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Date: 11月 9th, 2008
Cate: 提言

いま、そしてこれから語るべきこと(その1)

金曜の夜、「瀬川冬樹氏のこと」その17と18を公開して、
ほぼ1時間後に傅さんから電話をいただいた。

「読んでいたら、ほろっとくるものがあって、それを伝えたくて」ということだった。
つづけて、「ぼくらが大事にしてきたことは、こういうことなんだよなぁ」とも言われた。
約1時間、あれこれ、オーディオについて話していた。

いまインターネットの普及で、誰でも簡単にいつでも、言いたいことを発信できる。
そこにプロとアマチュアの境界線はなくなりつつある、曖昧になりつつある。
本とは異り、編集者不在の発言。そして匿名でも発言できる。

そして、その発言への評価はアクセス数によって決っていく、とも言えよう。
時価総額で企業を判断するのに似ているような気もする。

傅さんとの話が終った後、
いまの時代、ひとりのオーディオマニアとして語るべきことは、なんだろうと考えてしまった。

言葉を尽くして語っていくことだけは、忘れてはならない。

Date: 11月 8th, 2008
Cate: よもやま

意外と汚れているのかも

テレビを持っていないので、DVDを観る時は、すこし古めのパソコンを使っている。
そのせいもあるのだろうが、信号面は、見た目キレイなのに、
どうしても読み込めないディスクが、たまにある。

CDでも同じことを体験している。
やはりすこし古めのCDプレーヤーだと、TOCを読めなかったり、かなり時間がかかるものがある。

そんなときディスクをクリーニングすると、何の問題もなく読み込む。
もっとも、そういうCD、DVDも、新しいプレーヤーだと、別にクリーニングしなくても大丈夫。

CDが登場したときに、ディスク表面には、プレス時の離型剤が完全に取り除かれているわけでなく、
わずかに残っていて、それがピックアップに影響をおよぼすと言われていた。

各社からクリーナーが登場し、なかには超音波クリーナーもあった。

5年ほど前、J-WAVEの番組で、オーストラリアの博士が、
CDにビールをかけると音が良くなる、と電話インタビューで話していたのを聞いたこともある。

数年前に購入したクラシックのCDに、
接着剤のカスのようなものが、がんこに付着していたことが2度続けてあった。

意外と汚れているのかもしれない、と最近思っている。

ディスクではないが、コンデンサーや抵抗、トランジスターなどの電子パーツのリード線も、
意外に汚れているものがある。汚れの有無で、ハンダのノリが違ってくる。

Date: 11月 7th, 2008
Cate: 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと, 菅野沖彦

瀬川冬樹氏のこと(その18)

瀬川先生への追悼文の中で、菅野先生は
「僕が高校生、彼は僕より三歳下だから中学生であったはずの頃、
われわれは互いの友人を介して知り会った。いわば幼友達である。」と書かれている。

菅野先生は1932年9月、瀬川先生は1935年1月生まれだから、学年は2つ違う。
ということは、菅野先生が高校一年か二年のときとなる。

けれど、去年の27回忌の集まりの時、菅野先生が、
「瀬川さんと出会ったのは、ぼくが中学生、彼が小学生のときだった」と話された。
みんな驚いていた。私も驚いた。

27回忌の集まりは、二次会、三次会……五次会まで、朝5時まで6人が残っていたが、
「さっき菅野先生の話、びっくりしたけど、そうだったの?」という言葉が、やっぱり出てきた。

それからしばらくして菅野先生とお会いしたときに、自然とそのことが話題になった。
やはり最初の出会いは、菅野先生が中学生、瀬川先生が小学生のときである。
「互いの友人」とは、佐藤信夫氏である。
「レトリックの記号論」「レトリック感覚」「レトリック事典」などの著者の、佐藤氏だ。

佐藤氏の家に菅野先生が遊びに行くと、部屋の片隅に、いつも小学生がちょこんと正座していた。
大村一郎少年だ。いつもだまって、菅野先生と佐藤氏の話をきいていたとのこと。

何度かそういうことがあって、菅野先生が佐藤氏にたずねると、紹介してくれて、
音楽の話をされたそうだ。いきおい表情が活き活きとしてきた大村少年。
けれど3人で集まることはなくなり、菅野先生は高校生に。
ある日、電車に乗っていると、「菅野さんですよね?」と声をかけてきた中学生がいた。
中学生になった大村少年だ。

「ひさしぶり」と挨拶を交わした後、
「今日、時間ありますか。もしよかったら、うちの音、聴きに来られませんか。」と菅野先生をさそわれた。

当時はモノーラル。アンプもスピーカーも自作が当然の時代だ。
お手製の紙ホーンから鳴ってきた音は、
「あのときからすでに、オームの音だったよ、瀬川冬樹の音だった」。

瀬川冬樹のペンネームを使われる前からつきあいのある方たち、
菅野先生、長島先生、山中先生、井上先生たちは、大村にひっかけて、
オームと、瀬川先生のことを呼ばれる。
瀬川先生自身、ラジオ技術誌の編集者時代、オームのペンネームを使われていた。

菅野先生と瀬川先生の出会い──、
人は出会うべくして出逢う、そういう不思議な縁があきらかに存在する。ほんとうにそう思えてならない。

Date: 11月 7th, 2008
Cate: 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと

瀬川冬樹氏のこと(その17)

今日で、瀬川先生が亡くなられて27年経つ。1年前は、27回忌だった。

26年という歳月は、
人が生れ、育ち、結婚し、子どもが生れ、家庭を築くにも十分な、そういう時間である。
当時、瀬川先生より若かった人も、いまでは瀬川先生の年齢をこえている。

熊本のオーディオ店での瀬川先生のイベントに毎回かかすことなく通っていただけでなく、
毎回一番乗りだったし、最初のころは学生服で行っていたこともあり、顔を覚えてくださっていた。

私がステレオサウンドに入ったとき、すでに亡くなられていた。瀬川先生と仕事をしたかった、
と、思っても仕方のないことを、いまでも思う。

そんな私が、27回忌の集まりの幹事をやっていいものだろうか、
私がやって、何人の方が集まってくださるのか、そんなことも思っていた。

おひとりおひとりにメールを出していく。
メールを受けとられた方が、他の方に声をかけてくださった。

オーディオ関係の仕事をされている方にとって、この時期はたいへん忙しい。
にもかかわらず、菅野先生、傅さん、早瀬さんをはじめ、
瀬川先生と親しかった輸入商社、国内メーカーの方たち、
ステレオサウンドで編集部で、瀬川先生と仕事をされた方たち、
サンスイのショールームの常連だった方たち、
みなさんに連絡するまでは、数人くらいの集まりかな……、と思っていたのに
多くの方が集まってくださった。

幹事の私でも、初対面の方がふたり、
約20年ぶりにお会いする方がふたり、数年ぶりという方がふたり。

「おっ、ひさしぶり」「ご無沙汰しております」という声、
「はじめまして」という声と名刺交換が行なわれてはじまった集まりが、
26年の歳月を感じさせず、盛り上がったのは、みんなが瀬川冬樹の熱心な読者だからであろう。

集まりの最後、菅野先生が仰った、
「みんなの中に瀬川冬樹は生きている」

みんなが、この言葉を実感していたはず。

Date: 11月 6th, 2008
Cate: 瀬川冬樹

11月6日(2年前)

2年前の11月6日、そのころはmixiに登録していたので、そこそこ利用していた。
mixi内に瀬川先生のコミュニティがあるのは知っていたが、参加者も少なく、
発言もほとんどないので登録することはなかったが、
この日は、ふと、もしかして、と思いがあって、のぞいてみた。

参加者がひとり増えていることに気がついた。
そして、その人のハンドルネームと写真(加工してあったが)を見て、
すぐに「あっ、Kさんだ」と気がついた。

ステレオサウンドにも、スピーカーの自作記事を書かれていたし、
資料的価値の高いイラストも描かれていた人で、
瀬川先生のデザインのお弟子さんだ。

ステレオサウンドを辞めて以来だから、ほぼ20年ぶり。
さっそくmixiを通じてメッセージを送った。
Kさんの連絡先はわからなくても、mixiに登録しているだけで連絡がとれる、ありがたい。
返事がとどいた。憶えていてくださった。

それから、Kさんを通じて、サンスイに勤務されていて、
西新宿にあったショールームで、
瀬川先生、菅野先生のイベントを企画されていたNさんの連絡先もわかった。

それから2ヶ月後には、やはりmixiを通じて、
オーデックスに勤められていたYさんとも連絡がとれた。

みなさん、瀬川番と呼ばれていた方たちだ。

インターネットの普及と、その力のおかげだが、不思議なものである。

明日、11月7日は立冬。
瀬川冬樹先生の命日だ。

Date: 11月 5th, 2008
Cate: サイズ, 傅信幸

サイズ考(その27)

ワトソン・オーディオのModel 10の外形寸法は、横幅60×高さ120×奥行き55cmである。

全体の構成は、横幅60×高さ40×奥行き55cmほどのエンクロージュアの上に、薄い衝立が立っている。
5ウェイで、ウーファー(20cm口径を2発)をエンクロージュアにおさめ、
上の帯域のユニットは、衝立に取りつけられている。
ダルキストのDQ10に、このへんのつくりは似ている。
ウーファー部分だけ、サブウーファー単体として発売されていた。

>Model 10の公称周波数特性は、17〜25000Hz(±5dB)である。
ウーファー部分を、単体のサブウーファーとして発売するのも頷けるレンジの広さである。
しかもさほど大きいサイズでもない。
板厚が不明なので内容積は正確にはわからないが、70リットル前後か。
ブックシェルフ型スピーカー程度の大きさだ。

このウーファー・エンクロージュアには、ヘリウムガスを封入されていた。
ヘリウムガスの音速は、通常期空気のおよそ1/3程度だ。
つまり内容積は、縦・横・奥行きがすべて3倍になるため、3の3乗で27倍に相当する、
というのがワトソン・オーディオの説明であり、特許を取得していたはずだ。

70リットルとして、27倍となると、1890リットル。
壁にユニットを取りつけて、隣室をエンクロージュア代わりに使うようなものだ。

残念ながら、このスピーカーも実物を見たこともない。

けれど、ステレオサウンドにいたころ、傅 信幸さんの試聴中に、なにかのきっかけで、
このスピーカーの話になったときに、
「あのスピーカーの、低音はすごかった、新品の時はね。」

やはりヘリウムガスが、どうしても抜けてくる。
エンクロージュア内部にはビニールを使うなどして、もちろん工夫してあったのだが、
完全な密閉構造は、たやすくない。

ヘリウムガスが抜けてしまった後の音は、
「ふつうの、あのサイズのスピーカーの低音」だそうだ。

とはいえ、このスピーカーの指向しているものは、いまでも興味深い。

Date: 11月 4th, 2008
Cate: サイズ

サイズ考(その26)

1980年ごろ、日本に一時期輸入されたブランドに、ワトソン・オーディオがある。
クレルを創立する前に、ダニエル・ダゴスティーノが在籍していたことや、
ガス入りのコンデンサー型スピーカー、XG8を開発したカナダのデイトンライトのグループ企業である。

XG8は、ガスを入れることでコンデンサー型スピーカーの弱点である耐入力を改善するとともに、
フルレンジの8枚のパネルを上下に4枚ずつ配置。それぞれに角度を持たせることで、
たしか斜め方向への指向性を強くしていたように記憶している。
ステレオ再生に求められる指向性を研究しての結果らしい。
残念ながら、実物を見たこともないので、どんなふうに音場感が展開するのかは不明。

コントロールアンプのSPSも、奥に長いシャーシで、リアパネルのラッチを外すと、
シャーシ全体が二分割されるという、メインテナンスに配慮した構造を持っていた。

それから、この時代にめずらしい、本格的なヘッドフォンアンプも製品化していたはずだ。

そういう、他社の製品とは、どこか一味違う製品をつくっていた会社のもうひとつのブランド、
短命で終ったものの、ユニークなスピーカーだった。

小型スピーカーではなく、コンパクトスピーカーと呼べる、はじめての製品かもしれない。

Date: 11月 3rd, 2008
Cate: 言葉

石井幹子氏の言葉

いま発売されている週刊文春11月6日号に掲載されている、
照明デザイナーの石井幹子氏のインタビュー記事は、
そのままオーディオに置き換えられる興味深い話がいくつもある。

石井氏は、フィンランドの著名な照明デザイナーのリーサ・ヨハンセン・パッペ氏の教え、
「照明で最も大事なのは光源」
「光は見るものではなく浴びるもの」
「ルックス(明るさの単位)は数字でなく感覚で理解すること」
このライティングの基礎がいまも座右の銘と語られている。

これらは、こう置き換えられるだろう。
「オーディオで最も大事なのは音源」
「音は聴くものではなく浴びるもの」
「dB、Hzは数字でなく感覚で理解すること」

さらに「人を魅きつけるあかりは陰翳のグラデーションの中にこそある」、と語られ、
「照らしすぎた照明では、人は『見える』としか感じられない」、とされている。

情報量の多すぎた音では、人は「聴こえる」としか感じられない、
そういう面が、いまのオーディオにはあるような気がしてくる。

例として、石井氏は、
「目の前の茶碗ひとつにしても、ポッと柔らかなあかりが灯ったところ──
明と暗の中間に美しい陰翳があれば、人の記憶に訴える」ことをあげられている。

情報量が多いだけの音では、記憶に訴えられない、
そんな音で聴いて、音楽が記憶に残るのだろうか、
心を揺さぶるのだろうか。

柔らかな明かりで陰翳をつくれば、ディテールはどうでもいいというわけではない。

「仕事はディテールこそが全体を左右する」と言われている。

欧米の文化が「光と闇の対比」で照明をとらえるのに対して、
日本的な「光と闇の中間領域のグラデーションの美」を表現してみたい、とのこと。

示唆に富む言葉だと思う。

わずか3ページの記事だが、ぜひ読んでもらいたい。

もうひとつだけ。
経験則として語られているのが、人の記憶を呼び覚ます照明デザインは理屈じゃなく、
「肩を寄せあって見つめるにふさわしいあかり」を実現できれば、
「人はそのあかりのもとに集まってきてくれるだろう」と。

なぜ音に関心をもつ人が少数なのか。そのことをもういちど考えなおす、良きヒントだと思う。

Date: 11月 3rd, 2008
Cate: 真空管アンプ

真空管アンプの存在(その16)

伊藤先生を始めとする真空管アンプの製作記事に共通していえるのは、プリント基板を使ったものは、
私が当時見たかぎりではひとつもなかった。

トランジスターアンプでは、プリント基板を使うのが、メーカー製でも自作でも当然だが、
真空管アンプでは使用パーツ点数がトランジスターアンプに比べてそれほど多くないこと、
真空管まわりのパーツも、ソケットとラグ板を利用することで、
プリント基板を使う必要性があまりないこともあってのことだろう。

それにマランツやマッキントッシュの真空管アンプも使っていなかった。
だから真空管アンプ・イコール・プリント基板レスというイメージができあがっていた。
もちろん配線の美しさに、つくった人の技倆がはっきりと現われるけれど。

サウンドボーイ誌には、伊藤先生のワイヤリングを、「美しく乱れた」と表現してあり、
まさしくそのとおりだな、と納得したものだ。

手配線は、つくる人の技倆によって出来不出来が、多少ならずとも生じてしまう。
メーカーが、同じ性能をモノをいくつもつくらなければならない、
そのためにプリント基板を使うのは理解できる。

それでも、当時のアメリカから登場した新興メーカーの真空管アンプの内部のつくりは、
写真を見ると、かなりがっかりさせられた。

Date: 11月 2nd, 2008
Cate: 真空管アンプ

真空管アンプの存在(その15)

トランジェント特性に優れた方式は、コンプレッションドライバーとホーンの組合せだけではない。
インフィニティ、マグネパンやコンデンサー型スピーカーが振動板に採用しているフィルム。
この軽量のフィルムを、全面駆動、もしくはそれに近いかたちで駆動する方式だ。

いろんな面でまったく正反対だ。
コンプレッションドライバーとホーン型の組合せには、感覚的にだが、ある種の「タメ」があり、
次の瞬間勢いよく立ち上がる。そんな感じを持っている。

一方、軽量のフィルムを振動板に使ったスピーカーはどうか。
それは親指でおさえずに人さし指でモノを弾くのに似ているように思う。
駆動力が確実に伝われば、軽量のフィルムは、すっと立ち上がる。

しかもフィルム振動板の多くは、フィルムにボイスコイルを貼り合せたり、エッチングしたりする。
コンプレッションドライバーのダイヤフラムのように、ボイスコイル、ボイスコイルボビン、
ダイヤフラムというふうに振動が伝わるわけではない。

コーン型にしろドーム型、コンプレッションドライバーも、
ボイスコイルボビンの強度はひじょうに重要である。

コンプレッションドライバーとホーンの組合せと、フィルム振動板の大きな違いは、
放射パターンにもある。

マグネパンやコンデンサー型スピーカーがそうであるように、
後面にも前面と同じように音が放射される。もちろん位相は180度異る。

インフィニティのEMI型ユニットは、後面の放射をコントロールしているが、
インフィニティはシステムとしてまとめるとき、
エンクロージュア後面にもEMI型ユニットを取りつけている。
前面に取りつけているユニット数よりも少ないものの、
同社のフラッグシップモデルだったIRS-Vは、EMI型トゥイーター、つまりEMITユニットを、
前面24個、後面12個という仕様になっている。

トランジェント特性の優れたもの追求しながら、
日本(コンプレッションドライバーとホーンの組合せ)と
アメリカ(軽量フィルム振動板によるダイポール特性)の違い、
このことがアメリカから登場した真空管のコントロールアンプに大きく影響していると考えている。

Date: 11月 2nd, 2008
Cate: 五味康祐

「神を視ている。」(補足)

フルトヴェングラーは、マタイ受難曲について、
「空間としての教会が今日では拘束となっている。
マタイ受難曲が演奏されるすべての場所に教会が存在するのだ。」
と1934年に書いている。

五味先生が、フルトヴェングラーの、この言葉を読まれていたのかどうかはわからないが、
五味先生の「神を視ている」は、フルトヴェングラーと同じことを語っている。そう思える。

Date: 11月 2nd, 2008
Cate: 五味康祐, 情景

情景(その2)

五味先生の著書「五味オーディオ教室」でオーディオの世界に入った私にとって、
冒頭でいきなり出てきた「肉体のない音」という表現は、まさしく衝撃的だった。

演奏家の音をマイクロフォンで拾って、それを録音する。
そしていくつかの工程を経てレコードになり、聴き手がそれを再生する過程において、
肉体が介在する余地はない、と五味先生も書かれている。

けれど、鳴ってきた音に肉体を感じることもある、とも書かれている。

「肉体のある音」とはどういう音なのか。

ほとんど経験というもののない中学生は、リアリティのある音、
ハイ・フィデリティという言葉があるのなら、ハイ・リアリティという言葉があっていいだろう。
そんなふうに考えた。

いま思えば、なんと簡単に出した答えだろう、と。
けれど、それからずっと考えてきたことである。

Date: 11月 1st, 2008
Cate: 真空管アンプ

真空管アンプの存在(その14)

トランジェント特性、いわゆる過渡特性の優れたスピーカーを語るとき、ホーン型は無視できないだろう。
ここで言うホーン型は、コンプレッションドライバーとの組合せを指す。
ドイツのアバンギャルドは、ホーンを採用しているが、コンプレッションドライバーには否定的である。

最初に断っておくが、コンプレッションドライバーとホーン型スピーカーについて、
感覚的なことを書いていく。

20年ぐらい前からなんとなく思ってきたというか、感じてきたことだが、
コンプレッションドライバーとホーン型スピーカーの動作は、
指で何かモノをはじくときに似ていないかということ。

ふつう人さし指(もしくは中指)を親指で抑えて、
人さし指にある程度力が蓄えられたときに、
親指からはなれると、勢いよく人さし指が前に動く。

親指で抑えずに、人さし指だけを動かしてみると、
どんなに速く動かそうとしても、軌道も安定しないし、スカスカといった感触の動きになる。

コンプレッションドライバーには、この親指の抑えの働きみたいなものが作用しているのでは。
いうまでもダイヤフラムが人さし指にあたる。

親指で抑えられた人さし指は、抑えられていないときに較べて、
力が蓄えられるまでの間、わずかとはいえ時間を必要とする。
コンプレッションドライバーのダイヤフラムも、
コーン型やドーム型のダイレクトラジエーター型にくらべて、
ほんのわずかかもしれないけど、時間を必要とするのかもしれない。
そのかわり、ダイヤフラムは解きはなたれたように、パッとすばやく立ち上がる。

この間(ま)というか、ほんの一瞬の「タメ」と、
すばやいダイヤフラムの動きが、
コンプレッションドライバーとホーン型スピーカーの魅力をつくっているようにも思える。

さらにつけ加えるなら、コンプレッションドライバーのダイヤフラムのエッジも、
ドーム型やコーン型とくらべると硬いことも関係しているだろう。

Date: 11月 1st, 2008
Cate: LS3/5A, 五味康祐, 情景

情景(その1)

LS3/5Aを情緒的なスピーカーと表現したが、
すこし補足すると、歌の情景を思い浮ばせてくれるスピーカーといいたい。

クラシックを聴くことが圧倒的に多いとはいえ、やはり日本語の歌が無性に聴きたくなる。
だからといって、J-Popは聴かない。歌(言葉)が主役とは思えない曲が多いようにも感じるし、
すべてとは言わないが、歌詞に情緒がない、情景が感じられないからである。

いいとか悪いとかではなく、中学・高校のときに聴いてきた日本語の歌が、
もっぱらグラシェラ・スサーナによる、いわゆる歌謡曲で、それに馴染みすぎたせいもあろう。

「いいじゃないの幸せならば」「風立ちぬ」(松田聖子が歌っていたのとはまったく違う曲)
「夜霧よ今夜も有難う」「別に…」「粋な別れ」など、まだまだ挙げたい曲はあるが、
スサーナによるこれらの歌を聴いていると、なにがしかの情景が浮かぶ。

だがどんなスピーカーで聴いても浮かぶわけではない。
目を閉じて聴くと、間近にスサーナのいる気配を感じさせる素晴らしい音を聴いたからといって、
必ずしも情景が浮かぶわけではない。
すごく曖昧な言い方だが、結局、聴き手の琴線にふれるかどうかなのだろう。
まだ他の要素もあるとは思っている。

だから私にとって、情景型スピーカーであるLS3/5A(ロジャースの15Ω)が、
他の人にとっては、なんてことのないスピーカーと感じられるかもしれない。

そして五味先生の文章にも情景を感じられる。
そして、この「情景」こそが、
五味先生が言われる「肉体のある音」「肉体のない音」につながっていくように思えてならない。

まだまだ言葉足らずなのはわかっている。
追々語っていくつもりだ。

Date: 11月 1st, 2008
Cate: Wilhelm Furtwängler

1932年

フルトヴェングラーの「音楽ノート」の所収の「カレンダーより」の1932年に、
ラジオの聴衆が音楽会から受けとる、あの栄養素のない、ひからびて生気のぬけた煎じ出しを
心底から音楽会の完全な代用物とみなすことができるのは、
もはや生の音楽会が何であるかを知らない人たちだけである。
と書いている。

フルトヴェングラーはレコードを信用していなかったことは有名な話である。
だから、この記述に驚きはしないが、この1932年9月25日にグレン・グールドは生を受けている。

単なる偶然、そう、たぶんそのとおりだろう。
けれど、ごっちゃにしすぎと言われそうだが、
菅野沖彦、長島達夫、山中敬三の三氏の誕生月も、1932年の9月である。

レコードの可能性、オーディオの可能性を信じてきた人たちが、ここに集中しているのは、
ほんとうに偶然なのだろうか。