Author Archive

Date: 10月 17th, 2019
Cate: オプティマムレンジ

オプティマムレンジ考(その13)

ひとつ前の(その12)でも二年以上前、
その1)は六年以上前である。

(その1)の時にはまったく意識していなかったが、
10月13日に、ひさしぶりにデッカ・デコラを聴いて、
ここでのテーマであるオプティマムレンジという発想は、
デコラをずっと以前に聴いている、その経験にあるということに気づいた。

デコラはナロウレンジだ、と別項で書いている。
書いておきながら、実際に聴けば、ほとんどの人が感じることだろうが、
ナロウレンジということをことさら意識することはない。

まったくない、とまではいわないが、
デコラの品位のある音を聴いていると、
ナロウレンジだなんてことは、どこかに消えてしまう。

これは周波数レンジだけではない。
ダイナミックレンジに関しても、
デコラはオプティマムレンジといえる。

完結しているとは、そういうことにつながることなのかもしれない。

Date: 10月 16th, 2019
Cate: 「オーディオ」考

デコラゆえの陶冶(その13)

また別の人は、
デコラの脚を外して、分厚く重いベースを代りにしている。

これで音が良くなった──、そうである。

そういうことをすれば、かなり音は変化する。
買ったモノをどうしようと勝手だろ、
そういう人はいうのだろうか。

こう書いている私も、オーディオ機器に手を加えることがある。
それでも、自分にルールを課している。
そのルールからは決して逸脱しないようにしている。

ルールを自らに課すことなく手を加える行為と、
ルールを課して手を加える行為、
まったく手を加えないという人からすれば、
どちらも同じ穴の狢のはず。

それをわかった上で書いている。
デコラをもし手に入れることができたとして、何をするか。

私はデコラには何もしない。
それは、デコラが完結しているからだ。

デコラは、いわゆる電蓄である。
プレーヤーがあり、チューナーがあり、
コントロールアンプ、パワーアンプがあり、
そしてスピーカーシステムから構成される大型のシステムだ。

デコラが開発されてから、かなりの年月が経っている。
技術は大きく進歩している。

どんな技術であれ、完成するということはまずない。
だからこそ、デコラのようなシステムは特に完結していなければならない。

デコラは完結したシステムである。
そうおもうから、デコラに手を加えることは絶対にしない。

Date: 10月 16th, 2019
Cate: オーディオ入門

オーディオ入門・考(ブームなのだろうか・その4)

今日は原宿で、
「音の未来・音を知ること、音をつくることについて」というテーマの、
林信行氏と畑中正人氏によるトークイベントが行われた。

定員50名、入場無料ということもあってか、満員だった。
どういう人が、このトークイベントを聞きに来るのだろうか、という興味もあった。

女性が多いのに驚いた。
30代から40代くらいの女性が多かったように思う。

音にまったく関心がない人は来ないイベントのはずだ。

50分という、少々短いかな、と思われるイベントだったが、
いくつか収穫はあったし、音に関心をもつ人が増えてくれることこそ、
世の中がよくなっていくことにつながっていく、という確信が、より強くなった。

オーディオがこれからブームになるのかどうかはわからないし、
ブームにならなくてもいい、と思うところもある。

けれど、音に関心をもつ人が増え、
関心をもたない人よりもはっきりと多くなった時、
オーディオはブームではなく、はっきりと定着するはずだ。

Date: 10月 16th, 2019
Cate: 選択

オーディオ機器を選ぶということ(購入後という視点・その12)

別項「オーディオマニアと取り扱い説明書」で、
最近のマッキントッシュの取り扱い説明書について書いているところだ。

取り扱い説明書を、購入前にチェックする人はどのくらいいるのか。
私も、これまでいくつものオーディオ機器を購入してきているが、
購入前に、取り扱い説明書を手にとって、
取り扱い説明書の出来がいいとか悪いとか、
気にしたことは一度もない。

取り扱い説明書が必要になる、
そして気になるのは、購入後である。

たいていのオーディオ機器は、取り扱い説明書なしでもかまわない。
それでも最近のマッキントッシュのアンプのように、
一つのツマミに複数の機能を持たせているとなると、
どうしても取り扱い説明書の出来は気になる。

それに購入後は予期せぬトラブルが生じる。
その時にだって、これまでならば、経験則でなんとかなったものの、
上記別項で書いているように、
アンプやCDプレーヤー自体を一度リセットしないと、
トラブルの解消とならない設計だと、取り扱い説明書がないとどうしようもない。

ステレオサウンドに時々載る導入記に、
取り扱い説明書についてふれた記述があるのか。

私が読んだのは207号掲載の、
和田博巳氏の「ファンダメンタルMA10導入記」、
原本薫子氏の「マッキントッシュMCD550導入記」の二本だけである。

そこには取り扱い説明書については、何もなかった。
取り扱い説明書が必要となる状況が生じていない──、
理由はそれだけなのだろうが、
導入記を購入後の視点から書かれたものと受け止めれば、
そこに取り扱い説明書についてなにも書かれていないのは、
オーディオマニアの導入記とレベル的には変らない、ともいえる。

Date: 10月 15th, 2019
Cate: 音楽の理解

音楽の理解(平均律クラヴィーア曲集、ベートヴェンの後期ソナタ・その3)

味わえば味わうほどに、平均律クラヴィーア曲集はますます美しくなる、
味わえば味わうほどに、ベートヴェンの後期ソナタはますます美しくなる。

味わえば味わうほどに、ということは、くり返しくり返し聴く、ということでしかない。

くり返しくり返し聴くために必要なものは、それこそが美しい音なのかもしれない。

いい音と書こう、とした。
けれど、いい音と書いてしまうと、そうとうに認識が違ってくることがわかっているから、
美しい音とした。

美しい音にしても、単にきれいな音を美しい音と勘違いしている人も少なくないし、
こちらも認識が、人によって大きく異っているのはわかっていても、
それでも美しい音とした。

精度の高い音、精確な音、
そういう音をひたすら目指していく。
そういうことも必要なのはわかっている。

それでも、それだけではどんなにしても到達できない領域があって、
その領域を目指すのか目指さないのか。

表現を変えれば、その領域が視えているのか視えていないのか、である。

そこをどう判断するのか。
結局、聴くしかない。

バッハの平均律クラヴィーア曲集を、
ベートーヴェンの後期のピアノソナタを、
美しくしていくために。

それが、レコード音楽(録音された音楽)を聴く上での、
音楽の理解だと確信している。

Date: 10月 15th, 2019
Cate: 「オーディオ」考

デコラゆえの陶冶(その12)

「デコラゆえの陶冶」というタイトルで書いている。

けれど、今回、「デッカ デコラ」で検索してみて、
やっぱり人さまざまなんだ……、と歎息するしかなかった人たちがいた。

デコラはナロウレンジである。
そんなことは測定データを示されなくともわかっている。

それでも、デコラの音を聴いてご覧なさい、といいたい。
聴けばわかる。

そう思っていた、というより、信じたい気持があった。

でもGoogleが示す検索結果のいくつかを見ていくと、
聴いてもわからない人がいる──、
そのことを知らされるわけだ。

デコラのトゥイーターはコーン型である。
口径からして、年代からして高域が上の方までのびているわけではない。
当時でも、採用されたトゥイーターよりも、
周波数特性の優れたユニットはあったように思う。

それでもデッカの開発陣は、EMI製のコーン型を選択している。

ある人は、高域をのばすために、
コーン型トゥイーターの前に、国産の安価なホーン型トゥイーターを設置している。

確かに周波数特性的には,そのホーン型トゥイーターの方がのびている。
でも、なぜそんなことをする?

その行為を、どう理解しようとしても、私にはまったく理解できない。
この人には、音の品位ということが、まったく理解できないのかもしれない──、
そうとしか思えなかった。

Date: 10月 15th, 2019
Cate: LNP2, Mark Levinson

Mark Levinson LNP-2(silver version・その6)

その1)は、三年前の春である。
先日、やっとシルバーパネルのLNP2と対面できた。

当り前のことだが、写真そのままの印象のLNP2だった。

その2)でも書いているのだが、
LNP2にはいくつかの特別なLNP2がある。
シリアルナンバー1001のLNP2、シルバーパネルのLNP2の他に、
私には特別なLNP2が、もう一台ある。

瀬川先生が愛用されていたLNP2である。

(その2)でも書いているように、
瀬川先生愛用のLNP2とは、
私がステレオサウンドで働き始めたばかりのころ、
1982年1月、試聴室隣の倉庫に、置かれてあった。

ツマミに触れるのさえ憚れる──、
そんな気さえした。

いずれ、倉庫から誰かの手に渡っていくLNP2であることはわかっていた。
いまどこかに、誰の元にあるのか。
何もわかっていない。

シリアルナンバーも記憶していない。

それでもシリアルナンバー1001のLNP2、シルバーパネルのLNP2が集まっているところに、
いつの日か瀬川先生愛用のLNP2も来るのかもしれない。

Date: 10月 15th, 2019
Cate: ディスク/ブック

スピーカー技術の100年II 広帯域再生への挑戦(その1)

別項で、無線と実験のことについて書いた。
いくつもの書店をみてまわると、無線と実験が書店から消えてなくなる日は、
そう遠くない──、と感じるからだ。

無線と実験に対して、冷たい奴、と思われたかもしれない。
たしかにそういうところは持っていると自覚しながらも、
無線と実験が消えてしまうと……、と思うところがある。

佐伯多門氏が無線と実験に長期連載されていた「スピーカー技術の100年」が、
昨年夏に一冊にまとめられて出版された。

この手の本を出してくれるところは、いまでは無線と実験ぐらいしかない。
こういう本は、売れてほしい。
だから、ここでも紹介した。

昨年の「スピーカー技術の100年」は、連載のすべてを収めたものではなかったから、
続編を出してほしい、そのためにも売れてほしいからである。

先日、「スピーカー技術の100年II 広帯域再生への挑戦」が出た。
待望の二冊目である。

これも売れてほしい、と思う。

Date: 10月 15th, 2019
Cate: ジャーナリズム, 広告

「タイアップ記事なんて、なくなればいい」という記事(その3)

(その2)で、「タイアップ記事なんて、なくなればいい」へのアクセス数が、
10%に届かないことを嘆いた。

(その2)によって、少しアクセスは増えたけれど、
それでもトータルで10%に満たない。

私のブログだけなのか、と思っていたら、
多くの、しかも大手のサイトでもリンク先をクリックする人は、ほんとうに少ない──、
というコメントをfacebookでもらった。

そういうものなのか……、と諦めなければならないのだろうか。
「タイアップ記事なんて、なくなればいい」という記事を読んでいない人の方が、
圧倒的に多いわけで、そういう人たちに対して書くのか、
どうやって書こうかな、と思っていたら、数ヵ月経っていた。

オーディオ業界では、いま、デノンのタイアップ記事を、
夏ごろからいろんなところで見かけるようになっている。

プリメインアンプのPMA-SX1 LIMITED EDITIONと、
SACDプレーヤーのDCD-SX1 LIMITED EDITIONのタイアップ記事である。

オーディオ雑誌だけでなく、
オーディオ関係のウェブサイトでも、デノンのタイアップ記事は行われている。

もちろんオーディオ評論家を巻き込んでのタイアップ記事である。
そのどれかを目にされていることだろう。

このタイアップ記事を、タイアップと思わずに読んだ人はどのくらいいるのだろうか。

Date: 10月 14th, 2019
Cate: 「本」

オーディオの「本」(近所の書店にて・その3)

無線と実験が書店から消えてしまう日が来ない、と誰がいえよう。
ラジオ技術は書店から消えてしまった。

秋葉原の書店には置かれていても、
一般の書店からは消えて、けっこう経つ。

図書館に行けば読めることもある。
とはいえ、ラジオ技術という誌名すら、知らないという人たちが増えてくることは間違いない。

無線と実験もラジオ技術と同じようになるのか。
休刊という名の廃刊にならずに、
一般書店からは消えて、定期購読か秋葉原の書店での販売に限定される可能性は、
決して低くない、と私は思っている。

そんなことにはならないよ、という人もいるだろうが、
楽観視はできない状況にすでになっているのではないか。

それに無線と実験がなくなっても、別に困らない──、
そういうオーディオマニアの方もいよう。

それこそステレオサウンドだけあればいいや、という人だろう。

けれど考えてみてほしい。
ステレオサウンド以外のオーディオ雑誌が、すべてなくなった状況を。

そうなると、ステレオサウンドが、
それまであったオーディオ雑誌の役割を担うことになろう。

Date: 10月 14th, 2019
Cate: 218, MERIDIAN

メリディアン 218を聴いた(喫茶茶会記の場合・その2)

今週半ば以降に、喫茶茶会記にメリディアンの218が導入される。
通常の使用では、マッキントッシュのMCD350のデジタル出力を218に接続することになる。

218と同時に、USBをSPDIFに変換するD/Dコンバーターも導入予定である。
これで来月以降のaudio wednesdayで、218を、MQA-CDを聴けるようになる。

Date: 10月 14th, 2019
Cate: 「ネットワーク」

人工知能的な存在を感じた出来事(その2)

ヤフオク!が、すすめてきたアナログプレーヤーは、Collaroだった。
コラーロの、古いアナログプレーヤーだった。

どこかのオーディオ店ではCollaroをコーラルと表記していた。
とにかく古いメーカーである。

私もコラーロのことはほとんど知らない。
なんとなく知っているくらいで、
いまもイギリスにはCollaro Audioがある。

古さを感じさせるロゴからして、同じコラーロなのだろう。
ただコラーロという会社は一度なくなっていると記憶している。

なのでブランドだけの復活なのかもしれない。
いまのところ、ターンテーブルマットを売っている。

そのコラーロの古いアナログプレーヤーが、ヤフオク!でおすすめとして表示された。
私が検索してきたものと、どういう関連付けから、このプレーヤーを表示してきたのか、
まったく理解できない。

私はコラーロのプレーヤーを欲しい、と思っていたわけではなかった。
ふつうだったら、ヘンなモノを表示してきたな、で終ってしまう。

でもコラーロのプレーヤーだけは違っていた。
コラーロのプレーヤーは、ごく初期のデッカのデコラに採用されていた。

一般的にデコラにはガラードの301が使われている、と思われがちだ。
私もデコラの存在を知ったばかりのころは、301がそうだ、と思い込んでいた。

初期のデコラは違っていた、ということを知ったのは、数年経っていた。

ヤフオク!で、コラーロが出てくるのは、過去にどれくらいあっただろうか。
しかも動くコラーロが出品されるのは、かなり稀なのではないだろうか。

私にしてもコラーロのプレーヤーを見たのは、
デコラについているモノと、数年前にオーディオ店に中古として入荷していたモノぐらいだ。

Date: 10月 13th, 2019
Cate: 「ネットワーク」

人工知能的な存在を感じた出来事(その1)

現在の人工知能と呼ばれているものの実態は、
ディープラーニングだ、といわれている。
処理速度が劇的に向上したからこそのディープラーニングである、とも。

そうなのだろう、となんとなく理解していても、
人工知能と呼びたくなるような機能が、すでにあるような気もしている。

別項「ダイレクトドライヴへの疑問(その34)」で、こんなことを書いている。
     *
ヤフオク!は、「お探しの商品からのおすすめ」をしてくれる。
PL30Lや50Lを眺めていたときに、そこにテクニクスのSL01が表示された。

SL01を検索してもいないのに、それまでの履歴からSL01を表示する。
なんなんだろう、この機能は? と感心するとともに、
少しばかり空恐ろしくなるところでもある。
     *
この時は、パイオニアにしてもテクニクスにしても、
どちらも近い時期に発売されていたダイレクトドライヴ型のアナログプレーヤーである。
価格的にも近い。

なので「お探しの商品からのおすすめ」として、SL01が表示されるのは、
わからないわけではない。
それでも驚いたし、感心もした。

9月、iPhoneにインストールしているヤフオク!を眺めていたら、
「お探しの商品からのおすすめ」に、あるアナログプレーヤーが表示された。

イギリスの、とても古いモデルである。
例えば私が、ガラードのプレーヤーをヤフオク!で検索していたら、
このプレーヤーが表示されても、不思議ではない。

パイオニアのプレーヤーを検索していて、
テクニクスが「お探しの商品からのおすすめ」として表示されるのと同じであろうから。

けれど、私がヤフオク!で、
ここ数ヵ月検索していたのは、
ステレオサウンド 56号での瀬川先生の組合せに関係してくるものばかりである。

なのに、ヤフオク!は、
そのイギリス製のプレーヤーを「お探しの商品からのおすすめ」と表示してきた。

Date: 10月 13th, 2019
Cate: 夢物語

20代のころの夢もしくは妄想(その3)

三度目のデッカ・デコラの音だった。
三度目にして、ほんとうにじっくりと聴くことがかなった。

そしてグラシェラ・スサーナを聴くことができた。

デコラを手に入れて十数年、
一度もクラシック以外のレコードはかけたことがない──、
そのデコラの鳴らし手(使い手)は、そういわれた。

なのに、そのデコラでグラシェラ・スサーナをかけてもらった。
ずうずうしい、あつかましい、
そんなふうに思われようと、
一度でいいからデコラで、グラシェラ・スサーナの、
それもタンゴやフォルクローレといったスペイン語による歌ではなく、
日本語の歌、いわゆる昭和の歌謡曲を聴かせてもらった。

この機会を逃せば、二度とデコラでグラシェラ・スサーナの歌を聴くことはない、と思っていた。
だから(その2)を書いて公開した。
読んでくださっていることがわかっているから書いた。

おかげで聴くことができた。
いろいろおもうことがあった。

Date: 10月 13th, 2019
Cate: 音の良さ

完璧な音(その1)

完璧な音とは?
どういう音なのだろうか、ふと考える。

美しい音が完璧な音とイコールとはいえない。
いい音イコール完璧な音なのか、といえば、これも違う。

プログラムソースに収録されている音そのままを再現できれば、
そこに歪もノイズも加わることなく、
何らかの情報欠落もなく、何かが加えられることなく音が、
聴き手の耳まで到達できれば、それが完璧な音なのか。

完璧な音ではなく、完璧な文章だったら、どうだろか。
どんな文章が完璧な文章なのか。

完璧と評されている文章はあるのだろうか。
プロの書き手は、完璧な文章を目指しているのだろうか。

そんなことを考えていた。

素晴らしい文章といわれても、読み手によって受け止め方が違う。
どうしてこんな読み方をするのだろうか、といいたくなる読み方をする人もいる。
どんな文章であれ、曲解されるもの、といっていいだろう。

どれだけ優れた文章であっても、わずかな人が曲解すれば、
それはもう完璧な文章とはいえないのではないか──、
こんなふうに考えてみた。

だとすれば、どんな読み手であっても、
そこに書かれたことを曲解せずに、正しく受け止めることができる文章こそが、
完璧な文章となるのか。

そうだとすれば、完璧な音も、そういう音ということになるのか。