Archive for category テーマ

Date: 4月 8th, 2016
Cate: audio wednesday

第64回audio sharing例会のお知らせ(muscle audio Boot Camp vol.2)

5月のaudio sharing例会は、4日(水曜日)です。

先日行ったmuscle audio Boot Campでの6dBスロープ直列型ネットワークの音を聴いた喫茶茶会記の店主、
福地さんの依頼で喫茶茶会記のスピーカーシステムのネットワークも、
4月中に6dBスロープ直列型ネットワークに変更する。

いい機会なので、喫茶茶会記のスピーカーシステムのチューニングを行う予定だ。

場所はいつものとおり四谷三丁目のジャズ喫茶・喫茶茶会記のスペースをお借りして行いますので、
1000円、喫茶茶会記にお支払いいただくことになります。ワンドリンク付きです。

Date: 4月 8th, 2016
Cate: マッスルオーディオ

muscle audio Boot Camp(その2)

私がオーディオに興味をもったころのスピーカー関係の技術書には、
ネットワークの説明のページには、並列型と直列型の回路図が載っているものが多かった。

並列型、直列型というのは、アンプから見たユニットの接続の違いによる。
2ウェイの場合、ウーファーとトゥイーターが並列に接続されていて、アンプとユニットのあいだに、
ネットワーク(ハイカットフィルターとローカットフィルター)が挿入されている。

直列型はウーファーとトゥイーターが直列に接続されている。
ネットワークを構成するコンデンサーとコイルは、
6dBスロープの場合は、ウーファーに対してコンデンサーが、トゥイーターに対してコイルが並列に接続されている。
並列型の場合はウーファーに対してコイルが、トゥイーターに対してコンデンサーが直列になっている。

ようするにコンデンサー、コイルの接続ではなく、
スピーカーユニットの接続がアンプ側から見て並列なのか直列なのかである。

たとえばトゥイーターを複数個、ウーファーをダブルにする場合など、
ほとんどの場合は並列接続をする。
直列接続にする人はそう多くないであろう。

ユニットの直列接続は、並列接続よりも音が悪いという印象がなんなとくあるのではないだろうか。
ユニットの複数使用は、それぞれのユニットをできるだけ同じ条件で鳴らしたい、とまず考える。
そうなると必然的に直列よりも並列に接続した方が、
ふたつのユニットの条件は揃ってくる。

これはウーファー同士、トゥイーター同士の話である。
ましてウーファーとトゥイーターという、まったく別のユニットを直列に接続することは、
そこに技術的メリットは感じとりにくい。

並列型ネットワークであればバイワイヤリングが可能になる。
ウーファー用のハイカットフィルターと、トゥイーター用のローカットフィルターを分離させることで干渉を抑え、
ウーファーからの逆起電力の影響をトゥイーターが受けにくくなる、などの説明がされている。

直列型のネットワークは、バイワイヤリングはできない。
ユニットが直列になっているからだ。
つまりウーファーとトゥイーターの干渉は、並列型のネットワークよりも増すと考えられる。

スピーカー関係の技術書で直列型ネットワークの回路図を見て、
なぜこんな回路があるんだろうか……と疑問を感じたし、並列型ネットワークが優れているとしか見えなかった。

Date: 4月 7th, 2016
Cate: マッスルオーディオ

muscle audio Boot Camp(番外)

muscle audio Boot Campの開始は夜七時からなので、
その前に喫茶茶会記に到着して準備をする。
昨日もそうやっていた。
セッティングが終り、確認のための音を出すと、左チャンネルの2441が鳴っていない。
ユニットは問題ないことは確かめた。
となるとアッテネーターのAS10ということになる。

接続は何度も確かめた。間違っていない。
このAS10は未使用のモノだ。
30年以上使われていなかったモノだ。

元箱におさまって保管されていたモノだから、外観は新品そのもの。
なんの問題もなさそうである。
右チャンネルに割り当てたAS10は問題なく動作している。

接点不良とも思えず、それでもスイッチ類を何度か動かしてみるけれどまったく音が出ない。
アッテネーターがないと、ウーファーの416-8Cよりも2441の出力音圧レベルが高いから、
かわりのアッテネーターが必要となる。

秋葉原に行って調達することも考えた。
それでも動くはずだ、という確信めいたものもあったため、
一度結線を外してもう一度接続してみた。

たったこれだけなのに、なんの問題もなくすんなり音が出た。
一安心だ。

音がでなかった理由は、はっきりとしない。

このAS10は岩崎先生が所有されていたモノだ。
なので、扶けてくれたのかも……、と勝手におもっている。

Date: 4月 7th, 2016
Cate: マッスルオーディオ

muscle audio Boot Camp(その1)

昨夜(4月6日)は、muscle audio Boot Campと銘打った音出しの一回目だった。
(audio sharing例会の音出しとしては三回目)

すでに何度か書いてきているように、
ウーファーはアルテックの416-8C、上の帯域を受け持つドライバーはJBLの2441、
ホーンは2397という構成。
アッテネーターはラックスのAS10、
ネットワークは喫茶茶会記で使っている12dBスロープのものを使用した。

アンプ、CDプレーヤーは前回の同じである。
ラックスのD38u、D/AコンバーターにMytekのManhattan、アンプはマッキントッシュのMA2275。

このシステムで何枚かのCDを聴いた後に、アンプは交換する。
audio sharing例会の常連であるAさんが持ってきてくださったFirst WattのコントロールアンプB1、
パワーアンプSIT2に交換する。

B1、SIT2ともに、増幅回路は半導体一石である。
SIT2の出力は10W。
音出しは、first Wattのペアで行うことになった。

つづいてネットワークを私が自作した6dBスロープに変更した。
最初はベークライト板の上にコンデンサー、コイルを配置して……、と考えていたが、
今回はネットワークの実験を行うわけで、そのためにはバラックのほうが都合がいいということもあって、
ベークライト板の使用はやめて、いわゆるバラック状態だった。

なので自作というよりもお手製といったほうがいいかもしれない。

見た目はあまりよくない。
回路もこれ以上部品を省略できないわけで、マニア心をくすぐるとはとてもいえない。

喫茶茶会記の12dBネットワークは800Hzクロスオーバー、
私の6dBネットワークはコイルの値の関係で約710Hzクロスオーバーである。
使用部品も伊良部違っているから、厳密な12dBと6cBの比較試聴とはいえないところもある。

前回の「マッスルオーディオで聴くモノーラルCD」の際に、6dBスロープでやっている。
クロスオーバー周波数もわずかに違うが、ほぼ同じといえる。
だから6dBネットワークの手応えは感じていたが、実際の音の違いはより大きかった。

この状態でCDを数枚聴く。
このままコマかな調整を行うのもいいかなと思いはじめていたが、
一応最初の予定どおりにネットワークの配線を変えることにした。

一般的な並列型から直列型への変更である。
ネットワークを構成する部品はまったく同じ。コンデンサー、コイルの値もとうぜんそのまま。

この音の変化は大きかった。

Date: 4月 6th, 2016
Cate: 「ネットワーク」

オーディオと「ネットワーク」(編集について・その19)

オーディオメーカーが新製品を開発しようとしている。
メーカーにはいくつかの部がある。

会社によって違いはあろうが、
たとえば商品企画部、設計開発部、デザイン部、製造部といったところだろう。

けれど、ほぼすべてのメーカーに、製品開発に関係する部としての編集部はないはずだ。
新製品が完成して売り出すには、広報資料やカタログをつくる必要があるから、
そこで編集部は必要となっても、それ以前の過程における編集部の存在はなかった。

いまこんなことを書いているが、ついこの間まではこんなことは考えてもみなかった。
製品開発に編集部なんてことは、まったく思いつきもしなかった。

それでも、いまは考えが変ってきている。
実は製品開発においても「編集」部は必要なのではなかろうか、と。

Date: 4月 5th, 2016
Cate: アンチテーゼ

アンチテーゼとしての「音」(その3)

シェフィールドのダイレクトカッティング盤の「音」が、
いまの私にとって、何かのアンチテーゼとしてのものだとすれば、
その何に対してなのか、と自問する。

現在の、ハイレゾと呼ばれているものに対して、ではない。
昨今ブームだといわれているアナログディスク再生に対してのアンチテーゼとして、
私はシェフィールドのダイレクトカッティング盤を聴きたいのである。

私と同じように、いまアンチテーゼとしてシェフィールドのダイレクトカッティング盤を聴きたい、
と思っている人もいるかもしれない。
その人たちが、私と同じように、現在のアナログディスク再生に対してのアンチテーゼとして、とは限らない。
別の「何か」に対してのアンチテーゼとして、
シェフィールドのダイレクトカッティング盤を求めることだって考えられる。

それにもともとアンチテーゼなんてものを感じていないから、
そんなものを求めたりはしない、という人もいよう。

それはそれでいい、と思っている。
私はそう感じて、いま聴きたいと思う音がある、というだけである。

と同時に、私と同じものに対するアンチテーゼとして、
私とは違うものを求める人がいるのはなぜなのか、とも考える。

これは音に対する、他のこととを関係してくるように思うのだが、
自分の声は自分だけの「声」がある、ということではないだろうか。

ほとんどの人が体験しているように、自分の声を録音して再生してみると、
自分の声ではないように感じる。
けれど誰かの声を録音・再生すれば、その人の声と判断できる音で鳴ってくる。

つまり、そこで再生している自分の声が、他の人が聞いている自分の声ということになる。
つまり声を発している当人に聞こえている自分の声は、その人にだけしか聞こえていないわけだ。

私が聞いている私の声を、誰かに聞かせることはできない。
他の人の場合も同じだ。

もっとも身近な音である自分の声が、他の人が聞いているようには聞こえないわけである。
自分が聞いている自分の声と、他人が聞いている自分の声とのギャップ、
このことが音を聴くという行為と、まったく無関係であるとは思えない。

Date: 4月 3rd, 2016
Cate: アンチテーゼ

アンチテーゼとしての「音」(その2)

シェフィールドのダイレクトカッティング盤だけではない。
ときおり無性に聴きたくなる音がある。

それはシェフィールドのダイレクトカッティング盤でもあり、
ある特定のアンプやスピーカーシステム、スピーカーユニット、カートリッジであったりする。

それらはすべて製造中止になっているモノだ。
懐古趣味で、昔はよかった、と思い出したくてそれらを聴きたい、と思っているわけではない。
たいていの場合、特にアンプなどの電子機器は劣化もあるし、
そのころと現在とでは技術のレベルが大きく変っているところがあって、
あまりに期待しすぎると、こんな音だったかなぁ……、と感じてしまうことも少なくない。

そういうことがあるのをわかっていて、いまもう一度聴きたい、と思うのは、なぜなのか。
それも常に聴きたい、と思うわけではない。

ある時期は、あるアンプを、その時期がすぎればあるスピーカーの音を、
そしていまはシェフィールドのダイレクトカッティング盤を、というように、
その時々で、聴きたい、と思う対象は変っていく。

技術の変化は流れであって、その流れは音の変化を生んでいく。
時代時代に、大きな流れとしての、ひとつの音の傾向が主流となっていくこともある。
流行とまでは呼べなくても、主流と呼ぶのも、少し抵抗を感じながらも、
そういう音の流れ(傾向)は、たしかに存在しているし、存在してきた。

オーディオに関心をもつということは、そういうことに無関心でいることは難しい。
無関心、無関係でいることもできないわけではないだろうが、
それは私の求めるところではない。
多くの人がそうだろう、と思う。

そういう音の流れに対してのアンチテーゼがある、と思う。
昔は、そんなふうに思うことはあまりなかったけれど、
ときおり聴きたくなるモノ(音)をふりかえってみると、
アンチテーゼとしての「音」を、その時々で求めているようにも思えるのだ。

いまの私にとっての、アンチテーゼとしての「音」が、
シェフィールドのダイレクトカッティング盤の「音」である。

Date: 4月 2nd, 2016
Cate: ステレオサウンド

ステレオサウンドについて(その37)

五味先生は「続・五味オーディオ巡礼」の後半、こう書かれている。
     *
 JBLでこれまで、私が感心して聴いたのは唯一度ロスアンジェルスの米人宅で、4343をマークレビンソンLNPと、SAEで駆動させたものだった。でもロスと日本では空気の湿度がちがう。西洋館と瓦葺きでは壁面の硬度がちがう。天井の高さが違う。4343より、4350は一ランク上のエンクロージァなのはわかっているが、さきの南口邸で「唾棄すべき」音と聴いた時もマークレビンソンで、低域はスレッショールド、高域はSAEを使用されていた。それが良くなったと言われるのである。南口さんの聴覚は信頼に値するが、正直、半信半疑で私は南口邸を訪ねた。そうして瞠目した。
     *
この部分を読んで、やっぱりそうなのか、と思っていた。
そうなのか、と思った部分は、アンプのところだ。
マークレビンソンのLNP2とSAEのパワーアンプ、とあるところだ。

SAEの型番はわからないが、勝手にMark 2500だろうと思っていた。
LNP2とMark 2500で、JBLの4343を鳴らす──、
この時代のステレオサウンドを読んできた人ならば、それは瀬川先生の組合せと同じであることに気づく。

組合せだけで音は決まるわけではないことは重々わかった上で、
そうなのか、と思っていたし、
なにか五味先生と瀬川先生の共通点のようなものを感じとろうとしていたのかもしれない。

南口重治氏の4350Aの音は、どう変ったのか。
     *
 プリはテクニクスA2、パワーアンプの高域はSAEからテクニクスA1にかえられていたが、それだけでこうも音は変わるのか? 信じ難い程のそれはスケールの大きな、しかもディテールでどんな弱音ももやつかせぬ、澄みとおって音色に重厚さのある凄い迫力のソノリティに一変していた。私は感嘆し降参した。
 ずいぶんこれまで、いろいろオーディオ愛好家の音を聴いてきたが、心底、参ったと思ったことはない。どこのオートグラフも拙宅のように鳴ったためしはない。併しテクニクスA1とスレッショールド800で鳴らされたJBL4350のフルメンバーのオケの迫力、気味わるい程な大音量を秘めたピアニシモはついに我が家で聞くことのかなわぬスリリングな迫真力を有っていた。ショルティ盤でマーラーの〝復活〟、アンセルメがスイスロマンドを振ったサンサーンスの第三番をつづけて聴いたが、とりわけ後者の、低音をブーストせず朗々とひびくオルガンペダルの重低音には、もう脱帽するほかはなかった。こんなオルガンはコンクリート・ホーンの高城重躬邸でも耳にしたことがない。
 小編成のチャンバー・オーケストラなら、あらためて聴きなおしたゴールド・タンノイのオートグラフでも遜色ないホール感とアンサンブルの美はきかせてくれる。だが大編成のそれもフォルテッシモでは、オートグラフの音など混変調をもったオモチャの合奏である。それほど、迫力がちがう。
     *
この音がどうだったのかを、何度も読み返しては想像していた。
南口重治氏の音を想像するには、そのころの私にはとにかく読むしかなかった。
記憶せんばかりに読み返した。

《気味わるい程な大音量を秘めたピアニシモ》、
この部分を、とくに想像していた。

いったいどういう音なのだろうか、どういうレベルの音なのだろうか、と。
同時に、五味先生への信頼も増していた。

五味先生はタンノイのオートグラフを、マッキントッシュのC22とMC275で鳴らされている。
高能率のスピーカー(ラッパ)を真空管アンプで鳴らす。

五味先生はオーディオ愛好家の五条件のひとつとして、「真空管を愛すること」とされている。
ステレオサウンドに以前に書かれていたことだし、「五味オーディオ教室」にも載っていた。

47号でも、こんなふうに書かれている。
     *
ヴァイオリンの合奏は、ただ高音が鳴ればいいというものではない。あの飴色の胴をした一挺一挺のヴァイオリンが馬の尻尾に擦られて調和を響かせねば、ユニゾンとはいえまい(高音をここちよく鳴らすだけならシンセサイザーでこと足りるのである。そして矢鱈シンセサイザー的ヴァイオリンがちかごろ多すぎる。いいトランジスター・アンプで、トゥイーターをうまく鳴らした時ほどそうだから皮肉な咄だ)。
     *
その五味先生が、南口重治氏の4350Aの音、
つまり高能率のラッパを真空管アンプで、というありかたとは違うありかたのシステムの音に、
《感嘆し降参した》と書かれている。

オーディオマニアの中には、五味先生のことを古いシステムに固執している人と捉えている人がいる。
新しい音を認めない人だ、と思い込んでいる人がいる。

そんなことはないのだ。

Date: 4月 1st, 2016
Cate: アンチテーゼ

アンチテーゼとしての「音」(その1)

ときどき無性に聴きたくなるものが、私にはいくつかある。
そのひとつが、シェフィールドのダイレクトカッティング盤である。

1970年代後半、レコード会社各社からダイレクトカッティング盤が登場していた。
ほとんどすべてがオーディオマニア向けといってもよかった。

ダイレクトカッティングは演奏者にプレッシャー与えすぎるという理由で、
否定的なところもあったけれど、
うまくいったダイレクトカッティング盤の音は、たまらないものがある。

私の中では、ダイレクトカッティング盤といえば、
やはりシェフィールドのダイレクトカッティング盤である。

各社のダイレクトカッティング盤をすべて聴いているわけではない。
むしろ聴いていない数の方が多い。
そういう偏った聴き方の中での評価でしかないけれど、
シェフィールドのダイレクトカッティング盤の音は、
ダイレクトカッティング盤らしい音がしていた、と思う。

こんな説明ではダイレクトカッティング盤を聴いた経験のない人にはまったく通用しないのはわかっている。
でも、ダイレクトカッティング盤をうまく鳴らした音を聴いた人ならば、納得されるだろう。

たとえば音のふくらみ、というか、音量が増していくときのフワッとした自然さは見事だった。

シェフィールドのダイレクトカッティング盤は高かった。
6000円していたし、クラシックに関しては6500円だった。
買いたい、と思いながらも、結局一枚も買えなかった。

でも意外にもシェフィールドのダイレクトカッティング盤は聴く機会があった。
いまごろ、やっぱりどれか一枚買っておけばよかったなぁ、と後悔しているわけだが、
それよりも、なぜこうもシェフィールドのダイレクトカッティング盤を聴きたい、と思うようになってきたかだ。

Date: 3月 31st, 2016
Cate: 素材

羽二重(HUBTAE)とオーディオ(その13)

人間には視覚と触覚の二感しかない──、
このことを念頭において、
ステレオサウンドに以前掲載されていた菅野沖彦・保柳健、二氏の対談を読み返すと、
ここにも出て来ていたのか、といまごろ気づくことがある。

47号(つまり連載一回目)に、それは出てくる。
マイクロフォンの話題が出た後で、菅野先生が述べられている。
     *
菅野 マイクロフォンというのは、ある程度のものであれば、あとは使い方で変化させられます。これは自分の触覚器官の代行ですからね。
     *
マイクロフォンに耳にたとえられるし、耳の延長ともいわれることが多い。
ならば聴覚器官の代行となるのに、菅野先生は「触覚器官」といわれている。

これが、のちの音触につながっていくのだろう。

モノづくりとオーディオのプロフェッショナル(ステレオサウンド 47号より)

ステレオサウンド 47号の特集の巻頭は、瀬川先生が書かれている。
「オーディオ・コンポーネントにおけるベストバイの意味あいをさぐる」というタイトルがついている。

そこで、こんなことを書かれている。
     *
 だが、何もここで文章論を展開しようというのではないから話を本すじに戻すが、今しがたも書いたように、言葉の不用意な扱いは、単に表現上の問題にとどまらない。それがひいては物を作る態度にも、いつのまにか反映している。
     *
47号は1978年夏号だから、こんなにも以前に、これを書かれていたのか、と改めておもっている。
「物を作る態度」、
オーディオ機器だけに話はとどまらない。

物の中には、いろいろ含まれている。
オーディオ雑誌もそのひとつのはずだ。

Date: 3月 31st, 2016
Cate: audio wednesday, マッスルオーディオ

第63回audio sharing例会のお知らせ(muscle audio Boot Camp)

4月のaudio sharing例会は、6日(水曜日)です。

このaudio sharing例会をはじめたときから、音を実際に出して、ということをやりたいと考えていた。
けれど、実際には使用するオーディオ機器の調達をどうするのか、
そんなことを考えていると考えるだけに留まってしまい、腰があがることはなかった。

きっかけは会場となっている喫茶茶会記のスピーカーシステムが変ったということが大きい。
常連のKさんがアンプを貸し出してくれる、ということで、
とにかく初となる音出しを、今年一月にやった。

そして二回目を三月にやった。このときは常連のAさんが持ち込んでくれた。

案ずるより産むが易し、ということだろうか。
とにかくはじめてみれば、なんとかなる。

ステレオサウンドの試聴室のように恵まれた環境にあるわけではない。
それでもあれこれやって音を出していく作業は楽しい。

ひとりで自分の部屋で、自分のシステムを調整していくのとは、少し違う楽しさがある。
今年は、だからできるかぎり音出しをやっていこう、と思う。

場所はいつものとおり四谷三丁目のジャズ喫茶・喫茶茶会記のスペースをお借りして行いますので、
1000円、喫茶茶会記にお支払いいただくことになります。ワンドリンク付きです。

Date: 3月 31st, 2016
Cate: 録音

録音は未来/recoding = studio product(DAM45)

数日前に書いたDAM45
このレコードの録音は、どちらなのだろうか。

レコードに惚れこんでいるところからスタートして行われた録音なのか、
音源に惚れこむところからスタートしての録音なのか。

私には前者のように感じられる。

Date: 3月 30th, 2016
Cate: 録音

録音は未来/recoding = studio product(菅野沖彦・保柳健 対談より・その1)

ステレオサウンド 47号から始まった「体験的に話そう──録音の再生のあいだ」。
菅野先生と保柳健氏による対談がある。

最初読んだ時は、面白いんだけどよくわからない、という面も多々あった。
当時高校一年で、オーディオの経験も浅いし、録音というものもよくわかっていなかったのだから、
あたりまえといえばそうなのだが、
それでもこの対談はじっくり読むべきものだということはわかっていた。

48号で保柳健氏が、こう語られている。
     *
保柳 ははあ、ここで、あなたと私の根本的な違いがわかってきました。菅野さんは、レコードに惚れこんでいるところからスタートしているんです。私は音源に惚れこむところからスタートしています。それをどう再生するかというところで再生にきた。
菅野 私のは、フィードバックなんです。
     *
録音を仕事としている人は大勢いる。
著名な人も少なくない。
彼らのなかで、菅野先生と同じでレコードに惚れこんでいるところからスタートした人の割合は、
どのくらいなのだろうか。
録音を仕事としている人の多くは、保柳健氏と同じで、
音源に惚れこむところからスタートした人が、多そうな気がする。

あくまでも気がする、という感じだ。
調べたわけではないし、そういうことに触れた記事を読んだこともない。

とはいえ、この違いは録音を考えていくうえで、ひじょうに興味深いことではないだろうか。

Date: 3月 30th, 2016
Cate: 世代

世代とオーディオ(あるキャンペーンを知って・その6)

秋葉原に行ってきた。
4月6日のaudio sharing例会”muscle audio Boot Camp”で使用するネットワークの部品購入のためだ。

海神無線に行ってきた。
目的の部品を探していて、ふと目に入ってきた文字があった。
「学割始めました」だった。

学生証を提示すれば、特価品を除いて5%から10%の値引きを行ってくれるそうだ。

海神無線は、私にとって秋葉原でいちばん利用している店である。
オーディオマニアで自作をしている人ならば、海神無線の名前は知っている人が多いだろうし、
利用したことのある人はけっこういるように思う。

その海神無線が学割を始めてくれた。
いいことだと素直に思う。

海神無線に来ている客で、学生らしき人を見かけたことはない。
学生のオーディオマニアでも、自作をやっている人はいるのだから、
海神無線で見かけてもおかしくはないのに、これまで一度もない。

たまたま私が行くときに居合せないだけかもしれないが、
例えば他の部品を扱っている店、秋月電子にいけば、
学生服姿の人が、部品表を見ながら部品をひとつひとつ集めているところに出会すことがけっこうある。

海神無線の学割は地味な話題だろうが、多くの人に知ってもらいたいことである。