Archive for 1月, 2018

Date: 1月 22nd, 2018
Cate: 菅野沖彦

「菅野録音の神髄」(その7)

そこでの音はともかくとして、江崎友淑氏の話はほんとうにおもしろかった。
そのひとつを、別項「オーディオの楽しみ方(つくる・その17)」で書いた。

江崎友淑氏は菅野録音のことを「かっこいい録音」と表現されていた。
菅野録音はかっこいい音である。
そうである。

バランスがとれていて、洗練されていて──、
その「かっこいい音」を具体的に説明していくとなると、意外に難しい。

私が思うに菅野録音のかっこいいは、野性味にあるように感じている。
「’81世界の最新セパレートアンプ総テスト」で、
スレッショルドのStasis 3の音について《もうちょっと野性味みたいなものがほしい》といわれている。
「THE DIALOGUE」を鳴らしての発言である。

野性味があからさまに出てきてしまっては、それはもうかっこいい音とはいえない。
けれど野性味の感じられない音で鳴ってしまった菅野録音からは、かっこいいは感じとりにくくなる。

この野性味も、結局はバランスなのだろう。
バランスではあっても、野性味は本質に関ってくることである。

そういう本質を持っていない人が鳴らせば、菅野録音からは野性味は消えてしまう。
そういう本質を持っていない人が、オーディオラボの菅野録音をマスタリングしていたら、
つまらない音のディスクになっていたはずだ。

現在オクタヴィアレコードから発売されているCD/SACDは、そうではない。

「菅野録音の神髄」が開場する前に、
菅野先生が江崎友淑氏の手をとって、
「君と出逢えてほんとうによかった」といわれたときいている。

Date: 1月 21st, 2018
Cate: 菅野沖彦

「菅野録音の神髄」(その6)

その4)、(その5)で引用したMC2500、Stasis 1での「THE DIALOGUE」の音の印象は、
ポジティヴな評価であり、「’81世界の最新セパレートアンプ総テスト」にはそうではない音の印象もある。

100機種ほどのアンプの総テストだけに、そうではない音の印象のほうが多い。
それらをここで引用はしないが、よく鳴ったときの音の印象、そうでないときの音のい印象、
自分「THE DIALOGUE」を真剣に鳴らしてみると、
どちらの意見も「たしかにそうだ」と感じられる。

それは「THE DIALOGUE」のCD/SACDのハイブリッド盤でも、まったく変らない。
「’81世界の最新セパレートアンプ総テスト」ではアナログディスク。
つまりは江崎友淑氏によるマスタリングは、
オーディオラボ時代の音の印象そのままが継承されている、ということでもある。

菅野録音の本質を理解されているからこその、出来であることは、
「THE DIALOGUE」の一枚を聴いただけでもはっきりとわかることだ。

今回の「菅野録音の神髄」での音は、その意味で江崎友淑氏の音ではない、といえる。
アキュフェーズのプレーヤーとコントロールアンプとクリーン電源、
B&Oのスピーカーシステム、
それにそれぞれのスタッフ。
杉並区の中央図書館のスタッフ。

今回の音は、誰による音なのか、とおもう。
そういえばステレオサウンドの編集長の染谷氏も来られていた。

染谷氏による今回の音だったのか。
そのへんははっきりとしないが、「THE DIALOGUE」にかぎらず、
他のディスクでも、音に関してはあきらかに足りないものがあった。

曲と曲とのあいだの江崎友淑氏の話は、来てよかった、といえる内容だっただけに、
足りないものが、はっきりとしてくる感じでもあった。

江崎友淑氏は、菅野先生のことばを引用されて、こういわれた。
「録音は、再生に始まり再生に終る」

そうである。
けれど、このことばが、より重みを増すために必要な音、
つまり再生がなされていたとはいえなかった。

Date: 1月 21st, 2018
Cate: 「オーディオ」考

指先オーディオ(その1)

アナログでもっぽら信号処理をしていた時代から、
ツマミを動かすことで、さまざまなことができるようになってきた。

そこにデジタルが登場して、さらに範囲は拡がり、より細かな調整が可能になってきている。

なんらかのプロセッサーが目の前に一台あれば、
以前では簡単に変更できなかったパラメータをもいとも簡単にいじれるようになっている。

技術の進歩が、ツマミを動かすだけでなんでもできるようにしてくれる。
けっこうなことである。

けれど懸念もある。
その懸念が、指先オーディオである。

指先だけでかなりのことが可能になってきた。
便利な時代になってきた、とは思っている。

なのに指先オーディオなんて、ついいいたくなるのは、
何かを見失ってしまった人を知っているからだ。

彼は昔からパラメトリックイコライザー、グラフィックイコライザーが好きだった。
そのころは彼もまだ若かった。
それらのイコライザーに積極的であっても、指先オーディオではなかった。

けれどデジタル信号処理による、プロ用機器ではさまざまなプロセッサーが出てくるようになった。
それらを手にしたころから、彼は指先オーディオへと突き進んでいった。

歳をとったということもあるのだろう。
体を動かすよりも、指先だけで済むのだから(必ずしもそうではないが)、
そういうプロセッサーへの依存は強くなっていくのか。

高度なことをやっていると思い込んでしまっている彼は、
何も生み出せなくなってしまった──、
私はそう感じている。

彼ひとりではない、とも感じている。
指先オーディオは拡がりつつある、と感じている。

Date: 1月 20th, 2018
Cate: 菅野沖彦

「菅野録音の神髄」(その5)

「’81世界の最新セパレートアンプ総テスト」では、
スレッショルドのパワーアンプは三機種取り上げられている。
Stasis 3、Stasis 2、Stasis 1である。

Stasis 3では、菅野先生はこういわれている。
     *
それから「ダイアローグ」も、全体に落ち着いた、力がないということではないんてずが、おとなしい雰囲気で鳴らしてくれます。
     *
この発言のあとに柳沢、上杉両氏の発言があり、最後のほうでは、こうもいわれている。
     *
 いや、ぼくももうちょっと野性味みたいなものがほしいと思います。「ダイアローグ」でちょっと不満をいったのは、実はその点なんですね。決して物足りないとか、弱々しいというんではないんですが、やはり音の鳴り方が端正なんでしょうね。
     *
Stasis 3は760,000円だった。その上のStasis 2(1,138,000円)となると、
「ダイアローグ」の鳴り方は
《明らかにステイシス3よりも力強くたくましく鳴ってくれました。スリリングという店ではこちらの方がグーッときましたね》
と変化している。

Stasis 1は、モノーラル仕様で3,580,000円していた。
Stasis 2の三倍である。
しかも出力はどちらも200Wである。

けれど菅野先生の「ダイアローグ」について印象は、
Stasis 3、Stasis 2とは別格であることを感じさせてくれた。
     *
「ダイアローグ」はソリッドな音で、ドラムスの音なんていうのはものすごく詰っていて、何かそこから飛び出してくるんではないかと思えるほど緻密な音が聴けました。ブラシでタンバリンを叩いた音が空間にサーッと抜ける情景などは、音が見えるような感じです。
     *
これを読んだときは《何かそこから飛び出してくるんではないかと思えるほど》の音で、
「THE DIALOGUE」を聴いていたわけではなかった。

その感じは、アナログディスクからCD、SACDとなっても、確実に残っている。
うまく鳴ったときは、何かが飛び出してくるような、
それゆえにスリリングな感じがいっそう増してくるところがある。

他にも「’81世界の最新セパレートアンプ総テスト」からは、
「THE DIALOGUE」についてまだまだ引用したいところはあるが、
このくらいにしておこう。

Date: 1月 19th, 2018
Cate: 菅野沖彦

「菅野録音の神髄」(その4)

「THE DIALOGUE」を、菅野先生のリスニングルームで聴いた経験は、ない。
いちど聴きたい、と思ってきた。
でも聴くチャンスはなかった。

「THE DIALOGUE」を聴かせてほしい、とお願いしてれば聴かせてくれた、と思うけれど、
なんとなく言い出せなかった。

そんな私にとっての「THE DIALOGUE」の鳴り方のひとつのリファレンスは、
熊本のオーディオ店で瀬川先生が4343で鳴らされた音である。
「THE DIALOGUE」を初めて聴いたのが、そのままリファレンスとなっている。

そのうえで、1981年夏に出た「’81世界の最新セパレートアンプ総テスト」を読んだ。
この総テストで使われている試聴ディスクは、
シェリングとヘブラーによるベートーヴェンのヴァイオリンソナタ、
シルビア・シャシュのドラマティックオペラアリア集からベルリーニの「ノルマ」、
そして「THE DIALOGUE」の三枚である。

試聴メンバーは上杉佳郎、菅野沖彦、柳沢功力の三氏で、
試聴記は鼎談形式である。

試聴ディスクが三枚ということもあって、
具体的なことがけっこう述べられている。
「THE DIALOGUE」についても、特にそうだといえる。
菅野先生は、「THE DIALOGUE」の鳴り方について、ほとんどのアンプで語られている。

読みながら、こんなにもアンプによって鳴り方が変化するのか、と、
当時興味深く読むとともに、
「THE DIALOGUE」はどういう鳴り方をするものなのかを、
くり返し読むことで頭のなかで構築していった。

たとえばマッキントッシュのMC2500のところでは、こう語られている。
     *
 確かにいわれたように、コントロールアンプのボリュウム設定、つまりコンスタントなレベル設定をした場合に、パワーに余裕があるために他のアンプと桁違いにダイナミックレンジは広いですから、ピークが悠然と出てくるわけで、音楽の躍動感の次元が違ってきてしまうわけです。特に「ダイアローグ」を聴いたときの躍動感は、他のアンプと比べて1桁も2桁も違うという感じですね。
     *
これはどういうことかというと、柳沢氏が冒頭で語られている。
     *
 全体的な印象としては、まず圧倒的な音量感を特徴として挙げます。もちろんアンプはデカイ音を出せばデカイ音が出て、小さい音を出せば小さい音が出るのですけども、たとえば最初の「ヴァイオリン・ソナタ」で、ある音量を設定しておいて、それに見合う音量にして「ダイアローグ」をかけるわけです。ところが、その音量感が他のアンプと全然違うんですね。「ダイアローグ」のときは、今まで他のアンプで聴いていた「ヴァイオリン・ソナタ」との比率が比べものにならないくらい音量感が増してきて、ボリュウムを間違って上げすぎたかなという感じがするくらい、ダイナミックレンジの大きさを出してくれたんです。
     *
これは喫茶茶会記でのaudio wednesdayで鳴らしても感じていることだ。
audio wednesdayではアンプは固定だが、
チューニングをしていくと、あきらかにそう感じる。
音量感が増して聴こえるのだ。

Date: 1月 18th, 2018
Cate: 菅野沖彦

「菅野録音の神髄」(その3)

「5 Saxophones」、「SIDE by SIDE 2.」、「THE DIALOGUE」、
この三枚のディスクがかけられるであろうことは、
オーディオラボの録音を全部とはいわないまでも、
けっこうな枚数を聴いてきた人ならば、予想できていたはずだ。

「THE DIALOGUE」、
何が残念だったのかといえば、その音以前に、ボリュウム操作だった。
SACDプレーヤーのPLAYボタンを押してからの操作であった。

もう音が鳴り始めてからボリュウムを上げていては、
このディスクの一曲目の「ベースとの対話」においては、なおさらである。

なぜ、この曲だけ、そんな鳴らし方だったのか、といまも残念に思う。

今回の講演は「菅野録音の神髄」であって、
「菅野録音の神髄を聴く」ではない。
だから、それほど音に期待していたわけではない。

ただ、こうして書いているのは、音量設定も、その操作も含めての音であるからだ。

優に百回以上は聴いている「ベースとの対話」。
どういう音が鳴ってくるのか、熟知しているといえるにも関らず、
この「ベースとの対話」がうまく鳴った時の出だしの音のインパクトの強烈さ。

その音が鳴ってくるとわかっているにもかかわらず、ドキッとする。スリリングである。
なのに音が鳴り始めてからボリュウムを上げていては、
「THE DIALOGUE」を聴いていないのか、と問いたくなる。
(ボリュウムを含めての操作は江崎友淑氏がやられていたわけではない。)

かけなおしてもいいじゃないか、と思っていた。
ボリュウムをあげてからPLAYボタンを押すようにして、もう一度かければいいのに……。

でも残念なことに、そのまま最後まで鳴っていた。

江崎友淑氏の話の中に、曲を最後まで聴くことの大切さがあった。
最後まで聴く、ということは最初から聴く、ということである。

そこが忘れられた「THE DIALOGUE」だった。

Date: 1月 18th, 2018
Cate: 菅野沖彦

「菅野録音の神髄」(その2)

菅野先生は挨拶をされて、すぐに楽屋にひっこまれた。

それからアキュフェーズと B&Oのスタッフによる器材の説明があって、
「菅野録音の神髄」が始まる。

最初にかけられたのは「5 Saxophones」だった。
この曲だろうな、と思っていた。
菅野先生のリスニングルームでも、「5 Saxophones」だったからだ。
もちろんSACDである。

それから「SIDE by SIDE 2.」、
そして「THE DIALOGUE」、
最後にアナログディスクで、宮沢明子によるモーツァルトのピアノ協奏曲だった。

四枚のディスクのあいだに江崎友淑氏の話があった。

「5 Saxophones」は菅野先生のところで 何度も聴いている。
その音が、私のなかではリファレンスとなっている。
なにも、菅野先生のリスニングルームで鳴っていた音のままで、
「5 Saxophones」が鳴るとは思っていない。

けれど、そうとうに違う。
録音の優秀さは伝わってきても、「5 Saxophones」の楽しさは、残念ながら伝わってこなかった。
音量も低めだな、と思っていた。

菅野先生は、けっこうな音量で鳴らされていた。
その音量も、私にとっては基準のひとつになっている。

「SIDE by SIDE 2.」のピアノはよかった。
いちばん残念だったのが「THE DIALOGUE」だった。

Date: 1月 17th, 2018
Cate: ユニバーサルウーファー

電子制御の夢(ウーファーの場合・その1)

MFB(Motional Feedback)なしにカッティングできないくらいに、
アナログディスクをつくるうえでは不可欠の技術である。

再生側においては、MFBはおもにスピーカーに使われる。
フィリップスの小型スピーカー、RH541、RH545のウーファーにはMFBがかけられていたし、
ドイツのBackes & Müller(B&M)は全帯域にかけている。
それからインフィニティのIRSのウーファータワーもそうだ。

日本では、無線と実験やラジオ技術では、
私がオーディオに興味をもちはじめる前の時代、
かなりMFBの記事が載っていた、ときいている。

スピーカーの場合のMFBは、
振動系の運動に比例した信号を、駆動するアンプの入力にフィードバックすることで、
振動系の制御を積極的に行う技術である。

MFBを適切にかけることで、スピーカーの特性を改善できるわけだが、
それだけに振動系の動きをどう検出するか、
振動系の速度なのか、振幅なのか、加速度なのかも重要となる。

以前はMFBをかけることを前提として、ボイスコイルをふたつもつユニットもあった。
ひとつは通常のボイスコイルで、追加されたボイスコイルは検出用である。
この方式だと、ボイスコイルの振幅速度に比例した電圧が得られる。

けれど、これでは振動系の制御とはいえない。
振動系の駆動部分の制御といえよう。

振動系の動きをどう正確に検出するか。
MFBという技術があると知った時に、あれこれ考えた。
考えれば考えるほど、いかに難しい、ということになる。

そんなこともあって、MFBそのものに関心をもたなくなった。

Date: 1月 17th, 2018
Cate: 楽しみ方

オーディオの楽しみ方(つくる・その18)

「かっこいい音だな」というのは、
実のところは「かっこいい録音だな」である。

それはわかったうえで、「かっこいい音だな」を嬉しく受け止めていた。

そのディスクにおさめられているのがかっこいい録音であっても、
それが必ずしもかっこいい音で鳴ってくれるわけではない。

いい音で鳴ってくれたとしても、かっこいい音だな、と思わせるかどうかは、
微妙なところで違ってくることでもある。

かっこいい録音がかっこいい音で鳴ってくれるくれるための条件とは……、
なかなか難しく、いまのところ、これとこれとこの条件を満たせば……的なことはいえない。

とにかくSICAのフルレンジユニットは、CR方法と、もうひとつのことで、
文字通り見違えるほどよくなった。

振動板の質が良くなったようにも聴こえるし、
別項でも書いているように、聴感上のS/N比の向上が、
聴感上のfレンジの向上に結びついている。

今回やったことを施す前の音は、トゥイーターが欲しくなる感じだった。
今回の音はトゥイーターが不要とまではいわないが、これはこれでいいな、と思えるし、
この状態まで最低でももってきたうえで、トゥイーターを追加すべき、だとも思う。

高域がのびいていない、もう少し繊細な音が欲しい、とか、そういう理由で、
すぐにでもトゥイーターを付ける人はけっこう多い。

つい先日も、あるサイトで小口径フルレンジにトゥイーターを追加した記事があった。
個人サイトではない。
タイミングのいい記事というか、とにかく読んだ。

40年前に読んだ記事かと思うほどに、何ら進歩を感じない内容だった。
こんな記事は、これまで何本も見てきた。

その記事は初心者向けに書かれているのだろう。
編集者からの要望通りの内容なのだろう。

そのへんのことはわかったうえで、
その記事を読まされる初心者は恵まれていない、といおう。
あまりにも安易すぎるのだ。
昔のままの安易さが、そのまま残っている。

Date: 1月 17th, 2018
Cate: Noise Control/Noise Design

聴感上のS/N比と聴感上のfレンジ(その7)

喫茶茶会記のスピーカーで、トゥイーターだけはCR方法がこれまでは試せなかった。
グッドマンのトゥイーターはハウジング内にハイパスフィルターが内蔵されていて、
それをパスすることができないからだ。

10月のaudio wednesdayから、トゥイーターはJBLの075にしている。
だからトゥイーターにもCR方法を実践できようになったし、もちろんやっている。

その効果は、来ている人がみなつけたほうがいい、という。
もちろんスコーカーのアルテックのドライバーにも取り付けてある。
これですべてのユニットに対して施してある。

そして別項で書いているSICAの10cmのダブルコーンのフルレンジユニットにもやっている。
ここでの効果は、喫茶茶会記のスピーカーユニットにひとつずつ試した時よりも大きかった。

フルレンジということもあろう、
それからスピーカーユニットとアンプとのあいだにネットワークがないことも、
深く関係しているのかもしれない。

CR方法については、(その1)で書いている。
私がこれまで試したところでいえば、
抵抗はDALEの無誘導巻線抵抗にかぎる。
この抵抗は、秋葉原の海神無線で入手できる。

DALEの無誘導巻線抵抗は、カーボン抵抗や金属皮膜抵抗に比べると高価だ。
といっても一本数百円である。

それからコンデンサーのリード線をユニットのアース側にもってきたほうが結果はいい。

既製品のスピーカーでは試しにくいモノもあろうが、
自作スピーカーであれば、試してみることはそんなに面倒でもないはずだ。
フルレンジユニットであれば、もっと簡単に行える。

ただしいずれも場合も、スピーカーユニットの端子に直接最短距離で取り付けるべきだ。

聴感上のS/N比の向上というと、機械的な雑共振を抑えることと受け止められるし、
たしかに機械的雑共振をどう抑えるかは、ひじょうに重要なこきとであるが、
同時に電気的な共振を抑えることも、聴感上のS/N比の向上には効く。

CR方法が実際にどう作用しているのかはっきりとしたことはいまのところいえないが、
少なくとも聴感上のS/N比は向上するし、聴感上のfレンジも上のほうにのびていく。

Date: 1月 17th, 2018
Cate: 川崎和男

KK適塾 2017(2月2日・補足)

今年度のKK適塾の二回目は、2月2日に行われる。
受付が始まっているが、ひとつだけ注意が必要だ。

スマートフォンから申し込む場合、Wi-Fiで接続していないと、
応募期間が過ぎています、というメッセージが出て、申し込みができない。

一回目のKK適塾、出先ということもあって、最初4G回線で接続していて、申し込めなかった。
帰宅してWi-Fiで接続して、やっと申し込めた。

今回、ある人を誘った。
その人から連絡があり、応募期限が過ぎている、と表示されて申し込めない、と。
スマートフォンからで4G回線での接続だった。
パソコンで接続したら、すんなり申し込めたそうだ。

あえてそういうふうにしているのかどうかははっきりとしないが、
もしスマートフォンで4G回線で接続していて、申し込めなかった人は、
Wi-Fiで接続するか、パソコンで申し込めば問題は生じない。

Date: 1月 17th, 2018
Cate: 川崎和男

KK適塾 2017(一回目・その4)

久坂部羊氏は、PPKといわれた。
ピンピンコロリを略して、PPKである。

健康で病院にもかからず、ピンピンしていて、ある日突然コロリと死んでしまう。
これは理想であろう。

私も昔、そんなふうに死ねたら……、と思っていたことはある。
私の周りにも、そんなことをいっている人は何人かいる。

昔から、細く長くか太く短くか、という。
けれど細く生きることを心掛けていたからといって、ほんとうに長く生きられるのか。
太く生きている人は、ほんとうに短い人生なのだろうか。

昔、山中先生がいわれていたことを思いだしていた。

細く長くとか太く短く、とかいうけれど、
人がコントロールできるのは太さだけであって、長さはどうすることもできないんだ、
細く短い人もいるし、太く長い人もいる、と。

そんなことをいわれていた。

昔の仕事関係の人のおじさんは、とても元気だったそうだ。
病院に行くことも、健康診断に行くこともなく、健康そのものだったらしい。

その人が、ある日突然倒れた。
病院に運ばれて検査の結果、癌だった。
末期の癌で倒れた日から、そう経たないうちに亡くなったそうだ。

もう手遅れ、ということで、治療も受けなかった、らしい。
この人は、PPKなのだろう。
倒れる日まで、ほんとうに元気(ピンピン)だったのだから。

KK適塾の翌日、12月23日には、ジャズ喫茶の閉店の話のほかに、
別の人からスピーカーがこわれてしまった、という連絡があった。

そのスピーカーシステムは、発売されてから25年以上経っている。
それほど数は売れていないけれど、私も欲しかったスピーカーである。

そのスピーカーでなければ聴けない音の魅力があった。
いま、そのメーカーはない。
純正の修理は無理ということになる。

スピーカーの故障の原因は、パワーアンプの異状である。
パワーアンプも同時期に購入されたモノだから、こちらもけっこう月日が経っている。

このことが重なったから、PPKについて、オーディオの場合なら……、ということを考えてしまう。

Date: 1月 16th, 2018
Cate: 「オーディオ」考

「虚」の純粋培養器としてのオーディオ(人が集まるところでは……)

不特定多数の人が集まるところでは、気持よく帰れることの方が稀だとおもう。
特にオーディオ関係の、そういう場では、げんなりしたり、イヤな気持になったり、
そういうことは必ずつき物だと思っていた方がいい。

昨年のインターナショナルオーディオショウでは、
別項「2017年ショウ雑感(会場で見かけた輩)」で書いている人がいたわけだ。

こういう人の他にも、音を聴きに来ているのか、自慢話を披露したくて来ているのか、
何が目的なのかわからない人もいる。

同好の士が集まる場だからといって、気持よく帰れるわけではい。
先日の「菅野録音の神髄」でも、残念なことに、そういう人たちがいた。

そういう人たちの方が圧倒的に少数であっても、
そういう人たちは目障り、耳障りであるために目立つ。

そういう人たち(そういう大人)に幻滅したくない、という人もいよう。
それで「菅野録音の神髄」に来なかった人もいる。

その人の気持がわからないわけではない。
それでも、やはり来るべきだった、といおう。

今年の最初に「オーディオマニアの覚悟(その7)」を書いた。
そこには、こう書いた。

オーディオマニアとして自分を、そして自分の音を大切にすることは、
己を、己の音を甘やかすことではなく、厳しくあることだ。

そうでなければ、繊細な音は、絶対に出せない、と断言できる。

繊細な音を、どうも勘違いしている人が少なからずいる。
キャリアのながい人でも、そういう人がいる。

繊細な音を出すには、音の強さが絶対的に不可欠であることがわかっていない人が、けっこういる。

音のもろさを、繊細な音と勘違いしてはいけない。
力のない、貧弱な音は、はかなげで繊細そうに聴こえても、
あくまでもそう感じてしまうだけであり、そういう音に対して感じてしまう繊細さは、
単にもろくくずれやすい類の音でしかない。

そんな音を、繊細な音と勘違いして愛でたければ、愛でていればいい。
一生勘違いしたままの音を愛でていればいい。

それでいいのであれば、幻滅したくない、イヤな気持になりたくない、
傷つきたくないということで、そういう場に出かけなければいい。それで済む話だ。

あとは本人次第だ。

Date: 1月 15th, 2018
Cate: 楽しみ方

オーディオの楽しみ方(つくる・その17)

今日もまたSICAの10cmスピーカーと対面してきた。
組み立てたのは先週の日曜日、約一週間経ったわけだ。

エンクロージュアは、いい感じで塗装されていた。
吸音材も追加で、私が指定した素材が入っている。
この素材は、秋葉原には売っていないものだ。

それからスピーカー端子のワイヤーの処理も、
一般的な方法ではなく、こうしたほうがいいです、といったやり方に変えられていた。

その上で今回はふたつのことをやってきた。
すごいことでもないし、特別なことでもない。
特殊なパーツやアクセサリーを使ったわけでもない。

ひとつは、このブログを丹念に読んでいる方ならば、あれか、とおわかりになるだろう。
もうひとつは、audio wednesdayにきている人ならば、おおよその見当はつくことである。

ほんとうはひとつずつステップを踏んで、その音を聴いてもらったうえで、
もうひとつの方法をやるというのがいいのはわかっていたが、時間的な関係と、
あまり頻繁にユニットを取り外しては取り付けるということをやりたくなかったので、
あえてふたつのことをいっぺんにやった。

私の頭の中では、おおよそこのくらいは変化するだろうな、という予測はあった。
予測していた方向に、いい感じで音は変った。

ただその変化量が、予測よりも少しばかり大きかった。
ここまで変化するのか、と正直驚きがあった。

驚いたのは私だけではない。
むしろ予測していないだけに、SICAのスピーカーの持主のほうが、
私よりも驚かれていた。

「かっこいい音だな」といわれた。
なによりの褒め言葉だと受け取っていた。

昨日の「菅野録音の神髄」で、
江崎友淑氏は菅野録音のことを「かっこいい録音」と表現されていた。

そのことがあったから、よけいに「かっこいい音だな」が嬉しかったわけだ。

Date: 1月 14th, 2018
Cate: 菅野沖彦

菅野沖彦氏のスピーカーのこと(「菅野録音の神髄」でのBeoLab 90)

菅野沖彦氏のスピーカーのこと(その16)」で、B&OのBeoLab 5を挙げた。
そんな私だから、「菅野録音の神髄」でのスピーカーシステムがBeolab 90であったことは、
我が意を得たり、でもあった。

来場者のなかには、BopLab 90という選択に不満をもっている人もいたように感じる。
なぜBeoLab 90になったのかについては、中央図書館の方からの説明があった。

いくつかの事情が重なってのBeoLab 90であったようだが、
そういう事情がなくとも、私が担当者だったら、BeoLab 90を選ぶ。

開場前の音は、かなりよかった、とも聞いている。
60人以上の人が集まった空間では、開場前とは大きく音が違って当然であり、
そのあたりへの配慮が足りなかったのは、
おそらく中央図書館としても、こういうイベントは初めてであろうから、致し方ない面もある。

十全に鳴っているとはいいがたかったが、
BeoLab 90という選択は、正しい。