Archive for category テーマ

Date: 3月 9th, 2018
Cate: Noise Control/Noise Design

Noise Control/Noise Designという手法(仮説・その1)

オーディオに興味を持ち始めたばかりのころ、
また電子回路のABCもほとんど知らないのに、
いつかはアンプの自作を、と考えていた中学生のころ。

無線と実験、ラジオ技術に載っている電子パーツ店の広告を眺めていた。
1970年代の後半は、オーディオ用パーツというものが、ぼちぼち登場してきた時期でもある。
パーツ店の広告を見ては、このパーツを使ってアンプを組んだら……、
と、電卓片手に計算したこともある。

そんなことをやっていて、セメント抵抗の値段の安さが気になった。
セメント抵抗は、パワーアンプの終段に使われる。
ほとんどすべてのパワーアンプの終段に使われている、ともいっていいくらいに使用率は高い。

国産のアンプだと、パワーアンプの出力段に使われる抵抗値は0.47Ω、
アメリカのアンプだと0.22Ωが一般的だが、
このくらい低い値の抵抗は、セメント抵抗くらいしか、当時は広告では目にすることがなかった。

セメント抵抗。
何も知らないといっていい、そのころの私は、この名称がなんとなくイヤだった。
それに見た目も、なんとなく雑なつくりだな、と感じていた。

こんな抵抗を使って、いいんだろうか、と疑問に思ったほどである。

この疑問は正しかった。
セメント抵抗は、音の面ではいい結果をもたらさない。
とはいえ、セメント抵抗の代りに何を持ってくるのか。

DALEの無誘導巻線抵抗が入手できるようになるまでは、代りはなかった、ともいえる。
DALEの無誘導巻線抵抗には、パワーアンプの終段に使える値が揃っている。

もう30年ほど前になるか。
あるパワーアンプのエミッター抵抗を、セメント抵抗からDALEの無誘導巻線抵抗にかえた。

ある程度の音の変化があるのは予想できたが、
実際に出てきた音の変化量は、予想を超えていた。

数年後、友人から手持ちのアンプの音をなんとかしたい、と相談された。
買い換えるほどの予算はない。けれど、もっといい音にしたい、という虫のいい話だ。

この時もDALEをすすめた。

Date: 3月 8th, 2018
Cate: 使いこなし

喫茶茶会記のスピーカーのこと(その13)

これでやっと喫茶茶会記のスピーカーのユニットが決った、といえる。
ウーファーはアルテックの416-8C、
ドライバーは806-8A、ホーンは811B、
このアルテックの2ウェイを基本として、スーパートゥイーター的使い方で、
JBLの075が上にのる。

ウーファーとドライバー間のネットワークはコイズミ無線製のモノで、
コイルは鉄芯入りのクロスオーバー周波数800Hzである。

ユニットがこうやって揃うと、これから先のことを考えるのが、
一層楽しくなっている。

ああしてみよう、こうしてみよう、と、以前以上に考えている。

毎月何かをやっていくとはかぎらないが、
これから先やっていこうと考えているのは、
まず811Bをバッフルに取り付けること。

エンクロージュアの横幅いっぱいのバッフルを用意して、
同時にドライバーの置き方も含めてホーン周りをきちんとしておきたい。

それから075の置き方である。
いまは806-8Aの横に置いている。
前後方向は、ある程度つめているが、左右方向はまだそれほど厳密に決めているわけではない。

それに806-8Aの横だと、どんなにエンクロージュアの端ぎりぎりまで寄せても、
075の音は811Bの端が邪魔している。

となると、なんらかの置き台を作って、806-8Aと075をインライン配置にしたい。
ただ見た目は、芳しくなさそう。

ネットワークも、直列型のバイワイヤリング化を試すとともに、
次のステップとして、ウーファー用にベッセル型のローパスフィルターをもってくることで、
ドライバーとウーファーの前後位置の補正にも試してみたいことのひとつだ。

スピーカーケーブルは、現在はカナレの4S6(スターカッド線)だが、
これにこだわっているわけではない。

喫茶茶会記では約8mのケーブルが、引き回し上必要となる。
ネットワークに変更があったとしても、
ユニットへの配線は、それぞれに用意することになるのは変わりないので、
8m×6で、48m必要となる。

三組のスピーカーケーブルを同じケーブルで揃えるか、
それとも帯域ごとに、メーカーも構造も変えていくのか。

考えていること、すべてを今年中にやれるかどうかはなんともいえないが、
12月までの音の変化は、興味深いものになるはずだ。

Date: 3月 8th, 2018
Cate: 使いこなし

喫茶茶会記のスピーカーのこと(その12)

喫茶茶会記のスピーカーのトゥイーターは、
今後JBLの075がつねに標準となる。

これまでは月一回、audio wednesdayでだけ鳴らしていたが、
これからは、鳴らされる時間はぐんと増えていく。

もちろん新品ではないし、馬蹄型の古いタイプの075だから、
けっこうな時間、鳴らされてきたはずだが、現役でずっと鳴らされていくと、
また音の変化は出てくるはずだ。

これでaudio wednesdayのたびに、バッグに入れて持ち運びしていたことから解放される。
075が正式に喫茶茶会記におさまったのは、
オーディオ的にもうれしいし、体力面からもうれしいことである。

Date: 3月 8th, 2018
Cate: audio wednesday

第87回audio wednesdayのお知らせ(ネットワークの試み)

別項「喫茶茶会記のスピーカーのこと」で書いているように、
昨晩のaudio wednesdayでは直列型ネットワークのバイワイヤリング化は試していない。

でも075の接続の仕方を変え、ドライバーのダイアフラムも交換し、
実験の状況はより整備されたといえる。

4月のaudio wednesdayでは、直列型ネットワークの実験がメインとなる。

4月のaudio wednesdayは、4日。
場所はいつものとおり四谷三丁目のジャズ喫茶・喫茶茶会記のスペースをお借りして行いますので、
1000円、喫茶茶会記にお支払いいただくことになります。ワンドリンク付きです。
19時開始です。

Date: 3月 8th, 2018
Cate: 使いこなし

喫茶茶会記のスピーカーのこと(その11)

直列型ネットワークの実験は行わなかったものの、
JBLの075の接続方法は、今回最初から変えている。

19時前に来られた方は、私が床に坐り込んで、
スピーカーケーブルの先端を剥いたり、
コンデンサー、抵抗をハンダ付けしているところを見られている。

喫茶茶会記のスピーカーのトゥイーターは、グッドマンのDLM2で、
このユニットはローカットフィルターを内蔵していることもあって、
アルテックのドライバーと並列に接続している。

つまりドライバーはクロスオーバー周波数800Hzのネットワークに接続されているわけだから、
グッドマンのDLM2とアンプとのあいだには、このネットワークも介在している。

075も、先月まではあえてDLM2と同じ条件で鳴らしていた。
それ今回は直接アンプからの信号を受けるようにした。

ローカット用のコンデンサーは、これまで使っていたものを流用し、
あらたにスピーカーケーブルを購入。
ケーブルは、現在喫茶茶会記で使っているカナレの4S6(1mあたり80円)である。

コンデンサーはASCのフィルム型、
アッテネーターはDALEの無誘導巻線抵抗を使い、
ユニットからのアース線と、アッテネーターからのアース線は分離。
つまり075への配線だけで、アース線は二本(片チャンネル)になる。

これらの変更による075の鳴り方の変化は小さくない。

ドライバーから分離させたことで、
800Hzのネットワークを構成する素子を経由しない。

このネットワークは12dB/oct.だから、コンデンサーとコイル、
ふたつの素子をパスできる。

特にドライバーのダイアフラム交換後の音を聴いていて、
075は、意外にも艶っぽい音を出してくれることを発見した。

古い設計のトゥイーターであっても、075はなかなかに面白い。

Date: 3月 8th, 2018
Cate: 使いこなし

喫茶茶会記のスピーカーのこと(その10)

昨年の終りごろから気になっていたのが、
左チャンネルのドライバーのビリつきである。

パルシヴな音では気にならなくても、
クラシックの声楽、オペラを聴くと、気になる。

がまんできないほどではなかったので、そのままにしておいたけれど、
昨晩のaudio wednesdayでは、セッティングの準備をしているときから、
かなり気になっていた。

明らかにビリつきがひどくなっている。
それだけでなく、これも以前から気になっていたのだが、
左右のドライバーで音色が違う。

右チャンネルのドライバーでは、声に張りがあるのに対し、
左チャンネルのドライバーは、声が、よくいえばおだやかであり、
悪くいえば張りがない。

audio wednesdayでは、今年一年はイタリアオペラにチューニングの方向性を合せるのに、
これでは困る、ということで、会の途中でダイアフラムの交換をすることになった。

いま喫茶茶会記のドライバーはアルテックの806である。
バックカバーを外してダイアフラムを見ると、807のダイアフラムが装着されていた。

これでは左右チャンネルで音が違って当然。
しかもダイアフラムを取り外そうとしたら、外れない、というか、
ダイアフラム周囲の黒いリング状のところだけが取れる。

ダイアフラムと、この部分との接着が外れてしまっていたし、
ダイアフラム(というかボイスコイル)がどこか接触しているようで、
外すのに、やや力を要した。

それにダイアフラムを固定するネジも、
本来三本なのに、二本だけだった。

交換用のダイアフラムはアルテックの純製品ではない。
互換性のあるダイアフラムで、安価なものである。
一枚、五千円もしない。

アメリカ製でもないし、日本製でもない。
おそらく中国製であろう。

とはいえ、なかなかよく出来ている、と思う。
ただバラツキは多少あるのかもしれないが。

こんなことをしていたせいもあって、
ネットワークの実験のメインのところは、来月に行うことになった。

Date: 3月 7th, 2018
Cate: マッスルオーディオ

muscle audio Boot Camp(その2についての補足)

muscle audio Boot Camp(その2)」で、
直列型のネットワークは、バイワイヤリングはできない、と書いている。

約二年前は、そう考えていた。
けれど昨年、気づいた。
こうすれば、直列型ネットワークでもバイワイヤリングが可能になるのではないか、と。

同時に、直列型ネットワークの配線において重要なポイントはどこなのかも、
はっきりと見えてきた。

まだ試していない。
今日のaudio wednesdayで、実験の予定である。
バイワイヤリングにすることで、直列型ネットワークの良さが活きるのか、
それともスポイルされる方向へと変化するのか。

音は出してみないことには、わからない。

Date: 3月 6th, 2018
Cate: 快感か幸福か

快感か幸福か(秋葉原で感じたこと・その7)

「オーディオの対岸にあるもの」とつけた別項がある。
まだ本題に入っていない、タイトルだけともいえる別項なのだが、
私がトロフィー屋としてしか認識できない店も、
オーディオの対岸にあるものだ、と思う。

まだ私自身、オーディオの対岸にあるものが、はっきりと見えているわけではない。
なんとなく感じている──、そういうところで考えをめぐらせているわけだが、
いくつかの、これもオーディオの対岸にあるものなのか、と思うのがある。

私にとってのオーディオということに限れば、
確かに、あのトロフィー(オーディオ)屋は、オーディオの対岸にある。

Date: 3月 6th, 2018
Cate: オーディスト

「オーディスト」という言葉に対して(その24)

PHILE WEBに
「ヴィーナスレコードは日本に“ジャズのパラダイス”を作った」- 評論家・山口孝氏が語る25年
という記事が公開されている。

山口孝氏は、ここではもう、自らつくられたオーディストを使われていない。
オーディオファンと呼ばれている。

インタヴューではオーディストを語られたのを、
PHILE WEB編集部がオーディオファンを置き換えた、とは考えにくい。

山口孝氏自身が、オーディオファンと表現されたのだろう。

audist(オーディスト、聴覚障害者差別主義者)は、
山口孝氏ももう使われないのだろう。

Date: 3月 5th, 2018
Cate: アナログディスク再生, 老い

アナログプレーヤーのセッティングの実例と老い(その1)

いつどこで、といったことを書くと、
その場にいた人ならば、もしかして……、と気づくかもしれないし、
それに特定の誰か何かを批判したいわけでもないから、
そういったことはすべて省くが、
とあるところで、とある日に、アナログディスクをかけるイベントがあった。

たまたま近くにいたこともあって入ってみた。
すぐ目につくところにアナログプレーヤーが置かれていた。

けれど不安定そうなテーブルの上に置かれていて、
プレーヤーから3mほど離れていても、明らかにプレーヤーが傾いているのがわかる。

なのに、かまわずアナログディスクが次々とかけられていく。
いわゆるオリジナル盤だったりするアナログディスクがかけられている。

そのイベントを主宰している人たちは、私よりも年輩の方たち。
なのに……、と思う。

こんなにいいかげんなセッティングのままで鳴らすのか、と。
セッティングのいいかげんさは、ハウリングにもあらわれていた。

アナログプレーヤーは持ち込まれたようだった。
それゆえに完璧といえるレベルでのセッティングに無理にしても、
プレーヤーの傾きぐらいはきちんとしておくべきである。

しかも不思議なのは、プレーヤーの前後方向の傾きについては、
ある方法で確かめていた。
その方法を書くと、どこでのイベントだったのかバレそうなので書かないで、
その方法で左右方向の傾きをチェックすればいいのに……、と思う。

もっともそんな方法でチェックしなくても、目で見て傾いているのだから、
それ以前の問題なのだが。

アナログディスク復権などといわれているようだし、
そのイベントも、その一貫のひとつなのだとしたら、
なんとも哀しいアナログディスク復権である。

と同時に、これもひとつの老い(劣化)なのかもしれない。

Date: 3月 4th, 2018
Cate: ディスク/ブック

椿姫

私がステレオサウンド編集部にいたころは、
編集顧問をされていたYさん(Kさんでもある)がいた。

Yさんは、熱狂的なカルロス・クライバーのファン(聴き手)だった。
聴き手というだけでなく、カルロス・クライバーについての些細な情報についても、
すべてを知りたい、という人だった。

私よりずっと年上(父よりも上のはずだ)で、ほんとうに教養のある人だ。
そのYさんも「椿姫」といっていたな、と思い出したのは、
昨晩引用した黒田先生の文章を読み返したからだ。
     *
「椿姫」は、このオペラの原作であるデュマ・フィスの戯曲のタイトルであって、ヴェルディのオペラのタイトルではない。
 ヴェルディのオペラのタイトルは「ラ・トラヴィアータ」という。にもかかわらず、日本では昔から、慣習で、「ラ・トラヴィアータ」とよばれるべきオペラを「椿姫」とよんで、したしんできた。ことばの意味に即していえば、「ラ・トラヴィアータ」を「椿姫」とするのは、間違いである。
 デュマ・フィスの戯曲「椿姫」とヴェルディのオペラ「ラ・トラヴィアータ」とは、別ものであり、同一の作品とはみなしがたい、ということで、ヴェルディの作曲したオペラに対する「椿姫」という呼称をもちいない人がいる。その主張は正しい。オペラ「ラ・トラヴィアータ」は、正確に「ラ・トラヴィアータ」とよばれるべきであって、「椿姫」とよばれるべきではないとする考えは、正論である。
 正論であるから、つけいるすきがない。にもかかわらず、ここでは、正論より、慣例に準じる。「ラ・トラヴィアータ」という呼称より「椿姫」という呼称のほうが、より多くの方に馴染みがある、と考えられるからである。せっかく「椿姫」という呼び方でしたしんでいるのに、いまさら「ラ・トラヴィアータ」と、わざわざいいかえるまでもあるまい、というのがぼくの考えである。このオペラを、インテリ派オペラ・ファンの多くが正確に「ラ・トラヴィアータ」とよぶのに反し、素朴なオペラ好きたちは「椿姫」とよぶ傾向がある。ちなみに書きそえれば、ぼくは「椿姫」派である。
     *
「ラ・トラヴィアータ(La Traviata)」は、堕落した女、道を踏み外した女であり、
椿姫とするのは、確かに間違いということになる。

そんなことはYさんも知っていたはず。
それでもYさんは、「椿姫」派だった。

ずっと以前、ある人と話していた時に、「椿姫」と言ったことがある。
「あぁ、ラ・トラヴィアータね」とわざわざいいかえられた。

インテリ派オペラ・ファンが、ほんとうにいた、と思って聞いていた。

Date: 3月 4th, 2018
Cate: 老い

老いとオーディオ(齢を実感するとき・その7)

川崎先生の
《人間が「劣化」します。高齢による劣化、精神性での劣化、人格の劣化、欲望の劣化、この哀しみを存分に受け止められる人間は劣化から解放されるという幻想もあり!》は、
仏教でいうところの五濁(ごじょく)につながっていくのだろう。

 劫濁
 煩悩濁
 衆生濁
 見濁
 命濁

そうなのかもしれない。

Date: 3月 3rd, 2018
Cate: audio wednesday

第86回audio wednesdayのお知らせ(チューニングの方向性)

今回のテーマである「チューニングの方向性」は、
2018年を通してのテーマであり、毎回のテーマというわけではない。

今回は、「さぐる」意味合いが濃い内容になると思う。
まだ具体的に、どういうふうにやっていくのかは決めていない。
おそらく当日、音を聴きながら考える、ということになりそうだし、
まとまらない音を鳴らす可能性もある。

今年最後のaudio wednesday(12月5日)には、
きちんとイタリアオペラが鳴るように仕上げていくつもりだが、
その過程を、何回か聴いてもらうことになる。

一年を通して使う(鳴らす)ディスクを決めておかねばならない。
イタリアオペラといっても、プッチーニ、ヴェルディだけではない。
レオンカバロ、マスカーニ、ベルリーニ、ジョルダーノなどのオペラもある。

でも、結局はカルロス・クライバーの「椿姫」にしようかと思っている。
常連の人の中には、あまり(ほとんど)オペラを聴かない人もいることを考慮し、
喫茶茶会記にもSACDの再生環境が整ったわけだし、
SACD盤であることも、クライバーの「椿姫」にしようとしている理由でもある。

黒田先生が「オペラへの招待」で、こう書かれている。
     *
 すぐれた指揮者による演奏できくと、アンニーナとヴィオレッタのやりとりのあいだに、ヴィオレッタがあんなにも待っていたアルフレードのきたことをしる。しだいに音量をましつつ、切迫していく音楽に耳をすますききては、病気で弱っているヴィオレッタの心臓が、いまにもはりさけそうに脈うっているのを感じる。そこで、ききては、自分がききてであることを忘れ、まるでヴィオレッタになったような気持でアルフレードの登場を待つ。
 凡庸な指揮者によった演奏では、そうはいかない。いかに目をも耳にしてきいても、ききては、そうか、アルフレードがきたのか、などと、平静でいられる。相思相愛のふたりが、やっとのことで誤解もとけ再会するのである。おまけにヴィオレッタの生命の火は、今にも消えようとしている。平静にきかれては困るところである。その部分をカルロス・クライバーの指揮した演奏できくと、思わず身をのりだし、緊張する。階段を駆けあがっているアルフレードの姿が、アンニーナがとめようとする手をふりきってベッドで身をおこそうとしているヴィオレッタの姿が、その音楽にみえてくる。オペラだけが味わわせてくれる、素晴らしい、感動的な一瞬である。
     *
この「素晴らしい、感動的な一瞬」をどれだけ再生できるかは、
いまのところなんともいえないが、12月には、そうありたい。

3月のaudio wednesdayは、7日。
場所はいつものとおり四谷三丁目のジャズ喫茶・喫茶茶会記のスペースをお借りして行いますので、
1000円、喫茶茶会記にお支払いいただくことになります。ワンドリンク付きです。
19時開始です。

Date: 3月 3rd, 2018
Cate: Noise Control/Noise Design

Noise Control/Noise Designという手法(その49)

それだけに、JC80の残留ノイズの多さは気になる。
JC80の音を良さを積極的に評価している人ならば、
あと少し残留ノイズが低ければ……、と思うし、願う。

残留ノイズの多さは、輸入元からディネッセンに伝えられていた。
JC80の残留ノイズは、ラインアンプの残留ノイズの多さなのだが、
ラインアンプの終段に使われているFETが、ノイズの多くを発生している、とのことだった。

JC80はGASのThaedraほどではないが、コントロールアンプとしてはけっこう熱くなる。
それだけラインアンプの終段のFETにアイドリング電流を流しているわけだが、
このアイドリング電流の多さも、ノイズを増やしているようだった。

JC80はJC80IIとなった、さらにJC80II Goldへと改良されていった。
JC80IIになり、残留ノイズは確かに減っていた。
シャーシーも、以前ほどは熱くならなくなった(アイドリング電流を減らしたようだ)。

魅力的な音ではあったが、JC80の音を聴いて、強烈に欲しい、と思う気持は薄れてしまった。
少なくとも私にとっては、残留ノイズが減るとともに、JC80の音の魅力の、
もっとも大事なところが稀薄になってしまった。

まさしく「ノイズも音のうち」の実例である。
ディネッセンのJC80こそが、私にとって「ノイズは音のうち」を実感した最初であり、
マークレビンソンのLNP2にバッファーを追加した方が音がいい、と、
瀬川先生は以前からいわれていたことともつながっている。

LNP2のバッファーの追加も「ノイズは音のうち」の実例なのかもしれない。

Date: 3月 3rd, 2018
Cate: Noise Control/Noise Design

Noise Control/Noise Designという手法(その48)

ディネッセンのJC80が燈称してきたころ、
アメリカでは、低能率のスピーカーが擡頭してきていた。

90dB/W/mを切る出力音圧レベル、
それからスピーカーと聴き手との距離を十分とれるアメリカの住環境、
そういう使われ方だとJC80の残留ノイズは、さほど気にならなかったのかもしれない。

けれど日本では、そうではない。
こんなことを書くと、すぐに「だから日本のオーディオは遅れている」という人がいる。
アメリカのそういう流れとは正反対とも映る日本のオーディオの、当時の主流を、
そんなふうに批判する一知半解の人がいる。

ほんとうにそう思い込める人は、いつまでもそう思い込んでいればいい。

JC80の音の魅力は、
同じジョン・カールの設計のコントロールアンプであり、
初期のマークレビンソンのJC2、LNP2と共通する特徴をもちながらも、
JC80はダイナミズムといえるところにある。

だからか、JC2、LNP2を女性的と表現していた人たちも、
JC80の音は男性的と捉えていた。

そういうJC80の音と、同じ傾向・方向にあるといえるのは、
音楽のアクセントがスタティックなスピーカーではない。

音楽のアクセントがダイナミックな表現のスピーカーにこそ、
JC80は、そのスピーカーから新しい音の魅力を引き出してくれるように感じていた。

JC80をひときわ高く評価されていた山中先生、長島先生が鳴らされていたスピーカー、
それを思い出せる人ならば、JC80の音を聴いていなくとも、
JC80の音の魅力を理解してくれるのではないだろうか。