Archive for 7月, 2017

Date: 7月 13th, 2017
Cate: 使いこなし

他者のためのセッティング・チューニング(その5)

マリーザ・モンチのディスク”UNIVERSO AO MEU REDOR”の一曲目だけをかけていた。
こういうときは一曲最後まで聴くことはせずに、
曲半ばでセッティングを変え、また同じところを聴くことをくり返す。

7月のaudio wednesdayでは十回ほど、一曲目を聴いた。
一分半ほどの十回で、セッティングの変更の時間が加わる。
なのでトータルでかかった時間は20分弱か。

CDプレーヤー、アンプ、スピーカー、ケーブル、
すべて最初から同じままである。

Hさんは、その過程の音を聴きながら、
「自宅で聴いている音のイメージに近づいてきた」といわれた。
まだまだこまかなところをつめていくこともできたが、
Hさんの時間的余裕もあって、
このへんかな、と思った音を聴いてもらった。

「マリーザ・モンチのイメージそのまま」ということだった。
リズムが流れてしまう、という、
ブラジル音楽好きのHさんにとって、どうしても気になっていた点も、解消できた。

その音を聴きながら、
「この音がいい音かどうかわかりませんが、いつも聴いている音です」
そういった趣旨のことをいってくれた。

ここは大事なことである。
ここで私がやったのは、
ブラジル音楽好きのHさんためのためのセッティング・チューニングであって、
私自身が、私が好む音楽を聴いて好ましい音かどうかではない。

もうひとつ大事なことは、Hさんは、
自身の中にマリーザ・モンチのディスクがこう鳴ってほしい、
というイメージをしっかり持っておられた。

Date: 7月 12th, 2017
Cate: オーディオのプロフェッショナル

プロ用機器メーカーとしてのプロフェッショナル

ステレオサウンド 34号に「レコーディングにおける音楽創造を探る」という記事がある。

スイスのレーヴェル、クラーヴェス(Claves Records)が、
日本で録音を行った際の取材をもとに記事はつくられている。

クラーヴェスの録音エンジニア兼ディレクターのシュテンプㇷリ氏に、
どんな再生装置を使っていますか、という質問がなされている。
     *
シュテンプㇷリ 可能なかぎり録音に使ったものと同じ機種で聴いています。具体的にいうとプレーヤーはEMTで、スピーカーはアルテック、そしてスピーカーにはクライン&フンメル社の特製アンプが組み込まれています。これはドイツで放送局用に特注されたもので、OZの型番で呼ばれており、この組み合わせは方々のスタジオで使われていますから、初めてのスタジオでもすぐに仕事にかかれることが多いのです。
     *
K+HのOZという型番のスピーカーシステム。
どんなスピーカーなのか。

日本での録音でのモニタースピーカーには604Eが入った612が使われていることが、
記事中の写真でも、記事の最後に録音器材のリストでも確認できる。

だからOZは604E搭載で、内蔵アンプがK+Hによるものだと当時は想像していた。
これ以上の情報はなかったのだから、そう思ってしまった。

K+H(KLEIN & HUMMEL)は、現在ノイマン傘下の会社になっているが、
いまもスタジオモニターを開発・製造している。

数年前に製造中止になってしまったのが残念だが、
O500Cという3ウェイのスタジオモニターの特性は驚くほどのレベルだった。
スピーカーの特性を、ここまで向上できるのか、と、
オーディオマニア的おもしろさはやや欠けるものの、
もうスピーカーシステムとは、
デジタル信号処理と内蔵アンプを含めて考えていくものだ、と思わせる。

でもK+Hは、昔もいまもどちらかといえばマイナーな存在といえよう。
ステレオサウンド 46号でOL10とO92が取り上げられていて、
私にとって、OL10はぜひとも聴いてみたいスピーカーのリストのトップになるほど、
興味津々のスピーカーだったが、これも聴く機会はなかった。

K+Hのことになると、どうも話がそれてしまう。
OZのことに話を戻せば、さらに以前のモニタースピーカーということぐらいしかわからなかった。

K+Hのウェブサイトには”Historical Products“という項目がある。
すでに製造中止になったモデルの詳細を、ここで知ることができる。

OZの資料もあたりまえのようにある。

想像していたモノとまるで違う。
604を搭載したシステムではなかった。
15インチ口径のダブルウーファーにホーン型のトゥイーターの2ウェイである。
けっこう大型のシステムだ。

このOZが当時のドイツの放送局のモニタースピーカーだったのか。
これにEMTのアナログプレーヤーの組合せで、
シュテンプㇷリ氏はアナログディスクを聴いていたのか。

K+HにはSSVというコントロールアンプも1974年ごろ、日本にも入ってきていた。
ステレオサウンド別冊HI-FI STEREO GUIDEで、
小さなモノクロ写真と簡単なスペックでしか知らなかった。

おそらくはパランス出力を持っているであろうと予想できても、
昔は確かめようがなかった。

このSSVについても、資料が公開されている。
やっぱりそうだったか、と確認できた。

メーカーにとって過去の製品、
それも製造中止になってそうとうな年月が経つモノに関して、
何の資料も公開しないままでも、誰もそのことに対し否定的なことはいわない。

それだけにK+Hが、こうやって公開してくれているのは、
この会社がプロフェッショナルを相手にしているプロ用機器メーカーだからのような気がする。

Date: 7月 12th, 2017
Cate: 使いこなし

使いこなしのこと(ステレオゆえの難しさ・その3)

モノーラル再生(スピーカーシステムは一本)であれば、
スピーカーの真正面の音を聴く。

ステレオ再生の場合はどうかというと、二本のスピーカーから等距離の位置で聴くわけだが、
スピーカーの真正面の音とは必ずしもいえない。

二本のスピーカーと聴き手との位置関係が正三角形の場合、
スピーカーを60度の角度をつけていれば、スピーカーの真正面の音を聴いているいえる。

けれどスピーカーの振りは音に影響するわけで、
設置環境によってはほとんど振らない場合もあるし、60度以上振ることだってある。

正面の音を聴いているわけだが、真正面の音というわけではない。
それでもスピーカーの特性としては、ほとんどの場合、保証されている範囲であり、
いわゆる周波数特性的には問題となることは生じない。

けれどほとんどのスピーカーシステムには奥行きがある。
つまりエンクロージュアの奥行きがあるわけだ。

エンクロージュアの奥行き、いいかたをかえればエンクロージュアの側面である。
世の中に無共振のモノは存在していないわけだから、
エンクロージュアのあらゆる個所から音が出ている。

スピーカーユニットからの音、フレームからの音、エンクロージュアからの音、
それらすべてをふくめて、そのスピーカーシステムの音となるわけだが、
スピーカーの振りによって何が大きく変化するかといえば、
エンクロージュア側面から出てくる音と、正面からの音のまざり具合である。

スピーカーをまったく振らない状態では、
聴取位置からはスピーカーの内側の側面が見える。
60度の振りの場合は、側面はほとんど見えなくなる。
60度をこえて振れば、外側の側面が見えてくる。

Date: 7月 12th, 2017
Cate: 「本」, ジャーナリズム

オーディオ評論の本と呼ぶ理由(その1)

これまで何度か、ステレオサウンドはオーディオ評論の本だった、と書いている。
残念なのは過去形でしか書けないことだが、
いまのステレオサウンド編集部は、
おそらくステレオサウンドを、オーディオ評論の本とは思っていないだろう。

私は見ていないのだが、いま書店に並んでいるステレオサウンド 204号の編集後記に、
ある編集者が、ステレオサウンドを「オーディオの本」としている、らしい。

少し前に、ステレオサウンドはオーディオ評論の本、と書いたことに対し、
facebookにコメントがあり、ステレオサウンドは雑誌コードがついている雑誌であり、
コメントをくださった方は、出版に関係する仕事をされていて、
私が、ステレオサウンドを「本」と称することが気になっていた、とある。

ステレオサウンドはオーディオ雑誌である。
それは私も、そう思っている。
だから、いまのステレオサウンドを、オーディオ評論の本とは絶対に書かないし、
オーディオの本とも思っていない。
あくまでもオーディオ雑誌として捉えている。

本という言葉は単行本を、まずイメージさせる。
単行本と雑誌、どちらが出版物として上位かということは関係ない。
上も下もない。

どちらも本であるわけだが、
本はbookであり、bookからイメージされるのは単行本であり、
雑誌はmagazineであり、magazineからは単行本がイメージされることはない。

ここまで書いていて、ふと思い出したのが、黒田先生の文章である。
     *
 最近はあちこちに書きちらしたものをまとめただけの本ばかりが多くて──と、さる出版社に勤める友人が、あるとき、なにかのはずみにぼそっといった。もうかなり前のことである。その言葉が頭にこびりついていた。
 その頃はまだぼくの書いたものをまとめて出してくれる出版社があろうとは思ってもいなかった。なるほど、そういうこともいえなくはないななどと、その友人の言葉を他人ごとのようにきいた。
 三浦淳史さんが強く推薦してくださったために、この本が東京創元社から出してもらえることになった。むろん、うれしかった。ところが、それこそあちこちに書きちらしたものをいざ集める段になって、かの友人の言葉が頭の中で去来しはじめた。作業を進めながら、うれしくもあったが、気が重かった。
 最初に雑誌のために文章を書いたのは一九五九年である、と書いて自分でも驚いているところである。四半世紀近くも書いてきたことになる。もうそんなになるのか。信じがたい。
 書いたものの整理はまったくしていなかった。この本をまとめるために、やむをえずある程度は整理しなければならなかった。雑誌の切りぬきをまとめてみたら、ダンボール箱に五箱あった。へえーと、これまた驚かないではいられなかった。
     *
東京創元社から出ていた「レコード・トライアングル」のあとがきからの引用だ。
ここでの本とは、「レコード・トライアングル」のことでり、それは雑誌ではなく単行本である。

Date: 7月 11th, 2017
Cate: 「オーディオ」考

JBL 537-500は理外の理なのか

別項「ホーン今昔物語」を書こうと思ったのは、
JBLの蜂の巣ホーン537-500(後のHL88)について考えていたからである。

537-500について考えていたのは、オーディオにおける理外の理について考えていたからだ。

537-500、それにLE175DLHは、
ホーンの開口部にパーフォレイテッドプレート型音響レンズがついている。
537-500の音響レンズは、たしか14枚のドーナツ状のパンチングメタルからなる。

いくら小さな穴がびっしりとあるといっても、
これだけのものがホーンの開口部を、いわばふさいでいる、ともいえるシロモノだ。

現在のJBLならば、
この種のホーンは、理論から外れているといって絶対につくらないであろう。
でも、このホーンをJBLはウェストレックスに納入していた。
ウェストレックスのT550Aという型番のホーンが、そうである。

私は537-500の実測データをみたことはないが、
このホーンを使ったことのある友人のKさんによれば、
5kHz以上はダラ下りの特性になっているそうだ。

そうだろうな、と思う。
それが道理というものだろう。

それでも、このホーンの魅力にとりつかれた人がいるのもまた事実である。
菅野先生が、そのひとりである。

私は、まだこのホーンを自分で鳴らしたことはない。
LE175DLHは、いま鳴らしている。

その開口部を長めながら、理外の理について考えている。

Date: 7月 11th, 2017
Cate: 再生音

続・再生音とは……(歴史の短さゆえか・その2)

オーディオマニアが、あるオーディオ機器の音を聴いて、
「このスピーカーは、いい音だ」とか「このアンプをいい音を出す」とか口にしようものなら、
オーディオに無関心、もっといえば否定的な人からは、
「ほら、オーディオマニアは音しか聴いていない」といわれそうだ(間違いなくいわれるだろう)。

なぜか、この場合の「いい音」は、
音楽と遊離・乖離したものとして受け止められる。

けれど「このピアノはいい音だ」、「ストラディヴァリウスはいい音を奏でる」とか、
「ウィーンフィルハーモニーの音はいい音がする」とか、
オーディオに関心のない人でも、あたりまえに言っている。

この場合(生の音)は、音楽と遊離・乖離していない──ようなのだ。

Date: 7月 11th, 2017
Cate: きく

試聴と視聴と……(その1)

試聴と視聴。
どちらも(しちょう)である。

オーディオ機器を聴くことを試聴する、という。
けれど最近、オーディオ機器にも視聴する、視聴した、というのが目立つようになってきた。

パソコン、スマートフォンの変換候補として、
試聴よりも視聴のほうが先に出てくるためであろう。

視聴とは、見ることときくこと、と辞書にはある。
オーディオ機器を聴く場合も、
ブラインドフォールドテストでなければ、
目の前にオーディオ機器があるわけで、たしかに見てきいている、といえる。
その意味では、視聴でもおかしくないといえばそうかもしれない、と思いつつも、
やはり違和感が、視聴にはあるし、私は試聴を使っている。

試聴とは、文字通り、ためしにきくこと、である。
試飲、試食と同じことといえるが、
ここでまた考えてしまう。

なにかそこには真剣味が足りない、もしくは欠けている感じがしないでもない。
試し聴きという試聴には、どこかちょい聴き的なニュアンスがないわけではないからだ。

試聴、試飲、試食以外に、試から始まるのに試合がある。
試合は仕合と書く場合もある。

ならば仕聴(しちょう)も……、と思うわけだが、
よくよく辞書をひいてみると、試合にしても仕合、どちらも当て字とある。
本来は為合(しあい)の意、とあった。

そうなると試聴は、為聴なのか。

Date: 7月 11th, 2017
Cate: 再生音, 快感か幸福か

必要とされる音(その7)

「スピーカーユニットのすべて」に「わが社のスピーカーユニット」というページがある。
オンキョー、コーラル、テクニクス、パイオニア、フォステクス、国内メーカー五社、
アルテック(エレクトリ)、エレクトロボイス(テクニカ販売)、タンノイ(ティアック)、
ジョーダンワッツ、ヴァイタヴォックス(今井商事)、海外メーカー五社の、
ユニット、エンクロージュア、ネットワークを含めての解説が載っている。

今井商事によるヴァイタヴォックスのユニットの使い方とその例が、
なかなか衝撃的といえた。

ユニット、ホーン、エンクロージュアの組合せの紹介記事である。
まずBitone Majorが紹介されている。
基本的なBitone Majorの構成である。

次はBitone MajorのホーンをマルチセルラホーンのCN121に換えた構成。
その次は、JBLのバックロードホーン・エンクロージュア4530に、
ヴァイタボックスのユニットとホーンをおさめた構成である。
さらにウーファーを二基おさめられる4520のシステムも紹介されていた。

この時期のヴァイタボックスからは、ヴァイタボックスのドライバーをJBLのホーンに、
JBLのドライバーをヴァイタボックスのホーンに取り付けるためのスロートも出ていた。

ヴァイタヴォックスがJBLのユニットを自社のユニットに置き換えることを、
なかば推奨していたのか。そう受け取ることもできる。

ならばパラゴンのユニットをヴァイタヴォックスに置き換えるのもあり、
この時から、ずーっと頭に片隅に居つづけている妄想である。

LE15AをAK157に、375をS2にする。
トゥイーターの075をどうするかは難しいところだが、
まずはAK157とS2の2ウェイでも、なんとかなりそうな気もする。

パラゴンの中古を手に入れて、ユニットをヴァイタヴォックスに置き換える。
すんなりいきそうに思えるが、
パラゴンの中域(375+H5038P)の取り付けを図面で確認すると、
375の後にはあまりスペースの余裕がない。

375とS2の奥行きは13.6cmと13.7cmでほぼ同じ。
ただS2とH5038Pの組合せにはスロートアダプター分だけ奥行きが伸びる。
わずかとはいえ収納できない可能性がある。

それでもヴァイタヴォックスのユニットがおさまったパラゴンの音は、
私にとっては150-4C搭載のパラゴンの音よりも聴いてみたい。

Date: 7月 11th, 2017
Cate: 再生音, 快感か幸福か

必要とされる音(その6)

そんなことはパラゴンに対する冒瀆だ、といわれそうだが、
高校生のころから想像(妄想)していることがある。

パラゴンのユニットをヴァイタヴォックスに換えてみたら……、である。

パラゴンのウーファーはLE15Aだった。
LE15Aは、どうみてもパラゴンのエンクロージュア向きのウーファーとは思えないところがある。
もともとのパラゴンに搭載されていたのは150-4Cである。
1964年にLE15Aになっている。

この時点で150-4Cが製造中止になったわけではなく、
同時期にハーツフィールドもユニット変更を受け、
075を加えた3ウェイモデルとなっている。
ハーツフィールドのウーファーは変更なく150-4Cのままだった。

中古市場では150-4C搭載のパラゴンのほうが高価だ。
どこまでほんとうなのかは確認していないが、
150-4C搭載のパラゴンの程度のいいモノが出ると、高価であってもすぐに売れてしまうが、
LE15A搭載のパラゴンは、在庫になってしまうこともある、とか。

LE15Aはホーンロードに向くユニットではない。
そのことも関係してのことだろうが、
そんなことはJBLがいちばんよくわかっていて、にも関わらずパラゴンにLE15Aを搭載しているのは、
何か理由があるはずだが、はっきりとはわからない。

LE15A搭載のパラゴンの音は聴いている。
150-4C搭載のパラゴンの音は聴いたことがない。
後者のパラゴンこそパラゴンである、とはいわないが、その音は気になる。

ホーンロードに向くウーファーのパラゴンの音、
そんなことを想像していたころに、あるオーディオのムックが出た。
電波新聞社の「スピーカーユニットのすべて」である。
1979年に出ている。

Date: 7月 10th, 2017
Cate: 瀬川冬樹

AXIOM 80について書いておきたい(その14)

瀬川先生は、もう一度AXIOM 80を鳴らされそうとされていた、ときいている。
45のシングルアンプを、もう一度組み立てられるつもりだったのか。
そんな気はする。

コントロールアンプはどうされるつもりだったのか。
これが気になっている。
音質だけでなく、機能、デザインにおいても満足するコントロールアンプを自作するとなると、
瀬川先生の場合だけにかぎらず、そうとうに時間も手間もかかることになる。

おそらくパワーアンプだけは自作で、
コントロールアンプは既製品を使われた、とおもう。

何を使われたのだろうか。
以前、AXIOM 80をステレオで鳴らされたときは、たしかQUADの22だった。
1980年代にQUADの22を、瀬川先生が使われるとは考えにくい。

かといってマランツのModel 7でもないような気がする。
結局、マークレビンソンをもってこられたのではないだろうか。

シルバーパネルのML6という選択もじゅうぶんある、
と思いながらも、ML6のボリュウム操作性の悪さから、やっぱりLNP2に落ちつかれるのではないか。

LNP2よりも音の良さを誇るコントロールアンプは、
その後、いくつか登場している。
それでもLNP2を選ばれる、としかおもえないのだ。

Date: 7月 10th, 2017
Cate: ディスク/ブック

兵士の物語

ストラヴィンスキーの「兵士の物語」を知った(聴くようになった)きっかけは、
ステレオサウンドで当時連載されていた岡先生の「クラシック・ベスト・レコード」だった。

日本フォノグラムが、オーディオファイル・コレクターズ・シリーズとして発売した一枚だった。
「兵士の物語」という作品があるのはなんとなく知っていたけれど、まだ聴いていなかった。
それほど聴きたいと思っていたわけでもなかったが、
岡先生の、67号の文章を読んでいたら、すぐにでも聴きたくなったのを憶えている。

ジャン・コクトーが台本を書き直し、
コクトー自身が語りを担当したことでも知られるマルケヴィチ盤である。

この盤について詳しく書くこともないだろう。
録音は1962年、
オーケストラといっても編成は七人、
登場人物もわずか。
小さな規模の舞台音楽だけに、その音のリアリティに当時少なからず驚いた。
しばらくよく聴いていた一枚だ。

岡先生にとって、
《筆者のレコード棚の最良席を占めていて、ききたいときは即座に出せるようになっている》
一枚である。

過去のさまざまな名録音がいくつもSACDとなっている。
タワーレコードは独自の企画で、SACDを出している。
この「兵士の物語」も7月12日にタワーレコードからSACDとして発売される。

これはSACDで聴きたい、と思ったし、
劇場用スピーカーとしてのアルテックで聴きたい、とも思った。
うまく鳴ってくれそうな予感があるからだ。

喫茶茶会記でのaudio wednesdayで、一度鳴らしてみたい一枚でもある。
喫茶茶会記にはSACDプレーヤーがないので、まだ先の話だが……。

Date: 7月 10th, 2017
Cate: オーディオ評論

オーディオ評論家の才能と資質(その1)

ステレオサウンド 56号に、瀬川先生がこんなことを書かれていた。
     *
 JBLの音を嫌い、という人が相当数に上がることは理解できる。ただ、それにしても♯4343の音は相当に誤解されている。たとえば次のように。
 第一に低音がよくない。中低域に妙にこもった感じがする。あるいは逆に中低域が薄い。そして最低音域が出ない。重低音の量感がない。少なくとも中低音から低音にかけて、ひどいクセがある……。これが、割合に多い誤解のひとつだ。たしかに、不用意に設置され、鳴らされている♯4343の音は、そのとおりだ。私も、何回いや何十回となく、あちこちでそういう音を聴いている。だがそれは♯4343の本当の姿ではない。♯4343の低音は、ふつう信じられているよりもずっと下までよく延びている。また、中低域から低音域にかけての音のクセ、あるいはエネルギーのバランスの過不足は、多くの場合、設置の方法、あるいは部屋の音響特性が原因している。♯4343自体は、完全なフラットでもないし、ノンカラーレイションでもないにしても、しかし広く信じられているよりも、はるかに自然な低音を鳴らすことができる。だが、私の聴いたかぎり、そういう音を鳴らすのに成功している人は意外に少ない。いまや国内の各メーカーでさえ、比較参考用に♯4343をたいてい持っているが、スピーカーを鳴らすことでは専門家であるべきはずの人が、私の家で♯4343の鳴っているのを聴いて、「これは特製品ですか」と質問するという有様なのだ。どういたしまして、特製品どころか、ウーファーの前面を凹ませてしまい、途中で一度ユニットを交換したような♯4343なのだ。
     *
まだ高校生だった私は、そういうものなのか、と思っただけだった。
スピーカーメーカーの人でも、スピーカーをうまく鳴らせるわけではないのか、と。

ステレオサウンドで働くうちに、このことは少しずつ実感をともなってきた。
スピーカーを開発・製造することと、
スピーカーをうまく鳴らすことは、同じ才能ではない、ということを実感していた。

そのころから感じていたのは、オーディオ評論家に求められる才能とは、
音を聴き分ける能力、音を言葉で表現する能力──、
これらも必要ではあるのはわかっているが、
それ以上に、そしてそれ以前に必要な才能とは、
スピーカーをうまく鳴らすことである、と。

どんなに耳がよくて、音を巧みに言葉で表現できたとしても、
誰かが鳴らした音を聴いてのものであれば、
その人はオーディオ評論家であろうか、
せいぜいがオーディオ批評家ではないのか。

いまオーディオ評論家と呼ばれている人も、
自身のリスニングルームで鳴らしているスピーカーに関しては、
うまく鳴らしているであろう。

でも、それはオーディオ評論家ではないオーディオマニアもそうだ。
自身のリスニングルームという特定の空間において、
愛用しているスピーカーをうまく鳴らすことは、
オーディオのプロフェッショナルであろうと、アマチュアであろうと同じである。

スピーカーが置かれている環境が違ってきても、
どんなスピーカーをもってこられたとしても(もちろん基本性能がしっかりしているモノ)、
オーディオ評論家を名乗るのであれば、うまく鳴らすことができること、
これがオーディオ評論家としての大事な才能であるとともに、
むしろ資質といえるような気もしている。

Date: 7月 10th, 2017
Cate: デザイン

オーディオのデザイン、オーディオとデザイン(JBL S106 Aquarius 2・その4)

SLOT-LOADED DESIGNとはどういうものかは、
言葉で説明するよりも、”ED MAY SLOT-LOADED DESIGN”で検索すれば、
それも画像検索すれば、トップにわかりやすい図が表示される。

その図を見ても、無指向性スピーカーと同じに捉える人がいるかもしれない。
コーン型スピーカーの前面にディフューザーを置くタイプの無指向性スピーカーの構造図は、
SLOT-LOADED DESIGNの構造図と似ている。

たいていの無指向性スピーカーのディフューザーは円錐状をしている。
コーン型スピーカーのコーン(cone)は円錐なのだから、
ディフューザーとしては機能するが、SLOT-LOADED用にはそれでは不十分といえる。

コーン型スピーカーの振動板はたしかに円錐状ではあっても、センターキャップがある。
ドーム状で盛り上っている。
そのため円錐状のディフューザーをそのままSLOT-LOADED用にもってきても、
センターキャップのところで、SLOT-LOADEDとはならない。

つまりSLOT-LOADED用に必要な形状は振動板と同形状のものでなければならない。
正確にいえば凹凸の関係にある。

“ED MAY SLOT-LOADED DESIGN”で検索して表示される図を見ればわかるように、
コーン型スピーカーの前面にあるLOADING PLUGは、単なる円錐状ではなく、
頂点のところが丸く削りとられている。

ドーム状のセンターキャップをもつコーン型スピーカーの振動板と、
ぴったり凹凸の関係になるように、である。

スピーカーユニットはバッフル板に取り付けられている。
SLOT-LOADEDでは、バッフル板にも平行する板がもうけられていて、
LOADING PLUGは、この板に取り付けられている。

わかりやすく説明すれば、
スピーカーユニットがコーン型ではなく平面型であれば、
LOADING PLUGは不要になる。
ユニットが取り付けられているバッフルと平行する板があればいい。

SLOT-LOADEDとは、約1インチ幅のスロットを、
スピーカーユニットの前、フロントバッフルの前に形成する方式であり、
大事なのはスロット幅は、どの個所であっても同じでなければならない。
そのためにSLOT-LOADED用のLOADING PLUGは、単純な円錐状ではないわけだ。

Date: 7月 9th, 2017
Cate: デザイン

オーディオのデザイン、オーディオとデザイン(JBL S106 Aquarius 2・その3)

1988年に、S119が登場した。
アピアランスはS109 Aquarius 4とほぼ同じだったこともあり、
S119をAquariusシリーズの復刻と捉えた人も少なからず、というより、
多かったのではないだろうか。

私も最初はS119をAquariusシリーズの復刻だと捉えた一人だ。
ウーファーにあたるフルレンジユニットを上向きにして、
ディフューザーを近接配置した構造。

一般的に水平方向に無指向性を謳ったスピーカーによく見られる。
S119では、四角いエンクロージュアの四隅にトゥイーターを一基ずつ配置しているところからも、
無指向性型システムとみていい。

S109 Aquariusも、S119と同じように水平方向の無指向性型システムと捉えられがちである。
というよりもAquariusシリーズを、無指向性型と捉えている人も少なくない。

私もしばらくはそう捉えていた。
高校生のころだったか、JBLにAquariusシリーズがあったことを知った。
S109 Aquarius 4の存在を知った。
無指向性型なんだ、とすぐに思った。

S109 Aquarius 4はすでに製造中止になっていたし、聴く機会もなく、
それ以上の興味をもつことはなかった。
S106 Aquarius 2の存在を知り、その細部を知って、
ようやくAquariusシリーズが無指向性型を狙って開発されたモノではないことに気づく。

Aquariusシリーズは、
エド・メイによるSLOT-LOADED DESIGNに基づくスピーカーシステムである。
そのことに気づいた目で、S106 Aquarius 2をもういちど眺めてみると、
これほど興味深いスピーカーシステムは、それほど多くは存在しない。

Date: 7月 9th, 2017
Cate: ジャーナリズム

オーディオの想像力の欠如が生むもの(その24)

オーディオの想像力の欠如のままでは、理外の理とは無縁だろう。