう。
フルトヴェングラーがいっている。
《感動とは人間の中にではなく、人と人の間にあるものだ。》と。
五味先生が、音の肉体にあれほどこだわられた、その理由は、
このフルトヴェングラーの言葉が語っている。
そういうことだとおもう。
もともと能率の高いドライバーとホーンの組合せ。
その中でも2441は能率の高いドライバーのひとつであり、
さらにダブルで使うことで能率はさらに増す。
いったいそこまでの能率が家庭で、しかもそう広くない空間で鳴らすのに必要なのか。
それだけではないどんなに精密につくられていようと、
シリアルナンバーが連番であろうと、
スピーカーというメカニズムはまったく同じモノを作ることの難しさは、
実際に同じ製品をいくつか集めて比較試聴してみるとよくわかる。
連番だから、という期待はしないほうがいい。
そういうモノだからふたつのドライバーを同時に鳴らすことは、
メリットもあるけれどデメリットもある。
広いコンサート会場で使うのであれば、デメリットよりもメリットの方が大きくても、
家庭で常識的な音量で鳴らすのであれば、メリットよりもデメリットのほうが大きいのかもしれない。
そんなことは指摘されなくてもわかっている。
でも目の前に2441を二発取り付けた2397とのカタチをみていると、
いつからオーディオは、コマゴマとした理屈をいうようになってきたのだろうか、と思う。
(理屈なんて)どうでもいいじゃないか、このカタチ(姿)を見てみろよ、
と2441(二発)と2397と言っているような気がしてくる。
JBLのコンプレッションドライバー2441は17.8φ×D13.6cmで、重量は11.3kg。
実際に手に持ってみると、指がひっかかるところがほとんどないため、
11.3kgよりもずっと重たく感じる。
黒くて重い鉄のかたまりともいえる。
これと組み合わせているディフラクションホーン2397は、
扇状の形をしていてW66.0×H9.5×34.0Dcm、重量は、JBLには珍しい木製ということもあって4.4kg。
写真でみるよりも実際にふたつ合わせた重量と、その重量のアンバランスさを実感してみると、
余計に、このふたつの組合せからなる形がユーモラスな雰囲気もある。
大型の金属製のマルチセルラホーンとの組合せより、
2397と大型ドライバーの組合せは、趣味のモノとしてみれば、実にいいカタチをしている、と思う。
これは理屈ではない。
オーディオが男の趣味として、オーディオ機器が存在していると感じさせる。
今日、試しに2397にスロートアダプター2329を利用して、2441をダブルで取り付けてみた。
2441は二個しかないから、ステレオ用として音を出すためではなく、
2397+2441×2の実物を見て、それを手にとり実感したい、と思ってやってみた。
2397に2441を二発取り付けてある写真はステレオサウンドのバックナンバーにも載っている。
どんな感じになるのかはだいたいはわかっていた。
それでも実際に取り付け作業を一人でやっていると、
ずしっとした重量が、なんともたのもしいと思えてくる。
11.3kgがふたつで22.6kg。2397の4.4kgがそれに加わり、
2329の重量(2kg以上はあるだろう)を合計すると30kg近くなる。
しかも重量バランスのアンバランスさは、さらに増す。
ユーモラスな印象も増してくる。全体の、モノとしての迫力はもっと増している。
ポール・モーリアの「恋はみず色」を初めて聴いているのだとしたら、
聴いている途中で電話がかかってきたり、宅急便が届いたりすることは、いわば邪魔といえる。
「恋はみず色」を、その時初めて聴いている聴き手は、
邪魔がはいればそこで、いま鳴っている「恋はみず色」を止め、用事をすませた後で、
スピーカーの前に座り直して、聴きつづけることだろう。
その際に、中断したところから聴きはじめるのか、それとも頭から聴き直すのか。
ポール・モーリアの「恋はみず色」を家庭で聴くときは、
レコードに頼るかラジオから流れてくるのかのどちらかである。
ラジオの場合、自分の好きな時に聴けるわけではないし、
次にいつ放送されるのかもわからないから、
「恋はみず色」をすでに聴いたことのある聴き手であっても、
ラジオからの「恋はみず色」に、いいメロディだな、と思っていた時に、
電話、宅急便がそこに割りこんできたら、邪魔だと感じるのか。
レコード(アナログディスク、CD、カセットテープなど)で聴いていれば、
電話、宅急便が割りこんできても、もう一度、というより何度でも、
「恋はみず色」のレコードを手放さないかぎり、いつでも聴くことができるわけで、
だからこそ、電話、宅急便などの割り込みがあったとしても、
その間、「恋はみず色」を流しぱなしにするとはいえないだろうか。
レコードで「恋はみず色」を聴く場合でも、
初めて聴くときと、二度目以降に聴くときとでは、
電話、宅急便などの割り込みに対する感情も変っていくのだろうか。
こんなふうにコーネッタのことを書いていくのは、思っていた以上に楽しい。
そしてタンノイが、いまコーネッタを作ってくれないかな、とも思ったりする。
アルニコ磁石の10インチの同軸型ユニットを搭載して、
いまの時代コーナー型というだけで拒否反応が出るかもしれないから、
オートグラフがウェストミンスターになり、
コーナー型からレクタンギュラー型に変更されたように、
コーネッタもレクタンギュラー型になってもいいと思う。
ただしフロントショートホーンだけは絶対に譲れないけれど。
あと鍵付のサランネットは無しにしてほしい。
でもタンノイがコーネッタを作ってくれることは、可能性としてはまったくゼロに近い。
ならば以前のようにスピーカーユニットを単売してくれないだろうか。
ユニットが手に入れば、コーネッタを現代に甦らせることはそれほど大変なことではない。
こんなことも夢想しながら、なぜこんなにもコーネッタのことが、いまも気になっているのだろうか。
その理由も書きながら考えていた。
あるオーディオマニアが自分のためのアンプをつくる。
それが仲間内で、音がいい、と話題になり、
メーカーを興したらどうか、ということになり、オーディオメーカーをつくった。
こんな話が、以前はよくあった。
1970年代だけに限らない。
マランツにしても、最初はこれと似たようなところからのスタートである。
まわりにいるオーディオの仲間というのは、
どんなに多くの人がそこにいようとも、
実際に会社を興し市場に乗り出すことに比べれば、圧倒的に小人数でしかない。
それは小さな世界での評価であり、
それがいきなり大きな世界に参入するということは、
どんなに仲間内で評価が高くとも、必ずしも成功するとは(高い評価をえるとは)いえないし、
仲間内での評価よりもずっと高い評価を得ることだってある。
自国ではそれほどではなくとも、他の国では高く評価されることだってあり得る。
自分が欲しいと思うアンプ、自分が理想と考えるアンプ、
とにかくそういうアンプを製品化することで世に問うわけで、
評価とともに、仲間内では得られなかった指摘もフィードバックされる。
仲間内とは、往々にして好みの合う人たちの集団であったりするのだから、
そこでの音の評価は多少の違いはあっても、大筋では一致していても不思議ではない。
だからそこでの評価にどっぷりと浸ってしまうのか、
そこから抜け出して、広い世界からの評価に飛び込んでいくのか。
それをどう受けとめ、どう次の製品にいかしていくのか。
それによって、「音」が変っていく。
ガレージメーカーという言い方がある。
オーディオでは、1970年代ごろから盛んに使われるようになってきた。
この時代、アメリカでは、アンプメーカーを中心として、
ガレージメーカーというしかない規模のオーディオメーカーがいくつも誕生していった。
マークレビンソンのそのひとつであり、GAS、AGI、DBシステムズ、クレル、スレッショルド、
カウンターポイント、コンラッド・ジョンソン、ビバリッジ、スペイティアルなどがある。
思いつくまま書き並べていって、すくにこれだけ出てくるし、
あまりブランドだけを書いていってもあまりここでは意味がないのでこのへんにしておくが、
雨後の筍といえるほど、多くのガレージメーカーが生れ、消えていったメーカーも多い。
このころよく引き合いに出されていたのが、マークレビンソンの成功であり、
マークレビンソンに刺戟されて、というメーカーも実際にあったようだ。
マーク・レヴィンソンというひとりの男(オーディオマニア)が、
自分のつくりたいアンプをつくり、世に問い成功した。
ならば、同じように自分のつくりたいアンプをつくり世に問う人が、レヴィンソンに続いた。
1970年代のオーディオは、ベンチャー企業でもあった。
だから企業した人すべてがオーディオマニアだったのかどうかは断言できない。
電子工学を学び、とにかく成功したい、ということでオーディオのメーカーを興した人がいても不思議ではない。
でも多くのガレージメーカーの主宰者(創業者)は、オーディオマニアだった、と私は思っている。
だが、まだビリー・ホリデイのLady Dayはかけずに(かけられずに)いる。
理由は特にない。
ただ、まだ鳴らすには早いような気がしているだけだ。
何もコーネッタとほぼ同時代のアンプにこだわっているわけではない。
いいアンプであれば時代は問わない。
にも関わらず、私の中ではコーネッタを鳴らすアンプとして、
トランジスターならスチューダーのA68、真空管ならマイケルソン&オースチンのTVA1が、まずある。
ではコントロールアンプはなんなのか。
スチューダーは業務用ということもあってコントロールアンプはない。
TVA1には一応あることにあるけれど、クォリティ的にTVA1と合わない。
瀬川先生は「コンポーネントステレオの世界 ’77」ではマークレビンソンのLNP2を、
A68と組み合わされているわけだし、LNP2とA68、確かにいい組合せとも思う。
TVA1には瀬川先生はアキュフェーズのC240をもってこられている。
これもいい組合せだし、どちらがいい組合せということも決めるようなものではない。
ただLNP2は、ここでの組合せにはやや高すぎる。
A68の、ほぼ倍の価格である。
となると、C240とA68の組合せはどうだろうか。
合うような、うまくいかなそうな、なんともいえないけれど、候補としては残しておきたい。
LNP2が高すぎるから、といって候補から外しておきながら、
コーネッタの価格からすれば、C240とTVA1、C240とA68にしても、
アンプにシステム全体からすれば重きをおきすぎている。
このふたつのアンプの組合せを高すぎるとしたら、
いっそのことプリメインアンプでまとめたほうがいい気もする。
──こんなふうにコーネッタの組合せを、頭の中で組み立てている。
人はどうなのかわからないけれど、私は組合せをあれこれ考えていくのを楽しみとしている。
オーディオ機器の中には、こうやってこちら側の想像を逞しくしてくれるモノが、
いつの時代にも存在している。
ラックスのSQ301の写真は、もしかすると以前もみていたと思う。
こんな曖昧な書き方をするのも、数年前に見た写真のインパクトが大きかったからである。
私が、「これは瀬川先生のデザインだ」とほぼ瞬間的におもってしまったSQ301の写真とは、
ステレオサウンド別冊「世界のオーディオ」シリーズのラックス号において、である。
カラーグラビアページがある。
「思い出のラックス製品」というページだ。
扉には昭和10年に発売されたテスター、LUX-2005が載っている。
次の見開きにはトランス、ロータリースイッチ、ノブなどのパーツが並んでいる。
その次の見開きには、ピックアップ、マイクロフォン、ホーンが、
その後の見開きには、ラジオ受信機LUX-667、アンプLUX-753が出てくる。
このあたりからアンプメーカーとしてのラックスの製品が登場してくる。
さらに見開きは続いて、KMR5とKMV6、MA7Aのページ、
SQ5B、SQ38D、SQ77、SQ11といったプリメインアンプが、
30H112、S2 Miniといったスピーカーシステムをバックにしたページがあり、
その次の見開きにSQ301が登場する。
この見開きはSQ301の上にSQ77Tを、少し角度をつけた写真が載っている。
この写真こそが、私が「瀬川先生のデザインだ」とおもってしまった写真である。
この記事の写真は、おそらく亀井良雄氏の撮影のはずだ。
ステレオサウンド 8号に掲載されている瀬川先生のステレオギャラリーQの300B/Iの記事、
読みたいという希望をありましたので、the Review (in the past)で公開しました。
ステレオサウンド 8号には、池田圭氏による「300A物語」も掲載されている。
ウェスターン・エレクトリックの劇場用アンプで、91型アンプがある。
このアンプが、伊藤先生の300Bシングルアンプの、いわば原器である。
Sound Connoisseurにて、伊藤先生は91型アンプについて書かれている。
*
音質が抜群に優れ、故障が少なく、維持費が低廉なため小劇場向きに高評を得ていたが、プリアンプを省いてメインアンプのゲインを高めたため、入力側の結線に細心の注意が必要であり、光電管側の出力トランスの断線が唯一の悩みの種であった。
終段に三極管を用い三段増幅で、よくもこれだけのゲインを稼げたものと思える設計である。負帰還を本格的に用いてフィルム録音特性に対応させた回路をメインアンプに備えたものとして、当時は目を瞠らせたものである。東京地区では歌舞伎座の向い側、いまはない銀座松竹映画劇場に在って僅か8Wの出力で十分に観客を娯しませていたのを憶い出す。
*
300Bのシングルアンプが、楚々とした日本的な美しい音という枠だけにとどまった音しか出せないのであれば、
「僅か8Wの出力で十分に観客を娯しませ」ることは無理なのではないか。
映画ではさまざまな音が流される。
人の声もあれば、音楽も流される。
それ以外にも効果音と呼ばれる類の音も欠かすことができない。
スクリーンに映し出されるシーンに応じた音が求められ、スピーカーから流される。
そういう場で使われ、観客を娯しませてきた300Bシングルアンプ(91型)である。
300Bについて、
しかもオーディオ評論について書いている項で書いているのか、
察しの良い方は、ここまで読まれて気づかれているだろう。
300Bはトーキー用のアンプに使われる出力管である。
このことを思い出してほしい。
しかもアメリカの映画館で使われていたアンプの出力管である。
サウンドボーイのOさんから聞いたことがある。
「300Bシングルは、いわゆる日本的なシングルアンプの音ではない」と。
Oさんは続けて「トーキー用アンプの球なんだから」とも。
1982年のステレオサウンド別冊 Sound Connoisseur(サウンドコニサー)に、
伊藤先生の300Bについての記事が載っている。
この記事(というよりサウンドコニサーそのもの)の担当はOさんだった。
この記事のタイトルは、「真空管物語」。
さらにこうつけ加えられている。
「ウェスターン・エレクトリックの至宝 極附音玻璃球」である。
極附音玻璃球は、きわめつきおとのはりだま、と呼ぶ。
300Bのシングルアンプ、それも伊藤先生のアンプを聴いたことのある者には、
この「極附音玻璃球」こそ300Bのことだと、頷ける。
ウェスターン・エレクトリックの300Bにどれだけ優れた真空管であっても、
300B一本でアンプが作れるわけではない。
電源トランス、整流管、平滑コンデンサーから構成される電源が必要だし、
300Bに必要なだけの入力電圧をかせぐために電圧増幅段もいる。
それに出力トランスがなければ、スピーカーを鳴らすことはできない。
300Bといえど、アンプの一部品にしかすぎない、といえるわけで、
300Bの音について語ることは厳密には無理というものだ。
300Bを使用しているアンプをいくつ聴いたところで、
300Bの音だけを聴いているわけではない。
理屈ではそうなのだが、いくつか注意深く聴いていると、
300Bの音らしきものを感じることはできる。
だからこそ多くの人が300Bに夢中になるのだろう。
では300Bの音とは、どういう音なのか。
300Bは直熱三極管であり、日本ではシングルアンプの製作例が多いし、
いくつか市販されたアンプもシングルアンプが多い。
そのためだろうか、三極管シングル、という言葉が持つイメージが、
300Bのイメージにすり替わっているようにも感じることがある。
300Bシングルの音は、楚々として日本的な美しい音。
これなどは、まさにその典型的な例である。
300Bの音は、
300Bのシングルアンプの音は、そういう音なのか、といえば、まったく違う。
私にとってカラヤンの「パルジファル」は、
ステレオサウンド 59号に載った黒田先生の文章と結びつく。
59号が出たのは1981年。もう30年も経つのに、
私にとっては、カラヤンの「パルジファル」についておもうとき、この文章が思い浮ぶ。
少し長くなるが、「パルジファル」に関するところ書き写しておこう。
*
きっとおぼえていてくれていると思いますが、あの日、ぼくは、「パルシファル」の新しいレコードを、かけさせてもらいました。カラヤンの指揮したレコードです。かけさせてもらったのは、ディジタル録音のドイツ・グラモフォン盤でしたが、あのレコードに、ぼくは、このところしばらく、こだわりつづけていました。あのレコードできける演奏は、最近のカラヤンのレコードできける演奏の中でも、とびぬけてすばらしいものだと思います。一九〇八年生れのカラヤンがいまになってやっと可能な演奏ということもできるでしょうが、ともかく演奏録音の両面でとびぬけたレコードだと思います。
つまり、そのレコードにすくなからぬこだわりを感じていたものですから、いわゆる一種のテストレコードとして、あのときにかけさせてもらったというわけです。そのほかにもいくつかのレコードをかけさせてもらいましたが、実はほかのレコードはどうでもよかった。なにぶんにも、カートリッジからスピーカーまでのラインで、そのときちがっていたのは、コントロールアンプだけでしたから、「パルシファル」のきこえ方のちがいで、あれはああであろう、これはこうであろうと、ほかのレコードに対しても一応の推測が可能で、その確認をしただけでしたから。はたせるかな、ほかのレコードでも考えた通りの音でした。
そして、肝腎の「パルシファル」ですが、きかせていただいたのは、前奏曲の部分でした。「パルシファル」の前奏曲というのは、なんともはやすばらしい音楽で、静けさそのものが音楽になったとでもいうより表現のしようのない音楽です。
かつてぼくは、ノイシュヴァンシュタインという城をみるために、フュッセンという小さな村に泊ったことがあります。朝、目をさましてみたら、丘の中腹にあった宿の庭から雲海がひろがっていて、雲海のむこうにノイシュヴァンシュタインの城がみえました。まことに感動的なながめでしたが、「パルシファル」の前奏曲をきくと、いつでも、そのときみた雲海を思いだします。太陽が昇るにしたがって、雲海は、微妙に色調を変化させました。むろん、ノイシュヴァンシュタインの城を建てたのがワーグナーとゆかりのあるあのバイエルンの狂王であったということもイメージとしてつながっているのでしょうが、「パルシファル」の前奏曲には、そのときの雲海の色調の変化を思いださせる、まさに微妙きわまりない色調の変化があります。
カラヤンは、ベルリン・フィルハーモニーを指揮して、そういうところを、みごとにあきらかにしています。こだわったのは、そこです。ほんのちょっとでもぎすぎすしたら、せっかくのカラヤンのとびきりの演奏を充分にあじわえないことになる。そして、いまつかっているコントロールアンプできいているかぎり、どうしても、こうではなくと思ってしまうわけです。こうではなくと思うのは、音楽にこだわり、音にこだわるかぎり、不幸なことです。
*
黒田先生は”Parsifal”をパルシファルと書かれる。
パルジファルなのかパルシファルなのか。ここではパルジファルにしておく。
私は、この59号の文章を読んで、
黒田先生は、いわばカラヤンの「パルジファル」に挑発されたのかもしれない、と思った。
だからコントロールアンプを、それまでのソニーのTA-E88からマークレビンソンのML7にされたのだ、と。