オーディオの楽しみ方(その7)
満足することと楽しむことは、近いところにありながらも同じではない。
私に限ってのことをいえば、20代のころは、少しでもいい音を出そうとしていた。
満足しようとしていた、ともいえる。
いまはどうかといえば、楽しむことをおぼえた、というか、
発見している、ともいえる。
満足することと楽しむことは、近いところにありながらも同じではない。
私に限ってのことをいえば、20代のころは、少しでもいい音を出そうとしていた。
満足しようとしていた、ともいえる。
いまはどうかといえば、楽しむことをおぼえた、というか、
発見している、ともいえる。
十年前の2011年10月14日にiPhone 4Sを手にいれた。
それまでソフトバンクの独占だったのが、auも取り扱うことになった。
iPhoneを使いたいがためにソフトバンクにしようかと何度も考えたけれど、
ソフトバンクという会社を信用していないので、
auかドコモが扱うようになるまで我慢していた。
やっとauも扱うことになった。
一週間前の予約開始日にauショップに並び、発売初日に手に入れることができた。
その日は、夢中になってiPhoneをいじっていて、
このブログを書きそびれそうになった。
それから十年。いま五台目のiPhoneを使っていて、
誰もそうだろうが、iPhoneに触れない日はない。
iPhone登場前から、iPodからデジタル出力を取り出してD/Aコンバーターに接続して、
ということはすでに行われていた。
ワディアから、そのためのD/Dコンバーターが出ていたし、
ゴールドムンドの試作機もあった(けれど発売には到っていない)。
オンキョーの製品もあった。
ワディアを使っての音は、聴く機会があった。
だからiPhoneでも同様に音を聴くことができるのはわかっていた。
それでもここまでiPhoneで音楽を聴く時間が増えるとは、十年前には予想できなかった。
不遜な人たちが現れるようになってきたのも、
時代の軽量化なのだろうか。
老いていることをどんなに否定しようとしたところで、
身体に変化は訪れるものである。
30分以上椅子に座っていて立ち上ろうとする際、
関節がかたくなっていることを実感する。
動いていれば、そんなこと感じないのだが、
じっとしていた態勢から動こうとする際には、どうしても自分の齢を感じざるをえない。
ワクチンに懐疑的な人がいる。
完全に否定する人もいる。
私も最初は懐疑的なところも持っていた。
けれどファイザー製のワクチンを二回接種した。
一回目の接種後にあらわれた身体の変化は、関節のかたさの解消であった。
いわゆる副反応といわれている症状はまったくなかった。
むしろ身体の調子は接種前よりもいい。
若返った、という実感がある。
結果としてワクチンを打って良かった。
すべての人が同じなわけではない。
打たなければ良かった──、という人もいるはずだし、
ワクチンを打たずにすめば、それがいちばんいいかもしれない、と私だって、
接種前はそんなふうに考えていた。
それでも打つ気になったのは、たまたま仕事で一緒になった70代の男の人が、
ワクチンを打ってから関節の痛みがなくなった、と話していたのを聞いたからだ。
それからもうひとつ。
これは気のせいだよ、といわれそうなのだが、音の聴こえ方も変ってきた。
三年が経った。
一年前に、二年が経った、と、
二年前には、一年が経った、と書いている。
二年前には、
短いようで長く感じた一年だったし、
長かったようで短くも感じた一年が過ぎた。
この一年で、オーディオ業界、オーディオ雑誌は、
何か変ったのかといえば、何も変っていない、といえるし、
変っていないのかといえば、よい方向には変っていない、としかいえない──、と書いた。
一年前には、
インターナショナルオーディオショウの前身、輸入オーディオショウは、
菅野先生の提案から始まっている。
いまでは、そのことを知らないオーディオ関係者も多いことだろう──、と書いた。
この一年は──、
何を書こうかと、少し考えた。
いくつかのことが浮んできたけれど、結局、これを書くことにした。
別項で書いている「不遜な人たちがいる」である。
不遜な人たちが目立つようになってきた、と感じている。
菅野先生の不在が、不遜な人たちの野放しにつながっている。
もう誰も、そんな人たちに何かをいうことをしなくなったのではないか。
ここでいうところの不遜な人たちは、いわばクライアントである。
メーカーの人間である。だからだろう……。
007シリーズの最新作「ノー・タイム・トゥ・ダイ」。
この映画を観終ってすぐの感想は、五味先生はなんといわれるだろうか、だった。
007シリーズは好きだから、高校生になってから上映されてきた作品は、
すべて映画館で観ている。
そういえば、そのころの007の映画は正月映画としての娯楽大作的扱いだった。
そう007は、死なないのだ。
これから先は「ノー・タイム・トゥ・ダイ」の結末について間接的に触れる。
なのでネタバレが絶対にイヤという人は読まないでほしい。
五味先生は「音楽に在る死」の冒頭に、こう書かれている。
*
私小説のどうにもいい気で、我慢のならぬ点は、作者(作中の主人公)は絶対、死ぬことがない所にある。如何に生き難さを綴ろうと、悲惨な身辺を愬えようと「私」は間違っても死ぬ気遣いはない。生きている、だから「書く」という操作を為せる。通常の物語では、主人公は実人生に於けると同様、いつ、何ものか——運命ともいうべきもの——の手で死なされるか知れない。生死は測り難い。まあいかなる危機に置かれても死ぬ気づかいのないのは007とチャンバラ小説のヒーローと、「私」くらいなものである。その辺がいい気すぎ、阿房らしくて私小説など読む気になれぬ時期が私にはあった。
非常の事態に遭遇すれば、人は言葉を失う。どんな天性の作家も言葉が見当らなくて物の書ける道理はない。書くのは、非常事態の衝撃から醒めて後、衝撃を跡づける解説か自己弁明のたぐいである。我が国ではどういうものか、大方の私小説を純文学と称する。借金をどうしたの、飲み屋の女とどうだった、女房子供がこう言った等と臆面もなく書き綴っても、それは作者の実人生だから、つまり絵空事の作り話ではないから何か尊ぶべきものという暗黙の了解が、事前に、読み手と作者の間にあるらしい。ばからしいリアリズムだ。勿論、スパイ小説にあっても主人公はいかなるピンチからも脱出するに相違ない。ヒーローが敵国の諜報団にあっ気なく殺されるのではストーリーは成立しない。この、必ず生きぬけるという前提が、読者を安心させているなら、救われているのはヒーローではなくて作者である。救われたそんな作者の筆になるものだから、読む方も安心していられる。つまり死ぬ気遣いのないのが実は救いになっていて、似た救いは私小説にもあるわけだろう。どれほど「私」が生きるため悪戦苦闘しようと、とにかく彼はくたばることがないのだから。
*
007シリーズでは、ほぼ毎回、敵の詰めの甘さがひっかかることがある。
ストーリーを成立させるためなのはわかっているから、目くじら立てることではない。
でも、後少し詰めがしっかりしていれば、野望がかなうのに……、
そんなふうに感じている人はけっこう多いのではないか。
ダニエル・クレイグ主演の007シリーズは、
「ノー・タイム・トゥ・ダイ」を観に行く前に、プライムビデオで四作品をもう一度観ていた。
それでも安心しながら観ていたのは、五味先生が書かれている通りであるからだ。
だからこそラスト近くになっての展開は、もしかして……、と思わせる。
それでも007……だからというおもいもあった。
「音楽に在る死」のなかほどで、こうも書かれている。
《死のつらさを書かぬ作者は、要するに贋者だ》。
007シリーズでは、多くの登場人物が死ぬ。
けれど、それらは死のつらさをえがいたものとは、ほとんどいえない。
「ノー・タイム・トゥ・ダイ」のあのシーンは、妙に明るくえがかれている。
だから、そこには死のつらさがない、とは思わない。
20代のころが、いろんな指揮者でマーラーをいちばん聴いていた。
バーンスタインのドイツ・グラモフォンで新録音を聴いてからは、
手あたり次第聴くということはしなくなっていた。
いまは、というと、TIDALがあるので、けっこう手あたり次第、
いろんな指揮者のマーラーを聴いている。
そうやって聴いていて、
《マーラーの〝闇〟は、闇を怖れていたのは誰よりもマーラー自身なのである。怕さを知らぬ者にマーラーの音楽などわかるものか》、
五味先生の、この文章を思い出していた。
「マーラーの〝闇〟とフォーレ的夜」に出てくる。
《怕さを知らぬ者》になってしまう、ということを怖れなければならない。
(その24)は、二年前の5月のこと。
2019年5月4日に起ったことを書いている。
この日、私が住んでいるところは、
こんなのが降ってくるの? というぐらいの雹の土砂降りだった。
それだけだったら止めば何の問題もないのだが、
それによる被害が生じた。
けっこう大変な状況で、こんなことが起るの? と思ってしまうほど。
(その24)に書いてるように、
この日は、写真家の野上眞宏さんから「来なよ」と誘われていた飲み会だった。
何もなければ行くつもりだった。
でも、こんなことが起ってしまって、行く気を完全になくしてしまっていた。
なのに、元号も令和にかわったことだし、という理由にもならない理由をつけて、
一時間遅れで、その会に出席した。
いまおもうと、この日、出掛けてよかった、と実感している。
この日、赤塚りえ子さんと知りあった。
大変なことにめげてでかけていなければ、赤塚さんと知りあうことはなかっただろう。
先週木曜日の集まりも、赤塚さんのところでだった。
ここでも新しい出逢いがあった。
2019年5月4日、面倒がらずに出掛けたことで、きっかけとなったのかもしれない。
JBLの新製品SA750について書いている。
このSA750は、発明を聴く、という新製品ではない。
そのことが頭に浮んできた。
別項「新製品(発明を聴く・その1)」で、新製品を聴く、ということは、ときとして発明を聴くことである、
と書いた。
発明を聴ける新製品が、発明を聴けない新製品よりも上とは、もちろん考えていない。
だからこそ、なにか新製品が出るたびに、この新製品は何か発明を聴けるのか──、
そういう視点で捉えることはしないし、それで評価が変るわけでもない。
それでもSA750について書いていて、
SA750は発明を聴くという新製品ではないことが浮んできたのは、
SA750がSA600のオマージュモデルとして扱われているからであろう。
SA750のパワーアンプの出力段はG級動作と謳っている。
アーカムのSA30がベースモデルだし、SA30もとうぜんG級動作である。
G級動作はアーカム独自の技術のようなので、この方式そのものは発明といえよう。
とはいえ、信号レベルに応じて、出力段の電源電圧を切り替えているようなので、
だとしたら既に製品化したモノがいくつか存在している。
もっとも信号レベルの検出、どのレベルで切り替えるのか、
そういった細かいところでの独自技術なのだろうか。
G級動作を発明とみなせば、SA30は発明を聴ける新製品といえるわげだが、
SA750は、そのへん微妙といえば微妙だ。
日本にはSA750のほうが先に発売になっているはずだ。
アーカムの取り扱いが再開されたのは、つい最近のことだ。
となるとSA30よりもSA750を聴いた人にとっては、
SA750で発明を聴いた、ということもいえる。
こんなどうでもいいことを書いているのは、
SA600はどうだったのか──、そのことを思い出してほしいからである。
audio wednesdayをやっていたときは、
毎月定期的に、誰かと会っていたわけだが、
喫茶茶会記の閉店・移転にともない、それにコロナ禍もあって、
人と会って、という機会は、今年は少なかった。
それでも10月になり緊急事態宣言も解除、
ワクチンを二回接種した人も、ほとんどになってきた。
油断は禁物なのはわかっていても、7日に五人集まっての会だった。
どこかの店ではなく、個人宅で集まっての、ひたすら話す、という集まりだった。
爆笑の連続だった。
ひさしぶりに屈託なく笑った夜だった。
腹の底から笑えた。
一人で過ごすことに何も苦痛を感じない私でも、
こうやって気心の知れた人たちとの会話は、大切にしたい。
カラヤンのバッハを積極的に聴きたいかというと、そうではない。
カラヤンのマタイ受難曲(ドイツ・グラモフォン盤)も一度聴いたきりである。
一ヵ月ほど前、TIDALであれこれ検索していて、カラヤンのフーガの技法を偶然見つけた。
1944年の録音である。
こんな録音があったのかと、Googleで検索すると、
五年ほど前に録音が発見されてCDが発売になっていることを知る。
気づいていなかった。
気づいていたら、おそらくCDを買って聴いていただろう。
TIDALで聴いた。
カラヤン指揮によるバッハのマタイ受難曲は、
ドイツ・グラモフォンによる1972-73年にかけてのステレオ録音のほかに、
1950年のモノーラルのライヴ録音がある。
1950年録音は、カスリーン・フェリアーが歌っているので、
アナログディスクでももっていた(ただし音はひどかった)。
CDになってからも購入した(まだこちらの方が音はまともになっていた)が、
くり返し聴くことはほとんどしていない。
1944年のフーガの技法は、これから先、何度か聴いていくように感じている。
デューク・エリントンとレイ・ブラウンによる“This One’s for Blanton”。
私が、このディスクの存在を知った(聴いた)のは、ステレオサウンドの試聴室。
ここまで書けば、昔からの読者、
記憶力のいい方だと、長島先生の試聴だな、と気づかれるだろう。
長島先生の試聴、
それも確か組合せの試聴だったはずだ。
アナログディスクだった。
A面一曲目の“Do Nothin’ Till You Hear from Me”。
出だしの強烈なピアノの音。
長島先生による組合せからの音だったことも、その強烈さを一層増して聴こえた。
それからというもの、私にとって、
“Do Nothin’ Till You Hear from Me”がどういう音で鳴るべきなのか、は、
この瞬間に決ったといっていい。
頻繁に聴いているわけではない。
でも、スメタナの「わが祖国」のように、無性に聴きたくなるときがふいに訪れる。
そういう時は、できるだけ大きな音で聴く。
それだけでなく、音の判断で少し迷ったとき、
“Do Nothin’ Till You Hear from Me”を聴くと、よくわかる。
数日前、ChordのMojoをいじった。
基本的にはメリディアンの218に施したことと同じなのだが、
スペースの都合上、やれなかったことも少なくない。
それでも満足できる音になった。
この音ならば──、とおもい、“Do Nothin’ Till You Hear from Me”を鳴らした。
ヘッドフォンで聴いた。
ヘッドフォンから、あの時、聴いた音が出てきた。
五味先生が、「日本のベートーヴェン」でこう書かれているのを、
私は20代のころ、何度も読み返している。
*
ピアノ・ソナタのほかに、たとえば『ディアベリの主題による変奏曲』を音楽史上に比類ない名曲という人がある。私には分らない。比類ないのはやはり『ハンマークラヴィーア』と作品一一一だと私は思う。『ハンマークラヴィーア』といえば、いつか友人の令嬢(高校二年生)が温習会で弾くのに招待され、唖然とした。十代の小娘に、こともあろうに『ハンマークラヴィーア』が弾けるとおもう、そんなピアノ教師が日本にはいるのだ。技術の問題ではない。ベートーヴェンのソナタの中でも最も深遠なこの曲を、本当に、弾けるピアニストが日本に何人いると教師は思っているのだろう。だいたい日本の専門家には、レコードなど、ろくにきかない人が多いが、だからオーボエが何本ふえたなどと言っていられるのだろうが、そういうピアノ教師たちに教育ママは子供を習わせ、音楽的教養が身につくと思っている。あわれと言うも愚かで、済む問題ではない。ベートーヴェンの後期ピアノ・ソナタが女性に弾けるわけはない。晩年のベートーヴェンの歳になって、やっと、限られた、世界でも数人のピアニストがその心境を弾き得るだろう。そういう曲である。恐らく当の教師にだって満足に弾けはすまい。それが、こともあろうに発表会で少女に演奏させる。どういう神経なのか。こんな教師たちで日本の楽壇は構成され、ベートーヴェンが語られる。日本はその程度のまだ、水準でしかないのだろうか。
*
《ベートーヴェンの後期ピアノ・ソナタが女性に弾けるわけはない》とある。
《晩年のベートーヴェンの歳になって、やっと、限られた、世界でも数人のピアニストがその心境を弾き得るだろう》
ともある。
そうだ、と私も思っている。
作品一一一の第二楽章を聴いていると、
五味先生が書かれていることを実感する。
極端な意見だ、という人がいてもいい。
私だって、少しはそう思うところもあるが、
それでもくり返すが、作品一一一の第二楽章だけでもいいから聴いてほしい。
聴けばわかるはずだ。
お前は、五味先生の文章に洗脳されすぎだ、といわれるだろう。
でもアニー・フィッシャーのベートーヴェンを聴いていると、
五味先生は、どういわれただろうか、と思ってしまう。
作品一一一の第二楽章。
ベートーヴェンの心境を描ききったと思えるピアニストは、
私にとっては、ほんとうに少ない。
そのなかの一人にアニー・フィッシャーは入っている、
アンドラーシュ・シフは入っていない。
CHプレシジョンの新製品D1.5。
MQA対応である。
ほぼ間違いなく、11月開催のインターナショナルオーディオショウで聴けるだろう。
今年は行かないと決めたものの、D1.5の登場は、その決心が揺らいでしまうほどだ。
それでも今年は行かないのだが、今年のショウの目玉はD1.5といってしまいたくなる。
日本のメーカーは、どうなのだろう。
今年のインターナショナルオーディオショウに向けての新製品で、
新たにMQAに対応するブランドはあるのだろうか。
いまの時点ではなんともいえないけれど、ないような気がする。
今年のインターナショナルオーディオショウでは、
MQAに対する日本と海外の温度差をより感じることになるのだろうか。
どうもそんな気がしてしまう。
FM fanの記事は、一回目が長岡鉄男、上杉佳郎、
二回目が瀬川冬樹、菅野沖彦、
この四氏のリスニングルームを傅 信幸氏が訪問というものだった。
おもしろかったのはだんぜん二回目である。
当時、何度も読み返し、グラビアのリスニングルームのカラー写真を、
それこそ穴が開くほどに見ていた。
この記事のあとに、ステレオサウンドの記事も読み返した。
でも、やっぱりおもしろくない、というよりも、最後まで読み通すのがしんどいのは、
まったく同じままだった。
いまにして思えば、この時に気づいていたのかもしれない。
傅 信幸氏は狂言まわしの才能がある、ということに。
こんなふうに書いてしまうと誤解する人がいるかもしれない。
いまオーディオ評論家と呼ばれている人たちで、
傅 信幸氏と柳沢功力氏が、オーディオ漫談家もしくは狂言まわしである、というだけのことだ。
ほかのオーディオ評論家と呼ばれている人たちと比較してどうのこうという話ではない。
ほかのオーディオ評論家と呼ばれている人たちには、
オーディオ漫談家、狂言まわしとしての才能もない、ということである。
そして月刊ステレオサウンドというものが本当に登場してくれるのであれば、
傅 信幸氏、柳沢功力氏のオーディオ漫談家、狂言まわしといった、
よいところを読みたいのである。