山水電気のこと(補足としての、その3)

サンスイの今回の件について、(その2)までで(その3)以降は書く予定ではなかった。
けれどfacebookのaudio sharingのグループにコメントをもらった。
そのコメントへの返信の意味で、これを書いている。

ステレオサウンド別冊「世界のオーディオ」に対するサンスイとティアックの違いについて書いた。
タンノイ号にお金を出したティアックの経営陣が立派で、
そうでなかったサンスイの経営陣は立派ではない、なんてことは思っていない。
そんなことを言いたかったわけではない。

ただ、編集者としてこういうことがあった、
一方ではこうだった、ということを書いて、
その違いが私にとっては、今回の件と決して無関係ではない、と思っている、というだけである。

この見方に賛同される人、納得される人、そんなバカな! と思われる人、
いろいろな受けとめ方をされていい。
何も私が今回書いたことに納得してほしいわけではない。

あくまでもひとつの意見でしかない。

それでも何に対してお金を出すのか出さないのか。
このことはきちんと見ていくべきではないか、とは思っている。

山水電気は「世界のオーディオ」の数年後に、あることにかなりの大金を出している。
「世界のオーディオ」とは比較にならぬほど大きな額である。
この数年後とは、1987年のことである。

1987年にオーディオをやっていた人ならば、あれか、と思い出されるだろう。
まだその頃はオーディオはやっていなかったという人でも、いまはインターネットですぐに調べられる。

この1987年のことについては、まったく別のテーマで書いていくかもしれない。
書かないかもしれない。

私の中では、書かない言わないで、墓場までもっていくことがいくつかある。
いうべきことでないことを知っている。
それらのことについては語ることは絶対にない、といえる。
だが、そのことを知っているから書けることもある。

それからいつか書いてもいい、と思えるときがきたら書こう、と決めているいくつかのことがある。
1987年のことは、ここに入っている。

山水電気の今回の件に関しては、ここまでである。

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