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Date: 5月 30th, 2016
Cate: audio wednesday

第65回audio sharing例会のお知らせ(LNP2になぜこだわるのか)

6月のaudio sharing例会は、1日(水曜日)です。

今回の、二台のLNP2の比較試聴では、
喫茶茶会記常備のアルテックのシステム(416-8C、807-8A+811B)を使う予定だった。
けれど807-8Aの片チャンネルのダイアフラムがダメになったようで、
異音が出るようになった、という連絡が昨日あった。

ある客に落とされたことが原因である。
前回のaudio sharing例会でも、気になる症状が出ていた。
それがはっきりと出るようになったわけだ。

なので今回は、またJBLの2441+2397を持っていく。
このシステムを直列型6dBネットワークで鳴らす。
ただし前々回とは違い、スピーカーの設置位置は長辺の壁側とする。

場所はいつものとおり四谷三丁目のジャズ喫茶・喫茶茶会記のスペースをお借りして行いますので、
1000円、喫茶茶会記にお支払いいただくことになります。ワンドリンク付きです。

Date: 5月 29th, 2016
Cate: 複雑な幼稚性

「複雑な幼稚性」が生む「物分りのいい人」(コメントを読んで)

たいていはタイトルを先に書いている。
カテゴリーも先に決めている。
そのうえで本文を書いていく。

この項は、タイトルもカテゴリーも決めていなかった。
書き始めに引用した瀬川先生の文章だけを決めていた。
実を言うと、最先端のオーディオとは? をテーマにして書こうかな、と、
引用する前は考えていた。

なのに引用して、続く言葉を書いていくうちに、こみあげてくるものがあって、
あえて抑えることなくそのまま書いてしまった。

そのあとでタイトルをつけた。

そうやって書いたものだから、顰蹙を買うだろうな、とは思っていた。
なのに(その1)にコメントがあった。
おふたりの方からコメントをいただいた。

私のブログにはほとんどコメントがつかない。
昨夜書いたことにもコメントはつかないものと思っていただけに、
コメントがあったことだけでもうれしかったし、コメントの内容もそうだった。

いまのオーディオのあり方に、なにかを感じている人は少なからずいる、と私は信じている。
やっぱりいてくれた。

もちろん私が書いたことに否定的な人がいてもいるはず。
それでも、私が書いたものを読んでくれて、何かを感じ、
オーディオということについて考えるきっかけになってくれれば、それでいい。

Date: 5月 28th, 2016
Cate: 複雑な幼稚性

「複雑な幼稚性」が生む「物分りのいい人」(その2)

10年近く前のことを思い出した。
ある知人がスピーカーを買い換えた。
超高額なスピーカーではなかったけれど、それでもかなり高額なモノだった。
誰もがそう易々と買えるものではないほどに高価なスピーカーだった。

そのスピーカーの見た目はともかく、音は聴けば納得できる。
知人が喜ぶのもわかる。
そのことを自身のウェブサイト内の日記に書いてしまうのも当然だと思う。

そのスピーカーへの憧れと自分のモノとしたときの喜びが、
日記からは伝わってきていた。

数日後、ある友人が教えてくれた。
その知人の書いたことが、別の人のウェブサイトの掲示板で叩かれている、ということだった。

なぜ? と思って、その掲示板を見た。
その掲示板の常連と思われる人たちが皆寄ってたかって、
不愉快だ、とか、こういう自慢話は買えない人を傷つける、とても無神経な行為……、
そんなことがずらずらと並んでいた。

誰一人、知人を擁護する人はいなかった。

自分がとても欲しいと思っているモノを、誰かが買ってウェブサイトで報告しているのを、
自慢話として受けとってしまう。
受けとり方は人さまざまだから、そう受けとめたのを私がとやかくいうことではない。
だが、自分の掲示板で、知人に対して文句を書き連ねるのは、どういう神経の人たちなのだろうか。

しかも後から判明したことだが、
その掲示板の常連のほとんどは、同じ人物の書き込みだった。

私と友人は、その掲示板を一笑した。
こんな妬み・僻みだけの世界をまともに相手にするのはバカらしいからだ。

知人も私たちと同じだろうと思って、「こんな掲示板で、書かれていますよ」と伝えた。

私は知人も「いや〜、書かれてしまいましたよ(笑)」というものだと思っていた。
けれど、知人は問題の掲示板に謝罪を書きこんだ。

欲しいスピーカーを手に入れてうかれて書いてしまった。
読む人の気持を考えていなかった。反省している、と。

掲示板の常連の人たちは、謝罪を受け容れました、そういったことを皆書いていた。

なぜ、知人は謝ったのか。

Date: 5月 28th, 2016
Cate: 複雑な幼稚性
2 msgs

「複雑な幼稚性」が生む「物分りのいい人」(その1)

書こう書こうと思いつつも、なぜかいまだ書いていないことがいくつかある。
どの項で書こうか決めかねているうちに忘れてしまって書きそびれるわけで、
そんなことのひとつに、
瀬川先生がヴァイタヴォックスCN191 Corner Hornについて書かれた文章がある。

ちょうど別項「ステレオサウンドについて」で、49号についてふれているところ。
瀬川先生の文章は49号に掲載されている。
     *
 つい最近、おもしろい話を耳にした。ロンドン市内のある場所で、イギリスのオーディオ関係者が数人集まっている席上、ひとりの日本人がヴァイタヴォックスの名を口にしたところが、皆が首をかしげて、おい、そんなメーカーがあったか? と考え込んだ、というのである。しばらくして誰かが、そうだ、PA用のスピーカーを作っていた古い会社じゃなかったか? と言い出して、そうだそうだということになった──。どうも誇張されているような気がしてならないが、しかし興味深い話だ。
 ヴァイタヴォックスの名は、そういう噂が流れるほど、こんにちのイギリスのオーディオマーケットでは馴染みが薄くなっているらしい。あるいはこんにちの日本で、YL音響の名を出しても、若いオーディオファンが首をかしげるのとそれは似た事情なのかもしれない。
 ともかく、ヴァイタヴォックスのCN191〝コーナー・クリプシュホーン・システム〟の主な出荷先は、ほとんど日本に限られているらしい。それも、ここ数年来は、注文しても一年近く待たされる状態が続いているとのこと。生産量が極めて少ないにしても、日本でのこの隠れたしかし絶大な人気にくらべて、イギリス国内での、もしかしたら作り話かもしれないにしてもそういう噂を生むほどの状況と、これはスピーカーに限ったことではなく、こんにち数多く日本に入ってくる輸入パーツの中でも、非常に独特の例であるといえそうだ。
     *
これを読んで、どう思うか。
人によっては、CN191なんて古くさいスピーカーをありがたがるのは、
日本のオーディオマニアの一部、懐古趣味の人たちだけ、と、最初から決めてかかるだろう。

私は、この文章を読んだ時、少し誇らしい気持になった。
イギリスのオーディオ関係者が忘れかけているメーカーを、
そのスピーカーシステムを、日本のオーディオマニアと評論家は正しく評価している、と。

1978年、CN191の《主な出荷先は、ほとんど日本に限られているらしい》。
もうこれだけで日本でしか評価されないスピーカー(に限らないオーディオ機器)は、
時代遅れの産物(いまどきの表現でいえばガラパゴスオーディオ)と、
短絡思考の人は決めつける。

ヴァイタヴォックスだけではない、
そういう人たちは、タンノイやJBLといったブランドも、同じに捉えている。
もっといえばホーン型を、同じに捉えている。

アメリカの一部のオーディオ誌で高く評価されたオーディオ機器のみが、
真に優れたオーディオ機器であり、または最先端のオーディオ機器であるかのように思い込んでいる。

昔よりもいまのほうが、そういう人が増えてきたように感じる。
昔からある一定数いたのかもしれないが、目につかなかった。
当時はインターネットがなかったからだ。

いまは違う。
狭い価値観にとらわれてしまっている人が目につくようになってきた。

狭い価値観にとらわれていることは全面悪とは思わないが、
そういう人が狭い価値観の範囲から外れたところにあるモノを、
あしざまに批判する、それも匿名で汚い言葉で批判しているのを見ると、
この人たちをなんといったらいいのだろうか、と考える。

「複雑な幼稚性」はそうして思いついた。

インターネットは、そういう人がいることを気づかせてくれた。
それだけではない、とも思っている。
そういう人を生んでいるのも、またインターネットだ、とも。

インターネットの普及で、情報は驚くほど増えている。
玉石混淆であり、情報と情報擬きがあり、
とにかくなんらかの情報と呼ばれるものは簡単に大量に入手できる。

その結果、知力低下が著しくなったのではないか。
もちろんすべての人がそうなったというわけではない。
一部の人は、インターネットによって知力低下といえる状態になっている。
もっといえば知力喪失といえる人もいる。

こんなことを書くと、自称「物分りのいい人」は眉をしかめることだろう。
自称「物分りのいい人」、そういう「物分りのいい人」を目指している人が、
私は大嫌いである。

知力低下(知力喪失)の「物分りのいい人」が少しずつではあるが、
はっきりと増えてきている。

Date: 5月 27th, 2016
Cate: audio wednesday

第65回audio sharing例会のお知らせ(LNP2になぜこだわるのか)

6月のaudio sharing例会は、1日(水曜日)です。

今回はマークレビンソンの代名詞といえるLNP2を聴く。
LNP2のアンプ部はモジュール化されていて、
ごく初期のLNP2にはバウエン製モジュールが搭載されていたことは、
この時代オーディオをやっていた人ならば、常識といえる。
割と早い頃に、マークレビンソン製モジュールにかわる。

モジュールの製造元の変更とともにモジュールの回路構成も大きく変っている。
となると型番は同じLNP2であっても、バウエン製とマークレビンソン製とでは音は違う。

ではどちらが音がいいのか。
LNP2のさほど関心のない人にとっては、どうでもいいことかもしれない。
でもいまでもLNP2の音に惚れ込んでいる人の中には、
シリアルナンバーを気にする人が少なくない。

マークレビンソン製モジュールになったからでも、
細かな変更を受けているのがLNP2であるだけに、
LNP2の中から、さらに自分に合うLNP2を選ぶ──、そういう人がいる限り、
バウエン製かマークレビンソン製か、これから先も決着がつかないであろう。

今回はバウエン製モジュールのLNP2とマークレビンソン製モジュールのLNP2を、
常連のKさんが持ってきてくださる。

バウエン製モジュールのLNP2はシリアルナンバー1100番台で、
一般的に言われていることが正しければ、いわゆる後載せバウエンとなる。
だがこのLNP2のポテンショメーターはウォーターズ製だ。

マークレビンソン製モジュールのLNP2はシリアルナンバー2400番台で、
ポテンショメーターはスペクトロール製。

外部電源はどちらもPLS153となっている。

この二台のLNP2の比較が主になるが、
LNP2を他のコントロールアンプと比較してみたいという方がもしおられれば、
コントロールアンプの持ち込みをしてもらってもかまわない。

場所はいつものとおり四谷三丁目のジャズ喫茶・喫茶茶会記のスペースをお借りして行いますので、
1000円、喫茶茶会記にお支払いいただくことになります。ワンドリンク付きです。

Date: 5月 26th, 2016
Cate: ステレオサウンド

ステレオサウンドについて(その40)

ステレオサウンド 49号の表紙はマッキントッシュのパワーアンプMC2300である。
光沢のあるタイルの床に置かれたMC2300の姿は、
当時、このパワーアンプに対して繊細なイメージをまったくもっていなかった私でも、
いいな、と思ってながめていた。

どことなく暑苦しいイメージを感じていたMC2300なのに、
49号の表紙では、どこか涼しげである。

49号の特集は「Hi-Fiコンポーネント《第1回STATE OF THE ART賞》選定」。
STATE OF THE ART賞は、ステレオサウンドにとって初めての企画である。

私が最初に手にしたステレオサウンド 41号の特集に近いといえばそういえるけれど、
それでもステレオサウンドにとって初めての企画といえよう。

49号のちょうど二年前に出た41号の特集は「コンポーネントステレオ──世界の一流品」だった。
特集の冒頭にある「ステート・オブ・ジ・アート選定にあたって」で、
瀬川先生が書かれている。
     *
 ステート・オブ・ジ・アートという英語は、その道の専門家でも日本語にうまく訳せないということだから、私のように語学に弱い人間には、その意味するニュアンスが本当に正しく掴めているかどうか……。
 ただ、わりあいにはっきりしていることは、それぞれの分野での頂点に立つ最高クラスの製品であるということ。その意味では、すでに本誌41号(77年冬号)で特集した《世界の一流品》という意味あいに、かなり共通の部分がありそうだ。少なくとも、43号や47号での《ベストバイ》とは内容を異にする筈だ。
     *
41号と49号は誌面構成も近い。
それでも41号と49号は、違う。

まず41号はあくまで「世界の一流品」であり、それは賞ではなかった。
49号の特集がステレオサウンドにとって初めての企画なのは、
STATE OF THE ARTだからではなく、それが賞であるからだ。

Date: 5月 24th, 2016
Cate: ステレオサウンド

ステレオサウンドについて(その39)

ステレオサウンド 48号の第二特集は低音再生だった。
当時、ふたたびブームの兆しのあった3D方式の実験的試聴を行っている。

この第二特集の冒頭には、
井上先生による「音楽再生における低音の重要性を探る」があり、
低音再生の歴史、方式を俯瞰的にまとめたものだ。

三通りの試聴がある。
ブックシェルフ型スピーカーをベースにしたもの。
フロアー型スピーカーをベースにしたもの。
小型スピーカーをベースにしたものだ。

試聴風景の写真を見ると、相当数のスピーカーが集められているのがわかる。
これにサブウーファーが加わるのだから、かなり大変な試聴だったはずだ。

48号の新製品紹介の記事でも、サブウーファーが六機種取り上げられている。

記事だけではない。
このころ小型スピーカーの良質なモノが、各社から出てくるようになっていた。
そういう小型スピーカー専用として、コンパクトなサブウーファーも出てきはじめていた。

これはダイレクトドライブプレーヤーの普及により、
アナログディスク再生のS/N比の向上が一般化したためかもしれない。

ゴロの出るようなプレーヤーで聴いていたら、
低音の拡充はデメリットのほうが大きいのだから。

だから48号の中に、アナログプレーヤーと低音再生が、
第一、第二特集としてあるのは、編集部が意図したことなのか、たまたまなのか、
はっきりしないけれど、いい組合せであることは確かだ。

そうは思うのだが……、ここでもアナログプレーヤーの第一特集に共通する何かを感じていて、
読もうとすればするほど、何もつかめない感じさえしていた。

41号から読み始めたのだから、48号で丸二年読んでいた、
別冊も買っていた。
まだ二年であっても、それなりに読んできた。

にも関わらず48号は、くり返すが、私の中で決着がついていない。

Date: 5月 24th, 2016
Cate: ステレオサウンド

ステレオサウンドについて(その38)

ステレオサウンド 47号の「続・五味オーディオ巡礼」に関してはまだまだ書きたいことがある。
満足いくまで書いていたら、次(48号以降)に進めない。
それに「続・五味オーディオ巡礼」に関しては、まとめて書きたいことがあるので、
いつかあらたに書く予定だ。

48号にうつろう。
表紙はEMT・930stだ。
真上から撮ったカットであり、
930stがあらわしているように、48号の特集はアナログプレーヤーである。

タイトルは「ブラインドテストで探る〝音の良いプレーヤーシステム〟」。
ページ数も多い。

試聴方法もただ単にブラインドフォールドテストということに満足していない。
編集部が、ブラインドフォールドテストを復活させるとともに、試行錯誤がそこにあるようにも感じた。

試聴はかなりの手間だったと思う。
けれど、48号がそれまでのステレオサウンドと同じように読めたかというと、違った。

知りたいことが、伝わってこない感じがしていた。
これだけのことをやっているのだから、48号は面白いはず……、そう思い込もうとしていた。

その「知りたいこと」が自分でもはっきりとしないまま、48号を、それでもくり返し読んだ。
その意味では、私の中で決着のついていない号が、48号である。

Date: 5月 24th, 2016
Cate: the Reviewの入力

the Review (in the past)を入力していて……(オーディオテクニカの広告)

スイングジャーナル 1972年7月号(6月発売)のオーディオテクニカの広告
トーンアームのAT1009の広告であり、これだけならば、ここで取り上げることはしなかった。

広告右側の欄外に、《沖縄の皆様へ》とある。
続けて沖縄のオーディオ店名と住所が書かれている。

このオーディオ店を通じて、オーディオテクニカの全製品が沖縄で購入できるようになった、という報せだ。

沖縄返還は、1972年(昭和47年)5月15日であったことを思い出させてくれた。

Date: 5月 23rd, 2016
Cate: innovation

2016年に考えるオーディオのイノヴェーション(その2)

オーディオ最後のイノヴェーションとなるのは、スピーカーであろう、
とは多くの人が考えるところのはず。

ステレオサウンド 50号「2016年オーディオの旅」に登場するスピーカーには、
いわゆる振動板にあたるものがない。

そのスピーカーについては、こう書かれている。
     *
 書棚の反対側は壁面となっていて、壁の左右には奇妙な形をした装置がひとつづつ置いてあった。その装置は、高さが2m暗いのスタンド型をしており、直径80cmくらいの太いコイルのようなものが取り付けられていた。スタンドの床に接する部分は安定の良さそうな平たい足になっており、カバーが一部外れて、電子装置のパネルのようなものが顔を覗かせていた。不思議なことに、この装置の他には再生装置らしきものは何も見えなかった。
     *
これが2016年のスピーカーであり、ポールの中心部の複雑なアンテナ状のところから、
ごく短い波長の電波を出し、周囲の空気を磁化することで、
コイルに音声信号を流すことで磁化された空気が振動する、というものである。

空気の磁化。
これが可能になれば、このスピーカーは実現する。
長島先生は、このスピーカーの変換効率を、
50mWの入力で、1mの距離で100dB SPL以上とされている。
2016年では、20Wでもハイパワーアンプとなっている。

このスピーカーの音は聴きたい。
いまでも空気をイオン化させて音を発するスピーカーはある。
トゥイーターだけではあっても、その音は聴いたことがあるものの、
全帯域となると、どうなるのか。そう簡単に想像できない。

1980年代、フランスのオーディオメーカーが、
全帯域をイオン型でカバーしたスピーカーを発表している。
当時アクースタットの輸入元であったファンガティの広告に、そのスピーカーは載っている。

けれどほんとうに発売されたのか、そこから後の情報はまったく入ってこなかった。

いわゆる振動板をもたないスピーカーは、昔から多くの人が考え挑戦してきている。
YouTubeでも、検索してみると、いろんな人がいまも挑戦していることがわかる。

いつの日か、振動板をもたないフルレンジのスピーカーが登場するであろう。
でも、それがオーディオ最後のイノヴェーションとなるのだろうか。

オーディオ最後のイノヴェーションは──。
2016年のいま、私が考えるのはリスニングルームであり、
そのリスニングルームをコントロールする機能としての「コントロール」アンプである。

Date: 5月 23rd, 2016
Cate: innovation

2016年に考えるオーディオのイノヴェーション(その1)

「2016年に考える」としたのは、
古くからのステレオサウンドの読者ならばわかってくれよう。

1979年3月に発売されたステレオサウンド 50号には、
創刊50号記念特集 オーディオ・ファンタジーとして、
長島先生の「2016年オーディオの旅(本誌創刊200号)」が載っている。

小説仕立ての「2016年オーディオの旅」の主人公はN氏。
ある朝、目が覚めると2016年にタイムスリップしているところから始まる。

37年先の未来について、書かれている。
読みながら、こういう未来が来るのだろうか。
来るとしたら2016年くらいなのか、もっともっと先なのか……、
そんなことも考えながら読んだ。

2016年に鳴っているであろう音を想像しながら、読んでいた。
こういう企画は、誰にでもできるというものではない。

あと数ヵ月でステレオサウンド 200号が出る。
200号に、「2041年オーディオの旅(本誌創刊300号)」が載るだろうか。
誰か、書ける人がいるだろうか。

1979年当時、夢中になって読んだ「2016年オーディオの旅」だから、
このタイトルにしたわけだ。

「2016年オーディオの旅」で書かれていることがどれだけ実現しているのか。
そこまで到っていないこともあれば、はるかに進歩していることもある。

5年くらい先のことなら、予測がそう大きく違ってしまうことはなくても、
20年以上先のこととなると、誰が予測できるだろうか。

それでも2016年のいま、
これから先、もしオーディオになんらかのイノヴェーションがあるのならば、
オーディオにおける最後のイノヴェーションとなるのはなんなのか。
そのことについて考えてみたい。

Date: 5月 23rd, 2016
Cate: マッスルオーディオ

muscle audio Boot Camp(その12)

スピーカーの振動板はアンプからの信号によって振動する。
この振動によって発電もしている。

フレミングの法則からいっても、そうである。
そうやって起る電気のことを逆起電力という。

この逆起電力がスピーカーの音に影響を与えている。
そのため逆起電力をアンプ側で吸収するために、
パワーアンプの出力インピーダンスは理想をいえば0(ゼロ)でなければならない、
ダンピングファクターは高くなければならない──、
そういったことが昔からいわれている。

いまもダンピングファクターの値を気にする人が少なくないのに、驚くことがある。
数年前のインターナショナルオーディオショウの、とあるブースでオーディオマニアが、
ブースのスタッフと会話されているのが聞こえてきた。

ダンピングファクターに関する内容だった。
かなり高価なアンプを使われていること、オーディオのキャリアも長いことがわかる。
だから、この人でも、いまだにダンピングファクターの値にとらわれているのか、と驚いた次第だ。

話はさらにスピーカーの能率とダンピングファクターと関係に進んでいった。
その話の最後がどうなったのかは知らない。
私は、そのブースで見たいモノを見て、すぐに出ていったからだ。

スピーカーの逆起電力は、オーディオに興味を持ち始めたばかりのころ、ないのが理想だと思っていた。
でもスピーカーの動作原理上発生するものだから、なんとかキャンセルできる方法はないものだろうか。
そんなことを考えていたこともある。

でも逆起電力をなんらかの方法で完全にキャンセル(打ち消す)ことができたとしたら、
スピーカーの動作はどうなるのだろうか。

モーターを使った実験がある。
乾電池をつなげばモーターは回転する。
乾電池を外せばモーターはすぐに止るからといえば、しばらく廻っている。

ではモーターを瞬時に止めるにはどうすればいいか。
モーターをショートさせる。するとモーターはぴたりと止る。
つまりモーターが発生させている逆起電力によってブレーキをかけるからである。

スピーカーのインピーダンスをアンプの出力インピーダンスで割った値がダンピングファクターだから、
ダンピングファクターが高いということは、アンプの出力インピーダンスが低いということである。
ダンピングファクターが高ければ高いほど、出力インピーダンスは0に近づく。
0Ωでショートされる状態に近づくことになる。

Date: 5月 22nd, 2016
Cate: 日本のオーディオ

日本のオーディオ、これから(ブームだからこそ・その4)

アナログディスク復活というブームとともに、
ハイレゾもブームになりつつある。

ハイレゾ(ここではあえて、このハイレゾを使う)とは、
サンプリング周波数および量子化ビット数のどちらかが、
CDのスペックである44.1kHz、16ビットを超えていれば、そうみなされる。

つまりサンプリング周波数はCDと同じ44.1kHzであっても、24ビットであれば、ハイレゾとなる。

サンプリング周波数が44.1kHzということは、20kHz以上の音は録音・再生できないため、
20kHz以上の信号を記録・再生できるアナログディスクも、ハイレゾ扱いされつつある。

ここで考えたいのは、東洋化成でカッティング・プレスされるアナログディスク。
つまりカッティングマスターがCD-Rのアナログディスクの場合である。

CD-RはCDと同じサンプリング周波数、量子化ビット数(44.1kHz、16ビット)である。
つまりアナログ録音のマスターテープに、仮に20kHz以上の信号が記録されていても、
CD-Rに記録するために44.1kHz、16ビットでデジタル変換する。

そうやってつくられるアナログディスク(AADAのディスク)を、ハイレゾ扱いすることは、
理屈のうえで間違っている、といえる。

周波数特性だけで音のよさは決定されるわけではない。
CDは20kHz以上が出ないから音が悪い、といわれがちだが、
FM放送が盛んだったころを思い出してほしい。

ライヴ中継の音の良さを思い出してほしい。
FM放送はアナログだが、高域は20kHzまで出るわけではない。
チューナーにもよるがたいていは15kHz、もう少しのびているモノでも16kHzあたりが限度である。

これはひとつの電波でステレオ放送を可能にするために、送信時に一旦ステレオの合成波にして、
受信時にチューナーの内部で、元のステレオ(2チャンネル信号)に分離される。
このために必要なのがパイロット信号で、この19kHzの信号がいわば目印となり、
まちがえることなく分離できるわけである。

つまりチューナーでは、パイロット信号を取り除くためのハイカットフィルターがある。
このフィルターかあるためチューナーの周波数特性はそれほど上にのびているわけではない。

にも関わらずライヴ中継を一度でも聴いたことのある人ならば、
高域の美しさは、周波数特性とは直接的には関係ないことを実感している。

だからアナログディスクの音の特質は、別のところにあると私は考えている。

Date: 5月 22nd, 2016
Cate: 日本のオーディオ

日本のオーディオ、これから(ブームだからこそ・その3)

CDが出はじめたころ、DDD、ADD、AADという表記がついていた。
Dはデジタル、Aはアナログのことで、
DDDはデジタル録音、デジタルマスタリングによるCD、
ADDはアナログ録音、デジタルマスタリングによるCD、
AADはアナログ録音、アナログマスタリングによるCD。

アナログディスクにはこの種の表記はなかったけれど、
アナログディスクにもアナログ録音のものとデジタル録音のものとがあるから、
AAA、DAA、DDAとやろうと思えば可能だ。

ではDAD(デジタル録音、アナログマスタリングによるCD)と、
ADA(アナログ録音、デジタルマスタリングによるアナログディスク)はあるのか。

理屈でいえば余計な変換が入るだけに音質劣化が予想され、
こんなことをやるレコード会社はないように思えるし、
得られる結果も決して良好ではないだろう、と思われるが、
実際にはCBSソニーは、ブルーノ・ワルターのLPをADAで出したことがある。

CDでも、一旦アナログに戻してマスタリングをして、
もう一度デジタルに変換して制作されたアルバムがある、と聞いている。

いま東洋化成で行なわれていることは、ADAなのか、といえばそうではない。
カッティングマスターテープがつくられる前にマスタリングは終っているのだから、
AAAであるといえるのだが、CD-Rで持ち込まれるため、AADAというべきだ。

東洋化成がなんらかのテープデッキを導入してくれれば、AADAのDはとれる。

現在東洋化成にアナログディスクのカッティング、プレスを依頼するレコード会社のすべてが、
CD-Rでカッティングマスターを持ち込むわけではない。
アナログということにこだわりと誇りをもっている会社は、
カッティングマスターといっしょにテープデッキも持ち込む、ときいている。

けれどそこまでやる会社はどれだけあるだろうか。
ここまでやっている会社でも、すべてのアナログディスクでそうするわけでもないと思う。

アナログディスクのAADAは、いま流行りのハイレゾにも関係してくる。

Date: 5月 22nd, 2016
Cate: 日本のオーディオ

日本のオーディオ、これから(ブームだからこそ・その2)

アナログディスク復活と騒がれている。
確かに売上げは伸びているようだ。
でもそれだけで復活とか、ほんとうのブームだとか、そうは考えたくない。

実態はどうなのだろうか。

いま日本でアナログディスクのプレスができるのは東洋化成、一社だけである。
数が少ないから、そう考えているわけではない。

10年くらい前に、オーディオ関係者の人から聞いたことがある。
東洋化成にはカッティングマスターテープを再生するデッキがない、ということと、
カッティングマスターにはCD-Rが使われることが大半だ、ということを聞いた。

10年くらい前は、その人だけの話だった。
その数年後にも、別の人から、やはり同じことを聞いた。

この人たちのことを信用していないわけではない。
でも、CD-Rがカッティングマスターとして使われている、ということは、
なんと表現したらいいんだろうか、ある種の裏切りともいえるのではないか。
そう思うと、自分の目で確認して書くべきことだと思って、
固有名詞を出して、このブログに書くことは控えていた。

それにアナログディスク・ブームとかいわれるようになって、
東洋化成の業績も、話を聞いたころよりもよくなっているだろうから、
いまではCD-Rではなくて、デッキも導入しているだろう、という期待もあって書かなかった。

カッティングシステムは、カッティングマスターを再生するデッキ、
カッティングへッド、これをドライヴするアンプ、カッティングレース、コントローラーなどから成る。

例えば1970年代ごろのビクターは、カッティングシステムを五つ用意していた。
テープデッキにスチューダーA80、アンプにEL156パラレルプッシュプル、出力200Wのモノ、
カッターヘッドはウェストレックスの3DIIAのシステムがひとつ。
このシステムはおもに大編成のオーケストラ、声楽、オルガン曲に使われたそうだ。

デッキはスチューダーA80、アンプはノイマンSAL74(出力600W)、カッターヘッドはノイマンSX74。
このシステムではロック、歌謡曲、ソウルを。

スカーリーの280デッキに、EL156パラレルプッシュプルのアンプ、カッターヘッドはノイマンSX68。
ピアノ・ジャズ、小編成のオーケストラに使用。

アンペックスのデッキにビクター製、出力300WのトランジスターアンプにノイマンSX74カッターヘッド。
これもロック、歌謡曲、ソウルに使われていた。

スカーリーの280デッキに、オルトフォン製出力800WのGO741アンプに、オルトフォンのカッターヘッドDSS731。
これは室内楽に使われた。

何も同じ規模のシステムを東洋化成も揃えるべきだとは思っていない。
だがスチューダーA80かアンペックス、スカーリーのオープンリールデッキを置こうとは考えないのか。

アナログディスク全盛時代はテレフンケンのM15Aも使うレコード会社もあった。
これらすべてを揃えることができたらいいけれど、
何かひとつ、できればヨーロッパ製とアメリカ製のデッキ一台ずつ導入する気はないのだろうか。