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Date: 9月 11th, 2011
Cate: BBCモニター, LS3/5A, 瀬川冬樹

BBCモニター考(LS3/5Aのこと・その13)

ステレオサウンド別冊「コンポーネントステレオの世界 ’78」では、
前年の「コンポーネントステレオの世界 ’77」では読者と評論家の対話によって組合せがつくられていったのに対し、
最初から組合せがまとめられていて、それを読者(愛好家)の方が聴いて、というふうに変っている。
そして、組合せはひとつだけではなく、もうひとつ、価格を抑えた組合せもある。

山中先生による「ひと昔まえのドイツ系の演奏・録音盤を十全なかたちで再生」するシステムは、
QUAD・ESLのダブルスタック(アンプはマークレビンソンのLNP2とQUADの405)のほかに、
スペンドールのBCIIを、スペンドールのプリメインアンプD40で鳴らす組合せをつくられている。

このBCIIの組合せの音については、つぎのように語られている。
     *
ぼくもBCIIとD40という組合せをはじめて聴いたときには、ほんとうにびっくりしました。最近のぼくらのアンプの常識、つまりひじょうにこった電源回路やコンストラクション、そしてハイパワーといったものからみると、このアンプはパワーも40W+40Wと小さいし、機構もシンプルなんだけれど、これだけの音を鳴らす。不思議なくらい、いい音なんですね。レコードのためのアンプとして、必要にして十分ということなんでしょう。ぼくもいま買おうと思っていますけれども、山中さんがじつにうまい組合せをお考えになったなと、たいへん気持よく聴かせていただきました。
     *
この山中先生の組合せの記事のなかで、瀬川先生の発言は、じつはこれだけである。
最初読んだときは、QUAD・ESLの音についての発言を読み落とした? と思い、ふたたび読んでみても、
瀬川先生の発言はこれだけだった。

当時(1977年暮)は、その理由がまったくわからなかった。

Date: 9月 10th, 2011
Cate: BBCモニター, LS3/5A, 瀬川冬樹

BBCモニター考(LS3/5Aのこと・その12)

瀬川先生は、QUAD・ESLのダブルスタックに対して、どういう印象を持たれていたのか。

ステレオサウンド 38号で岡先生がQUAD・ESLのダブルスタックの実験をされている。
「ベストサウンドを求めて」という記事の中でダブルスタックを実現するために使用されたスタンドは、
ESL本体の両脇についている木枠(3本のビスでとめられている)を外し、
かわりにダブルスタックが可能な大型の木枠に交換する、というものだ。

このダブルスタック用のスタンドは、
1977年暮にステレオサウンド別冊「コンポーネントステレオの世界 ’78」でも使われている。

「ひと昔まえのドイツ系の演奏・録音盤を十全なかたちで再生したい」という読者の方からの要望に応えるかたちで、
山中先生が提案されたのが、QUAD・ESLのダブルスタックだった。
ここでダブルスタック実現のため使われたのが、38号で岡先生が使われたスタンドそのものである。

「コンポーネントステレオの世界 ’78」では、
井上卓也、上杉佳郎、岡俊雄、菅野沖彦、瀬川冬樹、山中敬三、六氏が組合せをつくられているが、
この組合せの試聴すべてに瀬川先生がオブザーバーとして参加されている。
つまり山中先生がつくられたESLのダブルスタックの音を瀬川先生は聴かれているわけだし、
その音の印象がどうなのか、「コンポーネントステレオの世界 ’78」の中で、
もっとも関心をもって読んだ記事のひとつが、山中先生のESLのダブルスタックだった。

ところが、何度読み返しても、ESLのダブルスタックの音の印象についてはまったく語られていない。

Date: 9月 10th, 2011
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(続々45回転のこと)

もうひとつ、倍速で回転させたアナログディスク再生の音を、76cm/secで録音して38cm/secで再生した音がある。
一度実験してみたいけれど、いまとなってはなかなか器材を揃えるのが大変。
試す機会は、これから先もないだろう。
どういう結果が得られるのか、想像するしかない。

いったい、どの音が、どんなふうに鳴るのだろうか。

じつは私がいちばん聴いてみたいのはアナログディスクを倍速で回転させた音である。
回転数が増せば、トレースの困難になることが顕在化してくる。
倍速で回転させてもトレースの安定したものを使うことになるし、各部の調整はしっかりと行なうことになるが、
トレースの問題をクリアーできれば、アナログディスク倍速を録った音が、いちばんいい音、
というよりも、私がアナログディスク再生に求めている音の良さを、もっとも色濃く持ってそうな気がしてならない。

これは考えての予測ではなくて、感覚的な直感による予感でしかない。
もし私の予感があっていたら、ハーフ・スピード・カッティングに対しての疑問がその分大きくなる。

とはいってもカッティングとトレースは、まったく別の運動であるから、
片方での結果が、もう片方の結果を予測するためのものとして有効かどうかは、正直わからない。
それにカッティングの経験も、当然ない。

だからどれだけ考えても……、というところがある。
ただそれでも直感的には、カッティングもトレースも「勢い」という要素を無視できない、と感じている。
これが、私のハーフ・スピード・カッティングに対する疑問につながっている。

Date: 9月 9th, 2011
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(続45回転のこと)

たとえばこんなことを考えてみた。

ハーフ・スピード・カッティングが本質的に優れた方法であるならば、
アナログディスクの再生において、その逆、つまりハーフ・スピード・トレースもいいのか、ということである。

もちろんアナログディスクの回転数を半分に落してしまっては音楽にならない。
だからテープに録音して、その音を比較してみる。
ここで使用するテープデッキはテープスピードが変えられるものということでオープンリールデッキとなる。

通常回転で再生した信号を38cm/secで録音する。
ハーフ・スピードで再生したものを19cm/secで録音する。
再生時には、どちらも38cm/secでまわす。
ハーフ・スピード・カッティングと反対の手順を踏むわけである。

こうやって録音した音は、いったいどういう結果になるのだろうか。
ほとんど差がわからないほど、つまり同じ音になるのか、
それともハーフ・スピード・トレースしたほうが、より音溝を正確に信号に変換したと思わせる音になるのだろうか、
意外にも通常の回転数で再生したときの音が、いちばんよかったりするのだろうか。

Date: 9月 9th, 2011
Cate: BBCモニター, LS3/5A, 瀬川冬樹

BBCモニター考(LS3/5Aのこと・その11)

HQDシステムが、非常に高い可能性をもつシステムであることは理解はできる書き方だった。
結局、瀬川先生も書かれているように、そのとき鳴っていたHQDシステムの音は、
マーク・レヴィンソンが完全に満足すべき状態では鳴っていなかったこと、
それでもマーク・レヴィンソンが意図して音であること、
そして瀬川先生だったら、もう少しハメを外す方向で豊かさを強調して鳴らされるであろうこと、
これらのことはわかった。

このときは、瀬川先生が背の高いスピーカーシステムを好まれない、ということを知らなかった。
最初に読んだときも気にはなっていたが、それほと気にとめなかったけれど、たしかに書いてある。
     *
左右のスピーカーの配置(ひろげかたや角度)とそれに対する試聴位置は、あらかじめマークによって細心に調整されていたが、しかしギターの音源が、椅子に腰かけた耳の高さよりももう少し高いところに呈示される。ギタリストがリスナーよりも高いステージ上で弾いているような印象だ。これは、二台のQUADがかなり高い位置に支持されていることによるものだろう。むしろ聴き手が立ち上がってしまう方が、演奏者と聴き手が同じ平面にいる感じになる。
     *
HQDシステムの中核はQUADのESLをダブルスタック(上下二段重ね)したもので、
この2台(というよりも2枚)のESLは専用のスタンドに固定され、
しかも下側のESLと床との間にはけっこうなスペースがある。
HQDシステムの寸法は知らないが、どうみても高さは2mではきかない。2.5m程度はある。
瀬川先生が「横倒しにしちゃいたい」パトリシアン600よりも、さらに背が高い。

これは瀬川先生にとって、どんな感じだったのだろうか。
HQDシステムの背の高さはあらかじめ予測できたものではあっても、
それでも予測していた高さと、実際に目にした高さは、また違うものだ。

HQDシステムの試聴場所はホテルの宴会場であり、天井高は十分ある状態でも、
背の高すぎるスピーカーシステムである。
これが一般的なリスニングルームにおさまったら(というよりもおさまる部屋の方が少ないのではないだろうか)、
見た目の圧迫感はもっともっと増す。それは実物を目の当りにしていると容易に想像できることだ。

瀬川先生がHQDシステムの実物を見て、どう思われたのかは、その印象については直接書かれていない。
それでもいい印象を持たれてなかったことだけは確かだろう。

Date: 9月 9th, 2011
Cate: BBCモニター, LS3/5A, 瀬川冬樹

BBCモニター考(LS3/5Aのこと・その10)

すこし横道にそれてしまうけれど、
ステレオサウンド 46号に「マーク・レビンソンHQDシステムを聴いて」という、
瀬川先生の文章が2ページ見開きで載っている。

当時、ステレオサウンドの巻末に近いところで、このページを見つけたときは嬉しかった。
マークレビンソンのHQDシステムの試聴記が、ほかの誰でもなく瀬川先生の文章で読めるからだ。

マークレビンソンのHQDシステムについて知っている人でも、実物を見たことがある人は少ない、と思う。
さらに音を聴いたことのある人はさらに少ないはず。

私も実物は何度か見たことがある。
秋葉原のサトームセンの本店に展示してあったからだ。
いまのサトームセンからは想像できないだろうが、当時はオーディオに力を入れていて、
HQDシステムがあったくらいである。
サトームセン本店以外では見たことがない。

ただ残念なことに音が鳴っていたことはなかった。
「聴かせてほしい」といえるずうずうしさもなかった。

ステレオサウンド 46号の記事は、サトームセンで見る3年ほど前のこと。
そのときは実物をみることすらないのではないか、と思っていたときだった。

わくわくしながら読みはじめた。
ところが、読みながら、そして読み終って、なんだかすこし肩透しをくらったような気がした。
だから、もういちどていねいに読みなおしてみた。

でも、私が勝手に期待していたわくわく感は得られなかった。

Date: 9月 8th, 2011
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(45回転のこと)

ステレオサウンド 45号に、マーク・レヴィンソンのインタビュー記事が載っている。
そのなかで、レコードのカッティングについて語っているところがある。
     *
音質という点から見ると、ディスクに直接カッティングするのに比べて、テープに録ったものをハーフ・スピードでカッティングする方が、実際に優れた面があると云えます。レコードのカッティングに関しての根本的な制約のひとつは、カッティング・ヘッドそのもののスルーレイトです。マーク・レビンソン・アクースティック・レコーディング社では現在のところまだハーフ・スピード・カッティングを行なってはいません。いま私たちはハーフ・スピード・コレクターを開発中で、これはちょっと考えるよりずっと難しい仕事なのです。
     *
マーク・レヴィンソンが語る、カッティング・ヘッドのスルーレイトが問題になるというのは、
彼が制作していた45回転のLPについての問題なのか、それとも通常の33 1/3回転のLPに対しても、
カッティング・ヘッドのスルーレイトが不足している、といいたいのかは、この記事でははっきりしない。

このカッティング・ヘッドのスルーレイトは、
33 1/3回転よりも45回転のLPをカッティングするほうがより問題になるし、
さらにオーディオラボの「ザ・ダイアログ」の78回転盤では、さらに大きな問題になってくる。

音のよいLPをつくるために回転数をあげると、再生側ではレコードのわずかな反りも、
33 1/3回転では問題にならなくても、
使用機材や調整の不備があれば45回転では顕在化してくることもあると同じように、
制作・製作側でも、回転数があがることのメリットを最大限に発揮するためには、
ただ単にいままでのやり方のまま回転数をあげれば済む、ということではないことが、
マーク・レヴィンソンのインタビュー記事を読むとわかってくる。

だが、それでもその問題の解決法としてハーフ・スピード・カッティングが、
はたして本質的な解決法だろうか、とは思っている。
たしかにカッティングの回転数を半分にする。
45回転ならば22 1/2回転、33 1/3回転ならば16 2/3回転にして、
テープデッキのテープスピードも、
38cm/secならば19cm/secに、76cm/secならば38cm/secにおとして再生することになる。

カッティングの回転数が半分になれば、カッティング・ヘッドのスルーレイトは等価的に高くなる。
これで問題解決、いい音のレコードができるのか、という直感的な疑問がわいてくる。

Date: 9月 8th, 2011
Cate: High Fidelity

ハイ・フィデリティ再考(その29・追補)

昨夜(9月7日)の、「幻聴日記」の町田秀夫さんとの公開対談で「レコード演奏家」について、すこし語った。

「レコード演奏家」を英訳すると、町田さんが「幻聴日記」に書かれているように、Record Player となる。
菅野先生も最初「レコード演奏家」の英訳として、Record Player と書かれている。
その後、JBLのスタッフの「レコード演奏家」の概念について話し合われて、
英訳は Record Music Player と改められている。

ただRecord Player にしてもRecord Music Player にしても、そして「レコード演奏家」にしても、
オーディオにさして関心のない方にこれらの表現を使って、概念は伝わり難い。
レコード(アナログディスク、CDだけでなく記録されているメディアすべて)とオーディオとの関係、
それぞれの存在性について語っていかなければ、まず理解はされない、と思う。

「レコード演奏家」論をきちんと読んでいる人に対しては、
Record Player、Record Music Player、どちらもストレートに、その意味するところが伝わるし、
むしろ「演奏者」ではなく「演奏家」という表現に、
すこしばかり抵抗(そこまでいかなくてもそれに近いもの)を感じている人にとっては、
日本語での「レコード演奏家」よりも、
Record Player、Record Music Playerのほうがより抵抗感なく使えるのかもしれない。

私自身、菅野線瀬の「レコード演奏家」論には賛同・共感しても、
私自身の年齢もあってのことだが、「演奏家」という表現には中途半端な年齢にも感じていて、
まだ「演奏者」のほうがいいのだが、
「レコード演奏者」となると、なんとなく語感がしっくりこないところも、感じてはいる。

これらのことをふまえて、私としては、Player よりも、Reproducer としたほうが、よりいいのでは、と考える。

この項、それに別項の「音を表現するということ」でも書いているように、Re(リ)にあえてこだわりたい。
いまではHi-Fiと略されることが多いが、正確には High Fidelity Reproduction である。

Record Music Reproducer──、
これが、現在の私の「レコード演奏家」論に対する解釈でもある。

Date: 9月 8th, 2011
Cate: 録音

50年(その10)

テープやなにがしかのメディアに音を記録することを「録音」という。

昨日書いたことの、脳にいったん記憶して音を聴いているとすれば、
それは「憶音」と呼びたい。

Date: 9月 7th, 2011
Cate: 録音

50年(その9)

同じ場所で、同じ時間に、同じ音を聴いても、聴く人によって、その印象は同じところもあれば、
まったく異ることも珍しくはない。

同じ場所で、同じ時間といっても、厳密には、それぞれの人が坐っている位置にはわずかの違いがある。
そのことによる音の違いは当然あるわけだが、
ここでいっている受け手による印象が大きく異ることに関しては、そんなことが関係してのこととは考えにくい。

あきらかに、他の要素が関係しているはずである。
そう考えたとき、妄想じみた考えではあるが、人はその場で鳴っている音を聴いているのではなく、
実のところ、いったん脳に記憶にされた音を聴いているのではないだろうか。

つまり3ヘッドのテープデッキのような仕組みである。
録音ヘッドがテープに記録した磁気変化を、すぐ隣りにある再生ヘッドが読み取り電気信号へと変換する。
テープが脳にあたる。
ただひとつ違うのは、テープには「記録」されるのであって、脳には「記憶」されることだ。

記憶は、まわりの事象と無関係ではない。
むしろそういった事象と密接に関係している、と私は思う。
だから同じ音を聴いていても、人によって事象との関係性の広さ・深さは違う。
つまり脳にいったん記憶される音がすでに違っている。

音を聴くという行為が、それを再生しているのであれば、
そこで鳴っていた「音」が人によって違っていて、むしろ当然であり、
完全に同じであることの方がむしろおかしい、ともいえる。

Date: 9月 7th, 2011
Cate: BBCモニター, LS3/5A

BBCモニター考(LS3/5Aのこと・その9)

山中先生は、この点どうかというと、パトリシアン600を使われていることからもわかるように、
背の高いスピーカーシステムに対して、瀬川先生のように拒否されるところはないわけだが、
以前書いたように、QUADのESLを、ぐっと思いきって上にあげて前に傾けるようにして聴くといいよ、
と、ESLを使っているときにアドバイスしてくださったことから、
むしろ瀬川先生とは反対に背の高いスピーカーシステム、
もしくは目(耳)の高さよりも上から音が聴こえてくることを好まれていたのでないか、とも思う。

スピーカーシステムの背の高さ(音が出る位置の高さ)を強く意識される方もいれば、
ほとんど意識されない方もいる。
これはどうでもいいことのように思えても、スピーカーシステムの背の高さを強く意識されている方の評価と、
そうでない方の評価は、そこになにがしかの微妙な違いにつながっていっているはず。

だから、なぜその人が、
そのスピーカーシステムを選択されたのか(選択しなかったのか)に関係してくることがあるのを、
まったく無視するわけにはいかないことだけは、頭の片隅にとどめておきたい。

メリディアンのM20もQUADのESLも、そのまま置けば仰角がつく。
フロントバッフル(もしくはパネル面)がすこし後ろに傾斜した状態になる。
これは何を意味しているのか、と思うことがある。
そして、メリディアンのM20をつくった人たち、QUADのピーター・ウォーカーは、
どんな椅子にすわっていたのか、とも思う。
その椅子の高さはソファのように低いものなのか、それともある程度の高さがあるものなのか。

私の勝手な想像にすぎないが、椅子の高さはあったのではないか、と思っている。
このことはESL、M20がかなでる音量とも関係してのことのはずだ。

Date: 9月 6th, 2011
Cate: BBCモニター, LS3/5A

BBCモニター考(LS3/5Aのこと・その8)

井上先生は「見えるような臨場感」、「音を聴くというよりは音像が見えるようにクッキリとしている」と、
瀬川先生は「精巧な縮尺模型を眺める驚きに緻密な音場再現」、
「眼前に広々としたステレオの空間が現出し、その中で楽器や歌手の位置が薄気味悪いほどシャープに定位する」、
こんなふうに表現されている。

どちらも視覚的イメージにつながる書き方をされている。
それこそガリバーが小人の国のオーケストラや歌手の歌を聴くのと同じような感覚が、そこにはある。
いうまでもなく、これは正しくLS3/5Aを設置して、正しい位置で聴いてこそ得られるものであって、
いいかげんな設置、いいかげんな位置で聴いていては、このような音場感は得られないし、
そうなるとLS3/5Aはパワーも入らないし、低域もそれほど低いところまでカヴァーできないし……など、
いいところなどないスピーカーシステムのように思われるだろうが、
それは鳴らし方・聴き方に問題がある、といえる。

とにかく、そういうLS3/5Aが小音量時に聴かせてくれる、
「見えるような臨場感」を、私は、LS3/5Aをすこしばかり上から眺めるような位置で聴きたい、と思う。

スピーカーシステムの位置と耳の位置の、それぞれの高さの関係については、
使っているスピーカーシステムによっても、その人の聴き方にも関係してくることであって、
ここには正解は存在しない、といえる。

たとえば瀬川先生は、背の高いスピーカーシステムを好まれない。
というよりも、音楽之友社から出ていた「ステレオのすべて」の1976年版のなかで、
菅野先生、山中先生との鼎談「オーディオの中の新しい音、古い音」でこう語られている。
     *
たとえば見た目から言ったってね、ぼくはご在じの通りね、昔から背の高いスピーカー嫌いなんです。どうしても目の高さよりね、音の出て来る位置が高くなっちゃうとね、なんだか全然落ち着かないわけね。これは本当に、この部屋に入って来て座った時から、見れば見るほど、ますます大きくなっていく感じがするわけね。すごい背が高い。
 ちっとも小さくならない、慣れても。たとえばこういう大きいスピーカーだったらぽくはどうしたって横倒しにしちゃいたいぐらいの感じです。これは横倒しにできないスピーカーだけれども。
     *
ここで語られている「この部屋」とは山中先生のリスニングルームであり、
「横倒しにしちゃいたい」スピーカーシステムは、エレクトロボイスのパトリシアン600のことである。

Date: 9月 6th, 2011
Cate: ナロウレンジ

ナロウレンジ考(その6)

80Hzから5kHzのバンドパスフィルターを通して、
国産の、ウーファーが30cm口径のブックシェルフ型スピーカーシステムを鳴らしたとしよう。

高域を5kHzでカットしているから、どのスピーカーシステムの音も、高域が伸びていないと、まず感じるだろう。
そしてしばらく、といっても数分間ではなく数十秒ほどそのまま聴いてみると、
高域が5kHzでカットしてあることをずっと意識させられる音を出すスピーカーシステムと、
意外にも耳が馴れてしまうのか、最初に聴いたときほど意識しない音を出すスピーカーシステムとに分れるはず。

高域の伸びが足りないことをずっと意識させられる音のスピーカーシステムでは、
そのまま音楽を聴きつづけていくことはしんどく感じられるようになる。
もう一方の、それほどナロウレンジになったことを意識させない音のスピーカーシステムでは、
そのまま音楽を聴きつづけていくことはできる。

なぜ、このようなことがおこるのか(前回書いたように実際に試したわけではないが、ほぼこうなるはず)。
それはスピーカーシステムそのものの音の質に関係している、と言われるだろう。
では、その音の質は、スピーカーシステムのどういうところと関係しているのか。

国産の30cm口径のウーファーをもつ3ウェイのブックシェルフであるなら、
どのメーカーのスピーカーシステムをもってきても、その周波数特性は80Hz〜5kHzは余裕でカヴァーしており、
ほぼフラットな特性でもある。
つまりこのことは80Hz〜5kHzのバンドパスフィルターを通して状態では、
周波数特性的には同じになるといっていい。
多少この帯域内において凹凸があっても、それすらもレベル的には小さい。

なのに高域が常に足りないと意識させる音と、そうでない音とに分れるということは、
聴感上の周波数特性的に差が出るということは、ほぼ間違いなく応答性・過渡特性に密接に関係しているはずだ。

Date: 9月 5th, 2011
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(その38)

12インチ・シングルでは、クラシックのディスクは出ない(まったく、というわけではないけれども)。
少なくとも私にとっては、12インチ・シングル = ケイト・ブッシュであり、
ロック・ポップスを堪能するためのメディアということである。

だから当時妄想していたのは、アナログプレーヤーを2台用意することだった。
1台はクラシックのディスクをうまく鳴らすために(つまり33 1/3回転用)、
もう1台は12インチ・シングル専用(45回転用)で、
プレーヤーについている回転数切替えを使うのではなく、
かけるディスクにおさめられている音楽の性格、傾向、鳴らし方がまるっきり違うのだから、
いっそのことそれぞれにうまくピントをあわせたプレーヤーを用意した方がいいのではないか、
そう考えて、リンのLP12を2台使いについて、妄想していたわけだ。

LP12は33 1/3回転専用のシングルスピード仕様だが、
モーターのプーリーを変えることで45回転のシングルスピード仕様にすることができた。

それぞれのLP12には、それぞれの目的(ディスク)に応じたカートリッジとトーンアームを組み合わせる。
33 1/3回転専用には、トーンアームはSMEの3009RかオーディオクラフトのAC3000MC。
ただオーディオクラフトにすると、ダストカバーが閉まらなくなる。

45回転専用には、12インチ・シングルの音楽によりぴったりとくるカートリッジを使いたい、
そうなるとEMTやエラック、オルトフォンといったヨーロッパ系のカートリッジではなく、
エンパイア、ピカリング、スタントンなどのアメリカのカートリッジをもってきたい。
これらは比較的軽針圧のものだから、トーンアームはSMEでも3009Rではなく、3009/SeriesIIIでまとめたい。
さらに贅沢が許されれば、それぞれにフォノイコライザーアンプも選びたくなる。

12インチ・シングルを楽しむためにできることは何があるのか。
こんなことをあれこれ妄想させるだけの「何か」が、
ケイト・ブッシュの12インチ・シングルから感じとれていたわけだ。

Date: 9月 5th, 2011
Cate: BBCモニター, LS3/5A

BBCモニター考(LS3/5Aのこと・その7)

CDの登場は、アナログディスクにはつきものであったサブソニックから解放されたことであり、
LS3/5Aにかぎらず、1970年代に開発されたBBCモニタースピーカーに共通してあった耐入力のなさは、
ある程度解消されていった。
あきからにLS3/5Aから得られる音量は、CDによって増していた。
もっとも、増した、といっても、あくまでもLS3/5Aでの話ではある。

CDの普及とともに、LS3/5Aサイズの小型スピーカーシステム用のスタンドがいくつか出はじめたことも関係してか、
LS3/5Aは、CD登場以前とは異る聴き方がされるようになってきた。

それまでは(アナログディスク時代)は、スタンドは使わず、
しっかりした造りの机の上に、手の届く距離に置いて聴く、というスタイルが多かったのではないだろうか。
すくなくとも私は、瀬川先生や井上先生がLS3/5Aについて書かれたものを読んで、
そういう使い方をイメージしていた。

こういう置き方を含め、低域の適切なコントロールなど、
制限された使いこなしの中でうまく鳴らしたとき、LS3/5Aの魅力は最大に発揮される──、
こんなふうにも思っていた。

実際にそうやって聴くLS3/5Aのひっそりとした親密な空気をかもしだす雰囲気は、
聴く音楽も音量も聴取位置も限定されるけれど、そんなことを厭わず鳴らしたときの魅力は、
何度でも書きたくなるほどのものを、私は感じている。

でも、いい変えれば、やや面倒なスピーカーシステムといえなくもなかったのが、
CDの安定した低域によって、すこしばかり気軽に鳴らせるようになった。

いまLS3/5Aをお使いの方は、スタンドに乗せて、という方が多いのかもしれない。
けれども、私にとっては、机の上に置くスピーカーシステムであり、
つまりこのことはスピーカーを上から眺めるようなかたちで聴く、ということでもある。