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Date: 12月 21st, 2011
Cate: 「オーディオ」考

「オーディオ」考(その5)

アクースティック蓄音器を、音を奏でる家具としてとらえてみた場合、
モノーラル時代に数多く登場してきたコーナー型のスピーカーシステムも、
家具としての見方が可能なようにも思えてくる。

アクースティック蓄音器に電気が加わり、いわゆる電蓄になり、
さらにそれまでひとつにまとめられていた構成パーツが単品パーツとして独立していく。
SPがLPになり、その傾向はますます強くなっていく。
もちろんこの時代にも電蓄と呼ばれるモノはあったし、その頂点にあるのがデッカのデコラであり、
デコラが、オーディオが家具だった時代の最後ともいえるだろう。

電蓄から、プレーヤー、アンプ、スピーカーシステムが独立して存在していくことで、
オーディオ(蓄音器といったほうがいいだろう)が家具だという印象も、同時に解体されていったのであろうが、
それでもスピーカーシステムに関しては、その大きさ、存在感からなのか、
まだまだ音を奏でる家具という印象が色濃く残っていた、と私は思う。

モノーラルLP時代の、いま名器と呼ばれているスピーカーシステムの多くはコーナー型である。
コーナー型である理由は、
部屋のコーナーをホーンの延長として利用して低音域の再生の拡充をはかることである、となっている。
たしかにオーディオ的・音響的にはそうであろうが、
家具としてスピーカーシステムをとらえた場合には、
それはコーナー型というのが必然的な形態ではなかったのか、と思えてくる。

タンノイのオートグラフ、JBLのハーツフィールド、エレクトロボイスのパトリシアン、
その他にも同時代のコーナー型スピーカーシステムはみな大型。
1954年にARのスピーカーシステムがワーフェデールの大型スピーカーシステムを公開試聴で負かすまでは、
充分な低音域を確保するためには大型化するのはさけられなかった。

大型であれば、それだけ部屋にあれば目につくことになる。
スピーカーシステムは音を鳴らさないときは、ほとんど何の役に立たない。
箱なのに、なにかを収納出来るわけでもない。
そんなモノが部屋の中にごろんとあったら、オーディオに関心のない家人はどう思うだろうか。
邪魔物でしかないはずだ。

だから大型スピーカーシステムほど、できるだけ部屋の中にあっても邪魔にならない場所、
つまり部屋のコーナーに、いわば押し遣られる。
そして家具として美しくなければならない。
これらの要求から生れてきたのが、
ハーツフィールドであったり、オートグラフ、パトリシアンなどのコーナー型スピーカーシステム──、
こんな想像も成りたつのではないかと思うのだ。

Date: 12月 20th, 2011
Cate: 朦朧体

ボンジョルノのこと、ジャーマン・フィジックスのこと(その53)

まだオーディオブームが続いていた1970年代後半とはいえ、
東京ほどにはあれこれいろんなオーディオ機器を聴ける(聴けた)というわけではない。
意外なモノが聴けた反面、意外なことではあるがGASのアンプを聴く機会は、田舎に住んでいたときはなかった。
だから、GASのアンプの音については瀬川先生の書かれたものが、私のなかでの評価そのものになっていた。

当時、瀬川先生はGASのアンプを、男性的な音と評価されていた。
もちろんいい意味での表現であるのだが、
それに続けて「私自身はもう少し女性的なやさしさや艶っぽさがなくては嬉しくなれない」とつけ加えられていた。
GASのアンプは線の細さを強調することはないことが、まず伝わってくる。
そして力に満ちた表現力をもっていることも。

まだ10代だった私は、アンプの音をまず音色でとらえていた。
もちろんその前提としてクォリティの高さはあるのだが、
あるクォリティをこえたアンプに対して、それについて書かれたものを読んで頭の中にイメージしていたのは、
くり返すが、そのアンプの音色についてだった、といえる。

音色的要素に気をとらえがちであったわけだ。
だからHIGH-TECNIC SERIES 3の井上卓也・黒田恭一・瀬川冬樹、三氏によるトゥイーターの鼎談を読んだとき、
つまり2405とT1について語られているのを読んだとき、
マークレビンソンとGASという対比は浮んでいなかった(GASのアンプを聴いていなかったことも関係しているが)。

けれど、いまは違う。
2405とT1について、井上先生は2405はトランジスターアンプの音、T1は管球アンプの音に喩えられていることは、
この項の(その48)に書いている。
井上先生がT1を管球アンプにたとえられたのは、音像が立体的に定位するからである。

じつは、出来た管球アンプがもつ、この良さはトランジスターアンプに移行したときに失われてしまった、
と私は思っている。
マークレビンソンのLNP2は新しいソリッドステートアンプ(トランジスターアンプ)の代表的な存在である。
それまでの管球アンプでは出し得なかった領域をLNP2がはじめて提示してくれた、といっても言い過ぎではない、と思う。
トランジスターアンプの可能性を、新しい音とともに表現したLNP2ではあるが、
その可能性は、トランジスターの可能性の、いわば半分だけだったようにも、いまは思う。
トランジスターの、もう半分の可能性を、やはり新しい音とともに表現した最初のアンプは、
実のところ、GASのThaedraとAmpzillaのはずだ。

Date: 12月 20th, 2011
Cate: 朦朧体

ボンジョルノのこと、ジャーマン・フィジックスのこと(その52)

思ってもどうにもならないことだけど、10年早く生れていたら、と思うことがないわけではない。
10年早く生れていていたら、1976年の10年前、1966年ごろからオーディオに興味をもっていたら、
トランジスターアンプの進歩を実際に音で体験していけたであろうし、
4チャンネル再生も同時代で体験できたはずだ。

1976年にはマークレビンソンもすでに登場していたし、SAEもAGIもGASなど、
真空管アンプ時代からソリッドステートアンプへ移行してきたマッキントッシュやマランツとは違う、
最初からソリッドステートアンプで名を挙げてきたメーカーが、すでに存在していた。

瀬川先生がJBLのSA600をはじめて聴かれたときの昂奮、
そしてマークレビンソンのLNP2をはじめて聴かれたときの驚きと、早く聴かなかったことの後悔、
こういったものは蓄音器の時代から、モノーラルからステレオの時代、
真空管アンプからソリッドステートアンプの時代、
そのソリッドステートアンプにしても初期のアンプと1970年代後半以降のアンプとの違い……、
そういったことを自分の耳で同時代に体験してきたからこそのものであり、
私が初めてLNP2を聴いたときの昂奮とは、まったく違うものであり、
こればかりは早く生れて早くから体験してきた人には(たとえ才能やセンスが同等であっても)かなわない。

マークレビンソン、SAE、AGI、スレッショルド、GASなどは、
いわば新しいソリッドステートアンプ(トランジスターアンプ)といえるし、
ステレオサウンドにも、この時代、そういうふうに紹介されていた。

とはいえ、この新しいトランジスターアンプの中でも、
ステレオサウンド別冊HIGH-TECHNIC SERIES 3でのトゥイーターの試聴におけるJBLの2405とピラミッドのT1に、
それぞれあてはまるのが、2405にはマークレビンソン、ピラミッドT1にはGASである。

Date: 12月 20th, 2011
Cate: 五味康祐

五味康祐氏のこと

五味康祐(1921年12月20日 – 1980年4月1日)

Date: 12月 19th, 2011
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(その45)

もう少し五味先生の文章を引用する。
     *
ノイマンのカッティング・ヘッドは、ステレオ・プレザンスの良否を決定するクロストークが、従来のものでは百ヘルツ〜一万ヘルツで20dB(デシベル)であったのに競べ、四十〜一万六千ヘルツ全域にわたって、35dB以上と、群を抜いているそうで、某社の技術者も、今までは高音域の音はコワくてゲインをあげてはカッティングできなかったが、ノイマンの新製品(SX68)では、安心して出せると、その優秀性を強調していた。ソニーさんが絶賛するのは当然なのである。それでいて、音が悪いのには、私の場合は理由があるらしい。
 じつはそのマスター・テープをカッティングするときに、技術者は「ハイを落とさせてくれ」と言った。一万五千ヘルツ以上はカットし、低いほうも四十ヘルツ以下は、切り捨てる。そのかわり七、八千ヘルツあたりを3dBあげる、そのほうが耳あたりがよくなる、と言うのである。
 私は、SX68の機能を全幅に信頼するなら、そういう小細工は意味がないだろうし、ご免だと断った。高低音域とも、マスター・テープのままにカッティングしたい、そのほうがさぞよかろう、とシロウト考えで思ったわけだ。結果は、見事、裏切られた。専門家は職人気質で、どの音域をどの程度もち上げ、あるいは落とせば、どのようにレコードとして快く鳴るかを知っているわけだ。最新式のカッターをもってしても、レコードの《いい音》は、まだ、現場で働く人の、長年の体験による〝音作り〟をまたねばならない。手前勝手な想像だが、ソニーさんには最新式のカッターはあっても、それを扱う現場人——体験者に人を得ないから、シロウトの私に似たあんな過信で、音のよくないレコードを作ったのではなかろうか、そう思ったくらいである。
 念のため、同じマスター・テープをスカーリーのカッターでもカッティングしてみた。ノイマンでもう一度、現場の人の任意にカッティングされるのと聴き比べてみた。明らかにノイマンとスカーリーでは音が違う。同じマスター・テープで作られるレコードが、カッターによって、あるいはカッティングする技術者の腕によって、優れた周波数特性を刻んだからかならずしもいい音に鳴るとは限らないし、またカッターが変わればマスター・テープそのものまで別物に思えるほど音は違ってくることを、かくて、この耳で私は知ったのである。つまり優秀なカッティング・マシンを使ってさえ、音色を左右するのはマシンではなく、まだ人間の耳──音楽的教養のある耳なのである。
     *
これを読んで、カッティング時にカッティング・エンジニアが音をいじっていることを、
意外に思われる方もおられるかもしれない。
私は、オーディオをはじめるときに、この文章を読んでいたから、
カッティング時にイコライジングされるのは、あたりまえのこととして、ずっと受けとめていた。

でも、この話をすると、えっ、という表情をされる方がいる。
レコーディング・エンジニアがマスタリングを終えたテープ、
つまりカッティングに使うマスターテープは神聖にして侵すべからずもので、
レコーディング・エンジニアがいじるのならともかく、
録音に携わっていないカッティング・エンジニアが音をつくる(いじる)のは認められない、と思われる方もいよう。

でも、現実にはカッティング時にも、カッティング・エンジニアならではの音づくりがなされているのが現実である。

ならば、なぜレコーディング・エンジニアはカッティング時のカッティング・エンジニアの音づくりをみこんだ上で、
マスターテープを仕上げないのか。
そうしていればカッティング・エンジニアはそのまま忠実にカッティングすればいいことになる。
けれど、現実にこれを行っているレコーディング・エンジニアはいないのではないだろうか。

Date: 12月 18th, 2011
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(その43・余談)

輸入盤よりも音がよいと感じた国内盤LPは、私にもあった。
挑発するディスク」でとりあげたカザルスのベートーヴェンの交響曲第七番がそうだ。

カザルスのベートーヴェンを最初に聴いたのは、ステレオサウンドの試聴室。
そのLPはCBSソニーのもので、日本でのカッティング、日本でのプレスである。
ジャケット裏には、ノイマンのカッターヘッドSX74でカッティングしたことが書かれてあったように記憶している。
カザルスの演奏についての解説は宇野功芳氏だった。

そこにはこんなふうなことが書いてあった。
カザルスの演奏によるベートーヴェンは触れれば切れる、と。

宇野功芳氏の書かれるものについては意見がわかれよう。
私はどちらかというとあまり読まないようにしている。
けれど、このカザルスのベートーヴェンの演奏については、素直に同意する。
まさに、触れれば切れる、そういう印象なのだったから。

カザルスのベートーヴェンのレコードは、当時日本盤しか入手できなかった。
数年後、西ドイツ盤が入手できた。
いわゆるオリジナル盤はアメリカ盤なのだろうが、とにかく輸入盤で聴ける、と、
西ドイツ盤を手に入れたときはうれしかった。
さっそく聴いてみた。

たしかに鳴ってきた音は五味先生の言われるとおり、
「高音域のつや、かがやき、気品、低音部の自然なやわらかさ」においてCBSソニー盤よりも優っていた。
けれど、私がカザルスのベートーヴェンを最初に聴いたときに打ちのめされたものが、かわりに稀薄になっていた。
宇野氏のいう、触れれば切れてしまう感じが薄い。

音色の美しさは西ドイツ盤に軍配をあげる。そのくらいの差異があった。
けれど聴きたいのはカザルスのベートーヴェンだ。
ほかの指揮者のほかのオーケストラのベートーヴェンであれば、西ドイツ盤の音をすなおによころんで選択した。

おそらくCBSソニーのカザルスのLPは、送られてきたマスターテープのコピーをそのまま、
いわゆる音づくりなどいっせいせずにカッティングした、そんな印象を抱かせるような音である。
とにかくマスターテープのコピーにできるだけ忠実であろうとしたことが、
カザルスのベートーヴェンに関しては、ある部分とはいえ、うまい具合に働いていたのではないだろうか。

いまカザルスのベートーヴェンはCDで入手できる。
七番だけでなく八番もおさめられている。
この八番も私は、カザルスの演奏で聴くのが好きである。

だがCDには不満がある。それは七番の第三楽章と第四楽章のあいだにわずかな時間とはいえ空白がある。
スタジオ録音であればまったく気にならない、この空白が、
ライヴ録音のカザルスのベートーヴェンでは致命的に近いまずさではないか、といいたくなる。
第三楽章と第四楽章はつづけて演奏するように指示されているはず。
それにライヴ録音だから演奏会場のバックグラウンドノイズも収録されていて、
そのノイズがいったん途切れてしまう。これでは感興がそがれてしまう。

この点でも、CBSソニーのLPは、カザルスの熱気、オーケストラの熱気、それに聴衆の熱気を伝えてくれる。

Date: 12月 18th, 2011
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(その44)

これについては、少し長くなるけれど五味先生の文章を引用しよう。
     *
たとえば、ソニーが最近さかんに宣伝しているレコードがある。ノイマン社の最新型カッティング・マシンとカッティング・ヘッド、およびこれらを駆動かつ制御するトランジスター・アンプのトータルシステムによるもので、これによって「カッティング時の“音作り”を不要とし、マスター・テープそのままの音をディスクに忠実に再現する」と言っている。私のところにもそんなレコードが宣伝用に送られてきたが、さて鳴らしてみると、さっぱり音はよくないのだ。ソニーともあろうものが、こんなアホウなレコードをなぜ宣伝につかうのか、ふしぎでならなかった。
 そこで、同じノイマンのカッティング・マシンを購入している某社へ行って、私自身、レコードを録音してみたことがある。私はシロウトである。しかしシロウトでも技術者に介添えしてもらえば、カッティングぐらいはできる。ソニーの宣伝文句ではないが、〝音作り〟は今や不要なのだから。そしてカッティングと同時に刻々その音を再生し、モニター・スピーカーで聴けるようにマシンはできているが、これで聴くと「マスター・テープそのままの音」では断じてなかった。こんなものを「そのまま」とはよほどソニーの技術者の耳は鈍感なのか、と思ったくらいだ。
 さてそうしてカッティングしたレコード(私の場合はラッカー盤)をわが家へ持ち帰って聴いてみたが、おどろいた。さっぱりよくない。ソニーの宣伝用レコードと等質の、いやらしい音だった。念のために知人のジム・ランシングのパラゴンで聴いてみたが、やはりよくない。別の知人のアルテックA7でも鳴らしたが、よくない。
 ことわるまでもなく、市販のレコードは、カッターで直接カットしたラッカー盤を原盤とし、これをメッキし、再度プレスしたものである。私のラッカー盤は、これらの二工程を経ていないから、理論的には、よりマスター・テープに忠実といえるだろう。それがどうして悪い音なのか?
     *
頭の中だけで考えるならば、
マスターテープに記録されている信号をできるだけいじらずそのままにストレートに音溝として刻むことが、
いい音を得ることの唯一の方法のように思えなくもない。
だが、現実にはどうもそうではないことを、
私はオーディオをはじめると同時に、「五味オーディオ教室」で読んでいた。

実は、五味先生のいわれていることを同じことを菅野先生からなんどか聞いたことがある。
ステレオサウンドにいたころの話だから、1980年代のころだ。
マスターテープで聴くよりもレコードにして聴いた方が音はいいんだよ、と言われていた。
このことは1980年代のステレオサウンドの「ベストオーディオファイル」の中でも語られていたと記憶している。

俄には信じられない人もいよう。
あらためて言うまでもなく菅野先生は長年レコードの現場におられた。
その菅野先生の言葉だからこその重みがある。

Date: 12月 18th, 2011
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(その43)

ハーフ・スピード・カッティングのほうが通常スピードのカッティングよりも、
マスターテープにより忠実に音溝を刻んでいけるように、頭の中ではそう思える。
おそらく間違っていないはず。
それでも……、という気持がつねにあるのは、「五味オーディオ教室」を読んできたこと、
そのことが私のオーディオの出発点になっているからでもある。

「五味オーディオ教室」のなかに、国内盤と輸入盤の音の異なることについての章がある。
輸入盤と日本プレスのLPとでは
「高音域のつや、かがやき、気品、低音部の自然なやわらかさ」に歴然たる差異がある、と書かれている。
瀬川先生も「虚構世界の狩人」のなかの「ふりかえってみると、ぼくは輸入盤ばかり買ってきた」に、
まったく同じことを書かれている。

だから極力輸入盤ばかりを買うようにしていた。
どうしても入手できない盤にかぎり、国内盤を買うことはあったが、それでも輸入盤をあきらずにさがしていて、
見つけたら購入するようにしていた。

それでも、五味先生は輸入盤と国内盤の音の差異について語られているところで、
まれに「国内プレスのほうがあちら盤より、聴いて音のよい場合が現実にある」とも書かれている。

マスターテープは本来1本しか存在しない。
国内録音の場合は日本にマスターテープがあるけれど、
海外のレコード会社による録音の場合、
イギリス、ドイツ、フランス、アメリカなどのレコード会社にマスターテープは保管されていて、
日本のレコード会社に送られてくるのは、そのマスターテープのコピーであるのは周知の事実である。
そうやって送られてくるマスターテープのコピーには、ずさんなものもあるらしい。

それでも国内盤のほうが音のよいことがあることについて、
五味先生は書かれている──、
「マスター・テープのもつ周波数特性の秀逸性などだけでは、私たちの再生装置はつねにいい音を出すとは限らぬ」と。

なぜそういうことが起りうるのかは、「五味オーディオ教室」のなかに、やはり書かれている。

Date: 12月 17th, 2011
Cate: audio wednesday

公開対談について(その6)

オーディオ彷徨」というfacebookページで、
何を公開しているのかはアクセスしてもらえばわかることなので書かない。
facebookページは、facebookのアカウントがなくても見ることはできる。

facebookページの「オーディオ彷徨」のための作業をやっている。
手にする本はスイングジャーナルのバックナンバーがほとんどだ。
それも1970年代のものが、その大半である。
1977年3月に岩崎先生は亡くなっているから、facebookページ「オーディオ彷徨」にとって必要となるのは、
それ以前のスイングジャーナルということになり、バックナンバーによってはすでに40年前の本となっている。
上質紙でないページはすでに変色している。
ノリが硬化してしまってときにはページがごっそり抜け落ちてしまう号もある。
古い本特有の匂いもある。
そんなスイングジャーナルを手にとると、正直「古いな」と感じてしまう。

でもそう感じているのは作業に取りかかる前までのことで、
入力作業を少しでもやっていくと、
そのスイングジャーナルが30数年前、40年前のバックナンバーとは、もう思っていない。
それは、おもしろいからだ。

当時のスイングジャーナルにはほぼ毎号座談会が載っている。
オーディオ評論家による座談会もあれば、
メーカーの技術者を呼んで、オーディオ評論家との座談会もある。

座談会の中には、オーディオ機器の型番が出てくる。
そういう型番は、当時は新製品であってもいまからすると古いモノになってしまっているから、
時代を、そういうときは感じさせるもののの、それはごく一部であり、内容のおもしろさとは直接関係のないことだ。

何度も書いているように私がオーディオに関心をもったのは1976年だから、
それ以前のスイングジャーナルの記事はまったく読んでいなかったし、
1976年以降のスイングジャーナルに関しても、
ジャズの雑誌という認識だったので、ほとんど読んだことはなかった。

だからfacebookページ「オーディオ彷徨」で公開している座談会のほぼすべては初めて読むものばかり、である。

Date: 12月 17th, 2011
Cate: audio wednesday

公開対談について(その5)

「過去は変えられない」──。
確かに過ぎ去った「こと」は変えることはできない。
どんなに後悔していてもすでに起ったことに対して手を出すことはできない。
もうすでに起ってしまった「こと」なのだから。

でも、だからといって、過去を振り返る必要がないわけでもないはずだ。
過去は変えられないが、過去の意味あいは変っていくものだし、またある意味変えることもできる。

起ってしまったことはどうしようもならない、だからさっさと忘れて先に進もう。
悪い思い出に対して、よく語られる、このこと。
前向きな考えかた・発言のように受け取られているようだが、これはほんとうに前向きなんであろうか。

さっさと忘れてしまっていいものだろうか。

「昔は良かった」──。
それは良かった過去を思い出して、そこから先に進もうとしていないだけ、という見方ができる。
たしかに、そういう面があるのは否定しない。
でも、早く忘れてしまいたい悪い過去も、できるだけ憶えていたい良かった過去も、
どちらもその人にとっては大きな出来事だったはず。
だとしたら、どちらの過去もそんなに簡単に忘れたり振り払ったりして、いいものだろうか、と思う。

大事なのは、忘れたり振り払ったりして先に進むことなのだろうか。
そうやって先に進むことは、ほんとうに先へ進むことなのだろうか。

大事なのは、悪かった過去も良かった過去もきちんと解釈することのはずだ。
それも1回解釈すればそれで済むこともあれば、また時を経てさらに解釈し直すことも要求される。
生きていればそれだけ過去は溜まっていく。
そうやって溜まっていった過去という「こと」を解釈していくことは時間の無駄だと思う人はそれでいい。

私は解釈しなおすことで「こと」の意味あいが変ってくると考えているし、
つまりはそれは私にとって過去が変ることにもつながっていく。
もちろんすべての過去の意味あいが変ってくるのか、それとも変らない過去の意味あいもあるのか、
それはわからないからこそ、しつこく解釈していくしかない、といまは思っている。

Date: 12月 16th, 2011
Cate: Noise Control/Noise Design

Noise Control/Noise Designという手法(その31)

そんなMC2300を見ながら、
そういえば瀬川先生がステレオサウンド 43号に書かれたことを思い出してもいた。
     *
300W×2というパワー自体はいまやそう珍しくないが、製品を前にしてその偉容に打たれ、鳴らしてみると、その底力のある充実したサウンドは、並の300W級が色あせるほどの凄みを感じさせる。歪感が皆無とはいえないが、なにしろ物凄いアンプだという実感に、こまかいことはどうでもよくなってくる。
     *
いまこうやって書き写してみても、たしかにMC2300はそういうアンプだと思い出される。
瀬川先生はMC2300の音を「サウンド」と表現されている。
これもわかる。
「こまかいことはどうでもよくなってくる」も、よくわかる。

MC2300も初期のものと後期のものとでは細部の変更・改良が加えられていてようだが、
それでも1980年の終りごろに後継機のMC2500が出るまで、
マッキントッシュ・パワーアンプの旗艦として存在していた。
MC2300とMC2500の外観上の違いはツマミがMC2300の3つから4つに増えたことぐらいで、
あとはMC3500から続いているイメージのままだ。
MC2500は数年後にパネルがシルバーからブラックにかわり、それにともない細部も改良されている。
さらにMC2600となり、出力は300W、500W、600Wと、シャーシは同じでも増えていっている。

このMC2300、MC2500、MC2500(ブラックパネル)、MC2600への変化は、
電気モノから電子モノへの移り変りのように、私は感じている。
この変化は、ノイズの粒子感、質量感、実体感といったこととも関係している、はずである。

Date: 12月 16th, 2011
Cate: Noise Control/Noise Design

Noise Control/Noise Designという手法(その30)

マッキントッシュのMC2300が登場したのは、たしか1973年ごろのはず。
私がオーディオに興味をもった1976年には、すでに新しいタイプのパワーアンプではなかった。

管球式のパワーアンプ、MC3500のイメージをそのまま受け継いだかたちのシャーシとパネル・フェイスで、
MC3500はモノーラル仕様で出力350W、MC2300はステレオ仕様で300Wの出力をもつ。
MC2300が新製品として登場したころは300Wという出力は珍しかったのであろうが、
1976年ごろになると300Wクラスの出力をもつパワーアンプは各社から出ていた。

正直、MC2300を欲しいと思ったことはない。
当時はまだ音を聴いたことはなかったけれども、写真から伝わってくるMC2300の雰囲気は、
私が求めているものとは方向性が違っている、と語っていた。
こんなことを書いておきながら、矛盾することを書いてしまえば、MC2300は好きなパワーアンプのひとつである。

MC2300にスマートさは感じられない。いわば武骨なパワーアンプと思う。
そこが欲しい、と思わない理由でもあり、好きな理由でもある。

MC2300を聴いたのは、ステレオサウンドで働くようになってから。
ステレオサウンドの試聴室で聴いたことはない。
編集部の先輩だったNさんのところで聴いたのが、最初だった。

Nさんのところには数回行っている。
いつも仕事の後だった。だから夜遅い時間ばかりで、とうぜんボリュウム全開とはいかない。
ひっそりと鳴らす(あくまでもMC2300としては、ではあるが)と、空冷用のファンはまわらない。
静かなものである。
Nさんのところで他のアンプと聴きくらべたわけではないから、MC2300を聴いたといっても、
あくまでもそれはMC2300を含めてのNさんの音であって、
MC2300の音(というよりもイメージ)は、Nさんの音と重なってしまうところが大きい。

NさんのところではMC2300の下に板が敷いてあった。
米松合板だったと記憶している。

いまでこそアンプの下になんらかのベースを敷くのは、いわばチューニングのための基本のようになりつつあるが、
このころはそんなことはなくて、訊ねてみると、
MC2300の梱包用資材のひとつだということがわかった。

MC2300の重量は約60kg。そのため底部には米松合板がボルトでMC2300に固定された状態で運搬される。
Nさんはそれをつけたまま設置していたわけである。

この米松合板を見たとき、ダンボール箱と発泡スチロールで運ばれてくる他のアンプとは、
明らかに違う何かを感じたのか、音とともに、これが記憶に残っている。

Date: 12月 15th, 2011
Cate: 「オーディオ」考

「オーディオ」考(その4)

エディソンのフォノグラフにしても、ベルリナーのグラモフォンにしても、
最初からくり仕掛けの器械だったのが、
ベルリナーのグラモフォンに絞られたことにより発展していく。
そしてアクースティック蓄音器は、ビクトローラのクレデンザ、
HMVの202、203という名器を生み出すまでになっていった。

クレデンザにしてもHMV・203にしても、もう、からくり仕掛けの器械ではなくなっている。
蓄音器の仕組みはおそらく広く理解されていたであろうし、
クレデンザにしても203にしても、それに、他のアクースティック蓄音器は、
このころにはすでに家具として認識されていたのではなかろうか。
音を奏でる家具としての存在が、アクースティック蓄音器であり、
だからこそクレデンザや203の意匠だと私は思っている。

クレデンザも203もアクースティック蓄音器である。
電気をいっさい使わない。
1896年にベルリナーがゼンマイ式のモーターを採用するまで、
フォノグラフもグラモフォンもレコードを聴くためには、
誰かかが一定の速度を保つようにたいへん気を使いながらハンドルを回していなければならなかった。

クレデンザが登場したのは1925年で、この年、アルフレッド・コルトーが電気録音を行っている。
さらにパナトロープ(電気蓄音器)も発売された。

それまで電気を使わずに機械的にカッティングされていたレコードの溝が、
マイクロフォンと真空管によるアンプ、それにカッターヘッドによって刻まれ、
サウンドボックスとラッパ(ホーン)だけによる再生が、
ピックアップ、真空管アンプ、スピーカーという構成へとなっていく。

アクースティック蓄音器から電気蓄音器(電蓄)へとなっていったわけだが、
この点が、最初から電気を必要としたテレビとは異り、
オーディオを家電製品と呼ぶことへの異和感へとつながっているのかもしれない。

Date: 12月 15th, 2011
Cate: audio wednesday

公開対談について(その4)

「昔は良かった」──、
これを口にするとき、その良かった昔を自分は体験してきている、と自慢したい人もいるかもしれないが、
私は「昔は良かった」を口にするとき、
とくに、そのときの相手がその良かった昔を体験していない人に対してであるならば、
「昔は良かった……、だから今を良くしたい」という気持をこめているつもりだ。

そのためにはどう昔は良かったのかを、きちんと解釈する必要がある。
それをやらずに「昔は良かった」というつもりはないし、
また解釈もせずに「昔は良かった」なんていうのは後向きの発言でしかない、という人に対して反撥もある。

私が体験してきた昔は1976年以降でしかない。
それ以前のオーディオに関しては人に聞いたり本を読んだりして知っているだけである。
それであっても、「昔は良かった」と断言できる。

1976年からは、ずっとオーディオの変化を見てきている。
なぜそうなったのかについて、いちどきちんと書いていきたいと思っている。

私がaudio sharingをつくった理由のひとつが「昔は良かった」からであり、
それをなんとか今の時代にも、あの時私が感じていた良さ、そしていま振り返って感じている良さを、
少しでも、今感じてほしい、と思ったから、ということがある。

今年になりfacebookを始めた。
最初は放ったらかしたままにしていたが夏から利用し始めた。
facebookの機能であるページとグループを利用して、
オーディオ彷徨」というページと「audio sharing」という非公開のグループをつくった。

先日の町田さんとの公開対談のとき、この「オーディオ彷徨」のことが話に出た。

Date: 12月 14th, 2011
Cate: 書く

毎日書くということ(日本語の入力)

先週の木曜日、帰宅してメールをチェックしようとしたらネットに接続できなくなるというトラブルがあった。
このトラブルを解消するとともに、インターネットの契約を変更した。
そして、ようやく今夜から快適に接続できるようになった。

つまり8日から昨日(13日)のブログは、iPhoneから更新していた。
書くのを一週間ほど休むことも、少しだけ思ったけれど、3G回線とはいえ接続できる環境があり、
iPhoneのアプリとしてWordPressがある以上、一週間の辛抱だからと、毎日書くことにした。

とはいえ、Mac OS Xに親指シフトキーボードの組合せが、私にとってのブログ書きのためのツールであり、
iPhoneからの更新となると、親指シフトキーボードが欠けてしまう。
iPhoneでいきなり書き始めることも考えたが、結局、Macと親指シフトキーボードで書く。
それを見ながらiPhoneで入力することにした。

iPhoneでの日本語入力はフリック入力を使った。
指をスライドさせて文字を選んでいく。

キーボードはいうまでもなくキートップを指先で叩いていく。
押す行為である。
それに対してフリップ入力で、すでに親指シフトキーボードで入力した文章を見ていたら、
また違う言い回しに変えたくなった箇所がいくつか出てきた。
フリップ入力と親指シフトキーボード入力とでは、誇張抜きに10倍以上の時間の違いがあるのに、
そんなふうに書き換えていくところが出てくるものだから、さらに時間がかかった。

それでも指をスライドして文字を入力していく動作は、キーボード入力とはまだ違う感触があり、
その感触が、キーボード入力とは違う表現に結びついていっていたのかも、と思う。

これから先も親指シフトキーボードでブログを書いていく。
でも、時にはあえてフリック入力でのブログ書きもやっていくのも、いいかもしれない、といまは思っている。