Archive for category トランス

Date: 9月 25th, 2013
Cate: トランス

トランスからみるオーディオ(その18)

理屈はともかくとして、聴感的・感覚的には周波数特性をひろげると、
つまりワイドレンジにすれば、音の密度が全体に薄まってしまうことが多い。

実際には音の密度が、ワイドレンジにすることで薄まるとは考えられない。
それでも人間という聴き手にとっては、音の密度が薄まる。

このためもあって、いまでも昔のナロウレンジのスピーカーシステムを高く評価する人がいる。

とはいえ、ワイドレンジが間違っているわけではない。
ほんとうにみずみずしい音を出すには、やはりワイドレンジでなければならないし、
ナロウレンジが得意とすると一般には思われているやわらかい音に関しても、
ほんとうのワイドレンジでなければ、
倍音が豊かにきちんと再生されたうえでの、ほんとうのやわらかい音は、まず出ない、ともいえる。

それにしても、なぜナロウレンジでの密度の高い音は、ワイドレンジでは得にくいのだろうか。
たとえばワイドレンジと呼ばれている音、
しかも密度の薄いと感じられる音を、意識的に帯域を狭くしてみる。

たとえば抵抗とコンデンサーでローパスフィルターとハイパスフィルターを形成し、
周波数帯域を適度なところでカットしてみたところで、音の密度が高くなることはない。
密度の薄いままナロウレンジになり、
ナロウレンジの良さのない、ただナロウレンジなだけの音になってしまうことが多い。

Date: 9月 23rd, 2013
Cate: トランス

トランスからみるオーディオ(その17)

池田圭氏は「盤塵集」に、こうも書かれている。
     *
アンプが広帯域であればあるほどいいという根拠があるかどうかも知らない僕が、その是非を論ずるのも当を得ない話であるが、最近超広帯域形アンプの二、三を使ってみたが、どうにも納得が行かない。使っているうちにこれまでお話した方法でLを使って、狭帯域にして使うことになる。相当数の人がこの方法で実験された話を聞くと、音に落ち着きがでるとか、迫力を生じて音が前へ出る……ということは音量を絞って満足感が得られる。苛立たしさがなくなる。やわらかい味を増す。軽く澄んでしかも深い音になる。騒々しさがなくなって明瞭度が上る。……など、とり止めもなく書くとこうなる。
     *
もちろんこれらの結果は、池田圭氏の使われていたスピーカーでの結果であるし、
同じ方法で試された方が、どういうスピーカーなのかはわからないものの、
「盤塵集」は30年以上前の本だし、いまどきのスピーカーではないから、
ここでの結果と同じ結果、同じような結果が得られる保証はない。

それでもトランスをうまく使うこと──、
池田圭氏の「これまでお話した方法」というのは、トランスをトランスとして使うのもあれば、
鉄芯入りのコイルとしての使用方法も含まれている。
トランス嫌いの人でも、池田圭氏の方法のひとつは、
それほどアレルギー的なことを感じずに実験できることでもある。

トランスはバンドパスフィルターであるから、信号系のどこかに挿入すれば、帯域幅は狭くなる。
それは池田氏も「狭帯域にして使うことになる」と書かれているとおりである。
ならば、トランスを使わずにコンデンサーと抵抗によるフィルターで、
トランス使用時と同じ特性をつくり出して狭帯域にすれば、もっといいのではないか、と思うかもしれない。

Date: 9月 23rd, 2013
Cate: トランス

トランスからみるオーディオ(その16)

トランスは、真空管アンプには付きモノである。
コントロールアンプでも600Ωのライン出力にするには、
カソードフォロワーという手もあるけれど、やはりライントランスを使う。

そしてパワーアンプでは、一部のOTLアンプをのぞけば、
真空管式であるならば必ず出力トランスをしょっている。

真空管アンプを自作する人の中にも、出力トランスを嫌い、
OTLアンプに挑戦する人はいる。
私などは昔の記事を読んで知っているだけであるが、
真空管アンプ全盛時代には、真空管のOTLアンプに合せてインピーダンスの高いスピーカーユニットも、
特注で存在していた。

トランスは高価だし、大きいし重い。
出力トランスがなくなれば、ステレオアンプではその分だけ軽く、そしてコンパクトに作ることができる。
これだけでも自作をする上では、けっこう楽になる。
真空管のOTLアンプは、また別の難しさはあるけれども。

出力トランス、ライントランスを省ければ、アンプ製作のコストは下る。
良質のトランスは安くはない、だいたいが高価だし、
しかもいまの時代、見つけてくるだけでもけっこうな手間である。

トランスではなくカソードフォロワーにしたり、トランジスターアンプであればバッファーアンプ、
さらにはOPアンプを使ったりすれば、コストのことは別にしても、特性的にはぐんと有利になる。

特性が向上することは、基本的には良いことである。
ではあるけれど……、というところがないわけでもない。

Date: 9月 22nd, 2013
Cate: トランス

トランスからみるオーディオ(その15)

1981年春に、ラジオ技術社(現・アイエー出版)から、池田圭氏の「盤塵集」が一冊の本として出た。
ラジオ技術は、毎号とまではいかなかったけれど、無線と実験とともに、そのころはよく購読していた。
だから池田圭氏の連載も読んでいたから、「盤塵集」が出た時には、すぐに購入した。

「盤塵集」の項目は次の通り。
 第一部 NFBへの告別
 第二部 昔の吹込みと今の録音
 第三部 振動子とダンパー
 第四部 バフル今昔
 第五部 低域再生への道

それぞれの項目がさらに細かくわかれて書かれている。
第一部のNFBへの告別の中に、「L、C、Rの話」がある。

ここの書き出しを引用しておく。
     *
このところ、アンプの方ではCR結合回路の全盛時代である。結合トランスとかリアクター・チョークなどは、振り返っても見られなくなった。けれども、測定上のしけウは数特性とかひずみ率の問題よりも音の味を大切にする者にとっては、Lの魅力は絶大である。
     *
私は「盤塵集」を、自分のシステムにトランスを挿入した体験をする前に読んでいる。
「盤塵集」の前にカートリッジは、
MM型(エラックのSTS455E)からMC型(オルトフォンのMC20MKII)へとしていたものの、
昇圧手段はサンスイのAU-D907 Limited内蔵のヘッドアンプだった。
昇圧トランスも試してみたかったけれど、高校生にはそこまでは無理だった。

それが良かったのか悪かったのはなんともいえないけれど、
トランスに対して、ある種アレルギー的な拒否反応を示すことは、私にはまったくない。

中途半端なトランスでMC20MKIIを鳴らして、
その結果(音)にがっかりした後に「盤塵集」を読んでいたら、
トランスに対して、いまとは違う見方をしていた可能性だってあっただろう。

Date: 9月 21st, 2013
Cate: トランス

トランスからみるオーディオ(その14)

良質のオーディオ用トランスをつくれる職人は減っていくばかりで増えていくことは望めない。

いまや電源においてもスイッチング方式が幅を利かせているから、
電源部からも大型の電源トランスはいずれ消え去ってしまう方向にあるのかもしれない。

十数年後か何十年後には、トランスは信号用、電源用含めて前時代の遺物扱いとなるのだろうか。

いまでも電源トランスはしかたないとしても、信号用トランスは不要であり、
必要性をまったく感じないどころか、音を悪くするだけの代物でしかない、という人がいる。

トランスを、どこでもいい、信号系のどこかにいれれば、音は鈍(なま)る。
そんな音は聴きたくないから、トランスなんてものは信号系から完全に取り除くのがいい……、
そういう人を知っている。

そういう人の言い分も、まったくわからないわけでもない。
たしかにトランスの使い方がまずいと、そんな音になる。
それに良質のオーディオ用トランスも、そんなには多くはない。

良質でないトランスを、まずい使い方をすれば、「トランスなんて要らない」といいたくなるのもわかる。
そこでトランスに見切りをつけてしまうのも、ひとつの行き方ではある。

けれど、トランスは昔からオーディオには使われてきている。
再生系だけでなく録音系にも、むしろ以前は録音の現場においてこそトランスは使われる箇所が多かった。
そういう時代に録音されたものを、「トランスなんて要らない」と切り捨ててしまった人は、
どういう評価を下しているのだろうか。

鈍った音の録音だ、とでもいうのだろうか。

Date: 7月 14th, 2013
Cate: トランス

トランスからみるオーディオ(3Dとは)

3DはThree Dimensionだから、
平面に奥行きが加わったもの、ということになるわけだが、
ほんとうにそうなのだろうか、と感じてしまうことがある。

X軸とY軸から成る平面にZ軸という奥行きを加えたものは確かに3Dであることは間違いないのだが、
X軸とY軸からなる平面にZ軸として加わるものは、果して奥行きが最初に来るのだろうか。
そう思ってしまうのだ。

2チャンネルのステレオ再生を考えていくと、
左右の音の拡がりは理屈としても感覚的にも理解できることである。
けれど奥行きの再現となると、理屈からは理解し難い。
音像に立体感があることも、理屈からは理解し難い。

けれど入念に調整されたオーディオからは、
2チャンネルの再生であっても奥行きを感じたり、音像の立体を感じる。

そして奥行きの再現が浅かったり、
音像が平面的であることを、音が悪いことの証しのようにも捉えたりする。

なぜなのか、と考えていくと、
Z軸が奥行きとして考えていくよりも、
あくまでも個人的な感覚からいえば、Z軸を時間として捉えた方がしっくりくる。

そして思うのは、3Dプリント技術はたしかに立体物をアウトプットしているわけだが、
これまでの、X軸とY軸からなる紙にプリントされていたものに加わったのは、
奥行きではなく、時間として考えていくものかもしれない、ということである。

Date: 7月 6th, 2013
Cate: トランス

トランスからみるオーディオ(その13)

3Dプリント技術が行き着くところは、レプリケーターなのだろうか。

レプリケーターとはスタートレックに登場する装置の名前である。
スタートレックを、テレビ、映画で一度でもご覧になれば、
転送装置という瞬間的に移動できる装置に気づかれる。
レプリケーターは、この転送装置の発展形でもあり、
分子レベルで実物(オリジナル)とほとんど変らぬコピーを、エネルギーさえあればいくつでもつくり出せる。

しかもサイズの拡大縮小も可能という設定になっているから、
これこそ未来の3Dプリント技術といっていいように思ってしまう。

このレプリケーターがあれば、そしてオリジナルの正確なデータがあれば、
さらにエネルギーの使用に制限がなければ(設定上ディテールの追求することはエネルギーの消費が増える)、
さまざまなオーディオ機器のコピー(レプリカ)が、オリジナルといっていいレベルで存在することになる。

マランツModel 7はいまも高値で取引きされている。
別にModel 7に限らず、過去の銘器と呼ばれたオーディオ機器は決して安くはない。
中にはジャンクとしか呼べないモノもある。
これから先、ますますコンディションのいい、そういったモノを手に入れることは難しくなっていく。

でもレプリケーターが実現されれば、
スタートレックの世界は23世紀、24世紀という設定であるから、
いまから200年後、300年後のほうが、いまよりも程度のいい、
というか新品そのもののModel 7を誰もが手に入れることができるようになる──、
そんなことを夢想したくなる。

荒唐無稽な……、と思われるだろうが、
私も含めて、これを読まれている方が生きているうちは、確かに実現は無理なこと。
そんなことはわかっているし、レプリケーターの原始的なレベルのものすら、
生きているうちには見ることはない、と思っていたところに、
3Dプリント技術が話題になりつつある。

こういうものも3Dプリント技術でアウトプットされているのか、
そんなふうに感じるニュースを読んでいると、レプリケーターの原始的なモノであれば、
もしかすると生きているうちに登場してくるかもしれない。
そうも思うようになってきた。

Date: 7月 2nd, 2013
Cate: トランス

トランスからみるオーディオ(その12)

しっかり巻いていくには適度なテンションが必要となる。
細い線よりも太い線ほどテンションは高くなっていくもの。

けれど思うには、理想的な巻線とは、テンションをまったくかけずに、
つまり線材にストレスをかけずにしっかりと巻くことではないのか。

そんなことはいままでは無理だった。
しっかりと巻くにはテンションをかけていかなければならないし、
テンションをかけなければ巻線と巻線の間に隙間ができたりして、しっかりと巻けない。

けれど3Dプリント技術が、これから先、進歩していくことで、
トランスをアウトプットできるようになれば、
この矛盾する巻き方、テンションをかけずにしっかりと巻くが、可能になるように思えてならない。

従来のトランスと同じ設計・構造でも、これが実現できれば、
トランスの音はずいぶんと変っていくはずだ。
さらにいくつもの可能性も考えられる。

タンゴ・トランスがもうすこしでなくなってしまう。
つまりトランスの職人が、これから先減っていくばかりで増えていくことはない、ということである。
それでもいいじゃないか、トランスなんて前世紀の遺物なんて、
いまのオーディオに必要ない──、
そんなことをためらいもなく口にする者もいる。

Date: 7月 2nd, 2013
Cate: トランス

トランスからみるオーディオ(その11)

3Dプリント技術によるプリントコイルの製造(アウトプット)は、技術的にはすでに可能なのかもしれない。
そうでないにしても、そう遠くないうちに可能になるはず。

そうなってくると、次に期待したのは3Dプリント技術によるコイルのアウトプットであり、
さらにその先に期待するのはトランスのアウトプットである。

3Dプリント技術は、人間の手では巻くのが困難な(不可能な)コイルを現実のモノとしてくれる、と思う。
そこまでいかなくとも従来のトランスと同じモノであったとしても、
これまでのトランスがコアもしくは巻き枠にコイルをテンションをかけながら巻きつけていっていわけだが、
3Dプリント技術による巻線が可能となるならば、
テンションをかけることなくしっかりと巻くことができるのではなかろうか。

トロイダルトランスが登場した時に、
コアに継ぎ目がない、このタイプはトランスとして、それまでのEIコアよりも理想に近いといわれた。
けれど電源トランスにおいても、
トロイダルトランスはEIコア型よりも音が悪い、といわれるようになってきた。

たとえばマークレビンソンのパワーアンプ、ML2も、
トロイダルトランスよりもEIコアのモノのほうが、音がよいということで人気がある。

なぜなのか。
トロイダルトランスはコアがドーナツ状ゆえに、自動巻線での製造がむずかしい。
そのためあらかじめ銅線をコイル状にした上で回転させながらトロイダルコアに巻きつける(這わせていく)。
だからどうしても巻線にテンションをかけることができない。
そのためだともいわれていた。

だから職人の手による巻線のトロイダルトランスは、音が良いともいわれている。
長島先生は、ステレオサウンド 62号で告白されているように、
MC型昇圧トランスをつきっきりで巻き方を監督して、
自分用の、とっておきのトランスをつくらせた、と。

Date: 7月 1st, 2013
Cate: トランス

トランスからみるオーディオ(その10)

ビクターのダイレクトカップル方式のカートリッジも、
MC-L1000以外のモデルは、ダイレクトカップルとはいっても、
針先とプリントコイルの取り付け位置までには、わずかな距離がある。
この距離があるおかげで針先そのものの交換は、可能なのではないだろうか。

私は、こんな技術はもっていないから、
自分で実際に試したことはないので、確かなこととはいえない面もあるが、
ダイアモンドの針先に直接プリントコイルを取り付けたMC-L1000だと、
プリントコイルを損傷させずに針先から剥がさなくてはならない。

薄く軽量につくられているプリントコイルを、うまく剥がせるものなのだろうか。
うまく剥がせたら、それをまた針先に接着する。

MC-L1000は1980年代半ばのカートリッジである。
MC-L1000をメインのカートリッジとして使っているのであれば、
針先の交換は一度だけではすまなくなる。

ビクターがMC-L1000の針交換に応じてくれているあいだは問題はなくても、
ビクターによる針交換ができなくなって、どれだけの期間が経っているのか、私は知らないけれど、
もう短くない期間であろう。

MC-L1000のプリントコイルは、針先そのもの交換の際の剥がしと再接着に、何回耐えられるのだろうか。

意外に丈夫なものなのかもしれない。
そうでないのかもしれない。
そのへんのことは、私にはわからない。

どちらにしてもプリントコイルが、3Dプリント技術によって製造できるようになれば、
MC-L1000の針交換も可能になる(もしくは楽になる)のではないだろうか。

Date: 7月 1st, 2013
Cate: トランス

トランスからみるオーディオ(その9)

器用な職人による、こういう針交換はすべてのMC型カートリッジで可能なのかといえば、
必ずしもそうとはいえない。

通常のカンチレバーのもつタイプのMC型カートリッジであっても、
カンチレバーの材質が非常に硬いもの、たとえはボロン製のカンチレバーでは非常に難しいときいている。

その点、アルミ製のカンチレバーは、アルミという材質の特性もあり、
針の差し替えが何度か行える、ときいている。

それにアルミ製のカンチレバーの場合、
針先を取り付ける孔を、針先よりもほんの少しだけ小さくして、
文字通り針先を押し込むことで、がっちりとカンチレバーに取り付けることができる。

ところがアルミよりも硬い材質では、こういう取り付け方はできず、
接着剤の力を借りることになる。

そうなるとダイアモンドの針とカンチレバーの間に、
それはわずかとはいえ接着剤が介在することになる。
アルミ製カンチレバーで接着剤を使わない場合には、
カンチレバーとダイアモンドが直接接触していることになる。

カンチレバーの材質として何が最良なのか。
内部音速の速さ、剛性の高さなどから判断すれば、
アルミニウムよりも優れた材質はいくつかある。
けれど実際のカートリッジとして、その製造方法まで含めて眺めてみると、
意外にもアルミ製カンチレバーは優秀といえる面が確実にある。

Date: 7月 1st, 2013
Cate: トランス

トランスからみるオーディオ(その8)

MC型カートリッジはユーザーによる針交換は、ごく一部のメーカーの製品を除き、
基本的にはできない。
だからメーカーに針交換に出すことになる。

メーカーも針交換という言葉を使っていたし、ユーザーも販売店も使っていた。
そのためなのかどうかはわからないが、
MC型カートリッジの針交換を、ほんとうに針を交換するものだと思っていた人と会ったこともあるし、
インターネットで見ていても、そんな人がいないわけでもない。

いうまでもなくMC型カートリッジの針交換とは、メーカーによる新品との交換である。
針交換に出せば、新品が戻ってくるわけだ。

だから、オルトフォンのSPUの初期型を運良く入手できたとしても、
オルトフォンに、そのSPUを針交換に出してしまうと、新品のSPUになって戻ってくる。
おそらくSPU-Classicになってくるのだろう。

こう書くと、EMTのTSD15、XSD15はシリアルナンバーが同じ固体が戻ってきているのではないか、
こんな反論がありそうだが、EMTでも新品交換である。
ただ、なぜなのか理由ははっきりしないが、
EMTは針交換として戻ってきた固体と同じシリアルナンバーを新品に打って、
ユーザーの元に戻してくれる。

うれしいサービスといえばそういえるけれど、
それでも針交換とは新品交換である。

つまりビクターのMC-L1000をビクターに針交換に出そうとしても、
プリントコイルの製造ができないのであれば、針交換は原則としてできないことになる。

もっとも、器用な職人による針交換を行ってくれるところはある。
この場合の針交換は、カンチレバーに取り付けてあるダイアモンド針を抜いて、
そこに新しい針を埋めこむ作業によるものだ。

Date: 6月 21st, 2013
Cate: トランス

トランスからみるオーディオ(その7)

ステレオサウンド編集部に富士通のワープロ、OASYS100Fが導入されたのは1984年ごろだった。
プリンターも同時だった。
まだドット式の大型の機械で、基本的には文字だけ(簡単な図も印刷できた)。
その文字も、いまのプリンターのように滑らかではなかった。
もちろん黒一色で、印刷中の動作音がうるさく、
編集部のNさんが木製の防音箱を作ったくらいのうるささだった。
印刷にかかる時間も長かった。

それがいつの間にか、家庭でもフルカラー印刷が可能になり、
写真に近いクォリティまでになっていっている。
しかも小型になり、動作音もあまりしなくなり、価格だってずっと安価になっている。
(インクは高いけれども……)

この間のプリンターの進歩は、ある意味すごい。
あのころ家庭で、いまのプリンターがやっていることを想像できなかった、
というよりも想像することさえしなかった。

プリント技術は進歩している。
なのに30年前に可能だったプリントコイルがいまはできないというのは、やはり釈然としないものがある。
なぜ、できないのかと思うし、同時に従来の方法ではできなくとも、
新しい方法でプリントコイルが作れるようになるのかもしれない、そうもおもう。

いま3Dプリントという言葉を目にすることが急に増えてきた。
いまや出力センターでも3D出力を受けつけてくれる時代になっている。

私はまだ3Dプリンターに触れたことがないから、どこまで可能なのか、はっきりとわからないところもあるけれど、
それでも期待しているのは3Dプリンターによるコイルの出力(製造)である。

Date: 6月 21st, 2013
Cate: トランス

トランスからみるオーディオ(その6)

ビクターのダイレクトカップル方式のMC型カートリッジに採用されたプリントコイルは、
MC101Eでは三層構造にすることで、出力電圧を1.3mVまで引き上げている。
最終モデルとなったMC-L1000ではさらにコイルを小型・軽量化し、
それに伴う出力電圧の低下に対しては両面コイルとすることで、0.22mVの出力を得ている。

そして、このMC-L1000で、はじめて、ほんとうに「ダイレクトカップル」方式と呼べる構造になっている。
MC-L1000では発電コイルが針先のダイアモンドの上端に直接取り付けあるからだ。

それまでの、ビクターのこの一連のカートリッジでは針先のすぐ近くにコイルを取り付けていたものの、
あくまでもすぐ近くであり、針先そのものに取り付けてあったわけではない。
その意味では、ダイレクトとは呼びにくい面があったわけだ。

それはビクターの技術陣がいちばんわかっていたことだろう。
だからこそプリントコイルに改良を重ね、堂々とダイレクトカップル方式と呼べる域に達している。

MC-L1000は、当時86000円という高価なカートリッジだったにも関わらず、
けっこうな数が売れたときいている。

MC1の登場から8年かけて、ダイレクトカップル方式をここまで高めてきたわけで、
それが評価されての結果であった、と思う。

これも6月5日の「岩崎千明と瀬川冬樹がいた時代」をテーマにしたaudio sharing例会で、
西松さんからきいた話なのだが、
このプリントコイルが、いまは作れない、とのことだった。
少し意外な感じもする。

ICというかLSIの集積密度は非常に高くなっているし、
こういうプリントコイルはいまでは簡単に作れるものとばかり思っていたからである。

技術とは、そういう性質をもつものなのかもしれない。

Date: 6月 20th, 2013
Cate: トランス

トランスからみるオーディオ(その5)

1978年だったか、ビクターがダイレクトカップル方式と名づけたMC型カートリッジを発表した。
このMC1は好評で、すぐさまシリーズ機としてMC2Eが出て、
さらにMC5E、MC101E、MC-L10と続き、MC-L1000が最終モデルとなった。

古くはウェストレックスの10A、ノイマンのDST、サテンのカートリッジなどの一部のカートリッジをのぞけば、
発電コイルはカンチレバーの根元近くにある。
理想は針先に発電コイルが直接取り付けられていることであるが、
これを実現するにはいくつかのクリアーすべき問題点がある。

いちばん大きな問題は、コイルの軽量化である。
カンチレバーの根元にコイルがあるのは、針先に直接もしくは近接しているのとでは、
振動系の実効質量において大きな差が生ずる。

針先近くにコイルをもってくるためには、
しかも針圧を重くせずに、という条件がついていれば、コイルそのものをかなり軽量化しなければならない。

ビクターはそれをIC製造技術を応用し、ウェハー上に蒸着した導体をフォトエッチングした、
いわゆるプリントコイルを実現することで、この問題をクリアーしている。
MC1に採用されたプリントコイルの重量は200μgで、通常のコイルの数10分の1ということだった。

発電コイルそのものは小さく軽くなっていても、
針先から1.5mmというきわめて近くに取り付けることで、その分コイルの振幅幅は大きくなるため、
出力電圧は0.2mV、針圧は1.5g±0.2gという値を実現していた。